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四方総界縁起  作者: くろよ よのすけ
47/100

47.彼らと、彼女たちの関係①


 姉上に着いて行った先、そこには明かりの消えた一軒家。

 一目で見た時の印象として、外見は綺麗だが生活感はあまり感じ取れなかった。人一人住むだけなら何の支障も無いように見えるが、姉上のことだ。食事と睡眠の場所くらいにしか活用していないのだろう。

 と思っていたが、部屋の中身は想像よりも女性らしいというか。可愛らしい小物がちらほらと目についた。


 その中で——

 オレは姉上の部屋に放り込まれ、何故かその場で飯を食っていた捜し人でもあったジンと共に正座をさせられていた。

「ったくよぉ…、勇んで『総界』くんだりにまでやってきたってのに、苦労せず目的達成だぜ? オレのやる気を返してくれってなもんだ」

「黙れ、誰も貴様に助けなど求めてはいない。勝手に来ておいて文句を抜かすな。器が知れるぞ」

 二人して正座のまま待たされること三十分。

 最初はお互い黙っていたが、口火を切った先は文句の言い合いだ。

 『総界』に来る目的の一つであった、ジンは姉上に連れていかれた先ですぐに見つかった。てか一緒にいたのかよ。

 人間万事塞翁が馬、良いことも悪いことも予測できねえもんだな。…ふっ、ダメだ。嫌なことの比重が高すぎる。


「んなことお前に言われなくっても分かってますー。オレはオレで色々考えてるんですー。お前みたいに現場にばっかり出るタイプじゃないのー」

「馬鹿を抜かせ! 貴様は貴様で好き勝手に動いては負債を他者に押し付けるようなことばかりだろう! ナイギの為に死力を尽くすこちらの気苦労など知ったことあるまい!」

「はあー、知ってますー。お前が知らない所で頑張ってますー!」

「ならばその姿を下のものに見せる努力をしろと言っている。次期党首を名乗るなら規範となり、模範となる行いを常日頃から心掛け——」

「テメエみたいに圧かけまくってるよかずっとマシだと思うがね——」

「なんだと!? 貴様はいつもいつも——」

「ほっほぉ! オレとやろうってのか? ああいいぜ何度でも返り討ちに——」

「喧しい」

「「………はい、すみません」」

 正座姿のまま言い合っていたが、姉上が現れるとともに放たれた鶴の一言によって一瞬で静まり返る。ふっふふ…、ジン。お前も姉上の恐ろしさをすでに体感しているらしいな。

 孤独というものは皆で乗り越えないとな…。やめよ、言ってて悲しくなってくる。


「さて、静かに待っておれと言っておいたはずであるし、放っておいても構わんが…、喧しいとなると話は別だ」

 ようやく姿を現した姉上はさっきまで着ていたスーツ姿から変わり、ラフな部屋着に変わっていた。

 見られることなど何も気にしていないのか、下着姿の上にシャツを羽織っただけのもの。おいジン、オレたちゃ男として見られてねえぞ。


「それで、ボク達を並べて何の話だ。鍛錬の時間を奪うほどのものなんだろうな」

「ば——ッ、このジンッ! 馬鹿っ、マヌケ!! その口の利き方はどういう——」

「喧しいと言った」

「はい…ごめんなさい」

 なんだってんだよぉ、オレだって気を使ってるのに扱いがぞんざいではないか? 姉上はあれか、ジンとかヨナギみたいなのが好みなのか? 

 ……はっきり言い返してくる年下、みたいな? ちょっと生意気なところにキュンと来てしまうって感じかね。オレも年下ではあるがやったら間違いなく殴られるな。


「もうよいか?」

ベッドの縁に腰かけ、オレ達を見下ろす体勢となった姉上は足と腕を組み、いかにもな態度だ。正座しているオレからは見上げる形となって、ガキの頃の視点となってしまう。

「へ? あ、はい!」 

 おかげでもう精神状態はひっどいものだ。記憶がフラッシュバックしまくる。

「……? 貴様、さっきから一体どうしたと——」

「ならばよし。ユーリ、お主を連れてきたのは他でもない。お主の欲しがっている真実とやらをくれてやろうと思ってな」

「…へぇ? どういう風の吹きまわしだ」

 出来すぎた話の前では浮足立った心も冷静になる。

「まさかそこまでお膳立てしてくれるとは恐れ入った。見返りに何を求めるって?」

「ようやくらしくなってきたようじゃな。先ほどの姿は見ていて哀れになる」

「…。言ってくれるなよ。それで、何の目的があるって? オレを駒に据えるってことはヨナギ・アマナとの同盟は決裂するんじゃないのか? いやそれで言うならジンがいる時点で裏切ってるようなもんか」

「同盟というほどではない、ヤツと交わしているのは契約だ。互いは互いの目的の為に、協力可能な範囲で動いているだけに過ぎん。『前回』もお主とは争っておらぬであろう」

「…『前回』ねぇ。悪いが、憶えてねえんだ。どうにもヨナギには負けたらしいとは聞いてるけどな」

「ふむ、それよ」

「あん?」

 コチラを指差し、息をつく姉上。

「その記憶を戻さぬことには始まらぬと言っておるのだ。敗北を知らぬお主がいた所で二の轍を踏むだけだ」

「言いたいことは分からないでもないが、記憶なんてもんどうやって戻すつもりだ? 第一、オレはこれまでずっと『崩界』にいたんだぜ? ジンの野郎が姿を消したから疑問を持ったが…」

「なんだと? 貴様、本当に憶えてないのか? 『楔』を用意する代わりにラゥルトナーの従者をおびき寄せる計画を立てたのは貴様だったろう」

「憶えてねえ。が、…知ってはいる。おかしな感じだ、見た覚えのない絵なのに、構図まで把握しきってる。気色ワリイな」

 おかしなもんだ、オレはジンに対してそんなことを話してはないし、第一ラゥルトナーの従者なんて娘は知らない。おびき寄せる理由が——。なんでオレは従者が娘だと知ってる?


「………」

「やはりお主は適性が高いということか。世界を渡る素質を持っているだけはある」

 悩むオレの姿を見て一人納得する姉上だが、答えとやらはまだ口にしないつもりか。順序からして記憶を戻すのが大前提ということか。

「それで、どうやって戻すって? 御当主様と旦那はすぐに思い出す。なんて言ってたが、そこにアンタが現れた。ってぇことはなんだ? 実はオレの知らない所でずっと繋がってたのか?」

「馬鹿を言うな、レイガン殿もホロウも、吾が生きておる等知るはずも無かろうし、知っておったところで興味を持っておるまい。邪魔をすればその時、とでも考えておるのだろう」

「なるほど、そりゃあそうだ。あの二人ならちげえねえ」

 他者に興味のない、行ってしまえばオレ以上に人の上に立つのに向かない連中だ。

 次期当主が一人いなくなったところで、変わりがいるなら問題ない。むしろ面倒事が減るならそれでよし、なんて旦那は考えるだろう。

「じゃあ偶然か、はぁ…。マズったなぁ、興味本位でヨナギの様子なんか見にいくんじゃなかった。でなきゃあ今頃夜道をのんびり散歩して———」

「今からしてくるか? 吾は構わんが」

「…いえ、いいです。わー、久しぶりに会えてうれしいなー」

「そうか、ならば吾の頼み事も聞いてくれるな?」

「うげ、いやそれは内容による部分が大きいと思うんだが」

「なに、そう心配するほどではない。代わりにユーリ、お主の記憶を取り戻してやる。その後に一つ、吾の頼みを聞き届けてくれれば構わん」


「………」

 頼みを一つだけ。

 こういった類の話は危険だ。特にオレ達のように力を持った者同士の交わした約束というものは小さなものであろうとも契約として縁が出来る。

 魂を縛るのだ。それは呪いとして身体を蝕むかもしれないし、『四方界』による攻撃をより強固なものとするかもしれない。

 契約を全うすれば問題ないともいえるが、その契約内容が後出しになっている今、オレの記憶を先に戻されたあとに無理難題を吹っ掛けられても文句が言えなくなる。

 なぜなら姉上からオレへの契約は完了している。

 あとはオレの方が契約を果たすまで、姉上はオレに対する優位権を獲得するのだ。ここで首を縦に振るのは危険すぎる。


「そちらからの頼みごとの内容は? それが聞けない限り、例え記憶を戻せるのだとしてもオレは手を貸せない」

「フゥ…、疑念の強い男になったものよ。安心せい、お主なら何ら難しいことではない。吾がお主の記憶を戻したのち…、『巫女』の記憶を戻してくれればそれでよい」

「……『巫女』の記憶だと?」

「待てイユラ、それに何の意味がある」

 たまらずジンが口をはさむ。だがその質問には同意せざるを得ない。あまりに理由が見えないからだ。つい名前で呼んでしまった。


「理由はお主らには関係もない。ただ単に吾の個人的理由よ。ただ、吾は夜凪との契約で緊急時にしか『巫女』と接触できないようになっておる。第三者に頼らねばならぬということだ」

「それはラゥルトナーに与することになるのではないのだろうな。であるならば僕は許さない。差し違えてでも止めるぞ」

 黙っていられないとジンが身を乗り出すが、肩口を引いて戻す。真面目なのはいいが、すぐに熱くなりやがる。

 両目がダメになってるっていうから少しは大人しくなったかと思ったが、狂犬っぷりは変わってないみたいだな。

「お前はお前で短絡的すぎんだよ、ちょっと黙ってろ。それで、そこのところはどうなんだよ」

「ラゥルトナーへの協力につながるかどうかであるなら、心配せずともよい。吾は夜凪と契約を結んでおるが、それはあくまで私的な物。『巫女』を護るために取り交わしたものであり、手を組むとは少し趣が異なる」

「つまり、そこにラゥルトナーは関与してない?」

「その通りだ。あちらも把握はしておるが、どうすることも出来ぬよ。アチラはアチラで戦力が足りているというわけでもない。吾のようなはぐれ者と契約を結んでおるようにな」


「……ならなぜ、『巫女』の記憶を取り戻す必要がある。おまえができることならラゥルトナーにも可能ではないのか? だが、奴らはそれをしていない。この場においてわざわざ記憶を戻そうだなんてしているのはおまえだけだ。…何の意味がある」

 今度は勢い任せでなく、落ち着いた素振りで問いかける。無いはずの瞳はまっすぐに姉上を貫き、互いの視線は正面からぶつかり合った。

 十数秒、沈黙が続いたが姉上が根負けしたらしい。というよりも話した方が速いと判断したのか。

「『巫女』を救うため、それ以外の理由はない。ジン、お主は実直な男だ。ゆえにはっきりと言っておこう。断じてラゥルトナーのためでも、ましてやナイギの為でもない。」

「なに?」

「これは吾の為の行動だと言っている。そして『巫女』の為の…」

 最後の言葉を口にした時一瞬、愁いを帯びた瞳を浮かべたが、瞬きの間に元の力強い瞳に戻ってしまった。

(十年前の失踪から何があったんだか。姉上があんな顔になるとはな)

 少なくとも、オレの知る彼女からはずいぶん人間臭くなったみたいだ。まさか他人の為に動くような人間になるだなんて、来世にでもならなければ不可能だと思ってたんだが。

「…ユーリ、断れ。例え僕達に不易はなく、得をするのがイユラだけであったとしても何かある。嘘は言っていないだろうが隠し事が多すぎる。父上とホロウ様が記憶が戻ると言ったなら、今ここでイユラに頼る必要はない!」


 たしかに、まあそうなんだが。

『己が心の向くままに、進むべきと感じた先へ邁進し続ければそれでいい』

 なんとも、善性の人間が言いそうなことを言いやがって。

 なぁ御当主、どうせアンタは姉上が生きていたのを知っていたんだろう? その上で放っておいたんだ。彼女がオレに接触すると分かっていたから、それこそが運命ってな。

 そして、そこまで分かったうえでオレに“ヨナギと巫女”の誘拐なんて頼んだんだ。

 どこまで先を見てるのは分かったもんじゃないが——。

(乗せられてるのは癪だけどな、いいさオレはオレでやるって決めたんだ)

 いつまでも手の平で操ってられると思うなよ御当主。成り上がりではあるが、オレは一応次期当主だ。いい加減アンタをあの椅子から引きずり降ろしてやる。

「いいぜ乗ってやる。ただし、何処まで思い通りになるかは知ったことじゃないけどな」

「ユーリッ!」

 それは、ここに居るものといない者への宣戦布告。

 おまえたちが好き勝ってやるというのなら、此方も我を貫かせてもらう。こっちをおちょくってきやがるその腕ごと喰らい付いて噛みちぎってやるよ。


「——そうか、断るかとも思ったが。…ならばよい」

「ユーリッ、分かっているのか。このままいけばただ利用されるだけだ!」

「っせえなぁ。そう焦るなよジン、ただで使われるつもりもない。オレはオレで考えてんの」

「…チッ」

 拗ねられた。仕方ねえ、あとでご機嫌取りでもしてやらねえとな。

 それにしても、オレが了承した時の姉上の声音、ありゃまるで安堵したかのようだった。『巫女』とどういう関係なのかは知ったこっちゃないが、調べておいた方が良いかもな。


「じゃ、話は決まりだ。そっちはオレの記憶を戻す。オレは巫女の記憶を戻す。いいよな?」

「ああ。それでいい。これで契約は成立である」

「ってわけだ、ジン。お前はイヤかもしれんが、見逃してくれ」

「…もういい、貴様に合わせていてはやってられない。もう勝手にしろ」

 腕を組み、顔をそむけられた。見るからにわかりやすい、言動ともに勝手にしろ、だ。

「ハッハッハ、じゃあそうさせてもらうさ。で、戻せるってんならササっと戻してみてほしいんだが…どうやるんだ?」

 結んじまったもんは仕方ない。なら特典はさっさと貰っちまっておきたいな。

「ああ、そうじゃの。手を出せ」

「手?」

「ほら、はよう出せ。手の平を上にな」

 言いながら立ち上がると出口の方へ向かったかと思うと、電気を消した。

 こっちは暗がりの中で言われたとおりに手を差し出しているわけだが、何か道具でもくれるってのか?

「お」

 考えていると姉上の方から手を重ねてきた。

「………」

「…………で?」

「辛抱のない奴だ。もうしばし待て、吾とて我流。あくまでラゥルトナーの持つ魔眼の機能を『四方界』によって再現しようとしているにすぎん」

「それスゴクね? 本当に戻せんの?」

「時間はいくらでもあったからな。見様見真似よ、あと黙っておれと言った。…目を閉じて集中せよ、これまで感じた違和感、体感したことの無い記憶を拾い上げよ」

「……ああ」


 目を閉じ、違和感を感じ始めた朝から今日にいたるまでを洗い流す。

 ジンの行方不明、会ったことの無いヨナギとの死闘。

 思い返せばいくらでも記憶が欠落しているはずだというのに、その穴は埋め立てられていて疑問に思うこと自体避けていた。

 これが『巫女』の力だというのなら何とも厄介なことだ。今回、いや『前回』か。オレはヨナギに敗北した。知っているはずのことを忘れ、知らないはずのことを覚えている。

それによって保たれていた“今”とやらも、これで終わりだ。

「じゃ頼むよ、真実とやらを返してもらうぞ」

「よし…それでよい……」

 集中が深くなると、姉上は空いた方の手をオレの頬へそっとあてがうと、そのまま額同士を合わせる。

 互いの体温と鼓動が触れた部分から伝わるが、それら以外にもう一つ。

「…四方、展開……」

 落ち着いた声と共に、ほのかに『界燐』が姉上の身体から放出される。

 ゆっくりと、触れ合った額同士を通じて体温が伝わるとともに姉上の『界燐』がオレの方へと流れ込んでくる。

「流れる感覚を掬い上げろ。場面を繋ぎ合わせ、己を構成する精神を取りもどせ」

「ああ」

 瞼を閉じた暗闇の中、そこに見えるものはない。

 だが、光が差し込んでいる。それは姉上から伝わる『界燐』であり、オレの知っているはずの知らない記憶だった——。

 断片的に映る戦いの記録、ヨナギの覚悟を目の当たりにしたオレの敗北の光景は、記憶を呼び覚ますには十分だった。


「あー…、戻った。と思う、多分」

「そうか、ならよい。ふぅ、思いのほか疲れるな。おかげで湯を浴びたというのに汗をかいてしまった」

 額を離した姉上は浮かんだ汗をぬぐい、息をついている。

「映った記録、ありゃ姉上の見た景色か?」

「なぜそう思う」

「そりゃあ、視点が第三者だったからな。オレはオレ自身の目で自分の背中を俯瞰で見たことは無い。ましてや聖槍で地面に縫い付けられたところなんて自分で見ることあるか?」

「ないな、だがお主なら首を跳ね飛ばせば可能であろう。運ぶ人間が必要だが」

「やだよそんなの。流石のオレでもくびちょんぱは今のところないわ」

「なら僕がやってやろうか」

「なんでそうなる。苛ついてんのは分かったからちょっと黙ってろ」

「しかし、本当にすべて戻ったのか。あくまで吾視点の記録を映すことで記憶を戻す術を取ったが、まさかここまで速いとは」

「ま、オレは天才ですからね。切っ掛けがありゃなんとでもなりますよ」

「…ならヨナギの従者についてどう思——」

「分かる!? シエちゃんいいよなっ!! 存在が魂レベルで可憐だもん、あれかね、墜天子ってのが儚さとかかわいさってのを高め極めてんのかね。それでいて芯が強くってヨナギの為に命を懸ける覚悟もある。そして実行する胆力もな。オレはずいぶんと嫌われちまったみたいだがまだ諦めちゃいないぜ。どうしようも無くなった時はその時で…ああ、シエちゃんがヨナギと幸せそうにしてる姿が見られればそれで満足さ、へっ。あの子の覚悟、目の当たりにしてオレの心も揺らいだぜ。生まれてきたこと自体が奇跡の存在が、奇蹟を創り上げたんだ。…あれは、負けて仕方なかった。…いや勘違いするな? 墜天子という希少性とか境遇に同情したとか一切ないからな。もうなんだ、シエちゃんに対しては一目ぼれとしか言いようがない。他の娘たちを落としたりすることはあり得ないが、それとは別に、恋……しちまったぜ。…へへっ。おまえらにも、いつか分かる時が来るだろうさ。けどそこにはオレとヨナギが立ちふさがるからな。覚悟しとけよ!」


「………」

 残ったのは聞くのではなかった。過ちだったという後悔のみ。それも人生において上位に来る。

隣で座る青年はそれまで感じていた状況に対する苛立ちを忘れ、表情からは感情が抜けている。さっきまで持っていたはずの苛立ちは、コイツの馬鹿さを忘れていた自分に対する怒りへと変換された。

 もう一人の女しかめ面を浮かべながら煙管を用意し始めた。すぐに吸い始めないのはこの部屋が禁煙であることを残った理性で思い出すことに成功したからか。

「イユラ、斬っていいか」

「せんでいい、吾が撃つ」

「え、ちょっとなんでそんな話になってんの?!」

「「おまえ(お主)が何より気色悪い!!」」

 やはりこいつは一度締めておいた方がいい。イユラと意識を合わせると二人同時に攻撃に躍りかかった——。



「先ほど、記録を映した時に『巫女』の記録も同時に写し入れておいた。こちらは準備済みであるがゆえ、お主が『巫女』と接触さえすれば自動で術式は展開される」

「ってぇ…、容赦なさすぎるだろ…」

「返事は」

「はいっ、約束は守ります! …とはいえ今のオレが『巫女ちゃん』に近づいたらヨナギか、シエちゃんにはすぐバレちまうぜ。そうなりゃ一発でサヨナラだ。何か策はおありでしょうかー?」

「そんなものは自分で何とかせい。吾はもう契約を完了しておる故な、あとはお主の努力次第よ」

「はあ、そりゃそうなりますよねー。つっても『楔』の一つもないからなぁ。まずはそっからか」

「なんだ、持ってこなかったのか? どおりで消えかけているはずだ」

 オレの肉体は、この家に掛けられた結界のおかげで一般人くらいの強度は取り戻しているが、それでも戦いとなれば役立たずだ。『四方界』を満足に使えないのは不便だね。オレの熱い思いを伝えたら二対一でボコボコされちまうんだから。

「これでも大分マシだぜ。ここに来るまでは歩いてると心臓止まってたからな」

「……不死身と言うものもあまり羨ましい物じゃないな…」

「だろー? だから戦いに行ってこいとかは無理だぜ。まず『楔』作んねえとなんともならない」

 あれは『四方界』で作ってるから時間さえあればなんとかなる。問題は気を抜くとラゥルトナー側にオレの『界燐』で存在がバレルかもってとこか。


「努力次第と入ったが…なに、『巫女』への接触。そういう事なら心配はいらぬ」

「お、何か手段が?」

 なんだよ姉上、流石に手は用意してたわけだ。そりゃそうだ、オレが来なければジンにさせてただろうし、いくら何でも無策ってわけでもないだろうさ。

 非常に怖いがオレの血を分けた姉だ。生半可な奴等とは一線を画しているということさ。

「来週、レギオンが来る。その時であれば護りも手薄だ。消えかけのお主なら問題あるまい」

「え」

「なんだ、聞こえないふりか。なら納得するまで何度でも口にしてやろう。来週の今日、レギオンが『巫女』を狙って攻め入ってくる。ラゥルトナーはレギオンとの戦闘で『巫女』につきっきりとはいくまい。その時であれば透明人間のお主は『巫女』の元へ接触可能。何の問題も無いな」

「あのぉ…、もしもレギオンの攻撃がオレの周囲を巻き込むほどのものだった場合、助けていただけたりはするのでしょうか、なあんて…ハハっ…」

「む、それもすでに口にしたであろう。努力次第、うむ。誠心誠意、交わした契約を全うするよう全力を尽くすように」

「………なぁ、ジン」

 助けを求めるようにジンへと目を向けるが、コイツはコイツで何やら納得していた。

「『崩界』のためにも、『巫女』が死ぬことを許容することはできんが、貴様なら死んでも死なんだろう。もし『巫女』がレギオンによって死亡の危険にさらされた時は身を挺して守れ」

 そうじゃねえ、一緒に行ってくれっつってんだよこの馬鹿っ!

「では決まりじゃな。ああ、契約が終わるまでは逃げられると思うな?」

「あ…、はい……」

「うむ、ではの。寝るときは空いている部屋を使え。家の敷地内であれば生きているだけで死ぬこともあるまい」

「別に死にゃあしないですとも。ただ死にかけてるだけで」

「なら出て行くのだな。契約を忘れるな」

「あー…、すいません。しばらくいさせていただきます…」

「うむ」

 話は終わったと、満足そうに煙管を指で弄びながら部屋を出て行く姉上。

きっと一服しに行くんだろうな。あ、じゃあイライラしてるときはヤニ切れかー。

「くそぅ、はめられたぁ…っ。てか『巫女ちゃん』の記憶戻せなかったら撃たれるじゃん、背中から」

 非常に怖いことにオレの血を分けた姉だ。生半可な奴等とは一線を画しているということだった……。


・ユーリの記憶

 イユラは皆方に接触できない分、各周回における記憶を保管しています。そのおかげでユーリも元通りとなったわけですが、あくまで第三者視点の記憶のためユーリ程度に理解力が高くなければ脳が混乱を起こすかと思います。


・ユーリとジン

 崩界では喧嘩ばかりでしたが、ジンに落ち着きが戻って来たので会話が成り立ってきています。男二人の馬鹿話などこんなものではないでしょうか。


・イユラ

 多分この作品で一番面倒くさい女です。

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