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四方総界縁起  作者: くろよ よのすけ
80/100

80.助けるために②

「……」

「…………」


 あやねの方を見ると、なぜか照れたようにそっぽを向いていた。その様子を見て、俺の方も気まずくなってしまう。


「——ぅお…っ」

 それが少しばかり続いた時、背中から何者かが急におおいかぶさってきた。


「ヨーナぁ、話終わった?」

「ああ、終わった。お前らの方は……まだらしいな」

 肩越しに振り返るとユーリがシエとヌイを前に、何かしらを力説している。聞かされている方は全くの無表情だが、アレは会話になってるのか?

「ああそれで聞いてほしいことがあるんだ。二人の意見も聞いてみたくって」

 背中に張り付いたままのリアを降ろそうとするが、手足全部を使って抱き着いてきていて降ろそうとする方が手間になっている。


「普通に聞けばいいだろ。っと、それで…なんだった」

これまで俺たちの話が終わるのを待ってくれていたのは分かるが、その反動かやけにくっついてくるのは、何といえばいいのか。

「あら…リア、嫉妬?」

「そうそう、ヨナを独り占めなんてずるいもの。彩ならヨナに好き放題してもいいけどワタシの分も残しておいてほしいなー」

「ふふ、ごめんなさい。確かにそうかもしれないわね。なら戦いが終わったあとのデートの順番はちゃんと決めておきましょう? それ以外の日はみんなで共有」

「まぁ、それが落としどころだね。外泊は許可制にする?」

「言わなくてもみんな分かることだし、わたしは必要ないんじゃないかなと思うけど」

「そっかぁ、悩ましいね…。さすがにここで決められる話でもないし、後々家族会議ということで」

「ええ、楽しみね。ふふ」

「アハハ」


 心から楽しそうに笑う声を前と後ろから聞きながら、俺の方も真顔になってくる。


「……よく俺を挟んでその話出来るな」

「だって大事なことだよ? 皆でイチャイチャするのも好きだけど、やっぱり二人きりの時間も——」

「いいから、それで聞きたいことってなんだよ」

「おっとそうだった。よいしょ、っと……」


 機敏さの全く感じないゆっくりさで足を下ろすが、俺に回した手は以前そのまま。肩に顎を乗せながら話し始めた。


「ヌイちゃんのことなんだけど、二人はヌイちゃんのこと“かっこいい”と思う? それとも“かわいい”?」

「は?」

「そうね……」

「マトモに返す必要ないぞ。またユーリかリアが阿呆なことを始めただけだ」

「アホとはなんだアホとは! お前ホントに男かよ! ヌイちゃんのかわいさを広めようってのにリアちゃんはかっこいいっていうんだぜ!? いやそれは間違いないことだが、あくまで比率としてはやっぱカワイイと思うんだよなオレ!!」


 広間の反対側から、女二人に距離を取られたユーリが力説してくる。なんでこの距離の俺たちの会話が聞こえてるんだよ。


「とはいってもさぁ、比率の話をするならヌイちゃんはかっこいい系だと思うんだよね。土壇場で胎蔵領域も使えちゃうし、女の子に憧れられるタイプの女の子じゃないかなー?」

「そういう努力家なところも含めてカワイイの! ヌイちゃんはうちの子たちの面倒も文句言いながらもやり切っちゃうんだぜ! 文武両道、才色兼備ってなもんだ!」

「それをいうなら我が家のシエにはまだ敵わないなぁ。ふふんっ、シエになら家のこともワタシのこともなんでも任せられちゃうからねっ。ワタシの身体でシエに見せたことのない部分は無いほどだもの」

「羨まし……、ああいやシエちゃんヌイちゃん、そんな顔で見られたら照れっちまうぜ!! オレもお世話されてみたいんだけどそういう機会があったりとかないかな!?」

「…………」


 こっちをチラチラ見てくるシエの顔は少しだけ青ざめているような気がする。なぜかわからないが、基本的にユーリは自分が嫌われているという大前提を忘れているらしい。


「盛り上がっているところ悪いが、いいや私はなにも悪くない。二人してヌイちゃんと呼ぶのをやめてもらいたいのだが」

「え? ヌイちゃんはヌイちゃんじゃん、なあ?」

「うん、ヌイちゃんって感じだよ?」

「貴様ら……っ」


 対するヌイはイライラが募っているのか小さく体を震わし、今にもユーリに殴り掛かる寸前といった様相。


(アイツ、揶揄われるの嫌いそうだしな)

 同情はするが俺にはこの空気をどうすることもできないので、とりあえず話を進めて終わらせることで早期収束を狙うしかないだろう。


「それで、わざわざ俺達に聞くことかそれ。シエに聞けば奇数票になるんだから一発で決まるだろ」

「それがシエったら『ヌイさんは綺麗ですしかわいらしいとも思うのでどちらかは決められません』っていうんだもの。そうなると投票の枠組みを広げるしかなくなっちゃって」

「そういう優しいところも好きだぜシエちゃ——、あれ何でさらに距離を?」

「ぅーーー………!」

「……シエっ、こっちの話終わったから気にしないで来ていいぞ」

「ぅーー……っ、は、はい!」

 一転してものすごい笑顔になったかと思うと、次の瞬間には突風と共に隣にまで来ていた。

「相変わらずユーリのこときら……苦手なんだな」

「嫌いです」

「……いやでも悪い奴じゃないってのはシエも分かって——」

「でも嫌いです」

「……………、そっか……なら、仕方ないな…」

 ユーリ、お前はもうシエについては諦めた方が幸せになれる。


「じゃあじゃあヨナのことは?」

「えっ! そ、その…当然お慕い申しておりますし、ずっとお傍に置いていただければと思っておりますが、わわわたしではヨナギ様にご迷惑をかけてしまうのではないのかという部分の不安もありまして、以前頼ってほしいなどと大口をたたいてしまったことにいまだ寝る前に思いだしては何ということをしてしまったのかと——」

「えーと、ヨナのことは好きなの?」 

「よな君のこと嫌いなの?」

「それは………そのぅ………。すき、です——が」

「「はい決まり」」

「ぅぅ……」

「なんだこれ」


「……」

 ユーリは壁にもたれかかり静かに涙を流していた。でもアイツの場合構ってもらえてうれしいとか言い出しそう。……なんだが、流石に今回のは堪えたらしく、アイツの周りだけ暗くなっているような気がする。


「それでそれで、ヨナはヌイちゃんはどっちだと思う?」

「あ?」

「だから、かっこいいかかわいいかって話」

「どっちでもいいだろそんなもん」

「わたしはかっこいいと思うわ。わたしではヌイさんのように戦うことは出来ないから、あこがれてしまうわね」

「む…」

 珍しく素直に褒められたからかヌイが照れている。


「よな君はどう? 戦ったこともあるとやっぱり認識も変わってくるのかしら」

 最後の投票権を持たされた俺に集まる視線に辟易しつつ、なんでこうなったのかとため息をつかざるを得ない。

今日は昔ばなしで疲れたし、さっさと答えて終わらせちまおう。

「ちゃんと答えないとダメだよー」

「……思考を読むな」

「顔に書いてあるもの」

「ああそうかよ……、別に嘘つくつもりもないんだけどな。…ヌイのことだろ、個人的にはどっちかといえばカワイイ方だと思うけど——」

「な、何を言うかヨナギ! 戦士であり刃を交えたわ、私をこともあろうにカワイイだと!? こ、このバカ者が!」

 顔を赤くして吠えたててくるが、これどっち選んでても怒られてたな。


「へえ、なんだか意外」

「そうか?」

「うん。よな君なら照れも入ってカッコいい方を選ぶかと思ってた」

「私のことをカワイイなどと…、貴様でも世辞を言うくらいの頭は——」

「なんというか…、間違いなく強い方のはずなのに周りが強いせいで実際より弱く見えちまうところがそうかなって」

「……おお、なるほど! 確かにそうかもしれない」

「確かにそうね。『胎蔵領域』も使えるから天才の部類に入るはずだもの」

「…ユーリが空気を読まないのが悪いと思います」

「んなことねえよ、オレだってヌイちゃんが活躍できるよう三人娘に鍛錬任せたりしてるんだぜ? えこひいきで戦力に数えてるわけじゃあねえ。ただあの娘たち加減知らねえから、下手したら死ぬな—とは思ってたけど」


「というかお前が現状のナイギでのトップだからどうやっても霞むんだよ」

「ヨナギだって半分足らずはナイギの血混じってんだし、それ考えるとオマエもナイギ最強候補だぜ?」

「ヨナはうちの子だから。勝手に引き抜こうとしないでほしい」

「……最低です」

「えっ?! あ、いやほらあれだって! オレとしてはヨナギのことを家族のように思ってるわけだから言ってみただけで、あくまで冗談、冗談なわけよ!」

「……はぁ、もう誰が強いとかどうでもいい。他に話しとくことあるか? ないなら帰って飯食おうかと思ってるんだけど」

「お、そういうことならうちで食ってけよ。シエちゃんの料理も最高だが、たまには他の人の作った飯もいいもんだぜ。うちの飯も結構いいもんだ」


「いや俺はべつに…」

「いいね! シエに聞いたのだけどお風呂も大きいみたいだから一度入ってみたかったんだ! 彩も一緒にはいろ」

「あら、わたしもいいのかしら?」

「そりゃあもちろんだ。見てもらった通りうちは女ばっかりだからな。一人二人増えたところでいまさら誤差よ誤差、好きなだけいてくれていいぜ。あ、そうだ、ついでにそのまま泊まってけよ」

「いやだから俺は——」

「はいけってーい、シエももちろん泊まるよね?」

「え…、あ、ハイ。泊まります」

「いまオレから目逸らした?」

「諦めろ。あとシエのためにも近づかないようにしてやれ」

「へ…っ、どれほど気持ちが通じても、届かねえものって、あるんだな……って……ぐす」

「……マジで泣くなよ…。ってかリアも引っ張るな、分かった、分かったから帰らないから無理矢理引っ張るんじゃねえって…っ」


「ああ、お待ちくださいヨナギ様っ、私も参りますっ」

「そうよリア、それに道も分からないでしょう?」

「いいのいいの、これだけ広かったら散歩するのも楽しいよきっと」

「では私が先導いたしますので。向かいたいところがあれば仰ってください」

「ええっとじゃあねー」

「わたしはよな君の行きたいところがいいな」

「じゃあ静かなとこ」

「ヨナギ様、大変申し上げにくいのですが…、恐らく屋敷の皆様は来客で浮足立っており…、興味津々で着いてくるかと。そのためヨナギ様の言うような場所は…」

「……じゃあもう任せた」

「お任せください!」


 仕事を任されたというところで気質的にやる気が乗って来たのか、元気を取り戻してきた背中を追って部屋を出ていく。もはや会議は完全終了、とはいえ泊まることになった以上、何かあれば向こうから言ってくるだろうし、まあ構わないか。


「はぁ…、結局そうなるのか。……ん、どうかしたのか?」

「え? ううんなんでもないよ。ちょっと、見覚えのある人がいた気がしてね」

「見覚え?」


 リアの見ていた方に視線をやると、恭しくこちらに頭を下げる老婆が立っていた。彼女は頭を上げると、仕事でもあるのかそのまま立ち去ってしまう。


「マダムですね。古くからこの屋敷に仕えていらっしゃる素敵な方です」

「へぇ」

「知り合いだったのか?」

「ううん、気のせいだったみたい。見覚えじゃあなかったみたい」

「? そうか」

「そうだよー、じゃあ適当に歩いてみよっかな。何か面白いことがあるかもだし」

「あっ、リア様お待ちください! お一人では迷ってしまわれますっ」


 物言いに何か引っかかる部分はあったが、そこを掘り下げる理由もない。

 シエの先導を無視して先へとどんどん進むリアを皆で追いかける。ここは一応、長年戦い続けてきた敵の本陣なはずなのだが、アイツにとって気にする必要はないらしい。

 道すがらすれ違う女に挨拶をしたり雑談を始めだしたりもする。

 付き合うのも面倒ではあるのだが——。


(最近は、…ずっと気を使わせてたからな)

 これでリアの気分転換になるのなら、俺に断る理由はない。皆の幸せを願っているリアこそ、普段から幸せであってほしいと思うから。


「えっ、じゃあその人がシエちゃんの言ってた?」

「そうだよ、彼こそがワタシの夫のヨナさっ!」

「おい待て」

 いや、やっぱり抑える奴がいないと後が厄介なことになるのに変わりはなさそうだ。


  □ □ □


「……風のように去っていきましたね」

 二人で残された広間はさっきまでの騒々しさが嘘のように風が吹き抜けていく。それもこれもリア・ナカツ・ラゥルトナーのせいなのだが……。


「ヨナギめ…、あれも苦労しているようだな。以前と比べて立ち直ってきてはいるようだが」

 あれに四六時中付き合わされることを考えると私にとっては地獄だ。

 そういう意味で言えばラゥルトナー陣営に生まれなくてよかったとさえ思ってしまう。


「それで、立ち直りましたか?」

「ああもう大丈夫だ問題ねえ。ヨナギのことならああいう人間が傍にいた方がいいのさ、一人だと抱え込んで潰れるタイプだ」

「そういうものですか」


 隣で泣いていた当主に声だけ投げかける。大の男が泣いている姿など見ても気まずいだけだ。しかしこれほどシエ・ジンリィに入れ込んでいるとは。

 決して叶わぬ恋を憐れみつつ、返事を待っていると。いつも通りの声色が帰ってきた。


「それにしてもよかったなヌイちゃん」

「何がですか?」

「ふっ、カワイイ派の勝利だ——。あだ!?」

「死んでください」

 もう私の方も付き合ってられない。吐き捨てるように口にして、さっさと広間から出ていく。

「ぅぅ……、なんでだ…、いいじゃんかわいくって……、がくっ」

 背後ではユーリが呻いているようだが、内容は推して知るべしと言ったところだった。


「まったく…」

 こういうところが嫌われているのだろうに。

 シエの前でさえ治そうとしないのはもはやワザととしか思えない。

 むしろ、あえて嫌われようとしているのかとさえ思ってしまうが、そこまで聞くのは野暮というものだろう。

 なんにせよ、我々はラゥルトナーと手を組んでホロウを倒さねばならない。

 その後、ユーリとヨナギがどうなるのかは分からないが——。


「方法があれば……、それこそ、だが——」

 答えのない解決策。

 諦めてはいるわけではないが、どうなるのか分からない以上は流れに身を任せるしかない部分もあるということか。

 ユーリ、それにヨナギという当事者にとって、最後の戦いはどう映っているのだろうか。


「考えても仕方ない、な」

 結局私にできることは少しでも役に立てるよう強くなること。

 さすがに時間も無くなってきてはいるだろうが、それでもやらない理由はない。


「…せめてカッコいいくらいは言わせてやる…」

 唇をツンと立て、少女が拗ねたようにして歩く彼女の姿を見たものが居れば、『そういうところだよ』と教えてくれたかもしれない。

 だが残念なことに、そのことを彼女が知るのはまだ先になりそうだった。


  □ □ □


 蝋燭の明りが虚無の男を仄かに照らす。

 揺らいだ影は男自身が揺らいだのかと錯覚するほど不安定だが、火の光を灯した双眸は圧倒的な存在感を放っていた。

 男は『総界』での出来事を把握しており、その気になれば特定の会話を盗み聞くことも可能である。ゆえにナイギとラゥルトナーの作戦会議も、ヨナギが立ち直り始めたことも理解している。


 通常であれば己に反逆する彼らの存在は排斥すべきだ。

 男は己の力を過信しているわけではない。自身が出来ることと出来ないことの把握は寸分違わぬ理解をしている。数値的なものの見方であれば、ジンの肉体を奪ったことによる弱体化を以てしても力の差は天地ほど。


「ならばどうしてレイガンは死んだと思う?」

 虚空へ向かい、問いかける。

「力の差、それだけで勝利が得られるというのであればあの男に敗北は無い。かつて俺を前にして殺すとまで口にした男だ。老いたとはいえその技量に衰えはなく、むしろ研ぎ澄まされていたというのに」

 レイガンに敗北の道はあり得なかった。

 だが事実は違う。剣は折れ、その身も朽ちた。


「悲しいよ。ああ本当に苦しいんだ。俺を殺すと誓い、永きにわたりその機会を待ち望んでいた。その光を前にして敗北したのだ。その想い、誰かが覚えておいてやらねばあまりに悲しいだろう」

 それまでの笑みは消え、心の底から悲しむような顔つきへと変化している。あまつさえ涙をも流しているのだ。


「この苦しみが癒えることはないのかもしれん。だが、その犠牲をもってして、ヨナギたちは更なる強さを得た。俺はな、同時に嬉しいのだよ。強き者がより強くなる可能性のある者たちを導いてくれる。圧倒的な力を乗り越え、更なる高みへと皆が昇り詰めることができるのだ」

 流れる涙は悲しみより生み出され、喜びへ昇華している。

 失うものがどれほどの大きさであろうとも、その先に男にとっての希望が残ってさえいればそれは何にも代えがたい救いの光ということなのだろう。


「それが、貴様にとっての救済か、ホロウ」

 男の正面、射殺さんとばかりに睨みつける女の姿があった。

 武器を持ってはおらず、その手は血が滲むほど強く握りしめられていた。


「そのような話をするために吾を呼び出したというのか? ならば疾く死ね、それだけで総てが救われるであろうよ」

「くく…、そう言ってくれるなイユラ。正直呼んだところで来るとは思っていなかったのだが、その真面目さは美徳だな」

「チ…っ」


 すでにいつも通りの姿をさらすホロウに陰りは無い。その時々の感情は真ではあるが、切り替えてしまえば別の問題でしかない。欠片さえ感情を引き摺ることをしないのはまさに人間性の欠如と言わざるを得なかった。


「無論呼び出したのにも理由はある。それにだな、俺もまだ死ぬわけにはいかんのだ。やるべきことが残っているしな」

「ならばくだらぬ話をせず本題に入ったらどうだ。その顔を見ているだけで今にも吐きそうだ」

「カハハ、なに戦いたいというのならそれでもかまわんが…、まあ話というのはそれだ」

「………」


 睨みつける眼光はさらに鋭く、しかし困惑の色が混じり始める。

間違いなく敵であるホロウを前にして気勢を張ってはいるものの、思考が読まれているかのような感覚に陥っているのだ。

 

「なに答えたくなければそれでいいことだ、すぐ分かることでもあるしな。イユラよ、お前はどちらにつくのかと思ってな?」

「そのようなこと考えるまでもないっ。吾は、アヤネを護る。そのためならば——」

「そうか、そういうことならそれでいい。なに、以前話した時は調子が悪かったようだったからな。少しばかり気になってお節介をと思ったわけだ。自分では決めきれずとも、他者の力があれば足を踏み出せることもあろうよ。そう、ヨナギのように」

「……ッ、それがどうしたという。吾には関係のないことだ。むしろ、命の危機について心配でもしたらどうだ」

「ク…、心配してくれるのかイユラ、嬉しいぞ俺は」

 嫌味を口にしたところで、屈託なく純粋に喜ぶ。分かっていたことだが、余りに不愉快にさせられる。

「話は終わりだな。忘れるでない、吾にとってアヤネを害する者その総てが敵だ。それは貴様も、ヨナギも、ユーリでさえも例外ではない…ッ」

「ふむ、ならば護り通して見せてくれ。数多の降りかかる困難を射殺して、お前の意思を貫く姿を俺に示してくれ」

「……ッ」


 これ以上、言葉を交わす理由はない。

 誰も彼もが為すべきことのために武器を取っている。誰に指示されるいわれもありはしない。

 ホロウに口を出されるまでもなく、彼女の心は初めから決まっている。例え誰を敵に回しても、護らねばならないものがあるのだ。


(吾は、間違ってはいない)

 部屋を飛び出して、言い聞かせるように何度も同じことを考える。

 誰にも曲げることのできない堅牢な意思はしかし、自身によって揺らぎ始めていることを認めるわけにはいかない。

これまで歩んできた道筋を踏み外すわけにはいかず、その行為は友である彼女への裏切りでしかないのだから。


「イユラ、そう思っているのだろう。苦しいことだ、己の心を圧し潰し、誰かを救うために己を殺す。だが、もう少しでその苦しみは光へ変わる。誰にも汚すことのできぬ輝きとなるのだ」

 一人となったホロウは虚空へと手を伸ばす。まるでそこに尊い輝きがあるとでもいう様に。

「……さて、俺もそろそろ動くとするか。あちらも待ちかねているようだしな。クハハ——」


 嗤う、嗤う。

 歩むべき道筋を踏み外したことなどただ一度もありはしない。

 生まれた時から願い、祈り、望み、希った果ての希望。


 誰もが手を取り合い、希望を胸に生きていくことのできる新たな世界の誕生を。

 誰もが苦しみに手を差し伸べ、光へ向かい歩むことのできる輝く未来の創出を。


「ああ——、早く来てくれヨナギ。俺もアヤネも待ち望んでいる。お前という勇者が、俺を打ち倒しに来るその瞬間を」

 目前に迫る決戦が楽しみで仕方がない。 

 ここで敗北などすれば、これまで積み上げてきた何もかもが塵と化すのだ。


「それは許せんなぁ、俺は皆を救済せねばならんからなぁ。クハハハ…」

 だが、それでもなお、魔王に立ち向かう勇者という構図は心が躍る。光り輝く希望を見てしまうのだ。

あまつさえその瞬間を目の前で見ることが、戦うことができる。


「ああ——早く来いヨナギ、待ちきれんのだ。胸が張り裂けた拍子に世界を潰してしまいそうなのだ、カハハッ。む……ああいかんいかん、ついドジを踏むところだった」

 つい『総界』を潰してしまいそうになったが、そんなことをしてしまえば計画も何もかもがお釈迦になる。己の不注意にさえ笑みがこぼれるが、あと少しであることに変わりはない。

 戦いの火ぶたが切って落とされるのに残された時間はないのだから。 


「お前との約束を破ってしまうところだった。すまんな」

「…元々、ちゃんと守ってくれるだなんて思ってない」

 イユラが立ち去った扉ではなく、背後へ向かって声をかける。

 ひと際色濃い影によって隠されていた空間から現れたのは皆方彩音、『総界の巫女』の片割れであった。


「クク…、そう言ってくれるな。事実としてこちらから手を出してはいないだろう?」

「でももう待つつもりもないんでしょう。最終的に、貴方は夜凪くんたちを殺そうとしてることに変わりはない」

「そうなるかどうかはヨナギたち次第だ。とはいえヨナギだけは身体をもらいたいところではあるが、その時お前はどうするかな?」

 

 少女にとって最も嫌なことを楽しそうに言ってのける。

 口を結び、拳を握り、今度は意識が揺らぐこともなく。はっきりと言葉を口にしていく。


「貴方に…みんなは負けたりしない」

「それならばそれで楽しみだ。俺をこそ超えた先の世界がどうなるのかはまだ考えていないのでなぁ」

「何をするか、決めてないの? ならなんのためにこんなことをするの? そんな、そんなことじゃ誰も救われない。貴方だけがっ、楽しんでるだけじゃない!」

「お前も楽しめよ彩音。これより先、俺の勝利によって世界は救われる。誰も彼もが光を胸に、勇者となれる世界が到来するのだ。輝くばかりの宙の星々、それら総てが善なる力を手にすることができる」

「……貴方の言ってること、意味が分からない。質問には答えてくれる話でしょう」

「答えているし嘘はない。俺は心からそう信じているし、実際そうなる。分かる時が来るのもそう遠くはないさ。それにしてもいいのか? ここにいたことをイユラに知られでもしたらまた怒り出すぞ?」


 悪戯染みた笑いは心底楽しそうで、口では何と言っていたとしても他者を思いやる心など欠片もないのだと見せつけられる。


「だから、内緒で来てるの。衣優ちゃんじゃ、どんなにお願いしても教えてくれないから」

「だから俺に『四方界』を習うか。カハハハ…、強い女だ。怨敵だと理解しておきながらそれさえ呑み込んで前に進むさまは素晴らしいぞ。その意思の強さはまさしくあの娘の片割れだ」


 少女は自ら望んでホロウへと教導を願った。

 『総界の巫女』という特殊な存在とはいえ、もう一人のあやねを基にした片割れである以上、不完全な存在であることに変わりはない。

 そのため、どちらの“アヤネ”も本来の力を発揮することは出来なくなっている。だがそのおかげでホロウが手をこまねいているのも事実だった。


「惜しむらくは、ただの一度も満足に扱えていないということだが。まあ気にすることもない。扱えないのは片割れであるがゆえだからな。あの娘が死ぬか、存在を取り込みでもすれば完全に機能するだろうさ」

「私は、そんなことするつもりもないし、願ってもない」


 少女が『四方界』をうまく発動できない理由は、ホロウに言わせれば『歯車が足りていない』らしい。四方領域、領域条件という縛りを自らに課すことで『四方界』は機能を発揮するに足る土壌を得る。

 だが、少女はそれらの機能が不完全だった。

 条件を整えたとしても、本人の望まぬところで発動に至るまでの道筋が途絶えている。その結果、適切な段階を踏んだところで望まぬ方向へと向かい、条件を達成していない扱いとなってしまう。

 計算式と答えがどうやっても繋がらないのだ。望む答えにするため、どれほど式の方を弄ったとしてもその度に不確定要素が発生する。


「あやねも…、ああもう一人の方だが、考えたものだよ。己自身を封印の楔としての役割となり、他はおまえに残していった。だがそれぞれが単独で『四方界』を扱うには決定的にかみ合わない。どこかの誰かが『巫女』の力を利用しようとしても不可能にしているわけだ」

 自らのことを指し示していながら、やはり言葉からは悔しさなどは一片も感じ取れない。どのような状況でさえ、この男は変わらない。


「いいから、教えて。例え使えなくっても、貴方にほえ面を書かせるくらいは出来るかもしれないから」

「ハハ…っ、ああそうだな。イユラにばれたら面倒だ。それに——」


 身体の力を抜ききって座っていた玉座から立ち上がる。ただそれだけだというのに、纏う空気の質が変わる。


「……あな、たは…っ」

 一瞬、男の姿が全くの別人のように見えたのだ。

 そこに立っていたのはイユラがジンと呼んでいた青年ではなかった。

 その姿はまるで少年から青年へと成長した“彼”のようで——。


「言ったろう? ヨナギは俺の器だと。ク、ハハハ…——」

 母親の胎内にいた赤子を弄ったのだと言っていた。自分自身のバックアップを残しておくことで封印された後、完全な復活のための手を残していたのだと。

 それはまさに、言葉の通りだった。

 自分の力を扱えることのできる肉体を創るというのなら、一切変わらないクローンを創ることが一番の近道だ。

 もう一人の『巫女』が己を二つに分ける手法、それはホロウを参考にしたのだろうと聞いた。


「では今日の講義を始めようか。なぁにそう難しいことじゃあない。失敗したのなら次で成功すればいい。成功しなかったというのなら成功するまで続ければいいのだから。そしてその先で、俺を驚かせてみてくれ。人の可能性を、俺に見せてくれ」

「………ええ、お望み通りに、貴方を後悔させてあげる…っ」


 睨みつけ、怒りによる決意を固める。

 揺るぎのない意志を向けられた男はどこまでも楽しそうに、清らかな輝きを目の当たりにしたかのように目を細めて。

 そして、心の底から楽しそうに嗤っていたのだ。


『本編について』

・ヌイの方向性

 個人的にはヨナギの意見に近く、カワイイ系だと思っています。


・皆方の四方界

 彼女が満足に能力を使えないのは、あやねと二人に分かれてしまっているのが大きいです。

 むしろ不測の事態を避けるため、まず能力が使えないようにまでされています。過去、ヨナギたちとの練習で天候を操作できたことがありましたが、あれが限界点であり成功したこと自体がバグのようなものです。


『定期連絡』


・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。

・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。

・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。




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