52.虚ろな夢③
「…ん」
頬に伝わる冷たさに身じろぎして布団をかぶりなおす。
「さむい…」
はたから見れば布団がもぞもぞと動いては止まってを繰り返している。中身に何が入っているかは怪しくてたまらない。
だが、実際に話しかけてきた相手は驚きもたじろぎもせずに声をかけてきた。
「起きたか?」
確かめるようなヨナの声、起きるの待っててくれたのかな。
「んんん…、まだねてる」
「そうか、とはいえいい加減起きといたほうがいいぞ。もう少ししたら二人とも帰ってくるからな」
ぶっきらぼうな言葉に対して、その声色は優しい。寒さに耐えて顔をのぞかせると、ベッドの縁に座り、布団の塊と化したこっちを見ている。
「まだ寝てるっていうならいいけどな、アイツらはごまかしとくから」
今にも落ちようとする瞼に抗いつつ時計を見ると、寝過ごしたにしては進みすぎな時間。部屋に入り込む陽光も夕焼けに染まりつつある。
おはようよりもこんばんは、行ってらっしゃいというよりお帰りなさい。我ながらよく寝たものだ。
「…、もうそんな時間…? んー、………おきる」
「そうしろ…って、どうした」
邪魔にならないよう立ち上がろうとするヨナの腕に手を伸ばし抱き寄せる。ん…あったかい。
「おこしてくれなきゃおきない」
「ったく…ほら、起こすぞ」
「んっ、しょ…っと、ふぅ、おはよーヨナ、今日もいい天気だね」
頭の中はまだふらついてるけど、いつものように挨拶をしてみる。あ、でもこの感触、髪の毛がすっごくぼさぼさな気がする。
「もうすぐ日も暮れるけどな。…調子は?」
けどヨナは一切外見に触れることなく額に手を当ててくる。優先順位的にはワタシの外見は体調よりもずっと低いらしい。嬉しいようなそうでもないような、複雑な気分。
「だいじょーぶだいじょーぶ、すっごく眠いだけ。あとは、寒いかな」
「昨日と比べてもか?」
「そうだねぇ、もうベッドから出るのもつらいねぇ」
「…まあそういう日もあるか。ちなみに言っておくと、昨日と比べれば今日はだいぶ温かい。…二人の前では言うなよ」
「そっか。あはは、ワタシったら自分で思ってるより低血圧だったのかな、なんて」
「かもな、適当に暖かい茶でも入れてくるから着替えて待ってろ。気が乗らないならそのまま寝てればいい」
「んー、体も起こしちゃったから起きようかな。今寝たら朝まで寝ちゃいそうだし」
「わかった。じゃあ待ってろ」
そう言って、ヨナは暖房をつけるとお茶を入れに階段を降りて行った。
(ふぅ、まだ大丈夫だと思ってたんだけどなぁ。身体のガタっていうのは本当に急に来るんだね。想像以上だ)
腕を天井に向けて伸びをする。ずっと寝ていたせいか節々から音が聞こえてくるのがちょっとショックだけど仕方ない。ワタシも年を取ったということ、それについては受け入れていかないとね。
「まさか準備にここまで体力使うだなんて。時間がないとはいえ困っちゃう」
今からでも体力つけるべきかな。なんて考えが頭をよぎる。
体質的に筋肉はすぐ付かないだろうし、走り込むには寒すぎる。
「…うーん、よし手始めに——」
ヨナが部屋に戻ってきたとき、その手にはカップが二人分、湯気を昇らせながら握られていた。
「それで急にストレッチか? 今までやったことなかったのに」
「そう、言わないでよっ、ヨナ…っ。何もしないで美しさを保つのにも限界というのがある、みたいだ、からねっ」
「なら後にしてくれ、茶が冷める。…いや、それで体が温まるなら別にいいのか。むしろそっちの方がいいかもしれん」
「ふぅ、いい汗かいた。さぁてお茶お茶」
「もう終わりって、早すぎるだろ。もう少し粘れよ」
「人には人にあたやり方っていうのがあるの。ワタシは身体動かすよりもお茶の方が好きかなー」
かすかに震える手でヨナからカップを受け取るとゆっくり口に運ぶ。
「っとと…、アブナイアブナイ。ありがとヨナ」
「気をつけろ、難しいならそう言ってくれ。今お前が倒れたら全部おじゃんだ」
「えぇ、ワタシのこと心配してくれるのってそれだけが理由なのぉ。なんだか寂しくなっちゃうよ、結局体目当て、ってことなんだね…ぐすん」
「そこまで口が回るならまだ大丈夫そうだな。ほら、支えててやるから飲め」
「ふふっ、ありがと。ヨナは優しいね」
こぼしてしまわないように口元までカップを支えてもらいながら、慎重に傾ける。
「さぁてお味の方は…、アチっ」
茶葉のことなんて考えてもいない熱々のお湯に舌先が驚いてしまった。
気を取り直して口に運んだお茶は、お世辞にもおいしいとは言えない。
風味は消え、雑味が顔をのぞかせている。お茶本来の味なんてものは彼岸の向こうへ立ち去ってしまい、花の香りというより枝葉の匂いと形容するのが適切。
言ってしまえば薬草を煎じたような味だった。いつもと同じ茶葉のはずなのに淹れる人間によってここまで違うなんて驚き。
「でもヨナが淹れてくれたのが嬉しいから特別に及第点を上げよう」
「そりゃあどうも、シエに比べたら足元にも及ばないだろうからな。白湯の方がいいっていうならそう言ってくれ。湯を沸かせばすぐだ」
「アハハ、そんなことないよ。本当にうれしい。だって、あのヨナがお茶を淹れてくれるなんて、昔は想像もしなかったなぁ」
「言うなよ、最近は俺も色々考えこんじまう時が多くなってきた。どうすればいいのかわからなくなる時がある。…これもただの気休めみたいなもんだ」
自虐的に笑うヨナの顔には、夕焼けによって陰陽が生み出されていた。
しかめ面に比べればマシという人もいるかもしれないけれど、ワタシは好きじゃないかな。
「ていっ」
「っ、なんだよ。こぼすだろ」
「ヨナのそういう顔嫌い」
「んなこと言われてもな。時間がなさすぎる上に成功するかどうかも怪しすぎる。お前だって、準備のために身体に負担をかけてるだろ」
「自分一人が苦しむのならよかった?」
「それで済むならそうするべきだとは、思ってる……」
「”アティ”が心配してたよ。ヨナの顔がいっつも辛そうだって」
「……誰だそれ。ああいや、…そうか、あの子か。今でも話してるのか?」
「それはもちろん、あの日からずっと一緒にいるからね。最近はみんなのことを心配してくれてて、その中でもヨナのことがいちっばん心配してる」
「そうか……、じゃあ俺は大丈夫だって、言っといてくれ。色々大変だけど、大丈夫だ」
「その言い方、全然大丈夫そうに聞こえないね。止めるわけにもいかないのがヤなところなんだけど。ふぅ、辛かったら言ってね? いつでも甘えさせたげるから」
「しばらくはいい。それに、はぁ……無理なのはわかってる。この魔眼とやらも、ずいぶん馴染んできてたんだがな」
「それはご愁傷様。でもこれも必要なことだからね。うまくいくといいんだけど」
レギオンを、ナイギを打倒するためにヨナと決めた作戦。うまくいく保障なんて欠片もない。なんたって相手が相手だ。
噛み合いさえすれば何とかなるかもだけど、結局運の要素が大きいからその時にならないとどうしようもない。
「ヨナは、レギオン倒せそう?」
「倒す。それ以外に道はない。そのためにお前に無理させてまで準備してるんだ。間に合うならそれで済む話なんだがな」
「そうだったね。…それにしてもその様子だと、レギオン以外にも気になって事あるみたいだね。ワタシが寝てる間におかしなことでも起きた?」
そう聞くと、ヨナはバツの悪そうな顔をみせて、頭をかく。
「隠そうとしてたでしょ」
「そういうわけじゃ…、ないが…」
「もう、心配かけたくないからって大事なことまで背負っちゃうのはだめだよ。ヨナは強いからって無理するところあるから」
「別に、無理なんてしてない。昔からこうだ」
「だから、昔から無理しっぱなしってことでしょ? ふふっ、アヤネには感謝しないとね。こーんなヨナを真人間に近づけてくれたわけだし」
「………」
「あれ? 言い返してこないの?」
「悔しいが否定できない。しいて言うならお前もだろ、くらいだ」
「ま、それもそうだね。それで、何があったの? 言ってごらん、ちゃんと聞くから」
上半身だけだけどヨナの方へ向けて正面から話を聞く態勢をとる。
話すかどうか悩んで、目線を泳がせていたヨナも観念したのか、一度息を吐くと話し始めてくれた。
「…今日の朝、シエが変な夢を見たらしい。調子も悪そうだったが、そのあとすぐに何でもないような振る舞いに戻った。記憶にも影響が出てたらしい」
「誰かに“干渉”された?」
「だろうな。そして、それができるのは一人だ」
「ホロウ、だね。頑張って引き延ばしてきたけど、時間稼ぎも限界みたいだ」
いい加減、事態を引き延ばし続けてきたのも限界がやってきたみたいだ。
彼方と此方の時間の流れが違うのを利用して、ワタシの持つ“ラゥルトナーの魔眼”の力をヨナに適応させる時間を稼いできた。
「何度も創り直される世界と、何度も塗り替えられる記憶。だけどそれはこの世界の外からすれば一瞬程度の出来事だ」
この“『巫女』が存在する世界”が創り直される時、影響を受けるのは此処だけじゃない。外の世界、『纏界』や『崩界』も同様にある影響が出る。
「一度忘れたんだからそのまま忘れてくれてればいいのにねぇ。ま、忘れてるから何度も来てるんだけど」
それは“記憶”だ。
創り直された世界。そこでは『巫女』は記憶を失い、新たな人生を歩んでいる。それは学生であったり、恋する乙女であったり、その時々なのだろうけど。
この記憶を失った時、他の世界もある程度リセットされる。具体的に言うと『総界』において世界が始まってから、終わるまでの出来事。
「ややこしいよねぇ。体感的にこっちでの“一周”があっちでの1分くらい?」
「毎回同じタイミングで世界が創り直されてるわけじゃないから誤差はあるけどな。多分まだ短い、10秒かかってないんじゃないか」
単純に時間が同じように流れてくれていれば簡単なのだけど、さっき言ったようにこっちでの出来事は他の世界からすれば“一瞬”だ。
ワタシがラゥルトナーの屋敷でシエのお茶を楽しんでいる時も絶えず『総界』は繰り返されてきた。
「ゴメンね、近くにいてあげられたら良かったんだけど」
「別にいい、いたらいたで面倒事が増えてただけだ」
「えぇ~その言い方はひどいなぁ」
「ここで嘘ついてもな…」
呆れたように眉間にしわを寄せたヨナの顔が面白い。困った時の猫みたいで可愛らしい。本当の猫がこんな顔するかは分からないけどね。
「それにしても“この眼”、これだけ時間かけないと適応しないってどうなってるんだ。とっとと適応さえしてれば状況ももう少し良くなってたかもしれないのに」
「仕方ないじゃないか、元々ラゥルトナーの一子相伝。元来血も繋がってないヨナが使えるようなものじゃないんだよ? それを何とか使えるようにするために手間暇をかけたんだから」
「そりゃどうも」
ヨナを『総界』に送ったのは理由の一つはこのためだった。
ホロウを倒す為には魔眼の力が必要だ。それもヨナが使えるようになる必要があった。だけど元来使えるはずのない人間に使えるようにするために、どうしても時間が必要だった。
それも生半な時間じゃない。人間一人の寿命では足りないにもほどがある。だから、何度も繰り返されるこの『総界』で一人生きる必要があった。
世界を護るというラゥルトナーの使命を果たしておかないといけない以上、『巫女』を傍で護るという役目は当然あった。けれど、魔眼を肉体に適応させなければ決着がつかないというのがワタシの判断。
「うんうん、ワタシってば天才だからさ。何とかうまくいってくれてよかったよ」
ただ、誤算があったというのなら——。
「本当に天才なら、そんな言い方はしないと思うけどな」
「うーん、言えてる。あはは」
「祟られても知らんぞ」
「その時はヨナも一緒でしょ? 共犯みたいなものだし、というか実行犯?」
「計画したのも巻き込んだのもお前達だろうが。まぁ、“もう一人の方”とは話したこともないけどな」
「そういう事なら心配しなくっても大丈夫。あの娘が人を祟るなんて器用な真似できないから」
「なら、いいんだけどな。さてと…、いい加減二人が帰ってくるな。せめて着替えるくらいはしとけよ、ただでさえホロウの復活が近い。本当にシエが奴からの干渉を受けてるなら、そろそろ動き始める」
「うん、ワタシもうかうかしてられないなぁ、ラストスパート掛けないと。でも“色々やり直す”のって思いのほか面倒くさいんだよね。その上時間無さすぎるし」
「天才なんだろ、やってもらうぞ」
「はーい、ヨナのお願いなら仕方ないかなぁ」
「ああ、今までずっと裏にいたんだ。表舞台に上がるのも悪くないだろ? それに、初戦の相手はレギオンだ。申し分ないな」
「そういうのはヨナに任せておきたかったんだけどなぁ。ま、仕方ないね。可愛いヨナの頼みとあれば、命くらいはかけるよ。それくらいならお安い御用さ」
「…ああ、お互いに——、帰ってきたみたいだ」
——玄関の方から華やかな笑い声が響いてくる。
声を聞き分ける必要もなく、シエと彩音なのは間違いない。
「そういえば二人は買い物にでも行ってたの? 一緒に行って来ればよかったのに」
「女の買い物は長くなるからな。出来れば避けたい」
「甲斐性なしー」
「甲斐性見せる相手がここにいるのか?」
「見せる相手を振り向かせるために頑張るのさ」
「ああ言えばこう言う。それじゃあ俺は今からお勉強だ。準備の方は任せるぞ」
「うん、任せておきたまえ。ワタシは、ヨナの期待だけは裏切ったりしない」
「そうか。…その誠実さを普段から出してくれてればな。はぁ…」
一息つくと、冷めてしまったお茶を飲みきって立ち上がる。その顔は苦い表情だ。
「………」
「おや? どうかした?」
「不味いなこれ。とてもじゃないが飲みきれん」
「えぇ~、それ自分で言う? ワタシ全部飲んじゃったよ」
「舌が馬鹿になるから止めといたほうが良かったな。くくく…、じゃあいってくる。何かあれば呼べ」
「はーい、ヨナは料理の勉強もした方がいいね」
「全部終わったら考えといてやるよ」
空のカップと、そうじゃないカップ。
その二つをもってヨナはあの子達の元へ向かった。きっとこれから楽しくも大変な、学生らしい時間が始まるんだろう。
「………さぁて、頑張ると言った以上は期待に応えないと」
『総界』なんて大仰に呼ばれるこの世界。もちろん名前には理由があるわけで、『巫女』と呼ばれる人一人の生死で世界丸ごとなくなっちゃうようなバランスなのだ。
此処で起きた出来事が他の世界に影響を及ぼしても不思議ではない。
だから、世界が創りかえられるとき、オルゴールのネジを巻き直すように他の世界も巻き直される。ただそれも完全じゃないからほんの少し、ひと巻き分だけ時間は進む。
一曲が終わるたびに巻き直して、巻き直すたびに世界が流れていく。
『崩界』ではホロウの復活までの時間、ヨナは数えるのも馬鹿らしくなる時間を過ごしてきた。たった一人、多くのことを憶えているのは、どれほど辛かったのかは分からない。
分からないけど、思いやることくらいはしてあげられると思うから——。
「勝とうね、ヨナ…。絶対に」
一人、呟かれた言葉は夕焼けに融けていく。
ワタシの願いとヨナの想い。
多くの人を傷つける結果になるだろうけど、初めから止まることは許されていないから。
「…ゴメンね、———」
誰に宛てることになるか分からない言葉を、つい口にしてしまっていた。
□ □ □
最後の日は何事もなく、普段と変わりなく過ぎ去って終わった。
一日が終わり、日常と非日常の境界を超えることが分かり切っていながら、特別なことは何もしていない。
「来るな、面倒なのが」
「くるねぇ、しつこいのが」
「いいのか? 知り合いだろ。お前のこと信じるなって言われたぞ」
「いいの、嫌われてるから。というかそんなこと言ってたんだ、なんて答えたの?」
「別になにも。そんなこと言われても今更だしな」
「えぇー、ひどーい。もうちょっと信頼してよ」
「今回、役に立てばマシにはなるぞ」
「ならがんばろ。ヨナの心をゲットのチャンスだ」
屋根の上で月を見ながら語り合う。
明日、軍勢が攻め入ってきて大変な戦いになるだろう。だからヨナと話しておきたかった。
「シエも誘ったのに断られちゃった。うぅん、気を使いすぎじゃないかなぁ?」
「アイツがそう決めたならそれでいいさ。問題はこの後だ」
「嫌われるのはやっぱり怖い?」
ちらりとこっちを見たヨナは難しい顔をしている。
「あはは、そうだよね。昔のヨナなら『どうでもいい』だったろうけど。…優しくなったね」
「からかうな。自分でもこうなるなんて思うか。もっと初めから、嫌われてると思ってたんだけどな。いいこだよ、シエは」
『纏界』で見つけた墜天子、シエ。
身寄りもないから連れ帰って来てからヨナが面倒を見てた頃は、なんというかほんとう、興味なさげだったのに。
「やっぱり自分で面倒を見るのが一番愛着がわくんだねぇ」
「なんだその言い方、犬猫じゃあるまいし。ただまぁ…そういう事なんだろうな。ここで数え切れないほど過ごしたのに、憶えてはいたんだし」
「ワタシのこともね、ふふんっ」
「その得意げな顔やめろ。…もう準備は終わったのか?」
「多分ね、ヨナは大変だろうけど。まずはレギオン倒してもらわないと」
「それもおまえ次第だろうが」
「えへへ、その通り。ワタシも頑張るからさ、まあ見ててよ。期待には応えられるようにするから」
「そうだな、でなきゃ今までの時間稼ぎ全部意味なかったことになるし」
「お、責任重大」
「……ほんとに分かってんだろうな」
「分かってる分ってる。ね、ヨナ」
「いやだ」
「まだ何も言ってない」
「だから今のうちに断ったんだ」
「キスするか一緒に寝るかどっちならいい?」
「話聞けよ」
「ええ、だって明日でもう永遠のお別れかもしれないんだよ? 好きな相手と添い遂げることもできなくなるかもしれないんだよ? じゃあ男の子としては受け入れるべきなんじゃないの?」
「…………」
「もう、すぐそうやって面倒くさそうな顔するんだから」
ヨナときたら、こんな美人が誘っているのに全くその気になってくれない。誘惑のつもりですぐ脱いでたのがダメだったかな。
「それこそ一緒に寝てやる必要ないだろうが」
「ぶーぶー」
「文句ぬかすな、服を引っ張るな腕を振り回すなっ」
「んー…、じゃあこの寂しさや不安的なものをどうしてくれるのさ。ヨナに何とかしてもらわないとちょっと心が潰れちゃいそうなんだけど」
「お前の? 心が? っ…、くっくくく、そりゃあ冗談にしても中々面白いな」
「むぅ…」
いつもは何ともないのに、今日に限って笑われることがなんだか気恥ずかしい。半分冗談のつもりでの告白だったけど、裏を返せばもう半分は本音なわけで。
「むー!」
「腕を振り回すなって。顔赤いぞ」
「だってヨナが馬鹿にしてくるのが悪いんだもの、ワタシはなんて可哀そうな被害者なんだ…うぅぅ」
よよよとしなだれかかり、腕を抱く。外見よりもずっと硬くて、戦い続けてきた男の腕だと感じ取ってしまう。
普通の鍛え方では決してたどり着けない人体強度、艱難辛苦の道を歩み続けてきたからこそ到達した肉体。戦闘機構と言って差し支えない。
「ヨナは、……普通の生活とか、してみたいって思ったことある?」
「ん、ああ別に今更だ。それに十分堪能した」
「……」
ふと目線を上げた時、戦いによって苦しみ続けてきたはずの彼は小さく笑っていた。
「ここでのほとんどが学生だったけどな。普通の生活は十分できたさ。だからこそ、アイツを護ってやれなかったことだけは自分を許せない」
「…そっか。じゃあ、まずはレギオン、頑張らないとね」
ギュッと、回した腕に力を籠めてしまう。こんなの、自分が不安でしょうがないって教えてるみたいで恥ずかしい気持ちもあるけど、ヨナ相手なら構わない。
「それに、永遠のお別れじゃ無けりゃいいだけだ」
「…うん」
「リア、そんな顔するな。いつもみたいに無駄な自信を溢れさせてろ。勝つさ、絶対に勝つ。あんな、有象無象で集まらないと行動も起こせないようなヤツに負けるかよ。あんなのに構ってられない」
夜空を見上げたヨナの瞳には、向こう側にいるレギオンの姿が見えているのだろうか。
「必ず取り戻す。そのためにここまで来たんだ。邪魔なんてさせるか…っ」
「…そうだね、ヨナはずっと頑張ってきたんだものね。うん、ありがとう」
「礼なんて言うようなことじゃない」
「いいや、ワタシはワタシで頑張れそうだから。だからありがとう。ちょっと元気を貰えた」
抱いた腕を離して肩を並べる。
初めと同じように二人で月を眺めていると、ざわついた心も落ち着いてくる。
そのまましばらく無言の時間が続いて、お互いがお互いに眠ってしまったかと錯覚する時間が過ぎた時。
「明日だな」
「うん、明日だ」
「しくじるなよ」
「そっちこそ」
「………勝つよ」
「うん……、信じてる」
最後の言葉は夜空ではなく互いの瞳を見つめて交わした。
この空の向こうにいる相手なんて、眼中にでもないかのように。
・リアとヨナギ
秘密を共有している中なので二人きりになると気が抜けるのか、書いていても独特の雰囲気になっているような気がします。また、リアが愛情表現を隠そうとしない性格のため話が進みやすいです。
レギオン戦に向けて各陣営が準備を進める中、次回は当の本人が久しぶりの登場になります。




