62.救済之羂索①
「ォォ…ッ、ラァア!!」
「ふん」
生成した氷槍、全力の投擲は正面から抵抗の一つもなく真っ二つにされる。
まったくよぉ、それなりに圧縮した密度マシマシにした槍だったんだが、バターでも切るみたいにあっさりだ。
「自信なくすぜマジよ!」
「実力が伴っていないだけだろう」
「言えてらぁな、ならこれで…どうだァ!!」
正面からの攻撃は切り捨てられて終いだ、それなら全方位から攻める。
地面から空から、武器を作り出しては豪雨のように降り注がせる。いくら旦那でも腕が三本あるわけじゃねえ、どっかでさばききれないところは出てくる。
「それで旦那、なんで『巫女ちゃん』殺そうとしてるわけ? 真面目に一族のために粉骨砕身してきたオレとしては裏切り行為なんだけど?」
「さすがのお前でも察するか。だが、ここで死ぬ以上知る必要はないな」
「はっ、厳しいお言葉だよ。ご当主とも悪だくみしてたみたいだからな。だが、旦那とご当主の方針があってるかどうか、怪しいね」
「………ッ」
全方位から迫る氷の武器、それぞれがかなりの硬度を持たせてあるからいくら旦那の斬撃でも全部を捌くのは無理があるはず、だとよかったんだが。
「っぱ無理か、どうかしてんな。人間やめてる」
「話す時間も惜しい、誰も彼もが邪魔をする。貴様らがただの一度でも役に立ったことも無し、無様に生き延びている者もいるようだしな」
「ひっでえ言いざまだよ、アンタもいい加減後進に道を譲る年だぜ。出すのは口だけにしてくれよ」
前後左右、果ては上下にまで敷き詰めた針の筵は切り捨てられた。かすり傷一つつけられやしない。
(破壊された武器の状態からして何度かに分けて斬っちゃあいるみたいだが、太刀筋が見えねえな。いくらなんでも人間業じゃねえ、四方界か)
武器の切断面はそのままが太刀筋だ。
剣や刀ではどうしても線の攻撃でしかないんだから、旦那は一瞬で自分の周囲を切り捨てられる力を発揮してるとみていい。
ただ不可解なのは一度抜いた刀だったが、戦闘が始まってからは刀身さえ見えていない。それほどの速度での抜刀、納刀を行っているんだろうが、それが領域条件か?
昔何度か聞いたことあったけど無視だからな。刀以外を使ってる姿を見たこともないから条件自体はそう難しくないはずなんだが。
「ったくよ、オレたちゃ仲間、家族なんだぜ? 領域条件くらい教えてくれても罰は当たらんと思うんだが」
「殺意を向けていながらその言葉を吐けるのは才能だな。姉を見習ったらどうだ?」
「ん? おっとォ!」
オレの脇をかすめるように矢が奔る。
音を置き去りに風を裂きながら旦那に向かった矢は何のこともなく切り捨てられるが、二つに分かれた残骸は着弾した地面を大きくえぐる。
「さすが姉上、気配一つも見せやしないときたもんだ。あとはオレに当てようとするのやめてくれれば文句もないんだが、なァ!」
旦那の周囲を囲うように氷壁を作り上げる。ヨナギにやって見せたような、内部が幾層にも分かれた構造。
もしも旦那の四方界が『刀身を見られない』ことを条件にした斬撃の威力や加速の底上げなら、一度止めちまえば何とかなる。
「それに、さすがのアンタでもその中で防ぎきれんのかな?」
今度は全く別の方向から再度、矢が放たれる。
移動の際も影に隠れているんだろう、気配の一つもなければ矢の着弾でようやく攻撃が行われたことが分かる。その上、壁を貫くのではなく吹き飛ばす威力。
壁のぶっ壊れ方からして、中でまた切られちまったみたいだ。音もなくてほぼ真横から現れる爆弾をノータイムで処理するのはどうかしてる。
「ならこうだ」
斬られるってなら圧し潰す。
空から振り下ろされるのは巨大な氷槌、剣だと多分、刀身をたたっ斬られて終わりだろうからな。
(はてさて、能力の有効範囲はどこまでだ?)
重力の力を借り、粉塵を押しのけながら落下する氷槌。旦那を閉じ込めるために作った壁ごとべしゃりと圧し潰し、そのまま中にいるヤツまで倒せちまえば楽だったんだが。
「……無理だな」
理解と同時に氷槌が内側からバラバラに斬り砕かれる。採石場の岩のようなブロック状にされた氷から旦那に向かって武器を再生成するがそれも砕かれている感覚が伝わってくる。
あまりにも早い反応速度からして自動迎撃とみるべきか?
足元から氷漬けにしようと試してもいるが、あの爺様足元の氷も斬ってるのか、旦那の足元の小さな範囲だけは氷の地面が無くなっているらしい。
「んー、どうも相性悪いか? 胎蔵領域打っちまうとシエちゃんたち巻き込むしな」
あの家だけ守ろうにもシエちゃんだけじゃ足りないし、あっちはあっちでボロボロだし
複雑な能力より、異様な現象を引き起こす呪いより、単純な武力こそが最も恐ろしい。せせこましい術式も、意志を具現化した気高い誓いも、それを超える武力さえあれば関係ないわけだからな。まさかあんな爺様から見せつけられるとは思わなかったが。
「あの調子じゃレギオンだって斬り捨てかねねえ」
というか、斬れるから特に対策もなくほっといたのか。旦那からすれば『巫女ちゃん』は殺したかったみたいだし。
ヨナギの苦労が浮かばれねえな。例のラゥルトナーの女も死んじまったみたいだし。
「考え事か? 余裕だな」
「あ」
いつの間にやら目の前には旦那の姿。いやもうまさに目の前、完全に射程圏内、間合いの内さ。当然、手の方は柄に添えられていて防御する前に斬られるのは間違いないという状況で。
(——油断したなぁーもぉー!!)
言葉通りに全方位から隙間なく、絶え間なく攻撃し続けてたのになんで無傷?! 服も無事だし、足速すぎだろ、ほんとに爺かよコイツ——ッ!
「相手する時間も惜しい。後で殺しはするが、行動不能にはなっておいてもらおう」
「ぬぉぉッ!」
防御で見せていた剣速で切り刻まれれば、いくらオレでも回復に時間がかかる。その間に『巫女ちゃん』やられちまえばそれで終了、この世界ごとドボンだ。
(この世界ぶっ潰して何が目的だよ爺さんッ!)
なんて文句を言う余裕もない。
甘く見ていたといえばそれまでだが、まさかここまでとはな。
(——仕方ねぇ、こうなったら胎蔵領域使ってでも止めるしかねぇ!)
「四方展——ヂ—ッ……」
「やかましい」
喉が掻き斬られる。やっぱインファイト向いてねえなオレ。旦那からすればさぞ隙だらけだろうさ。
だがな旦那、攻撃の瞬間ってやつは一番防御が甘いんだぜ?
「——ッ!」
目の前にいた旦那が真横へと吹き飛ばされた。
刀を抜く寸前に鞘ごと持ち上げて防いだみたいだったが、ほぼ本能の反射的行動だった。これまでで一番ダメージが入ったのは違いない。
「いやぁ、ここまで引き付けないと隙未満も生まれないとかホント嫌になるぜ」
『阿呆で間抜けな愚弟め、なまじ不死であるせいで緊張感が足らん。覚悟を持てという』
「あーそれは実に耳が痛ぇな、ヨナギにも言われちまったんだよなそれ」
姉上の援護がなかったら間違いなくバラバラだった。感謝しつつも厳しい言葉に苦笑する。オレはオレなりに頑張ってんだけどなぁ。やっぱりもっと硬派な感じを押し出してった方がいいのかね、シエちゃんはどっちの方が——。
『油断』
「ハイ、大敵デスネ」
何故ここまで見抜かれるか、顔に出てんのかな。
とはいえ旦那は矢を防いだとはいえ斬ったわけじゃない。まともに受けて吹き飛ばされた。ようやく土つけられたわけだ。
「さっすがナイギ一の破界領域完全特化型…、基本的に飛び道具使ってるだけのゴリラなんだよな」
それこそ姉上の恐ろしさ。
武器自体に力を乗せることに関してはあの人の上に立つ者はいない。オレみたいに三界混成、みたいな大規模な術式は組めないが、その分一つの性能をとことんまで極めた人だ。
よりにもよって破界領域だったわけだが。
「聞こえておるぞ」
「……聞かなかったことにしてください」
「勝てばな」
「おーっしィ! オレがんばっちゃうぞ!!」
それがどうして真後ろから声が聞こえてんのに気配の一つもないくらいの四方界を使えてるのか。いやまぁ、この世界に延々といたんだったらいくらでも鍛錬はできただろうけどさ。
(ああいうのは『封界』の範疇だよなぁ…姉上死ぬほど苦手だったはずなんだが)
まだガキの頃、崩界に姉上が居た時には火力で何もかもを滅殺するスタイルだったのに。
(なんか、いい出会いでもあったってところか。ヨナギとは仲いいってわけじゃないみたいだけど)
ただ、姉上が守ろうとしてる存在を見てると大体の察しはつく。
「ま、オレにゃ関係ないことか。さて次だ」
「次とは言うがな、手はあるのか? 今のを防がれたとなると完全に不意を突くのは無理だ。アレが完全隠密状態での最大威力であるからな。あれ以上の威力を出せば隠密先が勘づかれる。撃つ前から防がれているようなものだ」
「ったくさ、旦那がもっと早く現場に出てりゃ終わってたろこの戦い。なんというか掌の上で踊らされてた感があって嫌になるね」
「ほう、もしもレイガン殿が動いていれば今頃この世界は終わっていただろうな。なぜ今頃本腰を入れたのかは分からぬが、今の吾等にとっては倒さねばならぬ相手よ」
「そりゃそうだ。さぁってと、こっからはあちらさんも本腰入れてくるぜ姉上、そぅら隠れた隠れた」
「言われずとも。だがどうする、レイガン殿の前では吾がどれほどの威力を放とうとも無に帰すぞ。お主が動きを止められさえすれば丸ごと撃つが」
「ああそりゃいい、できたんだったら最善最高の一手だろうよ。惜しむらくは旦那と斬りあうとか無理ってこった」
「知っておる。ではどう——」
「ん」
疑問を呈する姉上だったが、オレの指さした方を見ると言葉を止めた。そして息をつく。
「……できると思うか?」
「オレよか姉上のほうが付き合い長いだろ?」
「仕方あるまい、ではここは任せる——」
そうして姉上は完全に消えた。
不意打ち食らわせるために隙だらけ、ってのももう通用しねえし、こっから先は手を抜けねえな。旦那も近づいてくるヤツに気づいたのか、身を正してにらみつけている。
「感動のご対面か? んな訳もねえわな、姉上が生きてたのも興味なかったんだ。調べようともしてないはずだ」
戦い方もどこか似ていると思っていた。最初はどっかで見たような顔だと、野郎の知り合いにいたっけかなぁ、と思った程度だった。
だが戦った時にアイツの取り出した剣、倶利伽羅を見て思い至った。
倶利伽羅は元々ナイギが所有していたはずだ。それが十二年前、『纏界』への奇襲作戦の時に失われた。
誰が持ち出した? そもそも扱える人間がいたのか?
ちょっとした噂になったが作戦を指示していたのが旦那だったこともあってそう深くは調べられなかった。記録も抹消済みで深く調べられもしない。
「当然だよな、目的さえ達成すれば使い捨てるつもりだったんだろうし」
中身までは分からない。だが、大きく外れてはいないだろう。界燐の許容量の少ない人間が身体に術式を刻み、所持した武具の性能を最大限発揮する技法は『纏界』には“存在しない”。
なぜならラゥルトナーはそういった悩みとは無縁だ。魔眼があるのだからやりようなどいくらでもある。
ならば、彼の少年は一体どこから来たのか。
「旦那の懐刀、いいや——」
対峙した両者は睨み合い、いつ斬り合いを始めてもおかしくない。
これで足りなかった分の戦力は整った。足りているかは怪しいが、これが打てる最大手、ならばやれるだけやるしかない。
一人の爺さんを倒すのに三者三様の理由で手を取り合っているオレたちはずいぶんとおかしなチームだ。
「だが、お前にとっても悪くない状況だろうヨナギ? 旦那を倒す人間がいるとするなら、そりゃあ多分お前だ」
だからオレも手を貸してやる。一度は負けた身だし、お前を救いたいと宣った責任もある。
旦那を倒すことがお前にとっての一つの救いになるのなら、一緒に戦うってのも悪くないさ。
——ゆえに、発動を決意する。
敵味方関係のない氷獄世界、在るのは己と裁くべきその他のみ。
「だからボロボロのところ悪ぃが任せるぜ、特訓の成果見せてくれや、——ヌイちゃん!」
「……まったく、傷を癒してじっとしていろと言っていたでしょうに、すぐ意見を変える人だ。曲がりなりにも人の上に立つべき人材ではないな」
久しぶりに聞いた気のする気の強い女戦士の声。
旦那がこっちの世界に来る時に無理矢理利用されたらしい、空から落ちてきたときは何事かと思ったもんだが、旦那に抵抗しただけ流石のヌイちゃんだ。
「ハッハッハ、だから悪ぃって言ってんだろう。それとも何かい? ヌイちゃんは旦那に一泡吹かせたいとか思わない?」
「……思います」
「ならやってやろう見せてやろう。ご当主から連れ帰れって言われてる『巫女ちゃん』を殺そうとしてる時点で裏切り者だ。殺しても文句は言われねえさ」
「ふんっ、ならばよし」
「やることはわかるかい? ……できるかい?」
「——ええ、やります。この場所への侵食を抑えれば?」
「ああそれでいい、けど深く考えなくて大丈夫だ。やれるだけの全力じゃなきゃ形にもならねえ。……それとジンと鬼娘たちは?」
「拾いました。今は此処に、ジン様は縛られていますが…」
「縛られてんの? やったとしたらヨナギか。ならそのままでいい、頭に血が上ってると邪魔になりかねん」
「ハッ」
手札はそろった。これでオレも全力が出せる
じゃあ見せてやろうぜヌイちゃん、力づくでいうこと聞かせてくるような老害に目にもの見せてやらねえとなぁ。
ゆえに紡ぐべき言葉は決まっている。
「頞部陀より摩訶鉢特摩、此処に呼び起こすは八大地獄」
ああそうだ、必要とあればオレは何度でも地獄を起こそう。
「墜ちろ我が身、我が世界。悪性の誕生と共に起こりし極氷の心象領域。
四万由旬、落ちし至るは無間地獄。獄熱取り囲むは氷獄の牢櫃界。創世せよ氷獄牢、乱れ咲くは紅蓮の華よォ!! ——四方展開ィ、三界混成『胎蔵領域 彼岸華・大紅蓮地獄!』」
地の獄の展開と同時にこれまでの比じゃない速度で凍土が広がっていく。オレを中心として己以外を見境なく凍らせるソレは旦那だけじゃなく、この場にいる全員に対して押し付けられる。
「本来調整なんか効くような能力じゃないんでな。ヨナギ、お前は自分で何とかしろ」
剣を交える寸前のヨナギと旦那、まぁこっちとしては旦那さえどうにかできれば問題なし。
「お前、やっぱラゥルトナー向いてねえと思うんだけどなぁ」
ご当主の意向に沿うわけじゃないが、ヨナギはできたら連れ帰りたい。茶でもしばいてアイツと落ち着いて世間話でもしてみたいが、ご当主がわざわざ指名したならどうせろくなことじゃない。
(…ここで殺しちまった方が後々のためかもな。とは思うが、そりゃ後で考えりゃいい)
そう、今気にするべきは彼女のポテンシャル。
オレだって才能のない子を鬼娘に預けたりなんかしない。それにできるつったんだからやってもらわねえとな。
背後、シエちゃんの傍に立っているはずのヌイちゃんを信じている。
というかオレはオレの救った女を一度だって疑ったことなんてない。できるというならできる。その強さを全員が持っていると信じているし、出来ないというならできるようになるまで付き合うさ。ま、今回は鬼娘に任せっちまったわけだが。
「さぁて、見せてくれヌイちゃん。ぶっつけ本番の大躍進だ、失敗したらオレの能力に巻き込まれて死亡確定だが。ハッ…、いいやわざわざ挑発の必要もねえかな?」
慎重に、されど大胆に組上げられる術式。君の持ち得るものってのは『門』を通る資質だけか?
違うだろう、オレの創った『楔』を打ち込まれても適応し、くじけぬ心を持っている。そしてあの鬼教師達の特訓を生き残ったんだ。
「ヌイちゃん、君自身が信じようとしなくっても、オレは君の持つ才覚と努力を認める。誰よりも強くなれる可能性を秘めているのだと何度でも伝えたい。だから見せてくれないか。君の、生まれ持った世界の形を」
オレの言葉が届いたのかはしらない。そこはどうでもいいしな。だが彼女は、一つの答えを、オレに示してくれた。
□ □ □
まったく、風に乗ってなにか聞こえると思えば何を口にしているのか。相手を考えれば隙だらけでしかないというのに。
「ふんっ、変な奴に仕えることになってしまったものだな。後悔する気力も湧かん」
出来るかと聞かれて、出来ると答えた。
失敗したら死ぬなどは一言も聞いていなかったが、あの男がテキトーなのは今に始まったことではない。アレが次期当主なのだからため息しか出てこない。
だが、やらねばならないことに変わりはない。老害を見返す云々を真に受けたわけじゃあないが、この場は我を通させてもらう。
「——ぐ、ゥ…ッ」
大した理由じゃない。ちょっとした嫌がらせ程度のものだ。
「よくも無理やり連れてこさせた挙句、始末しようとしてくれたな…ッ」
そう、ちょっとした怒りをぶつけるだけのこと。ヨナギに手を貸すことになるのは内心複雑だが致し方なし。
「そんなに見たいというのならやってやる——っ、私の力を…ここで見せつけてやる!」
界燐を循環させ、体が内側から爆発してしまう寸前まで生み出す。だがここで止まってしまうようでは先はない。
内側から爆発する? かまわん、それで器ごと壊れてしまうというのなら私の力はそれまでだったというだけのこと。
『胎蔵領域』——、『破界』、『封界』、『創界』の三界を練り上げ、己の四方界を形作る大本である心象領域を世界へ産み落とす大規模術式。
到達する者が希少すぎるがゆえ、『崩界』の歴史をたどっても数えるほどしか担い手が存在しない四方界の極致だ。
(さも当然のように振ってきおってからに。が…ッ、ぁ…。まだ、だ、己の心をさらけ出せなければ——)
本来、三界それぞれを十全に扱えなければ均衡を崩し、それはそのまま己に返る。
当然私にそれほどの練度はない、時間は足りずレイガンとの戦闘で傷も負っている。この状態で成功させられるかどうか。
失敗即死だ。誰が好き好んで挑戦するという。
「———ぐ、ぅ…ぉぉぉぉぉお!」
身体の内側から無数の杭が飛び出そうとしている。内臓がズタボロになり、骨を砕く。体験したことのない痛みは集中を削ぎ落し、死へといざなおうとしている。
「つ…っ、ぅうう——!」
だが、どれほど馬鹿で間抜けな男であろうと、信じると口にしたのだ。元来望んでいた機会ではないにせよ、この領域に至るために手を差し伸べた。
——ならば期待に応えないわけにはいかない。
それにこの程度の痛み、あの三人組との無茶苦茶な鍛錬に比べたら全然大したことはない。内側から突き刺してくると分かっていればどれほどの痛みか。想像できる痛みなら我慢できるはずだ。
「——貴様ら…には、世話になったな…っ、いろんな意味でだが——ッ!」
「……命じられたがゆえのこと。だがヌイ、おまえの成長は目を見張った。手を貸すか?」
「いらんっ! 私よりも傷だらけのくせして気を回すな、そこで見ていればいい」
ユーリはすでに『胎蔵領域』を展開し終えた。あとはどこまでも広がり続け、生命の生存を許さない永久凍土へと変貌させていく。
だからもう時間はない。
この身の内より生まれ出ようと暴れまわる世界、私が生まれた瞬間から持ち得ていたはずの地獄を顕現させ、氷獄の侵攻を押しとどめなければ先はない。
「中途半端に…、日和おって…からにぃ! やらねば死ぬ、失敗しても死ぬのだぞ…! ならば、道は一つであろうがあああああああ!!」
この期に及んで限界を超えられない己へと叱咤する。だがきっとこれでは足りない。言葉だけで限界を超えるにはいささか不器用すぎる。
結局、ユーリの与えた鍛錬は間違いじゃなかったということか。
「ふ、…ンッ!!」
「な」
「それは」
驚いたのは鬼面の女だけではない、傍にいたラゥルトナーの従者も目を見開き、声を漏らす。
それはそうだ、なぜなら自分自身で影杭を握りしめ、そのまま胸を貫いたのだから。
「がフ…——っ」
口と胸から夥しい量の血が噴きこぼれ足元を濡らす。
傍から見れば能力発動の痛みに耐えかねた自死といったところか。
「いいやこれで…いい——ッ」
内から外へと、産み落とされるための世界が手をこまねいているというのなら道を用意してやればいい。
そらさっさと来い、お前が暴れる先は外の世界だろうに。
なんとも馬鹿げた力づく、痛みに耐性ができていなければ今頃正気を失っている。
「———」
これまでの、ただ一方的な戦闘を行うだけの鍛錬とも呼べぬものが、ここで役に立つとは思わなかった。
「は、ハハハッ…そうだ、いいぞ来いッ! お前が私の世界だというのなら、私の望み通りに生れ落ちてもらうぞ!!」
これまで、体内を手当たり次第に突き破ろうとしていた大量の杭が胸に空いた孔へ一直線に向かい、体表へと血に濡れた赤い杭が幾本も飛び出した。
これこそが、私のもつ世界の一端。この根元にこそ広がる地獄が存在するのだ。
「————————」
ゆえにこそ言葉を紡げ、地獄を産み落とせ。
お前自身がお前自身を産み落とすが如き矛盾を孕みながら、その裡に広がる地獄をこそ創り上げろ——!!
「穢らわしき罪人め、此れより先に進ませはせん…っ。
…原罪罰する地より天へ、穢れたその身で高みへ至ろうなど誰が許すはずもなかろう」
人は生まれながらに罪を背負う。
無垢で生まれた純粋物など夢物語、胎内に命として生まれたその時から、生まれる世界の立ち位置など定められている。
「乾くことなき血に濡れた、無間の墓標のみが貴様に許された渺たる救済」
ならば、無様に生きるしかないものはどうすればよいのか。
どれほどあがこうとも報われず、血反吐を吐こうとも見向きもされない掃きだめに生を受けたものは。
…だからこそ、強くあらねばならなかった。実力の届かぬ死地に挑み続け、命を無下にしながら生き延びるしか方法はなかったのだ。
「天地を廻り手を伸ばせ…ッ、永劫届かぬ高みへ墜落し続けるがために!!」
顔も知らぬ、父と母のように汚濁にまみれて死ぬなどまっぴらだった。だからこそ、この地獄なのだろう。
「見るがいい…、これこそ私の地獄辺ッ!
——四方展開、三界混成『胎蔵領域 死影血杭・衆合地獄ッ!』」
地獄が生まれる。
噴き上がる血霞、その一粒子が地面に落ちた時、血染めの赤き杭が幾本も表出する。一本が人の身長もあろうという杭は隙間なく地面を埋め尽くし、その範囲を拡大するために広がり始める。
その様は血の濁流、触れたもの全てを引きずり込み食らい尽くす魔の領域。
「……っ」
初めての発動、数段飛ばしの力と技術によって不完全でありコントロールもできていない。かろうじて台風の目のように『巫女』の家を被害から外してはいるが、それよりも外側は制御できない。
血だまりができていくように手当たり次第、四方八方へ歪に広がっていく。
「ぐ…ぅぅぉおおおお!!」
歯を食いしばり、なんとか地獄の流出を抑え込もうとするがどうしようもない。
(これが…『胎蔵領域』、なるほどこれなら納得だな…っ)
発動の失敗による死亡、大したことではない。己の裡に宿していた地獄の理に使用者が呑み込まれただけだ。私もこのままでは内側から針千本といったところか。
——だが、ここにはあの男がいる。
「最高だぜ、オレの目に狂いはなかった。結果論だけどな」
「ならっ、何とかしていただきたいところだなッ!! 抑えがきかん!!」
心底嬉しそうに笑みを浮かべる男、ユーリは余裕そうに手を上げている。
「いいや抑える必要はないぜヌイちゃん、君はそのままでいい。たまには上司らしく頼りがいのあるところを見せねえいけねえからな。だからヌイちゃんは安心して全力出し続けてればいい。——信じてたぜ、君は最高だ」
「———」
見れば、ユーリの展開した領域が、私の世界を外側から力づくで抑え込んでいた。歪に広がっていた領域はユーリの手によって真円状に整えられ、無駄な力をかけていたところが矯正されたことによって維持も幾分かマシになっている。
「一度使えるようになっちまえばこっちのもんだ。だからヌイちゃん、下手にブレーキかけちゃいけない。四方界の力はオレたちの根源にあるものだ、なぁに、自分で自分を刺すのと一緒だ。後はそのままでいてくれればいい」
「それはそれでキツイんだがな…ッ」
「アッハッハ、それは頑張ってくれ。それに抑えるなんて言ってられないぜ」
「…なに?」
「旦那を切るのはアイツの仕事だが、オレはオレでヌイちゃんたちへの傷を許しちゃいないからな。手を抜くつもりはないってことさ」
「———!」
……なるほどな、そういうことか。
外界、ユーリの領域の侵食の方が強くなってきている。このままでは私の胎蔵領域ごと氷漬けにされかねない。
「手を抜いてはいられない、ということか…!」
身体にかかる負担を外へ発散するようにぶちまける。額から流れ出た血で視界が赤く染まるが気にしてられるか。
永劫這いあがることのできない地獄を上り詰めようとして、何度も突き落とされてきた。だが、その高みにこそ私の望むものがあるのだと、今でも信じている。
そして、信じると言ってくれた相手を無下にできるほど腐ってはいない。
「信じているからこそ、何をも信じていない貴様がここに手を伸ばすことはできない。たとえ他の者が全員倒れようが、この場所へ貴様が到達することはさせん!」
これより先、レイガンかそれ以外が倒れるまで地獄は開き続ける。だから何とかしろ、お前を倒すのは私だ、ヨナギ。
その時のために今は全力を尽くしてやる。さあ——、見るがいい!
□ □ □
「…………」
その姿を見て、”彼女“は何を思ったのか。
成り行きとはいえ敵のために命を尽くし、怨敵を護ろうと戦う戦士の姿。
……いいや、考えるまでもなかったろうな。救いたいと思っちゃいるんだが、どうにもオレは君につらい選択をさせてしまう。
責任をオレに押し付けてくれれば幾分気もまぎれるんだろうが。
「君は……そういう風には考えないよな」
それに今のヨナギの力では旦那を超えることはできない。オレたちの力を背にしてもまだ足りない。
やってることは所詮手助けだ、決定打まではくれてやれない。
——なぁシエちゃん、君はどうするんだい?
『本編について』
・レイガンの強さについて
個人的に戦う老人キャラは強い方が好みであり、ナイギにおける副将である以上はユーリやイユラ達に苦戦するようではダメなのではないか。そう思って書いていたのですが、ヤケクソみたいな強さになってしまいました。
・ヌイちゃん、胎蔵領域
死影血杭・衆合地獄(しえいちくいぜ・しゅうごうじごく)
初期のころからユーリが彼女に目をつけていたのも、女性であることと相応の才能を感じ取っていたからです。そのため三姉妹に特訓を付けさせるなどの手助けをしていました。
能力としての具体的な描写は先になりますが、要は針山地獄です。
発動者であるヌイちゃんが常に相手から見える位置にいますが、敵から攻撃は近遠距離ともに届くことは無く、周囲の針山によって攻撃を受け続けるというようなものになります。
『定期連絡』
・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。
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