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四方総界縁起  作者: くろよ よのすけ
53/100

53.軍勢、開戦の時①


「では、征こう。この不毛な赫怒に終止符を打つために」

 数多の星屑と暗闇で構成された何もない空間に彼等、レギオンはいた。

 夜闇を体現したかのような、宙の中心と思しきその場所で灰色の魔人が言葉を放つ。ただそれだけで無限に広がっているかのようなこの空間、『境界』は揺れ動く。

 その波紋は天と地、上下を挟み込むように広がる大地。『纏界』と『崩界』にさえ届き、空を揺らしているのだろう。


「『巫女』よ。我等の生まれた世界を亡き者にした出来損ないの楔よ。お前があるだけで悲しみが生まれ、憎しみが溢れ続ける」

 言葉は紡がれるごとに重みが増し続け、揺らぎは大きくなり続ける。耐えきれなくなった空間そのものが割れるまで時間はかからない。

 だが、それではまだ届かない。

 その程度の孔では軍勢である彼等が通り抜けるには小さすぎる。指先でさえ世界のはざまを超えることもできはしない。

 ——もしそうであったなら、これまで長い時間にわたって『境界』で待ち続けることなどしない。攻め入り、殺せば済むのだから。


「もう少しだ」

 『巫女』の存在する『総界』、その座標に到達するには生半可な力では不可能。

 本来、打ち捨てられた塵芥が完全に消え去るまで漂うだけの『境界』。一度捨て去った塵が正常に稼働する世界に影響を及ぼしてはならない。

 完全に隔離されたこの場所からほかの世界に飛び立つなど不可能なのだ。それはこの場所から見ることのできる『纏界』も『崩界』も変わりはない。

「———」

 ナイギが用いる『門』と非なる力業。

 あれは世界間をつなぐ細い通路を人が通れるように舗装しているようなものだ。その通路は毎回場所も大きさも異なるため、『門』は一度作り上げるために時間を要する。

 だが、彼等は違う。その存在があまりに強大すぎるのだ。

 統合された魂の中にはナイギと同様に『門』を作り開くことができる者はいる。知識も技術も一つの器に反映されているため、彼等自身で『門』を作ることは造作もない。

 だが、通ることはできない。

 厳密にいうのならば通ろうとすれば今いる空間と同様にひび割れ壊れてしまう。それほどまでに世界間をつなぐ通路は彼等が通るに足る強度足りえていない。


 ゆえにこそ孔を空けるのだ。個としての肉体の大きさではない、軍勢に等しい強大な魂が通ることのできる巨大な孔を。


 一方通行で構わない。

 己の存在を以て、『総界』へ到達するまでどこまでも続く世界の狭間。その壁を砕き、掘り進む。それこそが『境界』において唯一彼らがなしえること。

 ヨナギにより『総界』を追い出された後からこれまでの間、復讐のため、休むことなく愚直なまでに掘り進めてきた。

 そして、今この瞬間にこそ宙に孔が開く。


「さあ、征こう。容赦はしない。『巫女』もリアも、ナイギも。邪魔するものはすべて殺しつくそう。我等にはそれができる。まがい物ばかりのあの世界を、在ってはならない者どもに裁きを下そう」

 腕を伸ばし、両開きの扉をこじ開けるように力が籠められる。

 何かをつかむかのような指の動き、それは全身へと伝わり何もなかったはずの空間にはひびが入り光が漏れだした。

 ひびは大きくなり続け剥がれ落ちていくとともに、漏れ出す光も大きくなり続けていく。

「———ッ!!」

 最後にひときわ大きな力が発揮され、両の手を大きく開いた姿となった時、ひび割れは巨大な亀裂と化していた。

 天地を裂くほどに巨大な割れ目。そしてその先には人々が暮らす街の光景が広がっていた。

「これで——」

 一歩、踏み出した足は世界の境界を超える。見えない壁に阻まれ一瞬のけぞるが、境界を掴み這い出すように“向こう側”へと身をねじ込ませていく。

 拒むよう、撃滅するようにあふれる光の奔流は奇しくもヨナギの見せた『四方界』によく似ていた。

「——ゥ…ゥゥォォォォォォォオオオオオ!!」

 だが、その程度の抵抗では彼等を阻むことはかなわない。

 この肉体が、魂が、思考の総てが進めというのだ。世界ごと自らの幸福を、生命を奪われた怒りと憎しみが、どうしようもなくこの身を突き動かすのだ。


 灰の魔人が光の本流を抜け、世界を超えていく。

 人の強度では不可能な芸、耐えきれるはずのない迎撃を正面から打ち破る。

 ならば、もはや彼等を止められるものなどあろうはずもない。

「「「「みこ…巫女、巫女——ッ!!」」」」」」」

 抑えきれない怒りが急激に膨れ上がる。

 冷静を装うことも必要ないとばかりに、己の存在を『総界』にいる戦士たちへと知らしめる。

「止めてみるがいい、排除してみるがいい。その抵抗の悉く、無意味であることを正面から知らしめてみせよう。我等は個であり軍勢、我等はレギオン。貴様等を世界の塵に還す者。

 ——始めよう、ナイギ。そして守護者たちよ。『巫女』を守るというのなら、我等を殺しつくすことだ」

 

 見逃すことはしないと、数多の魂が声を上げる。肢体を駆動させる。

 たとえどれほど小さな不安分子であろうとも排除する。隠れていようとも見つけ殺す。

「さあ、来るがいい。今日この場で、我等は宣戦布告しよう」

 そして、敵である者らに、『巫女』を守護する者らに、そのような選択肢を取るものがいないことは知っている。

 だがしかし、あえて知らしめよう。

 我等の目的、我等の願い。

 数百万の魂が、魂のみとなってなおただ一つ持ち続けた赫怒の正体を。


「始めよう——、『巫女』を殺す」

 ただ一言、宣戦布告を以て。街は戦場と化した。



  □ □ □


「ク、カハハハ…ッ」

 レギオン、『総界』への侵攻と同刻。

世界の壁を隔てた先で、一人の男が嗤っていた。


「ずいぶん静かだと思っていたがどうだ、ようやくアレが行動をとったぞ。いやはや辛抱も限界らしいな」

「そのようですな」

 夜しかない世界で、彼らを照らすのは月明りのみ。

 唯一照らされた座。そこには朧げな存在を晒しながら楽しそうに嗤う男と、厳しい自然にさらされた岩を思い起こさせる老人が一人。

「おかげで世界が揺らいだ。まさか二度もこの座に顕れることができるとはなぁ。ク、クク…ッ、ああどうにも笑いが止まらんなぁ」

「封印そのものが限界に近づいてきていることも関係しているのでしょう。ラゥルトナーが行ってきた『総界』の輪廻もこれ以上引き延ばすことはできますまい」

 レギオンの侵攻、それは『崩界』へと影響を与えていた。次元を揺るがせ、封印されていたホロウの一時的な現界を可能とするほどに。

 これまで『総界』が繰り返されるたび、巻き戻されつつも少しずつ進んでいた時間。その時間稼ぎ自体が限界に到達した証でもあった。

 ホロウ・ナイギ、今はまだその存在も朧気であり、不完全な復活ではあるものの、彼の復活はもはや止められない。

 そのことを知るものは、ここに立つレイガンのみであるが、遠くないうちにすべてのものが知ることとなる。

 当のホロウはというと一通り笑っていたが、レイガンの言葉に眉を寄せる。


「そうらしいなぁ。もう少し見ていたかった気持ちもあるが、まあそれは仕方あるまいよ。ああそれにしても残念だと思わないかレイガン」

「…何がでしょうか」

 眉一つ動かすことなく問いかける老人の姿を前に、玉座へもたれかかるホロウの姿は対照的だ。己の感情を律するということからはかけ離れている。

「分かっているだろう。アレはお前の手で殺したがっているんじゃないかと思っていたんだが…実のところどうなのかと思ってな?」

「そんなことですか。どうなろうと関係はありません。この戦いで生き残った方を殺せば済む話です。どちらか片方に対して特別な感情は必要ない」

 ニヤニヤとした悪趣味な笑みを浮かべる男を前にして、レイガンは呆れることも怒ることもせず、淡々と答える。興味はなく、価値もない、彼にとってはまさしくどうでもいいことなのだろう。

「相も変わらず生真面目な男だ。だがそれでいい、俺の知るレイガンはそういう男だからな。ならば、そうあり続けてくれることが俺にとっても好ましい」

 もたれかかるように肘をつき体重を預けている。こちらはこちらで、自身が質問をしておきながら回答そのものに対してはまるで何の興味もないような虚ろさが垣間見えた。

 

「もはやラゥルトナーの時間稼ぎも考慮するに値せず、ホロウ様の復活を止めることが不可能であることはわかっているでしょう」

「だろうなぁ、もう少し抵抗する姿を見ているのも悪くなかったんだがな。カハハ、これまで窮屈な状態だと思っていたが、それも終わりだと思うと惜しくなるな」

「お戯れを、貴方様が戻らねば『崩界』はお終いでしょう。『纏界』を手に入れられなければ我等ナイギはじき潰えるのは想像に難くないのですから」

「おまえはナイギのことなど毛ほども気にはしていないだろうに。ま、かまわんさ。おまえの言葉に乗ってやるのも楽しみの一つだからな」

 呆れたように横目でレイガンを見ていたが、すぐに気を取り直すと笑顔を取り戻す。

 本当にどうでもいいと思っているのはどちらなのか、老人は一切顔に出すことなく思考すると踵を返した。

「なんだもう行くのか?」

「無論です。消耗したところを狙わない理由はない。わざわざ万全の状態に挑む理由はこちらには一切ないのですから」

「ま、それもそうだな。おまえらしくて実に素晴らしいと思うよ。ああそうだレイガン」

 つまらん男だと言われかねない現実主義、しかし男は絶え間なく笑みを浮かべている。…それも、決して好意的に解釈することはできない、歪んだ精神が滲み出したような笑みであった。


「なんでしょうか」

 振り返ることなく問いかける。

 封印が弱まってきているとはいえホロウの現界は一時的なもの、そろそろ終わりが来る頃合いだ。

 最後に何を言うつもりか、精々無用な要件を追加されなければそれでいい。面倒は嫌いだ、目的に至るまでの道筋に生える草一本でさえ嫌悪する。

「そう構えるなよ、なあに大したことじゃない」

 声と存在を薄めながら言葉が響く。

「———、——————」

「………」

「ク…クハハハ…、ではなレイガン。次にこの場に顕れる時が楽しみだよ。…ああ本当に。その時をおまえも楽しみにしているといいさ。カハハハ———」

 心底楽しそうに嗤いながら、虚ろたる主は消えた。

 そして、伝えられた内容は確かに大したことではなく、達成も困難ではない。子供の使いでしかない事象。

 だが——、それは自身以外に使命が与えられた場合だろう。


「……どうでもいいことだ」

 刹那、浮かんだ感情を一言で切り捨てる。そうだ、どうでもいいことだ。

 終わりは近い、それはラゥルトナーだけでなくこちらも同様。そして、灰の魔人という異分子が舞台に上がった。これまではともかく、これからの状況を読み切れるものはいない。

「どちらが勝利しようとも、残った方を斬れば済むことに変わりはない」

 世界の境界を破壊するほどの力がどれほどのものか。不浄を焼き斬り、滅する武具が如何程のものか。

「ホロウが現れればすべてが終わる。ならば——」

 結果は何一つ変わることもないのだろうから。

「こちらも異分子を放り込んでも構いはしないだろう。その結果がどうなろうとも、結局はどうでもいいことなのだから」

 ホロウに会う前に準備させておいた『門』はまだ多少の時間がかかるだろう。その前にある場所へ足を向ける。


「さて、精々使い物になればいいがな」

 巌しい表情は変わらず為すべきことを淡々と進めていく。

 だが、他の者が見ても気づくことができないほどに小さく、口元が歪んでいたことには老人自身気づくことはできなかった。


 


  □ □ □


「はぁ…、はぁ……っ。けほ——、げほっ!」

 一人の少女が、高熱に苦しめられている。

 世界そのものを維持する楔であるがゆえに、『巫女』である彼女は世界の影響を直接的に受けてしまう。

 そして、これと同様の症状はすでに知っていた。それは、レギオンが来るということ。戦いが始まるまでの猶予はもうないということだった。

 

「——っ、ふぅ…、はぁ……」

 額に濡れタオルを置くと、ほんの少しだけ落ち着いたように見えた。それは気休めでしかなく、看病をした結果改善したという願望を欲しただけかもしれない。

「すいませんアヤネ、少しの間、この場を離れなければならないことをお許しください…。ワタシ達が、必ず治してみせますから」

 ワタシももう、看病を終えて戦いに向かわねばならない。

 アヤネの症状はレギオンを倒さねば完治に至ることはあり得ず、レギオンは『巫女』である彼女を殺すまであきらめることはない。

「今回で倒せなければ……」

 この場にいる全員が死を迎えることになる。

 そして、『巫女』であるアヤネの死はこの世界の死だ。リア様から聞いた話ではアヤネが死を迎えると世界は創り替えられる。

 ヨナギ様のように、リア様から特殊な力を引き継いでいなければ記憶も失ってしまう。

(ですが、レギオンに殺されてしまった場合はきっと違う…)

 世界の境界を力づくで粉砕し、次元を破壊する異能を持っている存在。

 そのような次元の違う相手によって迎える死は、これまでとはきっと異なる事態なのでしょう。

 創り直される世界そのものを、さらにその上から破壊するに足る力を持っている存在。今回の戦いで倒すことが叶わなければ、それはきっと……。


「アヤネ……」 

 『巫女』だから護るのではない。

 明るく、皆を引っ張る太陽のような彼女を、大切な友達だと思っているからこそ戦える。護るために槍を振るう理由には十分なのです。

「いってまいります。まだ数学でわからないことばかりですから、戻ってきたら教えてくださいね」

 濡れタオルでは長時間持たない、このままでは悪化しかしないのは目に見えている。

「……っ」

 つきっきりで看病したい衝動を抑えつつ部屋を出る。

「……っ、ぁ……ぅぅ…」

 高熱にうなされた声を背にし、主である二人のもとへ向かう。レギオンを待ち構えるために先に向かっていきましたが、ついぞアヤネに顔を見せることはありませんでした。

(…なぜなのでしょう。ヨナギ様もリア様も、アヤネを大事に思っているのは間違いないのに)

 先に家をでたお二人に、アヤネの元へ顔を見せに行かないのか。つい聞いてしまいましたが、ヨナギ様は答えを返してくれることはなかった。

 リア様も…、微笑むばかりで。

(それに、あの顔は…屋敷に二人でいたころによくしていた…)

 寂しそう、だったのです。それは悲しそうにも見えるもので、ヨナギ様が去ってからこれまで、ラゥルトナーの屋敷で一人になるとよく寂し気な微笑みを湛えていた。

(あれは…、いままでヨナギ様がいないことを悲しんでいたのかと思っていましたが…)

 ——もしかしたら、ワタシはなにか履き違っているのでしょうか。

 何か、これまで気にしていなかった部分をずっと間違っていたのではないか。ふと感じた疑問、これまで目の前にあり続けながら疑問として認識していなかった何か。

 それがいま、目の前を通り過ぎたような、そんな気が——。


『主———二人が隠し——うとし……秘密。その理由を———』

「ぁ——」

「——クハハ」



  □ □ □


「…………」

「——シエ、集中しろ」

「え……ぁ、は、はいっ。申し訳ありませんヨナギ様」

 いけない、集中できていない。

 ヨナギ様の一言で頭の中にあった靄を取り払うと精神を落ち着かせるために深呼吸をする。

 考えていた中身はもう忘れてしまっていた。思い出せないのであれば、きっと大したことではなかったのでしょう。

 ぼーっとしていてはいけない。これから戦わなければならないのはあまりにも強大な敵。まさしく次元が違う相手なのですから。

「すぅー、ふぅ……、よし」

 完ぺきとは言えませんが、気持ちはだいぶ落ち着いた。これならば空が割れると同時に行動に移ることができる。我が槍を振るう準備は整った。

 空から伝わる異様な気配と圧力は秒ごとに増していく。レギオンがもうすぐ近くまで来ているのだ。

 いつ空が割れ、あの魔人が現れるかわからない。一瞬でさえ視線を逸らすことは許されない。

「——!」

 さぁ、心の準備はできています。いつでも現れるがいい!!


「てい」

「ふひゃ!?」

「おやシエ、緊張してるね。なにか嫌なことでもあったの?」

「ひゃぁっ。り、リア様っ、急に抱き着かれては…っ、あ、あぶないです!」

「えぇー、だってシエったらすっごく難しそうな顔をしてるんだもの。ほぅらもっとリラックスリラックス」

「いぇ、あのっ、わかりましたから…っ、りあさま、そのむ、胸を鷲掴むのはおやめくだひゃ…っ、あははひゃっ」


 そんな状況でないのはわかっていますが、くすぐったさでつい声を上げて笑ってしまう。

 一通り触られていましたが、満足したのかリア様の手から脱出することができました。満足げに息をついていますが、ワタシの方は息を切らしてしまっている。


「んー、いいねぇ…。あ、ヨナ、今のはシエの表情が柔らかくなったことに対していったのであって、シエの胸がもみ心地がいいとかそういうところに向けて言った言葉じゃないから」

「…そんなこと誰も聞いてねえ」

「えー…、残念。これが最後の会話になるかもしれないのに」

「ぜぇ…ぜぇ……」

「そういうことならせいせいするな。シエ、これで世話の手間も減るぞ」

「ぅぁ…ひゃぃ、い、いえっ…リア様のことをそのようなことおもっていまひぇんです」

「シエはいい子だね。じゃ、これからもお世話してもらえるように生き残らないとダメかな。ヨナもだからね、いつもの面倒くさがりをここで発揮しちゃだめだよ?」

「しない、俺もそこまで馬鹿じゃないさ」

「そうだね、ヨナは決めるときは決めてくれるものね。もちろん、シエも」

「は、はいっ。お任せください! 必ずや、リア様も、ヨナギ様も、アヤネもお守りして見せます!」

「…ああ、頼むよ」

「はいっ!」


 ——その時、空にひびが入った。

 同時にこれまでの比ではない、怨念と形容するほかにない怒りが瞬く間に世界を覆いつくす。

「——ゥ…ゥゥォォォォォォォオオオオオ!!」

「——ッ!」

「うぁ」

「来たか」

 比喩ではない。天を衝き、地を震わせる咆哮が空の向こうから世界を震撼させる。

 そして——、『巫女』の名を叫ぶ怒りの大合唱。もはやどのような声を発しているのかさえ聞き取ることもできはしない。

 そうして、空が割れた。

 ステンドグラスのように砕け落ち、夜空を思わせる暗闇の中央には灰色の人型が立っている。——そこに、“彼等”はいた。


「止めてみるがいい、排除してみるがいい。その抵抗の悉く、無意味であることを正面から知らしめてみせよう。我等は個であり軍勢、我等はレギオン。貴様等を世界の塵に還す者。

 ——始めよう、ナイギ。そして守護者たちよ。『巫女』を守るというのなら、我等を殺しつくすことだ」

炸裂した怒りはとうに通り越している。言葉は冷静なものであるが、その裏を見ようものならば、それだけでこちらの精神は焼き尽くされるに違いない。

「始めよう——、『巫女』を殺す」

 言葉はもはやそれだけ。

 それだけでレギオン周囲の空間が歪み、軋みを上げている。空間を破壊する異能を抑えることなく、漏れ出している。加減はない。


「…っ、いえ、させはしません。アヤネは、必ず護り切って見せます!」

 だが、そのようなことをさせはしない。

『巫女』の存在によって己の生きた世界を失った怒りを、否定はしません。けれど、この世界で生きるアヤネの幸福を、日常を奪わせたりはしない!

 槍を掴む手は、いつの間にか力が込められている。

 恐怖からではない、怒りからでもない。

「この槍は大切なモノを護るために振るう力。それを感情に任せた浅慮な行動によって奪うというのならば、ワタシは、何をもってしても止めて見せましょう!」

 これは、覚悟に他ならない。

 アヤネを、友を護る。

 そのための力を持っていながら、恐れることなど許されはしない。

「さあっ、かかって来るというのなら来るがいい。その異能の総て悉く、ワタシが叩き落して見せよう!!」

 力強く、地面に真円を刻み付ける。


「援護は任せて大丈夫だな」

「はい!!」

 落ち着きながら、その身に界燐を迸らせたヨナギ様が前へ一歩出る。

 レギオンに立ち向かえるならば、彼以外に選択肢はない。ゆえに、ワタシにできることは彼の進む道を邪魔するモノを排除すること。

「お任せください、防御を考慮する必要はありません。ワタシが、すべて撃ち落とします。防ぎます。ヨナギ様はレギオンを倒すことに集中してください」

「…感謝する。———ッ!!」

 目の前から姿が掻き消える。

 これより先、ついていけなければ最愛の…主を失うことにつながる。決して、目をそらすことは許されない。たとえどれほど絶望できな状況であろうとも、ワタシは為すべきことをなす。

「四方展開!!」

 ゆくぞ、灰の魔人。異次元の軍勢。

 軋みを上げる空の中心。

 衝突は波濤を引き起こし、衝撃が地上の街を破壊する。


「その程度の怒りで、ワタシの覚悟を破壊しきれると思わないでいただきたい!!」 

 だが、灰の髪をもつ少女を中心にした範囲のみは、風が揺らぐことさえなく、平穏な世界が保たれていた。

「ワタシは、友達の日常を、笑顔を護り切る。絶対に奪わせはいない!」

 この場において、守護のために強くなることを望んだ少女の、孤独な戦いが始まった。


  □ □ □


「——————」

「ジンよ、なぜあの阿呆は涙を流しておるのだ」

「想像はできるが理解はしたくないこともある」


 レギオンの強襲、空が砕け世界ごと『巫女』を圧殺せんとする怒りを放出し続けている。無視など許されようのない存在であり、『四方界』を扱える者でなくては視界に入っただけで魂が砕け散るのだ。

 当然、ナイギである彼等も臨戦態勢を保っており、いつ攻撃に巻き込まれようとも対処可能な状態だった。

 …ただそのうちの一人、ユーリだけはなぜか空を仰ぎながら感極まったように、閉じた瞳から一筋の涙が頬を伝っていた。


「ああ———、オレ、もう死んでもいいかもしんない……」

「死ぬ前に『楔』だけは寄越せ、作り終えているのは知っている」

「ん、…ああ、これだもってけ」

 ユーリはこちらを見ることなく、手だけを寄越してくる。どうやら墜天子から目を離せないらしく、彼女を見つめる目はすさまじく気持ちが悪い。


「……殺るか?」

「僕はそれでも構わないが、アレに『巫女』の記憶を託しているのはいいのか」

「ふむ、それもそうだ。終わってからにしておこう。ということでだ、ユーリ!」

「え、あ、ハイ!?」

 実の姉に呼び出されたとたんに駆け寄ってくる姿は頭の軽い犬のよう。それほど飼い主が恐ろしいのか。尻尾があったならば今頃地面に垂れ下がっているだろうことがわかる。


「吾がなんのためにヨナギからお主をかくまっていたかわかるか?」

「分かってますとも…、『巫女ちゃん』の記憶を戻してこいだろ? その程度お任せをってな、消えかけの体だからこそできる仕事ってのをこなしてきますよ」

「うむ、ならばシエ・ジンリィにうつつを抜かしておらずにさっさと行動に移ったらどうか」

「いや、ですがね姉上。あのシエちゃんの姿をよく見てくださいよ、ああそんなに見なくってもわかると思うんですがね? 前回圧倒的実力を目の当たりにして正面からマトモに戦えば勝利はないという戦力差を自覚しながらもヨナギへの信頼に任せたうえで防御の役割に徹してさ、『巫女ちゃん』を友達だって言って全身全霊賭けて護るってあのバケモン相手に啖呵きってるんだぜ!? そうそうできることじゃねえと思わねえか、オレは思うし応援したいと思うわけだ。クソぅ…己のふがいなさをこれほどまでに呪ったことはないかもしれん、あーあー毎回思ってるし口に出しちゃってるけどヨナギったら羨ましーいーなッ、クソゥ! あんなにも頑張り屋な子が慕ってくれてる時点で、というかシエちゃんに慕われてるだけで生まれてからの幸運使い果たしてるぜアイツ、前世でどれくらい徳を積めばこうなれるんだ? ああ話がずれちまったな。つまりオレは今日初めて、かわいい子の姿を見て“尊い”と思う感情をはっきり覚えたぜ、許されることなら今すぐあの張り詰めた心をほぐしてやってゆっくりねぎらってやりたい。こう…さ、後ろから抱きしめて不思議そうにこっちを見上げてきたシエちゃんに微笑みかけながら柔らかい髪をゆっくり撫でながらいっぱいほめてやりたいってことだ! 分かってくれるか、姉上! なぁジン!」

「………」

「…………」

「…それに——」

「長いわ!」

「え!? んなことねえって、まだ語り足りねえって! いやまあ前提として言葉にしようとしてる時点で軽くなってるってのはわかるぜ? でもさほら、あの槍の構え方とか指先の震えを覚悟で押し殺して戦うための力に変えてるところの年相応でありながら戦士としての——」

「気色の悪い」

「死ね」

「うーわ直球、人の心がねえのかよ」

「人の心を持っている奴ならば自分を嫌う女の解説を気持ちの悪い顔で話さない」

「えぇ~そんなことねえって。シエちゃんのあれは照れ隠しみたいなもんだって、仮にオレのことを嫌ってるとしても好きになってもらえるように頑張ればいいだけだからな!」

「殺す…!」

「マテっ、まてイユラ! 腹立たしいのはわかるが落ち着け! ソイツみたいなアホでも役には立つ!」

「ヘヘ…っ、ジンおまえ、なんだかんだでオレのこと認めてくれてたんだな。ほうらこい、ハグしてや——」

「……よし

「ん? どうした、恥ずかしがらずにさ——」


 鮮血をまき散らしながら斬り飛ばされた生首が宙を舞う。…ついでとばかりに胴体には風穴がいくらか。

 これ以上ないほどの死体が重力に敗北し地面に倒れる音。

だがその音が耳に届く前、犯人である二人組は各々の武具をしまいながら立ち去り始めていた。


「ゆくぞジン、吾らは吾らで動けばよい。やつらの手伝いをしてやる必要もなかろう」

「そうはいうが、本当にいいのか。やつらの敗北は僕たちにとっても危機であることに変わりはないぞ。それに貴様はヨナギとの関係もあるのではないのか?」

「構わんさ、前提として互いを信頼しての契約ではない。あくまで目的が近しいからそれまでの間柄だ。それに、レギオンは吾らにどうすることもできんさ。失敗したとして吾らが何をする必要もなく始末はつく」

「そうか? そこまで断言するならばいいが。その理由までは教えてもらえるのか?」

「ジンよ、やることがないからと言って、分かり切った問いをするのはどうかと思うがな」

「そうか、期待した僕が愚かだった」

「ああその通りだ。さて、吾らは高みの見物といこう。花見というには華が足りんがな」

 地上より立ち上る光刃の嵐を背にしながら立ち去る。

 世界が終わろうかというこの状況でさえ、彼等は各々の目的しか見ていない。成功しか許されないと思っている以上、見る必要がないのかもしれない。


(ヨナギとリアめ、失敗など許されぬぞ。レギオンを乗り越えねば本命にはたどり着けぬことはわかっておろう)

 彼女に気がかりなことがあるとすれば、この戦いの後だ。だが、これまでにない紛れ込んだ異分子である敵はあまりに強大だった。

「やつらに勝てると思うか?」

「敗北が許されない戦いにおいて、その疑問は意味を持たぬ。敗北しないということが勝利のみを得るわけではないが…、レギオン相手であるなら勝利するしか道はないな」

「厳しい戦いになる」

「心配しておるなら手伝って来ればよい、吾は止めぬ」

「………いや、やめておこう」

「そうしておけ。なんにせよレギオンを処理するのは吾らには不可能な話よ。これまで数多く世界が繰り返されてきた中で、何の兆候もなくアレが迷い込んできたことにもきっかけというものはある」

「それは?」

「ふむ、そのうち分かることだ。楽しみにでもしておけ」

「…チッ、初めから答える気がないのならもったいぶった言い回しをやめたらどうだ」

「生まれつきよ。そらジン、お主はそこに立て。シエの『四方界』による守護も今はまだよいが、負担が続けば穴もできる。『巫女』の家に危害を加えそうなものは撃ち落とせ」

「はぁ…、結局こうなるのか。なぜ僕がラゥルトナーのために力を振るわねばならないんだ」


 足を止めたのは『巫女』の住む家とレギオンとの中間地点。

 イユラはとことん『巫女』を護ろうとしているらしい。理由を口にすることはしないがここまでくると執着のようなものだ。

 そのために敵に塩を送るような真似を手伝わされる青年にとって、不可解以外の何物でもない。


「だが今回はのってやる。イユラ、お前がそこまであの娘に執着する理由にも興味はある。それにここならば——」

 理外の衝撃によってはじけ飛んできたのは人間大のコンクリート塊。

向かってくるのはそれだけではない。ヨナギの剣とレギオンの拳がぶつかり合うたびに生まれる衝撃により、彼らの通った場所は悉く更地へと変わっていく。

バラバラになった家屋が津波のようになだれ込み、吹き飛んだ破片はあまりの速度に自壊しながら空を飛び交っている。

その中でこちらへと向かってきたコンクリート塊は、人一人潰してなお勢いを失うことはないだろう速度と重量を以て襲い掛かってきたのだ。

「ふん、くだらん」

 目が見えずとも戦場に立つことはできる。暗闇しかない世界においても己の生きる世界の像を浮かび上がらせることはできる。


「四方展開…」

つぶやくように口にした起動言語とともに、光を失い、開かれることのなかった瞼をゆっくりと持ち上げる。

 開かれた瞳は完全に元通りとはいかなかったらしい。本来真円であるはずの虹彩は、ヨナギの斬撃に沿って両目ともに微かにズレてしまっている。

 光が戻ったとて、彼の世界は一線のもとにズレてしまっているだろう。

「必要なのは、僕じゃない」

 ならば光は捨てよう、『崩界』に生まれナイギに育てられた者である自分が光のもとにあり続けようなどということが誤りだ。

「それは、僕以外にくれてやる」

 この身は光ではなく闇へと堕とそう。何者をも照らす太陽の下に立つ必要はなく戦士であり、『崩界』の民を先導する立場となる以上、光を享受するのは下の者たちだ。

「僕はただ強くあればいい。ラゥルトナーを超え、ナイギにさらなる飛躍を手に入れるためならば、暗闇の道を生きることになっても構わない」

 ゆえに、この技に光の名をつけるのは間違いだ。

「封創混成領域——『朔月』」

 光の影の暗闇、誰もが忌み嫌う一面しか見られることしかなくなろうとも、僕は為すべきことをなす。


「すぅ——」

 呼吸を整えながら、居合の構えへと移行する。その速度は並大抵のものではなく、眼前に迫る瓦礫の津波の到達にはあまりに遠いと錯覚するほどに。

 そして、開かれた瞳は暗闇だけを映すはずだったが、違う。崩壊し続ける街の像が霧のように浮かんでいるのだ。

 界燐を周囲一帯へ放出することによる感覚領域の拡張。音波を用いて獲物を探しあてるかのように、ジンは第三の瞳で世界を視ていた。

「使うことのできる機能を失ったのならば、その分を別に活用すればいいだけだ」

 瞳に移る世界を切り刻み圧倒していた異能はもう使えない。

 だからこそ、思考を変えた。

 面制圧ではなく、線による一閃に全霊を賭けよう。


「四方展開、破界領域『繊月』」

 破界領域のみの最速、最大の一撃による一閃突破。

 鞘より振り抜かれた刀身は肉眼で目にとらえられず、刃の先にあったはずの瓦礫の海は次の瞬間には二分されていた。


「ちっ、まだ精度が甘いな…。まあいい、これはいい練習にもなる」

 数個の欠片を背後へ通してしまった。

 墜天子が処理したようだが、同時に『四方界』を使用したこちらの存在も気づかれた。いや、それ以前に『楔』を用いる必要があった時点でヨナギにも知られているだろうが。

「さて……」

 一度分かたれたところで街の崩壊は進行し続けている。迫りくる破片も、戦闘の余波も絶え間なく襲い掛かってきている。

「威力は申し分ない、あとはさらなる速度…」

 これまでは鍛錬をしたくとも、ラゥルトナーに気づかれないようにしなければならなかった。おかげで真面に発動できたのはこれが初であり、動きにも界燐の使用量にも無駄が多く効率が悪い。何発撃てるのかもまだ把握しきれていないのだ。


 編み出したのは二種の『四方界』を順に扱うことによる必殺撃。

 納刀時を条件とする『朔月』で戦場を認識し、刀身の先のみが刃として機能する条件を基に強化した一撃をたたき込む。

 あまりに単純、陳腐に過ぎて誰もが考え付き、そして無駄と切り捨てる居合斬り。

 なぜなら隙が大きすぎる。攻撃をするためには納刀し、構え、放たねばならない。その一連の動作を行わなければ敵に通用する攻撃にならないなど、あまりにも無駄の極みであり応用性もない。

 だが、彼はその道を選んだ。

 愚直に、まっすぐに、同じことを繰り返し続ける苦難の道を。


「…どれほどが僕自身の限界か、存分に試させてもらおう」

 ゆえに、ここで出し切らねばならない。

 イユラ曰く、レギオンの打倒はやつらに任せなければならないらしいが、その後戦うことになるのだ。己の限界を知らずして戦場に挑むなど愚の骨頂。


「四方、展開……!」

 そして、彼は寸分たがわぬ動作を繰り返し続ける。

 『巫女』を護るという、望んだ形ではないものの奪うべき相手の守護を成し遂げながら。


・レギオンとの再戦

気づけば前回から大分間隔が空いてしまいましたが、ようやく再戦にこぎつけました。

これからは戦闘シーンが多くなるかと思います。


・ホロウとレイガン

ナイギのトップ2であり、一章最後付近でしか描写の無かったレイガンも戦場へと向かいました。

彼も作中における実力者であるため、その内ちゃんと出てきます。

ちなみにレイガンはホロウのことが嫌いです。(ホロウからはレイガンを好意的に見ています)


・ジンの新四方界

訓練の結果なんとかレギオン戦までに間に合わせました。真面目ですね。

今までは視覚に依存していた四方界でしたが、それが失われてしまったことから聴覚を用いて代用しています。自身で発した音でソナーを飛ばし、その反射を感じ取って標的を指定する形です。

一撃の威力は以前よりも上昇していますが、一度決まった行動をとらねばならないために隙も大きく扱いは難しいです。



・ツイッターについて(詳細は活動報告)

更新を伝える旨を週一回ほど呟いていますので、よければ更新を思い出すようにでもフォローいただければ嬉しいです。

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