78.総界の巫女と少年②
懐かしむように思い出を語るように話していたのはここまでだった。
彼女は冷めかけのお茶を口に運びのどを潤すと、重みの増した声と表情で続きを話し始める。
「けどやっぱり、始まった物事にはいつか終わりが来ちゃうの」
「…ホロウ、ですね」
「ええ。わたしの施した一度目の封印自体は完璧だった。だけど、その外側から干渉する術をすでに用意していた。それがナイギの一族、自分の力では内側から開けないから、外側から時間を掛けて開こうとした。そしてホロウにとっては完全に開けてもらう必要はないの。わずかなヒビさえあればあとは時間を掛けるだけ。復活したときの『器』も欲しかっただろうから、それに見合う存在が生まれるまで焦る必要もなく、ね」
ホロウという混沌を体現した男にとって時間の尺度は常人と比べれば遥かに余裕のあるものだ。
どれほど時間を経ようとも、その先にホロウにとっての望みが叶えられる土壌があるのならば千年であろうと瞬きに等しい。
「そうしてホロウは封印を解いた。二度目にわたしたちの前に現れた時の力は絶対的なモノだった。剣も槍もない、四方界も満足に扱えないよな君では手も足も出なくて、前回よりも強大な力を纏ったホロウ相手では、初めの封印は意味をなさなかった。……わたしに未来を選択する時間は無かった」
「そして、アヤネを?」
「ええ、わたし個人の力を使っただけでは封印は出来ない。だから、あまりいい気分反しなかったけど、ホロウのやったことを参考にしたの。それこそが『巫女』としての存在である自分自身を『魂』と『器』に分けて、ホロウの封印を魂であるわたしが恒久的に行い、『器』のあやねを『総界』へ残していく方法。これなら、ホロウを封印し続けることで手を出すことは出来ないし、『巫女』の力が悪用されることはない。それに——」
そこまでいうと口を紡ぐ。
「どうかしたのですか?」
「……いいえ、いえ…、ただの自己嫌悪。皆方彩音という少女を生み出したことへの、ね。あの時のわたしにとって、ホロウを封印すること自体はそれほど苦ではなかった。辛いというのならよな君と離れ離れになることで、彼を一人残してしまうことが一番つらかった」
「ということは、アヤネは——」
そこまでの言葉で、彼女が何を言っているのかが分かった。
これから自分の口にする言葉を前にして、彼女は小さく唾を呑み込んだ。それは私に気付かれないようにしていたようで……恐らく、そうだ。
「そうよ、皆方彩音、『器』である彼女は……、わたしにとって、よな君に残した形見でもある代替物、人形だった」
「——」
己の行いを悪だと断じてほしいのだと気づいたのは、決して目元を動かすまいと全身が微かにこわばっている姿を見てしまったから。
「よな君は、何物でもなかったわたしを変えてくれた。多くのことを教えてくれた。そんな彼が、ホロウの掌の上で踊らされることも、『総界』にただ一人残されるなんてわたしには看過できない。だからこそ、”ちょうどいい“と思った」
「それは、何故?」
「……わたしは彼に救われたと思っている。世界での立ち方を教えてくれて、根本的な部分を変えてくれた。でもね、わたしはよな君へなにも返すことは出来なかったの。……わたしではダメなの。だから新しく生まれた彼女にすべてを押し付けた」
アヤネを生み出したのは、独善的であり悪としか呼ぶことのできない行為なのだと。世界のためですらなくヨナギ様のための好意なのだという。
——ですが、どうしても私にはそう思えなかった。
「……わたしにはそれしか出来なかった。後のことをよな君に押し付けて、わたしは戦場から一足早く離れてしまった。酷い話でしょう? 『総界』における全知全能、『巫女』なのに。なんてね」
肩を小さくすくめながら笑ってはいるものの、そこには後悔と懺悔が滲みだしていました。何もかもが始まった場に立ち合い、今のままで生きてきた彼女にとって、被害を受けてきた皆の姿は辛いものなのかもしれない。
「ですが、それはアナタのせいではありません。むしろあやがホロウの封印を続けてくれていなければもっとひどい状況になっていたかもしれないのですから」
「…ごめんなさい、気を使わせてしまって。つい…ね、考えちゃうの。わたしが一度目の時にホロウの仕込みに思い至っていれば、シエさんも、リアも、よな君だって苦しまずに済んだ。“彼女”だって、辛い思いをするはずがなかったのにって」
ああ、やっぱりそうなのですね。ずっと苦しんできたのはアナタも同じことで、その悲しみは自分ではなく他者のために向けられたもの。
誰より優しい人なのです。……ヨナギ様が好意を寄せるのも当然のことで、永遠の時を戦う理由にたる女性なのだと。
だからこそ、自らを許すことは出来ないのだ。誰より優しいからこそ己の過ちを放っておくことができるはずもなく、それは呪いとなって今もなお苦しめ続けている。
ですが、彼女は自らの為したことの価値をもっと誇るべきで、…胸を張っていても何もかしくなんてありはしないのに。
「それに、アヤネを苦しめたといいましたが……。いえ、その事実を否定はできません。ですが、あやがいなければ生まれなかった命です。アナタがいたからこそアヤネもいま生きていられるのです」
アヤネが生まれた経緯、それはホロウの襲来による影響から『総界』、ひいては外界に広がる全ての世界を護るためだといった。
「だというのなら、あやは誇るべきなのです。その行為によって多くの苦しみも生んだのは間違いないのかもしれません。ですが、その分多くの幸せだってあったはずなのです!」
「シエさんは本当に優しいのね。でもいいのよ、わたしはわたしの罪に背を向けることは出来ない。そんなことをしてしまえばまた、よな君が一人で全部背負うことになってしまう。あやねの苦難を否定し嘲笑うことになる。そんなことは何があろうともできない」
曲がることのない、まっすぐすぎる瞳は目の前の私ではなくどこか遠くの星を見つめているようにさえ思う。きっと私と彼女では物事に対する視点と価値観が違うのでしょう。
私なら、使命のためになら命を賭けられます。主のためならば命を差し出すこともできた。
けれどあやはその先を見ているのだと分かってしまう。これまで積み重ねてきた過去という名の現在を総動員してずっと遠くを見ている。
でも、違うのです。
多くの事柄については間違っていないのでしょう。多くの苦しみを経て、いまなおヨナギ様もアヤネも、もがけばもがくほど深みにはまる闇の中にいます。
もしかすれば、戦いが終わった後も変わらず、苦しみ続けるのかもしれない。
「だからと言って、これまで見てきたお二人が幸せではなかったなんて思えません! 短い時間だったかもしれません、物事の表面しか知らなかった私では多くの見落としもあったでしょう! でも、私も、ヨナギ様もアヤネもリア様も…! いつも笑っていたのです。日常の小さな失敗も、他愛のない挨拶でも。ずっと見せてくれていたあの笑顔に決して嘘はありません!」
「………確かにあなたの言う通りなのかもしれない。時間を掛けてよな君の心は癒されてくれたのかもしれない。でも、わたしの失敗がなければそんな傷を負う必要なんてなかった」
「そうしたらアヤネは生まれていません。私の友達がいなくなるだなんて考えることもしたくはないのです。…あや、きっと自分を責めることは贖罪ではないのです…。そのことを私は知りました」
いつか雨の中で交わした言葉も、自らの死について話してくれた時も。ヨナギ様は辛そうだった。いいえ、私が気づいていなかっただけで普段から心の裡ではどうしようもなく辛かったのでしょう。
世界の安定のためにあやへとホロウを押し付けてしまい、何度命を賭けても超えることのできない敵を前に失われるアヤネの命。
想像することができようはずも無い、理解など不可能でしょう。
「だからこそ…、ヨナギ様を、アヤネのことを想ってくれているのでしたらどうかお願いです…っ。あや自身のことも、彼らの戦いも否定してあげないでください。
……これまでの戦いはおそらく必要だったのです。いまこうして、ホロウの喉元へ刃を突き付けるためのこの場に立つために。そしてこれは私の我儘ですが、ちゃんと会って話してあげてほしいのです」
「……それは…誰に?」
その声は震えていた。
第一、彼女であれば私の言う相手など言われなくても分かっているはずなのです。ですが、ええきっと、彼女もずっと怖かったのでしょう。
『総界の巫女』という、特別な力を持って生まれた存在なのだとしても。どうしようもない相手を前にして、想い人が苦しむさまを数えきれないほどに見てきた。
そのような現実を前にして苦しまないものなどいない。心が折れてしまっていても誰も責めはしないということをヨナギ様もあやも、認められないのかもしれない。
だから、お二人が一番最初にすることはホロウを倒すことではないのだと、私は思うのです。喧嘩をしてしまったのならまずすべきことはきっとどこの世界であっても変わらない。
「もちろん、アヤネに。アヤネも貴女に似てとても優しく、自身よりも他者を優先してしまうような方です。ですからきっと、怒ってなどいないのです。アヤネがすることならば、それは私達のために戦うことだとしか思えないのです」
「でも、わたしが彼女という存在を切り離した時点でお互いに力を満足に使うことは出来なくなってしまっているのよ。“魂”の役割である私は“器”がなければ完全に力を発揮することは出来ない。ええと…それは彼女も同じことで——」
説明をしてくれている彼女はこれまで見たことのない慌て方を見せてくれた。簡潔に説明をしたいのに、伝えたいことと気持ちが綯交ぜになってしまって取り留めが得なくなってきている。
そんな姿をついつい眺めてしまう自分に気付いて、彼女もまた一人の人間であることを改めて思い知らされた。
「いいえ、アヤネは決して諦めません。例え自身に戦う力がなくとも、戦い方そのものを知らなくとも、諦めたりなどはしません。そういった方なのです。だからどうか、信じてあげてください」
「……信じていないわけじゃないの。わたしもまたずっと見てきた。よな君の苦しむ姿も、皆方彩音という少女が絶望に沈む姿を…何度も…何度も。なのにわたしには何もしてあげられない。そして少しずつ変わっていくよな君の姿を見て、思ったの。『ああ、わたしではダメなんだ』って。本当の意味で彼に必要なのはわたしじゃない、あやねなんだって」
「それは違います。それにあやは、ずっと見ていらっしゃいましたが、逆を言えば見てきただけなのです。私と同じく、彼らの一面しか知らないようなもので——。やはりあやは一度話すべきだと思います。その結果がどうなるかは私にはわかりません。より酷い結果を招く可能性だってあります。でも……もしも、贖罪を成したいというのならば、正面から向き合ってあげるべきだと思うのです」
「…………」
我ながらなんて無責任なことを言っているのでしょう。
貴女の罪の意識など関係なく、罪の意識があるなら、その後どうなるか責任は一切取れないが行動を起こせと言っているのです。それも部外者に等しい私が。
ですが、この言葉を取り下げることはしません。これが、学のない私にとっては最大の答えなのですから。
「あや、どうかお願いします。アヤネと話してあげてください。そして救ってあげてください。アヤネはきっと戦っています。ですが、それは自らを犠牲にするものだと思うのです」
「どうして、そんなことが分かるの? わたしたちを恨んでいることだって——」
「ありえませんよ、それは。だって、あやとそっくりな、素敵な方なのです。それに私の友達なのですから。アヤネが誰かを恨んだりする姿なんて、想像すらできません」
「………、そう。それが、わたしのすべきことだと、シエさんは言うのね」
真っ直ぐだった瞳は静かに揺らぎ、水面に走る波紋のようだと思った。
「ハイ、どうかお願いできませんか」
「……」
覚悟が決まったわけではないのでしょう。私との会話で何もかもを定めることなどできるはずもないのですから。
「考える……時間を頂戴。…大丈夫よ、ちゃんと答えは出すわ。ふふっ、そうね、もう逃げだしたりはしないから……、だからダメなわたしに時間をもらえないかしら」
「…もちろんです。その決意を、否定することなどできるはずもありません。ありがとうございます、あや。きっとうまくいきます」
「そうだと、いいのだけれど……。ううん、そうしないといけないのね」
薄く結んだ唇には力が入っていましたが、ゆっくりとした呼吸を数度繰り返すうちに緊張を持ちつつも和らいでいった。
「わたしからもお礼を言わせて。…ありがとう、シエさん。あなたの言葉がなければ、わたしはこの先で、こんどこそ取り返しのつかない失敗をしていたかもしれない」
「い、いえっ私は何も…っ、それよりも偉そうなことを言ってしまい申し訳ありません…」
落ち着いてくると自分の発言が心にのしかかってくる。
つまり、言いすぎたのではないかというところで。落ち着きを取り戻したあやとは対照的に私の方はというと、なんとなく落ち着かず空っぽのティーカップを何度も口に運ぼうとしては机に戻している。
「ふふふ、さっきまですごく格好よかったのに。ずいぶんとかわいらしくなってしまったわね」
「そ、そのようにからかわないでください……。私自身言った言葉ですが少し後悔気味なのです……」
「でも、取り消したりはしないでしょう?」
「……はい、さっきの言葉の全ては私の本心ですから…」
「うん、そうね、分かっている。大丈夫よ、だからあとほんの少しだけ、戦いが始まるまでの間だけ、時間をもらってもいいかしら」
その言葉を口にしたときのあやは、いつも通りの姿に見えた。
なら、もう私が伝えることはないのかもしれません。人の精神を持ち、未熟な部分があるのだとしても、それは皆同じ事。手を取り合い、立ち向かうことができるのなら、その先により良い未来を手繰り寄せることができるのだと信じたい。
「あとお茶のおかわりもいいかしら」
「はいっ」
すっかり冷めてしまっていたやかんの中身を再度火にかける。
すると座ったままのあやから心配そうな声がかかってきた。
「よな君、まだ戻ってこないね」
「はい、ですが夕食までにはお戻りになるかと」
「…シエさんは、どう思う? よな君は戦えるかな……」
「ええ、きっと」
「ずいぶん、ハッキリというのね。信じられるのは、羨ましい」
「もちろんヨナギ様のことも信じてはいます。ですが今はもう一人の主を私は信じています」
「リアのこと? そういえばリアも戻る気配はないけれど」
「リア様はいつもはあのような態度をとっていますが、私達の中でも一番広い視野をお持ちの方ですから。それに、その……。ヨナギ様への想いが強い方です。えぇと…そういう話ではなく」
「ううん、なんとなくわかった。そうね、確かに。わたしでもなくて、シエさんでもなくて、ユーリでもできないことを、リアならやってのける。彼女なら、砕けたよな君の心をもう一度、つなぎ合わせてくれるのかもしれない」
「……はい」
あやの言う通り、私もリア様のことを信じている。
きっとどんな状況でも余裕に満ちた笑みを浮かべ、事態を解決する力になってくれる方なのだと、私は知っているのですから。
だからどうかリア様、ヨナギ様のことをよろしくお願いいたします。どうか、ほんの少しだけ背中を押し、支えてあげてください。
どうか、私達にはできないことを、貴女様ならできると信じておりますから——。
□ □ □
行く当てがあるわけじゃない。
身体を動かしていないと余計なことを考えてしまうから適当に歩いているだけだ。だというのに、足が止まるといつも同じ場所に立っている。
忌々しい、あの男の“墓”の前に
「別にアンタが呼んでるわけじゃないだろう」
そこはレイガンの墓だった。墓といっても大したものじゃない。俺が最後に首を落した、決着のついた場所に奴の刀が立てられているだけ。
折れた刀はしかし流れる風にも揺らぐことなく、微動だにしていない。突き立てた時と何も変わらず存在を誇示していた。
武器には所有者の魂が宿るとは言うが、まるで本当にレイガンの精神性が乗り移ったかのようにさえ思ってしまう。
「今の俺を見たらアンタはなんていうだろうな」
無意味な問いかけだが、想像するまでもない。
朧気に残る『崩界』での記憶。そこでレイガンに戦闘の技巧を教わっていたときから最後の最後まで老剣士の生き様は何も変わらない。
『くだらん、どうでもいいことだ』
レイガンにとって世界とは、弱者と強者に割り切っている。殺すか殺されるかでしかない。
ならば俺の姿は歯牙に掛ける必要もない弱者なのは間違いない。殺すべき相手として認識されもしないだろう。死体からは何一つ返答はなく、静かに風が通り過ぎていくだけ。
「………ああ」
分かっていたことだ。
奇跡的に返事や啓示が出てくるだなんて思っちゃいない。ただ、もしも知ることができるのなら、たった一つだけ聞いてみたかったことはある。
「別に端から嫌っては無かったと思うよ。敵だったから戦っただけで」
風に流れた言葉は俺のものじゃなかった。
「……好意があったわけでもないだろ。俺はアイツが満足できるほどの力はない。全員が力を合わせて、それがうまくいったから倒せただけだ」
「ううむ、そういうことじゃないでしょ、ヨナ。聞きたかったことも、心の中も、ね」
「ならお前は、俺が何を考えてたのか分かってるっていうのか? …リア」
「伊達にずっとヨナの戦いを見物してたわけじゃないよ」
気が抜けていることに自嘲しながら振り返る。気づかないうちにリアにこれほど近づかれているなんて。どうしようもない。
「む、その不本意そうな顔。ワタシなんかにー、って顔してる」
「まあ……そうだな、こんなんじゃ戦いでも役に立ちそうにない」
「戦うんだ」
「ケジメはつける。俺がやらなきゃ……ダメなことだ」
「戦えるの?」
「肝心の頭は困難でも、体は動く。ホロウはこの身体が欲しいらしいからな。最悪動く的にはなるさ」
「そういうの嫌いだな。自暴自棄なのもそうだし、そうやって考えるのやめて楽になろうとしてるのも」
「…………、そうだな、…悪い」
他の言葉が思いつかなくて。黙り込んでいるうちにリアが立ち去ってしまうんじゃないかと思ってしまって、口にできたのは謝罪だけだった。
「シエに言われた。頼ってほしい、ダメな主のままでいいって」
「うん、シエもつよくなったね。心身共に成長して、すごく素敵な女の子になった」
「はっきり言うと、嬉しかった。ここに来てから、女一人護り切ることの出来ない俺でも認めてもらえた気がして」
「ならそう言ってあげなよ。シエったらヨナのこと心配でたまらなそうだよ? 別に死ぬって決まったわけじゃないのに」
「嘘言えよ。お前なら分かってるだろ」
「………んー、まぁ。ヨナの方は絶望的かなぁ、とは思うけど…」
頬を掻きながら目を逸らす。
気まずいというよりも、悲しんでいるのを表に出さないようにしてると言ったところか。
「お前は屋敷にいた頃から、嘘をつくときは目を逸らすのがあからさまだった」
「そうだった、かな?」
「普段はどうでもいい話をしてるのに、故郷についての質問はあからさまにはぐらかしてただろう。お前の過去に何があったかなんて興味は無かったけど、ナイギを倒すために手を組んでいるのに答える気がないのかって呆れたのを覚えてる」
「えぇー、それ言ったらヨナだってそんな感じだったよ。そりゃあヨナの場合はワタシの美貌に負けてナイギを裏切っちゃったわけだから? そりゃあ言うに言い出せなかっただろうけど。あの時だとレイガンを倒すための仮契約、みたいな感じだったね」
リアに名をつけられて、誰一人いなくなったラゥルトナーの屋敷で暮らし始めた。
その時点でホロウに対して怒りを燃やしていたリアとは違い、俺には戦う理由が希薄だった。
ナイギに対する具体的な恨みなんてものは無かったのだ。レイガンに対しても人を殺すための戦い方しか教えてこられなかったが、別に世界がどうなろうが知ったことじゃなかった。
ただ、月明りに照らされ微笑むリアの姿を前にしていたら、武器を握り続けることができなくなっただけなのだから。……理由など、いまだに分かっていない。
「ま、そういうことにしといてあげる。ふふんっ」
「なんだその笑い方」
「なんでもないよ。ね、座って話そ。建物も壁もなーんにもなくなっちゃったから寒くって」
リアの言う通り、廃墟の荒野と化した街だった場所には寒風がゆっくり流れていく。
それなら家に帰ればいい、というつもりにはなれなかった。
別れてから再開するまで、再開してからも心配し続けてくれていたのは分かっている。いつもふざけたような態度でも、誰よりも周りを見ようとしていたのがリアだ。
「まるで、初めて会った時みたいだね。こんなに寒くは無かったけど」
月明りだけで照らされた中で、ここにいるのは俺達二人だけ。雲はなく、月明りは眩く地上を照らしていた。
「リア、お前は……」
「なぁに? もう、ちゃんと言ってくれないと困っちゃうよ。ヨナのスリーサイズを把握してる流石のワタシでも分からないことくらいあるんだから」
「まあ、今のはどうでもいい…。お前は、俺は戦うべきだと思うか?」
「……うーん、そういう話? なるほどねぇ、ヨナも困ったちゃんだもんねぇ。ワタシ個人の意見としてはね、戦ってほしいよ。ホロウをやっつけてほしい」
「そうだろうな——、約束もしたことだ」
「アハハ、あれだってずいぶん前の、それこそヨナがホロウをちゃんと知らなかった頃の約束だから半分は詐欺みたいなものだけどね」
「自分で言うのか、それ」
あまりにもあっけらかんというのだから驚くのと呆れた感情が半々で混ざり合う。
「あ、今くらいの顔いいね。力が抜けてて」
「…ふざけるなよ」
「ふざけてなんかないよ。だって最近のヨナったらずっと辛そうだったから。笑いもしないし。あやもヨナも気を使いあってるから悲壮感がね。こう空中に漂ってるっていうか」
「悪かったよ。シエにも、悪いことをしちまった」
「いいよ、二人の場合は時間がかかりすぎたんだ。見ているだけだったワタシでも想像のつかない時間をここで過ごしてきた。あやがいなくなってしまって、彩音が生まれて。その頃のヨナが一番見ていてつらかったかな……」
「そうか……、でも見てたんだな」
あやねがいなくなってしまい、残されたのは俺と街だけだった。そして、あやねと同じ姿をした少女。
どうしていいのかわからなかった。あやねには自分の代わりに護ってあげてとだけ伝えられいて、ホロウ封印のために創られたという理屈も分かってはいた。
声と姿が同じ別人だ。世界のため、ホロウを殺すため、あやねのために護る必要はあるが、それだけだ。関わり合いになる必要は無かった。
「無かったんだ、お前からしたら冗談に聞こえるだろうが」
「そうだねぇ。回数で言えばそれこそ『巫女』が彩音に代わってから一回目で大分面倒見てたものね。そりゃあ彩音もヨナのこと好きになっちゃうよ」
「助けた以上に殺してきたけどな」
「もう、すぐそうやってネガティブになる」
「事実を見ないわけにはいかない…。それに、皆方もそのことが分かったからホロウのところへ——」
「ないよ。絶対にない」
「けど——っ」
隣に座るリアの顔を見つめる。
そこには俺の言葉を力強く否定しながらも、柔らかく笑みを浮かべるリアがいた。
「あり得るわけないじゃないか、そんなこと。あの彩音が、ヨナのことをそんな風に嫌うなんて。たとえワタシたちと一緒に暮らしていた時にすべての記憶が戻っていたとしても、彩音が他人に責任を押し付けることはしない。ずっと傍にいてあげたヨナが信じてあげないと、彩音の頑張りが無駄になっちゃうよ」
「…………、分からないんだ。アイツの考えてることが。俺はホロウにさらわれそうな皆方よりも、あやねを助けに行ってしまった。顔がさ、分からないんだ。俺達を見ていたはずの皆方の顔が、怖くて見ることができなかった。何をしてきたんだろうな。護る護ると息まいて、その度に失敗して挙句の果てに誰よりも傷つけた。それで、当の本人は自分可愛さに動けないでいる。……殺されても、文句は言えない」
分かっている。
口だけの薄っぺらな理解であろうとも、俺が許されないほど哀れなことは。
だからこうしてうじうじと立ち上がれず、進まねばならない状況を打破できないでいる。
「まったくもう、ほんとうに重症だねぇ」
「リア、だけど——ぉ、おい…っ」
言い訳を重ねる前に無理矢理抱き寄せられる。とはいえ反抗する元気があるわけでもなく、ただそのままにリアの体温を感じ取ることしか出来ない。
「ワタシはね、ヨナにこういうことしか出来ない。前線で戦うことは出来ないし、ヨナの苦しみを根本からどうにかしてあげることも出来ないんだ。ヨナはね、初めて会った時から変わってない。あの頃から無愛想だけど、気弱な優しい男の子だよ。そんな子が命のやり取りをすること自体、本当なら間違ってる」
頭を撫でながら話すが、その手は寒さのせいで冷たかった。
「……今更だな」
「うん、そうすることでしかホロウの元へ辿り着くことができなかったから。言ってしまえばワタシの悪だくみのせい。色々と回りくどいこととかもしてきたしね。今も今で何とかなっちゃってるし」
にやりと笑い、俺の左目をのぞき込む。その瞳は相も変わらず蒼穹を宿している。
「だから自分を恨めばいいなんて言うつもりか。それこそ無い、リアがいなかったら俺も皆も、今頃全滅だ。恨むことはないさ」
「それをワタシに言えるのに、それでも彩音の気持ちは分からないっていうんだもん。困ったねぇ」
「……。自分と他人は別だろ。俺がそうだからって皆方に当てはめるのは違う」
「じゃあどうすれば納得できる? 言ってみて、実現不可能な夢物語でも、言葉にすれば何か見つかるかもしれない」
「それは……、そうかもしれないけど——」
「思いつかない?」
「いや、そういうわけじゃ——」
「じゃあ言うまで離してあげない。ほぅらどうするかなー、早く話してくれないとワタシの方が凍えて倒れちゃうんだけどなー」
「おまえ、それは……。はぁ……」
「ぅぉ、っととと…、ちょヨナ……おもい、おもたい…ぅぅ」
リアの言葉を聞いていると力が抜けてしまう。
もたれかかった状態なのだからどうしてもリアの方へ体重がかかるが、パワーがないためそのまま倒れ込みそうになっていた。
「よ、いしょっと…、ふう、これで完璧。じゃあヨナ、好きなだけ思いの丈をぶちまけてくれていいよ。ぜーんぶ受け止めてあげちゃう」
身体にもたれかかっていた状態からずり降ろされ、膝枕の状態にされた。
いつだったかもされた気がするが、不思議とあの頃よりも気分は落ち着いていた。というよりも心に余裕がないせいで反応を起こせないでいるのかもしれない。
「今までも、アイツに言うべき言葉も、すべき謝罪も。何度も考えてきた。でも…、思いつかないんだ。何一つとして、納得できるものも、させられるものも。一つたりとも思いつかないんだ」
「うん」
「それで、気が付いたらこんなに…三ヵ月も経ってた。行動を起こす勇気もなく、ホロウが何もしてこないからまだいいんだって言い訳をして……。皆にも、迷惑ばかりかけてる」
「そっか」
「俺は、謝らなきゃならない。でもそれが許されたいからなのか、決別するためなのかも決めきれないんだ。ずっと中途半端などっちつかずところで管を巻いて。…こんなんじゃ、カイルのことをとやかく言えないな」
レギオンとして暴走をつづけた男は、醜い獣になろうとも前に進むことを止めなかった。褒められたものじゃないが、比べてしまえば俺の方が情けないことも事実だ。
「まあ彼のことはいくらでもいってくれていいけど」
「………」
とはいえ当の関係者がこの様子では同情さえ覚えてしまいそうになるが。
「でもね、分からないならそれでいいんじゃないかな」
だが、リアはそう言ってのける。平穏とはいえ、いつホロウが動き出すか分からない不安定なこの世界で。焦る必要はないのだと言っているのと同じことだ。
「それは…っ、事態解決のきっかけにすらならない」
「そうでもないよ。分からないってことが分かったんだから。なら、ヨナにできることは自然と限られてくる」
「俺にできること…?」
皆方に話すべきことは思いつかず、ホロウを倒さねばならないが精神状態はお世辞にもいいとは言えない。
その中で分からないことを理解しても、どうしようもないんじゃないのか。
「ねぇヨナ。できることはあるよ。ただ順番を変えてしまえばいいことなんだから。けどそれは、ヨナにとって決意できることなのかは分からない。ワタシには信じることしか出来ないから」
「順番を変える…?」
「そう、ヨナはホロウを倒すこと優先してる。それはもちろん大事なことだよ。ホロウのいう救済がどういうものかははっきりしてないけど、倒さないと世界丸ごといい方向へは進まないだろうしね」
「といっても、皆方を放っておくわけにもいかない。アイツを助けることもしないと」
「だけど会うの怖いんでしょ? そこで彩音から拒絶されちゃったりしたらヨナも立ち直れないかもだし」
「……、だがアイツをホロウの元に置いておくわけにはいかない。拒絶されてでも連れ戻さないといけない」
「だからさ、ヨナは苦しんでるんだよね。ホロウを倒さなきゃいけないけど、そのためには彩音の存在も不可欠。だけど彩音に嫌われてることを考えると実力を発揮できなくてホロウに勝てそうにもない。この悪循環のせいで立ち上がるにも立ち上がれないでいる」
「けど……」
「うん分かってる。放っておけないし、そんなことできるはずがない。けどいつかはやらないといけない。ならヨナにできることは決まってる」
「……、俺が、最初に皆方に会いに行く」
根底には皆方への想いが解決していないからこそ戦いへと向かえないでいる。
ならばまず最初にその部分をハッキリさせてしまえばいい。そうすればどちらに転ぶにせよ心は割り切ることができる。
「その結果がどうなるかは分からないよ。もしかしたら本当に立ち直れなくなっちゃって、ホロウに身体を乗っ取られちゃうかもしれないし。うーむ、そうなったらヤだなぁ」
「皆方は、どうしてるんだろうな……」
「分からない。でも——」
「……?」
空を見上げるリアを追って、一緒に月を眺める。煌々と、眩い光は地上を照らし、飲み込まれそうになってしまう。
「ヨナのこと待ってるんじゃないかな」
「アイツが、俺を?」
「だからねヨナ、行ってあげて。女の子が強がってるのを、当たり前の姿だなんて思っちゃダメだよ。好きな相手に見せる姿は特に、ね。ふふふ」
「………」
「さて、っと。ワタシはそろそろ帰ろうかな。寒くなっちゃったし。ヨナはどうする?」
「……、もう少しだけここにいる。あと少し、自分で考えてみる」
「りょうかい。じゃああったかい飲み物用意しておくから。ワタシが寝ちゃう前に帰ってきてねー」
「ああ——」
一人残された中で静かに目を閉じる。
これまでの戦いを思い返し、これから訪れる最期を想像して。自分のすべきことを受け入れようとする。
「皆方……」
その中で、一番の思考を占めるのは彼女のこと。
自分の意志で、ホロウとともに姿を消した。だから、何を考えての行動なのかまでは分からないでいるのも事実だ。
「俺が、知らなきゃいけないこと」
立ち上がるための、足の力はまだ入らない。
剣を振るうための、手の力は腑抜けている。
前を見るための目は、片方が欠落していて。
「ダメだな、俺は……」
ユーリ、シエ、リア、あやね。皆がいてくれた。
何もできない、役立たずになった俺を支え、待ってくれている。
だというのに俺は何も聞こえず、うずくまるばかりで。
その感覚が消えたわけじゃない。いまも常に俺を襲い続け、頭を上げようとする心を容赦なく潰しにかかってきてる。
「……アンタはなんて言うんだろうな」
その中でも心だけはまだ、小さく声を上げていた。
くだらないと、どうでもいいと。
救うべきを救い、護るべきものを最後まで護り切る。
ただ一度でさえ叶わなかったこの誓いを、為し得るためにはここで倒れるわけにはいかないというのに。ここで逃げればこれまでの嘘も真実も、混沌へと呑み込まれる。
「ああ、そうだよな……。やるしかないんだよな…」
力ない声だと自分でも思う。
これまでと何一つ変わらないとさえいえるような状態。だけど、それでも、自分の力で立ち上がれそうなんだ。
彼女の前に行くために足を動かすことができそうなんだ。
「まだ、終わってない——」
どうしようもない感情に圧し潰されそうなのは変わらない。
身体か心か、どちらが先にくたばるのかさえもまた分からない。
けれど、それでも行くしかない。
——約束も、戦いも、俺自身もまだ、終わっていないのだから。
『本編について』
・ヨナギ再起(仮)
少しずつですが立ち上がろうと頑張ってる感じです。
一度皆方を見捨ててしまった事実に自罰的な精神状態ですが、支えてくれる人ばかりなのでまだ何とかなってます。
『定期連絡』
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・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。




