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四方総界縁起  作者: くろよ よのすけ
57/100

57.境界無き蒼穹①

「ハアアァア!!」

「無駄だ!」

 力を込めた大振りの一撃と突き出された正拳突きが衝突する。衝突箇所には歪みと崩壊を生みだしながらも、その規模はこれまでのものとは比べ物にならないほど弱まっている。


「くっ、っそが…!」

 もはや、『境界』を駆け、空を割っていた軍勢は鳴りを潜めた。だが、それでもなお一騎当千の力を持つことに変わりはない。

 鍔迫り合いは出力差によって打ち破られ、後退を余儀なくされる。

「たとえ、またしてもリアが僕の想いを裏切ろうとも関係などない! あの『巫女』さえ始末すればすべてが終わるのだ。貴様の個人的な感情でさえ何もかも無に塗りつぶされる!」

「だから諦めてここでおとなしく殺されろってか!? ふざけんじゃねえ、テメェの都合を押し付けられたからそんな様になったくせして、お前自身は力づくだ!? 他人を下に見るのもたいがいにしろよ!」

 『滅刃』による面攻撃を放つ。これまでは鎧の表面を傷つけることさえ難しかったが、弱体化した今ならダメージが通るはずだ。

「無駄、だと…言っている!!」

 回避などしない。

 両腕を眼前にて交差したレギオンはそのまま真っ直ぐ突進をかましてきた。眼前を埋める光刃による傷など意に介さず、ただ愚直に俺に向かって獣のごとく強襲をかけてくる。


「そのような自己矛盾、とうに乗り越えている! それでもなお、『巫女』という名の狂った機構システムを認めはしない! この手で、数えきれないほどの人間を殺し、『巫女』を無に還してきたのだ。今更、止まれるわけがないだろう!!」

 光刃が層のように重なった中央を、食い千切るように突破する。白一色の中心に表れた灰色は染みのように侵食し、他者を抹殺せんと崩壊の腕をこちらへと振るう。

 だが俺も、この程度の攻撃で止められると思ってはいない。


「『焔刃』——」

「——?!」

 突破した白き壁のその向こう側、伸ばした腕の先で最大火力を一点に解き放つため限界まで界燐をため込む。

 ギチギチとうなり声を上げる刀身は光刃を強制的に束ねた結果、獲物を食らうため開放を望む焔の顎。

「——ッ!!」

「ッ、オオオオ!!」

 襲い掛かるモノと待ち受ける者、互いに必殺、回避不能。正面衝突は免れない。

 ゆえに、彼らに許される行為はただ一つ。全身全霊を以っての最大火力を浴びせ続けることしかないのだから。

  接触とともに解き放たれた無尽の刃は鋸のように鎧を削り切ろうとするが、空間を破壊する灰の輝きによって到達しきらない。

 だが、拮抗している。


「お前の攻撃、ずいぶん弱くなったんじゃないか、ああ!?」

 ヤツが完全な状態ならば、俺の全力の攻撃であろうとも軽く払いさえすれば空間ごと破壊され無に還る。無に至らしめる攻撃は最大の防御でもあった。

「中身共を抑え込むのに、ずいぶん力を使ってるみたいだな。動きに切れがないぞ」

「知った風なことを…!」

「ああ知ってるからな、なんせ元レギオンに聞いたんだ。これ以上ない情報源だろう」

「——グ…ガ、ァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「ヅァ…っ?!」

 咆哮は空気を打ち、衝撃波となって襲い掛かってくる。まるで龍の息吹だ。受けただけで身体がバラバラになってしまいそうなダメージに見舞われ、視界が揺らぎ意識が吹き飛ばされそうになる。


「っ———、…ソがァアア!」

 押し負けそうになる寸前に意識をたたき起こし、朱く染まった視界でレギオンをにらみつける。

「ぜんぜん効かねえ! おまえの軽い声なんかじゃ、痛くもかゆくもねぇ、なぁああ!!」

 今度は後退しない。

 力任せに暴れまわるだけの、己の過去の罪も進むべき道も、まともに見ようとしないようなお前に、押し切られるなんて俺のプライドが許さない。


「テメェみたいな…努力もせず他人から貰った力しかない癖しやがって…、何もかも見知ったように上から見下してくるような奴が気に食わねえんだよ塵屑がァッ!!!!」

「な——っ」

 驚愕はレギオンから、これまで傷つくことはあっても打ち砕かれることはなかった無壊の鎧、打ち合う拳に刀身が半ほどまで到達している。

「いつまでも…ォ、自分が最強だと…勘違いしてんじゃあねえエエエエ!」

 光刃の開放、白銀の刀身は爆発的な加速を発揮し、レギオンの拳を断ち切った。この魔人はもはや、無敵などではない。

 もう二度と、お前が奪うことのできる命はない。

ただの一度たりとも勝利を得ることなく——。


「これまで好き勝手やってきたんだ。もうこれ以上はいいだろう」

 欠片でも残せば、お前は別の世界で別の『巫女』を殺そうとさまよい続けるだろう。そして時間を与えれば与えるほどに倒すことは難しくなる。だからこれが最初で最後の機会だ。

「今日ここで、お前の中身全員を一人余さず殺し切ってやる」

 お(レギオン)がお(カイル)であるうちに、溜めこんだ魂の全てをこの手で殺す。それが、道を踏み外したお前に対する最後の手向けだ。


「———ない…っ、くだらないぞヨナギッ!」

 怒りの発露は俺だけではない。レギオンたる男もまた己の存在を否定されたことによる怒りを滾らせ、二等分された右腕に力を籠める。

「どれほどの犠牲を払おうと、どれほどの人々を塵に還そうとも。我等…僕は『総界の巫女』を始末しなければならない。そうしなければ同じことだ、ここで我等を殺し切ろうとも。いつかどこかで新たな軍勢が生まれ出でる!」

「チィ!」

 いまだ刃が埋まった右腕は急速に回復し始め、引き抜く前に肉体の一部として取り込み始める

「そんなことは分かっているはずだ! 分かっていてなお現状維持の選択ッ、今日ここで終わりが訪れるのは我等ではない! 貴様らだ、ラゥルトナー!!」

 退くことはできない、完全に肉体に取り込まれる前に肘まで断ち切ることで仕切り直そうとする。だが、回復の速度があまりにも早く、そして傷を負う以前よりも更に強度が増している。

(——クソ、動きやしねえ!)

 レギオンの右腕に刀身半ばで固定され、引き抜くことも切り裂くこともできない。


「知っているぞヨナギ。我等は貴様の領域条件を知っている。ならば、ここで剣を手放すことはしないだろう」

 倶利伽羅を用いての『四方界』は自在に扱える代わり、倶利伽羅が手から離れた瞬間に領域条件は不履行、満足に戦うこともできなくなる。

「…ッ、ああそうだな! だが、捕えたつもりか、内側から灼き斬ればいいだけだ! 四方展開——!」

 焔刃によって内側から削りきる。

 超速の鋸刃は火花を散らし、視界を鉄火に染めあげる。だが、それでも剣が動くことは許されない。


「逃がしはしない。いや、逃げるというなら好きにすればいい。次の瞬間にその頭蓋、消滅させてやろう」

「ぬかせ、図星突かれて我等とやらを使い潰し始めてるような奴に言われたくねえんだよ!」

 弱体化させたというのに更なる急激な強化、無条件に得られるものではなく、何処からかエネルギーを手に入れているのは間違いない。そして、レギオンが持ちえるエネルギーはただ一つだけだ。

「結局お前は、同じ意志を持った我等なんて言うがな、お前自身が危険になったら使い潰す程度の薄っぺらい関係だろうが。リアから聞いたぞ、皆に認められて頼りにされて、順風満帆な人生だったか」

「何が言いたい、いいや聞く価値もない。この場でその頭蓋を砕き割ってやる」


 空いた左腕を振り上げ、灰色の輝きを纏わせる。触れただけで空間に罅が入る理不尽な一撃。防御など許されない攻撃は、直撃をくらえば死は免れない。

 剣を握る腕を離さなければ直撃は免れても身体の一部が消滅する。

 ——知ったことか。


「上手くやってたんだろう? 誰もがお前をもてはやす、知ってる顔は全員がお前に羨望の眼差しで? いい気分なんだろうなぁ。それで? お前の惚れた女はなんて声をかけてくれた? どんな目で見つめてくれたんだ?」

「———貴様」


 コイツは嫌いだ。余裕ぶった上から目線、他者を自身の物差しで見定める癖して、自分の思い通りにならなければ力づくで解決。

 癇癪起こして腕を振るうガキと何が違う。


「どうした、怒ったのか? 全身鎧の顔無し野郎が今更人間面するつもりか?」

「———ッ!!」

 怒りを通り越したのか、言葉を発する余裕もなく腕が振り下ろされる。

 縦に空間に罅を入れ、砕きながら俺の頭へ迷いなく進む。そして俺は剣から手を離すことはせず回避も防御も不可。灰の輝きが無かろうとも純粋な膂力で人体が破壊される。


「自分の為にしか力を使えないようなヤツが、命を語るんじゃねえ!」

 睨みつける瞳は揺らぐことない。そして、振り下ろされる灰腕を止める手段もまた、彼は持ちえていない。

 ——ゆえに、死への一撃は吸い込まれるよう最短距離を辿り、ヨナギの頭蓋に到達する。


 だが、そうはならなかった。

「———ッ!?」

 振り下ろされたはずの灰腕は空間を砕きながら宙を舞い、地面へ落下する。そして、剣を取り込み、ヨナギの動きを封じていた右腕もまた、余りに滑らかな断面を晒しながら肘より先を切断されていた。


「逃げようと思えば逃げられたものを、——そんな相手の為に利用されるなんて不快だ」

「やかましい。殺さずにいてやったんだから借りを返せ」

「それはイユラとの契約だ。僕の知ったことじゃない」

「そうか、なら仕方ないな。とっとと帰って目の治療にでも励んだらどうだ? ああでも、俺が『観測』しちまったから治るわけもなかったな」

「挑発のつもりか? その程度に乗るのはそこにいる魑魅魍魎くらいのものだ」

 現れた青年は顔面に傷を持ち、あえてゆっくりと納刀しながら現れた。

 目は見えていないだろう。一目でわかるほどに傷は深い。だがその足取りは確かなものであり、『前回』殺し合いの末に敗北した少年の隣へと立ち止まる。


「で、わざわざ何しに来たんだ。——ジン」

「ナイギに牙をむきかねない醜い化け物を討伐し、ついでに腹立たしい男を殺しに来たんだ。——ヨナギ」

 力を失い、己の力を以って再起した剣士が無数の魂の前に立つ。

「いいさ、来たんなら仕事しろ。ソイツの中身の有象無象全部を斬ればいいだけだ」

「誰に向かってモノを吐く。言われずとも分かっている。貴様もその体で足を引っ張るな」

「…お互い様だな。なら——」

「ああ——」

「「お前を斃した後で、お前を殺してやる」」

 背を合わせ、殺意を互いに向け合いながら、眼前の魔人へと武器を向ける。

 お前など、もはや敵ではないと言い放つように。


  □ □ □


「ハァ——、ハァ——」

 暴れ出す魂を抑え込む。

「グ———、……けるな。——らの………ど、きいては——」

 困惑と焦燥、状況を理解できていない愚か者共が光の速度で協議し打開策を模索する。足りぬ脳みそで何を考えようとも出てくる意見など塵芥。

 どれほど思考する数がいようとも所詮は数が多いだけ。先導者一人の導く答えの邪魔でしかない。

(——役立たず、どもめ…ッ)

 打開策、行動指針を弾き出す以外にただ喚いているだけの者も多い。奴らの攻撃が通っているという現状を理解できていないのか。

 最強の力を得て久しく忘れ去っていた痛みへの過剰すぎる反応は、数百万の魂を驚天動地の絶望へと叩き落そうとしていた。

(これまで、導いてきたのは誰だ——)

 そも、これまで“レギオン”として行動を定め、導いてきたのはこの自我(ぼく)だ。

(それを——、信じられないというのか? これまでの永き戦いを、復讐の旅を、その魂で喰らいつくしてきたというのに。一時的に押されただけで…慌てふためくだと?)


 ——認めよう、リアの手によってこの身は酷く弱体化をしている。

 彼女の持つ特性、無限とも思える許容量をもった魂の器。

 その力によって、彼女が軍勢より立ち去った時とは真逆のことが起こっている。

(器の消失による自我の崩壊ではなく、器を与えることによる自我の希薄化とは……っ)

 これまで、彼等を導くにあたり、思考の方向性をある程度定めていた。それは怒りであり、『巫女』に対する負の感情。その魂の燃焼が力を生み、この“灰鎧”の起動を可能とし、空間崩壊の異能を可能とした。

 だが、それはリアが存在していた時とは違う。

 数百万の魂を取り込むことによって純粋なエネルギーとして存在、活用することが出来るとはいえ、そこに至るまでの理論、過程は異なる。


 リアの特性によるレギオン、それは無限に広がる空の下で魂の全てがそれぞれ自我を持ち、解放されていた。ゆえに幾度と『巫女』を殺し、世界を消滅させるたびにその世界の住人全員を取り込むことも出来ただろう。

 だがそうはしなかった、レギオンとして『巫女』を殺しつづけるためには、永劫怒りを持ち続けられる素質が必要だと判断したからだ。戦力を効率よく強化するため、殺しては取り込み、力を増すたびに殺す速度を増していった。


(だが——、リアは我等を裏切った)

 彼女の離反による瞬間、この身は崩壊の危険に陥った。リア以外に数百万もの魂を維持できる存在はない。彼女だけが持つ特異性。

 理外の外になければ誰も気づくことのなかった特異点に他ならない。

 だからこそ、『巫女』への怒りという思考以外を削り、捻出した意志の力で崩壊と再生を繰り返しながら、限界寸前の状態で『境界』を放浪した。


『何が漂ってるかと思えば、今にも消えそうだな』

 そこには全てを失い、我等と同様に『境界』をさまよい続ける男が、一人の騎士がいた。

『…もう使う必要もないもんだ。使いたけりゃ好きにしろ、その結末に何があるのか。それは自分自身で確かめるんだな』

 鈍く輝く灰の星光、彼が消えゆく我等に投げ渡した輝きを手に取った時、我等は軍勢となった。魂の崩壊は止まり、指向性を持った『怒り』が燃料となって異能を発揮する。

 そして、真に思考する力を持っているのは僕だけだ。僕だけが、この力によって世界を導くことができる。

 灰の魔人、何をも打ち砕くことのできる冥界の光。

 ——かつて、英雄が己の世界で生きていた時に用いたであろうその異能を。

 だが、またしてもこの身は希薄し、魂の結合は脆く崩れ去ろうとしている。

 手に入れた“灰鎧”。——この力はリアとは正反対だった。


(リア、め…っ、手を下す方法は初めから持っていたというわけか——ッ!)

 英雄の異能による魂の崩壊が止まったのにも当然理由がある。

 鎧という異能、その概念によって、離れようとしていた魂を鎧の内側に閉じ込めたのだ。

 それはリアの広大な空間の内側で自由に動き回れるものとは違う。体積の小さな箱へ無理やりに押し込み、圧縮して密度を極限まで高めた。

 結果、魂の自我の大半は怒りという一方向へ向けられ、極限まで高効率に回転する異能機構は更なる、圧倒的な力を与えてくれた。


 ——だからこそ、リアは逆手に取った。

 触れられた瞬間、灰鎧の内側に“何もない世界”という名の器が生まれた。

 零に至るほど極限まで圧縮された魂が鎧の内側に籠められている。その内側、物理的にはあり得ない虚数の空間に、彼女は新たな世界を作ったのだ。

 この身の内側に作られた程度の小さなもの、精々が小指の先ほどの大きさ。…だが、彼女の持つ特性の前では物理的な大きさなど意味はない。

 一度生み出されたならば、その世界は無限を内包する蒼穹世界。それまで圧縮され、行き場のなかった魂が流れ込むのは道理だった。


 □ □ □


「結果、不変であったからこそ制御できていた能力もマトモに制御できなくなったわけか。貴様の主、ラゥルトナーもまた、ずいぶん厄介な力を持っているらしいな」

「テメェのとこと比べれば大分マシだ。そら、来るぞ」

「——っ」

 朱い閃光が走ると、後を追うように地面が燃え上がり連鎖的に爆発する。直線状に街を破壊するが、狙いであった俺とジンにはかすりもしていない。

「クソ、無茶苦茶しやがる。おかげで…ッ、近づけない…な!」


 魂の暴走を抑え込むためにレギオンは動きを止め、隙だらけの状態だっていうのにあの野郎、四方八方へ向けて無茶苦茶に熱線を放ち続けている。

 威力そのものは弱まっているとはいえ防ぎきるのは困難。その上動きが読めず、下手に攻撃へ転じれば逆にやられるだろう。


「何を考えこんでいる。近づけないならばここから斬ればいいだけだ。——『繊月』」

 閃光の隙間を縫ってジンの放つ斬撃がレギオンの灰鎧に一閃を刻み込む。

「——ギ…ィ……!」

 レギオンから漏れ出した声、うずくまる肢体は喧嘩を知らない子供が身を守っているかのようだ。

 そして、ダメージによって弾幕と化していた閃光に乱れが生まれる。密度も威力も減少し、接近する隙が生まれている。

「——ッ!!」

 剣へと界燐を込め、ジンのつけた傷痕へ向かって突き立てるため一気に駆けだす。


「グ、オォォォ…」

(——いける)

 予想は確信へと変わる。

 動きを止めたレギオンでは攻防一体の空間破壊も扱えず、朱い閃光もジンによるダメージによって一部停止している。圧倒的な防御力ももはやなくなり、今の倶利伽羅でも刃が通るはずだ。

 そして、自身の持つ魂の制御に苦しみ、立ち上がることさえかなわない。もはやレギオンに戦闘ができるとは思えなかった。

 だが意識とは裏腹に、振り上げた剣が振り下ろされることはなく俺はヤツから距離を取っていた。

「………」

 飛び退きながら自分自身の行動に理解が及ばない。地上で停止したレギオンは今や脅威ではない。だが、なにかがおかしい。

「何のつもりだヨナギ、あのままとどめを刺せばそれで——」

「待て、おかしい。静かすぎる」


 再度『繊月』を放とうとするジンを手で制止すると、完全に動きが止まったレギオンへ注意を向ける。

「———」

 そうだ、あまりにも静かすぎる。

 これまで力任せに閃光を放っていたというのにそれさえも止まった。

 ——誘い込まれている。

「なんのつもりかは知らないが、狸寝入りなら俺には無駄だぞ…四方展開」

「———ぁぁ」

 『滅刃』による遠距離からの斬撃は届かず、レギオンの姿が元居た場所から消えた。

 土煙を残した場所に光刃が到達するが、そこにレギオンはいない。


「これまでの戦い、誤りであったことを認めざるを得ない。“我等”である必要など、どこにもなかったのだ」

 空を仰ぎ、腕を伸ばしたレギオンは落ち着き払っていて、これまでの圧倒的存在感とは真逆の不気味さを醸し出している。

(ずいぶん安定している。リアの力じゃ存在崩壊にまではいかないのか?)

「彼等の持つ力にはずいぶんと助けられた。だが、それだけだ。レギオンという個にとって必要なものはそれだけだということに気づくのが、これほど時間をかけてしまうとは——」

 もはや口調にも行動にも動揺はない。これまでレギオンを苦しめていたリアによる異能の発現も、もはや影響を与えていないように見える。

「ジン! やれ!」

「勝手な!」

 ——ならば、様子を見ている暇はない。何らかの変化が起きたのは間違いないが、手を止めているわけにはいかない。脳裏でなり続けている警鐘を無視してレギオンへと剣を振るう。


「そして、我等に個という存在が不必要だというのならば——」

 『焔刃』による接近戦、そしてジンによる援護。短時間の共闘でしかないが攻撃のタイミングはすでに噛み合っていた。

 レギオンを挟み込み、逃さないよう『繊月』の不可視の刃が飛翔する。その中央にて不浄の剣を突き立てようと疾走する。


「彼等の意志も自我も不要。最後の標的が目の前にいるのならば、全てがこれで終わるのならば。もう誰一人、そう…“僕”自身の意志も必要ないだろう」

「コイツ———ッ」

 そして、奴はジンの刃が、俺の剣がその身に到達するよりも速く、それまで何もかもを破壊に至らしめた灰の輝きを以って、ためらうことなく己自身を貫いた——。


「はぁ……」

 そしてその光景を離れた位置から見ていた彼女も、一つの答えにたどり着いていた。

「マジメすぎるのも考え物だね。何が何でも成功させるっていうのは素晴らしいことだと思うけど…、もう少し周りのことも考えてほしい」

「それをお主が言うのか?」

「おや、ナイギのご令嬢だ。顔を出すのは珍しいね。おひさー」

「次その名で呼ぼうものならこの場で打ち抜くぞ」

「それは失礼、でも貴女も手伝ってくれてもいいんだよ? あの子だって手伝ってくれてるんだから」

「吾とヨナギの契約は『巫女』についてのみ。あやつらが敗北するようなことがあればその時は手を出しても良いが、それは必要ないであろう?」

「んー、まあね。そのつもりだったんだけどさ」

 自身の胸を貫いたレギオンの姿、あれではもう魂を抑えるとか制御するという話じゃない。暴走することを受け入れている。

「あれじゃ、ちょっとどうなるか予想できなくなっちゃったかな。———っとと…」

 

 レギオンを中心に衝撃波が吹き荒れ、何かにつかまっていなければ立っていられない。これでも大分弱くしているはずなのだから厄介極まりない。 

「ホント、なんであそこまで強くなろうとしちゃったかな」

 真面目で誠実で、皆から慕われていて、その気になれば大抵のものは手に入っただろうに。そのすべてが失われた彼は、二度と手に入らないものへ向かって手を伸ばし続けている。

 それはもはや、己自身が価値を理解できなくなろうとも、ただの獣に堕ちようとも。最初の目標だけはやり遂げようとしている。


「それで? お主は何のために戦場に立つ。手を出すつもりもないのであればいつものように従者の傍にいればいい」

「アハハ、言われちゃった。そうだね、いつもならそれでいいんだけどさ。…相手が相手だし、今はちょっと主従関係にひびが入りそうだから慎重なの」

 アヤネを護るという一心で頑張ってくれてるシエの集中を乱したくないしね。

「ならば、どうする?」

「もう、せっかちだよイユラ。アヤネに危険が迫ってるのは分かるけど大丈夫。ヨナが頑張ってくれてるんだから。それに、あそこまで往生際が悪い姿を見せられると同郷としては見てられない。しりぬぐいくらいはしてあげないと」

「そうか、ならばよい。ふむ……」

「どうかした? 疲れてるならまた今度うちにおいでよ。シエが美味しいお茶を淹れてくれる」

「気が向いたら考えておこう、ではない。聞くが、援護はいるか?」

「へえ」


 その言葉からはそれなりに心配してくれているのが伝わってきた。それは確かに、ワタシでは今のレギオンに近づくことは自殺以外の何物でもないしね。

 だから気合を入れていかないといけないなぁ、なんて気楽に考えてたんだけど。


「まさか心配してくれるとは思わなかった」

「やかましい、別に手助けする義理もないがな。これまで『巫女』を護ってきたことは事実だ。ゆえにこの一戦のみ、お主がレギオンの元へ辿り着くまでならば手を貸してやっても良い」

「おお、それは素敵だね。もともと敵同士なのに協力してくれるんだ。いいね、友愛というやつだ」

「行くなら早くゆけ、お主の目に入っていないわけではないであろうが、…押され始めているぞ」

「……」


 まっ平になった街の残骸の上、そこでは灰の残光を引き連れて縦横無尽に走り回るレギオンと、防戦一方となったヨナとジンの姿があった。

 あのままではじり貧だ。時間をかければかけるほど勝率は落ち続ける。なんにせよ第三者の介入がなければ戦場の結果は変わらない。

 なら、ワタシのすべきことは分かっている。


「ありがとうイユラ、でもいいよ、一人で行く。援護してくれるなら次の機会で」

「……本気か? 遠くから見ていても阿呆の類であることは分かっていたが、よもやそこまでとは」

「えぇ~、それはひどいなぁ。ワタシったらそんな風に見られてたの?」

 別段ショックも受けなくて、むしろ結構ワタシに関心があったのかと少し嬉しい。アヤネのおまけでも認識されていると嬉しいものだ。

(おまけでも、か)

 名前も満足に覚えていなかった彼にとって、ワタシはどう見えていたのだろう。それでもいつかは、なんて思ってくれていたのかな。


「うん、だったら夢を覚まさせてあげないと」

「はぁ、ラゥルトナーは阿呆ばかりよ。よくもまぁこれまでやってこれたものだと思わざるをえん。愚弟があそこまで愚をさらさねば『前回』で終わっておったというのに、まったく」

 呆れた口調で言いつつも、そこに怒りはない。あちらはあちらでいい関係を築けているみたいだ。ユーリからすれば苦労しているのかもだけど。


「ならば一人で行くのだな? 吾はここから去るが」

「行く。ありがとうねイユラ。できれば貴女とは戦いたくないな」

「それはお主次第だ。ではなリア・ナカツ。ラゥルトナーの名を継いだ女よ」

「じゃあね、イユラ。ナイギの名前を捨てた貴女」

「ふっ…、その名で呼ぶなと言ったであろう。愚か者め」

 そして彼女の気配は消えた。

 その気になればワタシからは声以外は気取られないようにできただろうに、それさえもしないで話しかけてくれたのは、結構気にかけてくれていたのかもしれない。

 なんだか、嬉しいな。


「さて、と…」

 絶えず灰光が疾走し、瓦礫が舞う。あんなところに生身で行かなきゃならなくなったわけだけど…。

「んー、素直に助けてもらうべきだったかな?」 

 落ち込みそうな気持を軽口でいなしつつ深呼吸。

 でもま、いかなきゃならないのは変わらない。ワタシのまいた種がこんなにも大きくなってしまったのだから、ワタシが何とかしないといけない。

「ヨナに怒られちゃうかな」

 怪我とかよりも気になるのはそれだけど、怒られるのはいつものことだしいっかな。

「よし……」

 彼等のいる戦場まで、距離としてはそう遠くない。

 破壊吹き荒れるあの場所へ向かって、己の罪を見つめるためにまずは一歩。

 終わりに向かっての一歩を、踏み出した。


『本編について』

・レギオンの主導権について

本編にもある通り基本はカイルが握っています。彼自身の強い意思でもありますが取り込まれた当時、リアの傍にいたことが大きな理由の一つです。

そのため、ある意味でカイルは指揮官であり、軍勢と呼べるのは彼以外の魂といえるかもしれません。


・ヨナギとジン

喧嘩するほど仲がいい(殺し合い)、みたいなものです。


・一人の騎士

なんでわざわざレギオンを助けたかといわれると、彼なりに自暴自棄だったからです。


『定期連絡』

・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。

・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。


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