76.迷い、光明③
「なら最初はワタシからだね、ヨナに名前をあげたところから。とはいっても大したことじゃないよ? ワタシはレギオンから離脱した後、当時のラゥルトナー当主と会ったんだ。“アティ”っていう小っちゃくてかわいい女の子」
「交友があったということは、その後にナイギの侵攻が起こったのですね」
「それでアティも殺されちゃったんだ。守ってあげられなかったのは今でも心残りかな…。ああいやそういう話はいいね、今はヨナのことだった。で、ラゥルトナーの人たちがみんな殺されちゃった後、ワタシはアティから魔眼の力を受け継いだ。ヨナと会ったのはそのあとすぐだった」
懐かしむように髪先を指先でいじるリア様は何やら照れくさそうに笑う。
「んー、お互い返り血で血だらけでね。ワタシも年貢の納め時かなぁなんて思ったけど、すぐその考えも消えちゃった」
「それはどうしてなのですか。その頃のヨナギ様は…その、ナイギの先兵としてリア様を殺していたと居ても何ら不思議ではないかと思うのですが」
「だってヨナったら捨てられた子犬みたいな目をしてるんだよ? なんだかかわいくって」
「…………」
「それで名前を聞いたんだ。だけど、あの子はそんなものないっていうから、つけてあげた。起きている惨状はどうしようもなくひどいのに、あの日はすごく穏やかな夜だったから」
夜凪、彼がその名を好きじゃないというのはその日を思い出すからか。
そしてリア様がヨナと呼ぶのもまた、惨劇の夜から離れようとしていたからなのか。
「で、どこにも行き場がないっていうし、ワタシもアティ達を殺した連中を、というかホロウを許せなかったから手を組もうって言った。ヨナはそれを受け入れてくれて、打倒ホロウを目指して色々頑張ったわけ」
「リア、その頃からホロウのことを知っていたの? てっきりよな君から聞いたものと思っていたのだけど」
それまで静かに聞いていたアヤが疑問を浮かべる。
私も彼女であれば全ての流れを把握しているものと思っていたため、少し驚いてしまう。
質問を受けたリア様は指を一本立てつつ、何でもないように話をつづけた。
「レギオンの頃にちょっとね。ワタシの性質で全員の魂を内包してたんだけど、その気になれば一人一人の記憶とかも覘けるんだ。退屈な時だったりは眺めてみたりね。その時に気になることがあった」
わずかにリア様の目が鋭くなる。
「レギオンは滅ぼされた世界の中でも強い自我を持った魂の集合体だ。だからみんなが見てきた景色も、歩んできた道のりも大きく異なる。……だけどね、たった一つだけ記憶に存在する中で同じモノがあった」
「まさか、レギオンの発生も仕組まれていたということ?」
「まさかもまさかさ。もちろん全員が見ていたわけではないけど、確かに同一人物が存在していた。そしてその男、ホロウがレギオンを呼び出す瞬間の記憶も」
「それではリア様の故郷を滅ぼすきっかけもまた——」
「ホロウさ。だからこそ、許せるはずがない。何もない、事件が起きることもない田舎だったけど、それでもワタシにとっての故郷だった。それを消滅させたことも、友達を悲しませたことも許せるはずがない」
「だから戦うことを決めた。ヨナもシエも着いてきてくれて、今こうしてユーリ達とも手を取り合うことができた。大変だったけど、ふふっ…最初で最後のチャンスにまでこぎつけられた」
「——リア様……」
彼女はいつも、どんな時でも飄々と自分のペースを崩さない人だ。その性格に振り回されもするけれど助けられてきたことも数えきれない。
けれど過去のことを語るリア様からは、これまで表に出したことのない怒りが抑えきれずにいる。
その怒りは、出会ってからこれまでの十年以上の間、ただの一度も見せたことはない。
(一体、これまでどのような思いで戦ってこられたのでしょう……)
強い女性なのだと、今更になって思い知らされる。確かに正式なラゥルトナー当主ではないとしても、その精神力は誰もが認められるものだった。
「おとと、そういう空気にしたいわけじゃなかったんだけどね。ま、ワタシの戦う理由なんてそれくらいのものさ。いろんな人たちの敵討ちみたいなもので、そこにみんなを巻き込んできた我儘さ」
「でもリアがいなければここまでこれなかった」
「ふふふ、ありがと」
そこにいたのはいつも通りのリア様の姿。一瞬垣間見えた怒りは既に雲の向こうへ隠れてしまった。
「つまり、ワタシがホロウのことを知っているのはそういうこと。戦う理由もね。ヨナが来てからしばらくは死体を埋めたりして過ごしてたかな。それで落ち着いて少しした頃にシエを拾ったんだ」
「よく生き残っているのがバレなかったわね」
「まぁ、ナイギの兵士は目的済ませたら早々に帰っちゃったし、生き残りの捜索に残った人たちも隠れてやり過ごしてた。隠れきれなかったらヨナにお任せで」
「ですが、指揮官であるレイガンはごまかせなかったのでは?」
「ああそれなら問題ないよ。レイガン自身はナイギの名をもらう時かは分からないけど、ホロウとの契約で魂が『崩界』に染まってるから。世界の修正力自体は受けないけど、移動そのものに制限がかかってるの。『総界』に来たのだって大分準備してのことだろうね」
「彼が向かうのはいつも戦いの最後になってから。というよりも最短でもそうなってしまう。よな君にとっては悪い意味で機械仕掛けの神に等しい存在だったでしょう」
「……」
思い返してもあの老剣士の強さは異次元だった。持ちうる戦力を投げかけてもまだ余力さえ見せていたのだから。
倶利伽羅も聖槍も持たぬヨナギ様では万に一つの勝機さえ無かったのだろう。そして最期にはアヤネをその手に掛ける時が来る。
「おつらかったでしょうね…、いったいどれほどの……」
「……世界が創り直される間のほんの少し、彼はわたしのいる場所を通っていく。今にも死にそうなくらいボロボロで、傷ついて。もうやめてと何度言ったか分からない。それでも止まることはしなかった人なの」
「もう一度、前へ進んでくれるでしょうか」
「大丈夫じゃないかな。ヨナは強い子だから」
「すごい自信ね、リア。羨ましくもあるわ、…わたしはそうはなれそうにない。ずっと、彼を引き留めることばかり考えていた。苦しんでほしくなかったから」
「それだって別に悪いことじゃないよ。むしろキミがそういう想いを持っていられる女性だったから、ヨナは立ち続けていられたんだ」
「ハイ、きっとそうです。あの方は自分以外の人のために力を振るうことのできる方ですから」
「……そうだといいのだけど。…ありがとう二人とも、気を使わせてしまったわね」
「いいのいいの、お互い様だよ」
「うーん…あとシエに話しておくことがあるとすれば——、何があったかなぁ」
「とぼけないの、リア。ごまかそうとしてもシエさんはもう聞くべきことも分かってる」
「うー…ん、そうなんだけどさぁ。ヨナがいないところで言っちゃうのはさすがのワタシでも気にしちゃうというか…」
珍しく歯切れの悪いリア様の様子からして、私の聞きたがっていることの見当はついている。けれど確かにヨナギ様本人にとっても重要なことである以上、こちらで勝手に話を進めるのは気がかりで——。
「いい、気にせず話せよ」
「———」
三ヵ月にわたり、聞くことのなかった声。聞くことが恐ろしく、そして恋焦がれた人の声。
それが、不意に届いて心臓が大きく飛び上がる。
「あ。おかえり」
「おかりなさい」
「…ただいま」
二人は何事もなかったように落ち着いていて、私だけがこの場において浮いてしまっているのです。
(ですが、どうすればいいのでしょう。振り返ってもいいのでしょうか。まずは謝るべきなのでしょうか…)
思考は不明瞭、彼の顔を見ることさえ怖くて仕方がない。
「シエ」
「は、ひゃいっ!」
だというのに彼の方から声を掛けられてしまっては振り返らざるを得ないのです。ガチガチに固まったまま、錆び付いたおもちゃのようにしか動けない私は傍から見れば滑稽に移るでしょう。
目を閉じて、いいえ何とか薄目を開けながら振り返ってようやく。
振り返った先には誰もいなかった。
「あ、あれ…!? ………あ」
誰もいないわけではなかった。
私がちゃんと見れていなかっただけのこと。なぜならそこにいたヨナギ様は深く頭を下げていたのだから。
「すまなかった…。…お前は、何も悪くなかったのに、辛く当たった……」
「え、え…、そのヨナギ様——」
「お前が、ホロウのことを聞きに戻ってきたのは分かってる。だから聞きたいことがあるなら俺も知る限りのことを——」
「ヨナギ様おやめくださいっ、違うのです」
「———、あ、ああそうだな。また一人で勝手に話を——」
「そうではなくっ!」
「………」
「顔をお上げください…。私はヨナギ様にそのような行為を求めてはおりません、謝罪などなされないでください」
「…ああ」
「私は、ヨナギ様へ怒りを覚えることはしておりません。…辛くはありましたがそれでも、アナタにいただいた命を、捨てようとしたことも事実です」
彼の怒り、それは私が自分自身で命を捨てようとしたことへの怒りだった。
今息づいているこの命は預かったものであり、必要な時が来ればヨナギ様へ返すべきものだと。私はずっとそう思っていたし、事実あの時も行動へ移した。
「ヨナギ様のお怒りも、時間はかかりましたがようやくわかったのです。……ですが、私はあの行動を間違ったものだとは思っていません」
「……ああ、そうじゃなきゃレイガンを倒すことは出来なかった。シエがいなきゃどうしようもなかったんだ」
ヨナギ様の言葉は弱々しい。
それは私への謝罪によるものではなく、これまでの精神的疲労が押し寄せた結果なのでしょう。
「ですから、顔をお上げください。アナタを責めるものは誰一人いません。もっとご自身を許してあげてください。アナタは、ヨナギ様はそうしてもいいはずですっ」
「シエ……、なんでお前が泣くんだ…。お前こそ何一つ悪くない。拾われて、戦わされて、命を投げ出しもしたのに。ただ巻き込まれただけなんだ、もっと俺を恨んでくれていいんだ…っ、なのに——」
「いいえ、決して恨みません。何があろうと見捨てたりしません。ヨナギ様のお傍で仕えると誓ったのです。命を救われた恩義を、私はまだ返せていない」
「そんなもの、とうの昔に十分返して——」
「まだです、まだ、なのですよ。私はまだまだ未熟です。いつもヨナギ様を困らせてばかりで、何も返せてはいないのです。例えアナタが十分だといったとしても」
「それじゃあ——、おまえは———」
震える肩に手を添える。
その体は私の思っていたよりもずっと小さく、臆病に震えていた。きっと、これが彼の本当の部分なのだ。心の鎧の、その最奥。誰にも触れられぬよう、見られぬようにずっと護り続けてきた、戦士ではなく少年としての心。
誰かを救おうとしながら、誰かに救ってほしがっている。そんな少年が、ただ一人で戦い続け、失い続けてきた。
「リア様」
「うん?」
「リア様の言っていた意味が、分かったような気がします」
「そっか」
「ヨナギ様?」
「…なんだ」
「以前、雨の降る中で交わした、約束をおぼえていらっしゃいますか?」
「ああ……、けど俺は結局——」
「私は…、私はヨナギ様の笑顔を見ていたいのです。だから、頑張り続けないでください…。辛いときは辛いと、言ってほしいのですっ」
「——、けど」
「けどではないのですっ! どうして言ってくれないのですか、頼ってくれないのですか。……っ、どうして、どうして…一人だけで前に進もうとするのですか……!」
ああ、いけない。涙が溢れてきてしまう。
これではまたヨナギ様を心配させるばかりで気を使わせてしまうのに、また自分一人の力で何とかしようと気を張らせてしまうのに。
「シエ…」
「自分を貶めるようなことばかり言ってしまうダメな主でいいのですっ! 私はそんなヨナギ様だからお傍にいたいのです…! だから——、もっと…っ、私を頼ってください。荷物を預けて…、預けなさい!」
「…………」
「はぁ…、はぁ……ぐす」
何を言いたかったのか分からなくなる。
ヨナギ様を真っ直ぐ見つめることしか出来なくて、彼は目を閉じて小さくうつむいていた。
音は消え、時間の経過もどれほどのものか分からなくなった時、沈黙を破ったのは彼の方だった。
「シエ」
「…はい」
実際、長く感じられた沈黙も数秒の出来事だったのだろう。残された左目は私の姿を映し、私の瞳も彼を映している。
そこに立っていたのは臆病な少年だ。けれど、戦うことの意味を知る、強い戦士の瞳を持っていた。
「俺は、ホロウが復活のために作った器だ。この戦いが終わった時、生きていられるかは分からない。おそらく、死ぬことになる」
「…………え」
少年は疲れ切った、しかし力強い瞳を向けながら、私にこれまで隠してきた事実を伝えてくれた。
□ □ □
「なっ、それではユーリだけでなくヨナギも死ぬかもしれないと!?」
驚きのあまり立ち上がる。手は行き場もなく空中でわなわなと震えてしまっていた。
「そゆこと。てかようやく呼び捨ててくれたね。オレとしてはこれらもその感じで——」
「ふざけないでください! そんな大事なことをどうして今まで!?」
「言えやしないさ。んなこと、言えるわけがねえ」
「…………、すいません、熱くなりました」
「いいさ」
顎を手に乗せ、遠くを眺めるユーリの姿は黄昏れているようで、これまでにもあまり見たことのないものだ。
「しかし…っ、ホロウを倒すことでどうして二人まで死ぬことになるのです。仮に血を濃く受け継いでいたとしても別個の人間であることに変わりはないでしょう」
「それがなんとも上手いこと仕組まれてんだよ」
身をかがませ、足元に落ちていた小石を手に取ると放り投げる。小石は緩やかに放物線を描き、坂道を転がって見えなくなってしまった。
「ホロウが一度目の封印前に色々と仕込んでったってのは話したろ。オレ、というかナイギの場合はそれだ。アイツが復活したときに魂の器である身体を準備するための一族なんだよ」
「それでは、ヨナギもまたホロウの血が——、いやレイガンは墜天子である以上、外界の人間のはず……」
「むしろヨナギのことについてなら、旦那が墜天子だったっていうのが都合よかったんだろうさ。だから自分に都合のいいように母親の腹の中に居た頃から弄った。なんせオレ達みたいに『楔』なんて面倒なものなくっても世界の修正力受けないんだ。もしくは元々ホロウは墜天子だったからそっちの方がよかったとかか」
「ならば、ユーリ様はどうして」
「オレの方、というかナイギの直系はさっき言ったみたいにホロウが大元を弄って、代々続いてきた一族だ。で、その歴代の面々はそれぞれが大小あれホロウの影響を受けてる。不死身の身体っていうな」
「それが理由だったのですね。しかしそれでは封印されている間もホロウの力がこの世界に影響を及ぼしていることになる。一度目の封印については確実なものだったのでは?」
ホロウが現世に影響を及ぼしているということは活動できていたということなのではないのか。もしそうなら封印されていてなお不死身の人間を生み出す力を持っているということになる。
「そりゃあちょっと違う。むしろ封印されるからこその手法だ。ナイギの血族なんていうがな、オレたちゃ実際にホロウの血が流れてるわけじゃねえ」
「え、そう、なのですか? 私、というより我々はそう聞いてきたのですが」
「ご立派な初代ご当主様が復活すればラゥルトナーなど簡単に殲滅可能。オレたちの味わった屈辱の全部を返して、『巫女』の争奪戦も勝利できる。とかか」
「はい」
「当たっちゃいるわな、今の状況がそうなんだから。ただ見栄ってのもあるし、ご当主の血が流れているオレたちには勝利への加護がある。みたいなことにしといたほうが楽なんだよ」
「なら事実はどうだというのです。……いやヨナギと同じ」
「そ、さっすがヌイちゃん。オレたちはホロウの残した『四方界』の術式を代々受け継いでるんだ。内容的にはそうだな…、魂と肉体が離れ離れになる代わりにその間はどちらかが朽ちることはない、みたいな」
「それでは…これまでユーリ様が傷を負ってもすぐ治っていたのは——」
「本体の魂、ホロウ自体は無傷だからだ。孔空いたりして足りなくなった部分は、ホロウと繋がってるから元通りになる、ってかされる。水の入った容器が割れたとして、中身はすぐ補充しつつ器も即元通りだ。ああなんて次元の違う能力だこと」
「………だが、ですが封印されていながらそんなことが」
「『楔』だ」
「それはユーリ様の使っている——」
「そうじゃない。オレたちはホロウにとって、居場所を常に指し示す楔なんだ。例え封印されていようが、あっちからすればオレとヨナギの存在だけは常に認知できる。『巫女』に封印される前に定点を残していったのさ」
「————」
「それで、一回目の封印されたのはわざとだと思うね、オレは。大事な魂は安全圏に逃げ込んで、器の方を時間かけて準備したのさ」
「しかし結局のっとったのはジン様の身体です」
「だよなぁ、気まぐれなんだろうがやってくれやがった。とはいえオレかヨナギの身体持ってかれてたら世界はもっとグチャグチャだっただろうから、不幸中の幸いというべきかなんというか…」
今度は呆れて上体を逸らすと空を見上げる。
此方もつられて見上げると、空の色が遠くの方で茜がさし始めていた。思っていたよりも話し込んでいたらしい。
「それで、魂と肉体の繋がりについてはわかりました。それで最初に戻りますが、なぜホロウの消滅は二人の死につながるというのです」
「オレもヨナギも、確かに一人の人間だしそれぞれ身体やら魂やら意思やらなにやら持ってるぜ? ただ、その大元はホロウの『四方界』によって創られてて、アイツの術式が根っこの部分に絡みついてる。そんな状態で大元のホロウを消したら、想像自体はつくだろ?」
「『四方界』を制御していた者が消え、残された術式が暴走する……」
言ってしまえば『胎蔵領域』と似たようなものだ。
己の裡に広がる地獄という名の世界を現世に表出させる時、制御できなければ使用者の死は免れない。そして二人の場合、術式を発動したのはホロウだが、使用しているのは二人という扱いなのだ。
制御しているホロウが死に追いやられれば、地獄は暴走し主を食らい尽くす。
「人一人の魂など、そう簡単に扱えるものではないはずだというのに…、聞けば聞くほど信じられなくなる」
「ごめいとーう。……結局はあの野郎の掌の上だったってことさ。嫌んなっちゃうね、オレのこれまでの頑張りが否定された気分だ」
つまらなそうに首を振るユーリの真意は分からない。
これまでふざけた態度ながらに『崩界』の人間のことを考えて行動してきたことを近くで見てきたのだ。それが、遠い過去から無意味だったと知らされている。
一体それは、どれほどの——。
「——っ、しかしまだ分からないはずだっ! ホロウを倒し切った後、二人の命がどうなるかなど、やってみなければ分からない!」
「いや、分かるさ」
「なぜそんなことを——! 貴方らしくもない!」
「考えてみなよ。ホロウはその気になれば何の関係もなかったジンの身体をパクったんだ。それができるってことはさ、死に際のアイツがすることなんて分かり切ってる」
「一体何ができると——」
自分で言い放ちながら、その途中で気が付いた。そして、終わりが決まっているという言葉の意味も、分かった。
「ヨナギの身体が全身全霊、全力を出すことのできるよう作られた器なら、オレは保険だ。この身体が不死身なのは最後の最後、何か想定外のことが起きて死にそうなときにも奪えば復活できるからな。いまとなっては不死身じゃなくなっちまったが」
「なら……、ならば奪われる前にホロウを完全に殺し切ってしまえば——」
「元々生きてるんだか死んでるんだか分からない相手だ。それにまた別に保険をかけてそうな奴をどうこうするよりもさ。それより手っ取り早い方法がある」
「待て——」
「いくらホロウでも死ぬ寸前ならオレ達に掛けられてる術式も弱まってるはずだ。復活もうまくはいかない。だから、最後のチャンスはそこしかないんだ」
「やめ——」
それ以上口にしてしまえば、私は何も言えなくなってしまう。
普段ふざけていながらも判断に誤りは無かった貴方が、それを言葉にしてしまえばうなずくしかなくなってしまうから。
「なぁ、ヌイちゃん。最期はオレもヨナギも自分でケリをつけるつもりだが、もしオレ達が失敗したらさ——」
「それ以上は言うな!!」
気が付いた時には大声で叫んでいた。
いつも空気を読まず、馬鹿を見せびらかすように明るく振舞っていた癖して、こんな時に限って。
「こんな時に…、そんな顔をするんじゃない……っ」
「…………、ヌイちゃん」
「それ以上、口にするな…っ。しないで、ください……。お願いだから、馬鹿のように冗談だと…言ってくれ……」
「……ハハ。そこまで慕われてるとは思ってなかったな。何かあるたびに殺しますよなんて言ったりもしてたのに」
「これから先、ユーリ以外に誰がナイギを引っ張っていくという…。貴様が死んだら、結局はまた戦いが続くだけなのは目に…見えている。死ぬなど許されるわけがない…っ」
「……そうだなぁ」
茜色に夜が混じり始めた空の下。
男は立ち上がると冷め切った夜風を身に受けて、静かに空を見上げた。
「ヌイちゃんの気持ちは、嬉しいよ。諦めきってた心にガツンと一発くらった。だから、改めて頼むよ」
「ユーリ…」
ぼやけた視界に映った後姿と、小さく微笑んだ口元。
それは彼の考えに何かしらの変化があったように思えて私は駆け寄った。
「それなら——、ぅわ」
横に並んだ瞬間、大きな手が頭に乗せられた。
「な、何のつもりです…っ、こんなことをしても私はさっきの言葉を許したりはしない、からな…っ!」
「そんな必要ないさ。で、頼み事なんだけどいいかな?」
その声はいつも通りのユーリの声だった。
明るく、聞いているこっちは呆れるほど空っぽの声。だが、その言葉からはユーリらしさが見えていた。
「は、はあ…、というかいい加減手をどけ——」
「オレが自殺に失敗したら殺してくれ」
一陣の風が吹いて、そして止んだ。
「——————」
心と身体は静止する。見開かれた眼は何を映しているのか分からない。
「え——?」
なんて、なんてあっけらかんと言ってのけるのだ。
その言葉を言ってしまったら、もう後戻りはできなくなる。それは私のことではなく、彼自身の終末を決定付けるもののはずだというのに。
「頼むよ」
「………どうして——」
「色々考えてもみたけど、やっぱりヌイちゃんにしか頼めない」
「この、時のために強くしたのですか……?」
「違う、ヌイちゃんが強くなったのはヌイちゃんが頑張ったからだ。その機会を与えたりもしたけど、キミの努力はオレなんかが使うために積み重ねられてきたものじゃない」
「……ならなぜ、どうして…っ」
「ごめんなヌイちゃん。でもやっぱりさ、この方法しか思いつかねえんだよ」
「ふざけるな!! ユーリ貴様は——」
手を払いのけて胸倉をつかんで、何とか訂正させるために声を上げようとして。
彼を真正面から見据えた時、もう言葉は出てこなかった。
「———。ぅ……っ」
「ハハハ…っ、ホントビックリだ。ヌイちゃんがオレなんかのために泣いてくれるだなんて、感激でしかないね。オレの方まで貰い泣きしちまいそうだ」
ユーリは、どこまでも満足そうに笑っていた。
イタズラの成功した子供のように嬉しそうに、その裏で叱られることをビクビク震えながら。しかし一切こちらには見せることなく。
「っ…………ぅぅ……」
「やって、くれるかな?」
再度頭の上に置かれた手をまた払いのけ、背を向けて数歩離れる。
「そっかー、なら自分で何とか頑張らねえとなー」
「ユーリ…様」
おどける声を断ち切るように名を呼ぶ。
覚悟は、分かった。貴方がずっと考えてきたこれから先の世界。それがその方法でしか為し得ないというのなら、私が選択する道は決まっている——。
「そのお言葉…、しかと受け取りました。ユーリ様、恐れ多くも貴方の兵として、その使命は必ず果たして見せます」
膝をつき、頭を垂れる。
これまでの関係性が明確に変わったわけではない。
だが、仕えるべき相手としてこの男以上の者は、今の私にとっては存在しない。
「ヌイちゃんの誠心、果たしてくれることを心から信じてるよ。心よりの感謝を、ありがとう」
「はっ!」
凪いだ夜空の下、互いの役目は定まった。
そして、私と彼の間におけるこの信頼が崩れることはもはやありえはしない。
これまで培ってきた力は、いまこの時のためにこそあったのだと。
今日この夜にこそ、抜き身だった刃が己のあるべき場所を見つけたのだ。
□ □ □
『ありがとう衣優ちゃん、色々教えてくれて』
「………」
何もない廊下を早足で進み続ける。
暗がりにランプが灯り足元だけを薄く照らしているが、廊下の先は暗く沈んでおり有限であるはずの廊下の先に果てのないようにさえ思えてしまう。
「……っ」
気分が悪い、吐いてしまいそうだった。この屋敷の汚れなどどうでもいいのだからこのまま吐いてしまっても構わない。
どうしてこれほどに身体が悲鳴を上げているのか。
アヤネの疑問に答えられる範囲で答え、その話は終わった。彼女は納得し、一人で考えさせてほしいと望んだために吾は部屋を離れ、一人で当てもなく歩いていた。
部屋を出た途端に気分が悪くなり、それは時間が経るごとに不快さが増していく。
そこらで吐いてしまうことには敗北感を覚えたため、口を覆いはするもののそれで耐えている。
「…なぜ、吾は……言わなかった…」
アヤネの質問には確かに答えられる範囲で答えた。
ナイギ、ラゥルトナー、ホロウのこと。
だがしかし、ホロウの死によってヨナギとユーリが死んでしまう可能性については、言い出すことができなかった。
(別に、どうでもいいはずだ。あの男がどうなろうが吾の知ったことではない…ッ)
今まで何度、見過ごすことしか出来なかったのか。
金谷加奈という役割を与えられたことにより、アヤネの周囲では戦うこともイユラ・ナイギとして存在することさえできない。
どれほどの危機に陥ったとしても戦うことができるのはヨナギのみ。敗北は必定であり事実レイガンの打倒に至ったのは今回が最初で最後。
何もない、守れるはずもなく最期にはヨナギ自身が手を下す。
ふざけるな。護ると口にしておきながら、結局はアヤネの死を前提とした時間稼ぎしかしてこなかったというのに。
「その上、いざとなれば『巫女』を選ぶだと…? ふざけおって、初めから事ここに至るまであの男は一度もアヤネを見ていないものと同様だ……ッ」
そうだ、このどうしようもない不快さも、長き時をかけて煮えたぎっていた怒りが遂にあふれ炸裂しようとしているのだ。
そうでなければ理由が付かない、そうとしか思えないのだ。
「…………」
ならば、この胸の内に走った痛みは一体何だという。
「いや、何もかもが……。この状況のせいだ、ホロウさえ倒しさえすれば、アヤネを真に救うことができるのだ……ッ」
ずっと、ずっとずっとその瞬間を待っていたのだ。
望まない中で生み出され、奴らの計画のために命を捨てられ続けてきた友を救うためならば——。
「吾は……、何をしてでも——!」
壁に手を尽きながら足を進める。
このような姿を万が一にでもアヤネに見られてしまえば、心優しいあの娘はまた心配してしまう。
救われた命と、心は決して裏切ったりはしない。終わりは近い、その後にアヤネが幸福の中で生きていられるように。
「何を敵に回そうが、アヤネの望まぬ手段を取ろうが、吾は……戦わねば…」
かつては分かっていたはずの、この心を突き動かす感情が一体何なのか。いつの間にか自身でも明確には分からなくなってきている。
だからこそ、この瞬間の想いだけは貫き通さなければならない。進んでいるこの道が間違っていたとしてもアヤネの幸福は護る。そして、後悔だけはしてしまわないように。
最後に一人となるのだとしても、闇黒の中へと足を踏み込み続けるのだ。
「………私に、出来ることは——」
そして器として生み出された彼女もまた一人、思考を止めることはしない。
そのことを知るのもまた、彼女自身だけだった。
『本編について』
・ヨナギとユーリの命
彼ら二人についてはホロウの因子を多く受けた存在です。
そのためヨナギは界燐の上限という問題はあれど複数の能力を扱うことができ、ユーリは不死の肉体を得ています。しかし、その力の大元であるホロウを倒すということは彼らの命を奪うことと同義になります。
『定期連絡』
・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。
・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。
・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。




