84.四方の世界①
「へぇ……ホロウの目的ね。そんじゃそれは、どういうものなんだい?」
「わたしはずっと、ホロウの口にする救済というものがどの程度の範囲を指し示しているのか、それが分からなかった。ホロウの持つ元々の力を考えると世界を渡り歩き、蹂躙することができる。わたしの存在を掛けて封印しても限界があったほどの」
「……ああ、無から世界そのものを創ることのできるあやねの力を以てしてもアイツは規格外だった。あの時と比べたら今なんて羽虫みたいなもんだ…」
「こまったね、どうも」
『総界の巫女』としての力は強弱で測るものではなく、可か不可か。権能とでも呼ぶべきものだった。並ぶものなどあろうはずも無かったのだ。
そのあやねが、自らを礎に封印を行ったというのに、時間さえあれば復活を果たしている。今は“器”である肉体の枷により大幅な弱体化を引き起こしてはいるが、次こそ自由を、“器”を与えればもう止めることのできる存在はいないかもしれない。
「そんな力を持っているホロウの救済。『総界』を中心として広がる宇宙そのものでもある『境界』全体を巡り、そこにある総ての世界を手中に収めることも可能なはず。でも——」
「これならあやや彩音を、『総界の巫女』の力を手に入れようとする必要はない。ってことだね。元々の力さえ戻りさえすれば何とでもなるはずだもの」
ホロウが本来以上の力を手に入れようとする理由はない。なくとも目的の達成には支障なく、以前邪魔されたから可能性を潰しておく、などと考えるような男でもない。
「ならば、どうしてなのでしょう。“器”でもあるヨナギ様を如何とする、ということは理解できますが、ホロウとはそれ以上の力を欲するような男なのですか?」
「それが分からなかったから釈然としなかったの。でもようやくわかった。その前に一つ、みんなに聞きたいのだけど、ホロウの使った『四方崩界』について知っていることはある?」
問うは『四方崩界』そのものについて。
世界を繋ぎ合わせ、一つと化した規格外の『四方界』、抗うことさえ許されない世界の崩壊を引き起こした業そのもの。
「あー、あの大層な名前の……ってか、効果も大層だったわ。んまぁおかげでお天道様の下で生活できるようになったわけだがよ?」
「ユーリ、貴方ならば何か知っているのではないですか? 仮にもナイギの当主なのでしょう?」
「いやぁ残念、オレも知らねえ。聞いたことすらねえんだなこれが」
「ム」
「ゴメンねシエちゃん、そういう顔も滅茶苦茶カワイイし答えてあげたいけど、ナイギに代々受け継がれてきたのは『胎蔵領域』と『終極』の二つ。先代も、先々代も、旦那でさえ知らなかったんじゃねえかな」
「そう、ですか……」
「んーなぜだろう、正直に言っただけなのに心が痛い」
あからさまにがっかりするシエを前にして目線が明後日の方向へ向かっている。だが、知らなかったということはそれなりの理由があるはずだ。
「ホロウしか使えなかったのか、伝える気がなかったのか」
その二択だろう。とはいえ、間違いなく両方だ。
『胎蔵領域』は十分強力な、聖槍や羂索による加護がなければ敗北は必至な異能だ。世界の一部を塗り替え、強制的に己の領域と化すのだから。
しかしそれでも三つの世界そのものに干渉し、操作することは出来ない。いったいどれほどの力があれば可能なのかさえ想像もできない。
「そうね、その通りだと思う。扱うことができるのはこれまでもこれからもホロウただ一人だけ。これは個人の努力ではなくて、素質によるものだから」
「んじゃ、オレがどんなに頑張っても無理なわけ?」
「無理でしょうね」
「話を聞いてるとあれだな。つまりホロウのが大元で、『胎蔵領域』は劣化品、というよりも他の人間にも使えるようにしたものなんだろうな。スペアの“器”としても多少の適性を代々引き継がせてきたわけだ」
「あーなるほど、ってさらっと怖えこと言ってくれてんじゃねえよ」
完全に適性のない人間の身体を奪うよりも、扱う力が似通った身体を手に入れた方が効率的だ。まったくのゼロから身体に能力をなじませる必要がなくなる。
「そういえば、『崩界』の名を持っているということは、他にも種類があるのですか?」
「おっ、さすがシエ。勘がいいね」
「あ、ありがとうございますリア様っ。……? 勘がいいとおっしゃるということは、リア様も何かご存じなのですか?」
「うん、だってアレって三つの世界に一つずつあるもの」
「……そういえばそうか、名前の通りだ」
ホロウが『崩界』を根城にしていたからこその名前かと思っていたが、言われればその通りでしかない。
「ていうか、知ってたんだったらなんで今まで言わなかった」
「私というより魔眼の中にいるアティが知ってたんだよ。それに知ってたとしても使える人間はいないからねー」
「アティって?」
「…本物のラゥルトナー当主、になるはずだった子供だ。レイガンの部下が殺した」
「彼女から魔眼を受け継いだの。私はあの子になつかれていたし、適性があったからね。失うよりはいいって思ったのかも。で、その後にヨナとの出会いがあったんだ。…聞きたい?」
「聞きたい」
「黙ってろアホども」
「はいはい、そこまで。あの力は確かに三つの世界に対応したものが存在するわ。『四方崩界』以外にも二つ。いうなれば『四方極界』かしら? そのまますぎるかもしれないけど」
「いいさ、分かりやすい方がいい」
第一、他に言いようもない。
「…あの力は元々、均衡を保つための…世界を分けるための力だった。力を持ちすぎた世界があれば二つに分けて、その度に新たな世界が増えて、『境界』という名の宇宙が広がっていく」
「その言い方だとアヤちゃんも使えたみたいな言い草じゃないか?」
「そうとも、言えるのかもしれないわ。…わたしの使っていた力、というよりも『四方界』自体が、全ての大元だから」
「つまり……、どういうことですか?」
首をかしげるシエとその隣で一人静かに納得した様子のリア。
扱うことができない力の詳細を知っているというならば、その理由はそれほど多くはなく、『総界の巫女』としての異能、というよりも権能の規模を考えれば答えも絞られる。
「わたしがね、『四方界』という異能そのものを創ったの。ずっとずっと昔、思い出せないくらいに昔のことだけど。……そしてその後に世界を三つに分けた」
元々、『境界』には『総界』『纏界』『崩界』の三つしかなかった。
それを基盤として、あやねがいくつか小さな世界を追加し、その後時間を掛けて増えて広がり続けていったということ。
そしてその基盤となったのがあやねの創った『原初の四方界』とでもいうべきもの。世界を創り、分けて、広がっていく。その機構そのものこそが『四方界』であり、俺達の扱うものは時間を掛けて変革してきたものということ。
「ヨナギはあんま驚かねえんだな」
「あやねが創ったっていうのは昔聞いたことがあるからな。『四方極界』については知らなかったけど」
「名前を付けるようなものでもなかったから…。ホロウが使ったのは『極界』から一部分を抽出して自分にとって使いやすくしたもの。名の示す通り“崩壊”させるための異能として。『極界』として、本来なら創造というプロセスが入るはずなのに、ホロウはあえてそれをしていない。だから何もかもを壊すことを主とした『四方界』になってしまっているのだと思う」
突出した世界を制御し、更なる繁栄のために壊して創り直す。それこそが本来の『四方界』の在り様だとあやねは言う。
ホロウはその『四方極界』の崩壊にあたる部分のみを制御しているのだと。
「だから、今こうして世界が一つになった形で存続しているのは奇跡だとしか思えないの。わざと残したとしか思えない」
「その気になっていればあの場にいたワタシたちも世界ごと壊しちゃえば済む話だものね。ヨナの身体が奪えなくなっちゃうからやめたのかな?」
「それは理由として大きいと思うわ。『巫女』の“器”であるわたしも死んでしまうのは避けたかったでしょうし。どちらにせよ、ホロウはあえて世界を一つにした。全てを崩壊させるはずの異能をさらに中途半端に発動させて。世界の境界をあやふやにした」
「それで、お互いの距離感無くなっちまったからくっついちまったわけだ。無粋だねえ、そういうのは当人同士が時間掛けてお近づきになるべきだろうに」
「ぶつかったときの衝撃で消滅しなかったのが奇跡だね。心がつながってるつもりでも急に肉体関係を持ったら関係は破綻まっしぐらだものね」
「だよなぁ」
「ねー」
「何の話してるんだよお前ら」
「「え? もちろん世界の話だけど?」」
「……なら、もういいや」
変なところで噛み合うのやめてくれ。聞いてるこっちが疲れる。
「あのすみません…しかしどうして、世界を増やすなどということを?」
素朴な疑問。
『総界』から出るつもりのなかったあやねがどうして、わざわざそのようなことをする理由が分からないと。
だがその質問に対しての彼女の返答は芳しいものではなかった。
「……分からない。ただそうしなければならない気がしていたの。おかしいでしょう? ただ世界を維持するだけなら、わざわざ増やす必要はない。敵になるかもしれない存在をわざわざ生み出すなんて意味のない行為だわ」
「だけど、それが分からない?」
「ええ、まるでそうすることが当然のようにわたしはそうしていた。誰かの意思が働いていたかのように、わたしは『四方極界』を生み出し、世界の基盤に敷いた。その結果がいまの世界よ。……だから、どうしてなのかは分からない。もうそんなことを考えることもなくなってしまったし」
「そうですか、不思議ですね」
「そうね。でもよな君に会うまでのわたしは機械のようなものだったから、もしかしたらバグを起こしてしまったのかもね。責任を取ってくれるのかしら」
「何をどうとれって…?」
「冗談よ」
「そうであってほしいけどな」
「……あやを変えたのがヨナギ様…」
「? どうしたシエ、何か他に気になってるなら——」
「い、いいえ問題ありませんっ。すみません話の途中で邪魔をしてしまい、どうぞ続けてください」
なにか小さな声で独り言をしていたから気になったが、情報の整理でもしていたのか。これ以上は大丈夫だと、言葉だけでなく身振り手振りでアピールをしている。
「それなら話を戻すわね。つまり、ホロウの使った『四方崩界』は世界そのものに干渉することのできる力だということ。それが分かってくれればひとまず問題はない」
「それで、その『四方崩界』のことがホロウの目的とどうつながるんだい? 聞けば聞くほどおかしな力なのは分かるけどさ、まさか全部の世界を一つに纏めるってわけじゃないだろ?」
「それに、『総界の巫女』を手に入れようとしている理由もまだ分からない」
大きな謎はこの二つか、しかしその質問も想定していたように穏やかに、あやねは言葉を止めることはない。
「うん、わたし達に勝利することでよな君の身体を手に入れさえすれば、ホロウは本来の力を取り戻す。そして宇宙全体を手中に収めてしまう。その後、救済というものに手を付けるのだと思う。けど、ホロウがそれで満足するとは思えないの」
「ほかに目的があるということですか?」
「ううん、ホロウはどうしようもなく狂っているけれど、言葉に嘘はない。だから彼のいう救済が最終目的なのは間違いないわ。けど思い出してみて。ホロウは自身の力だけで総てを掌握できる。なのに『総界の巫女』の力を欲していて、『四方崩界』は世界そのものを崩壊させる力だということ」
問いかけられた言葉に皆が思考を開始する。
十数秒ほどのあいだ無言が広間を支配し、一人の吐息が漏れる音で沈黙は破られた。
「ああ…、なるほど…。頭おかしいね、やっぱり」
最初に気付いたのはリアだった。呆れたような感心したような声が漏れ、表情も苦笑と驚きが混じっている。
「分かったなら説明してくれ。引き延ばすようなとこでもないだろう」
「ん-、そうなんだけどさぁ……。分かったところで結構どうしようもないというか、極論関係ないというか…」
あのリアが珍しく言葉に詰まっている。
極論関係ない? 確かに敗北してしまった時点で俺達にはどうしようもないことだが、それとはまた別に、目的そのものがどうしようもないということか?
「よな君、考えたことはある? なぜ『四方界』は三つの力だけを扱うのに四という数字が使われているのか」
「…そりゃあ、『破壊』『創界』『封界』の三界を以てその先の術式を編み出すからだ。『胎蔵領域』か『金剛領域』か、その結果はバラバラだが、扱う個人にとっては第四の異能に他ならない。……まさか違うのか?」
「オレもそう教えられたぜ。他にあるのか?」
「違うなんてことはないの、それもまた正しいわ。けど、わたしが『四方界』を創り上げた時、『四方界』にそのような技術はない。だって必要ないものでしょう? 『四方極界』それ一つで総てを賄っていたのだから」
「…確かにそうです。なら、四つ目にあたる世界があるということですか?」
「四つ目……、っ」
「ああなるほど、そういうことか。それを壊すことがホロウの——」
シエがそこまで口にして、ようやくわかった。
「え、分かったのですかヨナギ様っ。一体どういうことなのですか?」
「さっきあやねも言ってたのに、完全に出てこなかった。四つ目は…『境界』だ」
全ての世界、その外に広がる虚無の宙。
名の通り世界と世界の間を区切る境界そのものである広大な空間、口にしている宇宙そのものか。
「ホロウ一人の力じゃ足りないっていうのなら、それはこの世界の内側にいるからだ。『境界』自体が“他全部の世界を内包した一つの世界”だって考えられる」
「そう、わたしが創った『四方極界』は『総界』、『纏界』、『崩界』、そして『境界』を示したもの。そしてその後、世界が増加するたびに『境界』も共に大きくなり続けていった。ホロウがこの『境界』に包まれた世界で生まれた以上、ホロウがどれほどの潜在能力を持っていても限界が決められている。強くなったとしても個人の力では『境界』の内部を掌握することが最大の戦果」
それ自体、おかしな話だ。
永劫とも思える広さを持つ宇宙そのものをただ一人の人間が手に入れることができるというのだから。
——だが、ホロウはそれでは足りないという。
「世界を創り、『境界』さえも広げ続けた『総界の巫女』の力を手に入れれば、アイツは『境界』の端部、手の届かないはずの壁にさえ手を掛けられるようになる」
「その先に広がるのが何なのかは分からない。けど、仮にもこれまで『境界』という名の空間で保たれていた数多の世界の均衡が崩壊するのは間違いないわ。そうなってしまえば掌握なんて話じゃない」
「破滅だな。それもとびっきりのヤツときたもんだ。それが救済ってか? ふざけやがる」
「……止めなければ。私たちだけの問題ではありません。レギオンが世界を巡っていた以上の、いえ何もかもが終わってしまいます!」
「………っ」
文字通りに何もかも。
世界を成り立たせている柱そのものが破壊されようとしている。そして、達成したとしても結果がどうなるかは誰にも分からない。きっとホロウにさえ。
だが、あの男はやるだろう。
躊躇なく、己の心の赴くままに。
「これがわたしの考えたホロウの目的。あの男は、わたしたちの想像以上の規模で考えていた。…勝たないといけない。ホロウを倒して、アヤネを……彼女を助けないと本当に何もかもが終わってしまう」
「…………」
再度、沈黙が空間を支配する。
だが打ち破ったのもまたあやねによる言葉だった。
「でしょう、ホロウ? 盗み聞きは得意だものね」
「ん? まあそう言ってくれるなよ。別に俺も罠を張ろうというわけでもない」
「シエ!!」
「——ッ!」
空気の揺らぎも起こさず、誰も座っていなかったはずの椅子に男が座していた。
認識した瞬間、即座に駆け出して武器を取り出し、姿を現したホロウへ向かって疾走する。
「ハハ…、歓迎してくれるのはいいが、この場で事を起こすつもりはないさ」
首元に押し付けられた倶利伽羅と聖槍、確実に断ち切るつもりで振るった刃は皮膚を切り裂くことなく、そのまますり抜けた。
まるで幽霊を相手にしているかのような存在感のなさ、いや実際に幽霊のようなものか。このホロウはいわば幻影だ。本物ではない。
「ほかに来る理由があるっていうのか…ッ!」
「おおヨナギ、元気そうで何よりだ。落ち込んでいるのではないかと心配していたが…、ああこれほどの力で戦えるなら何も心配する必要などなかったなぁ」
「黙れ!!」
「安心しろよ、ヨナギ。俺は今日この場で事を起こさない。誰一人傷つけず、連れ去りもしない。交渉を持ちかけることもやめておこう。ただたんに『巫女』に呼ばれたから姿を現したにすぎん。ああそうだ、気が晴れるというのならこのまま攻撃を続けていればいい。抵抗はせんさ」
「———ッ、っこの——!」
「よせよ、落ち着け。ここでやりあっても意味ないだろ」
「そうそう、ダメだよヨナもシエも。机に乗っかっちゃあ」
「……! お前ら、……くそ」
「よろしいですか、ヨナギ様…」
「ああ、今はいい…。ただ念のためにあやねの傍にいてくれ」
「…ハイ」
怨敵を目の前にしていながら武器を収めるのは癪だが、この場ではどうしようもできない。怒りに任せて武器を振るっても部屋が壊れるだけだ。
「彼女は元気?」
「ああ、心配しなくてもいい。今日も今日とてイユラが熱心に面倒を見ている。それにこの間から『四方界』を学びたいと言われてな、粗末ながらに教えているのだよ」
「…アイツが」
「クハハハ、あの娘なりに俺への一手を打とうとしているということだ。だが——」
「上手くはいかないでしょうね。あの子とわたし、存在が二つに分かれている以上は『四方界』が正常に機能することはない」
「俺もそういったのだがなぁ、それでも聞かない。嘘を教えるかもしれないぞと脅かしてみてもだ。クハハ…強い女だ、流石『巫女』というべきかな?」
楽しそうにあやねに向けられた視線。
底の知れぬ笑みはジンの肉体であっても変わらない。
「それで、聞いていたのなら教えてほしいのだけど」
「なんだリア、何でも聞け」
「さっき話してたことは正解でいいのかな? わざわざこんなところに幻影飛ばしてきてるのだからそれくらい教えてほしい」
「そうだったな。手土産代わりといっては何だが、そうしようか。…ああ『巫女』のいうとおりだ。俺はこの空の向こう、数多広がる世界を包み込む暗黒の海、その器自体を破壊したい。更にその先に広がる世界にまで手を伸ばしたいと思っている」
「そう、当たっていたのならよかった。でも、一体……なんのために。そこまであなた自身の世界を広げてどうするというの。そしてあなたが口にする救済、それが分からない。その空っぽの口で、一体何を救うというの」
微かに震えながら、力のこもった声で問いかける。
恐ろしいのだ。あやねでさえ、この男は得体が知れない。
一体どこで生まれ、どこから現れたのか。全盛の力を以て居た頃の彼女でさえ理解しえぬ虚無。それが、今またこうして目の前に存在している。
幻影であろうとも、そこに違いはないのだから。
「いい加減、俺も伝えようかどうかと思ってはいるんだ。どうにも、俺はお前たちからむやみやたらに暴れまわる快楽主義者だと思われているようだからなぁ」
「事実だろうが」
「ハハハ、そう怒るなよヨナギ。俺はお前の笑顔を見たい。幸せになってほしいと思ているんだ。……あぁだが悲しいな、ヨナギだけは“器”であるがゆえに逆に特別扱いも出来ん」
「ほざけよ…糞野郎が……!」
コイツの言い分を前にすれば、怒りの上限など存在はしない。
どこまでも燃え上がり、今この瞬間にも爆発してしまいそうになるのを必死に抑えこむ。
「話す気があるならはやくして、わたしもみんなも、あなたと話をするのはイヤなの。話す気がないのなら、今すぐ消えて」
「そうだなぁ、とはいえそう難しい話ではない」
虚ろが嗤う。
歪む口元は影のせいか、これまでも浮かべていた笑みが更に深まったように見えた。
そして——。
「ここではよそう」
「なっ」
「へぇ、何でも答えてくれるんじゃないの?
「聞けとは言ったがな。そう怒るな、言葉遊びをしたいわけでもないのだ。ただこの場で教えて、ほんの少しでも気概を失われでもしたら本末転倒なのでな。だからこそ、知りたければ俺の元に来い」
「逃げるつもりか!」
ゆっくりと闇にとこけむように姿を消していくホロウの幻影。
「怒りをもて、己が原動力を絶やすな。俺を殺すという絶対的不条理を前に、刃を研ぎ澄ませ挑め。ああ、本当に楽しみにしているのだ。なぁ、早く俺の元に来てくれ。このままでは、俺の方から攻め込んでしまいそうだ」
「……ふざけ、やがって——!」
「ククク…、カハハハ……。ではこうしよう、一週間待つ。いい加減、互いが互いの動きを待っているのもつまらんからなぁ。……ああ、だから早く来い。待ちきれずに、俺の掌が何もかもを握りつぶしてしまう前に——」
もう、ホロウの姿は肉眼で捉えられぬほど透明になり、消えるのは時間の問題だ。
だがその前に、たった一言言っておかねば気が収まらない。
「…ホロウ」
「うん?」
「必ず、お前を殺す……ッ」
「——ああ…、ああ——、その言葉、ずいぶんと懐かしいぞヨナギ。カハハっ、なんだ情は捨てようとも血の繋がりは断てぬというわけか……! クククク…っ、ああならば返すべき言葉は一つだな。俺もまたその瞬間を心の奥底より待っているぞ——」
そして、その言葉を最後にホロウは消えた。
元より気配の一つもなく、眼前においても虚無的であったのだ。完全に消えたといえるかどうかも怪しく、消え去った今も会話を聞かれているのだろうが、初めから分かっていることならばどうでもいい。
もとより正面突破しか出来ないのだ。下手に考え、打ち合わせをした作戦で奇をてらったところで勝てるとは思えない。
「クソ…、どこまでもムカつかせてくる」
「ほんとうね。今の気持ちを表す言葉はきっとこの世に存在しないわ。でも……」
「ああ、皆方もあっちで戦ってることが分かっただけでも、…よかったよ」
状況は安堵できるようなものじゃ到底ない。だがそれでも、皆方が生きていて一人でも戦う意思を持っているだけで、ほっとしてしまう自分がいる。
「勝手だな。…こんなんじゃ会わせる顔がない」
だが、自分のことを棚に上げていることに気が付く。つい昨日まで地面をはいずっていたような人間が一体何を口にしているのか。
「はぁ……」
いけないな。こんなことで浮かれているようじゃダメだ。もっと気を引き締めて——。
「それではいけませんヨナギ様!!」
「——え? あ、ああどうした?」
勢いよく声を上げたシエに圧倒され、少し身を引いてしまう。
「もっと喜びましょう! アヤネが生きて、戦っているのですから!」
「いやでもな、昨日までいじけてたような奴が今更上から目線で言えることなんてな——」
「関係ありませんっ、喜ぶべきことをつまらないことでないがしろにする必要はありませんから!」
「つまらな——」
「ぷっ、フフっ…、いいぞーシエー、もっといっちゃえー、ヨナを尻に敷くチャンスだー!」
「お前が口出したらややこしくなるだろうが」
「いえっ、リア様も関係ありません! これはヨナギ様の問題です! ちゃんと向き合うと決めたのでしたら無事であることを喜び、その上で救いに行くべきだと考えます! いかがですか!? …ふぅ、ぜぇ……」
「あ、あー……、えっと…」
「真偽は実際に再開するまではわかりません。ですがアヤネが無事であること、嬉しいですか? 嬉しくありませんか?」
「……うれしい、です」
「でしたらその気持ちを隠そうとなさらないでください。ヨナギ様のお気持ちもお察ししますが、もう…隠そうとする必要もないのではないでしょうか…」
一転して心配そうに目を伏せるシエは勢いのままにしゃべってしまったことを悔いているのか恥ずかしがっているのか。
その場から離れたりはしないが指先がもじもじとしていた。
「…ああ——そうだな、シエのいうとおりだ……悪かった。また、いじけてたら言ってくれ。ありがとうな」
「は、はいっ」
色の移り変わりが目に見えるほどに頬を染め上げると、そそくさと自分の席に戻っていく。途中でリアのニヤついた視線につかまり頭を撫でられていたがまんざらでもなさそうだった。
『本編について』
・四方極界
破界、創界、封界の大元でもある四つ目の四方界。
ホロウであれば『四方崩界』となる。
いうなれば原型、オリジナルであり、胎蔵領域や終極は原型に近づくための技術の発展形。あやねはかつては扱えたものの、皆方と分かれたために使用不可。
『定期連絡』
・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。
・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。
・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。




