54.軍勢、開戦の時②
「あ~ったっくよぉ…。もうちょっと人の話聞いてくれてもいいんじゃねえかなぁ」
切断された首元がつながったことをさすりながら確認する。結果は上々、自分の体のことながら呆れるほどの生存能力だ。世界の破壊と創造を生き残ったのも伊達じゃない。
「理由の見当はついてるが、さてどうなるかね。できれば外れててほしい予想だが」
よっこらせと立ち上がると戦場へ目をやる。
ヨナギとレギオンは怪獣大戦争もかくやというようなバトルしてるし、できれば関わりたくないね。
第一オレが行ってもレギオンのやつ空間丸ごと壊してくるから胎蔵領域使っても意味ないんだよなぁ。発動即崩壊なのが目に見えてる。
「ジンはジンで、生真面目さがモロにでた能力にしたもんだ。型どおりに武器振りゃあ馬鹿みたいな威力の攻撃なんてな。旦那と比べりゃずっとかわいいもんだが」
戦場にまっすぐ線を引くような斬撃の痕を生み出している。発生源ではジンが納刀して抜刀、もいちど納刀して抜刀。映像記録を巻き戻してるんじゃいかと思うくらい全部の動きが同じだ。
「ありゃ、オレには無理だな」
やるならもっと伸び伸びやる方がオレにあってる。自分の世界で好き勝手氷いじくってる方が楽だし強い。結局範囲攻撃よ。
「姉上は…いねえか。『巫女ちゃん』に何を思い出してほしいのやら。わが姉ながら歪んでるね」
頭の中に封じ込められた『巫女の記憶』とやらの中身は結局わからなかった。調べた感じ厳重すぎるくらい厳重に他人には開けられないようにした感触。
(大量の鍵ってかテープでぐるぐる巻きだな。それも用途としては人に見られないようにってわけでもなさそうだ)
無論、術式の中身である”記憶“が他人に覗かれないようにする意味もあるだろう。だが、それよりも感じたことがある。
「保存か…、どうにも中身は古そうだ」
子供のころ、いつか大人になったら掘り起こそうと地中に埋めた思い出の品のように。長い時を耐えきるために丈夫な容れ物を何重にも重ねるのと似ている。
あまりにも厳重すぎるのだ。
それだけしなければ経年劣化に耐えられないほど古いのか、それとも保管期間の長さに比例して容れ物を足していったのか。
「ま、いいさね。オレには開けられなくっても『巫女ちゃん』に引き渡しゃあ開くようにはなってんだ。渡してからのお楽しみってな、となると問題は——」
オレにとっての難関、一軒家の屋根に立ち槍を振るう少女の足元。その足元の部屋に『巫女ちゃん』がいるのだ。『楔』なしの今の状態で行ってもバレるのは必至、そうなりゃまた敵として戦わないとダメだし、がんばってるシエちゃんの邪魔をしたくない。
「もっとこう…、いい方法があればいいんだけどなぁ。いっそのこと存在アピールしながら突っ込むか? ああいやでもそれじゃオレの相手しなきゃなんないから邪魔になるしなぁ」
今日までに作り上げた『楔』は三つ、がんばりましたオレ。てかその気になればできるもんだな、今までが適当すぎたか?
そして、そのうちの二つをジンに渡していて、一つ使えば一時間くらい世界の影響から逃れることができる。
オレは死なないから一つあれば何とでもなる。
「ん~~…」
腕を組み、風に乗って飛んでくる街の残骸を、首をひねって避けながら考える。
嫌われたくない、邪魔したくない。でも『巫女ちゃん』のとこにはいかないとダメ。シエちゃん大事だけど姉上も怖いのだよ。
「……マジでまいったな。そらそうだよな、シエちゃんが『巫女ちゃん』の傍にいるよな。なんでこんな簡単なことに気づかなかったんだ?」
己の間抜けさ加減に苦笑しつつ腕を上げて体を伸ばす。
「んーーっ、くぅぅ——。…っと、ヨシ決めた」
ちょうどいいところに吹き飛んできた椅子をキャッチ、そのまま座り込む。
「戦い終わって油断したところを狙おう。うん、気づかれなきゃシエちゃんからの印象も少しはマシなままだ」
この辺は全員の位置がよく見えるし、観戦にはぴったり。
このような適当なところが彼女に嫌われる一因であるのだが、おそらくこの男は気づいていない。気づいていたところで直すことはしないだろうが。
「よーし、それなら飲み物はいるな。自販機は……ナイスっ、ぶっ壊れてるから取り放題ーっと」
その時、不意に視界の端に移り込む金の髪。
「ん?」
その女はヨナギとレギオンの戦闘の余波ギリギリ外にたたずんでいた。何の力も感じ取れないが、その状態で破片でもかすれば命にかかわるのは違いない。
ヨナギの方を見ていたはずだが、オレの視線に感づいたのか振り返り、目が合うといたずらっぽく微笑んできた。
——まるでこれまでの隠し事がバレてしまったような子供みたいに。
「あー、なるほど、予想は確定か。ヨナギの反応的に間違いないとは思ってたが…、はぁ。ラゥルトナー、ねぇ…」
苦笑は深く、これまでの人生に水を差された感覚だが、気づかなかったオレたちも悪い。してやられたと思いはするが、レギオンを何とかしてくれるってなら任せとくしかない。
「好き勝手やるやつしかいないなマジで」
激しい轟音と振動の中、背もたれに体重を預け、目を閉じる。
オレもジンも姉上も、ヨナギもシエちゃんもあの女も。あとは…その他諸々、それぞれの思惑に向かって戦っている。誰の願いが届くのかはこの状況じゃわからない。
「はてさて、色々ごちゃごちゃしてきやがったが、最後に笑うのは誰でしょうっと」
だから、見届けるやつくらいいた方がいいんじゃないか?
この戦いの顛末と、次の戦いの始まりを。誰かに伝えるやつが一人いても悪くない。オレは正直者だからとりあえず正直に後世に残すぜ? その後のことは知らんが。
「それじゃヨナギ、そのためにもレギオンには勝ってもらわないとな。ずいぶん苦しそうだが、オレに勝ったようなやつがそんなぽっと出に負けられるとオレの格が落ちるんだ」
愛と勇気と浄化の力。
ははっ、ほんと状況だけは正義の味方でしかないんだな。
「勝てよ。その後なら厄介な女の対処法を伝授してやるからさ」
足を組み、戦場全体を俯瞰する。
最後に笑うのが誰になるかは知らないが、それがオレ以外になるのはまだ認めてない。誰だって、幸せになりたいからな。
「どんなに遠回りでも最後に勝つのはオレだぜ。なぁ、ヨナギ」
地上から立ち上る輝きも、空から圧殺する灰の淀みも知ったことじゃない。戦場に立つことがなくとも、勝利できるならその方がいいに決まっている。
そうして彼は、悠々自適に拾い上げた水のペットボトルを口に運んだ。
□ □ □
『いいんだな』
『いいよ』
『本当に』
『いいって』
『……冗談なら今のうちに——』
『もう、心配しすぎだよ。大丈夫だから、ワタシは。ね?』
『——ああ』
「———」
目の前に佇むのは灰の魔人、個の軍勢、世界の破壊者。
全身に纏った鎧には瞳の様な模様が至る所に刻まれ、朱く光る度に地上を灼く熱線が際限なく放たれる。
「お前は、どうしてそこまでアイツを狙う?」
「無論、『巫女』という存在自体がこの世界の不具合そのものだ。どれ程強固で栄華を極めた文明であろうとも、その根幹がただ一人の人間に依存するシステムである時点で未来はない」
「だから殺すのか? 未来がないなら今ここで」
「その通りであり、間違いでもある」
「チッ!」
懐へ入り、白銀の剣を振るうが手の平であっけなく防がれる。この鎧は、俺の知る中で最も強固な物体で出来ているらしい。
「我等はどこまでも許せないだけだ。ただ平穏な生活を、栄光の歩みを、絶望の縁でありながらも己の手で未来を掴もうとした足搔きもなにもかも。『巫女』という存在一つで覆る」
「四方展開……っ!!」
ただ振るうだけで傷一つつかないというなら、『焔刃』による斬撃の強化を以って灼き斬ってやる。
「我等を構成する魂は、皆が皆戦士であったわけではない。農夫もいれば家庭の母であったものも数多い。力を持たぬはずの皆が、怒ったのだ。己の命が他者の手によって、己の手の届かない領域で捨て去られたのだと——!」
全方位への放射、揺らいだ空気は熱線により膨張させ、中空に爆発を引き起こす。
「ぐ…っ、『焔刃』でも表面くらいか、嫌になるくらい丈夫だな…っ」
吹き飛ばされた勢いのまま、地上へ帰還する。あのまま空で戦い続けられないわけじゃないが、ただ気合を入れたくらいの攻撃で広範囲爆撃を引き起こしやがる。
「おや、お困りかな?」
「お前はもうちょっと下がってろ。死なれたら負けだ」
「ヨナが落ちてきたんでしょ。ほうら、早く前線に戻ってくれないとレギオン来ちゃうよ。ワタシ結構嫌われてるし」
「日頃の行いだろ。で、あとどれくらいだ」
「んー…、じゅっぷん、とか?」
残り十分、それがリアの提示した切り札までのリミット。そこまで一人で耐えながら皆方とシエ、そしてリアを護り抜かねばならない。
「うーん、準備をあと十分早く始めれば何とかなったかもだけど…怒る?」
「別に。十分だな、分かった」
「ごめんね、いつも体張らせちゃって」
声からは普段聞くことのできない罪悪感がにじみ出ていた。
背後にいるリアの顔を見ることはできないが、多分笑うのがうまくいかなくて、困ったように眉尻を下げているのだろう。
「付き合い自体はそう長くないはずなんだけどな」
「えぇ、ずぅっとその眼を通してみていてあげたのに」
「そんなことばっかりしてるからずっと寝る羽目になる。俺の様子なんか見てたところで虚しいだけだろ。どうでもいいことに時間かけすぎなんだ、おまえは」
自分自身の迷いを切り捨てるように、口にした言葉は思いのほかとげとげしいものになる。その気配のせいかどうかは知らないが、レギオンも再び動き始める気配を感じ取った。
「時間はいくらでも稼いでやる。だから、無茶はするな。必ず護る。…面倒くさいが約束だからな」
「んっふふ~」
「なんだ、気持ちの悪——ぅぉっ」
この期に及んで変な笑い声をあげるリアに苦言を呈してやろうかとした時、背中から重い気抱きしめられる。
「おいっ、邪魔すんな、今攻撃来たら死ぬぞ、おい!」
俺の両腕まるごと抱きしめてきているリアと、上空でこっちに向かって強力な熱線を放とうとするレギオン。これまで全身から放っていたもの全てを収束させた、何をも滅殺しきる破壊の光。
アイツを中心に空が禍々しく朱に染まる光景はあまりにも絶望的な気持ちにさせられる。
「ん~~~っ」
だというのにこの女、その状況で力一杯に籠めて抱きしめてくる。その上やめる気配がない。
「んー……」
「なんだ、長くなるなら後にしろっ」
界燐を剣に込めつつ、迎撃のために術式を組み上げていく。
『焔刃』ではリアを巻き込み、『滅刃』では極大の一撃である熱線は切り裂けず防ぎきれない。必要なものは一極集中の斬撃。そしてそれはこの戦場において目にしている。
(間合いは劣るが…逸らせるか!?)
レギオンの攻撃を半分まで削り切ったところでシエの『神籬』では防ぎきれはしないだろう。攻撃自体が空間を破壊するという特性を持つ以上、空間を支配下に置くシエとは相性が悪い。
「ねぇ…ヨナ……」
「だからなんだって、あと十秒以内に離さなかったら力づくでどけるぞ。…四方展開ッ!」
空は朱を通り越して血のように赤黒く染まる。空が割れ、その奥にある『境界』の黒夜が滲み出ているのだ。
その中心で臨界を迎える朱の輝きは、奈落の底から手を伸ばす死神の威光を思い起こさせる。なりふり構わずこの世界丸ごと破壊して、俺たちごと皆方を殺そうとしている。
「…………」
「リア」
「……ん」
抱き着いたまま動こうとしないリアの手は震え、背中から伝わる吐息はいつもよりずっと熱い。
「言っときたいことは?」
出会ってからこれまでの間、リアなりに戦い続けてきたことはわかっているつもりだ。だからこそ、ここで慰めてやることはできない。
いつものように、余裕を見せつけるように笑ってくれ。そんなおまえが後ろにいてくれるから、俺は振り返らずに戦える
だから、弱音なんか吐くな。それは終わってからにしろ。
「ヨナ………」
抱き着いてきていた腕の力が弱まり、身じろぐ気配を背中に受ける。鼻をすするような音が聞こえたような気がしたけれど、それはきっと雑音が紛れ込んだのだ。
「……………すき」
「————、ああ。………知ってる」
「…イジワル」
今度こそ、リアは身を引いた。
空気が、大地が震え、レギオンから放出されるエネルギーが翼を広げるよう空に広がっている。そのエネルギーに触れた端から悲鳴を上げながらひび割れる世界は、あまりに脆い。
(皆方…、もう少しだけ耐えてくれ)
レギオンは怒りに呑まれてる。それは初めからだったろうが、隠すことさえできなくなっている。あの理性的な口調が数百万いる魂のうちどの人格のものなのかは知らないが、奴の人格など渦巻く怒りの中では表層に現れることももはやないだろう。
「これから十分、…長いな」
異分子のくせして強さだけは度を越している。今やりあえているのもレギオンが皆方しか眼中にないから隙をつけるだけに過ぎない。
それでも自分なりに一撃に力を籠めてはいるが、ダメージにはならないのが腹立たしい。
「そうでもないよ、大丈夫」
「…そうか、なら任せる」
「うん」
けれど、そういうのなら信じてみよう。
冗談ばかり口にしているおまえだけれど、俺に嘘をつくことはないのだから。
「——ァ——、ァァ…ァァァァァッァァアアアアアォオオオオオオオオオオ——!!」
世界を震撼させる声はレギオンのもの。数えきれない彼等の声が地獄の亡者の声となって天より地に降り注ぐ。
鳴りやむことない怨嗟の声は号砲となって収束、目を潰す朱き閃光が、破壊を体現せんと世界を砕きながら放たれた。
「———ッ、破封混成領域『望月』」
生きていたのは知っていた。イユラが面倒を見ていることも。
だが直前に目にしたジンの『四方界』は以前と異なっていた。俺の手による傷のせいなのは間違いないが、正直新しい術式を使えるようになるのは意外だった。
凝り固まった誇りのせいで自滅するかと思ったが。
(関係ない、もう一度立ちふさがったのなら斬るだけだ。そして、使わせてもらうぞ)
見よう見まね、完全な模倣にはいたらないから我流ではあるが——。
「斬らせてもらうぞ——ッ!!」
迫りくる禍つ光は瞬きを待つことなく地上へ到達する。
前を見ろ、どれほど輝かしい、瞳を潰す邪悪な光であろうとも、目をそらすことは許されない。
(斬撃を飛ばしていたら威力が足りない。間合いを見極めろ、この刃が最大の力を発揮できるその瞬間を、刹那を——!)
ジンが放つ斬撃による長大な間合いを再現しては極光を断ち切る威力は発揮できない。
ゆえに、切断という倶利伽羅の機能を最大限発揮するため、最も最適な間合いがあるというのならそれは間違いなく——。
「ふッ、ッオオォァアアア!!」
振り下ろされた剣が朱き極光をとらえ、膨大なエネルギーごと斬り捨て去ろうとする倶利伽羅は発生した熱によって赤熱化し、伝わった熱によって倶利伽羅を握った両手を焼く。
「…っヅ…ぅっつぅぅぅ——、らァアアああァァッァァァ!!」
即興で設定した『領域条件』、正面からのカウンターであり、振り下ろされる切っ先のみにおいて効果が発揮されるというもの。
そして引き起こされた異能の効果。
極光と切っ先が接触したかに見えるが、その直前において生まれた斬撃の断層によって直接極光を身に受けたわけではない。
「なんだ、それは——」
「ああ!? んだテメェしゃべれんじゃねえか!! クソっ、無駄に力だけ強いのだけが面倒だな!」
だが、防ぎきっている。
空間そのものを、触れた端から世界という枠組みでさえも破壊に至る朱き極光。灰の魔人が放つ一撃の中でも上位に君臨する理不尽と形容するほかないその攻撃を。
——少年は確かに“斬り裂いていた”。
彼を始点に斬り裂かれ二つに分かれた極光は街を破壊するが、標的であった『巫女』の元へは余波でさえ届いていない。
「まさに滴り積もりて淵となるだな…っ、数が多い分だけ威力は高い…がっ、それだけだ!」
剣より伝わる熱によって両手を焼きながら、歯を食いしばる。半歩でさえ後退はせず、むしろ正面から押し返そうと力が増し続けている。
「———?!」
たった一人の人間による異常事態に彼等は渦巻く怒りの内に困惑と動揺が混ざり込む。たとえ剣が特別なモノであろうとも、扱う人間はそうではないはずだ。
今でさえ剣を握る手は焼け、力を籠めることさえ異常だというのに。
(なぜ彼は反撃に転じようとしている——?)
押し返され始めている。
今なお放出し続ける極光、膨大なエネルギーそのものは終息には至らず、むしろ威力を増しているはずなのだ。それが、なぜだ——。
「なぜ、我等に匹敵するという!!」
「——が…っ、くぉ…ぉ…。ぐっゥ…、——んなもん、バカみたいな数いる自分達で…考えてみやがれぇぇぇぇ!!」
「———っ!?」
刃が振り下ろされる。
拮抗状態であったはずの衝突は瓦解し、極光が正面から断ち切られる。
斬撃は極光を伝わり、力の源である彼等の元へ駆けあがる。まるで彼等が放つ力を巻き込みながら反乱するかのように。
「くらいやがれぇ!!」
次いで、後を追うように飛翔する光刃。
回避する理由はない、ヨナギ・アマナの攻撃ではこの身、この鎧には傷つけることはできない。魂の一つでさえ消滅させるには至らない。
至るわけがないというのに。
「—————」
ならば、この焦燥はなんだというのか。
光刃の接近とともにざわめきが次第に大きくなる。数百万の魂の内の二割が警鐘を鳴らしている。
(なんだ、なんだこれは)
理由不明、説明不可。急速な原因解明を要する。思考回路と演算能力を総動員して解決にあたるが内部の混乱は結果に至ることはない。問題発生、思考停止、思考停止、思考停止。
固まる思考と四肢、放たれる極光が止むことはないが、もはや意味をなさない。
なぜならば、すでに斬撃は彼等の元へ到達したのだから。
「———————ガ」
先駆けたる無色の斬撃は極光を真二つに断ち、魔人の鎧へと一筋の剣線をたたき込む。ほぼ同時、後を追うように奔る光刃が更なるダメージを与えようと彼等へ到達する間際。
「———させん!」
永久に反芻される思考を強制的に打ち切り、迫る光刃を拳によって叩き落す。
「なぜだ——」
そして、さらなる困惑が襲う。
防いだはずの攻撃によって拳に傷がついている。何をも退け、何をも下してきたこの手に傷がついたことなど一度たりともないというのに。
「アイツを信じるなだったか?」
「——!?」
背後からの声、振り返る視界の端には振りかぶった剣を持つヨナギ・アマナの姿。
「ク——ッ!」
なりふり構わず、後背部から熱線の放出による加速を用いて地上へと離脱。同時に剣から放たれた光刃が雨のごとく襲い掛かる。
(ヨナギの『四方界』…っ。やはり威力が増している!)
腕を交差し防御するが、降りかかる光刃はこの身を確実に傷つけている。
だが、最初に受けた攻撃は攻撃、『焔刃』によるダメージはなかった。ならば、その後に何かが起きたのだ。
地上に降りてから我等の攻撃を受けるまでの短時間、ヨナギができたこと———。
「——リアッ、貴様かァ!!」
「や、ずいぶん機嫌が悪そうだ」
「————!!」
空へ向けた方向の答えはすぐそばから。
そこに立つ女はまるで無防備で、散歩にでも家を出たとでもいうような気軽さで背中をタッチして話しかけてきた。
見る者の目を奪う金砂の髪、蒼穹を宿した瞳。
我等に宿る魂、そのすべてが知る美しき女が、誰もの信頼を得ながら誰をも見捨てた女が、彼等の手に届く場所に立っていた。
「どうかしたのかな。そこまで傷だらけなのは初めて見るけれど、手を貸してあげようか?」
「裏切者が…戯言をッ!!」
この手で殺そうと伸ばした手はリアへと届く前に弾かれた。
「——墜天子」
「させません!」
『巫女』を護る墜天子、すでに彼女の能力範囲内だった。そして、傷つくほどでないにせよ。あの少女の攻撃でさえこの身へと影響を及ぼしている。
「これはまさか、あの時と同じこと…いやその逆か——ッ!?」
原因が判明した。ならば、この場にいることが最大の危険因子。
離脱しなければならない。弱体化がリアとの距離に起因するならば、少しでも距離を取り視界に入らない遠距離からの攻撃に切り替えなければ——。
「おい、どこに行くつもりだ」
「ヨナギ————」
飛び退いた先、すでに回り込んでいたヨナギによって地上へ撃ち落とされる。
撃ち落とされた勢いのままに道路を、構造物を粉砕しながら地上を滑っていく。むしろ飛行機の墜落に等しいソレは周囲一帯を巻き込んでいく。
「……グ、ガ…ガ……」
勢いが止まったとき、自分自身でさえ信じられないダメージを受けていることに気が付いた。これほど傷ついたのはいつ以来か。
そして、敵が追撃の手を休めることはしない。
「四方展開——『滅刃』」
界燐の発露とともに、剣から放たれた大量の光刃は軋みを上げながら、触れたモノをミキサーにかけたように粉々に変えていく。
「甘く見るな——」
だが、どれほどの威力であろうとも。この力の前にはすべてが無為に帰す。
「■■■■、■■■■——」
それは此処ではない、かつてあったはずの世界に存在した異能の起動コード。言葉の真意は歪み、法則の違うこの場所では聞き取ることさえできないだろうが。
これこそ、我等が魂を覆う鎧そのものの力を真に発揮するための合言葉。
滅びに向かう軍勢を繋ぎ留めた、我等が英雄の持っていた星の輝きに他ならない。
灰色の稲妻と形容すべき光に触れた端から、光刃を打ち消していく。
同時に空間そのものが砕けていくがこれまでほどの規模ではない。そのうえ完全に崩壊することなく、砕けた端からゆっくりとだが元に戻ろうと、世界の修正力が働いていることは明白だった。
「ただ近くにいるだけでこれほどまでの影響を受けるとは想定外というほかない…。なるほど、やはりあの女は殺しておくべきだったッ。貴方達の意見を採用したのは間違いというほかなかった!」
怒り、地面に拳を打ち据える。
力任せの一撃は大地を砕き、巨大なクレーターを作り上げていたはずだというのに。
「——く…ッ」
出来上がったのは拳を中心に半径10メートル程度のもの。世界の修正力を受けない我等が、あまりにも急速に力が制限され始めている。
「どうした、多数決にしても“貴方達”だなんて、ずいぶん個人的な意見じゃないか?」
「貴方には、関係のない話だ。ヨナギ・アマナ」
正面から見据えるはヨナギ、この身を傷つける力を持ち得るに至った存在。
「否、貴方は何一つ変わってはいない。これはリアによるものなのだから」
「そうだな、もう少し遅く来てくれさえすればこんな無駄な戦いする必要自体なかったんだけどな。おかげでもう手が使い物にならなくなった」
彼の手は赤黒く焼けており、もはや正常に動くことはないことは目に見えて明らかだった。だが、それでもなお剣を手放すことはしていない。
柄を握る力は幾分の乱れも見られない。
弱体化を続け、混乱を極める魂の総てがおびえている。人の身でありながら痛みを感じていないかのようにふるまう精神力は恐ろしいというほかなかった。
「…来ることが分かっていたとは知らなかった。道理で準備が行き届いていたはずだ、この弱体化もリアによる賜物だ。彼女は——」
「元レギオンだろ、本人から聞いた。それなら確かに裏切者だろうさ、アイツ一人抜けただけで『巫女殺し』がご破算になりかけたらしいな」
「……そうだ、その通り。あの女は我等の総意に従い軍勢の一部と化したはずであったのに。…何一つ言葉を交わすことなく姿を消した」
かつて仲間であったはずの彼女は特別力が強かったわけでも、頭脳が秀でていたわけでもない。それほど大きくない町に住む、どこにでもいる少女であった。
その——、誰をも引き付ける美しさを除いては。
「話したいことがあるって言いながら歯切れが悪いと思ったらこれだからな。その上、アンタと幼馴染らしいな。そのくせしてアイツが居なくなってから今まで、理由がわからないっていうなら…愛想尽かされてもしかたないな」
「———ッ!!」
腕を大きく振るい、崩壊の波動をたたきつける。空間自体を破壊する現象の前では防御など許されはしない。
だが、ヨナギはそこに立っている。焼け焦げた両手を翻し、その手に握られた刃を振るって正面より防がれた。
「なぜ、貴方は『巫女』を護ろうとする! 存在自体が滅びへ向かうための終末機構でしかないというのに!!」
ただ一人の存在によって世界の命運が、人々の幸福が否定されることなどあっていいはずがない。
「ならば、原因を断ち切る。『巫女』という存在を二度と生まれないようにこの世界の、『総界の巫女』を消滅させなければならない! そのことはわかっているはずだ。だというのになぜ護ろうとする!」
「………」
こちらを見据えるヨナギの瞳が揺らぐことはない。握る剣先がブレることもない。
「お前が、お前たちがどう思っていようが知ったことか。俺にとっての『巫女』はそういう存在じゃない」
定められた決意を武器にここに立つ少年の精神は、世界が繰り返されるにつれて擦り切れながらも先鋭化されていた。
「数百万人による怒りの総意だと? 笑わせるなレギオン。軍勢なんて言いながら、実際のところは一人の人間が力を振りかざしているに過ぎない」
その先を口にするな。
我等は、我は、私は——。
「意志薄弱なその他大勢を、お前一人が先導しているに過ぎないだろうが。誰よりも弱かったお前が誰にでも勝てる力を得たとして、リアが振り向くとでも思ったのか? そんな偶然拾っただけの紛い物を振りかざして悦に浸るような野郎に、アイツが惚れるわけないだろう」
「我等を——ッ、愚弄するな!!」
慟哭は天を衝き、世界を崩壊させる光を放ちながら少年を喰らい殺さんと、獣のごとく襲い掛かる。
「我を、の間違いだろうが! 言いたいことがあるなら、他人の陰に隠れてないで自分一人の力で口にしてみやがれ!!」
全身のバネを用いた強襲には欠片もひるむことなく、構えられた剣は標的を見誤ることはない。
「貴様を、生かしておくわけにはいかない! 何があろうとも!!」
「口じゃなく手を動かせよ。その腕ごとたたっ斬ってやるけどな!」
リアによる弱体化の影響は深刻。だが、それでもなお一撃必殺に等しい攻撃を無尽蔵に放つことができることに変わりはない。
この男の存在は認められない。
リアを、『巫女』の前に、この男だけは殺し切らねばならない。
くすんだ星光の輝きを両の手に宿し、怨敵と化した少年へと腕を振るう。
——もはや、最大の標的であったはずの『巫女』のことなど眼中にでもないかのように。
『本編について』
・リアの秘密①
レギオンとの因縁があったリアですが、その理由の一つが『かつてレギオンの一部であった』ことです。ただいつものように詳細が出てくるのは追々になります。
・レギオンの能力
一応詳細は伏せますが、とある騎士の青年が扱っていたものと同じです。
本来であれば防御が意味をなさないタイプの能力なので、近接戦闘においては絶対的な優位性を誇ります。
『定期連絡』
・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。
・更新日に更新を伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。




