81.強いということ①
屋敷の窓からは光と楽し気な声が漏れだし、それは夜闇の下で影となった庭園にまで届いてきていた。
ベンチに座りながらそちらに目をやるが、どうにもあの空気にはついていけそうにない。
「いくら何でもやかましすぎる、ただ飯を食ってるだけだぞ」
「だけどいいよね、退屈せずに済みそうで」
ユーリの屋敷での夕食。それは一言で表すなら“喧噪”だった。
広い食堂で屋敷の住人がある程度集まって食事をとっているらしく、そこに俺達も巻き込まれた。
「もらえれば部屋で食うって言ったんだ、俺は」
「もう、拗ねないの。たまにはいいじゃない、ヨナはもっといろんな人と話してみるべきだと思うよ?」
「……あの女たちを口説けとでもいうつもりか?」
「あ、それは浮気だからダメ。シエと彩音と彩なら許してあげる」
「そうかよ」
夕食が始まるまではまだよかった。俺達への興味の視線、そわそわとした空気は隠しきれず充満していたが、食事が始まってからは質問攻めだ。
特にシエと俺の関係について。
シエは顔を赤くしてたじたじ、俺も答える元気はないから流すしかない。そこにこの、隣に座っているヤツが火に油を注ぐものだから収集はつかなくなる一方だった。
「なにが『シエもヨナもワタシのもの』だ。あれでもうどうしようもなくなったんだぞ」
「だって本当のことじゃない。それに彩だってすごかったよ? 『よな君の心はわたしと一緒だから何も心配してない』って」
「……、アイツが張り合うタイプなのは知らなかった」
それはリアの発言の後、ならあやねと俺はどういう関係なのか、そう問われた時だ。あやねにすれば、『体は貸してあげるけど心はわたしのもの』らしい。
「アハハ、ヨナはかわいいなぁ」
「なんで今の話からそうなるんだ。ったく…」
「照れちゃってもうー」
「撫でようとするなって…」
そんな空気に付き合いきれなかったから逃げ出してきたのがいまだ。あやねのことはシエに任せ、一人で抜けたつもりだったがなぜか隣にはリアの姿があった。
「抜け目ないっていえばいいのか?」
「えへへ…」
「褒めてない」
軽く頭を押しのけようとすると、逆にそのまま擦り付けてくる。こっちの頭を撫でろということか。
「んふふ」
「はぁ……、どうしようもねえ」
けれど跳ね返す気も起きず、そのまま望み通りに手を動かす。
「ん~、やっぱりヨナの手、好きだよ」
「誰がやっても大して変わらないだろ」
「そんなことないよ、ヨナの手はおっきくて優しいもの」
「そうは思えないけどな…」
「あ、手が止まってる。もうちょっとだけでいいから続けてよ」
「あぁ……、分かったから頭押し付けてくるな」
それから少しの間、リアが満足するまで頭を撫でさせられる。静かすぎてそのまま寝てしまったのかと思ったが、あるところで身体を起こした。
「んーー、満足っ。ありがとね、ヨナ」
身体を伸ばし、そのまま戻る勢いでまた俺の方へ倒れ込んでくる。つまるところ膝枕の形となっている。
「っ、お前……、ホントこれ好きだな。満足したんじゃなかったのか」
「だってヨナの足の太さ的にちょうどいい高さなんだもん。人というのは満足した次の瞬間には新たな幸せを求めるものなのさ」
そう言いながら、リアが自分のためだけに俺についてきたわけじゃないということも分かっている。ふざけた態度をとって誤魔化したがるが、周りを見ているということは分かっている。
「……別に、俺はもう大丈夫だ。リアがそこまで気を使ってくれなくても戦える。シエにも、あやねにもああまで言われたんだ。…皆方にも、ちゃんと謝りたいと思ってる」
「うん……」
「そりゃあ、お前も魔瞳を通してずっと見てきてたんだ。俺が弱いことは分かってるから尚更なんだろうが…、最後くらい、ちゃんとやって見せるからさ」
「んー……」
「なんだよその顔、不服か。戦ってほしいって言ってたのはお前の方だぞ」
「それはまあ、ね? でも、なんて言えばいいのかなぁ。そういうことじゃないっていうか」
「なんだそれ」
嘆息しつつ、こっちの顔を見上げようとするリアの目に手をかぶせる。
「む、真っ暗になっちゃったんだけど」
「そうしてるからな。リアから見た俺は…どんな感じだ?」
「え? 愛の告白なら何度でもしてあげるよ? それともキスしたくなった?」
「……真面目な話してるんだけどな」
「ふふっ、そうだね。あんまり気を張ってるのも大変だと思って気を使ってるつもりなんだけど、やりすぎも毒かな」
指先に鼻息が当たってくすぐったい。手をどかそうとしたが、今度はリアの方から俺の手をつかんで離そうとしない。
「ヨナの手は、おっきいね」
「触り心地はよくないだろ。硬くて、汚れてるばっかりで」
剣を握り、血に濡れてきた手だ。お世辞にも綺麗とは言えない。
なのにリアは愛おしそうに抱きとめて、笑って見せる。
「ワタシにとっては綺麗な手だよ。離れてる間、ずっとこの手で抱きしめてほしかった」
「……恥ずかしげもなくよく言うよ。で、どうなんだ。今の俺は、周りから見たらやっぱりおかしいかな」
「ワタシには空元気、というより虚勢を張ってる感じに見えるかな。別にヨナが怖がってるとか、肝心なところで逃げ出したりはしないだろうけど。心を支えてるのが柱一本だけというか」
「……そうか」
なんとなくはぐらかしてはいるが、目的に向かって進むだけの傀儡といったところか。
ホロウを倒す、皆方を取り返す。俺の戦う理由はそれだけで、そのためだけに戦おうとしているのは事実だ。
「空虚だな、俺は。それに…お前に何も返してやれなかった」
「そう?」
「初めて会ったあの日から、リアの望むものはくれてやれなかった。いつも他のことが優先だったから。なのにお前ときたらいつも助けてくれてるんだ。……恩を返したいと、思ってはいるんだ。でも——」
「ハイストップ」
「……」
目を覆われたまま下から伸ばされた手は、俺の口をふさいだ。細く柔らかな指、ひんやりとした手の平は俺に言葉を紡がせはしない。
「確かにヨナは不愛想だったし、ワタシの愛の言葉も受け流してばっかりだけど……。それでもね、返してもらってるものはあるんだよ?」
「………」
そんなことはないと言おうとしたが言葉は出ない。
「ヨナは、自分のことはどこまでも無いものとして扱う時があるよね」
そんなわけはない。
俺が死んだらその後の戦いはどうなる。
今はユーリ達も手を貸してくれるだろうが、シエだけじゃ限界もある。誰かが一番前で戦い続けられないといけないだろう。
そういう役回りは俺が引き受ければいいんだ。
「こんな風に言うと怒っちゃうかもだけど、ヨナは数えきれないくらい負けてきて。その度に彩音を失って来たでしょ? まぁ剣も槍もないんだからどうしたって限界あるんだけど」
怒ることなどあるものか。
状況が変わったのはリアとシエが来てからだ。
それまでは敗北するたび、皆方を手に掛けることで時間を稼ぐことしか出来なかった。ホロウを倒すためなのだと己を正当化し続けてきた。
「ずっと、瞳を通してみてきた光景。ヨナは何度負けても諦めなくって、皆のために戦ってきた。そこに、自分を数えていないときが多かったんじゃないかなって」
そんなことはないだろう。
レイガンを、ホロウを殺したいほど憎んできたのは俺だ。
あやねを救うため、皆方を護るために戦ってきたのも俺なのだ。
俺は間違いなく、俺の意思で戦ってきた。
「でもヨナは自分が戦えなくなることよりも、皆が傷つくことの方が嫌がるでしょう? シエにはすっごく怒ってたし」
「…………」
「彩音のこともさ、もっと素直に見ていいと思うんだ。今のヨナは罪悪感で一杯一杯だから、彩音への想いがどういうものだったのか忘れちゃってるのかもしれない。でも、ずっと見てきたワタシから言うと、ヨナは——」
「……?」
「やっぱりこれ以上はナイショっ」
「……っ、おいそこまで言ってか」
口に当てていた手を離すと上体を起こす。
なにやら口元をニヤつかせているが、話をきられたこっちとしてはあまりいい気分とは言えない。
「それにあんまり教えちゃっても面白味もないでしょ? ヨナだっていつもナイショ話ばっかりしてたんだから、自分がされる気分も味わってみるといいんじゃないかなっ」
そのまま立ち上がると屋敷の方へと足を向ける。
個人的に話したいことは話したということなのか。
「おまえ……はぁ…。で、どこ行くんだ」
「それはもちろんお風呂だよ。…一緒に入る? 頭洗ったげるよ」
「馬鹿言え、くだらねえ」
「ふふ、そっかぁ。残念残念」
断られることが分かり切っているからか、その言葉からは残念さは感じ取れない。
「あ、そうだった」
「ん?」
「ちゅっ」
そのまま立ち去るかと思ったが、ふと戻って来るとそのまま俺の抵抗する間もなく唇を奪われた。
「な……んだいきなり」
「エヘヘ、したくなっちゃったからさ。いいでしょ、たまには。日ごろのお返しってことで」
「ぅ…」
それを言われたら何も言い返せない。
イタズラ成功、ニヤニヤしながらドギマギした様子をひとしきり観察していたかと思うと、もう一度、今度は頬と右目の眼帯に口付ける。
そこで満足したのか、顔を離したリアは照れたように笑っていた。
「それじゃあおやすみっ。ヨナは強い子だから、きっと本当の意味で立ち上がれるよ。なんたってワタシの大好きな男の子だもんね」
最後に残していった言葉は、実にリアらしい。
良くも悪くも感情的といえばいいのか。自分の好きな相手であれば、どこまでも信じられるのだろう。
「……強い、か」
皆が、俺のことを信じてくれている。
それはあやねにも伝えられた言葉の中にもあったことだが、まだ実感を得るには至っていない。
「……こんなことで、俺は」
本当に戦えるのか? 考えれば考えるほど思考は焦りを生み、答えから遠ざかっているような気がしてくる。
「なんのために、戦ってきたのか……」
思い出さなければならないことで、答えを出さなければならないこと。
だが、考えるたびに己の無力さに打ちのめされそうになる。
足りない時間を総動員しても間に合わないのではないかと思ってしまう。
「はぁ……」
心が重い、漏れ出すのはため息のみ。
それでも逃げ出すわけにはいかない。
冬だというのに今日は暖かい。風もないからか防寒着を着る必要もないほどで、しばらく外に居続けても体調を崩すこともない。
静かな夜だ。考え事をするにはこれほどの日はそうやってこないんじゃないのか。
「……だから、一人で考える時間が欲しいんだ。わざわざ来たってことは、急ぎの用事なのか?」
「ん? 別にそういうことじゃねえよ? リアちゃんとイチャイチャしてたのを邪魔しないよう窺がってただけで」
そんな、静かな夜の月の下。
リアが立ち去った後に現われたのはユーリ、これまでの様子を見られていたことに気恥ずかしさは覚えるが、相手が相手なせいでそこまででもある。
「んだよその目はぁ。心配してんだぜ、これでも」
「そりゃあ…、分かってはいるけどさ。ユーリだしな」
「ハハ、そりゃひでえ。で、隣良いか?」
「まあ、別にいいけど」
「んじゃ失礼っと」
どかりと音を立てながら隣に腰を下ろす。
「別に急ぎの用ってわけでもねえ。いや、五分後にホロウが攻撃してくるのが分かってたら急ぎにはなるけど」
「じゃあなんだよ」
「そう焦んなって。なあに、他の連中と何も変わらねえからさ」
「俺を励ましに来たとでも?」
「そうそう、てか前から背中押してやってはいただろうが。ほら、お前が睡眠薬飲まされた時と——。なんにせよ切り札だからな、可能な限り復調してもらわねえと」
「おい待ていまなんて言おうとした」
「だからこれまでみたいに愛と勇気の力でだな——」
「なるほどあやねか、おかしいとは思ってたんだ。いくら寝れてないとはいっても眠たいわけでもなかったしな……」
「……はぁ、オレが口滑らしたのは黙っといてくれよ。多分だけど、あの子怒ったら怖いだろ」
「さあな、あやねのそういう……個人に怒ったところは見たことない。いつも穏やかで、優しいやつだから」
「いいやヨナギ、オレからのアドバイスをよく聞いておけ。何があっても怒らせるな。具体的に言うと、あやちゃんとデートの先約があったのに他の子を優先するとか、他の子も連れてくなんてするな。死ぬまで引っ張られるぞ」
「あいつがそんなことで怒る想像ができな——」
「いいなっ!? これはおめえのためを思って言ってやってるんだぜ!? オレには分かる。ああいう芯が強くていつも優しい子ほど、気持ちが裏切られた時の反撃は怖えんだ。いいな、オレはちゃんと言ったぞ。何があっても忘れんな!」
両肩を掴まれたかと思うと、やけに必死な形相で力説してくる。ここまで言われるとこっちもことの深刻さを感じ取ってしまうというか。
「あ、ああ……。そこまでいうなら、覚えておくけど」
まだ具体的な想像はついていないものの、ユーリにはそう返すことしか出来なかった。
「ふぅ…分かってくれてよかったぜ。これでオレもひとまずは安心だな。んじゃ、ちゃんと風呂入って寝ろよ」
「え、あ、ああ……」
そういって立ち去るユーリだったが、一体何だったんだ。
まさかそれだけのためだけに話しに来——。
「いや違ぇわ、めちゃくちゃ大事なことだけど本題はそんな話じゃなかった」
完全に庭園の角に姿を消したかと思ったら慌てて戻ってきた。
「アイタ」
暗がりのせいか途中で植木にもぶつかっているが、お構いなしに戻ってきた。
「でだヨナギ、俺もお前も。この戦いの後どうなるかは分からねえ。だから、自分のことくらい許してやったらどうなんだ?」
逆再生のようにベンチに座り直すと、さっきまでの空気が嘘のように真面目なものになっている。
「……今更遅いだろ」
「そうかな? 傍から見てて、オレも含めた上で、オマエに恨みを抱いてる奴なんていないさ。誰もが、ヨナギに幸せになってほしいと願ってる」
「違う」
「何が違うっていうんだ。少なくともオレはオマエのことを——」
「…そうじゃなくて」
「うん?」
「頭に葉っぱ絡まってるようなのがそんな話してもなんの説得力もねえぞ」
「……」
表情は真剣なままに視線だけが明後日の方向へと向いている。どうやら視界の端に葉が入り込んでいることに気づいたらしい。そっと、髪についていた葉をつまみ上げると適当に放り投げた。
「ふ……っ」
「………」
「オレはオマエのことを誰よりも強いと信じて——」
「逆の方にもついてるぞ」
「へへ……っ」
頭痛に苦しむ患者のようにわなわなと頭に手を当てるとガシガシと掻きだした。
都合4枚の葉がひらひらと落ちたところでようやくユーリの動きが止まる。
「他には」
「俺の方からは見えない」
「よしっ」
「髪切れよ、邪魔だろ」
「いいの、これがオレのお気に入りの髪型なの。はぁ、話の腰が折れちまった。えーとどこまで言ったっけか?」
ぼさぼさになった髪を手櫛で整えつつも頭を掻いている。
スイッチが切れたらしく、顔つきもだいぶ気の抜けたものとなっていた。
「俺が強いってのは、どうだろうな」
「おおそこだったな。てかそれは否定すんなや。オレも旦那も、あとレギオンもお前に負けたんだぜ」
「トドメを刺しただけだ。そこまでのお膳立てはいつもみんながしてくれてた」
「ったく、マジで自己肯定感ってのがねぇのなオマエ。そりゃ確かにシエちゃんやリアちゃん、オレ達が全力で押上げもしたけどさ。最後に決められるのはお前しかいないだろう。そういうことができる人間なんだ、オマエは」
「いいとこどりが得意だって?」
「腐るなって。……なるほど確かに、こりゃあ難敵だよ。あの三人でも立ち直らせるのに苦労するわけだ」
「事実だ…、俺にできるのあ死なないように足掻いて時間を稼ぐことくらいだからな」
何度も死ぬ目に遭い、その度に終わらせてきた。
おかげでずいぶん、生き汚なくなったように思う。
「俺がもっと強ければよかった。アイツらの手を借りることなく、何でも一人でこなせることができるなら、何度でも死んでやるし神様に頭でも下げてやったさ」
そんな都合のいい話はあり得ない。
第一、そんなことであっさり手に入った力など何の価値があるものか。
この手の内にあるモノを護りたいだけだ。俺が欲しい力は全知全能に至る必要はないはずなのに——。
いつも手放すことしか出来ない。
彼女の笑顔を切り捨てて、苦しみの中へ放り出す。これでは最後に苦しめるために護っていることと違いはない。
それでも、世界が巡る度にいつも向けられる笑顔を、俺は受け入れてしまう。
拒絶して、イユラと同じように影から護った方が確実だ。いや、そういえば何度も試したことはあった。
——だが、結末は決まっていた。そうやってこれまで、二人が『総界』に来てくれるまで、皆方の屍を積み上げてきたのだ。
「いつも壁が高いんだ。超えられない相手が常に前に立ってる。俺一人で何とかしたいのに、皆の力を…命を預かってようやく届くかどうかなんだよ」
巻き込みたいわけがない。
けれど、俺一人じゃ何もできない。手を貸してもらって、命を差し出してもらって。そうしてようやく土俵に上がることができる。
「あと一人だけのところまで来たのに、けど……」
「結局なんだ、自信がねえってことだろ」
「一言で言えば、……そうなる」
「だったらそう言えよ、回りくどいぜ」
苦笑気味に、呆れたように笑う。
「……」
「仕方ねえことだってある。オレは当然として、レギオンは反則染みた生命体だし、旦那は人間やめてる強さだ。しかも勝った一回以外は負け続きときた。でもよ、お前は勝ったんだ」
「勝ったって言えるのかどうかも、最近は分からなくなってきた。」
「なら、お前にとっての勝利ってなんだ? そこが上手くいってないからモヤモヤしてるってことだろ」
「それは……分からないから困ってる」
「マぁジで言ってんのか? そんな悩むほどのことじゃねえだろ」
「だから簡単にいうなって。ならオマエには分かってるってのか?」
「いやオレはそんなことわざわざ考えてないしな。ハハハ、こんな奴じゃ説教も意味ないか」
「そんなことも、ないだろ」
「おっとヨナギ、慰めてくれてんのか? 優しいね、どうにも」
「……からかうなよ、本当にそう思ってはいるさ」
「はは……、優しいねえオマエは。だから気付けないこともある、か」
「だから、分かってるなら教えてくれよ。間違っててもヒントにはなるかもしれない」
「それは、あー、どうすっかな。オレから教えても意味ないような気がするんだよなぁ。ほら、さっきもリアちゃんが内緒にしてたみたいなもんだ」
「そうか」
不思議と、教えてもらえないことに対しての不条理さのようなものは感じなかった。
どうすればいいかという不安は残り、焦りもする。だがそれでも、信じてくれているということでもある。
「なんで俺なんだろうな」
「それ、今さら言う?」
「言わせてくれ。今まで言ったことないんだ、多分」
記憶にある分には、口にしたことはそうないはずだ。
やるしかなかった以上、弱音を吐いている暇はなく相手もいなかった。皆方にそんな姿を見せられなかったし、二人がここに来てからなら何度か口にする機会もあった。
「それでも、やらなきゃいけないことだったから。折れないようにしてきたつもりだったんだ。覚悟を決めて、戦ってた」
「今でもそうしてるように見えるけどな」
「それは——」
買い被りすぎだと口にしようとして、自分の弱音に辟易してきたから要点だけを伝える。
「心が折れそうだよ」
「まるでいままでは折れたことがなかったみたいな言い方するんだな」
「…………それは…、どうだったかな……」
「強いよお前は、あとはもう少しだけあの子たちへの甲斐性を覚えるべきだな。全員から愛されてるのはいいが、お前からはどうなのかってことだ」
「お前みたいには出来ないさ…」
ユーリのような女性に対してのスタンスは俺には難しい。
感謝はしている、好意もある。だが愛の言葉を伝えるのは、何か違うような気がしてしまう。こういうのが甲斐性なしというのだろうか。
どちらにせよ、皆方を救ってからの話でしかない。アイツが居なければ何も始まらないのだから。
「てかなによ、実はそんなに覚悟決まってないわけ? 困るぜそれ、ホロウと戦えるのオマエだけなんだから」
「ユーリだって戦えないわけじゃないだろ」
「ん? そりゃあオマエ無理じゃ——あ、ヤベ」
「……何が」
「言わないようにしてたことを言っちまった」
「その割には余裕ありそうに見えるんだが」
「ハッハッハ。あー、そりゃあ気のせいだ」
言わないようにしてたこと?
そう聞かされても理由までは思い当たらない。ホロウとの戦いに関わることなら、実力差はあれどユーリなら戦えないわけじゃない。アレとの戦いは力の差というよりも精神的な部分が大きく占めるから。
そのことはよくわかっているはずのユーリが口にしたということはつまり、戦闘面に関することで——。
「おまえまさか」
空を見上げ、月が雲に遮られていないことを確認すると、視線はそのままにユーリへ問いかける。
「『四方界』、今この場で使ってみろ」
「んーー、何と難しいことを言ってくれるのかねヨナギくん」
「……いつからだ」
「ホロウが復活して少ししてから。元々アイツの血が濃いから、復活したときの影響で何割か持ってかれたんだろ」
「全く使えないのか? 使えるようになるのか?」
「そんな心配すんなよ。戦力の話っていうならオレのことよりオマエのことの方が大事だ」
「言ってる場合かっ! ……他に誰が知ってる」
「あやちゃんは知ってる。他の娘には黙ってるけど、ヌイちゃん辺りも知ってるよ」
「……でも言ってくれてよかった。オマエ、口が滑らなかったらずっと黙ってるつもりだったのか」
「ああ。オレのやることは決まってるし、そっちなら『四方界』もいらねえかなって思ってるわけだ。てかやっぱ戦うことになるかね」
「……アイツなら多分、そっちを選ぶだろうな。俺はそれくらい嫌われてても仕方ない」
おそらくこのままいけばイユラと衝突は避けられない。
アイツなら皆方のいる方を選ぶ。そして、皆方の望みのために戦うだろう。
自分の意思でホロウの元へ向かった以上は俺達がホロウの元へ向かうことを望んではいない。なら、イユラはそのために武器を取る。
「あの人は、まあオレが何とかするよ。あっちもあっちで堅物だからな。オマエが説得しても聞く耳持たねえだろうし」
「どちらかが死ぬとしてもか」
「そんな真似はさせねえ、信じろよ。ヨナギはホロウとアヤネちゃんのことだけ考えてろ。オレの方を心配する必要はねえ」
「……ああ、頼む」
ユーリからすれば実の姉との戦いになるはずだ。だというのに、表情には一切の曇りはない。
これまで常に傍にあり続けてきた力が、決戦を前に使えなくなっているというのに、一切の焦りというものが見えない。
「だからさ、オレのことは気にすんな。自分にできる範囲のことは理解してるし、使えないって言ってもゼロってわけでもない。今までみたいに鳥籠創るのは無理だが、…ほれ」
そういうと手元に氷で作られた剣が現れる。だが今まで戦いの中で見てきた剣と比べれば大分簡素で、ところどころ歪さのあるものだった。
「まあ、こんなくらいでな。ホロウはヨナギに任せるしかないってわけだ」
「ならお前は——」
「なあヨナギ」
問おうとする言葉を遮り月を見上げるユーリは、穏やかな月光を前に目を細めている。
「オレにとっちゃ、オマエは弟分みたいなもんだ。一応、遠い親戚みたいなもんではあるしな。それにアイツも……」
「……ジンのことか」
「ああ、アイツも運が悪いよな。人一倍努力家ではあるんだが、どうにも頭硬くてな。そんなジンがホロウに乗っ取られてるとか、見た目との差がすごいんだよ」
「それも、俺のせいでもある…」
「んだよまた落ち込むつもりか? 身体取られたのはアイツの実力が足りなかったからだ。あの場の全員が、自分のやるべきことをしてただけだ。第一、ホロウが出張ってくるのは想定外だったしな」
「助けられるかは分からないぞ。勝てるかどうかも怪しいんだ」
「ああ…、分かってる。だからその辺は任せる。無理そうならアイツごとやっちまってくれ。……同情してとどめ刺してやらない方が嫌うだろうしな」
「いいんだな。正直言えばジンのために躊躇は出来ないぞ」
「いい。ただ、もしも、奇跡的に助けられるんだったら、助けてやってほしい。…って気持ちもあるが、まあその辺は任せる。現場判断ってやつだ」
「分かった、……努力はする」
「ああ、頼むよ。オレの家族に手を出したんだ。痛い目見せてやれ」
「それ人に頼むことか?」
「それもそうだな、ハハ——」
「ははは…、ったく…自由な奴だ」
つられて、つい笑ってしまった。
ユーリのこういうところは参考にするべきなんだろうが、俺にはやっぱり難しそうだな。
「じゃあそろそろ行くわ、ヨナギはまだここにいるか?」
「ああ、今度こそ一人で考えてみる」
「へっ、邪魔して悪かったな」
「なあユーリ」
「ん?」
「死ぬなよ、お前がいなくなったら色々困る」
ホロウの死と繋がった俺たちの命、だがそれでも、誰にも死んでほしくはない。最後の最後まで、諦めたくはない。
「そりゃあオマエ、死ぬつもりなんてねえよ。だからお前もそのつもりで戦ってみろ。その方がやる気も出るってもんだろ。決死の覚悟ってやつだ」
「それだと死ぬんじゃないのか、やっぱり」
「ハッハッハ、そうならないようお互い頑張ろうや。じゃあなヨナギ、風邪ひかねえようにさっさと寝ろよ」
「ああ」
背中を向けながら手を振って、立ち去ったユーリの姿もすぐ暗闇に溶けていった。
「ん、……陰にはいったか」
見上げると月には雲がかかり、地上を仄かに照らしていた月光もまた遮られている。
「ふぅ…」
今度こそ一人になった。静かな夜は思考を巡らすにはこれ以上ない。
(俺が、誰の、何のために戦ってきたのか)
シエにもあやねにもリアにもユーリにも、俺は信じてもらえている。
信じていないのは、俺だけだ。だから、気持ちに応えたいと思う。ちゃんと立って、もう大丈夫だとハッキリ伝えたい。
だからこそ一番大事なことがあるというのならそれは——。
「皆方…」
彼女のこと。
誰よりも傍に立ち、見続けてきたひとりの少女。
俺が護り続け、たった一度さえ護り切ることのできなかった相手のために、俺は何を思っていたのか。それこそが皆が伝えようとしてくれていたこと。
(あとは俺の問題だ……)
時間はそう残っていない。
次に皆方と再会するその瞬間までに、俺は伝える言葉を定めなければならない。その結果、今度こそ永遠の別離が待っていたのだとしても。決めないといけないのだから。
俺と、皆方の進むべき道を——。
『本編について』
・ヨナギ、弱音を吐く
カウンセリングの効果か、ようやく本心を吐露し始めた主人公。
正直遅すぎますが、ここにきてようやくヨナギの性格が分かってきたような気がします。
・ユーリとヨナギ(あとジン)
この作品の数少ない若い男衆ですが、ホロウの血筋である以上は事実上親戚関係にあたります。(ジンはレイガンに拾われたため直接の血縁ではないです)
ユーリは身内には甘いのでここにきて主人公っぽくなっています。
『定期連絡』
・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。
・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。
・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。




