表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四方総界縁起  作者: くろよ よのすけ
67/100

67.終極②

 禍々しいまでの黒炎が、剣士の命を狙っている。

 それはただの一矢でしかなかった。

 己の心象領域を具現化したものではなく、地獄そのものを創造することもない。


 四方界に存在する三界を混ぜ合わせることで地獄を現世に呼び起こす『胎蔵領域』、扱えるものはごくわずか、選ばれた才能を持つ者だけが至ることのできる領域。

 だがその対極に位置する、三界のうち一つを最奥まで極めたことによる『終極』と呼ばれる術式が存在する。


 それは多くを持たぬ凡人が持つ可能性の収束であり到達点。

 生み出されるものは三界の持つ名の通り、『創界』であれば無尽蔵の生成、または超精密な物質の創造。『封界』であれば強力、特異な封印や結界術に該当する。

 ならば『破界』の到達点がもたらす結果など考えるまでもない。


「現世より皆滅せよ、吾がもたらすは破滅の救済——」

 それこそ、触れるもの総てを破壊し尽くす過剰なまでの破壊力に他ならなかった。


「四方展開、“終極”破界領域——『大黒天憤怒相マハーカーラ』」


 名を口にした射手は一切の躊躇なく引き金に掛けた指を引き絞る。

 世界を白と黒の二色に染め上げる弾丸は愚直なまでに真っ直ぐ突き進み、相対する剣士を射抜かんと、空に直線を引くような軌道を描く。

 弾丸の速度は光に匹敵する。

 だが、向かう剣士は射出される以前に回避を捨て防御態勢へ移行していた。


「この一矢、斬れると思うか——!!」

 例え回避に成功しようが、着弾と同時に三つの都市を焼き払う威力。

 いくら次元の違う武力を持っていようが人間だからと言って油断はしない。吾が編み出した最終最奥極限の四方界。

 吾にも護る者らがいる。愚弟の借りも返さねばならなくなった。

「——斬れるものなら、斬ってみよ!!」


  □ □ □


「……イユラめ、情が移ったとはいえ、傀儡にあれほどの熱を注ぐとは」


 白く染め上げられた世界の中心より黒点が迫る。距離にかかわらず一定の大きさのソレは放たれたと同時に着弾、滅びをもたらす概念そのもの。

 物理的に切断することをよしとしない空想の産物。


「これこそお前の編み出した四方の極致か。仕方ない、片方は捨てざるを得んな」

 愚直なお前のことだ。狙いは知れている。

 すでに抜き放たれた刀を逆手に持ち、左手を添えると、ユーリの地獄から守護し、己の斬撃を発生させるために周囲へ張り巡らせていた光の帯が収束、刀身へと巻き付いていく。

 薄く光を纏う刀身は、白黒の世界の中でさえ潔癖なほど純粋であり異質そのもの。モノクロ写真の中で、たった一人だけが色づいているような違和感でしかない。


「だが、忘れているようだな、お前にソレを教えたのが誰であったのかを——」

 世界を焼き尽くす威力であろうが、避けられぬ攻撃であろうが関係ない。

 かつて相対した者達にも、凡夫と蔑まれながら究極へ至った、同様の力を持つ者達はいた。

 不条理なまでの概念の暴力を極め、無限と無限が交わる呪詛を創造し、宇宙そのものを箱にしまい込んだ『終極』の到達者達。


「我が刃こそ無垢清浄、もたらすは人技の極致」

 ——その悉くを、この手で斬り捨ててきたのだ。


「四方展開、“終極”破界領域——『天叢雲剣』」


 相対する終極。

 発動とともに着弾し、世界は白一色に染め上げられた。

 白焔は眼前一帯を焼き払い、穴だらけであった地上をリセットするかのように跡形もなく、無形へと変貌させる。


  □ □ □


「………っ、コレを使ってなお…か」

 弩弓は今の一矢に耐えきれず粉々になっていた。修理は可能不可能の域になく、この場に再度創造することのできる人間はいない。


「いいや、悪くはないだろう。老いていなければ左腕は取れなかった」

 老人は焼け焦げた左腕を上げ、こちらへと見せつける。彼にとってはそれ以上でもそれ以下でもない結果であり、失ったのならそれまでというだけのこと。


「——言ってくれる…」

 持てる全ての技術を用い、生涯最大最強の一撃を見舞った。何もかもを焼き尽くす核熱の一矢は、物理現象を一切無視してレイガンを始末するはずだったというのに。

 左腕を焼き焦がすのが限界だという現実が目の前で展開されているのだから。

 本心を言うならば、この光景を信じたくはない。

 これまでの鍛錬、準備してきたものが根元から瓦解するような、いわば絶望とも呼べる感情に支配されようとしている。

 なればこそ、言い残すことは許されぬ。


「アヤネ」

 振り返ることはせず呼びかけた少女の名。これまでの長い間、認識されずとも護り続けてきた友の名を。

「………うん」

「時間は可能な限り稼ぐ、お主は逃げよ。ヌイがおれば他の世界の何処かへは行けるであろう」

「それじゃ…衣優ちゃんは……」


 記憶を戻したとはいえ、それはかつての皆方彩音。今までの世界で生きてきた彼女とは厳密には別人である。

 だから、記憶を戻したところで混乱し、敵であると罵倒されるのも覚悟していたが、そうはならなかった。

(まったくもって優しい娘よ。できることなら、もう一度……)

 すでに叶わぬ願いを胸の奥にしまい込み、振り返ることはしない。


「ふっ…よい。吾はもうよい。もう一度、あの頃のお主と出会えた、言葉を交わすことができた。…悔いが残らぬわけではないが、満足もしておるのだ」

 だからよい、打てる手は打った。その一切合切を正面から打ち破られたのだ。これ以上はどうしようもない。

(これまでは見ておるだけであったが、なるほどの。ヨナギ、今更になってお主の心情が分かった気がする)

 何度も繰り返されてきたこの世界で戦い続けてきたヨナギは、レイガンに敗北し続けてきた。そのたびに——。

「アヤネ、頼む…。行ってくれ、そうすれば吾はまだ戦えるのだ。背にお主の命があると思えればこそ、何物でもなかった吾が命を賭けられるのだ」

「でも…、でも……もう立ちがるのも精一杯じゃない…、そんな、からだじゃあ戦うなんて到底できないよ…」

「そのためにこの娘らがおるのだ。お主が心配することではない」

 心配させたいわけではない。両脇から支えてもらわなければ立ち上がれないほど疲弊した姿を、見せたくはなかったがこうなった以上仕方ない。

「それでも戦わねばならぬのだ。お主には、“あの娘”とは違うミナカタアヤネには、人としての幸せ、を——ぐ…」

「イユラ様、レイガンが近づいてまいります。我々で時間を稼ぎます」

「ああ、済まぬ。吾もすぐ向かう」

「は、これまで貴女様にお仕えできたこと感謝いたします」


 立ち去る背を見送って、吾以上に傷だらけの体で向かおうとする彼女らには感謝せねばならぬ。ずっと長い間ユーリに預けていてなおこの忠心。

「ふ…どうにもだ、堕天子というのはみながこうなのか?」

 シエのことを思い出すと、つい笑みがこぼれてしまう。どうしようもない生徒ではあったが、分からぬなりに奮闘する少女との時間は不思議と楽しかった。

 願わくば、アヤネと思い出話に花を咲かせたかったが、それをするには少しばかり、吾の方が年を取りすぎたやも知れぬな…。

「では行ってくる。ヌイ、アヤネを任せるぞ。無事に生きてさえいれば十分だ」

「…それが難しいと思うのですが」

「やれ」

「…はぁ。——な」

「——えっ」


 返事はため息、ついで驚くような声が聞こえたが、またアヤネが我慢できずに走り出しでもしたのであろうな。仕方のない娘だ、吾の知る頃から数多くの世界を折り重ねてきながら、何も変わらぬ爛漫さ。

 殺しの道に生まれた吾とは正反対。


(だからこそ、惹かれたのかもな……)

 ゆえに、止めねばならない。

「アヤネ、もうよいのだ。吾には吾の生きる道というものがあり、その道はここで終わる。どこまでもつながる道などない。山か谷か、それとも海か、…いつかは阻まれる定めなのだから」

 ここで死ぬ吾とは違う、まだ未来があるのだ。生きていてもらわねばこれまでの苦労が泡となる。それは少し、否、何に変えても嫌だ。


「へぇ、じゃあ優雅な空の旅、なんてのはどうかな。きっと素敵だと思うよ。イユラ」

「——————、まさか…」

 驚きの声の正体に思考が至る。

 死者は還らない。ならば、吾の首に、抱きしめるよう腕を回す女は何者だというのか。常識と呼ぶ以前の前提条件を無に帰したこの女は。


「おぬし…、やはり気に食わぬ」

「えぇ? そうかなぁ、ふふふ…っ。私はイユラのこと結構好きだよ。なんたってヨナやシエ、アヤネを護ってくれたんだから」

 この状況下において余裕を隠そうともしない傲慢な態度に苛立ちを覚えるが、言い返したところで無駄だ。

「何をしに戻った」

「ヨナを助けに」

「………」

「あー、アヤネの前だからって黙ってたんでしょ。ヨナのこと心底嫌ってるのにアヤネが絡むとなると優しいよね。でもよくないよ、そういう隠し事。物事はちゃんと伝えないと」

「どの口が…っ」

「それに、イユラの思ってるような結果にはならない。…きっとシエが何とかしてくれたんだろうね。ホント、ヨナのこと大好きだからさ」

「…やはりか」

「ほら、よく感じてみて。——彼が、目覚めるよ」

「———」


 立ち上る光の柱、突き穿たれるは黄金の聖槍。

 左腕を負傷したレイガンへ迷うことなく進撃し相対する怒りに満ちた戦士が一人。


「さぁて、怪我人はここで休んでなさい。あとはワタシたちの番だ」

「………、悔しいが…そうらしいな……」

 尽きぬ憤怒が混ざり込んだ浄化の光。矛盾を孕んでいるはずのソレは、余りにも胸を打つ。

きっとこれが、彼等にとっては最初で最後の殺し合いになるのだろうと、静かに直感が告げていた。


「ああそうだヌイちゃんも休んでていいよ。…さて、アヤネ」

「…はい」

「あそこに行く前に聞きたいことはあるかな?」

「まて…っ、アヤネが行く必要は———」

 人差し指を唇の前で立てただけの、何の力も持たぬジェスチャーで制止させられた。それほどまでに、リアという女が美しく、蠱惑的にさえ見えたのだ。


「先に言っておくと、聞きたいこととかもいっぱいあると思うし、隠し事もいっぱいしてたわけなんだけど、まだワタシを信じてくれるかな?」

「………」

 聞きながらもその表情に怯えも後ろめたさも感じ取られない。自身には一切の非はないとでもいうかのように自信に満ちているのだ。

 対する、問いかけられた少女は胸の前で指を絡ませ、思案する。


「一つだけ、聞いていいですか?」

「一つだけなら」

「……」

 聞くべきかどうか、逡巡しつつも口にする。

「リアさんは、…何のために戦ってるんですか?」

「ふふ、それは分かり切ったことだよ。ワタシは、ワタシの大切な人たち全員に幸せになってほしい。そのためにアヤネを護り、ナイギの原初であるホロウを消滅させる。そのためなら、アヤネを突き落としたりもする。これでいいかな?」

「………なら——」

「おっと、質問は一つだけ。これ以上ヨナを一人にするのはかわいそうだからね。ずっと辛い思いをしてきたんだから、いい加減報われてほしい」

「いえ違うんです」

「へぇ、じゃあ?」

「行きます、連れて行ってください。私が衣優ちゃんと友達だったことや、夜凪くんたちと過ごした日々は全部本物です。そこに、…私を護ってきてくれたことに嘘はないと思うから。だから、いまは信じます。私にも出来ることがあるなら、やりたいんです」

「そっか…」


 真っ直ぐ見つめ返された瞳を前に、ようやくリアが身じろいだ。

 皆方彩音という一人の少女を前にして、いうなれば意地の張り合いに負けたのだ。


「ふふ、アヤネは強いね。ワタシなんかよりもずっと。…それじゃあいこうか。あ、でもワタシ別に戦えないから。自分の身は自分で守ってね」

「えっ!? リアさん復活とかできるんだからさっきの衣優ちゃんみたいなすっごい攻撃とかできないんですか?!」

「あっはっは、ムリ。ワタシってばお姫様系のリーダーだからね。いうなればアヤネと同類だよ。ヨナかシエがいてくれないとなんともかんとも」

「えぇ……、で、でもいかなきゃならないですもんね。衣優ちゃん、心配させてごめんだけど私行ってくる。やっぱり『巫女』の私が行かなきゃダメな気がするの」

「…愚か者っ、そんなわけがあるか。お主が戦わねばならぬ道理などどこにもないわ」

「アハハ…、なんだか昔もそんな感じで怒られてたたような気がする…。でもね、止めても行くから。衣優ちゃんは、さっきの付き人さん? 達と一緒にここで休んでて」

「だってさイユラ、彼女はキミが思ってるほど弱くないよ」

「……っ、仕方ない…ならば…。レイガンはヨナギに任せ、この二人を護衛せよ!!」

 一喝は戦場に響き、先ほど飛び立った三人の影がレイガンまでの道中を護るように一定間隔で待機する。


「ありがとう、衣優ちゃん。それにヌイさんも。さっきまですごいことしてくれていたみたいで…」

「こちらのことはいい。なんにせよもう指一本動かん無能だ。行くというのなら勝手に行け。ただし貴様は我等ナイギの獲物だ、死ぬな」

「あー…はは、努力します」

「ふんっ、ならいい」

 そういってヌイは力なく横たわる。初の『胎蔵領域』を無理矢理発動させ、維持し続けたのだ。生きているのも幸運といえる状態だった。


「よし、いけます」

「うん、行こっか。これまでもずっと戦い続けてきてくれたヨナの傍に」

「——はい」

 更地となった大地は舗装された道よりもずっと歩きやすい。

 それでもなお飛んでくる地面の成れの果てを潜り抜け、彼の元へ行かねばならない。

 なぜだか、心の底から、そう思ったのだ。


  □ □ □


「…………」

 世界の揺れと黒白の衝撃で、二度と覚めるはずのない目が覚めた。

 冷たい体を傷つけぬようにゆっくりと起こそうとして……、頬に流れ凍り付いた涙に気が付いた。

「…ァ……ぁぁ…」

 漏れる吐息は懺悔の色を多分に含み、声はどうしようもないほど後悔に彩られている。


「……け——るな…ァ……」

 行き場のない怒りが混じる。

 ——いいやまさかそんなことがあるものか。行き場など初めから常に同じ場所、ごまかすなどできはしない。

 腕の内、氷のように冷たくなった少女が眠りについている。

 この身に宿る熱とは正反対の命の終わり。今度こそ二度と取り戻すことのできない消失が突き付けられる。


「なんで…っ、なんでだ——ッ。必要ないといっただろう…っ、くれてやったものを…返す必要なんてないだろうがぁッ!!」

 死から目覚めた理由はすぐに分かった。

 俺の左手には黄金の槍、かつて死を選択した少女の心臓にくれてやったものが握られていた。その意味を解らぬほど愚かではなく、彼女に道を選ばせた俺は何よりも屑なのだと。


「おまえが、死ぬ必要なんてなかった……、アイツを連れて逃げればまだチャンスはあったのに……っ」

 己自身の代替機関、奇跡をその身に宿して生を享受していたのだ。

 だが彼女は——己の意志で、その奇跡を、否定した。

 痛かったろう、苦しかったろう。何よりも特別な奇跡を他者に差し出すなんて、覚悟をもってしても出来ることじゃない。

 それを…、俺にだと?


「ふざ…けるなよッ、おまえが死んでどうするんだ?! そんなことで! そんな、ことで…! おまえに、何の得が…あるっていうんだ……」

 槍を零れ落し、冷たい体を抱き寄せる。もう二度と、今度こそ動くことのない肉体は世界の修正をもってしてもこのまま還ることはない。

 

 前回とは違う。

 本来の持ち主であった、俺の術式を用いた正式な手順で自ら取り出したのではない。彼女にそんなことは出来ないしできるような術式で明け渡したわけじゃない。

 いうなれば、動き続ける心臓そのものを自ら強引に引きちぎったものと等しい。脈動する心臓を握り、熱の奔る血管を引き千切りながら他者へ譲渡する。

 聖槍という奇跡をもってしても、死者を生かすことは容易いことではない。その身に宿り続け、常に心臓の代わりとして存在し得なければ奇跡は奇跡足りえない。

 例えその力を十全に引き出せる者がいたとしても、肉体から取り出せばどうなるか。

 ——結果は見ての通りだ、生きていられるわけがない。なのに、彼女は、シエは自らの意志で、自らの力で死を選び取った。

 何百万回も戦い、そしてただ一度の勝利も得ることのなかった相手。手も足も出ず死をさらし、死を以てやり直してきた屑を、もう一度戦場へ帰還させるために。


「クソッ! クソ…クソクソクソクソ…!」

 誰にも砕かれることのない覚悟を、もっていた。

 例えどのような状況であろうと戦い続け、勝利へと牙を立てる。そのつもりで、そのために戦い続けて諦めないでここまで戦ってきて——。

 なんで俺はここにきて今更、立ち上がれないでいる。

「フーー……ッ、く…そぉ…!」


 ユーリに対して覚悟が足りぬと口にした。

 シエは己の命を捨てたのではない、託したのだ。お前に俺たちの覚悟が分かるはずもないのだと。

 だがどうだ、結局俺は…一度命を失ったとて、世界が創り直されるときに、もう一度取り戻せるからと高をくくっていただけなのではないのか。

 失われた命は戻らない。その絶対条件を振るいながら俺自身は背を向け続けてきた。

「——————」

 ならば、これは報いだ。

 大切な人達を失った。

 騒がしく、楽し気で、常に俺とともに歩もうとしてくれていた者たちはもういない。二人とも、俺の目の前で眠りについてしまった。


「……ないと」

 抱きとめていた少女を地面に寝かせる。

 見上げた先は氷の壁で囲まれていて、吹き飛んできた瓦礫から俺たちを護っている。

「アイツだけは……、殺さないと」

 汚泥が沸騰し、黒いナニカが煮え立っている。

 思考を埋め尽くす殺せ殺せの大合唱、突き動かされるように立ち上がり武器を取る。視界に映るもの何もかもを破壊しつくしたくなるグチャグチャの心とは裏腹に、肉体はこれまで生きてきた中で最高潮。

 神経一本一本を知覚できるほど研ぎ澄まされ、この肉体の持つ潜在能力が引き出されているのを感じ取れる。


「何もできなかった、死人が…調子に乗ってんじゃねえ……っ、今更、遅すぎるだろうが!」

 だがもう何をもってしても怒りが心の内を満たしていく。

 覚悟だと? 命を託すだと? 出来もしない癖して、本当に失ったら認められもしない脆弱な存在の癖して、何を悟ったような口をきいてやがる。

 だからこそあの男だけは、ヤツだけは殺さねばならない。

 

 世界が終わる寸前としか思えない衝撃が世界を揺らし、破壊しつくそうとしている。

 空より飛来する氷の流星、ただ一人の人間を殺すためだけに降り注ぐ死の天体。だが足りない、それでは殺せはしない。

 あの剣士を前にしたのなら、心臓へ剣を突き立てねば殺したとは言えない。文明そのものを破壊しつくさんとする流星であろうと、あの男は殺せまい。


「——殺す…ッ」

 ゆえに、俺のすべきことは決まっている。

 右の腕に白銀の剣を取れ、左の腕に黄金の槍を持て。

 標的はすぐ其処に、ただ一振りの刃で万物を斬り捨てる絶対必至、神域の男。

「それがどうした、斬れば死ぬだろうが…」

 だというのに、なぜお前は殺され続けてきた。なぜただ一度の勝利を手中に収められぬ。

「ああそうだ覚悟が足りなかった」

 ならば、俺にとっての覚悟とは何か。

「ただ一人になったとしても——!」


 ……俺に出来ることなど、初めからそれだけだ。

 物心ついた時から人の殺し方を教えられ、考えることもせず刃を振るい続けたあの時から、何も変わっちゃいない。

 人殺しは人殺しでしかないのだ、凶器を振るった後のことなど考えてはいられない。走って走って、走り抜けた後、燃え尽きて死ねばいい。償いなんてものができる身分でもない。

 だが、連れていく相手は決めている。

「———ッ!」 

 怒りに身を任せて舌を噛み切ってしまわぬよう、歯を食いしばり右腕を振りかぶる。

「ぶっ殺してやる!!」

 壁は打ち砕かれ、眼前に広がる戦場は人が住んでいた場所だとは到底思えないほど朽ち果て、今この時も地形が変わり続けている。


 すまないリア、すまないシエ、…すまない。

 己の弱さが招いた結果だ、許されようなど思ってはいない。だからせめて、仇は討つ。手向けになるなんて思ってはいない。

 今はただ、この身を突き動かす黒く染まった感情を爆発させることだけだ。ぶつける相手は探すまでもなく見つけられる。


「そこか……ッ」

 空より飛来する流星の着弾地点。逃れえるはずのない絶対破壊、天災の具現が幾度も起きていてなお、その中心から伝わる気配は間違いなくあの男のもの。

「———ッ!!」

 ギリギリと、嫌な音を立てて歯が軋む。

 これ以上は戦いの前にこの体が耐えきれなくなってしまう。爆発する感情はとどまることを知らず、開かれた瞳が映すのはただ一点。


『———ああ、それでいい』


「…ぐッ?! ……クソ、が…ァ、テメェが、いたせいで……テメエが存在したせいで!!」

 頭に響く男の声は、聞きなれぬ声でありながらも良く知っているように思えた。否、俺はこの男を知っている。忘れられるはずがないだろう。

 封印は限界だ。いつ外界へと侵食しようが不思議じゃないことはわかっていた。世界が終わるたび、アイツの姿がどんどんと痩せていくのだ。アイツの声が悲痛なモノへと変わっていくのだ。


「次はテメエだ、黙って待ってやがれ……ッ」

『———ク、ハハ…ハハハ……。ああ楽しみに、待っているとしよう』


 あれは虚数の影だ、気づかぬ間にシエに干渉していたのか。

「く…っ」

 気づいてやれなかった自分に嫌気がさす。あの時、おかしな夢を見たといっていた時、もっとちゃんと見ておいてやれば、何かが変わったかもしれない。

 だがもう声は虚ろへと消えた。

気配も声の残滓も何もかもが初めから存在しなかったように、虚空の淵へ同化した。

 ホロウ・ナイギ、何を犠牲にしようが殺さねばならぬ相手。だがそのためにもあの男を、血の繋がりと憎しみだけが互いを繋ぐ存在を、怨敵を殺さなければならない。


 炸裂する流星、地上にて微かに舞い上がる氷塵と黒白の閃光によって更地となった街の残骸。火山の噴火を思わせる地形の蹂躙。だが刹那、繊月にも劣る僅かな切れ目にあの男の影を見た。


「「——————」」

 交差する視線と殺意。

 突きあがる衝動を止める術はなく、思考を巡らす猶予もない。

 あるのは、互いに純然たる殺意のみ。

「レイ、ガァァァァン——ッッ!!」

「次は殺し切る——」


 □ □ □


 光の帯が天地を奔り、空を流れ落ちる氷星も、地上にて串刺しのため生み出され続けた武具の数々も、一つの漏れもなく切断された。

 それは四方界発動者のユーリも同様、これまでは居場所を悟られないよう動いてはいたが関係ない。羂索の内にある己以外は全て不浄、切り捨てねばならぬ邪悪にほかならぬ。

 ゆえに例外はなく、復活したヨナギも斬り捨てるため刃を振るう。

 だが——、感じ取る手応えは血肉ではなく鉄。


「どうしてこうも、ナイギの血族はしぶといのか…。まったくもって苛立たしい——」

 なぜその手に握っている武器に、倶利伽羅だけでなく聖槍が増えているのか。——くだらない。

「攻撃を防ぐ手段を得ようが、貴様では勝利はない。…来い、いい加減死ぬ時だ」

 左腕が満足に動かなかろうとそれだけだ、この場にいる全員を殺すことへの支障はない。

「——グゥゥッ!!」

「…シィ——!」

 進撃する者と迎え撃つ者、一撃必殺が通用しない以上、そこにあるのは純然たる実力差のみ。術理を超越する意思を持つ者であったなら、本来超えられぬ壁を覆すことさえ——


「アアァァッァァアアアアアアア!!」

「ち…」

 片腕では押し切られる。斬り捨てようにも倶利伽羅と聖槍を手にしている以上、羂索内における絶対斬撃も防ぐことを可能としている。

 この場において唯一、攻撃を防ぐことのできる相手。その可能性があったがゆえに早々斬り捨てたが。

「あの娘、命を捨てるとはな」

「黙れ…! お前を殺して仇はとる!」

「無理な話だ」

「ぐ…っ」


 圧し負け、打ちあえないならば別の手を打てばいい。左腕が機能せずとも羂索は発動している。周囲への斬撃を発生させることに支障はない。


「ヨナギ、何度斬ってきた。何度逃げ延びた? 情けなく、血反吐を吐いて、次こそは次こそは、と。だが無駄だ、剣を、そして槍を取り戻そうが儂には届かん。今日こそ、お前はここで死ぬ」

「やかま…しい!! お前を殺してホロウを殺す。それだけだ、それで俺の願いは果たされる…!」

「愚かしい…」

 だからこそ、お前は死なねばならない。

「ラゥルトナーの魔眼をお前が持っている以上、次はない。死を確定させ、何もかもは死に絶える。そのためにも、死んでもらう」

「やれるものなら…やってみろぉおオオオオ!!」


 聖槍によって大地を抉りながら描かれる円陣と、羂索の展開により放たれた光の帯が衝突し境界でせめぎ合う。

 聖遺物とも呼べる武具の前では万物を斬る刃であろうと止められる。そして向こうの攻撃も刃を砕くことは出来ない。


「ならば——」

「だから——」

 肉体に埋め込まれ、最適化された術式。これまでただ一度も全霊を発揮できず錆び付いた血管に界燐が駆け巡る間隔。

 これほどの力を籠めるのはいつ以来か。

 そしてこれだけの力を発揮する以上、すべきことなど互いに決まっている。

「ここで無様に」

「死に絶えろ——!!」

 

 鈍く、真白に輝く清浄が衝突する。

 己の潔癖さで、相手の白をさらに塗り替えようとする果て無き攻防。そして、互いに必殺の一撃が通用しない以上、雌雄を決するのは培ってきた技量がモノを言う。

 ひしめき合う清浄の境界が揺らぎ、均衡が崩れた時、彼等にとって最後の戦いの幕が開いた。


『本編について』

・終極

 周囲一帯に自身の裡にある地獄を展開する胎蔵領域とは異なり、ごくごく単純に三界の内一つを徹底的に鍛え上げることで使用可能になる努力の結晶です。

 使用するには尖った性能をしていますが、その分威力や効果は終極以下の四方界を圧倒します。


・イユラの終極『大黒天憤怒相マハーカーラ

 射出とほぼ同時に着弾する、都市三つを焼き尽くすという概念的な破壊を宿した矢を射出します。この都市とはイユラの認識によるので、総界が大都市に創られていた場合凄まじい規模となります。


・レイガンの終極『天叢雲剣あまのむらくものつるぎ

 通常時のレイガンが使用している四方界が”威力を上げ過ぎて基本的になんでも切断可能な防御無視攻撃”なのですが、終極まで特化したことで”概念攻撃でも切ることができる”ようになっています。そのため、イユラのマハーカーラも斬り捨てました。


・リア復活

 イユラの口にする通り死人が甦ることは元来あり得ませんが、魂が無事なのだから死体が動けるまでエネルギーを注いで治癒すれば何とかなった。というのがリアの状況です。


・ヨナギ復活

 主人公帰還しました。怒りは生きる上での原動力だと思っていますが、そんな状況にならずに済むならそれが一番ではないでしょうか。

 また、この辺りを書いている時、ヨナギにとってシエの存在の重さを認識した覚えがあります。


『定期連絡』

・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。

・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。

・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ