55.リア・ナカツ①
『実はワタシ、昔レギオンの一部だったんだよね』
そんなことを、気まずそうに口にした彼女はこころなし小さく見えた。
(知り合いで裏切者よばわりなら、そりゃそうだろうさ)
そして、相対する少年は圧倒的な力を持っていたはずの魔人を前に、彼女の告白を思い出す。いつも必要以上に堂々としているくせに、そんな姿が影も形もなくなった彼女の姿。
前回の世界にて。
マンションの一室には俺たちと皆方が住んでいて、レギオンを退けてから少ししてからのことだった。そう、確か皆方にレギオンについて説明をしてから数日後の夜だった。
シエとリア、皆方もすでに自室に戻り、俺はなんとなく最後にリビングに残っていた。
いい加減寝ようと思って部屋に入ると、そこにはリアが俺のベッドの上で横になっていた。枕に顔をうずめ、足をパタパタさせている姿は見た目よりかは幼く見える。
そして気まずそうに咳ばらいをしたり、ゴロゴロしたりと十分ほど経った時、ようやく意を決したのか。
「——レギオンはね、「巫女」とともに失われた世界の数百万にも及ぶ魂の集まり。だけどその意思決定を握るのは実際のところ“一人”なんだ。厄介なのがさらに一人分混じってるけどね」
「………」
姿勢を正して座り直して口にした内容は自身とレギオンについて。
「彼とワタシは同じ世界に生まれて、同じ町で育った。知り合ったのは10歳を超えてからだったけど」
俺と出会う前のリアがどう生きていたのかを含め、彼女の知る情報をゆっくりと話しはじめた。
「まとめ役、みたいなものかな。偶然か、素質か。そういったカリスマ性をもってた子だったんだ。努力家で誠実で、成人もしていないくらいの年なのに多くの人に慕われてた」
目を閉じて、ぽつぽつと思い出すように、懐かしむように口にする。
「それなりに大きな町でね。ここよりも文明レベルは低かったけど、平和だったし特に不自由を感じることもなかったな。ワタシもワタシで年相応にカワイイ女の子だったよ」
「…レギオンの話だろ」
「もう、話の腰を折らないの。それにそこは子供のころのキミもきっとかわいかっただろうね。とかいうところじゃない?」
「……つづき話さないなら外で素振りでもしてくるけど」
「んもう、ヨナったらしょうがないなぁ」
そんなに気まずいのか、いつも以上に茶々をいれる姿に焦りが見える。
(何をそこまで気にすることがあるんだ?)
またしてもそわそわし始めたリアを観察してみるけど、当然詳しいことはわからない。
「はぁ…しかたない。ほら、それならおまえが話し終わるまでここにいるし、話し終わるまでは逃がさないし寝かさない。これならいいだろ」
リアの隣に陣取って座り込む。肩と肩が触れ合うギリギリの位置では互いの体温さえ伝わってくる。
これなら互いに話し終わるまでは離れられない。逃げようとすれば捕まえればいいしな。
「んー…。ヨナの方からくっついてくれるのは嬉しいけど、なんだか複雑~」
そういいながらも体重を預けてくるのだから本当にそう思ってるのか怪しいものだ。
「で?」
「ん、それでね。ワタシがあまりにもかわいいものだからその彼が——」
「………早くも後悔してきた」
「え、何その目。大丈夫大丈夫、これからワタシの美貌も関係してくるから、ホントだから」
「でだね、ある日ワタシの家に彼が訪ねてきた。両手いっぱいの花束を持ってね。ドアを開いたときは何事かと思ったよ。頭からかぶるくらいだった」
□ □ □
——それは、ずっと昔の出来事で。
忘れるには少しだけ記憶に残ってしまっている日々のこと。
『こんにちは、誰かいらっしゃいますか?』
『……』
冬を超え、暖かさを増していくある春の日、家を訪ねる男の声が一人。
疲れていたから少しだけ億劫だったけれど、育ての親である祖母の教えにしたがうと客人を無視するのは忍びなかった。
「はい」
ドアを開いたとき、甘い香りがただよい、目の前には色とりどりの花が現れた。そして、さらにその上、花束の向こう側からは若い男の声。
「どちらさま?」
顔は花束に隠れて見えないけれど、気の優しそうな人物そうということはなんとなくわかった。
「えぇと…、初めましてナカツさんの…お孫さんかな。僕は花屋の手伝いなんですけど、店長が大量に入荷しすぎてしまいまして。花はいりませんか?」
「そうだね、わたしにはひつようないかな。申しわけないけれどまたべつの日に来てほしい」
「そう、ですか。それは残念です。駅前の店なのでまたほしくなったら買いに来てください。店長からナカツさんの家は常連さんと聞いていましたから」
「……わかった」
そうすると彼は大量の花に苦戦しつつ、よたよたとふらつきながら立ち去っていく。その背中からは困ったような雰囲気を漂わせていたけれど、ワタシにはあまり関係のないことだと家の中に戻ろうとして——。
「あ、…そうだった。そこの花屋さん、少しまってほしい」
「え?」
道の方まで戻っていた彼の方へ駆け寄ると、台車に戻そうとしていた最後の一束を彼の手から抜き取る。
「これだけあれば足りるかな」
「———」
ポケットからコインをいくらか取り出すと彼の前に差し出す。
見上げた彼の顔は、昼下がりの太陽が逆光になっていてよく見えない。けど、なにやら驚いたような顔をしているのは雰囲気で伝わってきた。
「………」
「たりないのかな?」
雷に打たれたように固まった彼は十数秒ほどそのままだったけど、ワタシが話しかけるとようやく生命活動を取り戻した。
「あっ、いやごめんね。少し驚いてしまって。うん、これで足りるよ。さっきは必要なさそうだったけど、……誰かに渡したりするのかい?」
「? いいや、こういう時はいるものだろうってことを思いだしたから」
彼の様子は完全に戻っていなかったから不可解だったけれど、特に興味もなかったから質問に答える。そう、こういう時は必要なのだ。両親の時もそうだった。
「こういう時っていうのはどういうときなんだろう。教えてもらうことはできるかな。気になっちゃって、その…キミの話のこと」
「ん、きょうの朝、おばあちゃんが死んだから」
「——、それは…ごめんね。嫌なことを聞いちゃったよね。それじゃあご両親は葬式の準備をされて——」
「いないよ、父も母も。ワタシが生まれて少ししたときにじこにあったらしいから」
「それじゃあ、おばあさんのことは僕以外に言った?」
「言ってない。今日はずっと家にいて、これからどうすればいいのか考えてたから…」
今思うと、これはきっとどうすればいいのかわからなかったんだと思う。
正真正銘子供だったし、昨日まで元気だった祖母が朝起きたら冷たくなっている状況は受け入れがたかったし、死という概念を理解できていなかった。
だから、どうすればいいのかわからなかったんだ。
「そう、か…。大変だったね、一人でがんばったんだ。偉かったね…。おばあさんのことは残念だったけれど、そのまま放っておくわけにはいかない。それは分かるかい?」
ひどく驚いたように目を見開いたけど、彼はすぐに冷静になってワタシの頭を優しくなでて肩を優しくたたいてくれた。
「君の名前を聞かせてもらえないかな。それと、おばあさんのところに案内してほしい」
「……リア、リア・ナカツ」
ワタシはコクリとうなずくと、彼を祖母の部屋に案内する。
彼はすぐに町の人や近所で親しくしていた人に声をかけると、式から埋葬の準備までつつがなく進めていく。
その数日間の間、ワタシは何ができるでもなくただ静かに事の成り行きを見守っていた。子供ながらにどうすればいいのか分からなかったし、わかっていても大して変わらなかったようにも思う。
祖母はとても素敵な人だったけれど、死んでしまった以上、そこに対してあまり興味を持てなかったのだ。
□ □ □
それからの日々はすぐに過ぎ去っていった。気が付いた時には数年経っていたくらい。
彼が周囲に掛け合ってくれたおかげで葬式もつつがなく終わり、そう時間もかからずそれまでの生活が戻ってきた。
一人にはなってしまったけれど特に変わりのない毎日、静かに流れていく時間で祖母の残した本に目を通す。そしてもう一つ変化があったことがあるというなら——。
「これはここに置いておけばいいかな」
「うん」
「そろそろお昼だけどおなかすいてない?」
「作ってくれるなら食べる」
彼が様子を見に来ることだ。一人きりの肉親を失ったワタシのところには近所の人がよく様子を見に来てくれる。
彼も同様に時間があるときには通ってくれている。別に必要ないといったのだけど押し通されてしまった。
ワタシのことを教会に預けようという話も出たみたいだけれど、この家から離れるつもりもなかったから断った。
働いて稼げるようになるまでの貯蓄は残されてもいたから、泥棒に気を付けていれば大丈夫。もし被害にあったのならその時には教会に行けばいい。
だけど、そうなりそうにはない。
「それにしても、一人で寂しくはないのかい? 君が同い年くらいの子と話しているのはあまり見ないから…」
「別にそういうことはないよ。むしろ向こうが距離を置いてるから。どうしてなんだろうね、ワタシは普通にしてるだけなのだけど」
「あはは…、そういう堂々としてるところが、この町では少し珍しいからかな。もっと中心部に行けば君みたいな子もいるんだろうけど、ここは田舎寄りだから」
「よくわからないな。貴方だって皆の前では堂々としてるけど、いつも周りには人が集まってるじゃないか。ま、ワタシには向いてないってことかな」
「僕が堂々としてるっていられるのはみんなの前だからだよ。その…君の前では——」
ドアをたたくノックが数回、そこでお話は中断だ。
「うん? 誰かな、出てくるから少し待っていてほしい」
「あ、うん。分かったよ…。何かあれば呼んで」
彼を食卓に残して玄関へ。
この時間なら二つ隣のキーランさんかな、明るい女性でいつも作りすぎたご飯をわけに来てくれる。
「どちら様かな、食事を分けてくれるなら受け取るけど最近一人では食べ切れな——、ん?」
ドアを開こうとしたら何かにぶつかって開ききらない。
「あー、ちょっと待ってほしい。うまく開かなくって……」
何度か閉じたり開いたりを繰り返してようやく気付いた。これはドアに問題があるというよりもドアの向こうに何かがあるのだ。
「ん、しょ…っと。……んー、こまった」
「どうかしたのかい。ずいぶんかかってるみたいだけど」
ドアの隙間から頭だけを出しているワタシの姿はずいぶん間抜けに見えることだろう。けれど仕方ないと思わないかい?
だって、訪ねてきた相手は見ず知らずの女の子で、その上血を流して倒れていたのだから。
□ □ □
「…起きた?」
「ぅ…く……。あ、なたは——」
「ふふん、ワタシの家に来たのは運がよかったね。応急手当てできる人材がいたんだから」
「やったのは僕だけどね。身体の方はどう? 気を失ってる間にお医者さんにも見てもらったけど、それほどひどくはないって話だったから」
「う、ん……。少しふらつくけど、大丈夫…。ありがと、…っ」
「おっと」
体を起こそうとしたけどふらつくものだから支えて、もう一度寝かせる。見た目以上に疲労が強いみたい。
「この家は空き部屋もまだ残ってるから好きなだけいればいいよ。家事全般は彼がしてくれるから。呼べばなんでもしてくれるんじゃないかな」
「ちょっとリア、僕を便利屋みたいにいうのはよしてよ」
「そんな、傷ついた女の子を放っておくような男を家に上げていただなんて、ワタシも人を見る目がなかったみたいだ。…残念だけどワタシは貴方を信じられなくなったかもしれない…」
「はぁ…、もう仕方ないなぁ。リアにそういわれたら断れるわけないじゃないか」
「よし、ならよかった。信頼できる相手で助かったよ。と、いうことで名前も知らないお嬢さん。行く当てがなかったらしばらくいるといいよ。物を盗んだりしなければ好きなだけいてくれていいから」
「リアもちゃんと手伝ってね。僕一人じゃ女の子の面倒見るのは倫理的に厳しいよ」
「ワタシの面倒を見ておいてそういうこと言うのかい? ふふっ」
「も、もうリアっ」
「あはは」
日をまたぐ夜中でドタバタと騒ぎ始めた我が家を隣人はどう思うだろう。
けどそんなことは聞かれたら答えれば済む話だ。今はそう——。
「ぇ、と…ありがと…ございます」
ベッドの上で目を丸くする名無しの彼女のことが気になるのだった。
はたまた時間は過ぎて一月ほど。
一緒に生活していてワタシが彼女のことで知っているのは、名前は『ウェンディアナ』ということ。私より5つほど年上でこれまでは一人で旅をしていたということ。倒れていたのは幽霊? に襲われたからということ。
そして——。
「あの、手伝おう。か?」
「いや大丈夫だよ。と言いたいところだけど、食器を取ってくれるかな。いま鍋の方が目を離せなくて」
「うんっ、ちょっと待っててね」
彼を見る目が乙女だということだ。
(なるほど、アレが恋する乙女というものか…。まさか本当に本で読んでいた描写通りに目がキラキラしてるなんて……面白いなぁ、それにカワイイ)
食事が運ばれてくるのを待つ中、楽しみはウェンディが楽しそうにする姿を見ること。ワタシにはまだわからないけど、恋する女の子というのは見ていてとてもカワイイ。こっちまで幸せな気分になってくる。
「んふふ~」
「リア、笑ってないで君も手伝ってくれていいんだよ?」
「ええ~いいじゃないか。ワタシの作った料理よりも貴方が作ったほうが美味しいんだから。適材適所だよ」
「僕はリアの作った料理を食べてみたいけどね。まぁ、それはそれとしていつも寝転がって本を読んでばかり君は、炊事、洗濯、掃除以外なら何が得意かな?」
「んー、食べること、身綺麗でいること、モノを散らかすこと。くらいかな。おお、実に適材適所、お互いがお互いを補い合ってるね。素敵なことじゃないか」
「……まったく、もっとちゃんと教えておくべきだったかな。まあいいんだけどさ」
「そうそう、そういうこと。じゃあ今日のご飯も楽しみにしてるよ」
「ん~~」
困り笑顔を浮かべながら出来上がった料理を運んでくれるのを待ちながら伸びをする。何もしなくてもいいのは素敵だけど体がなまっていけない。ストレッチくらいはしていかないとね。
「ん~~、ん? どうかしたのかい“ウェンディ”、ワタシに見とれちゃった?」
「う、ううん、違う。ごめん、気にしないでっ」
そそくさと彼の手伝いに戻っていくけど、どうかしたかな。
顔に何かついてるかと思ってペタペタ触ってみるけど違和感はなし。その姿をみた彼に不思議がられたけど、特に何も言ってこなかったから大丈夫そう。
(なんだろ、また今度聞けばいいか)
そんなことよりまずはご飯。何事もエネルギーがないと動くこともままならないものね。
……ん、どうせ動いてないだろって? ヨナ、話の途中で茶々をいれないの。
コホン、しょうがないな。ざっと大きな出来事だけ話そうか。んー、まぁ…たしかにこれまでのは、その…関係ない部分もまじってるけどさ。…頑張って勢いで行こうとしてるんだよ、そういう乙女心を分かってほしい。
はぁ、ヨナったらもうすこしワタシに優しくしてくれてもいいじゃないか。シエにはあんなに優しいのにさ。
あぁはいはい、ハナシマスー。えぇっと、それじゃあもうクライマックスから言っちゃおうか。とはいえ、思い返しても楽しい話でもないけどさ。
さらに一年くらい経ったころかな、町が火事に見舞われたんだ。
とても大きな火事で町が丸ごと焼けてしまうのではないかと誰もが思って、思った人たちは幽霊に殺されていった。
あれがなければ、もう少しゆっくり過ごせていたのかもしれないけど。
……うん、きっと…どうしようもなかったんだろうね。
『本編について』
・過去編について
すいません、唐突な過去編です。その場のノリで書いているため、ここでしか入れられる場所が見当たりませんでした。来週には終わります。(後、区切る位置の関係で短くなってしまいました。ごめんなさい)
・リアの幼少期
牧歌的で、平和の象徴的な村で祖母と一緒に暮らしていましたが、祖母が急死したために孤独の身となります。とはいえ、彼女のことは周囲の人々が気に掛けていたので何事も起きなければ、すごい美人の村娘としてのんびり過ごせたんじゃないでしょうか。
『定期連絡』
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