68.血と繋がり①
俺のせいだ。
俺がコイツを、殺すことができなかったから。あまりにも弱かったから、リアも、シエも死んでしまった。
「——ッ!!」
食いしばった歯は砕けんばかりに軋みを上げた。
剣と槍を握りしめた拳は白く染まっている。
「四方展開破封混成領域ッ!!」
聖槍を振るい、真円を描く。足元へ刻んだはずの疵は衝撃波となって周囲一帯へと広がり、半径五十メートルに及ぶ空間を四方領域として作り上げた。
「——聖域!」
幾重にも刻み込まれた大地への傷は巨大な円陣となり、中心に立つ俺たちを囲んでいる。
「逃がさねえ、例えお前が真円を崩そうが…っ、その外側から更に展開するだけだ」
「逃げる必要があるのか? 獲物は眼前、何もせずとも無謀に向かってくる獣だ。ただ待ち、斬ればいい。前回のリアのように」
「——チィ、四方展開!」
聖槍の四方界が使えるのだ、当然倶利伽羅も同様。
「『滅刃!』」
視界を埋め尽くす、夥しい光刃が『聖域』の内側、全方位からレイガンへ襲い掛かる。
レイガンの扱う羂索と同様、聖槍で作り上げた『聖域』の範囲内であれば総ては俺の領域。その内側なら、俺の四方領域に他ならない。
「シ——ッ」
だが、レイガンの一太刀によって迫る光刃は一つ余さず斬り落とされる。やはり互いに遠距離攻撃に意味はない。
「だろうな!」
攻撃は届く、だがそれまでだ。互いの領域内に入ればそれは対処可能なまでに弱体化する。
本来であれば一撃必殺にも足る攻撃は牽制にもならず、決定打を与えるにはその肉体へと刃を突き立てねばならない。
そして、今この瞬間、その力を握っているはずだというのに——。
「こ、の——ォ!!」
「結局、貴様らのやって来たことは何もかもが無駄だった」
羂索の展開以外には何も機能していない左腕、治療もできず間違いなく弱体化しているはずだというのに、レイガンは片腕で攻撃を捌き切る。
「どうしようもない紛い物どもが時を稼ぎ、『巫女』を守護し続けたところでそこまでだ、先はない。遺志を継ぐ? 他者を護る? あまりに滑稽、あまりに不愉快だ。どう足掻こうが、貴様にホロウは殺…せん!」
押し返される。
肉体の全盛はとうに過ぎている。その上ユーリ、イユラの攻撃を受けきっていまだこの膂力。まだ、…まだ届かないっていうのか。
「いいや、アンタを殺してホロウも殺す。でなけりゃ——」
「ならば初めに自身の命を断てば済む話だ。何をまだ生きている。その上しぶとく『巫女』に執着している。お前はあの日、“ラゥルトナーを滅ぼした時”既に役目は終わっている!!」
「違う!!」
倶利伽羅による横薙ぎの一閃は躱され、反撃を聖槍で受け止める。
「何が違う。そのために生み出し育てた。その剣を与え、『纏界』に送っただろう。そしてお前はラゥルトナーの人間を一人残らず切り捨てた。リアの存在は想定外だったが、それでも問題はなかったはずだった」
「ぐ、ぅ…!」
あの日リアと出会った凪いだ夜。
幼かった俺は確かに、レイガンの指示した通りにラゥルトナーを殺した。
戦士を殺し、戦う力を持たぬそこにいただけの弱者を殺し、ラゥルトナーの主を殺すはずだった。
「だがお前は生きている。リアを殺すこともせず、仮初の自由などに手を伸ばした。幻想でも見たか? あるわけがないだろうお前に、そんなものが。お前が生まれた理由など、初めから——」
「黙れ!!」
「ホロウを殺すための駒に過ぎん」
「この…ッ、がはっ」
精神が揺らいだ隙をついて蹴りを見舞われた。
数歩分後ろへと飛ばされ、立て直す余裕も与えられずに追撃を仕掛けられる。
「生まれ自体が歪みそのものだ。そのお前が何かを成し遂げられるとでも思っているのか。挑み続けてなお一矢報いることができていないことが証明だ。お前がどれほど足掻こうが」
「ヅァ…、ぎ、ぃィ!」
追いきれない連撃を防ぎきれず、少しずつ傷が増えていく。
「どれほど意思を背負っていると勘違いしようが」
「ま、だ…ダァ!!」
「お前には何も護れん、何一つ得ることも許されはせん」
超至近距離からの『滅刃』、だがそれはもはや隻腕のレイガンにとっても脅威でなくなっている。
必要最小限の動きで躱される。
そして、技巧も何もない力任せに振るわれた刀によって防御の上から吹き飛ばされた。
「が、…げほ…っ、ぐぁ…まだ…」
「計画が崩れた。その何もかもが、貴様らの行動によるものだ。ただ何もせず己の運命を、死を甘んじて受け入れていれば、ホロウを始末することは出来ていたというのに。お前がこの『総界』で時間を稼いだことで、ヤツの封印が解かれようとしている」
「なら…その後に殺すだけだ…っ」
「できるわけがない。誰も彼も、アレを甘く見すぎている。かつてのラゥルトナーもそうだった。我等こそが世界の守護者なのだと過信し、たかが子供一人に滅ぼされたのだからな」
「はぁ…はぁ…、ォオオ!!」
攻撃の手が止むことはない。
縦横無尽に走る斬撃は正確性、速度共に常人を逸している。この期に及んで技の冴えに劣化が見られない。
「それで消え去ったのならよかったがな。外界の塵芥が名を騙るだと? リアめ、ずいぶんと苛立たせてくれる。更に、お前は自死を選ばずあの娘の下についた。理由はなんだ、死を恐れたか?」
「アンタには、分からないだろうさ! 無くすのが怖いからって、何も持たないようにして最強気取ってるアンタには!!」
「分かる必要などない。貴様らの行動はどうでもいいことだ。だが、これ以上は看過できん」
「ヂ、ィィィ!」
閃光の瞬きはそのまま斬撃と化し襲い来る。
瞬きは都合六度、そのすべてが的確に急所を狙い、防ぎ切ったところで小さな攻撃を確実に食らわせてくる。最初は肌を撫でるだけだった鉄の感触は皮膚を裂き、肉へ到達し始めている。
(段々合わせてきてやがる。聖槍の加護も追加してまだ足りないのか…っ)
左手に握った聖槍、その加護を得たはずの肉体はこれまでより身体能力も反応も跳ね上がっているというのに、それでも傷ついた肉体で合わせてくる。
どれほど強くなろうとまだ足りない、余りに遠い道程を互いに歩み寄っているはずだというのにいまだ影すら、この瞳に映らないのだ。
「っ、ハァ!!」
「甘い!」
至近距離からの打ち合いを重ねるたびに少しずつ此方だけが傷ついていく。それは小さくも確実に楔となって肉体に打ち込まれる。
「ふ——!」
剣を振るい、槍で薙ぎ払う。
その一撃はどれもが全身全霊を込めたもの。しかし決定打には至らないまま俺の傷だけが増えていき、血霞となって宙を舞う。
その血霞さえも切り裂く刃は一切の乱れなく、荒々しく、敵の命を絶たんとぶつかり合う。
「しかしずいぶんと鈍ったらしいな」
「何を!」
「長い時の流れの中では致し方ないことだが、これでは『纏界』へ送った時の方がマシな動きをするだろう」
聖槍による突きを、身をそらすだけで回避しながら一気に距離を詰められる。作り出した隙への誘導だが、防御の失敗即死である以上、諸刃の剣にしてもリスクが大きすぎる。
「知ったことか! いきなり何を言い出すかと思えば——」
「一剣一槍、目につく敵の悉くを殺しつくすために与えた技だろう。広範囲への四方領域の指定、領域内に届く攻撃、自己の強化。だが、その真価は一対他における対応力と殲滅力。だというのにこの距離においてさえ槍を振るっている。殺したいのだろう? 何をその槍に執着している」
「———ッ、やかましい!! これは、アイツが残した想いだ! 勝利へ至るための導だ! 手放す理由がどこにある!」
「未熟者が…!」
「が、は——っ…、ヅ…ッ!」
刀を握った拳で倶利伽羅の上から殴り飛ばされる。間違いなく防いだというのに右腕は痺れ、足は堪えきれずに地上からはなれる。
「この場において、遺志を継ぐだと? 愚かしい、目の前の敵一人殺すこともできないでいるお前の方が手を選ぶ余裕があると口走る。どこからくる自信だという。その盲目さ、火の光に群がる虫でしかない!」
「———!」
これまでに見せたことのない、明確な怒りを以て刃が奔る。
余波で生み出された剣波により地面も、空も切り裂かれる。両手の武器がなければ今頃バラバラになっている。
「仇を討つというならば、何故手段を選んでいられるのか。持ち得る技量の全霊をつぎ込み、限界を踏破することを前提とした戦いも出来ずにいながら、大口をたたくな!」
更に速くなる動きに、目で追うことが辛くなる。
気配をたどり、先読みをしても肉体が追い付かなくなってきている。
「何のためにその戦い方を教えた。何一つ昇華することもなく、誤りの平穏を享受していたというのなら、やはり何もかもが無駄だったということだ。——ここで、死ねい!!」
防御を固めていた剣も槍も、力づくでこじ開けられ、今や胴体を無防備にさらしている。この極限まで速度を圧縮した意識の中で、あとは最速の剣が過ぎ去るのを待つことしかできない。
——それを黙って受け入れろと?
「———ゥ…ォ…オオ———!」
ふざけるな、くだらねえ、テメエの価値観なんてどうでもいい…!
唯一動かすことができる喉を震わせ、聖槍へ界燐を何も考えず叩き込む。術式も何もあったものではない異能の行使は予測できない結果を引き起こし——。
「ぐぉ——」
「——ッ!」
迷いのない一閃が胴体へ入り込む寸前、握られた聖槍ごと左腕に爆発が起こった。
エネルギーの暴走による炸裂は肉体を吹き飛ばし、動くことができなかったはずの肉体を強制的にズラした。
着地も下手くそ、地面を転がり擦り傷を作りながら自然に止まるのを待つことしかできない。
「………」
絶好の機会を前にレイガンの追撃はない。隙を見せることはせず、こちらの様子を見降ろしている。届かない、圧倒的な実力差を埋める手立てはない。
だが、だけど、諦められない。諦めるわけにはいかないんだ…。
「…ハァっ、ハァ……、まだだ、まだ終わってなんかいない…っ」
左腕から発生する激烈な痛みを堪えながら槍を地面に突き立てて立ち上がる。
「愚かしい」
呆れ、失望に満ちた声が投げかけられる。
ユーリ、イユラを超え、最後に立ちはだかった者。唯一レイガンの攻撃を防ぐ手立てを持っているというのに、あまりに力が足りない。怒りに任せた戦い方では彼我の差が縮まることはない。
(シエ——)
血塗れの手で握りしめた聖槍。
穢れを知らぬ美しさのまま俺の傍に在るのは黄金という輝き。蛍雪のような静かな美しさを持つシエとは真逆の清浄。
(なんで、俺なんだろうな)
もう聞くことのできない言葉が脳裏を駆け巡っている。
『纏界』で心臓が停止する寸前、ガキだったお前を偶然見つけて、気まぐれで助けただけだ。好かれる要素もなければ、命を賭けて尽くしてもらえるほど立派な人間じゃない。
ただの人殺し。その上大切なことは最後まで黙ったままだった。
そのお前に、返せるものはあるのか?
命を救ったからといって、そっくりそのまま返す必要なんてなかった。シエはシエの人生を生き切るべきだった。
聖槍自体、くれてやったつもりだった。元々リアに押し付けられただけ、俺が持つこと自体がおかしな話だったんだ。
だから、返す必要なんてなかった。アレは最初から最後まで、おまえのものだったのに。
(それでも、だったんだな…シエ。おまえは、それでも俺を信じてくれた…)
なら、どうやって返せばいい。
最後の機会を与えてくれたおまえに返せるたった一つのものがあるのなら、俺には勝利しか考え付かない。
だが、さっきまでとは少し違う。
戦いの相手はこれまで数えきれないほど戦い、そのたびに敗北し、世界の再創造によってリセットし続けてきた。何度も何度も、レイガンと戦わない周回もあったがそれでも結果はそう違わない。
「俺は、ただの一度も勝利をしたことはない…」
そうだ、俺は数えきれないほどの戦いの経験を積み上げてきたにもかかわらず、レイガンには一度の勝利もない。
この男を越えねば先は無く、ナイギの頂点、ホロウの前に立つことさえかなわぬというのに、どれだけ手を尽くしても勝利はなかった。
倶利伽羅がなかったこと、俺だけでの戦いだったことなど関係ない。
原因はただ一つ、俺が弱かっただけだ。
「——ああ、だろうな…。アンタの言う通りなんだろうさ」
だからこそ、俺は認めなければならない。
時間を無駄にしてきたことを、過去の不浄を、現在の愚かしさを。
「………」
「俺は、弱い。おかげで左手はアンタよりもひどくなってる。……だからもう、手は選んでいられない。いや、初めから選んでいる余裕なんてなかったはずなのに——」
俺はきっと、心のどこかで勝てないと思っていた。
レイガンという、『崩界』で目にし続けてきた最強を前に、勝利できる存在はいないと無意識下で決めつけていた。
「くだらない意地を張ってた」
怒りを閉じ込めろ。
「二人に報いることができる勝利を掴まなければならないと」
外界へ飛だそうと暴れ狂う狂気の手綱を握れ。
「ああそうだ、勝利だとかどうだとか。考えてる暇はなかった」
否、向けるべき方向を定めるだけだ。後はただ、不浄たる衝動のままに清浄の神器を振るうのみ。
(すまない、シエ。俺はやっぱり、おまえの意志を真正面から受け止めきれない)
あの清らかな、美しい娘の純真さを受け入れるには、俺はあまりに穢れている。しかし穢れているからこそ、果たすことのできる役割があるのだと知っている。
「俺もアンタも、昔から何も変わってない。この手で成し遂げられるなんて考えるまでもなく初めから決まってた」
「気づいたところで意味はない」
「ああ、どうでもいいことだった」
「ただ敵を殺すだけのこと」
「くだらない心情は必要ない」
血の繋がりを、技の継承を、どれほど否定しようとも現実として此処に在る。どれだけ血を流そうが、世界が移り変わろうが、これだけは切り捨てられなかった。
「「殺す」」
教わったことなどそれだけだ。
そして、俺が唯一まともにできることもまた、それだけなのだ。
誰も彼も、護ることは出来なかった。誰より大事だと思っていた二人を目の前で失い、失った俺は手も足もでず殺されようとしている。
ならもういい。人の目を、気にする必要もない。遠く過去に捨ててきたものは一つも捨てられず、今ここにある。
破邪なる剣と聖なる槍を持ったところで、俺には関係ない。この世で最も聖なる力なのだとしても、奴らを殺すのに必要な力だということ。
「四方——」
吐き気がする記憶を掘り起こせ。
使い方は教わった通り、敵に合わせ武器を操れ。必要ないなら捨ててしまえ。
どうせ壊れないのだから、無茶苦茶な使い方をすることこそが正攻法。
「——展開」
「……」
聖槍を地面に突き立てる。
円陣を描くためじゃない。なぜならば手を離れた聖槍は、水面がごとく地面に波紋を残して沈んでゆく。
「久しぶりに見せてやる。これが、ラゥルトナーを殺し切った業だ」
「それがどうした、眼前の敵を殺せねば、何一つ価値はない」
老剣士はこの先の展開を知ってる。ヤツ自身は使えないが、力の扱い方を、術式を教えたのは間違いなくレイガンだ。
そして、知ったうえでなお顔色一つ変えはしない。
腹立たしさのあまりに脈打つ肉体、血流が加速し心臓を突き破らんと駆け巡る。
「証明してやる。アンタを…ッ、肉片ひとつ残らずぶっ潰してな!!」
叫びは慟哭となって天を衝く。
そして大地も呼応するかの如く、地上より天へ向かって光の円陣が浮かび上がった。
「シッ!」
足を止めはせず攻撃の姿勢を崩すことはしない。レイガンは一切の油断をせず、過信もしない。ただあるがままに状況を受け入れ斬り捨てる。
「アンタの居場所なんてどこにもない。ここで…ッ、これで終わらせてやる」
何度も口にしてきた終わりを、今日こそ実現させるために。
為すべきは既に。
浮かび上がった円陣内部は俺の領域だ。アンタが生きていていい場所じゃあない。
「ユーリの時は防げただろうが、これからはそうはいかないぞ」
ここは聖域、聖槍が宿った聖なる大地。そして俺の四方領域に他ならない。ゆえに、この領域内部において、俺の手はどこまでも届く武器となっている。
「————く、たばれェ!!」
怒号とともに界燐が奔り、幾本かの光の筋が大地より立ち上る。空へと昇った光はレイガンへ向かって飛翔した。
それは光という名の結晶、聖地より生み出された武器の具現に他ならない。
なればこそ、聖なる光という概念を結晶とした物質は、物質と概念、双方の性質を持つ。
万物を斬り捨て、概念を排除する極限の刃を振るおうが、もはや意味はない。
「アンタに、コレが斬れるか——?」
「くだらん。だが、これでようやく殺し合いにはなる」
「やかましいぞ、言われるまでもない!」
「——ならば見せてみろ、儂を殺すというのなら」
厳かに、焦げた左腕を鞘に添え納刀する。
疾走しながら居合の構えへと移行する。足を止めたのは抜刀する瞬間のみだが、死を体現するためのものでありながら無駄の一つなく、空間そのものと溶け合うように自然と一体化していた。
「斬れぬというのならそれだけのことだ。刃に限度があることなど初めから分かっている」
「っ……どこまでも…、厄介だよアンタは!」
斬り捨てることは出来ず、だが一振りで弾き飛ばされた。剣士の背後へ飛び去った結晶は塵となって消失していく。
「なら何度で——ごほ…っ!?」
ベチャリという音とともに、足元に自分でも見たことのない血の塊が吐き出された。
命をつなぎとめたとはいえとうに限界、レイガンを前にした怒りで突き動かされているにすぎず、倶利伽羅に加えて聖槍の同時使用による負荷は無視できるわけがない。
心身への負担をツケに回すにも至らない。それ以前に負う傷の方が大きすぎるせいで、蓄積されるダメージは既に実害として表れている。
「——ぐ…、この…ォっ、文句言わずに働け——!」
結晶武器を再び生み出そうと界燐を込めなおす。
——だが、敵は大きすぎる隙を逃す男ではない。
「フン———ッ」
力強く踏み込まれ右足と同時に展開されるレイガンを中心とした半径十メートル、羂索の展開による光帯の外縁範囲。
この領域こそがレイガンにとって最大の防御効率を体現した空間。ヤツの四方領域である以上、内側に結晶武器を発生させることは出来ない。
そしてその領域範囲外からの攻撃であれば本人が対処可能。防御面においてならあの領域を突破できる者はいない。
(こっちに…飛んでこないのだけが利点、か…っ)
それでもなお男の最大手は潰している。神器により刃を防ぎ、広範囲の聖域により遠距離からの不可視の斬撃は防ぐことができているが、繰り出され続ければそう時間もかからず限界はすぐに来る。
(こっちの戦力はもう無い、ここが最後——)
事実上、四方界の攻撃を封じてなおこの剣士はあまりに遠い場所に立っている。これまでは四方界を使えていたから強かったのではなく、更に強化されていただけ。
元から、どうかしているのだ。ユーリの放った流星さえ、四方界を使わずとも生き残っていたろう。
規格外の突然変異が異次元から産み落とされたようなもの。本来同じ土俵に立つということさえ叶わない。
「いいや…、これ以上はない」
ユーリが、イユラが、そしてシエが繋いできた戦いだ。
羂索を発動させ、左腕を潰し、命と引き換えに聖槍を託した。
これが最大、これ以上に何を望めばいいというのか。
「シィ——ァッ」
「ッ、オオ!!」
化け物染みた膂力の踏み込みによる斬撃を受け止めると、その余波で雲が分かたれた。
「がら空きだ!」
刀を受け止めた反対側、左手に結晶の剣を創造してたたき込みながら、羂索の外側からも結晶武器をレイガンへ向かって放つ。
「——足りんッ!」
受け止めていた刀から手を離すと空いた右腕で鞘を抜き、俺自身の攻撃を弾き飛ばし、流れるように数発、逆に叩き込まれる。
「ぐ…っ逃がすかァ!!」
そのまま宙に浮かんだ刀をつかみ取ろうとするレイガンへ特攻を仕掛け、距離を離させはしない。向こうから近づいてきてくれたのだ、この機会を逃せば次はない。
「無駄だ」
手の届かない位置まで押し込んだが光帯を操作すると、瞬く間に回収され、ついでのように肩を突き刺される。
「グ、っ…ああ確かに、認めたくはないが血は争えないらしい…っ、呪いと同じだ」
そのまま心臓へ向けて斬り進もうとする刀身を鉤状の結晶武器で受け止め、倶利伽羅へ界燐を奔らせる。
「懲りずに武器の破壊か、その程度の浅知恵など!」
『焔刃』によって絶叫を上げる倶利伽羅の刃。
刀へと攻撃をぶち当てさえすれば破壊ができる。わざわざジンの持っていた刀を取り寄せたのだ。新たに武器を創れたりするということはない。
(そう思っているうちは勝てない)
出来ないわけがない。この男が創界を使えないとでも思うのか?
破界の終極に至るほどの一極集中の研鑽、胎蔵領域へ手の届かない凡愚の終着点。
他には何も持たぬから、その一つのみをどこまでも突き詰めた故に到達する。心象の地獄を産み落とすのではない。
——終極とは唯一つを成し遂げるがための自我の具現に他ならない。
「———」
だがそれは、他の凡愚に限った話。
この男が、破界しか扱えないなど、誰が決めたのだ——。
「イユラの研鑽をずっと見てきた」
繰り返されるときの中で、誰に見られることもなく続けられ、繰り返されてきた決死の鍛錬を。破界しか扱えなかったはずの女の努力を、達成を。
「アンタにできないはずがない」
俺はアンタを信じていない。ただ一つ、強さという点を除いて。
(なら俺がやるべきことは、勝つための一手——)
倶利伽羅の絶叫はさらなる界燐の追加によって、耳に届かなくなるほど甲高くなり、軋み散る火花は消え去り、白く輝く聖光を纏っていた。
俺にできること。
「これならどうだ——ッ」
「チ…」
俺がこの瞬間に到達しなければならない領域。このどうしようもない心の内に、間違いなく存在する世界が。
武器を取れ、敵を殺せと、頭蓋の内から突き破らんほど叫び昂ぶる怒りと衝動。
天を衝き、地に打ちたてられる虚光の楔。
「見せてやる、そしてそのまま死にやがれ。ユーリにできたなら、俺にだって至ることは出来るはずだ!!」
「ならば見せてみろ、その領域ごとお前を斬れば済むだけだ!!」
「オオオオオオォォォォオオ!!」
「ハァァァァァァアアアアッ!!」
胸倉をつかみ合う距離で吠えたてる二人の男。
この一撃こそが分水嶺、互いが互いを殺し切りさえすれば終幕を迎える終局面。
己が世界を現出させんと、少年は血反吐を吐きながら清浄たる祈りを狂おしく叫ぶ。
「開門の刻、聖なる祈りを今ここに」
自身の血に塗れ、武器を振るう姿。見開いた瞳は血走り敵だけを見つめていた。
「魂の救済は今まさに、新天地をこそ望む願いを聞き届けたまえ…!」
だが、放たれる祈りはあまりにも悲し気で、一人戦う彼の孤独を埋める存在はもはやここにはないのだ。
だから願う、新たな世界を。
ゆえに祈る、大切なモノを傷つける悪が消え去ってほしいと。
「善なる祈りを先の世界へ、悪たる呪いをこそ浄化しろ。我が身諸共消え去るのなら本望ならば!」
どうか、失った者らへの救済を。これ以上失ってしまわないための力を。
眼前に立つ、凍てつく荒野を思わせる絶対的な力を打ち破る光を——。
「去りし魂を天より地へ、眠りし心を地より天へと、繋ぐは聖光鎖。塩の柱を顕現し、悪逆を浄滅せよ!」
浄化という名の滅殺を、聖光という名の破滅を、正しいなどとは思わない。殺人は殺人に変わりなく、罪には罰があってしかるべきだ。
「振り返りはしない。ただ前へ、進むべき道は眼前にしか許されはしないのだから!」
俺もアンタも、どうしようもなく汚れてるんだ。ならせめて、俺が送り届けてやる。血に濡れたその身を燃やし浄化の焔で灰と化そう。
この世界という名の業を以て、終幕への一手とする。
「四方…ッ、展開! 三界混成——『胎蔵領域、黄泉聖別・涅槃開闢』」
これまで積み重ね続けた罪の裁きを受けるがいい。許されざる者、悪に染まった罪人よ。
いまよりこの場は断罪の聖域、裁くものと裁かれるもののみ存在を許された領域にほかならず、最後に立つのは裁くものだけだ。
「これ…でェ——!」
四方に立ち上るは光の柱と、地面へ描かれる巨大な紋様。
外と内の世界を隔絶し、悪の一切を排除するための領域を維持する楔。そして破滅の光に他ならない。
「くたばれェェェェえええ!」
光の柱、その頂点は空の果てまで立ち上っている。だがその頂点が瞬くと同時に、抗いがたい力の奔流が放たれた。
それこそは塩の純白さを宿した浄化の光、己以外の何もかもを悪と断定し、断罪するという理の押し付けである。
浄化という結果のみを確定し、過程は後からついてくる。そして、浄化とは救済、誰にも訪れる死そのものであると、きっと彼は心の底で思っているのだ。
ゆえに、この領域内に存在する生命は、使用者であるヨナギ以外を死に至らしめる。
それはまるで、あまりの潔癖が過ぎたことによって免疫が失われたかのように、意識無意識にかかわらず死という現象に対する抵抗は意味をなさない。
——使えば最後、己以外を死に追いやる最後の一手。ユーリ自身の胎蔵領域も似通った性質を持っているが、制御が効かない彼のものよりもよほど機械的であり無慈悲。
完全な制御を果たそうが、暴走とも呼べる状況であろうが、この無菌室のような領域に用意された結末は“死”以外に存在しないのだから。
『本編について』
・ヨナギの戦闘方法について
現在、倶利伽羅を用いた戦闘が主であるヨナギですが、レイガンが与えたのは剣と槍を用いての戦闘法です。本編でも言っている通り、槍の能力で攻撃範囲を広げて範囲内全てを剣で切る。といった死の押し付けが本来の戦闘スタイルです。
・聖槍の出所について
ヨナギからシエに渡されていた聖槍ですが、ユーリは「ラゥルトナーの所有物だ」と口にしていました。誰がヨナギに渡していたかというと、武者修行の度をしていた頃のレイガンが纏界へ足を運んだ際、戦利品として奪い取ったものです。
彼は槍には興味が無かったため、後ろをひょこひょこ着いてきていた一人の女性に渡して、しばらくは存在を忘れていました。
『定期連絡』
・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。
・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。
・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。




