79.助けるために①
歩みを進めるたび周囲からの視線が強くなる中で、俺たちはユーリの屋敷に足を運んでいた。
普段はユーリの方が顔を出してくれているのだから、皆が集まって話すのならこちらから出向こうというあやねの言葉がきっかけだった。
皆でユーリの屋敷についたのは昼過ぎ、いまだ引きずる足でありながら自分で歩くというあやねを皆で止め、道中のほとんどを俺が背負っていくこととなった。
「では少々お待ちください、来訪することはお伝えしておりますが一度確認をして毎しますので」
そういうと、勝手の分かっているシエが先達して無駄に豪華なドアを開く。
すると、その時点でシエの肩越しに数人の女性が目に入る。彼女たちが来客に気付くとわっと集まってきた。
「あらシエちゃん、急にいなくなっちゃって、一言言ってくれればいいのに」
「あ、あのその件については申し訳なく——」
「えーシエっち戻ってきたの? 元気してた?」
「は、はいっ、体の調子も良く——」
「やっぱこっちの家の方が良かったり? まぁ、気楽は気楽だものねぇ」
「そういったわけでは——、あの、もうすこし順番に話を……えと、あわわ——っ」
シエの登場を皮切りにどこからともなく女たちが現れてくる。律義に質問に答えていたシエだったが、物量に圧され開けたドアからそのまま後ろへと倒れ込んできた。
身体能力からしてこの程度なら放っておいても怪我の一つもしないはずだが、その人物がシエなのだからそのまま階段を転げ落ちてきても驚かない。
「ひゃ——っ、ぁぅ…、う?」
「ったく…、大丈夫か?」
「あ、その…ありがとうございます」
腕の中に受け止めたシエは身体を丸めていて、放っておいたら転がり落ちるという想像は間違っていなかったと分からされた。
「いいさ、怪我がなかったならどうでもいい。それにしても、話には聞いてたけど本当に女ばっかりなんだな」
階段の上からこちらを心配そうに、もといやけに楽しそうな目でこっちをのぞき込む女たちはおそらく屋敷の中でも一部なのだろう。
次期当主という立場であったとはいえ、これほどの人数を『崩界』で養っていたと考えると、ユーリの懐の深さが垣間見える。
(あんなのでも女に対しては紳士ではある、のか? その割にシエに対してはいつも気持ち悪いが)
「あ、あの…ヨナギ様? 私はもう大丈夫ですので起こしていただけると……」
「ん? ああ悪い、恥ずかしいよな」
「えぇ~シエったらもう少しそのままの方がいいんじゃないかな? もっと見せつけていかないと」
「ふふ、でも少し妬けてしまうわ。おぶってもらっていたのも悪くは無かったけど…やっぱり第三者の目は大事だものね」
「そそそそのようなつもりはありませんっ! 大丈夫ですヨナギ様今起きますので!?」
「お前ら……」
顔を真っ赤にしながら慌てふためいて立ち上がるシエ。その様子を見て楽しそうに笑う二人組を見ていると仲がいいと思う。一応。
「………」
しかしさっきから目線が痛い、シエに向けられたもののほとんどが同行者である俺達に向けられ始めたらしい。特に俺に向けられたもの。
「……なんでこんなに見られてるんだ」
「そりゃあシエの様子見てたらまるわかりだし、ねぇ?」
「うん、かわいいよね。その相手なんだから気になっちゃうよ」
「そうはいってもな…、こうも見られてたら落ち着かない。二人はいいのか、こういうの」「だってワタシ美人だし」
「わたしはよな君が居てくれればあまり気にならないかな」
「…あっそ」
聞いた俺が馬鹿だった。
この二人ならそう答えることはわかり切っていたのに、つい聞いてしまった。どうにも俺だけがいまだ空気感に置いて行かれているような気がする。
「なんだなんだ…って、おおよく来たなラゥルトナー諸君。どうにも姦しくって悪いね」
「あれ、ユーリじゃーん」
「最近ずっといないと思ってたのにいたんだ」
「おいおい、オレだってずっと出かけてるわけじゃねえんだぜ」
「っていうかあの子が噂のヨナギ様!? 思ってたよりかわいい顔してるんだね。へぇぇ、シエちゃんの隅に置けないよね!」
「シエちゃん相手じゃなかったらわたし行ってたかも…」
「うーんアタシ的にはもうちょっと大人っぽい方が——」
「それにしてもあの人すっごい綺麗……、ひゃっ手を振ってくれた…見惚れちゃうなぁ」
「でもほら、その横の子もなんだかカワイイよ。うまく言えないけど雰囲気がすっごいイイ」
「ああ清楚ってやつ? でもあんまりすぎると味気ないよね」
「あ、ってか今チャンスじゃん! シエちゃーん! いまだー! そのまま告っちゃえー! アタシたちが後見人だー!」
「きゃーっ! あたし生の告白初めて見るんだけど、いいのかな、いいのかな!」
「お前らなぁ……」
きゃぴきゃぴとやかましい玄関口で呆れた様子のユーリは俺の方を見ると肩をすくめる。まあ…、アイツもアイツで大変なのはよくわかった。
「い、いえっ私がヨナギ様に告白などまだ早く——! といいますか告白など私には恐れ多くぅ——!」
「……あれだけいたら収集つかないだろうな、普段から」
「えぇー、でも楽しいと思うよ? ワタシは今の生活が好みではあるけど。ふふんっ」
「くっついてくるな」
「見せつけておこうかと思って」
「そう? ならわたしもやってみようかな?」
「ったく、あやねまでよしてくれ…」
「ごめんなさい、ついね」
「え、いいよ一緒にやろうよ。三人以外にヨナはあげないもんね」
「ふふっ、またみんなが揃った時にね」
「………、なんにせよその時はよしてくれ。アイツなら勢い任せに乗っかりかねない」
「えっへへ、楽しみだねぇ」
「ええ、そうね」
人の話など聞いちゃいないのが一人とあえて受け流しているのが一人。あと顔を真っ赤にして慌てているのが一人。
「……」
なんでここまで来て緊張感のなさに困らされねばならないのか。何とかしろとユーリに目をやるとあっちもあっちで苦笑しつつ、軽く手を上げて応じた。
「そら、娘どもは散った散った。今から大事な話があんだよ」
「えー!? おうぼーとうしゅー!」
「空気読んでよ! ほら見て、シエちゃんカワイイよ!」
「その抗いがたい誘惑をサラっとお出しするのヤメロ。オレだってめちゃ我慢して…じゃなくて、ほらとっとと道空けろ。マジで大事な話するんだよっ」
「へーんだユーリのバーカ、シエちゃんに振られちゃえ!」
「やんややんや」
「ぶーぶー」
「文句言うならちゃんと喋れ。はいはい解散」
その後も少し粘られていたが気が済んだのか、シエに手を振ったりつつそれぞれの部屋に戻っていった。なんだったんだこの時間。
「いやー、うちのが悪かったな。元気なのはいいんだがいかんせん元気すぎてな」
シンプルでありながら細やかな装飾がなされた廊下を俺とユーリが先頭、他の皆が後ろの方をぞろぞろと歩いていく。
「楽しそうならいいじゃない。ワタシも部屋を用意してもらおうかな?」
「ハハハ、勘弁してくれ。他の娘ならともかくアンタがきたりしたらオレの屋敷内ヒエラルキーが地下に潜る」
「流石リア様ですっ、素晴らしい提案かと!」
「ふふ、そうなればシエさんもよな君と一緒にいられる時間が増えるものね」
「え? は…っ、いいえリア様そのようなことは一切考えておりませんでしたのでどうにか誤解なきようお願いいたしたく思うのですが——」
「安心して大丈夫。その時はヨナも一緒に引っ越すから」
「くだらないこと言ってんな。俺はここの空気には合わねえよ。なんだか落ち着かない」
「それはそれで残念だな。お前が来てくれりゃ男の肩身ももう少しましになるってもんなんだが」
「一人で何とかしろよ。どうでもいいことに巻き込もうとするんじゃねえ」
「はっはっはそりゃそうだ! ヨナギの言う通りってな! ……ホントにダメ? どうしても?」
「くどい」
速攻で否定しておく、
下手に乗っかるそぶりを見せれれば最期、リア辺りがうまくまとめて実現されかねない。シエも本調子に戻りつつあるいま、俺の味方はあやね、と言いたいところだが……。
(あやねはこれで結構乗るからな……)
最近になって初めて分かったことだが、あやねはそれなりに悪ノリする。リアとの連携が発揮されてしまえば俺に拒否権は無い。
「はぁーー、だよなぁ仕方ねえか…。んでヨナギ、閑話休題ってやつだがようやっとやる気になったかよ?」
「うっさい、いちいち突っ込むな。うずくまってた自分が嫌になる」
シエはしばらくここに住んでいたのだから慣れたものであり、リアはそういうことは気にすることもなく、あやねも落ち着いている。つまりこの場で最も精神的に不安定なのは俺だった。
「つーかもうお互いよ、腹くくっちまおうぜ。ダメで元々、終わっちまった後のことなら残った奴らが何とかしてくれるさ」
皆に聞こえないよう、ほどほどの声で話しかけてくるユーリは俺からするといつも通り変わらない様子だった。
「俺はお前みたいに考えられそうにないんだよ。悪いな、もう少し待ってくれ」
「ハッハッハ、なんともお淑やかだね。口ぶりは旦那だが」
「お前は強いよ。今思うと、…槍があったとはいえ勝てたのが不思議で仕方ない」
「そりゃあお前簡単な話だろ」
「?」
「あの時のヨナギの方が強かった。それだけのこった。なぁに、女のことで悩んでるんなら吹っ切れちまえばそこまでだ。あ、もしも女抱いたことないってんならこっちでいい子を——」
「うちのヨナを誑かさないでくれる?」
「やはりユーリ・ナイギはどうしようもないのですリア様。たとえ冗談でも口にしていいことの区別がつかないほどに女性に対して心が浮ついているのです」
「気を使ってくれているのは分かるけど、女性の前であまりそういう話をするのは抑えた方がいいと思うわ」
「……だそうだ」
「へーい……、以後気を付けまーす……」
こういう時の男というのは立つ瀬がない。おとなしく従う以外に道はない。
「それにしても、本当に女しかいないんだな。何度も言ってる気がするけど……」
周りを見渡してみると廊下の先には誰もいないが、ドアの隙間とか窓の向こう側とか、通り過ぎた後の廊下とかから、視線が突き刺さってくる。
そんなにもユーリ以外の男が来るのが珍しいのか。四方八方から見られている此方としては針の筵だ。どうにも居心地が悪い。
「んー、ガキの頃に女を食い物にしてる糞野郎がいたからさ。ぶっ殺してやったんだが、孤児とかも多かったからいっそのことうちで預かったのよ。そしたらその後も増える一方でな。男としちゃあ色々大変だ」
「……俺のところは一人があれだからな。そこだけでいっぱいいっぱいだ」
「えぇーヨナったらワタシのことそんな風に思ってたの?」
「誰のこととも言ってなかったんだけどな。自覚あるならもう少し聞き分け良くしてくれ」
後ろからしなだれかかってくるリアを引きはがす。当の本人は何やら嬉しそうにニコニコしながらシエ達のいる後ろの方へと速度を落として合流していった。
「愛されてるねぇ」
「まぁ……、否定は出来ない…」
「照れんな照れんな。可愛いやつめ」
こちらもまたやけに嬉しそうに頭をガシガシとしてくる。何がそんなに楽しいのか分からん。
「やめろ、このっ——」
手を振り払おうとしたが、俺の手は空を切った。
隣にいたはずのユーリはすでに数歩前に進んでいて、そこは廊下の突き当り。両開きのドアがあり、その前にはこちらを待っていたらしいヌイが腕を組んで立っていた。
「お待ちしておりました。こちらへ」
「さて、この部屋だ。ここなら邪魔も入らねえ」
ドアを開けた先はそこそこ広い空間、部屋の中央にはこれまた巨大な長机が置かれており先に入ったユーリはさっさと上座に腰を据える。
「ほぅら座った座った。せっかく集まったんだ、時間を大切にしないとな」
言われるがまま皆が近場の椅子へ腰を下ろす。
「ああヨナギ、お前はちょいまち」
「?」
すると俺だけが呼び止められ、全員が長机の長辺にあたる部分に座り終わると、ヌイが新たに椅子を持ち込み残りの短辺、つまるところユーリと対面する位置となった。
「なんでよりによってお前の正面なんだよ」
「初めての戦いを思い出してもらおうっていう粋な計らい」
「そうかよ」
確かにユーリと初めて戦うこととなった日の夜。アイツの鳥籠の中に閉じ込められた時の位置関係ではあるが、わざわざやることかコレ。
「さぁてようやくの作戦会議だ。つってもホロウ相手じゃ作戦なんてあってないようなもんだろうけどな」
「この会話も聞かれているだろうしね」
「え、そうなのですか?!」
「そうね、どこからか情報が洩れて大騒ぎにならないために自分で気づいている人も口にはしていなかったの」
「あ、いえ……ですが言われてみれば、私の頭に話しかけてきていたこともありましたし、そういうことも可能なのでしょうね……。恐ろしい男です」
「今の『総界』はホロウの四方界によって三つの世界が継ぎ接ぎにされているの。そしていまの世界を維持しているのは『巫女』というシステムじゃない。ホロウという名の一個人よ」
「…ならばこの場での決め事に意味はないのでは。何を話しても聞かれているということは裏をかくことは不可能です」
「そういうわけでもない。ホロウは全部分かっていたとしても事前の対処はしない。不意打ちをするというならあえて受けるだろうさ」
いつかの遠い昔、あやねと離れ離れとなった日の戦いを思い出す。否、あれは戦いと呼べるものではなかったが、ホロウは俺の攻撃を避けることはしなかった。あくまで正面から叩き潰し、相手が立ち上がるのを嗤いながら待っている。
「必要とあればいくらでも時間を掛けられる奴だろ、あやちゃんから聞いたぜ。一度目の封印からの復活もそうだし、オレ達のこともそうだ。あとレギオンをいろんな世界に誘導していたのもそうだしな」
「それが厄介だ。今回俺たちがホロウを倒せたとしても、バックアップを用意していても驚けない。そうなったら勝機は無い、また時間を掛けて復活するのは目に見えてる」
「ううん、それはきっと大丈夫だと思う」
「へえ」
声を上げたのはあやねだった。
「それはどういうことだ? 『巫女』である貴様がそういうのであれば当然理由もあるのだろう?」
「ええ、確定というわけでもないけれど……」
「教えてほしいな。キミのいうことならここでの意見で一番信ぴょう性があるんだから」
「そうね、言わない選択肢は無いものね」
全員が彼女を見つめる中、ゆっくりと自分の考えを確かめるように言葉を紡いでいく。
「考えていたの。どうしてホロウはわざわざ彼の、ジンさんの身体を奪ったのか」
「誰でもよかったのではないのか?」
「なら初めからよな君かユーリの身体を奪えば済む話でしょう? けどホロウはそうしなかった。そこには理由があるはずだって」
「つってもジンもナイギの人間ではあるからなぁ。あーでもそうか、アイツ血筋じゃあねえ可能性あるんだった」
「アイツの養子だろ、まさかその辺で拾ったとでもいうのか?」
「まさにそれだ。いつの間にかいた。ガキの頃からクソ真面目でな、よく突っかかって来たもんだ。そんで、旦那に聞いたら拾ったとしか言わねえから理由でもあるんだろうなーって思ってたんだよ」
「じゃあそのままだ、その辺で野垂れ死にそうなところを拾ったんだろうさ」
「んならジンにナイギの血はまず流れてねえな。大元をホロウが創ったって言っても本流とその他で大分バラけちまってるからな」
「そう…。だったらジンさんに何か特別な素養を持っていたかしら」
「んー、ねえんじゃねえかな」
「ないな。アイツは特別な才能は無い。努力で積み上げていくタイプだ」
過去に刃を交えた時も、そう特異な力を感じ取ることは無かった。領域条件も視界内という、特出した術式よりも安定した結果を求めている節があった。
(レギオンの時に見せたのが、初めからできていれば——)
「ヨナギ様どうかしましたか?」
「……いや、なんでもない。悪い、脱線したな。話を続けてくれ」
「だからね、ホロウはジンさんの身体しかを奪えなかったんじゃないのかなと思うの。二人の意志を支配してまで体を奪うことは出来なかった。だから気絶していたジンさんを選んだ」
「そうだとしてどうする。たとえどの身体を奪っていたとして弱体化をしているとはいえ、世界そのものをどうにかできる相手だぞ。戦う相手としてどうしようもない存在であることに変わりはない」
「封印は解けてしまったけれど、ホロウはかつて相対したときと比べれば大きく劣っているの。それは器であるジンさんの肉体では制限がかかっているから。世界を崩壊させることのできる力を持ってはいるけれど、魂だけの存在では、よな君たちをどうにかすることは出来ない」
「この三ヵ月、何もしてこないのもそれかな」
「完全な力を振るうための準備期間ってわけだ」
「あとは俺達が挑みに来るのを待ってるんだろうさ」
「アヤネのこともあります。何か他にも準備を進めているのかもしれません……」
表も裏も存在しない相手の思考を想定することなどできないということ。それはここにいる誰もが分かっている。だが——。
「皆方、アイツにはあやねが分割した力のほとんどが眠ってる。その力を狙っていないわけがない」
ただ一人で総てを救済すると宣っている男だ。そのために必要ならばどのような力も使うだろう。いつまでも『総界』ひいては『巫女』の力に固執するからには何らかの理由があるはずなのだ。
「俺とあやねの前に現われたのも、あやねの……というよりも『巫女』の力が初めから狙いだったんだろうな。必要じゃないのなら今頃は、というよりもっと前に負けてる」
「『巫女』の力というと、“世界の維持”に関わるものですね。もしもナイギやレギオンの手によって死亡すれば世界そのものが崩壊するほどに重要なもの。ですが『巫女』は一つの世界に一人と聞き及んでおります。仮にホロウが『巫女』の力を手に入れたとしても、他の世界には行使できないのでは?」
「シエ、残念だけどそうはいかないのさ。彼女はね、特別なんだ。『巫女』といっても『総界の巫女』なんだよ。ワタシ達の三つの世界、そのほかにも色んな世界があってそれぞれに『巫女』がいる。けど、『総界』における『巫女』は彼女だけだ。他には存在しない」
「何を言う、『巫女』とは一人しか存在しないはずだろう」
「ふふっ、それは同時に一人ということなのさ。誰かが死んだら他の誰かに継承される。他の世界ではね、『巫女』なんて言っても大した力を持っていないんだ。ただ形骸化した役割が歯車のように回っているだけ」
「わたしのように特殊な立ち位置として力を残す『巫女』は他にもいるとは思う。だけど、そういう世界同士は互いに影響を及ぼさないほど遠くにあったりするから、いまのわたしたちにとっては関係ないと思ってもらっていいわ」
「……ならば、連れ去られた方の『巫女』は何ができるという。あの娘がいた時には先頭には参加していなかったろう」
「皆方の四方界は“天候の操作”だった。大した規模でもなかったが、『総界』に干渉できるという点では『巫女』としての力なのは間違いない。皆方は確かに、あやねの半身だ」
本来の『巫女』としての力と比べればまったくもって大したことのない能力だ。世界そのものに干渉できるはずが、本人のいる周辺のみといった程度なのだから。
だが、それはあやねという半身と離れ離れになっていたからだ
「わたしがホロウを封印するとき、ホロウが自身の肉体と魂を分割することで復活する準備を整えていた術をまねたの。わたしの人格は“魂”として、空の“肉体”はここに残していった」
「それでは、初めはアヤネという人格は存在しなかったということですか?」
「それはヨナが一番詳しいんじゃないかな。この場にいる人間で一番ともに過ごしたのは間違いなくヨナなんだから」
「………揃いも揃ってそんな目で見るな。忘れたわけじゃない」
誰かの疑問は巡り巡って俺かあやねに到達する。
仕方のないことなのは分かっている。ただ、これまでの自分の不甲斐なさを掘り起こされているようであまりいい気分ではない。
けれど、向き合うと決めたのだ。嫌でも何でも進むことだけはやめるわけにはいかない。
(……もう一度皆方の前に立つまでは)
「ふぅ……」
小さく息をつくと、隣に座るあやねが手を重ねてきた。表情は心配そうに、苦しみが混じっていた。
「大丈夫だ。昔のことを話すだけなんだから」
「……うん、そうだね…」
名残惜しそうに手を引くが、心配そうにしていることに変わりはない。できることなら安心させたいが、それさえも難しい現状の情けなさがあまりにどうしようもなく、くだらない。
そして思い返すのは忘れもしない、あやねとの離別。その直後。
「あやねと別れた後、残された肉体は空っぽのはずだった。だが、アイツには時間もかからずに自我が宿った」
「『総界の巫女』っていう、替えの利かない唯一の存在だ。本来ならあやねが消えた時点で世界は崩壊する。だが……、皆方はあやねと同一人物でもある。世界から『巫女』が居なくなって、けれど本人の『器』は残ってることに変わりは無かったから、新しい『巫女』として例外的に生まれたんだろうな」
たった一つしか存在しなかったものが二つに分かれ、半分残された方に役割だけが継承された。
「その頃のアイツは、今と比べたらずいぶんおとなしかった。当然だ、目が覚めたら自分のことも周りのことも何も分からない、記憶喪失みたいなものだったから。いつもおどおどしていて、面倒を見ることになった俺からも距離をとっていた」
思い返せば……、なんて皆方らしくない姿だろう。記憶もないから信用できるのは俺しかいないが、その俺自身があやねと別れた直後だ。精神状態は今よりずっと酷かったろう。
「それでも皆方からすればどうしようもなかった。俺からつかず離れず、気を使って生活してたから。俺からも会話したりすることは無かった」
皆方彩音は、あやねではないのだから。
「その内、アイツの方からたまに話しかけてくるようになった。自分自身のことを知りたがり始めたんだ。俺は……、ちゃんと答えられなかった」
「その頃から秘密だったわけだ」
「ユーリ・ナイギ、黙っていて下さい」
「ハイ」
「ほっといていい、本当のことだ。……で、それ以上アイツも聞くことはしなかった。俺は馬鹿みたいにほっとして、その内にレイガンが来た」
確か、そうだ。あの日は前日から空の色がとても悪くて、重苦しい色の雲が空を追っていた。朝から降り始めた雨は止む気配がなくて、俺と皆方は窓から外を眺めていた。
『死んでいたと思ったがな』
『———ッ?!』
あまりにも急な進軍、戦いへの意思は揺らぎ、武器は無い。その上戦う力を完全に失った皆方を護りながら撃退しなければならない。
——どうしようもなかった。
全員が全力で挑んでようやく倒せた相手。まともに四方界も使うことのできない一人では戦いにすらならない。
俺は全身血まみれで膝をつき、皆方は胸を血に濡らして今にも死ぬ寸前だった。
『くだらんな、ラゥルトナーについたことも。『巫女』に肩入れすることも』
『———』
『どうでもいいことか、ここで何もかも終わらせればすむ話だ』
世界が終わる。あやねの創った穏やかな世界が、平穏な記憶が、欠片も残さず消滅してしまう。
「その時点で、仮説はあったんだ。剣も槍もない俺に戦う力はほとんど残されていないから、最終手段として何ができるのかって」
手に握っていた、鈍らでしかないナイフは俺自身の血に濡れて輝きさえ発することは無かった。
勝利はなく、また希望もない。ならば、その絶望の中で選びとれる“次”があるのなら、あやねの残した“今”を、取り返すことのできる機会をつかみ取れるのならば。
「動かなかったはずの身体を後先考えず動かして。…レイガンの追撃をどうやって躱したのかなんて分からない。気づかなかっただけで腕くらいなら飛んでたかもな」
息の代わりに血を吐いて。
地面を踏みしめる足は一本足りなくてバランスが悪い。ああそうだ、やられたのは足だった。
握ったナイフを振り下ろすだけの動作に全霊を込めて——。
『…………よなぎくん?』
『———ッ……!』
最後に見たのは朧げな瞳で俺を見る皆方だった。
「それで、想定通りに世界は創り直された。皆方は『前回』までの世界での出来事は覚えていなくて、それでも少しずつ経験が積み重ねられてきたからか、回を増すごとにどんどん明るくて、人間らしくなっていった。そして、最後にはレイガンが攻めてくる。……その度に、俺は皆方を殺してきた」
なんて無様な一人芝居。
護る護ると口にして、力もないのに護るフリばかりは一丁前で。そのくせ、最後にとどめを刺すのはその俺自身だ。
「所詮、護ると言ってたのは可能な限り皆方が俺から離れないようにする口実でしかなかっただったんだ。何かあれば、すぐ殺せるように。世界をやり直して時間を稼げるように」
何度も繰り返してきたことだ。
思い返そうと思えば、多くのことを思い出すことができる……できていたはずだった。だが今となっては何でもない日常も、気が狂うほどの怒りさえ、思い返すことができないでいる。心の中心に孔が空いてしまったように、中にしまい込んでいたものが流れ落ちてしまった。
「こういうのも慣れっていうのかな。終わるたびに食いしばって、踏みしめていた足も、だんだんと軽くなっていった。それで、皆方が居なくなって、これまで釣り合ってたバランスが崩れた。ああ、ほんとうに…まったくもって無能がすぎる」
これで俺の話は終いだ。
言葉にしてしまえば大したことでもないのだ。
護ろうとして、護れなかった。それは生命という意味だけでなく心についても。俺は何一つ、この腕に抱え続けることは出来ない。
……だが、もううずくまり続けるのは止めると決めたのだ。
「ホロウは倒す、必ず殺す。それで皆方と話して、連れ戻すつもりだ。だが、その後のことはどうなるか分からない」
「……ヨナギ様」
「よせよそんな顔、実際どうなるかまでは分からないんだ。それに、まずは勝たないと意味がない」
心配のしすぎか、目に涙を浮かべているシエを見ると苦笑が浮かぶ。コロコロ変わる表情は成長した今でも変わらない。
「ヨナギの言う通り。まずはオレたちが勝たないと意味はないわけだ。それにヨナギも何とか持ち直してくれたしな。これで最低限のラインには立てた」
「やはりヨナギがいなければホロウとの戦闘は叶わないと?」
「そのとおりだヌイちゃん、オレじゃあ実力以前に攻撃が通らねえ。相性的な問題でな? ナイギのご当主殿から生み出された身体と能力だ。敵対したとしてもホロウの前じゃ意味もねえな。掌の上ってわけだ」
「ヨナには倶利伽羅が、シエには聖槍がある。悪を滅する聖なる光、というと聞こえがいいね。それにホロウにダメージを与えるためには聖遺物とでもいうべき原型が必要だ。それを持ってるのはヨナとシエだけ。シエは本陣を護ってもらうとして、ヨナは前戦」
「い、いえ私にも行かせてください! ヨナギ様の隣で戦いたいのです!」
「まあまあ、一応奥の手も結構前から用意はしてたからさ。ホロウはヨナに任せよう」
「ですが……っ」
食い下がろうとするシエの前に掌を向けあやねが制する。
「シエさん、それが一番よ。聖槍は世界の楔足りえるほどのモノ。もしもホロウが『総界』そのものに攻撃を仕掛けた場合、抵抗できるのはシエさんだけなの」
「ですがそれでは…、アヤネと会うことが……」
「残念だけど仕方のないことよ、足も悪いから戦場に行くなんて邪魔になってしまう。それに、彼女は必ず戻ってくる。それからでも決して遅くはないわ。みんななら必ずやり遂げてくれると信じている」
あやねが皆を見渡す。
ここにいる者たちが用意できる最高戦力であり、最終戦力だった。
俺達がホロウをどうにかできなければ、これから先に俺たちの生まれた世界はアイツの手中に収まり、全てが終わりを迎えるだろう。
自信を見せる者と苦虫をかみつぶした顔をする者。前者はユーリで、後者は俺だ。
「あの野郎の言う“救済”ってもんが一体何なのか、そりゃあ顔合わせてから聞きゃあいい。だがまぁオレからすれば間違いなく禄でもねえことだ。ぶっ飛ばしてやろうぜ」
「うまくいけばいいけどな。俺もお前も、終わっちまえばどうなるか分からねえんだぞ」
「ハッ、暗いぜヨナギ。おめえはもっと自信を持てよ。大丈夫さ、オレ達ならやれる」
「ああ……、逃げ出したりしない。最初からずっと見てきて、戦ってきた。ならちゃんと最後まで前に立ち続ける」
情けなくてもいい、頼ってほしいと口にされた。
俺はいまだにその言葉を呑み込み切れてはいないけれど——。
「俺の命を賭けてホロウを殺す」
「いや死んじゃだめだよ。ヨナが死んだらワタシ年甲斐もなく泣いちゃうよ? シエも一生引き摺っちゃうだろうなー」
「……空気読め、そればっかりはどうなるか分からないんだ。最悪の状況を——」
「いえっ!! ヨナギ様は大丈夫です! 絶対に生きて帰ってきます!」
「いやそうはいっても——」
「いいじゃねえか帰りを待ってくれる女がいるんだったら。命賭けるのに二つも三つも大差ねえだろ」
「お前の価値観が当然みたいに言うな」
「くどいぞヨナギ・アマナ。なしくずし的に手を組むことにはなったが、貴様とは本来敵同士であることに変わりはない。まだ決着をつけていないのだから先にくたばると言うならここで息の根を止めてやろうか」
「お前もしつこいぞ…、その時は諦めろ」
「よな君」
「……」
「わたしはあなたに戦いに行ってほしくない。これまで苦しんできた姿を、その度に見てきたから。これ以上の苦しみを受けてほしくなかった。でも、この戦いにはあなたが必要なことも分かってる。……だから、お願い死なないで。ちゃんと最後まであきらめずに、生きて帰ってきて」
「………あやね、けど——」
「ハイッ、会議終了! 打ち上げしようぜー」
「なっ、ユーリ! まだ作戦も何も決まっているようには思えませんが! もっと人間的に真面目になったらどうなのですか!」
「いいんだよ、どうせホロウの正確な居場所なんて分かってねえんだから。性格的にオレ達放置もしないだろうし、あっちからの接触待ってればそのうち来るって」
「そのような適当さ加減であるからいけないのですっ。第一あなたは——」
「はいはい、シエはユーリよりヨナのことが大好きだもんねー。ユーリのことは嫌いだもんねー」
「そ、その通りです。ハイ!」
「おっ、さらっと俺に対して最大の傷を与える誘導しやがったな。そうは見えねえだろうが大分傷ついてるぜ!」
「ユーリ様、そのようなことで胸を張らないでください。手が震えてます」
「ちょっとヌイちゃん、それ言われると恥ずかしい」
「…………」
自分で言うのもなんだが、さっきまでは俺の話で重い空気になっていたはずだ。それがなにやら急にガヤガヤとし始めてきた。
(こいつらのこういうところは真似できないな……)
急な空気の入れ替わり様についていけない俺としてはただただその様子を眺めることしか出来ない。皆ほどに気持ちを切り替えられたなら、俺も……。
「大丈夫よ」
「え?」
右手に触れた柔らかな感触に顔を向けると、あやねの両手が包み込むように手を持ち上げてくれていた。小さな喧噪に呑み込まれてしまうような微かな声、けれど俺たちの間では確かに通じ合う言の葉。
「大丈夫、よな君ならまた笑い合えるようにできるよ」
「……、ホロウを倒したらどうなるか、一番分かってるのはあやねだろう?」
「自分でも、不思議なことを口にしてるという自覚はあるの。でもね、みんなの様子を見てると、何とかなるんじゃないかって思えてしまうの」
「おまえにしては、珍しいな。そういうこと言うの」
「そうかな、うん、そうかもしれない。でもね、みんなと一緒にいる時間は好きよ。わたしのような役割を果たし切れなかった存在でも、ただ普通に存在していていいんだって教えてくれる。手を取ってくれる。そうでしょう? そのことはあなたが一番分かっているはずよ」
「普段は、うるさいくらいだけどな…。ああでも、間違ってないことは、違いないな……」
「あと少しよ、わたしたちが残してしまった何もかも、きっと終わらせられる」
揺らいだ瞳はまだそのままに、だがあやねも瞳を逸らすことはもうしなくなっている。彼女なりにやるべきことの覚悟を決めたのだ。
「まだ自信が持てないのは分かってる。でもきっと、大丈夫よ。わたしの知る中で一番強いのはよな君だもの」
「それはさすがに……、買い被りすぎだ。俺はお前を護れなかったんだぞ。皆方のことも、選択を誤った。護るべき優先順位をはき違えた」
「そう自分を卑下しないで、あなたは誰より頑張ってきた。失敗も、誰だって間違えることはあるわ。それはここにいるみんな経験していることだと思う。でも、ここにいるみんなが立ち上がる力を持っている」
「……」
「よな君の困った顔も好きだけど、やっぱり終わった後には笑っていてほしいわ」
「けどな——」
「大丈夫、大丈夫よ。ここにいるみんなが力を合わせたら、ホロウとの戦いも何とかなる。わたしはそう信じている。ううん、そう信じたいの」
握っていた手をほどくと、頬に添えられる。あやねはそのまま、光を失った右目の上から指で眼帯を優しく触れる。
「準備もずっとしてきたのでしょう? わたしは戦場に行くことは出来ないかもしれない。祈ることしか出来ないかもしれないけど、よな君の強さなら信じていられるから」
具体的に言葉を紡ぐことはしない。
だがその指先に込められた微かな力は、俺への心配と信頼が込められていることだけは間違いなく伝わってきた。
「ありがとうな。でも、俺は…あやねが言ってくれるほど、強くなんてないさ」
すると悲し気に、しかしその逆に嬉しそうな。相反する感情を綯交ぜにした笑顔であやねは微笑む。誰よりも優しく、涙を湛えながら。
「ふふ…っ、よな君はほんとうに自信がないんだから。なら何度でも言ってあげないと。あなたは強いわ。終わりの見えない戦いを、これまで歩み続けてきたんだもの。その姿を見ているのは辛かったし、すぐにでもやめてほしいと思っていたのも本心だけど……。その戦いが誰のためのものだったのかは、よな君自信が一番分かっているはずよ」
「それは、おまえの——」
「思い出してよな君、誰かのためにだけ諦めることをしなかった。戦い続けてきたあなたの道程を。あまりに多く積み重なってきた過去は、振り返ることは苦しいかもしれない。けど、決して悪いことじゃない」
「あやね……」
「よな君は強いのよ。大変な思いばかりしてきたから、自分で気づいていないかもしれないけど。これだけは間違いないことだから」
なんて強い女だと思わされる。
あやねもまた多くの罪を背負い、心の重圧に圧し負けてもおかしくは無いというのに。俺のような敗者へ向かい、力強くそして穏やかに笑って見せる。
俺もまた立ち向かうという決意は持った。だがそれはまだ胸を誇るに値しない、くすんだ輝きに他ならないのだ。
「うまく、言葉が出てこない…。でも、ありがとう。考えてみるよ、伝えてくれたことと、……誰のために戦ってきたのか」
「うん、あなたならきっと見つけられると信じてる」
「……ああ」
最後にもう一度芯の強い笑みを見せると、頬に添えていた手を惜しむようにしながら離れていく。
右頬に触れていた手の平は離れたが、そこにあった温もりだけは残り続けていた。
『本編について』
・ユーリ宅におけるシエの立ち位置
みんなの可愛いネコ
・ヨナギとあやね
すぐに二人の世界に入るので、書いているとこれはこれで困ります。
・最初の頃の皆方
自我が確立していないので人形に近いです。
精神的に成長するにつれ、あやねを失ったヨナギの心を救いながらも最後にはトドメを差す他ない状況によって、ヨナギが苦しんでいました。
倶利伽羅も聖槍もないのでレイガンに勝てるわけないですね、ハイ。
『定期連絡』
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