表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四方総界縁起  作者: くろよ よのすけ
86/100

86.それぞれとの一日①


 すべき準備はそう多くはなかった。

 朝起きて飯を食い晩飯の時間になるまで剣を振るう。その程度、いつもと変わらない毎日の比率がほんの少し偏っただけのこと。

 時折時間のある誰かが様子を見に来たり、シエと模擬戦を行ってみるなど、これまでとは違うこともあったが、ある種穏やかな時間だった。

 

「よな君は変わったね」

「……なんだ急に」

「あ、勘違いしないで。褒めてるのよ、これでも」


 ただ剣を振るうだけの、俺からすれば面白味のない光景だと思うがあやねが見学したいというので連れて行くと、何を意見するでもなく傍にあった椅子に腰かけて朝から眺めていたが、不意に声を掛けられた。


「お昼にしましょうか」

 空を見ると日は高く上っており、時計も昼過ぎを指示している。

 昼食はシエが用意してくれていた弁当を取り出すと、二人並んで口へ運ぶ。


「それで、変わったってのは?」

「明るくなったなって思ったの、前は笑っていてもどこか闇があったのに、今はその闇自体が薄くなったように思う」

「まぁ、やることも分かったし、やるべきことも分かった。みんなにも迷惑かけたし、いい加減覚悟をきめ——」

「ううん、そのもっと前よ。ふふ、やっぱり自覚無かったのね」

「む」


 くすくすと笑うあやねの姿を見ていると、なにやら気恥ずかしい。俺の知らない俺を見透かされているようだ。


「その前っていうと…」

「わたしとよな君が二人だけだったころ。今みたいに、静かに時間が流れていた日々のこと」

「そんなに変わってるような気はしないけどな」

「すっごく明るくなったよ。口数も何倍にもなってる」

「そりゃあ…あやねと二人なのとは違う。リアもシエもちゃんと天然なのか何なのかよく分からない会話始めるからな。誰かが止めないと一生続くぞ」

「んー……」

「どうした、何か気になることでもあったか?」


 考え込むように手をこめかみに当て、言葉を選んでいる様子。そこまで気になるようなことを言ってしまっただろうか。


「よな君は、彼女のことをどう思ってるのかなって」

「…皆方のことか? そうだな、護るべき相手で、護れなかった相手だな。それに……」

「それに?」

「……いや、やめとく」

「残念。でもどうして? そこで止められたら気になるわ」

「聞き返してきたときの声がやけに楽しそうだったからな」

「あら」


 あやねには俺が皆方をどう思っているかが気になっているようだが、ここで言う話でもないだろう。


「これは皆方に直接伝える分だからな。他の奴には内緒だ」

「ナイショね。ふふっ、でもそのナイショはいいと思う。だから今度はちゃんと、ごまかさず伝えてあげてね」

「そのつもりだ。いままで、ずっと隠し事ばっかりだったから。……これまで数えきれないくらい皆方を見てきたはずなのに、全く知らない相手と会うような気がするよ。…不安があるとすればそれだ、ちゃんと舌が回るかどうかってな」


 情けない男だろう、そう言葉を続けようとしてあやねを見やるとそれ以上の言葉は出てこなかった。

 俺の不安は分かっていると伝えるかのように笑っている。慈愛の具現化ともいえる表情を前にしては自虐さえも口からでるのを拒むほど。


「大丈夫よ、何度でも言うけれどよな君は強いもの。自信がないのなら何度でも言うし、具体例を挙げた説明だってするわ。それでもダメなら身体で、なんてね」


 悪戯っぽい笑みに変わったのを見ると、俺の方も気の抜けた笑みがこぼれた。


「お前……リアに毒されてないか? 冗談なんて満足に言えなかったのに」

「だってよな君、冗談なんて言う性格じゃないでしょう。少なくともわたしには真摯に向き合おうとしてくれている。よな君からもからかってくれていいのよ、お互い言い合ったりするのも楽しそうだもの」


 あやねと過ごした日々の中では、冗談なんて言うことはなかった。

 時折戦闘を行いはしたものの、二人でいるときは穏やかで掛け替えのない時間が流れていた。そして、その日常を護れなかったことこそがいまも悔やんでいることでもある。

 でも、それじゃあ皆方は生まれなかった。


「全部が終わって、皆がそろうことができたなら。その時はこれまでの戦いにも感謝できるようになると思うか?」

「それは終わってからでないと分からないわ。でも、一つだけ確かなことがあるとするなら。わたしはそうであってほしいと願っているし、そうなるように戦うということ。そこには当然、よな君も一緒よ」

「…都合いい願いだな。俺も、一緒か」


 ホロウの魂と繋がりのある俺とユーリがどうなるのか。それもまた戦いを終わらせることができてようやくわかることだ。

 でも、そうであったならいいと思える。合理性が欠片もなくとも、都合のいい夢のために戦えると思えるから。


「お互いに、色々人間らしくなれたのかな」

「そうかもしれないわね、素敵なことだわ」

「……ああ、そうかもな」


 自分自身の変化は分かりにくい。

 変わったと思っていても根底は何一つ変わっていないこともあるだろうから。でも、あやねが伝えてくれた言葉を信じない理由はない。

 励ますための虚構であったとしても、俺が達成すれば現実となるのだから。


「さて…と、俺はまだやってくけどまだ見てくか? 戻るなら一度付き添うけど」

「いいわ、続けていて。よな君が剣を振るう姿、見ているだけでとてもきれいだから」

「……ああ、なら退屈させないようにしないとな」


 それから日が傾くまでの間、あやねは俺を見てくれていた。これまで離れ離れになっていた空白をその目で見て、ほんの少しづつ埋めていくように。



  □ □ □



 鍛錬も終わりあやねと屋敷に戻った後、一人で大丈夫だという彼女を部屋まで送り、遅めの夕食がないものかと食堂へ向かう。

 するとその時、背後から足音と共に呼びかける声が耳に届いた。


「ヨナギ様戻られていたのですね。なにかお手伝いすることはありますか? 生活でも、鍛錬でも」

「今から飯は食うつもりだけど、特別シエに頼まないとならないほどのものはないかな。あればその時にはちゃんと頼むよ」

「そうですか。では私の手を借りずとも問題ない内容の中で比較的優先度の高いものなどは——」

「なぁシエ」

「ハイっ、何かございましたか?」


 やけに目をキラキラとさせながら、犬であれば尻尾をブンブンと振り回している勢いだ。胸の前で握った手もやる気に満ち溢れていることがよくわかる。


「そう言ってくれるのは嬉しいけどな。何度も聞かれると頼むこともなくなってくる」


 各々が準備を進める中、シエは高頻度で何か手伝えることはないかと聞いてくる。ほどほどの距離から様子を伺いつつ、着いてきているので気になって仕方ない。

 最初の頃は頼むこともあったのだが流石に何度も繰り返し、それも高頻度となるといい加減無くなってくる。


「そうですか…、すみません。また暴走してしまったようです…」

 指摘を受け、これまでとは真逆にしょんぼりとしてしまった。こうなると悪いことをしてしまったような気がしてしまう。


(とはいってもわざわざシエに頼むようなことも今日はないしな……)

 夕食ならあまりものくらい残っているのはここでの生活で把握している。今からシエに作ってもらってもいいが、シエにもやることがあるのではないかと思うと少し気が引ける。

(けど、このままほっとく方が悪いか)

 肩を落としたシエをそのまま突き放すのはそれこそ気が引ける。そんな状態のシエを見たいわけはない。


「なぁ、シエ。この後時間あるか?」

「は、ハイ、本日は他の業務等は済ませておりますから」

「ならさ、さっきも言ったけど今から飯なんだ。シエの作ってくれた料理が食いたいんだが、いいか?」

「もちろんですっ! 何がよかったですか、お好きな料理をおっしゃってくださいっ!」

「ん、じゃあ昼の弁当みたいなのがいい」

「そのようなものでよろしいのですか?」

「言ったろ、時間あるかって。散歩にでもいって、少し話そう」

「——、は、はい! すすすぐに準備いたしますっ!」

「お、おいっそんな急ぐようなことじゃ——。行っちまった」


 廊下を走り去る灰色の少女。

 すれ違った数名の女たちが振り返りつつ驚いたり応援したりしてる。別にそういうんじゃないんだけどな。


「とりあえず、待つか」

 シエの後を追って食堂へ向かいつつ、空いていた席に適当に腰を下ろす。

 周囲には雑談にふける者。当番なのか、数名で食器の片づけにあたる者などで騒がしくはないものの賑やかな空気が満ちていた。


「おぉ…シエっちが燃えてる……!」

「あれ料理の火よ」

「にしてもヤバくない? 今から本格的すぎない? 夜食? ダイエット頑張ってる私たちに向けた何かしらのアピール?」

「あはは、シエちゃん確かにすごい食べるもんね。ホント見るたびにビックリしちゃう」

「まったくアナタたち、分かってないわね」

「「「何をよ」」」

「シエちゃんがあんなに頑張るなんて理由は一つでしょう。アナタたちには見えないの? あの背に燃える恋の炎が…!」

「あーヨナギ様くんだ。デートにでも誘われたのかな?」

「夜に? それ部屋に誘われてない?」

「なるほど…、ユーリの親戚って噂もあるし、連れてる皆もかわいいもんね。血は争えないのかな」

「あーでもアタシはユーリの方がまだいいかな。ヨナギ様くん暗いし」

「えーでもああいうところがかまってあげたくならない?」

「年下好きだもんねー」

「そ、そういうのじゃないけど」


(……変なとこに来ちまったな)

 盛り上がってるのはいいが、内容が内容だ。特にあのメンバーはシエとも仲がいいらしくよく集まって話しているのを見かける。

(一旦離れて——)

「お噂を擦ればヨナギ様くんじゃーん! ちょっとこっち来なよー」

「チっ」


 しまった、バレた。

 しかも特に見つかりたくないのにバレた。アイツ緩いノリで滅茶苦茶踏み込んでくるから相手するのが厄介だ。

 ここは無視してでもこの場を離れてしまおう。シエの料理ももう少しかかりそうだし、それまで拘束されたくない。


「お~いヨナギ様くん~? 聞こえてるの分かってるよ~?」

(回り込まれる前にさっさと——) 

 ニヤニヤ笑いながら話しているのが丸わかりな声が背中越しに届くが、ここで足を止めてはいけない。捕まったら最後、根掘り葉掘りどうでもいいことまで聞かれるのは目に見えている。



「……シエっちー! ヨナギ様くん来てるよー!」

「ぇ!? あ、もう少し、もう少しお待ちくださいね! すぐできますのでそちらでお待ちください!」

「だってさ~」 

「…………」


 やってくれるな。

 鉄板の前に立つシエが何を作ってるのかは知らないが、そこを利用してくるのは予想外だったぞ。

(……仕方ない、か…)

 待っていてほしいと言われたのなら待つしかない。

 問題として、全員が全員、わざとらしい笑みを浮かべた連中が俺を取り囲むように座り始めたことだが。


「はてさて、ヨナギ様くん、取り調べの理由は分かっているかね?」

「黙秘する」

「まぁまぁ、そういわないで。ね? お姉さんたちに色々教えてほしいなぁ」

「お、シエちゃんの前でちょっかい掛けるのはなかなかの猛者だね」

「そういう趣味あったの? ちょっと引くんだけど」

「そういうんじゃないっ、そういうんじゃないから!」


 矛先が内内で向き合うなら俺としては助かるが、それも時間の問題。

 これがひと段落したら次は俺だ、参ったな。

(シエ、早く作り終わってくれねえかな…)

 今はただ話を受け流しつつ時が流れるのを耐えしのぶのみ。

 だから早く、凝った料理じゃなくていいから早く。

(俺を此処から解放してくれ……)

 そう思った瞬間、集まっていた女たちの目線が一斉にこっちを向いた。地獄は、ここから始まるらしい。


  □ □ □


 小脇に包みを抱えながらシエの前を行く。


「はぁ、ひどい目に遭った」

「そのようなことが…スミマセンヨナギ様、少し張り切ってしまったようで…」

「少し張り切ったら出来る料理の量じゃないと思うんだが、まあ終わったことだしいいよ」


 二人並んで歩くのは夜の下。

 シエの手にしたバスケットからは薄ら湯気が立ち上っているようで、香ばしい匂いが風に乗ってきていた。


「それにしても、どちらへ向かっているのですか? この先には何もないはずですが」

 緩やかな歩みの行き先は真っ直ぐではあるものの、屋敷からは離れた、もっといえば灯りさえもない場所へ向かっている。


「もう少しで着くよ」

 ここしばらく、自分でも理由は分からないが何度か通っていたのだ。この辺りを示すランドマークは何もないが、それでも迷うことはない。

 ああ、ほら。寸分のぶれもなく目的地だ。


「ここだ」

「…ここは確か、あの場所ですか……?」

 あたりを見回すと気づいたらしい。

 辺り一帯、ユーリのせいで穴だらけとなった街の残骸。その中でもわずかに荒れていない箇所がある。

「ああ」

 数メートル程度の円形、そこだけが壊れることなく元々の形を保っていた。

 ユーリが防いでくれていたからだ。俺と、シエを。

 ここはシエが命と引き換えに、聖槍を譲った場所。シエが死に、俺が目覚めた場所だった。


「ちょっと待ってくれ。すぐ用意するから」

 持ってきていた包みの中身は薪だった。ここにはもう灯りはないのだから、焚火をするのも悪くない。

「よし…、これでいいな」


 別にサバイバルをしようっていうわけじゃない。

 一緒に持ってきていたライターと着火剤を使ってさっさと火をつけてしまう。

 その姿を静かに待っていたシエが、ポツリとこぼす。


「…ヨナギ様は、怒っていらっしゃいますか? 私は、私のすべきことであったと思っていましたし、今でもそう信じています」

「そんなわけあるか。お前は間違っていなかった。結果論とかじゃなくて、きっとあれが正しい行いだったんだと思う。…ただちゃんと、礼を言えてなかった気がしてさ。二人で話したかった」


 適当に開けた場所へ二人並んで座り込む。

 用意してくれていた夜食はというと——。


「ステーキか、これ」

「ハイっ、ヨナギ様には精をつけていただかなくてはなりませんから!」


 何を焼いていたのかと思えばこれか。具合よく焼かれたステーキをスライスしたものをパンに挟み込んでいる。何とも贅沢な夜食だった。


「うん、美味しいよ」

「よかったです。急いで火を通したので硬くなってしまったかと思いましたが」

「柔らかすぎるのもな…、これくらいがちょうどいい」

「覚えておきますね。次に作る時のために」


 嬉しそうに目を細めながら、一緒に持ってきていたポットからスープを注ぎ手渡してくれる。

 いい匂いと共に湯気の立ち上ぼるコップを受け取ろうとして、手が止まった。


「どうかされましたか?」

「……なあシエ、怒っているのか。ってさっき聞いたよな」

「…ハイ」

「今日はさ、それを聞こうと思ってたんだ…。先に言われちまったけどな」

「あ、あの時は出過ぎた真似をしてしまいました……」

「はは…っ、シエが自分を頼りなさい! って言った時は内心キツかったけどな。頭が真っ白になったし、皆方だけじゃなくシエもそこまで傷つけてたってことが分かったから」

「うぅ、それは、その…私も必死だったので……」

「でも、嬉しかった」

「……」

「あの後も改めて考えてたんだ。なんであんなにも辛く感じたのかって。…俺は、シエのことを信じてたし、いざとなれば状況を任せられる相手だと思ってる。…思ってたんだけどな」


 そのいざとなった時、シエが俺を優先することに対して怒りが収まらなかった。


「何一つ成し遂げてすらいない俺に、本来なら巻き込まれただけのシエが命を明け渡すなんて、在ってはならないことだって。そう思ったんだ。言ってしまえばさ、俺は自分が弱いことを許せなかっただけなんだ」


 自分で話しながら自分勝手な話だと思う。

 自分が嫌な思いをしたくないから危険なことをするななどと、シエ本人の意思を尊重するという基本的なことが今更になってできていない。


「何度かちゃんと向き合おうって話はしてたはずで、口に出して伝えもしたのに、俺はまだ分かってなかった」


 ユーリとの戦いの後、レイガンとの戦いの後。

 俺はいつもシエに助けられている。

 格好悪くても構わない。一人ではなく、周りを頼ってほしいと。


「今更すぎるくらいだけど、ようやくわかってきた気がするんだ。皆さ、どっかはダメなんだな。誰もが羨む才能と、関わり合いにもなりたくない闇の部分がある。光は、一面しか照らしてくれない」

「ヨナギ様はそれまで、どう思っていらしたのですか?」

「……なんていうんだろうな。光の中にいるか、闇の中にいるか線引きがあって、全員そのどちらかだと思ってた。『纏界』か『崩界』か。俺自身はあのクソ野郎の血を引いてるし、ラゥルトナーが滅んだ原因でもある。生まれた時から闇なのに、その後も血に濡れた。ならもう光の中にはいられない」


 でもそれは俺だけだ。


「リアもシエもあやねも、皆方だって。皆、光の中で生まれたはずなんだ。本来なら問題なく生きていられたはずだ。俺みたいなのとは違うって」

「それでは、いまは…?」

「ヌイやユーリ、レギオンだってもがいていた。戦う理由があった。それは闇だけじゃなくて光を知ってたからだ。どれほどの闇の中で生まれたって、人は光を知っている。進むべき道が正しいかどうか、心で判断できる。それをようやく理解して——。そんなもんかって思った」

「……そんなもの、ですか?」

「ああ、本当にくだらないし、どうでもいいようなことだったんだ。誰も彼もが知ってることだから、わざわざ教えるようなことじゃない。皆が皆、知ってるはずなんだ。だから俺も同じのはずなのに、ただ一人で馬鹿みたいにうずくまってた。気づけていなかった」


 正しい道を歩んでいるとしても、それは光のみに照らされた世界ではない。困難も苦しみも、同様に存在する。


「ナイギを、ホロウを倒せば済むんだって思いたかったのかもな。でも違うんだ、そんなことじゃ最終的な解決になるわけない。光と闇、どちらか片方だけで生きることは出来ないだろ。俺はそれが出来ると思い込んでた」


 だから、シエの死を許せなかった。

 中途半端な俺のために、歩む方向を知る人間が死ぬことはない。穢れた人間のために光り輝く存在がその身を賭す価値はない。

 だがシエはその場で自分自身の信じた最善の行動をとった。

 それが正しいかどうかは問題じゃない。ただ、そうすべきと思ったことを、見返りも過程も何もかもを無視して手を伸ばせる、その心が大切なものなのだと。


「あんまりにも気づけなさすぎる。言葉での理解は出来ても、俺の心は無関心だったらしい。そんなことありえないって、感じてたのかな」


 見上げた夜空にはチラホラと星が瞬いている。

 満点の星空だったならもう少しロマンチックだったのかもしれないなと思いつつ、もう一度シエに向き直る。


「何度も、皆方を犠牲にしてきた。そうやって屍を積み重ねながら何も為せないままに。結局はリアとシエと、ユーリ達の力を借りてようやくレイガンを倒せた。現実問題として、俺一人じゃ大したことは出来ないんだ」

「それでも、ヨナギ様はこれまで戦ってきました。アヤネを犠牲に維持してきた平和であっても、それは確かに世界を救う行為ではあったはずです」

「…優しいな本当。シエも皆も、俺を責めてもいいんだぞ? 皆方を救うことは出来なかった。今もホロウの領域で、一人胸を張り続けてる。そんなことする必要のないはずのあいつがだ」

「だからこそ、救いたいと思っているのです。それはヨナギ様もでしょう?」

「…ああ、謝らないといけないことと、話さなきゃいけないことばっかりだ。許してもらえるかは…その時次第だな」


 焚火をその辺に落ちていた棒で突きながら、減った分の薪を追加する。


「私が言ってしまうのもおかしな話かもしれませんが、ずいぶんと元気になられましたね」

「呆れるか?」

「まさか、そのようなことはありません。ヨナギ様が苦しんでいないのであれば、それだけで私にとっては嬉しいことなのですから」


 苦笑は微笑で返された。

 これではいやがおうにも思い知らされる。


「恵まれてるな」

「ハイっ! ですからダメだと思っても胸を張ってください。私の主はヨナギ様とリア様だけなのですから!」

「ん…? ああ…、はは。シエは相変わらずだな」

「え、何かしてしまいましたか?」

「いや、お前はそのままでいてくれ。この戦いの後、俺がどうなったとしても」

「……ハイ…、リア様も、あやも、…アヤネだって。必ずや私の手で護り通して見せます。ヨナギ様が安心できるように——」

「うん、頼りにしてる」

「——…っ、はい……っ」


 死にかけていた少女には結局、今の今まで大したことは何もしてやれなかった。

 迷惑ばかりかけてしまっていたが、それでも遺志を継いでくれるというのなら、俺も安心できる。

 その時、ふと考えてしまった。


「……」

 ……あの老剣士にもそういった相手がいたのだろうか。己の存在を、欠片でも預けられる相手がいたことがあったのだろうかと。


「…? どうかしましたかヨナギ様、よければ冷めてしまう前にお食べください。急いで作りましたが、今回のものは自信作なのですよ」


 嬉しそうにこだわりを話し始めるシエの様子を見ているとずいぶん心が落ち着くことに気が付いた。…いや、前からそうだったか。


「——それでですね、香辛料もそうなのですがパンにも一部手を入れておりまして——」

「ああ、美味しいよ。それだけやってくれたなら、もっと感謝して食わないと。それに、お前もちゃんと食べろよ、俺ばっかりじゃなくってさ。な、一緒に食べよう」

「そ、そうでした…っ。で、では……その……」

「どうした?」


 急にどぎまぎとし始めたシエは意を決したようにこっちを見ると、火に照らされた真っ赤な顔で立ち上がる。


「あ、あのっ! 隣にっ、…もっと傍に座っても、よろしい…ですか?」


 力の入った言葉で伝えられた内容は、シエからのお願いとしてはあまりなかったことであり、自分の意思を優先するようになったのだということが、如実に表れた行動。

 これまで、リアたちに背を押されようとも自分では資格がないと身を引いていたシエが、一歩ずつでも、俺に近づこうとしてくれているのだ。

 これまでも様々な行動で周囲を癒すことはしてきたし、俺への比重が大きいことは理解していた。だが、正直言えば俺にとってシエは年の離れた妹、下手したら娘のような存在だったのだ。

 その認識が、ここに来て変わった。

 ただ一人の、同年代の少女として対等に認識できるようになると、彼女の想いが一人の人間に純粋な恋として向けられて——。


「…………む」

 いや俺は何を長々と……つまり、可愛らしいと思った。


「いけません、か…?」

「…そんなわけあるか、ほら」


 シエの分のスペースを空けるため、少しずれて座り直す。

 恐る恐るといった具合に腰を下ろしたシエは、そのままゆっくりとだが体重を預け、お互いの体温が半身に伝わってくる。


「ヨナギ様…、私は貴方の元で仕えられたことを、幸福に思っています」

「そうか。俺も、シエがいてくれてよかった」

「うれしいです…。心の底から、うれしいと、そうとしか言えないほどに」

「うん……」

「ヨナギ…様…、おぼえていますか? わたしがこどもの頃の、ねむれなかった時のこと」

「一緒に寝てほしいって言ってきたときのことか?」

「はい、でもあれは…ウソだったのです。ほんとうはただ、ヨナギさまのそばにいたかっただけなのです」

「当の俺は、不愛想な男について回る変な奴だ、って思ってた。そこまで慕われる理由も思い当たらなかったし」

「ふぁい……、でもわたしは、ずっと、ずっと……お慕い続けているのですよ…。はじめて、あなたに出会ったあの日から、わたしは…ヨナギさまのこと…が——」

「……シエ?」


 力の抜けた身体を感じ取ると、肝心なところでドジを踏むシエらしさについ笑みがこぼれる。そこまで言っておきながら眠りにつくのだからほんとう、シエらしい。

 俺も少し身構えていたのもあって反動でコケてしまいそうになる。


「戻るか……」


 すでにぐっすりと寝息を立てるシエを起こさないようにそっとおぶる。火の始末をし、持ってきたバスケットを拾い上げると静かな寝息を耳にしながら帰路に就く。

 それはまるで、互いが互いを理解し合う前の、子供であった頃をやり直すかのように。

 

 少年は少女を背負い、声を発することもなくただ歩き続けた。

『本編について』

・あやねとヨナギ

 二人は元々が無感情な性格だったため、感情が表に出てくるようになった現状は互いに新鮮な気持ちで話しています。


・ユーリ家におけるヨナギの扱い

 通称 ヨナギ様くん(さん)

 シエが無自覚にヨナギのいいところを吹聴して回るため女性陣からはいい玩具となっている。


『定期連絡』

・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。

・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。

・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ