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四方総界縁起  作者: くろよ よのすけ
69/100

69.血と繋がり②

「これがお前の奥の手、といったところか」

「——っ」

 強制的な死を前にして、レイガンの表情は微かにでも揺らぎはしない。この状況でさえ危機と感じてはいない。

「胎蔵領域…、才能を持つ誰もが挑戦し打ち破られ己自身に呑み込まれる。当然のように発現させるお前はやはり“アレ”の器だ。存在そのものが穢れている」

「こ、のォ!!」


 一刻も早く黙らせねば、俺の持つ力を総て使い切ってでも、ここで殺せねば危険だと本能が叫んでいる。 

 文字通り光の速度で迫る白き破滅。

 痛みも傷もなく、ただ瞬くと同時にレイガンは死に絶え、俺だけが残る。戦いという土俵そのものをなかったことにできる理外の世界。

 その中心にありながら口を動かす余裕を持っている。なら、この男は——。


「お前は儂を領域内部に取り込んだ。それは常に心臓に手をかけている状態であり、常に触れている状態といっていい」

 アンタが俺に触れているんじゃない、俺がアンタの生殺与奪を握っているはずだ。

「ならば逆もまた然り。…この刃は、お前にならば問答無用で届くということ」

「ぐ…っ、ゥゥ!」

 突き刺した刀を引き抜くが、倶利伽羅の破壊は出来ない。ならば防御を突破するまでに光が到達する。レイガンであろうとも間に合わない。


「我が刃こそ無垢清浄——」

(終極…ッ、だが——)

 その刃は俺に届きはしない。倶利伽羅ごと俺を斬ることは不可能だ。

「奥の手というものは、最後まで取っておくものだ——」

「——————」


 レイガンの言葉が耳に入ってこない。

 信じられぬものを見た。世界法則を覆すに至った一つの念、その極地の具現。失われた、空洞はとうになかったものとしたかのように。

 互いに見ているのは前のみ、この決着がつくまで振り返ることはない。

 その目はただ真っ直ぐに俺を見つめ、振り払う刀身へ羂索が巻かれていく。

 レイガンの終極、その異能は概念を斬るに至ったとはいえ、その分物質に対しての優位性は失われ、万能を斬ることは出来ても万物を斬ることは出来なくなっている。

 しかしその先に進むことのできる存在がいるというのなら、それはアンタだけだ。どれほどの困難を前にしても止まることなく、その刃を振るい続けてきたからこそ規格外の強さを得たアンタなら。何をしてきても不思議じゃあなかった。


「もたらすは“神技”の極致——」

「———」

 だが、ああそうか。お前ならきっと、何とかできるのだろう。

「四方展開、“終極”破界領域——『天叢雲剣・衆生悪滅』」

 

 破滅の光が到達する。

 ——その寸前、刀身へ巻き付いていた光の帯、羂索が再度解放される。…刀身には悪滅の輝きを宿したままに。

 そして展開された羂索は破滅を食い止める。終極に至った四方界は胎蔵領域であろうとも難なく食い止めて見せる。


「防げるものならば防いで見せろ、でなければ次こそは死ね」

「———ぁぁ」

 結果から言えば不可能だ。

 羂索を刀身より開放し、抜き身となった刃は万物万能、神羅万象悉くを切り捨てる。さらに広がった領域の内側に、ヤツの斬撃が繰り出される。

 ここにきてようやく、真の意味で回避防御不可能な一撃を繰り出すに至ったのだ。奥の手も奥の手、これほどの異能、研鑽は如何程のものか。想像することさえできはしない。

 あとはただ、刀を振るうだけで俺は——。


「奥の手は最後まで、だったな…っ」

「———なに…?」

 肉体の半分が消滅したかのように軽い。だが、まだ何も失われてはいない。まだ奪わせはしない。

「嘘を、ついた…。アレ、は…胎蔵領域なんか、じゃない」

 胴体を斜めに奔る一閃はまごうことなく肉体を切り裂いている。だが、それは内臓にまでは到達していない。倶利伽羅と聖槍の加護、骨の一部を結晶武器と同様に変換したことで、幕を引くには至らせなかった。

「アレは聖槍の、力だ…。以前、街に刻んでた術式を地面に打ち込んだ聖槍を通して発動した。無理矢理だったせいで…、完全じゃ、なかったが——」

 準備だけはずっとしてきた。

 来る日も来る日も、何度失敗してもその度に次は勝利して見せるといいながら敗北を重ねてきた。


「ようやく、分かったよ。俺じゃあ…アンタには勝てない。だが、奥の手は引きずり出した。ここまで、使わなかったなら…それは何度も使えないからだろ」

「それがどうした、その程度のことが分かったところで。もはや貴様では儂に剣を突き立てることは出来ん」

「それは、どうだろう、なァ…!」

 左手をかざすと、これまで地面に溶け落ちていた聖槍が現れレイガンへ向かって投げつける。

「ふん、くだらん」

「はぁ…っは、ぁ……」

 防ぎもせず、体を逸らしただけで回避される。

 界燐を込める余裕はない。投擲の体勢から元に戻るだけでさえ全身が悲鳴を上げている。

「生まれてからこれまで、くだらん存在だった。ああ、本当にどうでもいい命がここまで生き延びるとはな」

「………くたばれ」

 数歩に満たない距離を近づき、介錯のために刀を振り上げる。

 あとは振り下ろせばそれだけで今度こそ死ぬ。死から還ってくることはもうない。


「——夜凪くん!!」

「…みなかた」

「——っ!」

 背後から聞こえる声は皆方のもの。振り返る力はなく、必死そうな声を上げる彼女の顔を見ることは出来ない。皆方のことだ、きっと大げさすぎるくらいに心配している。

 泣きそうな顔で、震える身体で、それでもここに立つことのできる強さを持って。

「———」

 瞬きにも満たないレイガンの逡巡、俺を殺してから皆方へ向かうか、先に皆方を始末するか。唐突に表れた獲物を前にして見せる思考はしかし、無慈悲なまでに効率的な結論をたたき出す。


「四方展開——」

 おそらく連続での終極の使用はできない。それも奥の手を出させた以上、インターバルはまだかかるはず。だがそれでも、広範囲に出現する斬撃を防ぐことは困難を極める。

 レイガンが導いた結論は単純明快、俺と皆方を同時に斬り捨てるということ。

 何よりも確実な一撃は、防ぐ手立てを持つ者はいない。皆方は何より、俺自身他者を護るための力が残されていない。

「これで終わりだホロウ、貴様の野望もなにもかも——!」

 高速で広がり奔る光の帯はすぐさま皆方を巻き込み、一刀の射程圏内に収められた。

「させ、るか!」

「邪魔だ!」

「ぎ、ぁ…」

 右手に残った倶利伽羅を振り上げる間もなく蹴り飛ばされる。倒れ込むまいと、無様に地面を転がるのは耐えたが、突き放され、レイガンの一閃を防ぐには間に合わない。


「器を二つ失えば貴様とて完全な復活は出来まい!」

 この場にはいない、仮初に仕えていたはずの怪物へと吠えたてる。

「………」

 アンタもまた、長い時をかけてあの怪物を倒すために戦い続けてきたのだろう。その一手で、過去の俺がラゥルトナーへ送り込まれたのだろうか。

 今更聞くつもりはない。第一、そのために俺の大切なモノを奪うというのなら、否定する

しかないのだから。

(俺じゃ…、アンタには届かない。俺だけじゃあここまでこれなかった。そして最後の最後まで、アンタを超えることは出来そうにない)

 俺はアンタとは違う。たった一人で、それほどまでに強くなるような規格外には至れない。

 だから頼むよ、力を貸してくれ。

(まったく…、どこまでも人騒がせなヤツだよ)

 最後くらいは、決めて見せるから。だから頼む、お前だけが頼りだ。

「死ぬがいい『巫女』、この一撃をもって決別とする!!」

「ああそうだね、ワタシも斬られた仕返しをしたいと思ってたんだ」

「———なに」

 

  □ □ □


 それは、これまで抑え込んでいた殺意を表出させたがゆえの感情の発露であり驚愕。

 『巫女』を羂索の領域内へ取り込んではいたが、更にその外側からの侵入者が現れた。そしてそれは死んでいたはずの女。ラゥルトナーの力を引き継ぎ、その名を冠していようとも。かつてレギオンの一部であったのだとしても。

 死者が現世に戻るには個人で扱える魂の量では足りない。


(いいや戻ったというのなら標的が一体増えただけ。ここで諸共殺し切れば後の問題も一つ減る)

 攻撃を止める理由にはならない。驚かされはしたもののこちらへの攻撃手段は持たない。唯一の戦力であるヨナギもあと一度攻撃を放つのが限界、防ぐことは容易い。

 だが、だがこの状況においてただ一人、この場を覆す力を持つ者がいた。


「チ…ィィ!」

 そういうことか、リア・ナカツ・ラゥルトナー。

 貴様、護るべき『巫女』を囮にして、この瞬間を狙っていたというのか。

 何をも世界そのものを切り裂く領域へ足を踏み入れるこの瞬間を、最後の一手を打つこの刹那を。


 一歩、死の領域へ踏み入れた女は“瞳を蒼く輝かせる”。羂索の内側、一挙手一投足が手に取るようにわかる、分かってしまう。


「——やってくれる、どこまでも邪魔な塵芥どもめ…っ」

 リアの四方界、あれはレギオンの残滓であったころから持つ特異体質とでもいうべきか。果てと境界を持たぬ永劫平穏の領域。かつてラゥルトナーの当主が代々受け継いできたものだ。

 永遠という完全を内包しながらも、外界から迷い込み、運よく魔眼に適合しただけの女が扱うには歪なもの。

 レギオンに発動したときと同様、どちらかが触れることのできる距離でなければ発動は出来ない。

「ふふっ、貴方自身が言ったことを忘れてしまったのかい? 貴方がワタシに触れているということは、ワタシも貴方に触れている。ロマンチックな言い方かもだけど、あえてこう言おうか。ワタシたちの間に物理的な距離なんてない、心でつながっているのさ」

(発動までに——)

 ——斬る。


「テメェの相手は、俺だろう……!!」

「邪魔を…するな!」

「ぐ…ぎぁ、っっっぅぉぉぉおおおッ!!」

 二撃、達磨にするつもりで振るった斬撃は寸前で致命傷には至らず、噴き出す血の帯を引きながら倶利伽羅を振るう。まだ動く、死なぬ限り戦うように、そう教え込んだ。

「この期に及んで………っ」

 血の繋がりのせいか、数百万の周回の中で直前の分はいくらか覚えている。

 ユーリとの邂逅、聖槍の存在、『巫女』とリアの死。

 全体を通してどれほどがこの手で始末をつけたかは知らないが、圧倒的な敗北を重ねながらいまだ両腕を振るい、自らの足で立っている。


 しかしまだ間に合う。

 あの女の四方界を発動させるわけにはいかない。攻め入る時、最も危険視すべき存在であった。彼岸から戻るのは想定外でしかない。

「だが、間に合わせん——」

 この時を待っていたのは貴様らだけではない。

 ホロウの封印が解かれるこの一度きり、目覚めた瞬間のみの抹殺機会を、貴様らのような甘い考えで失うわけにはいかん。

 ——真なる『巫女』を、目覚めさせてはならないのだ。


  □ □ □


「いいやレイガン、とうに手遅れさ」

 全身が今にも潰されそうな圧力にさらされている。残された冷たい空気は主を失いながらも肌を裂き、向けられた殺意だけで心臓がぺちゃんこになってしまいそうだ。

 だけどね、シエが頑張ったんだ。ヨナが頑張ってるんだ。こんな無茶苦茶な死地でしかない場所に一人の女の子が涙をこらえて立っているんだ。

 ワタシだって戦えることを見せないと、皆の努力に報いないと。

 

「アナタは誰より聡明で友愛に溢れ、穢れたワタシを抱きしめる。ああなんという幸福だろう。だけどアナタはもういない。愚かなこの手で終焉を突き立ててしまったのだから」

 レギオンより離別し、ラゥルトナーの名を継いだ少女に出会った。戦いなんて出来るようには見えず、事実その通りの心優しい女の子。

 ナイギの侵攻によって命を落とす前に希われた魔眼の継承、自死の手助け。ああなんて罪深い。いつもいつも、ワタシは誰かを犠牲にするばかりだ。

「罪に塗れた穢れの地へと、その輝きを堕とさせはしない」

 だからこそ、ワタシも頑張らないといけない。

「永久に広がる蒼穹の空、この瞳に宿り眠っていてほしい。その身は誰にも傷つけさせはしないから」

 この瞳の内で心配してくれているキミのためにも、アティの命を無駄にしてしまわないためにも。

 さぁレイガン、アナタもアナタで背負うもの、勝利を手に入れるために捨ててきたものばかりだろうね。でもそれは、ワタシ達には関係のないことだ。今日この戦場こそが墓場、無念のままに死んでくれ。


「茫々たる様に開門せよ。境界無き空、永劫の大地、此処より世界を超えてゆこう。 

 ——四方展開、『封界領域・カ■ルス—■エ——■ニ■』」

 

 光を湛える門が開き、閉じた。

 斬撃は目の前まで届きはしたものの、寸前で無限の距離に阻まれる。それよりも速く永劫の世界が展開したのだ。

 ——否、この世界は常に彼女の瞳の裡にある。


 そして、大地と空がどこまでも終わりなく続く蒼穹の世界には少年と老人が二人。

「———」

「………」

 互いに言葉を交わすことはなく、無言のままに獲物を構える。これ以上の言葉は必要ないというように。

「——ハぁっ!」

「シ——ッ!」

 漏れる呼吸音と、打ち合う剣撃の乾いた音だけが、果てのない空に遠く響き始めた——。


  □ □ □


「ふっ——!」

 広がる空と草原、ここがリアの創り出した世界か。

 ここにいるのは俺とレイガンだけ。剣を振るい、なけなしの血が飛び散っていく。

「もう、アンタに好き勝手はさせない」

 ここにきて漸く、剣戟と呼べる戦いへと到達した。


「ようやく…、アンタと同じ場所に立った」

 レイガンはもはや羂索の力を発動し得ない。この広いだけの世界には何もない。 

 標となる楔がない以上、果ても境界も、人が定義する領域ごと呑み込み、境界を曖昧にしてしまう。ゆえに、空間を指定する四方界そのものが無力と化している。

 四方界により生み出され、四方界を殺す無窮の世界だった。


「舐めるな、小僧…!」

「それは、アンタもだろうッ!」

 微かな閃光は総じて急所へと奔り、一切の躊躇なく殺しにかかっている。

 羂索による範囲攻撃を防いでも、万物切断までは防げない。

 倶利伽羅を持っていなければここまでのお膳立ても無為と帰していた。それだけじゃない、俺の身体能力の強化が可能でなければ、レイガンが身体能力の強化を縛っていたからこそ戦いとなっている。

 左腕を潰し、異能を封じた。

 それでもなお、人の領域を優に超えている男を前にして、もうこの身が退くことはない。


「俺はアンタを殺す」

「何度口にすれば気が済むという、果たせない誓いであればそれまでのこと!」

「ぐ——、ぉおお!」

 目で追いきれない斬撃は幾重にも迫り、その総てが一撃必殺のもの。防ぎいなし、傷を負ってでも無理矢理に前へ。

「———!」

 一歩、また一歩と。

「ヅッァアアアアア——ッッ!!」

 真正面からの逃げも隠れもできない切り結び、互いに退けば死を迎える彼岸の淵にて。倶利伽羅に込めた界燐、全霊を籠めた一撃をここに放つ!!

「四方——展開——ッ」


 だが、この男の勝利への執念を測ることはできない。


「コイツッ!?」

「シ、ィィ…ッ!!」

「腕を……ッ!」

 此方の攻撃を避けられないと踏んだその瞬間、男は刀を握ったままの“右腕”を捨てた。

 満足に動かぬ左腕ではない。そちらへの注意は薄いと踏んだからこそ、より重要度の高い右腕を犠牲にした。

 切断には至っていないが、薄皮一枚でつながっている状況、もはや刀は振れない状態になってまで、この男は俺の心臓へ刃を突き立てようとしている。


「こ……のぉ…ッ!!」

「どれほど貴様が、『巫女』を取り戻そうと足掻こうが、関係はない——」

 踏み込む勢いによって宙ぶらりんとなった右腕から刀が手放される。

「ホロウの復活はここだけではない。その他総て、星の大海たる宇宙の果てまでが虚ろへ堕ちるのだ。傀儡でしかない女一人…ッ、器の貴様が抱えてなんになるという!!」


 宙を舞う刀身を、焼け焦げた左手で力づくでつかみ取る。もはや己の肉体を失おうとも

関係ない。

 何があろうと俺を殺しきるといわないばかりの執念は純粋な意思となり、己が目的を達成するため老いさらばえた肉体をどこまでも突き動かす。


「———」

 突き立てられようとする切っ先を目にしながら、どこまでも孤独な男だと思った。

 渾身の一振りだった。これで決着をつけるための、最後の一撃として放った以上、防がれることも避けられることも、その後のことなど欠片も考えてはいない。

 振り切った倶利伽羅を戻すのは間に合わず、回避もまた不可能。

 皮膚を裂き、肉を斬りすすみ、骨を断つ。

 この体はもう、痛みを脳が認識する前の生々しい感触だけを感じ取りながら、心臓への到達を待つことしかできない。

「———いいや、——アンタが、教えたことだろう…」

「………、なん、だと——」

 完全な理解には至っていない。

 だが、目の前の男は己の進撃が止められたことを認識した。


「奥の手は、最後まで…取っておくべきだ——。アンタの、教えたとおりに……」

 そして、刃の侵攻はそこで止まる。進むことは出来ない。

 脈打つ心臓をの熱が、刃を通してレイガンへ伝わるほど近く。脈動をその手で感じ取れる僅かな距離まで進んだ老兵の進撃は、そこで終わりを迎えた——。


「———、どこまでも…リアにしてやられたということか」

「………、アンタはアイツを甘く見ていたな…」

「ふん…、特異体質とはいえ、ただ迷い込んだだけの村娘を、どうすれば脅威と感じられるものか…。ああ、だが認めねばなるまい」

 突き刺したままの刀身からするりと手が離される。握り続ける力は急速に失われ、両腕の死とともに剣士としての生涯を終えようとしていた。

 鍛えられた肉体から伝わる、大いなる山々を思わせた頑健さが失われたわけではない。だが傷が治ることはない。

 ——彼は、心臓を潰すよりも早く、心臓を貫かれていたのだから。


「それに、リアだけじゃない。シエがいてくれたからこその勝利だった…。アンタには、分からないだろうが」

「くだらん…、この傷は貴様の力だ。他者の力ではない」

 胸に空いた孔からは今なお血が流れだし、死へと着実に進んでいる。

 レギオンを仕留めた四方界の発動。名もない異能は、俺と武器を結ぶ直線状に強力な一撃をたたき出すという、単純明快にこれまで使ってきた『滅刃』と『焔刃』を統合したようなものだった。

 それは…、誰よりも嫌っていたレイガンの四方界と同じものだ。

「この果てのない世界じゃ、アンタの羂索を封じて、俺の四方界も使えない。けどそれは、標が、楔がないからだ」

 座標を定めることができないからこそ領域を指定することができず、四方領域は意味をなさない。

「だから、アイツは俺たち以外にアレを持ってきてくれた。武器としては使えなくても存在自体に意味があるものだから」

「………」


 レイガンの振り返った先、そこには何物でもないように、聖槍が無造作に地面へと突き刺さっていた。

 あれこそは唯一の原型、物語におけるオリジナル。何物とも代用の利かない原初の一振り。神器と呼ばれるカテゴリーに属するものだ。


「…あれほどのものを取り込んでおきながら、発動まで存在を認知できんとはな、まったくもってふざけている…」

 レイガンが己の生涯そのものと呼べる剣技を犠牲にして勝利をつかもうとした時、そこで初めて隙が生まれた。

 いくら身体能力が並ぼうとも、それでも積み重ねてきた剣技と戦闘経験が埋められるわけではない。最後の最後、命を捨てる前提でしか勝利は無い。

 そうでもしなければ今頃俺は地面に転がっていただろう。


「俺の勝ちだ。…もう、いくらアンタでも刀を握ることもできないだろ……」

 この戦いだけで数々の強者と相対し、ほぼ無傷で切り抜けてきた男を前にして、常人であれば死を迎えて当然の姿。それはあまりにも———。


「認めよう、敗北を。だが、お前に憐れまれる覚えはない」

 死の淵に立つ老人は、どこまでも武人であった。

 左腕は焼け焦げ、武器を握る力さえ失われている。右腕は肩から胸にかけて皮一枚でつながっている状態だ。だというのに、男は支えもなく一人の力で立っている。

「お前という存在を、あの女に産ませたのは間違いだった。おかげでようやく巡ってきた機会を失ったのだからな。実にくだらん…、どこまでも癪に障る小僧だ」

「…アンタだって同じだ、どこまでも俺の邪魔をしやがって。ようやく…仕留められた」

「ならばなぜ、敗者の顔をしている」

「な…に——?」

 自分の顔に手を当てる。

 それだけじゃ、自分の表情がどうなっているのかは分からなかった。自分で、自分の気持ちが分かっていない。

「馬鹿言うな。これまで何度、アンタを殺したいと思ってたと思う。それがようやく、叶った、世界がもう一度廻ろうがアンタが目覚めることはない。ああ、これ以上ないだろうが」

「…ふん、到達しておきながら自身の意志さえ定まらないとはな。まったくどこまでも……ああ、あの女に似ている。一度定めた道を何度も振り返っては手を引いてくる。心の底から気に食わん」

 心の底から苛立たしそうな表情を浮かべるが、そこに殺意や敵意は介していない。ここではないどこか遠くを見ている。

「…それは——」

 俺はきっと“あの女”とやらに会ったことはない。話したこともないだろう。

 だが、知ってはいるはずなのだ。この世に生まれ出でた瞬間、外界の光を浴びたその時だけは、その胸に抱かれていたはずなのだから。


「とどめを刺せ、お前にはその資格がある」

「………ああ」

 自身の血だまりの中心へ膝をつき、居住まいを正すと目を閉じる。

 首を落せと、この先への禍根を残すなと示している。

「必要ならば持っていけ、くれてやる」

「言われなくても」

 ゆっくりと背後へ回り込み、無防備な首を見据える。

「『巫女』の器、生かしておいても意味はない、即殺しておくべきだ。お前自身がそうでもあるが」

「うるさい、アンタにはどうでもいいことだろ…黙ってろ」

 剣を振り上げる。

 風はなく、陽光はどこまでも穏やかだ。

「………」

 男はもう言葉は不要と、微動だにすることもしない。苛立たしい、この男はどこまでも武人であり、剣士だった。ホロウを殺すという目的の前に、人という枠組みなどとうに捨てていた。


「アンタの代わりなんていうつもりはないけど、——ケリはちゃんとつけるよ」

「………ふん、くだらんな…、どこまでも…ああ、どうでもいいことだ……」


 どこまでも続く空と大地、蒼穹の元に広がる血溜まりに白銀の刃が陽光に煌めいて。

 為すべきこと、戦いの幕を引くための一撃は音もなく、粛々と振り下ろされた。


  □ □ □


「………」

 白銀の剣を赤い血が伝う。

 首を落されて倒れこんだ老人の姿、目を閉じて右手に残った感触を忘れてしまわないように何度も思い返していると、背後から声がかかった。

「おつかれさま」

 同時に目の前にいたはずのレイガンの死体は消え、どこまでも広がる草原に立っていた。

「死人の前で話す、っていうのもアレだからちょっと場所を移したけど、よかったかな?」

「……ああ、いいさ」

 風が穏やかに流れるなかで二人だけ。いや、本来のラゥルトナーである少女はいるはずなのか。俺の前に姿を現したことはないから本当にいるのかも分からないが。


「大変だったね、ワタシも一度離れちゃったし」

「…ああ」

「結局、今日の戦いはシエのおかげで勝てたようなものだね。あの聖槍を起点にしたからこそ不意を打てたわけだし」

「そうだな、……ふぅーーー…」

 長く、長く息を吐く。背後で自信満々で話す彼女へ振り返ることはしない。

「む、なんだいその態度はー。ワタシだって体張って頑張ったのにー。この四方界だってレイガンへの不意打ちでさぁ」

「…勝手に、いなくなるな」

「……ヨナ」

 振り向けないのは別に怒っているわけじゃない。

 死んだと思っていた相手を前にして、どんな顔で話せばいいのか分からないのだ。


「お前が、命を張ってたらダメだろう…っ。どうやって生き返ったのかは知らないけど、それでも死んでたんだぞ…」

「うん、そうだね。でもやらなきゃいけないことだった。それはヨナだってわかってるでしょう?」

「分かってる…、だから自分が嫌になるんだ。…シエはもう、戻らない」

「ごめんね、ワタシも戦えれば…なんてい口にしてもどうしようもないことだけど。それでも、あの子を先に行かせてしまったのは、ワタシの責任でもある」

「違う、俺が弱かったからだ。俺が——」


 そこまで口にしたとき、背中から腕が回される。

 包み込むように抱きしめられ、二度と感じられなかったはずの温もりが伝わってくる。


「ヨナは、ずっと頑張ってた。今もずっと頑張ってくれてる。だからそんな、自分を責めるようなことを言わないで。シエだって、そんな姿を見たくはないよ」

「………ああ…、悪い…」

「謝らないの。ほら、帰ろう? アヤネも待ってくれてる。あの子だって囮役を自分から買って出てくれた。お礼を言わないと」

「…そうだな。……それにホロウや、アイツのことも伝えないといけない——」

「だからほら、帰ろう? いまならイユラもいるし、ユーリはアヤネをさらっていったりしないだろうしさ」

 回された腕に手を添え、ほどいてくれるよう軽くたたく。

「ありがとう、もう大丈夫だ。…戻ろう、アイツらのところへ」

「んーー……」

「…おい、もう大丈夫だってば」

「もうちょっとー」

「お前な…、はぁ…、ったく……」

「んー」

「……わるいな」

「ん…」


 抱きしめられた腕が微かに震えていることに漸く気が付いた。

 なら、俺もリアも、同じだ。

 だからあと少し、ほんの少しの間だけこうしていよう。



『本編について』

・ヨナギの胎蔵領域(仮)

 本編においてヨナギの用いた領域は、レギオン初戦において使用した街全体に刻み込んだ大規模術式の発展形です。聖槍の持つ力を最大限活用した能力になりますが準備に時間がかかりすぎることと、ヨナギの出生の関係で完全なモノにはなり得ない欠点があります。

 また、ヨナギは胎蔵領域の発動が可能な能力はありますが、界燐の量や修行不足により実際に発動することは現状不可能です。



・レイガンの終極(その2)

『天叢雲剣・衆生悪滅』

 物理、概念問わず何でも斬ることを可能とした”天叢雲剣”の発展形、本来物理的破壊が不可能な神器さえ破壊に至る神技を体現する異能。

 使用後は反動でしばらく終極が使えなくなりますが、レイガンにとってはさしたる問題でもありません。


・あの女

 ヨナギの母にあたる女性。レイガンが唯一心を許した変人。

 大雑把な設定は全体あとがきに書くと思います。


『定期連絡』

・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。

・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。

・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。




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