66.終極①
「きゃ——っ」
止むことなく振り続ける流星群、何度も何度も同じ場所を打ち据える氷の塊は墜落のたびに私たちのところにまで被害を及ぼす。
高速で吹き飛んでくる破片だけでも危ないのに地震のせいで満足に立っていられない。
「ええい、無茶をする! 倒すまでにこの一帯が無くなるぞ!」
家の周りはヌイさんの四方界で守られているのかまだ原型を残しているけど、それでも針山地獄になってるせいで元に戻るとは思えない。
「………シエ」
シエが夜凪くんのところに行ったところまではまだ見えた。だけどそのあとすぐに二人が戦い始めたから、夜凪くんたちの姿は爆発に隠れて、ここからみることは出来ない。
「…よし」
「何をしようとしておる」
「あ、えっと…あはは、ちょっとお散歩にでも…」
「よさぬか、もう強く言うつもりもないが…、不可能だ。爪の先ほどの破片がぶつかればそれだけで死にかねぬわ」
「わかってる…けど…、やっぱり心配だよ。私にもできることが、何かないのか、って…」
「ならばここで待つことこそ、吾らにとっての最大の貢献だ。ヨナギとシエのことはあちらの問題である」
「………」
結局、シエは一人で行ってしまった。
あの時、止めようとしていた衣優ちゃん何も言わなくなった。何か気づいていたみたいだけど、教えてはくれない。だからそれはきっと私にとって辛いことだ。
いつくらい昔のことなのかは分からない。だけどまだシエもリアさんもいなくって、夜凪くんと衣優ちゃんが友達だったころから、彼女は私が悲しむことのないように動いてくれていた。
戦いがあって怪我をして、痛いはずなのにおくびにも出さないで、いつも通りにふるまってくれていた。
「…シエは何をしようとしていたの?」
「じき分かる。吾の口から言うことは出来ん。それは、あの娘の…シエにとっての譲れないものだ。他者が口を出すことは許されぬ。アヤネ、分かってやれ、シエは誰よりも愚直であり、誰よりもヨナギへの忠義を持っていた。その想い、生半に手を出してよいものではない」
「うん……、だけど心配だよ…」
「ああ」
武器を構えたままの衣優ちゃんは私の方を見ることはできない。あの爆発の中からでもいつ攻撃が来てもいいように備えてくれている。
なにも手伝うこともできない私なんかのために戦ってくれているのに、これ以上は無茶をいうわけにはいかない。
(だけど……、生きてる、よね?)
振り返った先、静かに眠りについたリアさんの姿は驚くほどに綺麗だった。
だけど、もうその目が開かれることはなくて、あの困らされてばかりだった優しい声も聴くことは出来ない。
お別れをいうこともできないで、その間寝ていただけの私はなんて役に立たないんだろう。どうしようもないことだっていうのもわかってはいるけど、それが悔しくてたまらない。
何度も何度も、天災が引き起こされる戦場は私の心を縛り付けていた。
「ううん、諦めちゃだめだ…。私にも、何か、何かできるはず…。ここで考えるのをやめたらシエに怒られちゃう——」
力が足りない、けど何もできないわけじゃないはずだ。
考えるのをやめちゃいけない、私にはまだできることがあるはずなんだから。
□ □ □
「クソ…、早く決着をつけてもらわねば長くはもたんぞ…っ」
「皮肉なモノよな、これまで奪うために力を使ってきたというのに。『巫女』を前にしながら護ることになるとは」
「そういうアナタは…ユーリの姉上殿と聞いておりますが。なぜ『巫女』であるその娘を護っているのか聞いても?」
「今は断る、次に機会があれば考えても良いが。ユーリとの関係は血縁上のもの、いや事実そうであるが。あの愚弟の相手は厄介であろう」
「まぁ…その通りです」
「胎蔵領域は後どれほど持つ」
「ユーリが全力を出し続けるのならあと十分も持たない。徐々に押し込まれてきている」
外界へと向けられて軋みを上げる血杭の勢いが衰えはしていないが、ユーリの力が増すごとに押し込まれてきている。これではそう時間もかからず潰されるのは想像に難くない。
「足りぬな、どうあがいても足りぬ」
脳内で戦力の試算を何度もしてきたが、事ここに至ってレイガン一人倒すにはまだ足りないのが現状だ。
不死身の肉体を持つユーリでなければここまで持ちこたえるなどできてもいない。
(………シエはうまくやれたのか)
あの娘、心臓を聖槍で代用していたのは知っていたが、在るべき場所に、ヨナギに返すといった。その結果が分からぬほど愚かでないだろうに、あの娘は揺るがなかった。
「やれていなければ、どちらにせよ終いか」
煙塵吹きすさぶ爆心地の最奥にて、目覚めた奴は何を思うか。
幸福など与えられるはずもなく、初めから決まっていた結末が、先延ばしにし続けてきた末路が還って来たのだと。
何もかもを手に入れるような夢物語、背負ってきた業が許しはしない。
だからこそ、あとはどれほど早く立ち上がるかなのだ。
その先、求めるものが異なるお主と吾が相争う定めは変えられないにせよ、共通の敵を前にして手を貸さぬわけでもない。
「だから早く起きよ…っ、何もかもが終わってしまうぞ」
汗の滲む銃把を握り直し、流星を切り捨てる剣士を中心に狙いを定める。
圧倒的な、隔絶した身体能力を持ってはいるがユーリのような再生能力はない。
一撃だ、決定的な一撃さえ撃ち込みさえすればレイガンは止められる。だがそのただ一度が遠すぎる。
経験か、才能か、その両方が積み重なり見果てぬ壁となって立ちふさがっている。あの男の前では何者であろうと凡夫でしかないのだと知らしめるかのように——。
「………」
ゆえに待つしかない。
心を殺し、息を殺し、敵を屠る。
悟られてはならない、防がせてはならない。
命を奪うに至る至高の魔弾を成し得なければならない。
「早く来い…」
吾はお主が誰よりも嫌いだ、捨てるために腕の中に捕らえる在り様には反吐が出る。
だが、この先に進むためには、気に食わぬがお主の力が必要なのだ。
絶望と喪失を乗り越えてきたはずであろう。失い続け、得るものがなかろうとも歩き続けてきたのであろうが。
この期に及んで潰れるお主ではないはずだ、ヨナギ…ッ。
「イユラ様、我々も手をお貸しします」
「隠密の陣を形成します。気配の一つも悟らせはしません」
「イユラさまは極限の一矢にのみ専念なさってください」
吾を中心として描かれた方陣は吾一人を隠すには十全すぎる技量のもの。これならば今まで『封界』に割り振っていた界燐を『破界』へと活用できる。
「——そうか、そうであったな。ふっ、吾としたことが主らを忘れてしまうとは…許せ」
「いいえ」
「ようやくお役に立つことができるのであれば、我等はこの身賭して尽くす所存です」
「ハイ、お任せください」
これまでとは比較にならない界燐が矢の形を成して集束していく。『創界』によるものではなく、大量の界燐を『破界』による力づくでまとめ上げただけのエネルギー体。
本来の戦い方であるものの、これまでは吾の存在がナイギにバレてしまう可能性が高かったがゆえに発動もままならなかった。だが今ならばその懸念はない。
「任せる」
のぞき込んだ照準器、映る景色は狭く十字に区切られている。
老剣士よ、いつでも構わぬ。お主が隙を見せたならば、万物を切り裂く刃でさえ止めようのないこの一矢を穿とう。
その時こそ、貴様が生を全うする瞬間だ。
□ □ □
「はぁ、どうなってるのかな」
どこまでも限りなくただただ何もない、平穏を体現した空の下。
やることもないから寝転がっている。
見上げた空は雲一つない蒼穹が広がっていて、他には何も映らないのだから、まるで水の中に身を落してしまったような錯覚さえ覚える。
「ワタシはもう出るべきじゃない…よねぇ」
レギオンであった青年は死んだ。
本当なら故郷でみんなまとめて死んでいるはずだったけど、生きていたという過ちがようやく正された。ならこれでいい、ワタシがこれ以上前に出るような理由はない。
…みんなのことは心配だけど、死んでしまったワタシが手を出すのは違う気がする。ワタシだって、本当なら故郷で死んでいた存在、カイルと同じだ。
「…んー………、むぅ…、ヨナ…大丈夫かな……」
だけど彼が心配でたまらない。
昔から周りのことはどうでもいいし興味ない。なんて父親譲りの性格をしていて、本人も気にしてもいたけど、ワタシはそう思わなかった。
「ヨナの方がいい男だと思うんだよね」
だってレイガンときたらすっごい堅物なんだもの、からかっても何の反応もせずに首落されそうだし。そんなのと比べたらヨナは何百倍もいい男だ。かわいいし。
「けどなぁ…、ワタシ死んじゃったからなぁぁぁ………」
ため息とも後悔ともつかぬ声が息とともに駄々洩れる。
はい、無茶をしすぎました。
ああしなきゃレギオンをこの場所に閉じ込めるなんて出来なかったわけなんだけど、それでも死んじゃったのは自分でもショック。
それもこれもワタシに四方界の才能がなかったのが悪い。せっかくの美人なのだから神は二物以上を与えるべきじゃない?
「あーでも生き返ってもあれかな、ゾンビなのかな。身体の方は残っててもぐちゃぐちゃか死後硬直まっしぐらだし」
現実の方での自分の体を考えると変な想像しかできない。
あれ、これ生き返らない方がいいんじゃない? 仮に元に戻れたとしてもヨナに見せられない身体になってたらそれこそショックだし。
「……寝よ」
嫌な想像をしてしまったから気持ちを切り替えるために寝返りを打つ。これで次起きた時にどうなってるか、外のみんな次第だけどワタシはここで応援するしかない。
「あー残念だなー、ワタシがもっとすっごい四方界の使い方とか知ってて生き返れたらなー。みんなを助けに行けたりとかできたりできなかったりするのになー」
適当に声を上げるけど、ただ広いだけのこの場所ではどこかに流れていくだけ。反響も何もない。吸い込まれるように消えて行ってしまった。
「……あーあー! 誰か返事とかしてくれてもいいような気がするなー!!」
……………ダメだ、なにも返事がない。
これはもう仕方ない、ワタシが折れよう。
「はぁ…、ゴメン。お願い、力を貸してほしい。ワタシは帰らないと」
『……、——え、そ、そうだったの? ごめんなさいっ、気づけなくって…』
これまで何も聞こえなかった世界で、少女の声が耳に届く。おどおどしていて自身のなさそうな、気弱で優しそうな声。
「なんだ、そうだったんだね。嫌われてるのかと思ってた」
『? な、なんで? リアを嫌う理由なんてないよ…?』
「そっか、じゃあワタシの勘違いだった。気にしないでほしい、ワタシもキミのことはずっと大好きだよ」
『よ、よかった…っ。アタシもねリアのこと好きだよっ。そうだ、お友達二人も別の場所へ送ったよ。もうレギオンなんかにはなりそうになかったし。女の子の方ができればそうしてほしいって』
こっちの様子を窺うように話していた少女の声が花開くように弾む。
初めて会った時から今日まで、何も変わらない彼女に安心と悲哀を覚えるけど、それを表には出さない。
彼女の時間は止まってしまっているから、きっと言っても完全に理解は出来ないと思う。
「ありがと。…だからってわけじゃないけど、手を貸してほしいんだ。“お嬢様”」
『もうリアったら、お嬢様だなんて呼ばないで? お友達なんだから名前で呼んでほしいの』
「そうだったね、そういう約束だった。“アティ”」
『うんっ、それで何をすればいいの? アタシにできることなんて下手くそな四方界くらいだけど…』
「そんなことないよ。ワタシの言う通りにしてくれればアティにとっては簡単なくらいだと思うし」
彼の残していった大量の魂、消したりなんかしないけど存在する上で発生する余剰を使わせてもらうだけでも、ちょっとした奇跡を起こせる。
『じゃ、じゃあやってみるね。大丈夫、リアのためなら頑張るよ!』
「ふふっ、楽しみだな。それじゃあ——」
説明にもなっていない絵空事、手順も方法も満足に伝わるわけのない。それでいて求める結果は誰もが不可能と言い切るような奇跡の具現だ。
けれど少女は、真の意味での“最後のラゥルトナー”は違う——。
『うん、それくらいならすぐできるけど、それだけでいいの?』
なんて言ってのける。
「いいの、むしろそれができることがすごいことなんだから。じゃあアティ、お願い」
『はーい、えと、しほうてんかい…』
そうすると目の届かないほど遠くから、小さな光がこちらへと集まってくる。
時間の経過とともにネズミ算式に増加する光の玉。それはどんどんとワタシの前に集まっていき、そうかからずに光りの玉は巨大なものとなった。
『よいしょ…と』
そしてアティがまたしても操作する。すると光の玉は形を変え、まるで『門』のような形状へと変化していく。
「これで十分だよ、ありがとう。流石だね」
ワタシは一人の力でここから出ることは出来ない。ナイギのように『門』を通らねば、入ることは出来ても出ることは出来ないから。
『えへへ…ありがとう。でもリア…、もう行っちゃうの?』
寂しそうなこえに後ろ髪を引かれるけど、そうもいっていられない。
「うん…、やらなきゃいけないことが残ってるから」
『あの男の子のところだよね?』
「そ、寂しがってるだろうから会いに行ってあげないと。アティはヨナのこと嫌い?」
『ううんっ、そうじゃないの…。だけど、まだちゃんと話せたことなくって…』
「…そっか。ねえ、アティはヨナのことどう思う?」
『うーん、ええっとね、泣き虫さん』
「…アッハッハ、そっか泣き虫さんか」
『むぅ…しょうじきに言っただけなのに』
「ごめんごめん、私も同じように思ってたからつい、ね。確かにヨナは泣き虫さんだ、思えばずーっと、初めて会った時からずっと泣いてたような気がする」
息をついて、思い返してみるとヨナはずっと背負う必要のないものを一人で背負っていた。一緒に持つって言ってるのに、そのワタシごと背負おうとするんだから際限がない。
「いい加減信頼してほしいなぁ。ワタシにだって、出来ることはあるんだから」
呟くように放った言葉は終わりのない空へ霧散するまでもなく消えた。
どうやら、やるべきことはまだまだあるみたい。ヨナを一人にしておくのは不安だし。
「よし」
『それじゃあリアもいかないとね…ゴメンね、わがままいって』
「いいんだよ、でもねアティ。ワタシとアティはずっと一緒にいる。離れ離れになったりしない。もうキミを怖がらせる人たちのことで心配させたりしないように頑張るから。だからもう少しだけ、待っていてほしいな」
『………うん』
「アティはいい子だね。それじゃあ落ち着いたらまたお話ししようね。できる限り早く終わらせるから」
『うん、待ってるねリア。いい子にして待ってるから——』
それきり、少女の声は聞こえなくなった。
ワタシは目の前に作り上げられた『門』を前に息を整える。
「…ふぅ、ワタシが戻ることが吉と出るか凶と出るか」
外の状況が分からない以上、ワタシのこの行動が決定打をヨナの方へ与えてしまうかもしれない。だけど、ここに居続けていては事態が好転することもない。
「やっぱり、ヨナから返してもらわなかった方がよかったかもだ」
そんなことはないってことは自分でもわかってるけど、一歩踏み出す勇気が欲しくて軽口をたたいてみる。
よぉし、ワタシはワタシでもっと頑張ってみよう。そうしたら褒めてもらえるだろうし、アティとの約束も守れる。
「レギオンとの因縁だけなら、これでよかったんだろうけど」
ワタシは、自分が思っている以上に色々と背負ってしまっている。ただの美人な村娘だったんだけどな。人生というのは分からないもので。
「じゃ、いってきます——」
光で形どられた『門』へと足を踏み出し、意識が白の中に消失していく。
次目覚めた時に五体満足であることをほのかに祈りながら。
□ □ □
(———このクソジジイ…、こんだけ落としてもまだ元気一杯かよ!)
散らばる肉片はオレのもの、ズレて歪んだ視界は眼球が本来の位置にないためか。
だがその中でもはっきりと確認できるのはレイガンが元気に刀を振り回しているということ。それも無傷で。
その間にオレは何度グチャグチャになったのかもわからないくらい体を張ってるってのに、光の帯によって外界と区切られたレイガンの足元だけは全くの無事だ。
強いのは分かっていた。この身で体感もした。けど、まさかここまでのものとは思わなかったのもまた事実。本当に生身の人間かどうかさえいい加減信じられない。
「命を賭けた覚悟を、お前が持つことは出来ない」
「——、ってくれるな…。今まさにやってるつもりだってのに」
不意にこれまで迎撃に集中していたレイガンが話しかけてきた。無論刃の冴えが落ちるわけもない。むしろ無駄が省かれ洗練され始めている。
「第一、お前が命を賭ける行為自体、前提条件として為し得ないことだろう。不死身の肉体は人を覚悟から遠ざけていく」
「ハンッ! 何を言い出すかと思えばよォ、お迎えの近い老体のメリットだとでもいうつもりかよ。どうあがいても、このまま続ければ勝つのはオレだ、いくらバケモン染みた技術でも、数と時間には勝てねえ」
いくらアンタが天変地異さえ斬ることができようとも、その場に食い止められればいつかはオレの勝ちだ。肉体限界か寿命か、理由はどうあれ『巫女ちゃん』にはたどり着けず、この場で命を終えるまで、オレは攻撃をやめるつもりはない。
「だから浅はかだという。ユーリ、お前の悪い癖だな」
「あぁん!? 何が言いてえんだよ、回りくどいしゃべりしやがっ、て———」
何かが、軋む感触。
「己を下に見ているのか、それとも他者を高く見積もっているのか? 贔屓するのは構わんが、運用するのなら適正な範囲にとどめておくことだ」
始めは小さかった軋みはだんだんと大きくなり、無視できない焦燥感が襲い掛かる。
「こいつは…まさか——」
「お前は、無意識で己にできることは他者にも可能と考えているのだろう? 自身を天才だと口にしながらも、誰もが同じ場所へ到達できるのだと考えている。孤独故の現実逃避とでもいうべきか、だがそれは不可能だ」
抵抗を押しのけ、握りつぶす。蹂躙ともいえる圧倒的実力差はオレの意志で行われているのもではなく——。
「…ッ、ヌイちゃん!」
背後で、他の皆を護っていた彼女に限界が訪れたということに他ならない。
周囲へ向けられて聳え立ち、乱立していた血杭の筵は徐々に消えていく。そしてその中心で膝をつくヌイちゃんの姿がはっきりと目にとれた。
軋む感触、握りつぶす感覚も、抵抗を失ったことにより俺の大紅蓮地獄が皆のいる領域を食らい尽くそうと猛速度で侵略を始めているのだ。
このままではオレの力によって『巫女ちゃん』ごと殺し尽くす。
「時間がないのはお前たちの方だったな。どうするユーリ、此方としては『巫女』が死ぬことは望んでいるところだが」
「———こ、の、ジジイ…ッ!」
時間が味方していたのはオレ達じゃなくそっちだったってわけか。
(どうする——)
『巫女ちゃん』が死ぬのは避けねばならない。そうなればレイガンの思惑通りナイギの手によって命を絶たれた結果、この世界は完全に終わりだ。
この場にいるオレ達も問答無用で無に還ることになる。そうなれば、おそらくレイガンの目標はほぼ達成されるんだろうさ。
でなきゃここで選択肢を提示はしない。
選ばせてきやがった、オレ自身の手で世界を、ひいては『崩界』を終わらせる結果に繋げるか。それとも大紅蓮地獄を解いてレイガンに斬られるか。
単純な武力だけでこれほどか。
(どうする———)
軋みはとうに悲鳴を上げ、均衡が砕けるのは目の前だ。そうなれば彼女たちは一様に氷漬けになる。姉上であろうともそれは例外じゃない。できても一時的な抵抗だけだ。
「どちらにせよ私は行くがな、精々考えながら再生することだ」
ひと際強い斬撃を空に向けてはなったかと思うと、奔り抜ける光となって半径三十メートルほどが粉微塵と化した。
それはオレも例外ではなく、羂索の力を乗せた斬撃はオレの再生を著しく遅くする。意識が断絶するまでの刹那の間隔。それまでにどちらを選ぶか決めなければならない。
——レイガンを足止めするためオレ自身の力で皆を危険にさらすか。
——大紅蓮地獄を解除してレイガンの行動を許すか。
そのどちらを選んでもその先が見えないときている。あまりにも、単純な武力による正面突破が強すぎた。純粋な人間という生命が至るには遠すぎる領域へ立っている。
軋みは限界を超え、ついに砕け散った。唯一無事だった空間にも絶対零度が侵食し、朱き華が咲き乱れようと迫りくる。
(それでも——)
それでもほんの一瞬、刹那とも呼べない細断されつくした時間の狭間かもしれないが、今この時にレイガンは隙を見せやがった。
挑発か、攻撃を誘っているのか。ヤツの狙いはわからない。
だが、極小であろうと狙った行為であろうと、隙であることに違いはない。
(いま——なら———)
線が入り始めた視界の中央にはレイガンの背が映っている。だがすぐに流星の氷塵や破壊された街の残骸によってすぐさま隠れてしまった。
此処で見失うわけにはいかねえ。一発だ…、決死の一撃を食らわせさえすればそのまま終いに持ち込められるかもしれねえ。いや持ち込んで見せる。
「———こ、の——」
手を上げ、レイガンへ向ける。
この刹那にて、皆を氷漬けにするまえにレイガンへ一矢報いる。
(覚悟が足りねえって言ってきたのはアンタで二人目だ——。本当、口の回り方は嫌味なくらい似てやがる)
命の使い方を、オレは以前見せつけられた。失うのではなく託すのだと、そういったアイツはどんな顔をしていたっけか。
その辺りを覚えてるはずの脳みそは切り刻まれたらしくてよく思い出せない。
——なら、オレに今できることはこれくらいだ。
「悪ぃな…——」
レイガンへ向けた拳を握り、空に巨大な一振りの剣を作り上げる。
強大な四方界の行使に呼応し、力の増幅機構でもある胎蔵領域が活性化。ヌイちゃんたちのいる空間まるごと食らいつくそうと侵食の速度が跳ね上がる。
それでも——、オレのすべきことは、今ここで果たさなければ——。
「愚かしい、くだらんことを」
不意を衝くなどできようはずも無い。
隙などあってないようなもの。例え完全な一手を打とうとも羂索の範囲に入ってから肉体に到達すまでの間に対処可能。
「ああ、だからオレにゃ無理だ——」
なあ、これなら見えるだろう?
舞い上がる氷塵も残骸も、デカい剣で切ってやった。またすぐに舞い上がるだろうけどよ。それでもこの一瞬だけは、見えるはずだ。
オレはいったん退場するしかない。だから、あとは任せる。
「はぁ——、まぁたこんな中途半端な終わり方か…よ……、けど、託す、ことくらいは——」
空に立ち上る黒炎と黄金の界燐を感じ取りながら、目を閉じるまでもなく暗闇へと落ちる。次に目が覚めた時、よりよい世界になっていることを願いながら。
『本編について』
・リア、生存(仮)
自身の領域の中で少なくとも魂が生きていたリアです。
現実空間では全員必死なのですが、リアはシリアス関係なしに進めようとするので彼女の周りだけ空気感が異なります。
・『アティ・ラゥルトナー』について
以前、名前だけ出てきた少女です。その時の後書きでも「一応出番があった」といった旨を記載しました。
出ていた箇所は第一話のリアとヨナギの会話シーン、リアの傍で死んでいた少女がアティです。 ナイギの襲撃により壊滅状態へ陥ったので、すぐさまリアにラゥルトナーの魔眼を移譲し、魂がリアの領域にいる状態になっています。
『定期連絡』
・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。
・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。
・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。




