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四方総界縁起  作者: くろよ よのすけ
58/100

58.境界無き蒼穹②

「ギ…ィ、ぉォオオオオオオオオオオオオ!!」

 胸を貫いたレギオンからはこれまでの知性は感じられない。

 奴はすでに自我を失い、目についた外敵を殺すためだけに疾走する獣と化していた。


「どこまでも好き勝手やりやがる! あんなんだから名前も覚えてもらえねえんだよ!」

「名前とは何のことだ!? 打開策があるなら早く言え!」

「関係ねえよ! いいから集中し——グぅ…ッ」

 真横から直角に突っ込んできたレギオンへの反応が遅れた。力任せの一撃だが、これまでの速度の比じゃない。目で追うのがやっとで、ギリギリ剣で防いだが、それでも防御しきれない。

 灰の輝きの前では物質も空間も意味をなさない。防御した腕ごと破壊されてしまう。


「四方展開——滅刃!」

 剣に纏わせていた光刃を正面へ向けて全放射する。

「——ギィィィ!」

「ぐあ…ッ! このっ、離れやがれ!」

 勢いのままに俺を吹き飛ばすレギオンに回避する思考はできない。防御もせず顔面にほとんどの光刃を受けたレギオンは俺を蹴り飛ばし、離れていく。

 そして、速度を緩めることなく周囲の疾走を再開する。隙を見せればその瞬間に防ぐことのできない爪牙による攻撃が襲い掛かる。


「…無事みたいだな。ならすぐに立て、どうやって防ぎ切ったのかは知らんが…その武器に感謝するんだな」

「ああそうらしいな。ったく、回避も防御もできないってどうなってやがる」

 幸い、倶利伽羅を破壊することはできていない。それはこの剣が特別なものだからなのか、それともヤツの力が衰えてきたからなのかはわからない。

「まったくだ、貴様への攻撃が集中していなければ僕も死んでいるだろうな」

「なら俺が襲われてる最中に一撃くらい入れてやれ。おまえの攻撃なら通るだろ」

 今の奴は速度と攻撃にのみ、魂を費やしている。おかげで鉄壁だった灰鎧は脆く、俺たちの攻撃でも通じるようになっている。ジンの一撃がまともに当たりさえすれば大きくダメージを与えられる。


 だが、そううまくはいかなかった。

「ギ———————ィ」

 アイツは自我を捨てたのだ。皆方を殺すために、己自身という個さえも捨て去った。

 それも数百万に及ぶ魂の総て、抑えきれなくなったそれらのエネルギーをこの場で燃やし尽くすつもりでいる。疾走しながら尾を引く残光はその燃え滓に過ぎない。

 レギオンは、もはやその名の通りにただの軍勢と化した。ただの力の塊が、目につく怨敵を殺すためだけに機能している。

 魂総てを燃やしながら戦う以上、レギオンという名の存在自体の崩壊は免れない。ここで俺たちを殺し、皆方を始末したところで奴は塵一つ残さず消滅する。

 何もかもを道連れに、何もかもに終末を与えるという決死の選択をしたのだ。

 ゆえにこそ、俺たちはここでレギオンを殺し切らなければならない。

 魂による強化を攻撃に振り分けている以上、防御はまだましだ。何としてでもこちらから一撃をぶつけてやらなければならない。


「だが速すぎる。その上、魂を放出しながら動き回るせいで気配をとらえることもできない」

「なら山感でもいいから当てろ! 俺もそうそう防ぎきれないぞ!」

「貴様も簡単に言ってくれるな! ならどうにかして防ぎきれ、動きを止めろ!」

「やれるんだったら最初からやって——、来るぞ!」


 後方へ飛び退いた瞬間、直上より力任せの拳が地面にたたき込まれると、陥没し地表へ露出した地下水路まで撃ち抜く。

 吹きあがる水の勢いは雨となり、頬を濡らす。


「レギオンは!?」

「『朔月』——下だ!」

 言われるまでもないとばかりにジンの『四方界』によって索敵が行われ、指示が飛ぶ。その言葉の真偽を考える時間もなく、地面の下から灰の光が俺を追うように幾本も立ち上る。

(追いきれない!)

 光の立ち上った箇所にアイツが居るか? いや、すでに通り過ぎた後に違いない。ならば、先手を打つほか回避する手段はない!


「四方、展開…破封混成領域」

「なっ、迎え撃つつもりか!?」

 足を止め、迫りくる光の柱の速度を見定める。地下道を走り回っているらしいレギオンはおそらくこのまま地下から奇襲を仕掛けてくる。

「目で追いきれないなら感で当てるしかないだろ」

これまでのレギオンの速度と光の柱が立ち上るまでの速度を思考し、頭から捨て去る。

思考を無に、信じるのは己の第六感。これまで培ってきた戦闘経験のみ。

「……スゥ…っふ——」

 極限までの集中、無意識の奥底へと思考を沈める。音は消え、映っているはずの視界も意味はなさない。

 その中で感じ取るものは一つ。

 地下を走り回るレギオン、その強襲。獲物を狙う獣ならば、ここで俺以外に標的を定めることはない。最大の目標であった『巫女』を狙うことさえ、もはや記憶の片隅にもないだろう。

 来い、地上に出た瞬間に斬る。

「———」

「………」


 レギオンの疾走により地面が揺れ、光の柱が立ち上るたびに地上に穴が開く。これまで人の営みがなされてきた家も、ビルも、学校も、穴に引きずり込まれ倒壊する。

「——————ィァ!!」

 前兆はなく、足元の真下、道路だった場所が粉砕され、破壊を体現した輝きを纏った腕が伸ばされた。


「——『望月』」

 そして、地面が打ち破られたのとまったくの同時、俺は剣を振るっていた。

 弧を描くよう、下から上へと振り上げた刃は地下から俺へ延ばされた腕を正面から真っ二つに斬り開く。

 今度は再生に巻き込まれて取り込まれることはない。目の前で二等分に分かたれた自身の腕に動きが一瞬鈍ったが、レギオンは止まらない。勢いのままに体当たりを仕掛けてくる。

 その膂力を前にすれば、異能など必要なく人一人を轢殺することはたやすい。


「この…馬鹿が!」

「———グィァ!?」

 だがその進路はさらなる一撃によって強制的に変更させられる。

 襲い掛かるレギオンの背後から、二発の斬撃。

 一閃目は二股に分かれた腕を肩口の根元から切断し、二閃目は背の中心に放たれた。背後から押される形となったレギオンは想定していた進路から外れる。

 俺の真横を通過し、初めの勢いを維持したまま地面に叩きつけられ抉りながら滑っていく。倒壊した建物にぶつかるまでそれは続き、衝突した際に土煙が巻き起こった。


「人の技を盗むにしても早すぎるんじゃないのか」

「微妙に条件は違うんだからいいだろ別に。それより気ぃ抜くな」

「分かっている。あと何度致命傷を与えればいい」

 土煙が晴れた時、そこにいたレギオンの姿は元通りに修復されている。顔面に食らわせた滅刃も、切り落とした腕も、背中に受けた斬撃も、初めから何もなかったように傷一つなくなっている。


「魂による修復だな。自己の強化だけでなく、修復に使う本能くらいは残っていたらしい。こうなればため込んでいた魂を使い切らせるほかないか?」

「さぁな、今の状態でどれくらいの速さで魂使い潰してるのかまではわからん。耐久戦したとして、仮に一秒で十人分の消費だとしてあと数十時間はかかるぞ」

「やっていられるか、トドメをさす方法は」

「さっきまでならできたんだけどな。アイツの内部に干渉して存在を内部崩壊させて、司令塔潰せばあとは何もできずに消滅って算段だったんだが…。まさか自分自身を有象無象のレベルにまで落とすのは予想外だ」

「言っている場合か。一つ目の策が失敗だったのなら次を考えろ、いや考えておけ!」


 再び駆けだしたレギオンからは人の思考というものは感じられない。思うがままに駆け、目についたものを破壊しながら標的を殺す。

 リアから聞いていた話からしても、カイルという名の青年は己の存在をそこまで堕とすことのできない根性なしだと思っていたんだが…。


「耳が痛い。追い詰められた人間は何をするかわからないってことだな」

 額から一筋の汗が流れる。

 ジンの言う通り、初手はカイルによって無意味にされた。ならば次策を用意しなければならないが、そう簡単に対処法が思いつくのであればここまで苦労はしていない。

(シエから聖槍を…、皆方を護るやつが居なくなる。イユラに手助けを…、一人増えたところでレギオンは殺し切れない)

 どうする、どうすればあの怪物を倒し切れる。

(このままじゃ皆方を護り切ることも、リアとの約束を果たすことも——)


「んもう、ヨナったら緊張しすぎじゃない? そこまで気負う必要なんてないんだよ。ふぅ疲れた…、道がないんだもん」

「——なっ、んでここにいる!?」

 そこにはリアが服に着いたほこりを払いながら立っていた。

「んー、来ちゃった。ほら、ヨナが一人で寂しがってるんじゃないかって。…おや一人じゃなかった」

「まて…その声は」

「あ、公園にいた男の子だ。元気してた?」

「なぜここに…、いやラゥルトナーか!? まさか僕に接触するためにあの時も——」

「後にしろ馬鹿ども! 攻撃が来るぞ!」


 レギオンは街を粉砕しながら何かを準備している。

 初めは光を纏った徒手空拳だったが、戦闘時間が経つにつれて攻撃方法が多彩になり始めている。それはただの獣が道具の使い方を覚え、進化するように。

 レギオンもまた、生物が数千、数万年をかけて到達する進化を急速に果たそうとしている。


(なら次はなんだ、何を準備している)

 これまでとは違い、俺たちを包囲するように駆けまわるのではない。さらに外、視界から外れつつこちらの様子を窺い知ることのできる距離。

 建造物を破砕しながらの疾走は、街の面影を失わせながら立ち上る土煙によってレギオンの居場所を見失わせる。気配を探ろうともこの距離では大まかな位置が精々。迎え撃つには心もとない。

 いいや、俺とジンだけなら突発的なことでもまだ対応できたろう。だが——。


「そういえばお名前は? 教えてくれなかったよね」

「ふんっ、ラゥルトナーにくれてやる情報は一つもない。変な女だとは思っていたが、まさか当主だったとは、レギオンでなくお前をここで斬ることもできるんだぞ」

「きゃー、ヨナぁ。ジン君がいじめるー」

「知ってるんじゃないか! 変わらずふざけているな貴様!?」

「……お前らもっと真剣にやれっ! レギオン倒す方法考えろ!」


 これまでリアを最前線に連れ立ったことはなかったから知らなかったが、コイツ事ここに至ってもマイペースが過ぎる。

 なんでこの生きるか死ぬかの状況で、敵のはずのジンと漫才できるんだ。肝が据わってるのか何も考えてないのか理解に苦しむ。


「まぁまぁいいじゃないか。ヨナの言うことももっともだけど、焦ってもすぐに答えは出てこないよ。まずは落ち着いて、今できることを考え直してみないと」

「………」

「ヨナギ、お前いつもこの女の相手をしてるのか?」

「イユラと交換するか?」

「断る。——ッ」

「リアッ!」


 ビルの向こう側、こちらから隠れた位置から朱い光が瞬いた。

 熱線は一寸のブレもなくリアを狙い、心臓を貫こうと襲いかかる。それは一発だけでなく様々な位置から、疾走の合間を縫って全方位から幾本も放たれる。


「一歩も動くな、全部撃ち落とす!」

「まったく、なぜ僕がラゥルトナーを!」

 まともに受けきれば余波でリアが傷つきかねない。受けるにしても刀身で逸らし、まだ距離のある閃光は滅刃で撃ち落としていく。

「あんなのになってもまだ嫌われてるらしいなおまえ!」

「そうみたいだね、困った困った。執念深すぎるんじゃないかなぁ。ジン君はどう思う?」

「知ったことか、何をしに来たのか知らんが、戦えないなら戦場に踏み込むな! あとその呼び方をよせ!!」

 君付けで呼ばれたジンは調子を崩されている。っていうか知り合いだったのかコイツら。

「おい…ジンッ、少しだけ任せられるか!?」

「一分だけならな!」

「感謝する!」

 逸らしていた閃光を受け止めきるとリアを連れてジンの背後へ移動する。

 護る人間が一人となり、負担は増大するがジンができるといったならできるのだろう。俺と戦った時と比べれば成長しているのは見て取れる。

「ふッ!!」

 そしてそれは間違いなく、実態のない閃光である熱線を見えない目でとらえ、真っ二つに切り捨てていた。 


「それで、何しに来た。おまえの仕事は終わったはずだろ…ッ」

「ん、そうなんだけどね。準備は準備で終わったからさ。…手、火傷しちゃったね」

 俺の腕に目をやったリアは悲し気に目を伏せた。俺のしてきた怪我なんていくらでも見てきただろうに。

「……別に、おまえがアイツ相手にこれ以上命を張る必要なんてない」

「時間がないよ。そしてワタシは、そのためにここまで来た」

「………っ」


 真っ直ぐな瞳、見つめたものを呑み込んでしまうような、あまりにきれいな…。あの日、初めて出会った時と変わらない蒼穹の瞳。

 リアが、やるといっている。

 剣を振ればすっぽ抜け、走ればすぐに息切れをする。身の回りの世話も俺かシエに任せきりでやることなすことが適当としか思えない。

 そのリアが、やるといっているのだ。これまで戦場に立つわけにはいかず、立つこと自体がリスクでしかなかったからこそ影で準備を進めていたコイツが。


「……っ、だが……、…おまえ…が」 

 だから、リアには出てきてほしくなかった。

 役に立たなかろうと、後ろで寝てくれていればよかったのだ。おまえのおふざけには呆れていたけれど、それでも…それでもよかったのだと。

 ——口にしたいのに、言葉はうまく出てこない。

「ふふっ、嬉しい。ヨナがそんなに心配してくれるなんて。でもいいの、これまで任せきりだったから、彼相手にくらい頑張らせてほしい」

「……すまない」

「もう…。どうして謝るかな。むしろ次の戦いで使えなくなるかもだから、ワタシが謝らないといけないのに」

「いいんだ。…ったく、お前といると調子が狂う。——任せるぞ」

「——、ああっ、任せたまえ!」

 

「——ジン!! レギオンの動きを止める! 用意しろ!」

「なにを用意しろという! 案を出すなら具体的な説明を入れろ、ユーリを思い出して不愉快だ!」

「知らんっ、その後のことはリアが何とかする! 俺たちは何とかしてレギオンの動きさえ止めればいい!」

「なら…ッ! まずはこの閃光を捌くのを手伝え、そろそろ限界だぞ!」

「文句抜かしてないで手を動かせ! 攻撃は続いてるぞ」

 むしろこれまでよく持ってくれたといいたいところだが、ジンが気に食わないところがあるのに変わりはないからこれでいい。

「レギオンの攻撃に変化はあるか」

「いいやない、頻度も威力も変わりない。それでも、厳しいことに変わりはないが…なッ」

 飛ばされた剣線は閃光、その奥のビルごと真っ二つに断ち切った。その先——。


「あの野郎…、リア、ジン、注意しろ!」

「?」

「具体的に話せ!」

「“津波”が来るぞ!」

「———ッ」

 俺の言葉にいち早く感づいたジンはより力を溜め、強力な一撃を放とうと構える。居合の構えのみで伝わる剣圧が漏れ出しているかのようだ。

 そして、俺もまた構えを取る。


「次でとどめのつもりか?」

 構えを取った瞬間、これまで雨のように降り注いでいた攻撃が止んだ。

 しばしの静寂はこれまで吹き荒れていた台風の目に入ったかのようであり、長く続かないことも分かっている。

「………レギオン、アナタもずいぶんと諦めが悪かったんだね」

「……」

 誰に向けたわけでもない小さな小さな独り言、悲し気な声もこの静寂の中では俺たちの耳にまで届く。


「——来るぞ」

 地震と轟音、次いで破砕音が絶え間なく大きくなり続ける。

 …ここに、新たな災害が生み出された。

 レギオンが身を隠していた街の中心部、奇しくも『前回』ヤツが降り立ったビルの近く。その空間が、地面が、めくれ上がりなだれ込む。

 幾重にも積み重なり続け、瓦礫だったものは城壁と化していく。

 まだ足りない、これでは殺し切れはしないというかの如く、単純に質量と物量を増し続け、街そのものを囲う要塞は自身の破砕を以って俺たちに襲い掛かる。

 人為的に生み出された地上の津波、剣で斬ろうが四方界で吹き飛ばそうが、圧倒的な力で押し出され液体と化した瓦礫の山はすぐに元通りだ。個の力では埒が明かないなら、物量で押し切ろうというのか。

 なんにせよ、アイツはここで殺し切る。時間が経つにつれて賢しくなっている以上、逃がすわけにはいかない。

 そして、俺たちのすべきことは変わらない。


「ジン、アイツの居場所を」

「無論だ。だがその後、僕にはどうしようもできないぞ」

「分かってる、そこからは俺たちが何とかするさ」

 何が来るかと構えていたが、種が分かれば余裕も生まれる。

 災害規模の攻撃ではあるが、それを起こしているのはただ一体の獣。どれほど賢しくあろうとも、今の奴にできるのはこれが限界だ。


(本体をたたけばケリがつく——)

 ゆえに、俺にできるのはリアの手助けのみ。アイツに無理をさせたくはなかったが——

「……」

「…? ふふ、心配してくれるんだ」

「…リア、俺はお前にかける言葉が分からない。結局俺にできるのはあの日から何一つ変わってない。…だから——」

「いいよ。ヨナが乙女心を分かってないのはしっかりと理解できてるつもり——」

「がんばれ、応援してる」

「つもり、だから……」

「……おい、どうした」

 黙り込んだリアの様子が気になるが、レギオンの攻撃はもはや目の前。ここから先、一挙手一投足が勝敗を分けかねない。


「ヨナ、今はこっち見ないでね」

「んなもん見てる余裕なんてない」

「ん…、よかった。今ちょっと変な顔だから、見られると恥ずかしい、んふふ…っ」

「貴様ら、いい加減にしろよ…。レギオンの索敵に集中しているというのに、聞かされてるこっちの身にもなれ」

「ゴメンゴメン、ジン君は真面目だねぇ。ヨナと気が合うんじゃない?」

「「馬鹿言うな!」」

「おや、それはまだ先か。じゃあよろしくね。その後はワタシとヨナで頑張るから」

「ふんっ。四方展開——『朔月』」


 鯉口を切った刀身を、力を込めて納刀。水面に水滴を落とすがごとく、甲高い音とともに界燐の波紋がジンを中心に広がっていく。

 物質への反響、感触の手ごたえはジンにしか分からないものだが、その集中具合からしてレギオンが索敵から逃れられるとは思えない。


「いたぞ」

 その予想はすぐさま現実のものとなった。顔を上げたジンの先、津波と化した街が波打つそのさらに中身。物量で呑み込むだけでは飽き足らず、やはり自分の手で始末をつけたいということか。

 そしてまたレギオンも、自分の居場所が知られたことは本能で察している。俺たちは当然として、レギオンもリアの存在により無敵とは言えない。リアを集中して狙っていたのも奥の手を恐れてのことだろう。

 自我も記憶もなくそうが、本能的な感だけは特出している。


「四方、展開」

 俺のすべきこと、それはレギオンへとどめを刺すこと。

 そのためにまず命を賭けよう。

 ただの青年であったはずの男が、レギオンの核にまで上り詰めた。怒りを理由に多くを殺し消滅させて。また自分たちと同じような者たちを増やし続けて。

(だが、お前は命を賭けたことがあるか。ただ一度でも誰かを護るためにその身を捨て切ったことがあるのか)

 それは、俺は知らない。

 リアも適当だからな。あの昔話も子細は異なるだろう。あの馬鹿を本当に好きだったのかも、アイツを助けるためにかばったのかどうかも、俺の知ったことじゃない。

「『焔刃』」

 刀身が火花を散らす、敵を食らい尽くすがごとく牙が軋みを上げて顎を鳴らす。

 ——さあ来いレギオン、かつての青年カイルでさえなくなったお前はここで終いだ。そしてそれは、俺だけでは為し得ない。


 次に交差する攻防において、互いの一撃が勝敗を分ける。

 圧倒的な力を持ちながらも獣に堕ちた軍勢と、その力を前にあがく人間。もはや互いに防御を考えている暇はない。どちらが先に致命傷を与えられるかという戦いへ変化している。

 その中でただ一人、戦う力を持たない女が紛れ込んでいる。

 重いものも持てず、長距離の移動もできない。魔法で攻撃なんてそれこそ夢のまた夢。この場に立つことを考えればあまりにも力不足、舞台に上がる資格を持ちえない。

 ……はずだというのに、彼女の姿からは微塵も恐怖を感じ取ることはできない。

「———!」

 眼前に積み上げられ、雪崩れる寸前の街であったもの。その欠片にあたるだけで死は免れないというのに。彼女からは死への恐れを読み取ることができないのだ。


「さあおいで」

 呟くような静かな声も、彼女から発せられたことで重く、透き通る。流麗さを以って戦場へ伝播する。

 それが獣に通じたのか、それは定かではない。

だが、これまで積み上げられ続けた瓦礫の要塞が崩落する。敵を呑み込み磨り潰す雪崩と化して、記憶の彼方へ追いやった過去さえも消滅させるために。


「レギオンが出るまで道を開けばそれでいい。俺たちにできるのはそれだけだ」

「…ラゥルトナーにレギオンが何とかできると?」

「——ああ。…さて、来たぞ」

 雪崩込み、焼け野原となった戦場を死した街が上書きしていく。

 仮初であった人の営みも、彼女が幸福を感じていた風景も。一切合切が混沌と化して襲い掛かる。


「ハァァァア!!」

 雄叫びとともに振るわれた刃が雪崩を切り裂き海を割る。だが、意志を持ったかのように元通りになると、更に勢いを増して彼らを圧殺せんと突き進む。

 受け止めたとすれば、一時耐え忍ぶことができようともすぐさま瓦解する。そして原形をとどめることもなく磨り潰されるだろう。

 ゆえにこそ、耐える必要があった。

 ——目の前の獲物を、獣自身の爪牙で仕留めるために現れるその瞬間まで。


「ィ、ィアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 その時が来るまで時間はかからない。魂の急速な消耗、自我の摩耗、意志の喪失。もはやレギオン、軍勢と呼ばれた彼等の姿はない。

 ……戦場の駆け引きなど、できようはずもなかったのだ。

 咆哮、悲鳴ともとれる叫びは世界そのものへ向けられた怒りのようで、何処へとも帰ることのできない魂が己の存在を示しているかのようだ。

「あいまいな態度はよくないってことも、少しは覚えたからさ。——今日こそ、ちゃんとフッてあげよう」

「ギ———ィッ!!」


 ヨナギ、そしてジンの攻撃の隙間を縫い、瓦礫の雪崩より飛び出したレギオンは一切の迷いも揺らぎもなく、リアへ向かって突撃する。

 妨害はない、その隙を狙ったのだから。元来、次元の違う実力である以上、止められるはずもない。

 その速度は目で追うのがやっとであり、戦士ではない彼女にとっては瞬きの間にすべてが終わってしまう。


「——————」

 そのことを、レギオンの中で消えかけた誰かが知っていた。急速に消失する記憶の中で一際輝く少女の笑顔。

 この手の内に、この身の傍にあり続けてほしいと、夢にまで見た彼女の姿。

 だが、もう“彼”の知っている少女の姿はここにはない。

 眼前に立つ彼女は目を離すことなく、身を退くことなく、数舜の後に己を殺すであろう存在を、蒼穹の瞳で真直ぐに見つめている。

 そこに、ただの美しい町娘であった少女の面影はなかった。

 “彼”の知る、彼女の姿は——。


「ヨナにも、実際に見せたことはなかったから、まさしく初お披露目だ。感謝してほしい」

 時間が止まったような刹那の時、指先さえ届けば存在ごと消失させられるというのに、そこまでの距離があまりに遠い。

「——」

 祈るように手を合わせた所作からは穢れの一つも感じ取れはしない。

 敬虔な信徒のように厳かな、そして誰よりも透明な輝きを宿した声で。彼女は、彼女だけが持つ、奇跡を叶えるための合言葉を口にした。


  □ □ □


 ——障害を意にも介さず疾走する。

「——————」

 敵などなく、前に立つのならこの手で消し去れば済むのだから恐れるものも何もない。

 この手で触れてきたものは何もかも消し去った。通り過ぎてきた世界も人も、消滅させてきた『巫女』たちも、全てをすべて消し去って。

 今日、この日こそが何もかもを終わらせることのできる結実の日のはずだった。

 だというのに、目の前で手を合わせて祈る女は何をするつもりなのか。

 言葉を理解するには至らない。思考する意識がどれほど存在しようとも、それらは自我の崩壊か獣として存在するための燃料として焼き尽くされている。

 知性など持ち得るはずもない。


「………」

 けれど、ただ一つ。軍勢が群衆と化した混沌の内、一人の魂が反応した。

 美しき金の髪、空を宿した蒼穹の瞳は全ての人の目を惹きつける。ならば、獣であった彼等の意識が向けられたこともまた、おかしくはない。


 走って走って、止まることなく怒りを燃やし続けて。

 その果てに得られる終焉は目前だ。この女さえ殺してしまえばこの先に障害はない。あったとしても力づくで突破すれば済むだけだ。

 この身に残された魂を一度に使い切ればあたり一帯、いや世界ごと破壊することも可能ではあった。しかし、その方法を獣は知らない。その手段を選ぶには、あまりにも生命に近づきすぎた。


「もう、おしまいにしよっか。一度くらい、ちゃんと話してあげるよ」

「ィ———あ——」

 顎より漏れる音は、これまでと同様の鳴き声であり、…それは誰かの名を叫び続けていたのかもしれない。

 獣の言葉が耳に届いた彼女はゆっくりと目を開き、合わせていた手を大きく広げ、迫る爪牙に向かって胸を突き出す。

「———ァ」

 そして、何物をも消滅させる灰の輝きを宿した爪が、彼女を正面より貫いた——。


「…!?」

 声が聞こえる。

 目の前でこの瞬間に命を失った女の口が動いている。

 万物を消滅させる灰の輝き、異能は常時発揮している。貫かれた胸も心臓も、もうこの世に存在さえしていない。

 そのはずだというのに、女は言葉を紡ぎ続けている。


「この身を天へ捧げよう。ワタシを暖かな手で救い上げ、ワタシの冷たい手で地に堕ちた」

 貫かれてなお、血の一滴さえ散ることなく灰色ではない輝きが胸の中心から霧散している。


「アナタは誰より聡明で友愛に溢れ、穢れたワタシを抱きしめる。ああなんという幸福だろう。だけどアナタはもういない。愚かなこの手で終焉を突き立ててしまったのだから」

 懺悔と悲しみを宿した言葉はしかし、人間らしさを感じない。まるで天上の存在であることを知らしめるかのように。


「罪に塗れた穢れの地へと、その輝きを堕とさせはしない」

 だというのに、紡がれる言葉は決して消し去ることのできない意志を孕み、抑えつけられてきた心がここに解放されようとしていた。

「永久に広がる蒼穹の空、この瞳に宿り眠っていてほしい。その身は誰にも傷つけさせはしないから」

 ならば、彼女はこれまで一度も心を見せたことはなかったのだ。

 その心を知っている存在が居たのだとしたら、それはきっとただ一人。


「———」

 貫き、勢いのまま前へ進もうとしていた肉体が、振り返ろうとしている。そこにいるはずなのだ。そこに、ただ一人彼女が信頼するモノがいる。

 だが、それは間に合わない。疾走するこの躯体よりもさらに速く、静かに彼女の声がこの身に届いたのだから。


「茫々たる様に開門せよ。境界無き空、永劫の大地、此処より世界を超えてゆこう。

 ——四方展開、『封界領域・カ■ルス—■エ——■ニ■』」


 その名を、聞き届けることはできなかった。

 発現に不備があったわけではない。これは元々がそういうものであり、彼女自身が口にしていながら発音を可能としていない。それか、彼等には聞き取ることのない言語であった。


□ □ □


「これは——」

 静かに輝きを増していく蒼き瞳にとらえられ、見とれた魂は身動きを取ることはできない。この手は彼女の心臓を潰しているはずだというのに、伝わる感触は空っぽだ。

(———なんだ)

 理解はできず、疑問が胸に広がっていく。だというのに不安は感じない。

 穏やかな午後、暖かな日を受けて芝生に寝転がっているかのような、安らぎだけが今の“彼”を満たしていた。

「……ここは」


 そして、気付いた。

 彼等であった彼が、たった一人の人間として存在していることに。

 雲一つなくどこまでも広がる蒼い空。座り込んでいた地面には綺麗な水が張り、鏡面となって空を映していた。

 空の狭間に立っているかのような世界。どこまでも続く世界にはただ一人、一体化していたはずの魂は一人さえ傍にはいない。


 その時、彼女の声が風に乗って届いた。

「久しぶりだね。ようこそワタシの世界へ、なんてね」

「——リア」

 記憶よりも成長した彼女の姿。その胸に穿たれたはずの孔は開いておらず、傷一つない姿で彼も知る、自信に満ちた表情で隣に立っていた。

「ここが、キミの世界?」

「そう、何もない世界。あるのはどこまでも続く空だけ。だけど、鎧も邪魔者も外して、アナタと話をすることはできる」

「そう、か。レギオンの内側に作り出した空間の、原型オリジナルか。キミの持つラゥルトナーの…」

「半分はね。空間自体は魔眼の力、広さ自体はワタシの。さてと…、ん~~疲れた~~」

 彼女は気の抜けた声を上げたかと思うと水面に腰を下ろす。

「ほら、座りなよ。あんなに走り回ってたら疲れてるでしょ。ワタシなんてあそこに着くだけでヘトヘトだよ。四方界まで使う羽目になっちゃったし。苦手なんだよ、ワタシ」

「別に、疲れてるわけではないのだけどね…。でもそうだな、つき合わせてもらうよ」

 けれど座り込むと確かに、自分で思っていた以上に疲れていたのかもしれない。腰を下ろした瞬間に体中が鉛のように重くなる。

 指の一本もうまく動かせず、棒のようにまっすぐ伸ばした腕だけで状態を支えていた。

 

「………」

 見上げた空は一つの邪魔ものもなく、自分がどこにいるのかわからなくなるほどに蒼い。天と地の境界さえ曖昧で、隣に座る彼女が居なければ距離感は役に立たないだろう。

「もういい加減、これで諦めてくれない? アナタの気持ちを無下にしたいわけじゃないけれど、その想いには応えられない」

「…どうして、なんだろうな。ただ一人になった今になって、己の心が分からなくなった。これまで彼等の意志を束ねられる力を持っていた。自慢じゃないが、生半な意思じゃないと思ってる」

「なのに、わからない?」

「ああ。元居た世界が、『巫女』…ウェンディの死によって消滅したとき、心も体も余すことなく怒りに支配された。こんな人の意志を踏みにじるようなシステムを許容する世界など許せるはずがないと」

 隣にいる彼女の顔を見ることなく、まっすぐに遠くを眺めている。地面も空も変わらない清浄さは自身の汚濁が浮き彫りにされるようで居心地が悪い。


「そのことを間違いだったとは思っていない。レギオンの意志を統一し行動できると気づいたとき、これこそ天命だと思った。為すべきことを為さねばならないと」

「うん」

「だが…そうだな、何かがズレてしまったというのなら、君が去ってしまった時だ。……リア、嘘偽りない想いとして、僕は君への想いだけでレギオンを率いてきた。まだ人として生きていた時から、君を護り、ともに生きていくことができたらと思っていたから」

「……」

 一目ぼれだった。

 年は離れていて、彼女はまだ少女だった。けれどその美しさに、家族を失った悲しみの洞に取り残されながらも、何物にも捉えられない奔放さに惹かれた。

 それは、成長するごとに強い想いとなっていって。


「だから見失ったんだ。もっとも大切にしたいと願っていた存在が居なくなってしまって、それまでの己自身を否定されたと認められなかった」

「へぇ、もっとごねるかと思ってたら案外あっさり認めるんだね。頑張って説得とかしなくちゃダメかなって思ってたんだけど…」

「…ふっ、その言葉の軽さ、相変わらずだね」

「む、軽いとはなんだい。せっかく命がけで四方界発動まで頑張ったのに」

「そうだね、君は表面上よりずっと頑固な子だった。…そんなことも、覚えていなかった」


 なら、本来の道から外れていたのも当然だ。

 手に入れてもいなかったモノの全てを分かった気になって、掌の内に収めて居られていると思っていたのだ。

 リアを一所に留めておけるはずがないのに。


「なら、もういいでしょ。アヤネを狙うのは諦めてほしいんだけど。確かにさ、アナタの言う通り『巫女』を要とした世界機構は危ういよ。外界から来た何者かが接触しただけで世界丸ごとが失われてしまうんだから」

「そうだね。実際にこの手で、レギオンとして多くの『巫女』を屠ってきた。そのたびに世界は無くなって、力を増して、この『総界』への道しるべを探しては突き進み続けた。僕達が居なければ、数えきれないほど多くの命が、今も変わらず日常を送れていただろうね」

「そのことについて何か反省とかないのかな。一緒にいた人たちはもう離れ離れになっちゃったから話を聞くことはできないけど」

「そういえば、彼等はどこへ? 反応も何も感じないから別の場所だとは思っていたが」

 これまでの長き間、言葉通り一心同体だった数百万の魂、彼等を感じ取ることができない。この体を埋める空虚は、限界まで膨らませた後に空気を抜いた風船のようなものか。

「うん? ほかの人たちならここにいるよ。ただ広すぎてすれ違うのもまず無理だけど」

「………それほどなのか」


 空を内包した空間、果てのないように見えてはいたがまさか言葉通りだとは。

 これが、彼女の持つ力。

 あれほどの魂が二度と再会することができないほどに広がるこの空間は一つの宇宙といって差し支えないだろう。


「君は…強くなったんだね、リア」

「おや、褒められた。ふふっ、そう見えるかい? 今なら殴り合いでも勝てちゃうかもだ。…いややめておこう、肉体労働は向いてない」

「…ふっ、でもそうか。軍勢はもはや二度と集うことはできなくなったわけだ。初めからこれが狙いだったのかい?」

「ん、まさか。アナタの内側に空間を作り出して自滅して終わり、ならそれでよかったさ。楽できる戦いは楽した方がいいし。でもまさか暴走上等で自傷するとは思わなかったな。おかげで“コレ”を使う羽目になっちゃった」

 やれやれと、隣で息をつくリアからは敵に対する怒りよりも呆れの感情が強い。

 彼女も彼女で、こちらの内面を把握しきってはいなかったらしい。


「お互いに、何も見えていなかったんだな」

「まぁね、ワタシったらアナタの名前最近まで忘れてたし」

「———、それは少し…いやかなり驚いたな……。言われてみれば確かに、名前を呼ばれた覚えがない…。はぁ…、なぜ君のような子を好きになってしまったのか、分からなくなってきてしまう」


 恋は盲目、ああ確かにそうらしい。

 彼女と言葉を交わし、視界に映るだけで心が高鳴った。他のことなど眼中から消え、彼女のためならばどんなことであっても出来ると舞い上がった。

 だから、最初に判断を間違えたというなら…もう一人の彼女のことだ。


「ウェンディには、ひどいことを言ってしまったな。あの子も『巫女』というシステムに組み込まれた被害者だった」

「分かってくれていると思うけれど、ワタシはウェンディが死んだときのことを許したりしない。大切な友達だったからね」

「ああ、分かっている。許されようだなんて思っていない。君にこの手を取ってもらえるなんて幻想、とうに捨てている。———っ、くぅ…」

「………」


 疲れ切った体を起こすだけで苦悶の声が漏れる。無理矢理閉じ込めていた魂が失われ、僕の中身はすっからかんだ。

中身が消えて軽くなったせいで相対的に外界からの重さに耐えられないほど弱くなってしまった。

——残されたのは、僕一人だけだ。


「だが…、謝るようなことはしない。君とは道を違え、敵対してしまったけど。僕を思ってくれていた彼女を傷つけ絶望の中で死なせてしまったけれど。今さらこの道を自分の手で終わらせることはしないっ!」

 そうだ、ここで終わってはならない。最後の最後、これまで探し続け追い続けてきた『巫女』、皆方彩音を目前にして、止まるわけにはいかないのだ。

 蒼穹に包まれた空の中心、立ち上がっただけで疲弊しきった肉体で成し遂げられるかはわからない。確率で言えば絶望的だ。


「だが、僕は全ての世界を救う。この行いが宇宙そのものを消し去る大罪なのだとしても。太古より現在に至るまで生まれてきた命の総てから報いを受けようとも。僕は、皆方彩音を殺す」

「…そっか、ならここで本当にお別れだ。また会えたのは、ちょっとだけ嬉しかった。これは本心だよ。でももう二度と会いたくないかな」


 ぐすりと、小さく鼻をすすった彼女はどんな顔をしているのだろう。これまでのただ一度も、リアは僕の前で泣くことはしなかった。いいや、きっと誰の前でも同じだっただろう。

 そのリアが、名前も覚えていなかったような男のために涙を流している。


「…嫉妬だな、これは」

 ならばこの心を灼く想いは醜いものだ。

 どれほど人として優れていると驕ろうと、混沌の中で魂を率い続ける意志を持ちえようと。…僕は何一つ、成長していなかった。

 だが、それでも。だからこそここまで来ることができた。

 愚直なまでに進み続けてきた道を振り返ることはしない。もう、そんな余裕は残されていない。ただ前へ、進み続けてきて、これからもそうしなければならない。

 でなければ、僕は…死なせてしまったウェンディへ。


「———」

「…いかないのかい。ワタシにアナタを止める力がないことはわかっているだろう?」

「——、ああ、そうだった。もう、君は何もできない女の子じゃない。…いいや、初めて出会ったあの日から君は強い一人の女性だった。見誤っていたのは、僕だけだ」


 右手をかざすように伸ばす。

 そこには仄かな輝きが集うと、刀身の半ばで折れた一振りの剣が握られていた。


「それが、鎧の大元? へぇ、剣なんだ」

「必要ないと渡された。ちゃんとした形で使うのは、これが初めてだよ」

 あの、『境界』に一人遺された騎士は、今もまだ独りで微かな星空を眺めているのだろうか。帰る場所を失いながらもさまよえる魂にはならず、自身が消え去ることもしなかった強者であったあの青年は。……一体、誰を待っていたのだろう。


「リア、此処から出ていくのは僕一人が限界だ。核を失い、この空間に離散した以上、レギオンはもう生まれることもないだろう。であってもひどく矮小な存在でしかないはずだ」

 僕たちを襲ったレギオンはただの獣だった。自我もなく、行き当たりばったりに『巫女』を追い続けていただけだ。成長したのも僕という核が成長を促したため。

 自然発生的なレギオンでは、異能が存在する世界に降り立てば怪物として処理される。


「それと、他に取り込んだ彼等のことは好きに使えばいい。自分の意志も何もあったものじゃないが、一度くらいは役に立つ。使い方もラゥルトナーなら知っているだろう」

 折れた剣を構える。

 剣術なんて学んだことはないから思い出すのは彼の構え。リアとともにあり続け、圧倒的実力差を前にして立ち向かってきた少年の姿。


「ほんと……あきらめが悪いよ。もっと…見切りをつけられる人だったら、こうはならなかった」

「かもしれない。だが——」

「謝らないんでしょ、もういいよ。アナタは頑固なのは昔から変わらない。でも……、ううんやっぱりいいや」

 そういうと、リアは背を向けて反対側へ歩いて行ってしまう。

「じゃあね、サヨウナラ。今だから言うけど、偶然だったのだとしてもあの時、お祖母ちゃんが亡くなった時、アナタが来てくれて嬉しかった。……ヨナに、よろしくね」

「…、ああ、さようならだ。——リア」


 もう、返事は返ってこなかった。

 この永遠の箱庭の中の何処かに彼女は立ち去った。もう二度と、僕達が出会うことはない。


「それにしても、最後まで名前を呼んではもらえなかったな」

 忘れていたとはいえ、覚えていないわけでもないだろうに。嫌われているのは分かっていたし、諦めてもいたが。

 それでも、名を呼んでもらえる彼へ嫉妬しないわけでもない。


「まったく…、情けないな僕も。諦めが悪いといわれても仕方ない。すぅ——」

 取り出した剣へ意識を集中し、本来の異能を発揮させるための言葉を発する。

「起動せよ■■■■——」


 僕では、本来の力を発揮することはできない。

 本来であれば厳しい研鑽と強い意志を持つ者、彼であったからこそ扱うことのできる力だろう。だが、これまでレギオンとして常にともにあった力だ。ふるい続けた力だ。

 ただ一人となったこの身でも、一度ならばこの剣も応えてくれる。


 そして僕は、最後の『巫女』を殺すのだ。


『本編について』

・リアの能力について

途方もない、終わりなく広がる空間を作り出し、他者を閉じ込める能力です。

また、この能力は混成領域ではなく”封界のみ”によるものです。これは単にリアには複雑な能力が扱えないためでありますが、持ち前の無限に等しい界燐で押し切っています。

(名称の伏字部分についてはメモが消失しているので正式名称が現在不明となっています。多分バカなんだと思います)


『定期連絡』

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・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。


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