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四方総界縁起  作者: くろよ よのすけ
87/100

87.それぞれとの一日②

「おやおや、こんなところで出会うなんて偶然だ」

「わざとらしい」

「そう? セリフは普通だと思うんだけど」

「曲がり角で出待ちしてるならそれは偶然とは言わない」

「バレたか」

「せめて顔覗かせるのはやめろよ」


 離れようとしないシエをベッドに寝かせ、自分も眠るために部屋へ戻る際中、通路の角から顔を半分覗かせる女が一人。


「ずっと待ってたのか?」

「んー、半分は偶然だよ。それはホント。これからのことをアティとね、話してたんだ。それも終わって寝ようかな、って思ってたらヨナとシエが帰ってきた」

「そうだったか」

「うん」

「それで…、何か話でもあるのか?」

「あーそういうのいけないんだよ。わざわざ待ってた相手なんだから、用はなさそうでも誘ってみたりとかしないと」

「そうか? それじゃあ散歩、は今帰ってきたばっかだからな。ご所望は?」

「うん、ヨナの部屋がいい! ほらいこっ」

「っと、別に引っ張らなくてもちゃんと行くってば」

「はやくはやくっ、今日のヨナは一日みんなに取られてたから今からはワタシの時間なの」


 心底嬉しそうな笑顔を見せられながら腕を引っ張られる。

 そこまで嬉しそうにされるとこっちもあまり強く言えないし、流石に夜中だから大きな声出して顰蹙を買いたくもない。


「とうちゃーく。さあヨナ、ワタシの身体、好きにしてくれていいよ……」

「お前の頭の中の俺は一体どうなってるんだ」


 迷うことなくベッドに寝転がるとわざとらしく身体を逸らしている。自堕落な生活しかしていない癖に無駄の一切ないスタイルは、そりゃあ確かに女のあこがれなのだろう。


「え~、だって今まで一回も抱いてくれたことないんだよ? 最後の戦いの前に一度くらい、とか思わない?」

「別に。第一お前じゃ興奮しない」

「えっ、ありなくない? ワタシだよ? この美貌の塊だよ? 一緒に歩くだけで拍が付くんだよ?」

「今まで散々見せつけられてきたんだぞ。さすがに見慣れる」


 ラゥルトナーの屋敷に居た頃から今の今まで、服を着るのが面倒だからと下着姿でうろつくのは日常茶飯事だった。シエを拾っていなければそのまま露出狂にでもなっていたのは間違いない。


「いま失礼なこと考えたでしょ」

「適切なことなら」

「んもう」


 唇を尖らせると、俺に背を向けて寝返りを打つ。

 拗ねたのかと思ったが、チラチラこっちを見てくるのだから隠す気も一切ない。


「そこまで構ってほしがりだったか?」

「はぁやれやれだよ、ホンっとヨナったら分かってないなぁ。よいしょっと」


 こっちまで呆れるくらいのポーズを見せつけながらベッドの縁に座り直すと、隣のスペースをポンポンと叩く。座れということだろう。


「ん~、ヨナ暖かい。あと煙臭い」

「さっきまで焚火してたんだよ。匂い移るぞ」

「いいよ、朝お風呂入るから」

「あっそ」

「……」

「………」


 胸にうずまる様に顔を押し付けてきていたリアが黙り込む。

 まるでこれまでの元気が嘘であったかのようなくらい、体に回した腕は不自然に力んでいた。


「大丈夫だって」

「そんなの分からないもん…」

「俺だって…、もう死ぬつもりはない」

「ん……分かってるけどさぁ」

「第一、都合よすぎるくらいの偶然で何とか生き残ってきたようなもんだ。次だって変わらない。何とかする」

「ワタシだって、そう思ってるよ。ヨナがあんなのに負けたりするわけ無いもの…。ホロウ倒して彩音も助けて、前みたいにみんなと彩も加わった五人で、楽しく暮らせるって信じてるんだよ?」

「そこまで言って、それでも心配してるのか?」

「———っ、してる……」

 息をのみこむ感覚が胸に当てられた頭から伝わってくる。そして、微かな震えも。

「話したい事があるなら、言ってみてくれよ。どうせ他の連中の前じゃいつも通りの姿しか見せないつもりだろう?」


 星のようにきらめく金の髪を持った主人の頭をゆっくりと、何度も撫でる。そうしてやらねばならないと思うほど、今のリアは弱々しく見えたから。


「……ヨナ、ズルい」

「なにが」

「いままでずっとふさぎ込んでたくせに、急に強くなるのズルい…」

「……悪かった。あれは、俺が全部悪い」

「ううん…、ゴメンね。今のはワタシもズルかったね。…だからあとちょっとだけ、このままがいい……」

「ん…」


 鼻をすする音が聞こえるのを黙って待っていると、数分もたたない内に頭を起こし、目元を赤くしたリアが顔を見せた。

 泣き顔を見られたからか、今度は少し不満げに唇を尖らせている。どこからかハンカチを取り出すと鼻をかむと、今度は鼻の頭まで赤く染まる。


「ははは…」

「む、それが涙を流すくらい心配してる相手への態度なのかな」

「あぁいや…悪かったよ、リアのそんな姿を見たの初めてだったから。つい嬉しくてさ」

「……じゃあ許してあげる」

「ん」


 頬までほんのりと、少し恥ずかしそうに染まっている。

 こんなしおらしいリアを見たのは初めてで、リア自身他人に見せることもなかった部分なのかもしれない。


「ヨナは…、今まで楽しかった?」

 離れたくないというかのように上から手を重ねながら、身を預けてくる。互いが目の前にいるというのに寂しそうな姿はリアの不安が形になったかのようだ。


「どう、だろうな…、っていうまでもなく苦しいことばっかりだった。今もそうかもしれないけど。…ああでも、悪いことばかりじゃなかった」

 あやねのことも、皆方のことも、ホロウのことも。リアやシエとの関係も。ユーリ達とのことだって。幾度も俺のことを苦しめ、消すことのできない傷痕を刻み付けてきた。

 遂に折れてしまいもしたけれど。それでも、きっと、ここに来るまでの中で必要なことだったんじゃないかと思ってしまう。都合のいい考えだが、これまで散々苦しんできたのだから、それくらい思わせてほしい。また、うずくまりでもしたら今度こそ見捨てられかねない。


「……ワタシは、ね? レギオンから離れて『纏界』に漂流してからは…楽しかったんだ」

「ああ」

「アティがいい娘でね? ワタシみたいな何もできない、ただの浮浪者を慕ってくれて。幸せになってほしいってみんなが思うような、素敵な女の子だったんだ」

「…そうか」


 俺はその娘を知らない。

 初めて見た時はすでに死体で、知りもしない少女より目の前にいたリアに釘付けだった。


「死ぬ寸前に、一か八かでワタシに魔眼を明け渡した時も、最後までワタシのことを心配してた。ヨナのことだって心配してるんだよ?」

「俺は…アティと話したことはないから、よくわからない」

「アティもそう言ってた。まだちゃんと話したことないって」

「一応、魔眼を体に慣らしてる間ならいつでも話せたはずなのにな」


 リアが『総界』の様子を共有するために魔眼の力を借り受けていたが、その間であれば逆に魔眼を通して少女と話すことも可能だったのかもしれない。


「そんなことできるだなんて一度も考えてなかったから。出来るはずもなかったか」

 行動に移す以前に思考が間に合っていない。

 なら俺と少女が対話に至ることなどありえないことだった。


「泣き虫さんだって言ってたよ」

「誰が」

「アティが、ヨナのこと」

「………」

「…ふふっ、嬉しくなさそう」

「まあ、別に間違っちゃいないが……」


 正直、なんとも言えない気持ちにはなる。

 そんな姿を前に、いつもの様子を取り戻し始めたリアを見ていると、これはこれでいいかという気持ちにはなるが…。


「ね、ヨナ」

「ん…?」

 身体を離したかと思うと、手をベッドについて上目遣いにのぞき込んでくる。

 それはまさにいつものリア以上にリアらしい…、覚悟を決めた人間の姿に見えた。

「いつだったかも、言ったかもだけど——」

「…っと、おい」

 ゆっくりと手を伸ばし、肩に手を添えるとそのまま覆いかぶさるように押し倒される。

「ヨナになら、ワタシの全部をあげてもいいよ。むしろあげなきゃダメなんだ」

 リアの身体で出来た影にと長髪に覆われると、そのままリアの顔が近づいてくる。


「………」

「……」

 目の前、それも数センチの距離まで近づいたリアの表情は緊張を隠し切れず、くすぐる吐息は熱。それは、言葉を発するのも躊躇われるほどに。


「ヨナは、ワタシのことどう思ってる?」

「聞いてどうするんだ」

「答え次第じゃ…多分我慢できない…」

「……そう、か」

 熱に浮かされているように、火照った頬とうるんだ瞳は俺にだけ向けられている。この瞬間だけは目を逸らすことはできない。


「おしえて」

「……」


 今日だけで、これまで見たことのないリアの姿を見られた。惜しむらくはリアなりに不安になったからこそ見ることのできた姿だということ。

 戦いでなければ、こんな弱ったリアを見る必要さえなかった。例えいつもより素直で自分の想いをはっきり伝えてくれるようになったのだとしても。

 それでも俺は彼女が、俺の知るリアでいてほしいと思ってしまう。


「リアは——」

 そして、どのような時でも変わらないものは存在する。

 揺らぐことなく、否定さえもできない絶対的なもの。それに俺は救い上げられたということを、何度も夢に見てきたのだから。


「綺麗だと思ってる」

「……」

「どんな世界でも、どんな関係であっても。俺はきっとリアを前にしてたらそれだけで戦えなくなると思う」

 ほんの少し見開かれた瞳はいまなお美しく、どこまでも蒼く澄み渡っている。吸い込まれてしまいそうな輝きの前ではごまかすことは出来ない。


「だから、俺が言えるのはそれだけだ。リアは俺の知る誰よりも綺麗で、心から信じられる存在だ。俺の命に代えても護ることに躊躇いもない」

「……女としては、好き…?」

「答えられない」

「……なんで?」

「俺にはまだ答える資格がない。まだ、何も終わってないのに。アイツを苦しめたまま、その元凶の俺のどの口が、誰かに愛してるだなんて言えるわけがない。だから、答えられない」

「……ズルい」

「ごめん」

「…じゃあもう一つ、聞いてもいい?」

「ああ」

「ヨナは、ヨナの名前を気に入ってくれてる?」


 ——ヨナギ。

 リアと初めて出会った凪いだ夜。名を与えられた邂逅。

 眠るたび、毎日のように見てきた夢。

 嫌いな夢だ。


 名などいらなかった。

 何者でもなかった俺に意味を与えられたあの瞬間。

 怖かったのかもしれない。何かを得るということは失う事ができるようになるということだから。

 最近気づくことばかりの中で、まだ気づいていないことがあったのだと思い知らされる。

 どうやら俺は、昔から今の今まで、何一つとして失いたくないのは変わらなかったらしい。だからこそ、嫌いだったはずの名前でさえ、いままでの考えは逆だったのかもしれない。


「嫌いだと、思ってた」

「……思ってた?」


 思い返すたびに気に入らないと口にして、それでもその名を使い続けてきた。ならば俺の想いは小さな子供とそう変わらないのではないのか。

 つまるところ、大切だったからこそ、失くしてしまうのが恐ろしくて。もしもそうなったときに失った時の苦しさを紛らわすために距離を置いていただけだった。

 大切な、何よりも掛け替えのない記憶だと無意識でわかっていたからこそ。夢という形で心に残り続けた。


「嫌いなわけ、…なかったんだ。お前のくれた名前が、俺を俺にしてくれたモノが。大事じゃないわけがなかった…っ」

「ヨナはホント…素直じゃないね」

「お前が言うな」

「んむ…」


 手を伸ばし、リアを胸元に抱き寄せる。

 為すがままに身体を預けたリアはそのままの態勢で腕を回し、俺の心臓の音に耳を澄ましている。


「じゃあ、ワタシのことは世界で一番綺麗だと思っててとっても大切だけど、好きかどうかは答えてくれないんだ…」

「…まぁ、そうなる」

「男らしくない」

「……分かってる。けど、それでも——」

「彩音を助けるまでは誰も選べない?」

「…ああ、情けない答えなのも分かってるし、不誠実な態度だけど……。皆方一人にさえ向き合ってすらなかった今の俺が、誰かを選ぶなんて許されるわけない」


 恩人であり、掛け替えのない相手に間違いはない。

 けれど、一度けじめをつけねばならない。これまで積み上げてきた負債を俺自身の手で清算しなければ、誰が相手であっても向き合う資格なんてないのだから。


「…………」

「……リア?」

 一転して黙り込んだリア。怒らせてしまっただろうということは分かるが、それでもこれが俺の答えだ。何を言われようとケリがつくまでこの考えは——。


「——ん」

 あまりにも自然な動きは俺の抵抗も施行させる暇も与えずに唇を奪われた。

 その後も額をくっつけたまま何度か触れ合い、リアが満足するまで続けられる。


「ワタシ、ヨナのこと好きだよ」

「……知ってる。呆れるくらい聞いてきたから」

「ヨナが欲しがってるものなら何でもしてあげたいし、いなくなってほしくない」

「ああ」

「だから、ね。戦いの前にワタシの宝物を分けて上げる。この世にたった一つしかない代わりのない大切なモノ」

 頬に手を添え、眼帯越しに優しく瞼を撫でさする。


「ふふっ、緊張してる」

「そりゃあお前もだろ」

「じゃあなんていうのがいいんだろ。そだ、今夜は寝かさないよ。夜は長いからね」

「もう日をまたいでから結構経ってるぞ」

「むぅ、男の子はこんな時、そういうこと言っちゃダメなんだよ」

「へいへい」

「ふぅ…仕方ない子だね。じゃ、始めよっか」

「任せた」

「あ、最後にもう一回だけ。んー…ちゅ」

 

 最後のキスをし終わると額を合わせ、瞼を閉じる。


「勝ってね」

「ああ、絶対に勝つよ。それで、帰ってくる」

「うん、それでこそワタシのヨナだよ」


 身体に回された腕の力がわずかに強まって、——その後眠りについたころには日が昇り始めていた。

 疲れ切ったのか腕の中で眠るリアを見ていると、俺も急に眠くなってきた。


(そういえば、いつぶりだったかな)

 ラゥルトナーの屋敷に居た頃、リアが夜になるたびに一緒に寝ようと誘ってきていた。断ったところで了承するまで着いてくるから、結局最後は根負けして同じベッドで眠る。

 その時はいつも、抱きしめられる側だったことを思い出して——。

 安心しきった顔で眠るリアの姿を見ていると、これは確かに悪くないものだと思わされる。

少なくとも、その頃の思い出を肯定できるようになる程度には、短い人生の全部をひっくり返してしまったのだから。



  □ □ □ 



「さて、そろそろ出かけっか」

「ああ…」


 一週間、それはヌイの提示した期間であり、通路を確定したという連絡が入ったのもその期間終了ピッタリだった。


「一応隠してたけどあんま意味ないんだろうな」

「…ああ、そうかもな」


 ならばあとは決行に移すのみ。

 ユーリの言う通り、ホロウはこちらの様子をある程度把握している以上、俺達の動きはバレていると見て行動する方が気も楽だ。

 あの男ならこちらが一撃必殺の武器なんてものを持っていたとしてもそのまま迎え入れて、嗤っているのだろう。


「んで、なんかお前やけに疲れてね?」

「……ん、ああ、まあ。埋め合わせっていうか、公平にしろって言われてな……色々と我儘を聞いてたんだよ。あと預かりものもあって」


 リアと一晩を共にしたことは一瞬でバレた。

 起きた時、隣にいつも通りの笑顔から一切表情の変化しないあやねを前にしては、あのリアでさえ言い訳がマジメになっていた。マジメな言い訳ってなんだ。

 おかげで、その埋め合わせとしてあやねとシエ、二人に一日付きっきりという条件を付けられて過ごす羽目になった。その間リアは半軟禁状態だったようで、解放された後はだらけ具合が四割り増しくらいになっていた。


「ふぅん、まあヨナギも男だからな。そういうのにも即対応できるくらいにはなっとけよ。あと一人増えんだからさ」

「だといい…のか? それにしても、その虚無領域とやらにはどうやって行くんだ。結界の端だとか、それらしい気配はないように見えるけど」

「そう焦んなって、ほら来たぜ」

「ん…? っと」


 すると、何もない空間から人の手が何の前触れもなく現れた。その手はこちら側を探る様にさまよっていたが、諦めたのか手招きするような動きを取る。

 掴めってことか?


「うっし、それじゃあ、行こう…ぜ!」

「うわっ」


 楽しそうな声と共に背中を押され、その勢いのまま腕の飛び出した空間になだれ込む。

 ただ何もない荒野が広がっていただけだったはずなのに、腕の根元が飛び出している地点から世界が一瞬で変わった。

 残骸しかなかったはずの街だった場所は、曇りのない大理石を敷き詰めたような無機質な空間。それがどこまでも広がっているように見える。


「ここが、虚無領域か。こんな大規模な空間を作っておきながら一切痕跡も残してないなんてな。どうかしてる」

「だよなぁ、あやちゃんの思い付きが無かったら一生見つからんぜコレ」

「——い…」

「ああ本当だ。それにしても果てが見えないな、それともさっきみたいに見えない出入り口があるのか」

「おい……っ」

「らしいぜー? そういうのが何十回も重なってできてる領域らしい。しかも間違った道もあるからそっちに迷い込んだらお終いだな」

「ふざけてやがるな、よくもまあ調べ切ったもんだ」

「…おいっ、貴様ら! いつまでそこで話しているつもりだ!!」

「「ん?」」


 聞こえてきた声は真下から。

 そういえばこっち側から手を伸ばしてる奴がいた。なだれ込んだ時の勢いでそいつは俺達の下に潰れていたが。


「ああ、なんだヌイの手だったのか。どうしたそんなところで潰れて」

「おっとヌイちゃんおつかれー。いやぁ今回の調査も助かるぜ、もっと時間かけても良かったのに期限ピッタリだもんなぁ。頭が上がらないってのはこういうことを言うんだなぁ」

「よくもそんな言葉を吐けるなヨナギ、貴様いつか殺すぞ」

「へいへい、…てかユーリ、まずお前がどかないと俺も動けない」

「え~たまにはこういう団らんってのもいいだろー?」

「「馬鹿なこと言ってないでどけ」」

「ハイハイ、…よっと」


 もったいぶって体を起こしたユーリに文句を言いつつ、三人で真面に合流する。


「道案内は任せていいんだよな」

「無論だ、直前まで調べたが道順が変わったことは一度もない。まぁ変わったところで、すでに最後の領域まで辿り着くことは可能だが」

「助かるよ。じゃあ行こう」

「そのつもりだ。しかし…、本当に二人だけでよかったのか。シエ・ジンリィくらいは連れてくるべきだと思うが」


 今日、ホロウの元へ向かうのは俺とユーリ、そしてヌイだけだ。

 戦力でもあるシエは念のためリア、あやねの護衛として残していった。前線に立てないことに納得いってはいないようだったが仕方ない。

 ホロウの目的が『巫女』の力を必要としているなら最終的にあやねの存在も必要になるだろう。そうなれば戦える存在が傍にいなければ時間稼ぎも出来ない。


「いいんだ、最終的にはシエも納得してくれた」

「ならばいいが」

「んでヌイちゃん、こっからどう行けばいいんだ?」

「ああ、この先に行けばいい」


 ためらいなく足を進める先には例外なく何も存在せず、何らかが仕掛けてあるような気配も存在しない。だがそれでも、ある程度進むとヌイの姿はどこかへと消える。また見えない扉が存在するということか。


「ははぁ、こりゃあすげえな。ヌイちゃんたちがいなかったらどうしようもないぜコレ」

「そうだな。ここまで近づいても界燐の揺らぎ一つ存在しないなんてどうかしてる」


 俺達が虚無領域と呼んでいる名が体現したかのように何も存在しない。虚無に虚無が重なって多層構造の混沌を生み出しているのだ。


「おい、何をしている。速く来い」

「悪いすぐ行く」


 待ちきれずヒョコリと頭を出したヌイについて足を踏み出す。

 その先も又同じような領域が広がっていて、すでに感覚が麻痺を始めようとしていた。


「はぐれるな。探すのが面倒だ」

「分かってる」

「ヌイちゃんに必死で探してもらえるならそれはそれでよくね?」

「ユーリ様は置いていきます」

「ええ、そりゃないぜ」


 不可視の扉をくぐり、そして歩き出す。

 それを何度も繰り返しながら、ホロウの元へと向かっていく。

 この先に倒すべき相手がいるのだと、今この瞬間にも爆発してしまいそうな感情を抑え込みながら——。


 

  □ □ □



「本当によかったの? わたしたちのことは置いて言ってくれても良かったのよ?」

「…そういう、わけにはまいりません。ヨナギ様の命だからこそということも否定しませんが、あやねを護ることこそ私の為すべきことでしょうから」

「そう。ありがとう」

「ハイ」


 ヨナギ様とユーリが戦いに向かったのち、私たちは変わらずユーリの屋敷で待機している。何かあればいつでも動けるよう準備はしてあるものの、いざホロウが動き出せばどれほど持つものか。


「それでリアの様子は?」

「…まだ眠っていらっしゃるようです。目覚めるのはもうしばらくしてからかと」

「そう、せめてお見送りは出来たらよかったのだけれど」


 リア様は隣の部屋で眠っている。

 昨日もヨナギ様と何らかの話を遅くまでしていたようだったので、それが関係しているのかもしれない。


「今日も朝一緒に起きてきたものね」

「ハイ……ではなくっ」

「ふふ、そうね。みんなで戦いが終わるまでは手を出さないって決めたものね」

「そういう…ことでもなく……」

「まだ、戦いは始まっていないのでしょうか」

「きっとね。それに、ホロウの前に何とかしなければならない問題が現れる可能性が大きい」

「問題、ですか? そのようなことは誰も言っていませんでしたが…」

「そうでしょうね。これは彼にとってもデリケートな問題でしょうから、あまり口に出したくなかったんだと思う」

「やはり、アヤネのことで他にも気にされていることが——」

「あら?」

「?」 


 私の言葉に疑問を浮かべたあやは少し考えると、一人納得したのか手を合わせた。


「そうね、確かに。彼ならシエには絶対に伝わらないようにするでしょうね」

「あ、あのつまりどういうことでしょうか?」


 窓の外へ視線を向ける。そちらはヨナギ様たちが向かった方向であり、すでに姿は消えているであろう場所。悲し気に眉尻を下げてはいるものの、仕方ないとでもいう様に落ち着いていた。


「きっと自分の戦いがどうなるのか彼には分かっているのね。だから、誰にも伝えようとせず向かってしまった。やっぱり、血の繋がりというものは侮れないというべきなのね」

「あや……、それはもしかしてヨナギ様でなくて……ユーリと——」

「うん、悲しいね。姉弟で戦わなきゃいけないだなんて……」


 ならば、ユーリはいま戦おうとしているのでしょうか。

 ヨナギ様とはまた違う、自分と他者を救うための戦いへ向かって。



  □ □ □



 数えるのが馬鹿らしくなるほど何度も同じ景色が移り変わる。

 最初の頃は会話もあったが、回数が十を超えたあたりから誰も口を開かなくなっていた。

 だが、ヌイが急に立ち止まる。


「止まれ」

「どうした」

「ここで最後だ。この先を進めばホロウの居場所へ辿り着く。そこに『巫女』もいるはずだ」

「そうか…分かった。なら——」

「オレはここまでだ。ヨナギはヌイちゃんと二人で行きな」

「……どういうことだ。ここで行かない理由はないだろう」

「んー、そりゃあまあその通り過ぎて言い訳も出来ねえんだが。やることあってな」

「そういうことだヨナギ、貴様ひとりで行け。私もここに残る」

「っておいおいヌイちゃん、ヌイちゃんはいいんだって。ヨナギのこと手伝ってやって——」


 思わぬ提案に慌てるユーリ。

 その様子を見れば、大体の予想はつく。第一、アイツとの関係で何事もなく辿り着くとは思っていなかった。おそらく途中で攻撃を仕掛けてくるのではないか。そう思っていたのに、まだ仕掛けてはこない。

 アイツはまだ、迷っているのかもしれない。


「そうか、わかった。俺一人で行ってくる。あとは任せてもいいんだな」

「いやだからヌイち——」

「ああかまわん、行ってこい。そしてケリをつけてこい」

「ああ、言ってくる」

「えぇと、あのだな……」

「ユーリ」

「…んー?」

「お前と会えてよかった」

「——」


 驚いたのか、動きの止まったユーリだったが、それも苦笑と悲しみが綯交ぜになった表情へと変わっていく。


「はぁぁ……よせよ、縁起でもねえ。でも奇遇だな、オレもそう言おうと思ってた」

「そうか、じゃあな」

「…ああ、じゃあな」


 不可視の扉を一人でくぐる。

 そこはこれまでの無機質な領域ではない。空は闇に覆われ、地上には大きな屋敷が庭園ごと存在していた。


「…………」

 ようやく、ここまで来た。

 たった一人で踏み入れたが、それでも孤独はない。俺は皆が背をおしてくれていることを知っている。この先での戦いも、俺は一人じゃあない。


「行くぞ——」

 それは自己への宣言であり宣戦布告。

 聞いているんだろう、分かっているんだろう。 


 言った通り、皆方は返してもらうぞ。ホロウ——!



  □ □ □



「ったく、オレ一人でやるって言ってんのにさ」

 二人きりで残された領域、オレはここから先に行くわけにはいかない。

「どうして、言ってくれなかったのです」

「そりゃあ、なんというか。オレの個人的な問題だしな。それに頼まれた」

「誰に……、いいえ彼女達ですね」

「ああ、今日のために全身全霊を尽くしてくれた。願いを聞き届けるくらい訳ないさ」


 オレ達がここまで複雑怪奇な迷路を迷わずに済んだか。それは正解のルートをマーキングしてくれていたからだ。それを辿っていけば、もしも扉の順番をある程度組み替えられようともゴールにはつく。

 そして、その作業をするために彼女たちが、三人娘たちが頑張ってくれた。

 

 『巫女』の元にはイユラ・ナイギがいる。

 ならば彼女から貰った鬼の面、それは彼女らの繋がりであり、決して切れぬ信頼、主従関係を体現したもの。

 互いが互いの居場所を知らしめる道標なのだと。

 ゆえに彼女らにだけは姉上の居場所が分かる。領域の最奥に存在するだけで、あとはそちらの方向へ向かって虱潰しに進めばいい。

 それでも大分消耗させてしまった。いまごろオレの屋敷で寝込んでいる。


「姉君のことですね」

「……ああ、ヌイちゃんには隠せないか」

「戦えるので?」

「んーまあ、家庭の問題は家庭で始末つけねえと。あっちも追っかけられてるの分かってたはずなのに何もしないで待っててくれたしな」


 空気が歪み収束する感覚。


「それに、いまのオレってば前ほど強くねえからさ。ホロウのとこ行っても足引っ張るだけだって。適材適所、オレの戦うべきはホロウじゃない。そっちはヨナギの仕事だ」

「分かりました。ならばこちらを済ませて追いかけましょう」

「話聞いてた? 仮にオレが行っても足手まと——」

「ならばそれを踏まえて働いてください。貴方は、それが出来る人のはずだ」

「ハハ——」


 収束しきった感覚は一気に破裂し、飛翔する矢となってオレの心臓を貫こうとする。


「ああ——、そういうことだ姉上。オレってばやっぱ自他ともに認める天才だからさ。ここで死ぬには惜しいわけだ」


 ここに来た時から伝わってきていた。

 これまで何一つ感じなかった虚無の中、揺らぎがあった。それは大したものではない。布の下にカード一枚敷いていたのを外見で認識できるかどうかというほどの差異でしかない。

 けど、それでも分かる者はいる。


「だからさ姉上、そんな天才のオレが考えるに、ここで戦う理由はないと思うんだけど、納得はしてくれるかい?」


 無音で飛翔した弾丸、矢を即座に作り上げた氷剣で逸らし、砕けると同時に全くの別方向へ飛んで行った。


「——そういうわけにはゆかぬ。吾は、護らねばならぬ。護ると約束したのだ……ッ」

「それを、アヤネちゃんが望んでるのかい? 身体でかばってたけど、ずっとヨナギ狙ってたろ」

「あの男がどうなろうと知ったことではない…、だが、だが吾は——。吾、は……っ」


 姿を現した姉上は今にも吐きそうなほど苦しそうにしている。

 見るからに様子がおかしいが、ホロウに何かされたのかもしれない。


「なら、とっとと帰って説教だ。今まで怒られてばっかりだったが、今回についてはオレに一過言あるといってもいい。姉上、アンタはアヤネちゃんの邪魔をしてる」

「だ、まれ——」

「それを認めたくなくて、けど約束を果たさないといけないから雁字搦めになってる。哀れだな、救ってやるよ。こういうのは家族が解決するもんだからなッ」

「だま…れぇえぇええ!!」

「姉弟喧嘩しようぜ。勝つのはオレだからな、今日は姉上に泣きべそかいてもらうぜ…ッ」


 対話不可、認識不良。——ならオレがやるべきことは一つだけってな!


「私のことは気にせず、どうぞ自由に」

「ありがとうよヌイちゃん。あの日、キミを助けてよかった」

「そう言ってもらえたなら悪い気はしない」

「ハハッ、じゃああとちょっと手伝ってくれ。こんなにも天才の主様にも一人じゃできないことあってさ。優秀な人材を探してた」

「無論だ、私の力。貴方のためにふるいましょう」

「そこを、どけ…、ユーリっ!!」

「いいやどかないね、親友ぶっ殺そうとしてるような人間相手に、オレが素直に言うこと聞くと思うなよ!!」

「な、ら…おまえごと、ここで——!!」

「やってみやがれ、この…バカ姉が!!」


 少年が最後の戦場に足を下ろした同時刻、彼等にとっても譲れない戦いの幕が開いた。

『本編について』

・リアとの一夜

 ヨナギの前でだけ乙女になるのでズルイと思います。


・姉弟喧嘩

 過去に記載した通りイユラは面倒臭い性格なのでこうなってしまいました。

 その上精神状態が不安定なのでさらに厄介になってます。


『定期連絡』

・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。

・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。

・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。

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