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四方総界縁起  作者: くろよ よのすけ
48/100

48.彼らと、彼女たちの関係②

 夜風は冷たく感じられる。

 オレの生み出す冷気と比べたら天国の様な冷たさだが、ちょっと死にかけの身には堪える。空いてる部屋を好きに使えとは言われたが、余りのシーツ一枚もないとなると固く冷たい床で寝るのもイヤだ。

 せめてソファがあれば嬉しかったんだが。

 だからここに居る理由は仕方なく、ってのが一番近いだろう。やることも無いし、寝ると余計疲れそうだから星空でも眺めてみようってわけだ。

「ぼられたな、面倒な仕事を引き受けたものだ」

 手すりに体を預け、何の気なしに星を見ているとジンが声をかけてきた。

 そのまま隣に並ぶが、背中に鉄板でも突っ込んだかのような気真面目さあふれる姿勢。ただ並んで立っているだけなのにここまで性格の違いが現れるとはね。


「言ってくれるな、オレだって致し方なくだ。だってあれ断ったらボコられるぜ? 今のオレったら文字通り死ぬほど弱いからね?」

「まったく…、わざわざ来たと思えば、僕を見つけてからは無計画とは」

「あっはっは、そういうな。合流できたからいいだろ。後のことは後で考えればいいんだ」

 姉上は明日にも仕事があるからとさっさと眠ちまった。

 ジンにこっちでの様子を聞いてみたが、『巫女』の前では性格が真逆になると聞いて信じられないばかりだ。姉上が人に向かっておどおどしてるだなんて信じられるわけがない。

 ありゃオレ達の肉親よりも旦那に似てる。てか、ガキの頃は旦那の下で鍛えられてたし。

「はぁ…ったく、姉上も人が悪いな。回りくどい言い方もガキの頃のままだ」

「ああ本当にな。ボクにもまだ伝える時ではないというばかりだ。時間がないとはいうものの行動を起こすつもりがあるのかないのか。…ん?」

「んー? ああ、姉上ももう少し愛想よく…ってか武力に訴えないでくれればオレも心穏やかなんだが。…はぁ、ガキの頃のトラウマのせいでそれも無理そうだ」


 訓練だなんだと日がな一日、それも毎日のようにボロ雑巾になるまでしごかれたのはどうあがいても素敵な思い出、なんてものにはならない。

 今ごろヌイちゃんをボコボコにしてる鬼娘たちも、もとはと言えば姉上の忘れ形見だ。姉上が行方不明になっちゃったからオレ預かりにはなってるが、…あの娘たちが言うこと聞いてくれるのも姉上が去り際にそう言い残したからだし。


(姉上が手塩にかけて育てたのもあって滅茶苦茶なんだよな。色々と)

そりゃあんな無茶苦茶な訓練方法になるよなぁ…。オレもやられたし。

「…おいユーリ、どういうことだ。その……」

 なにやら、ユーリの様子がおかしい。

「あん? んだよ、ハッキリ言えよ」

 普段から方針はともかくまっすぐ進むジンの目が泳いでいる姿は珍しい。

 いや、包帯巻いてるからあくまで例えなんだけど。

「イユラが…姉上というのは」

「は?」

「いや、僕の聞き間違えだというのならそれで——」

「え? なにおまえ。ま、まさか……あの人のこと知らないで話してたのか!?」

「当然だ。忌々しいことだが、ヨナギに敗北した時に救われた時に出会ったからな。素性など聞いても答えないし、僕にとっても関係のないこと……だと思っていたが。…念のため、念のためもう一度聞くが、貴様今なんといった?」

「だから、本当に何も知らなかったのかって」

「その前だ! あの女の、イユラのことを何と呼んだ!!」

「え、そっから? おまえ人の話聞いとけよな!? 現実逃避するタイプじゃねえだろ!」

「し、仕方ないだろう! …ナイギの長子というと、十年前の大規模侵攻で死亡したという次期当主候補だったはずだが…、僕は会ったこともない、からな…。父上は興味を持っていなかったし、僕も持たなかった」

「あー…、それね…。そりゃあ十年前となると、よくよく考えればお前は知らねえよなぁ…」

「一人で納得するな! まず返答をしてからにしろ!」

「そうね、ちゃんと言いますよ…っと。……姉上だ。“元・次期当主候補第一位、イユラ・ナイギ。オレの実姉で、オレが唯一、そして一番苦手な女だ」

「……アレ、がか?」

「アレがだ」

「………初めておまえのことを可哀そうと思ったぞ」

「オレはよくあの人と二人で生活して生きてるもんだと感心してるよ……」

「「……はぁ…」」

 そっかあ、知らないって幸せなことだよな。

 オレも姉上については記憶無くなってても良かったなー、良かったなぁー!!


「だが、そういう事なら仕方ない。僕は僕で他人のことを気にしてもいられないからな」

「おっと、それは意外だな。おまえならナイギの為に働かないなど、なんて怒り出すかと思ったんだが」

「なぜここに居続けているのかは、どうせ聞いても答えないだろう。それならその時間を鍛錬に当てるさ。新たに『四方界』を何とかしなければ戦いもままならない。それで、記憶の方はどうなんだ。さっきは戻ったと言っていたが」

「ん? ああそれね、多分大丈夫だ。姉上視点の記憶を元に作った記録をぶち込んで復活させる、って方法だが。流石姉上、違和感はないし偽の記憶を植え込まれたなんてこともなさそうだ。もしくはそれだけのことで思い出せるオレが凄いだけだけど」

「自画自賛を聞くつもりは無いぞ。どうせ貴様は戦いへの参加はできない。まったく…、『楔』の一つも持ってこずにやってくるとは」

「そういうなよ、今から作れば文句もねえだろ。レギオン来るまでに一つくらいは作ってやらあ」

 『巫女』に接触するには姉上の言う通り、レギオンが来た時が確実だ。そうなると、オレ自身が戦えないと確実にレギオンの攻撃に巻き込まれる。お互いの狙いが『巫女』な以上、こっちに標的が移る可能性だってあるわけだからな。

 邪魔者は消すに限るってわけか。

 ならオレは今日から家に籠って『楔』を作らなきゃならない。アレがないと戦いとかいう以前の問題だ。


「にしても、なんでお前『総界』にいるのに影響受けてないんだ? 『楔』ないんだから世界からの干渉受けるはずだろ」

「ああそれか、この家にある結界と一緒だ。イユラの『四方界』で影響を免れている。ただ、強度はないから戦闘となれば壊れる。そうなってしまえば僕も影響を受けるさ」

「なるほど。そういうのあるならオレにもくれりゃいいのにな」

「貴様は不死だろう。生気自体が消えるのだから、結界を張られるよりもバレないぞ。良かったな」

「おーそうだな。さっきヨナギにバレたけどな」

「…マヌケめ」

「っせーな、オレだって記憶戻ってりゃあんなマネしねえよ。ヨナギがなー、思ってたよりも強かったなー…ハハ」


 アイツとの戦いを思いだす。

 覚悟はあったが、迷いもあった。だから、明暗を分けたのはその部分。

 全力は…出したつもりだったのがダメだったな。敵を救おうなんて考えちまった時点で、きっと勝利はなかったんだろう。

「端的にではあるが、顛末は聞いてはいる。女の方はまだ分かる。だが、どうしてヨナギまで救おうなどと考えた。どう足掻こうが敵にしかならない相手だ。それも目下最大戦力と言っていい」

「んー? ああ、そうなぁ」

「まともな返事をしたらどうだ」

「そう怒るなよ、短気は損するぜ。ただ、まぁ…どうしようかなと思ったわけだ」

「何をどうすると?」

 歯切れの悪い言葉へ怪訝そうに眉根を寄せるジンだが、歯切れが悪い原因の一つでもあったりする。

(言っちまっていいか? …いやダメだろ、また変な暴走されてもかなわんしなぁ)

「おいっ、何を考えこんでいる。貴様自身のことだろう、ハッキリしたらどうだ」

 いやね? ジンくん。ここでソレをハッキリさせちゃうと困る事態になるから悩んでいるんだよ? ならもう、仕方ねえか。あんまこの手は使いたくなかったんだけどなぁ。


「……なぁ、ジン」

「なんだ、ようやく喋る気になったか」

「分かんねえわ」

「何をだ」

「ヨナギを救おうとした理由」

「つまり、その瞬間の思い付きだったと?」

「あー…そういう事じゃなくってな? 思い出せないなー…、なぁーんちって…」

「………ほう、思い出せないと」

 見えないはずの両目でこちらを睨みつけてくるのは良くないと思いまーすっ。だって嘘ついてるし後ろめたい気持ちで一杯だからね、オレ!

「そ、そうなんだよねー! いやぁ流石の姉上の術式とオレの才能をもってしてでも完全復活とはならなかったみたいだ。やっぱり所々抜けててな。救おう、って思ったのはちゃんと覚えてるんだが、…理由まではちょっと……ね?」

「…………」

(——行けるか? 流石に無理かな!?)

 ジンは中途半端を嫌うから思い出すまで突っかかってくる。

内容が内容だけに、自分を失明させた相手を身内が救おうだなんて言ってるんだ。怒って当然だよな。うん分かる、でもそれはいま置いとこうぜ。誰しも秘密ってのは抱えてるもんだし、…あんまおまえに言いたくないっていうか…。

「なら仕方ないな。だが、早く思い出せよ」

「あれ? …怒んないの?」

「なぜ僕が怒る必要がある。思い出せないという以上、どうしようもないだろう」

「そりゃあ、まあ…そうなんだけど…」

 突っかかってくると構えていたが、こう拍子抜けだと行き場のない視線はとりあえず空へ向かっていく。あー星きれーだなー。

「おまえ、なんか丸くなったよな。『崩界』いた時はすぐ斬りかかって来てたのに」

「貴様がふがいないからだ。自覚が足りないというのなら、尻を蹴り上げてでも動かさなければならない」

「ま、オレの方が強いからその方法じゃ意味ないんだけどな。カハハ」


「ああ、その通りだ。身を引き裂きたくなるほど悔しいが、僕じゃユーリには勝てない」

「…お前ホントどうした? 中身入れ替わってない? なに奴?」

 ここまで丸くなられてると、ジンが本物かどうかを疑わざるを得なくなってきている。本物、だよな? 姉上が真贋間違うはずないしな。…いや待て、姉上が入れ替えたと考えられるのでは?

「………お主なに奴!?」

「貴様な…っ、ふざけているなら結界の外に放り出すぞ! 自力で勝てないとはいえ、此処で弱ったお前を外に出すくらいはできるからな!」

「あ、ホントすんません。それは勘弁してください」

 流石にふざけすぎたと平謝り。だって姉上ならやってそうなんだもん。

 それに『楔』無しでヨナギとやり合うとか絶対ヤダ。シエちゃんにも負けちゃうかもだ。いや、それはそれで悪くない体験では…?

「にしても…ハハッ、どうしちまったんだよジン。あの頃の狂犬はどこ行っちまったんだ?」

 冷静になると、コイツが大人しくなってるのがおかしくてつい笑っちまう。なんにでも噛みつく血統主義だったのにな。

「そう言われても自覚はない。今でもナイギの為、『巫女』を簒奪するという誓いに変わりはない。ラゥルトナーを潰し、父上に認められるという目標も。僕は男だ、立ち止まることなど許されないし、貴様が立ち止まるなど言い出せば蹴り上げてやる」

「厳しいね」

「手を引かれるだけの弱者でいるつもりはない。…ああ」

「なんだよ、一人納得して」

「ふん…貴様に伝えるようなことではないと思っただけだ。そうだ、この話はお終いだ。そら、貴様はさっさと『楔』を作れ。僕は僕で出来ることを進めておくさ」

「そっか、なぁジン」

 家の中に戻ろうとする背中に声をかける。

 振り向くことまではしなかったが、後ろ姿からでも雰囲気が柔らかくなっているのは感じ取れた。

なら、オレから聞いとくことは一つしかない。


「…惚れた女でも出来たか?」

「ゲホッ! …な、何を言い出すかと思えば…っ」

「え!? マジ!? やったなおまえ! ようやく健全な男子になったか! いやぁ、ずっと心配してたんだぜ、お固さが高じて一回もヤらずにジジイになっちまったらどうしようって——!」

「貴様——っ?!」

 コイツもついに男になったか! 嬉しさのあまり抑えきれない喜びをぶつけたら、なんか怒ってるけどまあいいじゃねえか。ちょっと遅めのお年頃ってやつだ。

「この兄貴分に任せとけ! どんな女だ!? まさかシエちゃんだなんて言わねえだろうな。ま、もしもそうなら諦めな。相手がオレじゃ、どうしようもないだろっ」

「その気色の悪い声は喉を切り捨てれば止まるのか…? いいだろう、望み通りにしてやる…。そこに直れェ!」

「いいじゃんいいじゃんっ! 恥ずかしがんなって! 誰しも恋ってのはするもんだ。どこの女だ!? 一回オレも見にいって——「やかましいぞ」」

「喧しいのは貴様の方だ! 根も葉もない勝手なことをいい…お……って…。おい…ユーリ、…念のため、念のために教えろ、……何が見える?」

「…………あねうえ」

「……どこにいる」

「…おまえのまえ」

「イユラ、これは………、が———っ!?」

「ジィーーーン!!?」

 姉上襲来、眼前においてジンが銃床による一撃で沈む。

 ジンの背に隠れていた姉上の姿は可愛らしい寝間着であり、その手に在る厳ついクロスボウがあまりに不釣り合い。見ないでいいなら見たくないご尊顔はというと、苛立ちを産地直送、新鮮な怒りをお届けと言わんばかりに目つきが鋭い。…漏らしそう。

「吾は寝ると言った。憶えているか?」

「ハイ、オボエテイマス。オモイダシマシタ」

「今現在、ジンはどうして外で眠ることになったと思う?」

「ネムカッタンジャナイデショウカ」

「ああそうであろう、でなければこの寒空の下で寝ようなどというトンチキはおるまいて」

「ソウデスネ」

「でだ——」

「ヒぁいっ!?」

 気を失ったジンを踏み付け、目の前までやってきた姉上はオレの肩に手を置くと、言い聞かせるようにゆっくりと話し始める。

「どうした? 随分怯えているようだが」

「い、いえっ!? なんでもないですよ!? あ、でも肩がちょっと痛いなー、なんて……うぎゃ?!」

 ただでさえ凄い力で捕まれていた肩から、ミシリとおおよそ人体からしちゃダメな音が追加される。

助けてジンっ! あ、気絶してたわチクショウが!!

「吾は、明日、仕事だ」

「はい…、存じております……」

「貴様は自分の身体であるはずだというのに音量の調節もできぬのか? どうなのだ?」

「ふ、普段はできておるのですけども…っ、夜中という環境を考慮しきれなかったと言いますか…っ」

「ああそうであったか。『崩界』は常に夜であるからな、こちらの日中とそう変わらないともいえる以上、今回の件について考慮するべきではあろう」

「は、はい…っ」

「……次からは気を付けるように。気絶させるだけではすまんぞ」

「心得ておきます!」

「だから喧しいと…。まあいい、次はないからな」

「ハイ…」

 家内に戻った姉上は毛布をジンに放り投げるとそのまま自分の部屋に戻っていった。オレが運ばないと朝までこのままなんだろうな…。


「はぁ…しくった、マジヤバかった…。危うく死ぬところだった」

 けど乗り切ったぜ。ジンには悪いが立ち位置が悪かったと思ってもらうほかない。謝るのは明日にするとして、とりあえず中に運んでやらないと——。

「一つ確認するが」

「え?」

「ユーリ、お主寒さには強かったな。何せ能力が能力だ」

「あ、はい」

「そうか」

「そうなんですよ、ヘヘっ……。ぎぇ——?!」

 どうしてオレは気づけなかったのか。

 ジンに毛布を投げたのは、連帯責任を追うこととなったジンに対する姉上なりの優しさだったのだと。

 つまり、…姉上は最初っから家の中で寝させるつもりなど欠片もなかったということに。そして、主犯格であるオレを逃す理由があるはずもなく……。

 頭を砕かんとする衝撃を受ける。それは人一人殺すには十分すぎる一撃だったが、相手はオレだったのでセーフ。

 倒れてから少しして意識は闇に落ちたが、自室に戻る姉上の厳しさを思い出し、後悔するには十分な時間…だ……ったぜ…へっ。

(……心が寒みぃなぁ)


 当初の予定から狂いまくったオレの戦いはそう、まだ始まったばかり。

 頑張れユーリ、負けるなユーリ、邪知暴虐な姉上に屈するな。

 戦え、勝利するその日まで!!

 寒空の下、べランダで倒れ込んだ二人がどうしたところで勝てるとは思えないが。


  □ □ □


 とある家で男の尊厳が暴力によって打ち砕かれた同時刻。

 屋根の上で槍を手にした少女と、その背に話しかける少年が立っていた。


「シエ、皆方に何かあったか?」

「いえ、気配一つ感じられません。ヨナギ様の仰っていた気配とやらも気付かれたことから、今日は警戒しているのではないかと」

 イユラと話し終わった後感じたナイギの気配。

 あまりに薄く、位置まで把握するには至らず逃げられたが、偵察に来ていたということは何時襲ってきてもおかしくない。

 下手に深追いして護衛の薄くなった皆方が襲われでもしたら本末転倒。そうなると見張りを立てるしかない。

「…だといいけどな。交代しよう、シエは一旦休んでくれ」

「いえヨナギ様、ここは人手が必要かと。私は問題ありませんので、このまま二人で続ければと思うのですが」

「出来ればそれが一番だけど、リアの方にも一人置いときたいんだ。それに、ちゃんと休め。でなきゃ何のために交代制にしたのか分からないぞ」

「確かにその通りです。では予定通りに。あ、途中で一度暖かいお茶を持ってきます。夜は冷えますから」

「そうだな、そうしてくれると助かる」

「はいっ! ではすぐ戻りますね」

 一跳びでベランダに着地すると中に戻っていく。足音が耳に届いてくるが、きっとキッチンに向かっているんだろう。

(確かに、夜はだいぶ冷えるな…)

 眠りについた街、音を失った世界で唯一稼働しているこの家だけが音と光の発生源だ。

 しんと静まり返った影の街並みは冷たく、実際の気温以上に寒さを与えてくるような錯覚を覚えた。

 冬の季節にはまだ少しあるが、それでも夜風が吹くたびに肌を撫でる冷気は身を固くさせる。

ユーリとの戦いでは次元の違う寒さだったが、あれはあれでひどすぎると比較にならないのだと思わされる。

「さっきの奴、…いやまさかな」

 もしかしたらまたユーリが来ていたのかと思ったが、さすがに早すぎるか?

 イユラの手を借りられれば大分楽になるが、手は貸してくれないだろうな。血縁だからというよりも契約に乗っ取らないから、だが。

「またやり合う時は不意打ちで沈めた方が良いな。『胎蔵領域』まで出されると厄介すぎる」


「寒さの基準が生きるか死ぬか、だったしね。寒さを感じられるならそれだけでずっと幸せなことじゃないかな?」

「…なんだ、寝てなかったのか。いつもならダウンしてる時間だろ」

 シエが戻ってくる前にリアが顔を出してきた。ベランダから屋根に向かって梯子をかけ、ひょっこりと首から上だけが屋根の上。この位置から見ると生首だな。

「よい、しょっと。ふぅ、夜は冷えるね」

「シエはどうした? アイツを戻したのはお前の傍に置いときたかったのもあるんだけど」

「あの子ならお湯を沸かしてる。すぐ戻ってくると思うよ。あ、護衛がごたつくんじゃないかって心配してるなら大丈夫。ワタシがここに居るってことはちゃんと伝えてきたから、シエが慌てたりはしないよ」

「なら、まあいいか」

「そうそう、じゃあお隣失礼」

 一緒に持ってきたクッションを敷き、その上へ腰を落ち着ける。それに、今日の寒さ対策はばっちりというようにもこもこの上着を着ている。細身のリアが二回りくらい大きく見えるな。


「あ、これいいよ。あったかくって。ヨナも中入る? 二人羽織みたいに後ろから抱き着けばできると思うよ」

「入らない。何故なら動けなくなるからだ」

「それもそうだね。いつもなら無理やりでもやりたいけど。んしょ、っと」

「……で、どうして逆に俺の前に来るんだ?」

 一度は隣に座ったリアだったが、わざわざ俺の足の間に座り込んできた。

「いいでしょ、敵が来たらちゃんとどくから」

「そういう意味じゃない。いいからどけ」

「やー」

 子供みたいな言い分で、椅子に背を預けるように全体重を預けてもたれかかってきた。

 リアの体勢としては座るというよりほとんど寝る時の体勢になってる。これじゃ皆方の家を見るより空を見あえげる方がずっと楽だろう。

「じー」

「一々声に表さなくていい」

 とはいえリアが見てるのは星空よりも俺の顔だった。何がそんなに面白いのか、覗き込む形でいろんな角度から見てきやがる。

「シエに見られるぞ」

「良いじゃないか。しっかり見てもらった後、シエにはヨナの背中側を任せよう。前後から挟まれれば大分暖かいよ」

「別に暖かさをそこまで求めてはない。…どうしたんだ、今日は。俺が勝手にどっかいかないってのはもう分かってるだろ」

「ん…、まあね」


 俺がこの家に来た日、リアは俺が消えてしまわないかと不安を打ち明けた。その言葉を受けてというわけじゃないが、俺は今こうしてこの場所にいる。

「どこにも行かない。…お前から目を離してたら何をやらかすか分かったもんじゃないしな」

「え~、ひどいなぁヨナ。そんなにワタシって信用無い?」

「無いわけじゃない。方向はともかく」

「えぇ、そんなぁ~。ウフフフっ」

 何がそんなに楽しいのか。

 顔全体で喜びを浮かべるリアはより一層体重を預けてくる。

「ん~、良い気持ち~」

「重い」

「女の子にひどいよ」

「お前にはひどくない。はぁ…」

「んふふ」

 こちらの困り顔を見てさらに気を良くしたのか、首元に頭をすりつけてくる。長い髪がくすぐったいがここで反応すると余計ひどくなるからここは我慢。

「…んー」

 それからはある程度満足したのか。眠るまではいかないものの、目を閉じて静かにし始めた。俺とリアの呼吸音だけが互いの耳に届き、知らずその周期は同じものとなっていた。


 皆方の家に変化はない、その周囲に張った結界も、街のあちこちに仕掛けた罠も、何一つ異変を報せることは無い。

 ただ静かに、夜が流れていく。

「シエ遅いな。メシでも作ってるのか?」

 お茶を持ってくるとは言っていたが、軽食くらいなら一緒に持ってくるかもしれない。

「ねぇ、ヨナ」

「なんだ」

「こっち向いて」

「なんで」

「いいから」

「俺は理由を——」

 一瞬、何が起きたか理解が遅れた。

 けれど、落ち着くまでもなく何が起こったかに至るのもまた一瞬で。

「んっ——。ふふ、油断大敵だよ、ヨナ」

 穏やかに、そしてほんのりと頬を染めたリアは指先で自分の唇に触れている。

 まるで、ほんの一瞬、刹那の逢瀬を忘れてしまわないように。


「なんでだ?」

「うん? それはキスした理由? それともワタシがヨナを好きな理由?」

「どっちもだよ、お前が…リアが俺を好きだっていう理由が、ずっと分からない」

「ワタシがヨナを好きじゃダメ? ヨナはワタシのこと嫌い?」

「…分からない。それに俺が、誰かを好きになるなんて——」

 許されるわけがない。

 そう言おうとした唇はリアの指によって止められた。その先を形にしてはならないと、穏やかな笑みを浮かべながら。

「そっか……、でもワタシはヨナのことが好きだよ? 気持ちが抑えられなくなっちゃったくらい好き。それは、いいでしょ?」

「本当に…分からないんだ。護りたいと、思うヤツはいる。皆方も、シエも、お前も。護らないとダメだ。だけど、それはきっと愛じゃない——」

「そうだね。ヨナはずっと一人で辛い思いをしてきたから。それを埋められるのはきっとワタシたちじゃない。どうしても、ワタシたちでは出来ないことがあるから。それはできる人に任せたいけど……、難しいね」

「違う…リア、俺は、あやねを——っ」


「よ、ヨナギさまっ。軽食をお持ちしましたのでこちらに置いておきますねっ。リアさまの分もお、お持ちいたしましたので。お二人で召し上がってください。あぅ…えと、で、では私は休息に務めますので!」

 俺の言葉はベランダから聞こえてきたシエの声によって打ち切られた。

「おや、丁度小腹がすき始めてたんだ。さっすがシエだね、タイミングが完璧だ」

 身を起こしたリアは屋根の縁に置かれたトレーの元へ向かうと、出来たてであることを示す湯気を引き連れ、今度は隣に座る。

「じゃ、いただこう。あったかいうちに食べないともったいないしね」

「………」

「はい、ヨナの分。飲むと体が温まるよ。ほら」

「ああ…」

「見られちゃったかな?」

「どうだろうな」

「ま、そうだったらもう仕方ない。ワタシから話しておくよ」

「…そうか」

 シエの作ってくれた軽食のホットサンドを口へ運び、お茶を飲む。

 一息つくと、吐いた息は白く色濃い。

 体は確かに温まり、モチベーションは良くなっているはずなのに。

「ずっと、…ずっと考えてきたことがあるんだ。でも、一度も答えは出せなかった」

 心は、泥中に沈み込んでしまったかのように冷たいんだよ。

「何を、考えていたの?」

「俺は、皆方をどうするべきなんだろうな。…ちがうな、どうしたいのか、ずっと決めかねてる」

「護る相手に変わりはないよ。ヨナはアヤネを護らないと」

「そうだ、俺はあいつを護らないといけない。でも、その先の光景が、何一つ思い浮かばないんだ。アイツが幸福にいられる姿が、今みたいに笑っている姿がどうしても——」

 いつも、世界の終わりには皆方の身体が冷たくなっていく様を、この腕の中で感じてきた。絶望に心を押しつぶされ、肉体も死に至る彼女の姿を数えきれないほど見てきたんだ。

 この戦いが終わる時、アイツがどうなるのか。

 ……想像などできるはずもない。

「それでも、ヨナはアヤネを護らなきゃいけない。そのためにここに来て、戦ってきてくれた。その戦いももうすぐ終わる。もうすぐ、ホロウが目覚めてしまうから」

「…ああ、分かってる」

「戦える? ホロウだけじゃない、ユーリや、レイガンだっている。その全てを超え、踏破して、あの怪物の元へ行かなきゃならない。殺しきらなきゃならない」

「戦うさ、そして勝つ。でないとここに居る意味さえなくなる。分かってるよ、ずっとな」

「うん、それならいいんだ。ゴメンね、任せっぱなしで」


 これまでと打って変わって、しおらしくなった彼女は笑みを浮かべながらもその瞳は悲しげだった。

「ああ、分かってる。お前だって、ずっと戦い続けてきたんだ。それは俺が一番分かっていないといけないことだ。リア、お前は強いよ。俺の知る女の中でも一、二を争うくらいに」

「あー、まだ一番は取れないかぁ。それはちょっと残念。フフっ」

「そんなもの取ってなんになる」

「一つの分野でヨナの一番になれる。ほら、最初に思い出すのはワタシの顔でしょ? ワタシは、それが欲しい。小さなことでも、一つでも多く。ヨナの中で一番になりたい。…なんちゃって」

「とぼけたところで、そんな顔してたら意味ないぞ。…ったく」

「えへへ…、二人きりだと抑えるのがへたになっちゃうね」

「お互い様だ。俺もお前も、結局“本物”にはなれない」

「そうでもないさ。本物かどうかを決めるのは他の誰でもないワタシたちなんだから」

「ああ、そうだな。…そうだった。最初に決めたことを、忘れてた」

「大分前のことだからね、仕方ないよ。それに、ふふっ…あの頃のヨナったら人の話なんて欠片も聞いてなかったし。ホント、今みたいに話せる日が来るなんて想像できなかったな。最近のヨナは昔っぽいけど」

「なんだよ、それ…。変わらないぞ、俺は」

「うんうん、でも『前回』よりも笑わなくなってるのは、自分で分かってる?」

「…それは、……」

 そんなこと意識していなかった。

 『前回』も『今回』も、俺は普通に過ごしてるつもりだ。だから特別なことがない以上、笑わなくなったなんて言われても、自分じゃわからない。


「アヤネも入れた四人で暮らしてた時のヨナは、何というか…年相応の男の子だった。嬉しかったよ。あのヨナが普通の男の子みたいになってて」

「そう、言われてもな…。自分じゃ分からない」

「そっか。でも今のヨナは、気を張ってるせいかな、あんまり笑わなくなってる。まるで昔の無愛想な頃に戻っていってるみたいだよ? ワタシは、ヨナが笑う姿が好き。困ったり、呆れたり…。うん、ワタシはヨナが普通の男の子らしくしてる姿が好きなんだ」

「………」

「——でも、ちょっと寂しかった」

「寂しい? お前も一緒にいたろ」

「ふふっ、そういう事じゃないよ。その時じゃなくって、それまでの過程のこと。ヨナが変化していく中で、ワタシは関われなかった。離れ離れだったから仕方ないんだけど、そこはちょっと、あやねに嫉妬しちゃうな。なんて」

「リア…」

 思いがけない心情の吐露に思わず、隣に座るリアへと顔を向ける。だが、マグカップを口元に運ぶリアの横顔は髪に隠れ、窺うことはできなかった。

「ふぅ——」

 早くも温くなり始めたマグカップの中身を飲み干すと、ゆっくりと息をつく。

「もしもの世界は、いくらでも考えることができる。でも、現実は一つだけだよ。ワタシたちはどんなにつらくても今を生きて、戦わなきゃいけない」

「ああ」

「そのためにも、アヤネはナイギに渡せない。そうなれば最悪の事態になることは間違いないから」

「分かってる」


「戦える?」

「勝つまでは」

「護り切れる?」

「救うまでは」

「帰ってくる?」

「……、ああ、ちゃんと帰るよ」

「そっか、そうなってくれたら。嬉しいな…」

 もたれかかってくるリアを、今度は拒むことはできなかった。

 出会いから今に至るまで、コイツとの思い出は夜ばかりな気がする。

 肩を見ると、月光で煌めく金の髪が目に入り、俺を見つめていた蒼穹の瞳が交差する。

「ヨナ、お願いしてもいい?」

「内容による」

「もう一回キスしよ」

「拒否権は?」

「いやだなヨナ…そんもの、あるわけないじゃないかっ」

 そこまで言ったリアは油断していた俺の頭を掴むとそのまま引き寄せた。

「おま——、っ……。………」

「———」

 聞こえるのは互いの呼吸音と心音。

 俺のものよりも強く、胸を打つ早鐘はリアから伝わってくる。髪に隠れていたが露わになるとその耳は真っ赤に染まっていた。

「——。ふぅ……、無理やりしちゃった」

「……今回だけだ」

「おやぁ、ヨナ。実は満更でも無かったり?」

「どうだろうな。分からない」

「そっか。じゃあ、いつか分かったら教えて。その時までは死んじゃダメだよ」

「元々、死ぬつもり何てないさ」

「うん、そうだね。…そうだった」

 

 二人きりの屋根の上。

 護るべき皆方には何事も起こることなく、気が付いた時には遠くの空が白み始めていた。夜が終わり、新たな一日が始まろうとしている。

「レギオン、来ちゃうね」

「本題までが長かったな」

「なんだ、気付いてたの?」

「そうでもなきゃ、お前が一晩起きてる理由が思いつかなかった。さっきの、キスしてきたのは突発的だったみたいだし…」

「アハハ…、つい熱情が抑えきれなかったのさ。でもほら、ヨナだってこんな美人に迫られて悪い気はしないだろう。うんうん、こういうのをwin-winの関係っていうんだね」

「さて、どうだろうな」

「えぇ~、ヨナたら素直じゃないんだー」

「お互い様だろ。で、レギオンのことで何かあるんだろ」

「そうだね。ねえ、ヨナはレギオンと戦ったら勝てる?」

「何があっても無理だ。正面からもちろん、不意打ちで無防備のアイツに全力を打ち込めたとしても無理だろうな」

 それが現状の実力差。

 例えシエの力を借りて聖槍を手にし、倶利伽羅を万全な状態に持って行けたとしてもなお足りない。次元が違う。

 レギオンの正体が話に聞く通り、『巫女』への憎しみによって集った数百万の魂の集合体だというのなら、異能へと反映される『界燐』の総量はまさに桁が違う。

 手の内にあるマグカップ、これで海の水をどうこうすることはできない。アレが相手ではどうあがいても力でねじ伏せられる未来しか見えない。


「前のはあっちも様子見だった。奥の手は受けてくれたが、今度はあり得ない。皆方の命を確実に狙ってくるだろうな」

「彼等にも困ったものだね。『巫女』を抹殺したところで彼等の世界は戻らない。それに成し遂げたところで何一つ得られるものはないんだけど」

「そういうものじゃないんだろうさ。それはお前も分かってることだろ」

 俺たちだってナイギを潰すために命を懸けている。

 それはレギオンの復讐と同様。どう言い繕おうが他者の命をもって遂げるものである以上、そこには正義なんてものはない。

「いやいや、同じじゃないさ。だからワタシは彼等に嫌われてるんだしね」

「そう言えば知り合いだったな。聞いても答えないから放置してたんだった」

「ちゃんとレギオンの正体は教えたじゃないか。ワタシ自身との関係はさらっと流しただけで」


「それが問題なんだよ。で、話を振ってきたんだ。今回は教えてくれるのか?」

「もちろんそのつもり。上手くいけばレギオンも倒せちゃうかもだ」

「へぇ…。それ、信じていいのか?」

「嫌われるのにも理由はあるのさ。それも結構大きなものでね、前回姿を見せた時に殺されなかったのはそこそこの奇跡だね」

「…お前な、そんな危険な状態になるの分かってたなら前線出てくるなよ。お前に死なれたらどうしようもなくなるんだぞ」

「えへへ、だってそんなこと言ったらヨナ怒っちゃうし」

「当然だろ。ったく…」

 悪びれもせず小さく舌を出して自分の頭に手を置いている。リアがやるとわざとらしいポーズでも、ちゃんと形になるのだから美人は得だ。許してもらうために容姿をフル活用している。

 間違いなく反省のはの字もない。が、今そこをつついても意味はなく、その元気もない。


「で、倒す方法は? なんにせよ、レギオンをどうにかしないとナイギ以前の問題だ」

「じゃ、ヨナにだけ特別にワタシの秘密を教えちゃおう。これまで一度も喋ったことのない、ワタシの秘密」

「へぇ…」

「む、なんだか興味なさげじゃない? これまでのらりくらりと躱してきたワタシの秘密だよ? とっても重要なものだと思ったりしない?」

 少し不貞腐れたように頬を膨らませたリアは年端も行かぬ少女のようだった。初めて会ったあの夜から、内面においての変化はあまりないのかもしれない。

「そう言われてもな、これまで散々適当なこと言い続けてきただろ。信頼性ってやつが欠如してるんだよ。大げさに言っといて大したことない。なんてのが俺の中で一番の有力説だ」

「へぇ、そんなこと言っちゃうんだ。ふっふん、なら今から話すことは驚くと思うよ」

「ずいぶん、自信あるんだな」

「まあねっ」

 言葉の勢いのままに立ち上がると、明けはじめた空へ向かって腕を広げる。

 まだ薄ぼやけた日光は暖かくもない筈だが、そういうことは関係なく、光を一身に受けたいらしい。

「それじゃ、教えるね。ワタシの秘密、……ワタシがどこから来たのか」

「ああ」

「うん…、えぇっとね。ワタシは——」

 こちらに振り返って様子を窺うリアはどことなく不安げで、言い出す言葉は喉元でつっかえながら、少しずつ。

 少しずつ、彼女は俺へ自身の秘密を打ち明けてくれた。


・ジンとユーリ

 男二人なのでやはり真面目な話もどこかへ飛んでいってしまいます。普段の二人であればこのままユーリがはぐらかし切るかもしれませんが、ジンの成長とイユラの存在によって彼等の関係性にも変化が見られます。


・リアとレギオン

 一度目の戦いでも知り合いらしかった二人ですが、そろそろその辺りの話も触れられそうです。


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