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四方総界縁起  作者: くろよ よのすけ
50/100

50.虚ろな夢①


 毎日のように夢を見る。最近? ううん、ずっと前から。

 だけど内容はよく覚えていない。

 目が覚めた時は覚えてるような気がするんだけど、…なんだか思い出しちゃいけない気がしたから思い出そうともしてない。

 それでもやっぱり気になって。怖いもの見たさで思い出そうとしてみたりするのが、いつものことで。


 目を閉じて、呼吸をゆっくり。

 断片的で、朧げな写真でしかないその記憶を、蜘蛛の糸なんかよりも細い糸でつなぎ合わせてようやく思い出すための準備が整う。

 だけどやっぱり思い出すことはできない。

 見る景色はいつも初めてのものばかり。チャンネルを何度も切り替えるドラマのようで、連続で流れてくれればわかりやすいのに、時間も場所も代わる代わる。

 ……共通点があるとすると私ともう一人、誰かが傍に居るということだけ。

「………」

 靄がかかってる、モザイクがかかってる。大まかな色しか分からなくって、だけど暗がりからして夜だっていうことは何となくわかった。


(……誰だろう)

 目の前に誰かが立っている。いつもの人だ。

 その人は私よりも背が高い。だって私も立っているのにその人の頭はさらに上にあるから。

「——————」

 なにか、喋っていた気がする。

 聞き心地の良いその声は優しくて、隣に立つ私は穏やかな気持ちだ。

 その声に私は小さく笑って、その人の腕を抱くように身を寄せる。体が熱いのは、夢の中の私? それとも現実の私?

 それは分からなかったし、今は夢の中身に集中しなきゃならない。だからもう一度ゆっくりと深呼吸。今日こそ、毎日見る夢が一体何なのか、分かるかもしれないから——。


「——ダメよ、ここから先は見ちゃいけない」


 だけど、…あれ、なんだっけ。

 たしか…すぐ近くから女の子の声がはっきり聞こえて……それから……。

 急速に消えていく夢の光景、時間も場所も想いも何もかも、消えて消えて…消えて——。


  □ □ □


「ん…? ふぁぁ…。良く寝た……」

 窓から差し込む朝の光。

 昨日も昨日とて張り切りすぎてしまった。うん、だってシエも夜凪くんも手強すぎるもん。

「………ふ…にゅ…ぅ、……はっ」

 いけないいけない、ここで寝ちゃったら遅刻しちゃう。加奈ちゃんに昨日のお礼しなきゃいけないのに、遅刻なんてしちゃったらまた……。

『私の教え方が悪かったから失望して遅刻してきちゃったのよぉ…!』

(なぁんていいだしかねないもんね。…あはは)

 さぁって、そうと決まれば身体を伸ばしてベッドから脱出。日に日に寒くなってきてるけど昨日は煖房を付けたまま眠っちゃったみたいで部屋の中は暖かかった。


「……またいつもの変な夢。思い出せないけど…」

 もどかしい。私はいつも似たような夢を見る。

 だけどその内容は全然覚えてない。夢を見てる間だけは分かってるような気がしないでもないんだけど…、起きちゃうとこれだ。

「う~ん、夢占いとかで分かったりしないかなあ」

 朝のニュースでは一日の占いコーナーが流れていた。けどちょうど終わったみたいで、私の今日の運勢は不明だ。知ろうと思えば携帯でも雑誌でも、数えきれないくらいの占いコーナーはあるけど、こういうのは一日の最初に見たものを信じて見たくなるもので。

「ううむ、明日に期待しよう。ちゃんと起きれたらだけど」


 たわいないニュースを聞き流しつつ、朝ごはんの準備。

 準備といってもトーストにバターを塗っただけの簡単なもの。

物足りない感はあるけど、毎日のことだと身体の方も慣れちゃっていて、これよりも多く食べると胃がムカムカするようになっちゃった。

「あーあ、うちにもシエがいてくれたらもっと豪勢な御飯が出てきたりするのかな」

 朝、ゆっくり目を覚ましたらそこには炊き立てのご飯にお味噌汁、焼き魚に小鉢が一品。

 勝手な想像だけど、シエならやってくれそうなイメージがなんとなくついている。うぅむ、味まで想像ついちゃうな。

「はぁ、絶対美味しいよねぇ」

 勝手に作り上げられた朝食格差のイメージに身を預け、今日も今日とてさもしくトーストを食べる私なのでした。


「おっとと、そろそろ行かないと。待たせちゃったりしたら悪いし」

 ニュースは次のコーナーに移り変わろうとする中、私も私で気持ちを切り替えないと。玄関前の鏡で簡単に全身チェック、汚れ無し、寝ぐせ無し、ヨシっと。

 鞄を手に取って、ドアを開くと朝から冷たい風が身を震わせた。

 やっぱり寝てる時に暖房付けっぱなしなのは気持ちいけど、外に出た時が辛い。気温の差がそのままこっちにダメージを与えてくる。これは確かに心臓も止まっちゃうよ。


「ではでは」

 お隣さんのインターホンを指で一押し。

 呼び鈴が耳に届いて、家の方に目をやると窓から夜凪くんがこっちを見ていた。

「おはよー」

 小声で挨拶、聞こえないのは分かってるけどついポーズでやっちゃう。それから数分すると二人が出てきた。昨日の勉強会で疲れちゃってるんじゃないかと思ったけど、見た感じではそんなことないみたい。

 やっぱり運動できる人たちだし体力あるんだね。

 リアさん相手にやってたら起きてこないか、リアさんのペースに振り回された私の方が疲れちゃってそう。


「おはよ―二人とも、今日も頑張ってこうね!」

 朝の挨拶は大事です。体も心も勢いづけていかないとね。出来るなら勉強は進めるつもりだし、朝から気持ちが沈んでちゃいけない。

「よぉーし、今日も一日がんばろー!」

 遅刻しそうになりながら、朝から駆け足。動いてないと寒いから丁度よかったりするのかも。だけど、何か忘れてるような?

「ま、いっか。ほらほら二人とも、遅刻しちゃうよっ」

 二人の手を引いて学校へ向かう。

 つないだ手はあったかくて、心の隅にいたもやっとした気持ちはもう気にならなくなった。第一、もやっとするようなことなんてあったっけ?

 でも思い出せないならきっと大したことじゃないんだろう。


 ——そう考えた彼女の思考は、一体何度目だったのだろう。

 毎日夢を見て、夢の中でだけでパズルを組み合わせようとする。けれど夢を現実に持ち出すことは許されない。それは彼女に許された行動ではないから。

 だから、きっと今日もこの世界は平穏に回り続けるのだろう。

 何事もなく、起こるのは精々が大したことのない言い合いくらいのことで。後になって思い返せば笑い話になるような——、そんな…、いつまでも続く平穏が。


 だが、その平穏は脆くも崩れ去るだろう。

 灰の魔人の手によってか、内儀の手によってか。…それともそれは、彼女の信頼する者達の手によってかもしれない。

 だが、それはまだ少しだけ先の話。

 灰の魔人によって再び空が割れ、戦いが始まる。その日までの——。


  □ □ □


「……ん」

 再び目が覚めた時、目の前には敵意なく殺意煌めく、無感情な刃が差し迫っていた。

「——ッ!?」

 咄嗟に頭だけを動かし回避する。耳を掠めた刃は枕を突き刺し、刺したままに首を切り裂こうと平行移動を開始する。

「この、いつもいつも———ッ!!」

 ベッドの上でコマのように身を翻し、身体を丸めた状態から勢いよく蹴りを放つ。

 刃物を持っていない方の腕で防がれた感触、しかし一度引き離すことには成功した。

(これで終わるわけがない)

 蹴りの勢いのままに起き上がると同時、眼球のみを動かし周囲を把握。寝る前とわずかにでも変化のある箇所はない。部屋のものは物色されていない。


「ふっ!」

 上半身の位置をそのままに、足を折りたたむように最小の動きで飛び上がる。

 同時、ベッドの下から一閃の衝撃波が見舞われた。ベッドそのものを真っ二つに叩き割る力技だが、それゆえに飛び上がったこちらにまでは届かない。

(あと、一人…!)

 どこだと限られた視界の中を探すが、それでは無意味。見つかるわけもない。

「『四方展開——』」

 ゆえに自身の直感をのみ信じる。

 第一に刃、第二に鞘。なら残された物は——。

「破界領域…!」

 床へと投影された自身の影より一振りの影杭を生み出し、窓の外へと射出する。

 そして射出した影杭よりも早く、窓ガラスを叩き割る物体がこちらの頭蓋へと向かって飛翔する。眼で追うには小さな影でしかないソレはしかし、頭蓋を叩き割る前に影杭によって進行方向を逸らされた。

「シィッ!!」

 着地前に第二射、それは外からの狙撃手だけでなく、部屋に現われた不届きものども全員に向けて、加減なく行われた。

「今日は持つ方だ。死に瀕すれば否が応でも成長するということ」

「喧しいッ! もっとまともな起こし方を覚えてから口にしろォ!!」 

 鬼の面を付けた女は迫る影杭を何事もなく防ぎきると、返す刀で斬撃を繰り出していく。

「こ、の…ォッ! ふざけおってぇぇええ!?」


 破壊される部屋、揺れる屋敷。

 …そしてその振動で目覚める屋敷の住人達。

「くわぁぁぁ……、おはよー…」

 そ、ここは『崩界』ユーリのお屋敷。その昔死にそうだった所をユーリに助けられたアタシらは今日も今日とて規則正しい生活を送っているのです。

「あらおはよう。今日も時間通りね。元・お寝坊さん」

「そりゃあ毎朝あんなんされてたらねぇ…。アタシの部屋ヌイヌイの隣よ? ちょっと遅刻しようものなら死んじゃうわ」

「ヌイちゃんも大変ねぇ。あの子達ってユーリのことボコボコにしてた子達でしょ?」

「でもまぁ襲うのヌイヌイだけだし、自分たちで壊したのは自分たちで直すからねー。アタシらからするとちょっと騒がしいだけっていうかー」

「ふふっ、そうよねぇ。ヌイちゃんも頑張ってるし、朝ごはんの用意してあげないとね」

「じゃーアタシは顔洗ってこよー…。オチビたちの様子も見いかないとだし…」

「アナタもすっかり懐かれたわねぇ」

「だってヌイヌイ忙しいからってアタシに押し付けるんだもん。誰かがやらないといかんのですよ。じゃ、朝ごはんはよろしく」

「はいはい、それなりのものを作っておくわ」

「よろよろー」 

 これが、この屋敷で最近では毎日のように行われている光景。日常風景だった。ヌイヌイが朝から晩までひっきりなしに襲われて、アタシらは一日に何度か遭遇する。

 大体聞こえてくるのはヌイヌイの悪態かやられ声。

 強くなるのも大変だなぁ、と戦いに縁のないアタシは思うわけだけど、悪態つきながらもそれなりに充実してそうな姿を見るとちょっと羨ましいというような感情をもったりもする。


「でもまぁ」

「………」

 朝食の時間。

 屋敷に住む人たちも結構な数がいるから、食堂にはそれぞれ時間ごとに振り分けられた住人が集まってきている。

 夜なんかはちゃんと自分で後片付けしておけば融通は利くけど、朝は時間通りに食べないと片付けも面倒だから怒られちゃう。

 そして、時間通りに現われたかと思うと、さっきまで動き回っていたとは思えない食事量を取っている、アタシの前に並んで座る人たちは雰囲気が違う。

 なんというか、圧迫感のようなものがある。これが戦士っていう人種なのかな。

「そこんとこなのよヌイヌイぱいせん」

「………だまっていろ…、いまはしゃべれん…うぷ…っ」

 今日も今日とて朝からボロボロのヌイヌイは机に突っ伏して、何らかの吐き気と戦っていた。ボディに良いの貰ったのかな?

 そして、その原因である三人はというと。

「美味だ」

「感謝する」

「もう一品、いただいてもいいだろうか」

 何事も無かったかのように、朝から食べるとは思えないくらい大量の食事を粛々と食べ続けている。


「ひゃぁ~…、すっごいなぁ。アタシ体中空っぽでもあれだけ食べられないかも」

「…………」

「ねぇねぇヌイヌイ~、食べないのー? 突っ伏しててもお腹膨れないよー?」

「………いま胃に物を入れようものなら吐く、いいか? …ぐ…ぅっ」

「あー……、お休みヌイヌイ。骨は拾うよ。あ、食べないならそれ貰うね」

「…勝手にしろ、はぁ…」

 目の前で雑に持っていかれる朝食を見つめつつ、それでも止める気力が沸き上がらない。朝から体中が悲鳴を上げているせいで食事も喉を通らない。いや、通りはする。逆流してくるだけだ。

(スープくらいは飲むか…)

 だが、これでも大分マシになった方だ。一方的な蹂躙が鍛錬と呼べるほどにまでは対処できるようになってきたのだから

「食え、空腹は身体にとって悪だ」

「餓死を望むならそれもまた良し」

「おかわりを」

「………きさまらのせいだろう…」

 言っていることは分かるが、今まさに逆流しようとしている胃液と格闘しているのだ。そんな相手を前にして、馬鹿みたいに朝から食べているこいつらは一体何なのか。

「今日もこれまでと同様だ」

「月が昇り切るまでに三度、襲撃する。死なないよう耐えきればそれでいい」

「むろん、しんだところでほねはひろわんがな」

「…わかっている。あと貴様はせめて飲み込んでから話せ」

「ん、そうしよう」


 どうにも、強くなっている自覚がないわけではない。だが前に立ちはだかる壁が高すぎるせいで実感を持てないというのも事実だ。

 一応ユーリが戻るまでは続くはずだが、それがいつになるかわからない以上毎日が常在戦場。日に三度という制限がなければ今頃間違いなく死んでいる。

「それじゃヌイヌイ、アタシ行くけどダイジョブ?」

「ああ…問題ない。いつも通りだ」

「そっか、それじゃあねー。また生きてたら会おー」

「…そうだな、死なないよう――、っ!?」

 隣人を見送った矢先、……肘をついていた机の感触がはじけ飛んだ。


「油断したな?」

「この場は戦場にならぬと」

「…………………ごくん。日に三度、制限も条件もそれのみだ」

 食事を終えた瞬間、こちらの状態などお構いなしに攻撃を見舞う鬼面の三姉妹。

 飛び散った破片は『四方界』による結界によって住人へ襲い掛かることはない。彼女らなりに周囲への配慮はしているが…。

「…まったく、常識というものを持ちえないと苦労するな。だがかまわん…っ、今日こそ膝をつかせてやる」

「「「ならば、見せてみろ。獣面の戦士よ」」」

 臨戦態勢、油断なく、実力差は明白。なに、その程度超えられず何とする。

(ヨナギ・アマナ、貴様を超えるためならこのような状況いくらでも超えてやる…ッ)

 影より杭を取り出しながら、目の前に立つ強者を見据える。

 ――行くぞ、生存競争といこう。無論、最後に立つのは私だがな。

 衝突と炸裂。

 結界を張っておかなければ食堂を超えて屋敷を半壊させかねない衝撃。その中心において彼女の戦いは今日もまた始まったのだった。


「ぬいぬいがんばれー」

「あっ、あちゃあ…、いいのもらったんじゃないいまの」

「見てないでこっち手伝って。はいこれ、マダムにね」

「だれかー、お皿持ってってないー? 何枚か足りないっぽい…、え? あの中? あー、じゃあ粉々ねぇ」

「なぁなぁ、ヌイのやつが十分持つか賭ける奴いねえか!」

「あなた、不謹慎ですよ。それにいつも負けているでしょう?」

 ……慣れ切った住人からすれば工事の揺れくらいのものらしく、こちらはこちらでいつも通りの日常がくりひろげられているのだが……。

「ぬ、ぅおおおおお!!」

 戦火の中心、更に死の瀬戸際で腕を振るう彼女からすれば、その様子を見る余裕はないだろう。



  □ □ □



「……ふ――っ!」

 見えぬ眼で対象をとらえ、一刀のもとに断ち切る。

 的にしていた木の枝は真っ二つ。断面は一分の乱れもなく分断され地面へと落ちた。

「これではだめだ…、懐に入らねば意味をなさない」

 誰も入ることのない雑木林の中、かつて自身が光を失ったこの場所で、僕は鍛錬に向かっていた。


「………」

 納刀し、自身の切り捨てた枝のもとへ向かうとなにかを確かめるように拾い上げ、一人納得する。

「これじゃレギオンの襲来に間に合うかどうか。戦線への復帰を期待されてはいないがしかし、僕も無能でいつづけるつもりはない。なんとか、足を引っ張らないようにだけはしなければな…」

 その目標自体、低いものであることは理解している。これまで最強である父の背を追い、自身もまたそうあろうとしていた。

 だが、僕以上の強敵は数多くいることは身をもってわからされた。この光を失った両目はその教訓にするほかない。そして、その中でも足を止めることは僕自身が許せない。

「『四方界』、新たに形にできなければ、荷物以下だ」

 だからこそ、毎日休むことなく刃を振るい、新たな能力の使い方を模索していた。

ヨナギに存在が感づかれないよう、イユラの作り上げた結界の内側での鍛錬。全力を出せばすぐ壊れてしまうような弱いものだが、ないよりましだ。


「今の僕がやつと戦えば前回より、さらに一方的な決着となる。どうすればいい…」

 『視界に入る空間への斬撃』

 しかし両目を失った以上、『領域条件』であった視界の内側を達成することは不可能。気配をたどれば大まかな位置へ斬撃を飛ばすことは可能だったが、条件の縛りとしては弱すぎる。

 戦いとなれば誰もが常に行っている行動を条件としたところで達成による成果も当然少ないものとなる。

 それに、これまでの人生において確立した戦い方を組み立てなおすということは想像以上に困難を極めていた。

「…ふっ、…ふっ!」

 座り込んで考え込んでいる時間が無駄だと、無心で素振りを行う。暗闇の中に光明はいまだ見えず、手探りで進むしかない。

 失ったものは、別の何かで埋めるしかないのだから――。


「っ、…誰だ」

 何者かの気配、切っ先を素振りの勢いのままに気配へと向ける。

 一陣の風が吹き、木々が揺れる。その下に立つ存在は気配を隠しもせず、がさつに足音を鳴らしながらこちらへ近づいてきた。

「なんだこんなとこでやってんのか、深い森ってわけじゃないのに日の光が届かねえでやんの。陰気だね、どうも」

「ユーリ、何の用だ。貴様は『楔』を作る手筈だろう」

 来訪者は案の定といえばいいのか、ユーリだった。結界には人払いの効果があるという話だった。

この場に来るような人間は数えるほどしかいない以上、そう驚くことでもないか。

「いやなに、ちょっとした休憩だよ。お前がどんなことやってんのか気になってな。一応言っとくけど、『楔』はちゃんと作ってるからな?」

「なら休憩の時間を削ればもっと早くできるな、もどれ」

「アレってさ、簡単に言うとオレの界燐を高密度で圧縮したやつなんだよ。めちゃくちゃでかい氷を物理的に潰して小っちゃくする感じかな。ほら、氷だって強く握れば気持ち小さくなるだろ?」

「で、それがどうした?」

「つれねえなぁ、説明してんのに、まいいさ。でだな、細かい作業じゃなきゃある程度自動で進められるんだよ。姉上の家なら結界のおかげでちょっとした『四方界』も使えるしな。今はでかい氷をある程度小っちゃくする作業なわけ」

「つまり、そこから先の…楔程度の大きさにするところまでなら貴様が手をかける必要はないと?」

「ま、要所要所での調整はいるがそんなもんだ。あぁあと、レギオン来るまでってなるとどんなに急いでも二本目は無理だ、一本が限界だな。いやぁ、さすがにオレもレギオン相手となるともうちょっと奥の手欲しかったんだけどな」

「…そうか、ならしかたない。その分精度の高いものを作ればいい」

「…………おまえさ、ほんと角が取れてきてるよな。やっぱ例の女の影響か?」

「貴様な、女は関係ないと言っただろう。すぐそう言った話に結び付けるな、不快だ」

 気の抜けた声を上げるユーリに少し苛つくが相手したところで意味もない。アイツのペースに乗せられるだけだ。

「ハハハッ悪ぃ悪ぃ、それくらい喜んでるってことで許してくれよ。オレはオレでお前の成長をだな」

「やかましい、様子を見に来たのならもう十分だろう。このままここに居ても貴様が喜びそうなことは起きないぞ」

「ま、結界張ってあるとはいえ下手に界燐放出しようもんならヨナギかシエちゃん辺りにはすぐバレるわな。そうなりゃ勝ち目ないし、鍛錬ったって素振りくらいか」

「そういうことだ」

 

 イユラは、まさしく天才と呼ばれる部類の人間だ。それは死に際を拾われてから何度も見せつけられた。本人に言えばくだらないと一蹴されそうなことだが、事実は事実としてでしか認識できない。普段の身のこなし、一挙手一投足から強者であることが伝わるほど。

 音がなく、気配がないというのに、確かにそこに存在していることが認識できる。その異常性に気づいたのは目の傷がふさがってから少ししてようやくだった。

 常に音も気配もなく、沈黙に徹すれば影も形も消失する状態でありながら、決して存在を認識できなくなるということがない。

 それはまさしく、『四方界』の扱いが非常に高い領域に達しているということだ。存在を消失していながらそこに間違いなく在る。その矛盾を個人で成し遂げている。

 僕が知らなかった——、彼女はナイギの長子であるということ。

 力の秘密はソレか? ユーリという不死性をもつ不条理を目にしてきたことを考えれば、やはりホロウ・ナイギの直系である彼らは不条理を自身の内に宿している。

 そして、不条理を我がものとして扱うことができる。


「…イユラが姿を消したのは10年前の大規模侵攻の時でよかったな?」

「んぁ? なんだ気になってたのか? そうだよ、ガキのオレはお留守番で、オレよりかは大人だった姉上が向かうことになった」

「死んだと思っていたと言ったな」

「姉上と一緒に行った護衛達も帰ってこなかったからな。こっちじゃオレたちゃナイギは何もしなくっても死んじまうし、オレと違って不死じゃない姉上ときた。流石に死んだと思うだろ」

「確かにな。当時、救援は出さなかったのか?」

「旦那と御当主がそんなことすると思うかー? で、結果はその通りだ。オレも恐怖の対象がいなくなったから安堵しましたってな。ま、鬼姉妹置いてったから鍛錬と称したしごきはしばらく続いたんだが…、この話はいいだろ? 嫌なこと思い出すから話したくないし」

「ああ、それに興味はない」

「それはそれでひでぇ、おまえはもっと他人に興味をだな…あーいや今はいい。でだ」


 コホンとワザとらしく喉を整える素振り。

 この男、本題に入るまでに一呼吸入れないといけないのか? 

「下手に勘繰られても困るから先に言っとくと、詳細はオレも知らない。知ってたら多分ここに来てない。理由は姉上が怖いからだ」

「調べなかったのか? 女は宝と宣う貴様が、肉親の死を?」

「ああ、『総界』に来ない限り分からないし、ここはほら、今まで知らなかったから結果論だが…、不定期的に創りかえられてる。きっと調べようとしてても無駄だったろうな」

「なぜ、イユラは此処に残ったと思う」

「ん? んなもん姉上自身が言ってたろ」

「『巫女』、か」

「ああ、そこを疑う必要はないな。なんであそこ迄入れ込んでるのかは調べて見なきゃわからないが。…ま、証拠なんてものは元々ないか、世界が創られる時に消滅しちまってるだろうから本人に聞くしかないんだけどな」

「無理だな」

「だろー?」

 あのイユラが答えるわけがない。

 答えたところで本当かどうかも分からない以上、都合のいい情報を渡される可能性もある。彼女は色濃くナイギの血を継いではいるが、ナイギ、ひいては『崩界』の為に行動してはいない。

「……やはり、『巫女』を中心に動いている」

「んだよジン、『巫女』の方を調べようって? やめとけやめとけ、下手に様子覗きに行ったらぶっ殺されかねん」

「そんなこと、行ってみなければ分からないだろう。それに、イユラは『巫女』の前であれば別人格として行動しているという話だ。それも精神的に問題のある惰弱なものであると聞いている」

 カナヤ・カナ、だったか。何に対してもおどおどとしていて、男に対しては悲鳴を上げる。何とも、普段の性格とは真逆。その状態の彼女であれば周囲での調査も多少は——。


「へっ、ジン。一応聞くが、行方不明のおまえを捜しにここまで来るような素晴らしい性格の、このオレが一度も試してないと思ってるのか?」

「なに? 調べているというのなら結果を先に言え。わざわざ徒労となるようなことをするつもりは——」

「見えなかった」

「何がだ」

「攻撃」

「…誰からのだ」

「あねうえ」

「……どのような」

「体に三カ所ほど、デカい…孔がな、こう…」

「もういい…」

 このくらいの大きさの孔が——、と自身の身体を指差すユーリの示した範囲は上半身と下半身がちぎれ飛んでいても不思議じゃない大きさの孔を指し示してるらしい。

 なんとなくでしか分からないが、おそらくユーリでなければ間違いなく死んでいる傷なのは間違いあるまい。

「いやまあさ、オレもほら、今は弱くなってるからぁ? 何故かナイギなのに元気いっぱいな姉上の攻撃が見えなかったのは百歩譲ってほしいとしてだ。……あの人あれだ、別人格状態つっても『四方界』使えないわけじゃないわ。『巫女ちゃん』の前に居ても、視界から外れられれば一瞬だけ元に戻れるわ」

「………」

 『崩界』の人間は他の世界へ移動すれば世界からの排斥機能によって、力が強いほどに存在が否定される。結果は単純、死だ。

 だが、イユラはその影響を受けていない。

 初めは僕達に掛けたような結界を自身に使用しているのかと考えたが、そういうわけではない。彼女は、何故か世界からの干渉を受けていない


「十中八九、十年前に何かがあった。だが、その答えは姉上の頭ん中にしかない。力づくでいこうにも『楔』のないオレ達じゃ返り討ちだ。さぁて、どうしたもんかね。」

「…貴様の記憶はイユラ視点からのものを再構築したものと言っていたな?」

「ああ、みたいだな。記憶を移されてる時は確かにそんな感じだったぜ。なんつーか、オレの姿を第三者視点でスクリーンに映してる感じだったからな」

「なら、もう一つの記憶も開放することが出来れば手掛かりになるんじゃないのか?」

「もうひとつ? ああ『巫女ちゃん』のか。…確かにな、てっきりあの言い分だと『前回』の記憶だと思ってたが、“それ以前”の記憶って可能性もあるわけか」

 『巫女』の記憶を戻す為、ユーリの内には封印された記憶が仕舞い込まれている。接触すれば『巫女』の記憶が戻ると言っていたが、それが何時のものなのかまでは口にしなかった。

「かつて、イユラと『巫女』の間に何か取り決めが交わされ、それが今も続いているのだとしたら」

「姉上の隠し事も分かるってわけか。なるほど、面白いじゃねえの。…乗った」

「なら、記憶の方はオレに任せとけ。おまえはおまえで姉上に聞いてみるとかしてみたらどうだ?」

「さっきは、探れば身体に孔が空くと言っていたような気がしたが」

「死なないように頑張ってくれ。オレは怖いからヤダ」

「この……っ」

「じゃあなー、楔ちゃんの呼び声が聞こえるから家に戻るわ」

「あ、おい待て!」

「がんばれよー」

 颯爽と身を翻して風のように消えていった。何しに来たんだアイツ…、いや、気分転換と休憩だったな。

「まったく…、だが仕方ないか。とはいえそれは後だな、何とか『四方界』の足掛かりは掴まなければ——」

 やかましい男も立ち去った。

 単純な素振りを、新たにきっかけを得るまで延々と続ける。

 強くなるための鍛錬に終わりなどない。淡々と、けれど消えぬ炎を胸に宿しながら僕が望む未来へと歩みを止めることはないのだから。 


・皆方の見る夢

いつかの夢かもしれませんし、誰かの夢かもしれません。


・三人娘について

ヌイちゃんをボコボコにしている三人娘ですが、彼女らに関しては詳細な個人設定が存在していません。具体的に言うと名前の設定が無いです。基本的には会話する順に長女、次女、三女と考えています。


・ジンの四方界

失明したことにより以前の領域条件を達成できなくなったため、新たに四方界を扱えるよう訓練を行っています。

四方界の使用については基本的な術式を組んだのち、年単位の時間を掛けて練度を高めていくため、心身ともに四方界に適応していきます。そのため、一度完成した四方界を変更することは非常に苦労を伴います。

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