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四方総界縁起  作者: くろよ よのすけ
43/100

43.幾度目かの日常③


「おはよ夜凪くんっ、…あれ、シエは?」

「行くぞシエ、皆方が待って——。……皆方、少し待ってろ」

「え、うん」


 手で合図して家の中へ踵を返す。

 そこには学生服のまましゃがみ込んで縮こまった灰色の少女が一人。

 玄関ドアを開いた時に秋風が入り込みはしたものの、まだ冬眠には早すぎるし、いくら寒いからと言って柱にしがみ付いたりはしない。


「いくぞ、シエ」

「分かってはいるのですが…か、体が言うことを……」

「何がそこまで嫌なんだ、とりあえずやってみればいい。ほら行くぞ、抵抗したら首根っこ掴んでくからな」

「うぅ…っ、ヨナギ様、少々お時間を、まだ早いです、まだ時期尚早というもので…っ、こ、心を落ち着かせる時間をいまいちどーー!」

「いってらっしゃーい、放課後を楽しみに待ってるよー」

 実に楽しそうな声に送られながら、シエを引きずって皆方と並び歩く。シエの様子をみて驚いてはいたがすぐ気を取り直して学校までの道を三人で進む。


「と、いうわけだ」

「……あはは、そんなに苦手なんだ…」

 昨日からの出来事をかいつまんで話すと皆方も納得したが、それでも苦笑は浮かんでくる。今のシエの姿を見れば致し方ないとも思うが。

「ガ、ガンバリマス…」

「そんなに心配しなくっても大丈夫だよ。ちゃんとシエが出来るレベルから順番に進めるつもりだし、もしもそれでダメならその時はまた一緒にいい方法を考えよ。ね?」

「アヤネぇ…、すみません私がふがいないばかりに…」

「誰にでも苦手なものはあるよ、シエの場合は勉強だっただけで。それに、その分スポーツできるし、家事も完璧。っていうのは素直に羨ましいな、もちろん相応の努力の成果だから羨ましいっていうのもおかしな話なんだけど」

「そうなのですアヤネ…。私はヨナギ様とリア様の為、この身を捧げる所存です。お二人が幸せに不便なく過ごしていけることこそ私の理想——」

「え、あのシエ? 急にどうしたの」

「言わせてやれ、オチは見えてる」

「あー、うんまぁ」


「ですのでアヤネ、やはりお二方の為に数学という学問を納める必要は——」

「あります」

「………英語も——」

「必要です」

「……ですが化学と言うものは普段目に見えるものでは無——」

「よし今日もがんばろー! おー! ほら夜凪くんもっ。おー!」

「…おー」

「…ううぅ……」

 皆方に腕を取られ天へ向けて意思表明、反対に地面に膝をついてるのが一人いるが、それはもう自分で乗り越えてもらうしかない。

 なまじ生真面目が過ぎるとこうなるのか。しかもシエだからな、掛かる重圧は如何ほどか。

「ほらシエ立って立って。大丈夫だよ、この彩音先生に任せなさい。今まで勉強したことの無い子でも私にかかればなんとでもー、ってね」

「なんだ、カンニングのやり方でも教えてくれるのか?」

「はいそこ、おかしな発言は控えなさい。というか夜凪くんも生徒なんだから先生の言うこと聞かなきゃダメだからねっ」

「分かった分かった、だから指を突き付けてくるな」

 気合十分な皆方に押されつつも、そう悪い気はしない。

まあ俺はほどほどに付き合うくらいだ。別にテストの成績など気にしたことも無い。


「だから夜凪くんには罰ゲームを用意します」

「は?」

「どうせ成績なんてどうでもー、とか思ってるだろうからね。ノルマに到達しなかったら罰ゲームってことで」

「…一応聞いとくけど内容は?」

 問われた皆方はニヤリと不敵に笑うと、すごくいい笑顔でこう言いやがった。

「これから夜凪くんのことは“ヨナくん”って呼ぶね」

「———」

「というわけで——」

「待て待て待て、それはイヤ…ダメだ。心の底からお断りだ」

「なら頑張らないとねー。あ、この呼び方って実はリアさんに許可が必要だったり?」

「いらない、何故なら俺がハナっから認めてないからだ」

「ならいいね。じゃあそういう事で、夜凪くんも罰ゲームが嫌なら頑張らないとねっ。あ、ヨナくんかー」


 勝ち誇った笑みを浮かべ、さっさと先に進んで行く皆方の背中からは

「くそ…っ、参ったな……」

「ヨナギ様、ヨナギ様…、どうしましょう……」

「非常に気にくわんがやるしかないみたいだ、なんとしてでもあの呼び方はダメだ」

「そう…ですね…。はい、シエもお供いたします…」

「ああ、どうにもやるしかないらしい…ッ」

 まさか皆方め、俺たちを此処まで苦しめる術を編み出していたとはな。油断してはいられないってことか……。


「えーと…、その、そこまで構えられると流石に私もびっくりなんだけど…」

「見てろ皆方、俺たちの実力をお前に見せてやる。そっちが罰ゲームなんて用意したんだ。俺たちがノルマ達成した時のことも考えてるんだろうな」

「え“、-っとぉ…?」

「そうか、楽しみにしとけ。しっかり考えといてやる」

「でででも、教えるの私なのに罰受けるのも私っていうのはどうかなぁ!?」

「頑張りましょうヨナギ様、私もようやく覚悟が定まりました」

「ああ、やると決まった以上、手を抜くなんて教え方した覚えはないからな。やるぞシエ」

「ハッ!!」

(………とんでもないスイッチを入れてしまったような気がする…)


 皆方、今更後悔しても遅い。

 巫女だ守護者だの関係あるか。なんとしてでも余裕見せつけたことを後悔させてやる。

「よしッ、そうと決まればまずは学校行くぞ。分からなかろうが聞かないよりはましだ」

 なら向かうは学校だ。

 だが、授業などまともに聞いてすらなかったからな。一旦自分が分からない箇所を把握するところから始めないと何ともならない。

 分かる所が無ければ分かる所から始めて積み上げていくだけだ。

「は、はいっ! 分からない箇所はメモに記し、あとでアヤネに確認を取りましょうっ」

「ああ…、いくぞ!」

 ここまで学校へ向かう足取りが力強かった時がこれまで会っただろうか、いやない。

 分からなければ皆方が教えてくれるというのだ、精々協力してもらうさ。


「やっぱり…、何かおかしい気がする……。あ、ちょっと置いてかないでよ~」

 一人取り残されかけた少女は、釈然としないままに二人の背を見つめていたが、ハッと気づいて二人の後を追っていく。

 追いついてからは三人で並び、友人同士が語り合うような、実にほほえましい光景が繰り広げられていた——。


  □ □ □


 ——そして、影よりその光景を見つめる者達がいた。

 数は二人、一人は女でもう一人は男だ。建物の影に半ば同化するように隠れている彼等はその周囲を歩く学生たちにさえ気づかれることは無い。ほんの一メートルも離れていない距離を通り過ぎる者もいるというのにだ。

「で、お主はどう見る?」

 先に口を開いたのは女。傍らに立つ男に語り掛けるような口調はしかし、呆れたような色合いも含んでいた。

 そしてその言葉は男以外に届くことは無いらしい。無視されているわけでもなく、周囲の学生たちは本当に彼らの存在に気づいていなかった。


「どう見るかだと? ふんッ、それなら何も見えないと答えてやる」

「フゥ…、そう我儘を言うでない。質問の意図が分からぬわけではあるまいよ」

 まるで反抗期の子供を相手している気分だ。そこいらをゆく学生でさえここまでのものはおらぬだろう。とはいえ、存在を論じるというのなら彼らも彼らだが。

「こちらの質問ははぐらかすおまえが、自分の質問には全て答えろとでもいうつもりか? ふざけているな」

 なんの話を振ったとしても、どうにも反抗してくるのが少々厄介と言えばそうであろう。

 実りのある会話には至らず、返してくる言葉は予想しやすいから意外性もない。


「だからそう意地を張るな、何も見えぬというなら仕方ないであろう? お主が弱かったからという答え以外に返答のしようもない」

「——チッ、ならなぜ僕を助けた。役に立たないというのなら捨て置けばよかっただけのことだ」

 これだ、人間というものは卑屈になるといけぬな、つまらぬ会話しか出来ぬようになる。

「そうじゃの、救った理由を聞きたいのであれば。まずは先ほどの答えを返してもらおうか。ぬしは彼奴らをどう見る? 友人同士の語らいか、女を侍らせた軟派者か」

「………ッ」

 隣から隠そうともせず放たれる殺気からすれば、苛立ちはもう抑えることを忘れてしもうたらしいな。吾の『四方界』が無ければ今頃ヨナギが飛んできておる。


「そうだな…」

 そしてそのまま十数秒が経った頃、重たい口がようやく動きだす。

 手が速い癖に口は動こうとしない所は吾の知るレイガン殿とそっくりだ。『崩界』である以上仕方あるまいが、もう少しまともに成長できぬものか。

「おまえが口にした二択の内ならば前者だ。ヨナギに他意はない、世界から割り振られた役割に徹するため無理を通しているわけではない。だが、何かを隠している」

「ほう? なにかとは?」

「記憶じゃない。関係性を完全に隠すつもりならば接触そのものを断つはずだろう。おまえの言っていた通りに世界が再構築される時、ヨナギには記憶の改ざんが行われないならば、だが」

 男、『ジン』にはすでにこの世界のルールは伝えてある。でなければ、助けてからいつまでも騒ぎ立てていたであろうから。

「嘘ではない。お主に吐く理由もないからの。『今回』の記憶改ざんからもわざわざ救ってやったというのに。何とも人を信じることのできぬ男だ。そこについてはヨナギに負けてないと認めてやろう」

「——斬るぞ」


 『前回』の記憶は吾も引き継ぐことができている。

 リアの能力を受けたヨナギとは違い、半ば偶然の様な形ではあるがな。しかし得られる恩恵は同じものなのだから過程を一々気にする必要もあるまい?

 そして、隣に立つジンの目には雑に包帯が巻き付けられていた。

 その下では『前回』ヨナギに敗北した結果、両眼を失ったという現実が隠しようもなく存在している。

 剣による傷は治療してやったものの、痕は残っておるし中身は空洞。その内義眼でも見繕ってやるか。ジンにそういえば悪態とともに断られることは目に見えているが。


「それが一度でも達成できておれば吾は死んでおる。口にするなら達成できる内容か、何があろうとも成し遂げる意志を持ってからにせよ。忍耐よりなにより実力が足りておらぬ」

「く…っ、忌々しい女だ。口が回る癖をして、やることと言えば陰に隠れて巫女を覗き見ることか? そういうおまえは奴等をどう見る『イユラ』。これまでただの一度も表舞台に上がっていないおまえは」

「稀には上がっておるが…ふむ、まあよかろう。ぬしの癇癪を抑えられるやもしれぬしな」

 このまま答えずに爆発されてもたまらん。

 恐らくレイガン殿はジンのことは死んだと思っておるであろうし、ここで存在がバレてしまうのは都合が悪い。

 この小僧にはやってもらわねばならぬことがあるからの。


「あの『巫女』の名は皆方彩音という」

「…それがどうした、そんな情報は知っている」

「そうはやるな。前置きと言うものがあろうよ」

 まったく、辛抱が足らないと後々痛い目を見ると思うのだが。いや、すでに目は無くなってしまっているわけだが。

「あの少女は世界の再構築の度に記憶を失い、その度に異なる立場となっては次に世界が再構築されるまで普通の生活を送る。ヨナギなどは“設定”といっていたか。あと”役割“とも」

「だからなんだという、巫女がどのような生活、人間性であろうが知ったことか。『崩界』が天へ至り、『纏界』を地へ堕とす為の機構にすぎん。貴様はずいぶんと入れ込んでいるようだが関係ない。慈善で救ったつもりかもしれんが、僕は必ず巫女を殺す」

「出来るようになってから口にせよ。話しの続きだが、なぜあの少女にそのような力があると思う?」

「…何をおかしなことを。巫女であること以外に理由などないだろう。世界の維持装置であり終末装置である存在が巫女だ。世界そのものに干渉する力がある以上、その力も当然大きなものとなるだけだ」

「ああ前提として間違ってはおらぬ。だが厳密にはもう数枚、“裏”がある。ナイギで知っておる者がいるかどうかは分からぬが、知られていれば問題となるな」

「それを、ラゥルトナーは掴んでいると?」

「隠し事が苦手そうなあの墜天子はどうか知らぬがな。ヨナギとリアは把握しておるだろうよ」

「…それは一体、…っ———なんだ…?」


 会話を遮るかのように一帯に鳴り響く学校のチャイム。

 それまで周囲を歩いていた生徒たちは姿を消し、今は確定した遅刻を一刻でも短くしようと急ぐ者が数名いるだけだった。

「悪いなジン、急用ができた。話しはここまでだ、頭を冷やしつつ自分の頭で考えてみるがいい。ではな、大人しくしておけ」

「なっ、貴様ッ! 何をバカげたことを!? 」

 こちらの話は終わった、なにやら後ろでわめいているがよかろう。

 目がなくとも拠点に戻るくらいは問題あるまい。短気ではあるが問題を起こさない程度の分別はある以上、子供の手を引いて帰ってやる理由もない。

「うむ、躾けがいがあるというものよ」

 手のかかる小僧ではあるがだからこその楽しみがないわけでもない。今は使いものにならなくとも、先がどうなるかは吾次第。

「ふっ、育てることに楽しみなどを見出す時が来るとはな——」


 吾ながらおかしなことを言っている自覚はあるが、これも心境の変化と言うものか。これまでヨナギくらいしか話し相手がいなかったことも原因のような気はするが。

 さて、吾は吾の役割を果たさねば。


  □ □ □


 一人取り残された後、手近に設置されていた公園の椅子に腰かける。イユラがいなくなった以上影に身をひそめたところで意味もない。

 第一、四方界を扱えない以上、『界燐』がラゥルトナーに感知されることも無い。不服ではあるが、ヨナギに見つからずにいるのはそのためだ。


 だが、いま最も心を揺さぶる事態があるならば——。

「あの女———っ、舐めた真似を…ッ」

 腹立たしい腹立たしい、怒りで腸が煮えくり返るというのならまさに今の僕だ。

自分から重要な話を始めておきながら急用ができただと? 無礼千万、なぜこのような仕打ちを受けねばならぬのだ。

「……くッ」

 いや、理由など明確過ぎるほどに分かっている。

 

 ——敗北した。

 あのヨナギという名のラゥルトナーの飼い犬に、完膚なきまでに。

 あの後、イユラが手を出さなければ僕は殺されていただろう。世界の再構築とやらも、イユラ曰くそれまでに殺されてしまえば意味はない。…例外も、あるにはあるらしいがそこははぐらかされてしまった。

 死者は死者のまま、塵に還り消失するだけということか。

「……せめて、目が——。…いや、今更言っても仕方ないことだ」

 光を永遠に失った瞳、包帯越しに触った指先に伝わる眼球には微妙な違和感がある。生まれてからこの肉体に持ち得ていたはずの世界を映していた両眼までは治りはしなかった。


『さもありなん、ヨナギ自らが斬ったのだ。アレはアレで瞳に宿っていた異能がようやく機能し始めたらしい。これまではラゥルトナーに自身の状況を伝えるためのものだったが』

『機能…? だと……っ』

 ヨナギから受けた傷の治療を受ける中、初めて出会ったあの女は勝手に話し始めた。

体は高熱を発する中で意識は朦朧としていたが、敗北による怒りによって何とか意識を保つことで会話を成り立たせていた。

『ああ、部分的にではあるが、ラゥルトナーは世界に干渉できる。アレらが異能を宿した瞳、ふむ…“魔眼”とでも呼ぶか。その魔眼は代々当主が引き継ぐものでな、異能としては世界の再構築の影響を受けぬ、と言ったところか』

『再…構、築……?』

 この時点で、僕は世界の規則と言うものを理解できていなかった。この世界、『総界』内部に居なければ体感できず、その瞬間に立ち会ったところで再構築後には記憶ごと書き換えられている。

 その魔眼とやらが無ければ、自分自身の生い立ちでさえ零から創りかえられる。なんとおぞましいことか。この世界でしか機能しないとはいえ、やはり巫女は危険な存在だ。


『そしてその魔眼の権能その一部をヨナギに与えた。『纏界』と『総界』、次元を超えた相手と意識と情報を同期するために。ヨナギの見た景色、感情、肉体の痛みといった情報がラゥルトナーへと、一方的にな』

 女はこちらの治療を進めながら、話し続ける。淡々と手を動かすのに飽きたから口を動かしている、程度のことなのだろうが、その情報こそ僕が知らねばならなかった真実と言うものに変わりない。

『その…魔眼を…、なぜあの男が持っている…っ。情報を送るしかできなかった、というが、その前、口にした…、干…渉をっ、受けないと、—いう…ものは——っ』

『異能の分配を増やしたのだろうさ。一割の機能しか与えられていなかったところに追加で数割増やした。そのせいかおかげか、ヨナギは事象を観測し確定させることのできる権利を得るに至った』

『……なにを、いっている…?』

 事象、観測の権利。

 血が足りない、理解に至ることができない。

『無論、—葉———よ、ヨナギがその目————は確定——る。何———死、——か…——。得——、———物。そして一番大きな—…——……らば、何一つ記——…わない……こ———ろか』

『——…っ』

 マズイ、何を口にしているか聞き取ることさえできなくなってきている。

 頭蓋には耳障りな雑音が響き渡り、光を失い暗闇であるはずの視界は朱く染まっている。喉が渇いて声を上げることも満足にできない。

『——く、そ…——っ、ぼ…く、は——っ』


 意識を失う直前、振り絞るようにほんのわずか意識が覚醒する。それまで雑音だらけだった聴覚は明瞭に女の声を聞き届ける。

『ああそうであった、最期の瞬間にはレイガン殿も参じられたらしい。再構築が成った以上は巫女を殺すことはできなかったらしいが』

 それは尊敬し、到達点でもある父上の名。何故この女がその名を知っているのか、何故事の顛末を知っているのか。

 理解には到底至らず、理由を知ったのは次に目覚めてからしばらく経ってからだった。


 

「………それも、本当に真実だとは限らないが」

 あの後、世界の再構築に巻き込まれた僕は目覚めた後もイユラと共にいた。とはいえ影響は受けていたため彼女の家に居候している学生、といったような気味の悪い“設定”を押し付けられていたわけだが。

『ではなジン、おぬしなら目が見えずとも行動は可能であろうが…、あまり暴れないことだ。もしそうなればヨナギに見つかる。そうでなくとも吾が始末をつけよう』

 ラゥルトナーとの戦いを続けてきた中で聞いたこともない、事実かどうかも分からぬ内容を淡々と告げる女、イユラの言葉を全て信じているわけではない。

 だが、世界の再構築、記憶の改ざんについては体感している。認めざるを得ない以上、事実を認めないわけにもいかない。

 傷が癒え、落ち着いてからというもののイユラの世話になってしまっている状況だが、いつまでもこのままいるわけにはいかない。いずれは『崩界』に帰還しなければならない。

 だが…、父上が『前回』の世界の終わりにこちらに来ていたというのなら、再構築に巻き込まれてはいないのか? 

 そのことをイユラに尋ねた時はまずありえないとだけ返された。


「つまり…父上は、そのことを知っていたのだろうか」

 僕の知らない、しかし戦いにおいてあまりに重要に過ぎる情報。

 これまでは『崩界』、ナイギの手によって巫女を殺しさえすれば、この『総界』を手にすることができ、ラゥルトナー陣取る『纏界』に進行することができる。そう思っていたが…。

「それさえも、怪しくなってくるな…」

 巫女の死がきっかけとなって世界の再構築が起きるというのなら、僕達の手で殺しても本当に意味はあるのか? むしろ他に必要な方法があるのではないのか?


「……ここで考えても、意味はないが…」

 たった一人、増え続ける情報と疑問によって思考の処理速度は低下の一途を辿り始めている。仮に一人で真実に到達したところで、答えを与えてくれる都合のいい存在は現れないわけだが。

「いや…、思考を止めることこそ愚策っ。父上へ疑問を呈すなどそれこそ愚かなことだ…。考えるべき内容に優先度をつけるなら…まずは瞳による観測、事象の確定か。それこそがラゥルトナーの持つ異能だというのなら、打破することで勝利に貢献できるかもしれない」

 諦めるな、脚を止めてはならない。

 たとえ未熟であり、『四方界』さえ満足に扱うことのできなくなったこの身であろうとも、まだやれることはあるはずだ。父上であったなら不測の事態でさえこの程度と一蹴している。

「そのためにも、立ち上がらなければ。あの女に手綱を握られたままでいられるか」

 まだ何をすべきか、具体的な方向は見えていないが立ち上がらなければ土俵に上がることさえできはしない。


(まずはこの目でも依然と同様に行動できるようにしなければ。戦線に復帰しても足を引っ張るだけだ。そして、『四方界』も……)

 五感の一つを失った以上、行動に支障が出るのは仕方ない。だが、出来なくなったというのなら改めて可能とするだけだ。

 『四方界』は視覚に依存していた以上、再度術式と領域条件を定めなければならない。依然と同様の威力、精度に到達するには時間が掛かるかもしれないが何とかするしかないだろう。

「やるしかない…っ、なんとしてでも僕は父上の期待を勝ち取って見せる…!」


「へぇ、随分熱い若者だ。そうそう見れる物じゃないね。今日は良い日だ」

「な…っ」

 不覚だ、考え込んでしまっていたらしい。

 目の前ともいえるほど近くまで他者の接近を許すとはっ!

「…何者だ」

「おや、ゴメンね。距離が近いとは同居人にもよく言われるんだけれど、つい癖で。ふふっ」

 話しかけてきたのは綺麗な声をした女だった。この目では姿は見ることはできないものの、足音からして均整の取れた肉体をしていることは分かる。


(それに、戦いにおける気配はない。……問題はない、か)

 殺気も無ければ『界燐』もない。佇まいから伝わる戦闘への“慣れ”もない。

 隠しているというよりも、何一つ知らないとしかいえないまでの非戦闘員。もしもコレが暗殺者だとでもいうのであれば、全ての世界において最も優れていると言っても過言ではない。

「うん? 黙り込んでしまった。レディを前にして男の子がそれはどうだろう」

 そして、女は僕に対して興味を持ったのか会話を続けようとしてきている。一体何のつもりだ。

「……知り合いでもない僕に何の用だ。散歩でもしていたというなら続きをしていればいい。僕に構う必要なんて何もないと思うが」

「うーん、興味を持ったからじゃダメかな? ワタシはワタシで色々考えているんだけれど、上手く伝わらないのが数少ない欠点だ。世界有数の美人なのだから喜んでくれてもいいんだよ?」

「そういう貴女は…この目に巻いた包帯が目に入らないのか? 別に目が見えないわけでもないだろう」

 独自の調子を保つ彼女の言葉に気が抜ける。まともに取り合うこと自体が馬鹿らしくなってきてしまった。こんな女の相手をしているとなれば、その同居人とやらも大概苦労していることだろう。


「両目ともか…、災難だったね。とはいえ初対面のワタシに言われても嫌だけだろうけど、それでもその傷は見ているだけで心苦しいよ」

「……」

 その声色からは確かに、心から悲しむような色が感じ取れた。

「ふんっ、貴女には関係のないことだ。…確かに眼は見えないが日常生活に問題はない。その程度で行動できなくなるほど軟ではない」

「そっか、そういう事なら心配しない方が良いね。なんというか、キミは同居人とよく似てる気がするよ。心配してるのに突っぱねてくるところなんてそのまま」

「おい、なぜ隣に座る」

「え? 空いてたからだけど、ダメだった?」

「…いや、いい。きっと貴女には何を言っても無駄のように思う」

「ならよかった、優しいねキミは」

 隣からそよ風と共に花の香りが流れてくる。

 そのことに何故だか気が落ち着かず彼女とは逆の方向へ身を向ける。


「ほっほーぅ…。ふふふ…っ」

「なんだ」

「いやいや、よく似てる。なんてね。他人と比べられていい気はしないだろうけど悪く思わないでほしい。とても可愛いと思うよ。あ、こう呼ばれることも嫌だったりするかな?」

「…もういい、どうせ会うのは今日で最後だ。勝手にすればいいさ」

 もはやまともに相手すべき相手でないことは分かった。ここで出会ったことが不運であったと観念してさっさと立ち去ってもらおう。


「用事があるから外に出たんだろう? こんなところに居ていいのか」

「まだまだ時間に余裕はあるからね。主目的は久しぶりの散歩だし、その次はお菓子を買いに行くだけさ。うちの子達が帰ってくるまで余裕たっぷり」

「なら、僕が立ち去ろう。ここに居ても実りはなさそうだ」

 立ち去ってもらおうなどと思ったことが間違いだ。この女、自分が飽きるまでは僕と放そうとしている。まだ午前中だぞ、この調子だと夕方まで拘束されても不思議じゃない。

「…なぜつかむ」

 埒が明かないと立ち上がろうとしたら袖を掴まれて引き止められてしまう。

 …なんだこの女は、僕が下手に出ているからと言って調子に乗っているというわけでもなく、自然体に引き留めてきているのはどういう神経をしているのか。

 見えぬ眼を女の方へやるが、此方の視線に気づいた女は調子が変わることない。くいくいと袖を引いて『さあ座りなさい』などと暗に伝えてきている。


「……くそ」

「ふふ、そう怒っても精神衛生上悪いよ。それに話し相手を失うのは寂しいものだからね。キミはなんだか悩んでいるようだし、話してみれば楽になるかもだ。ほら、会うのは今日で最後なんだから何言っても気にする必要ないよ?」

 いったいどこからくる自信なのか。

 理解はできず、したくもないが、僕が座るまでは手を離そうとしない。くそ、何故僕はこの場所で考え込んでしまっていたんだ。人生においても有数の失敗と言わざるを得ないぞ。


「さて、キミのお悩みは何かな? ほらほら、お姉さんが何でも聞いてあげよう」

「……」

 自信に満ち溢れた言葉からはあまりにも信憑性が感じられない。話したところで意味があるようには一切思えない。が…。

「ふふっ、ワタシに人生相談を受けられるなんてキミは運がいい。これまで何度も相談を受けてきたという自信があるからね」

「自信だけでどうにかなるのなら貴女の言葉にはもう少し重みを感じられるはずだが」

「そう感じるというのなら、それはワタシの巧みな話術と言うものさ。相手に無駄な圧力を与えず、自然体に話すことができるような空気を生み出しているんだよ。ほぅら、話しやすさがスゴイだろう?」

「そういった人間に話すような内容は持ち合わせていない」

「そう言わずにさ、怒っているとせっかくの優しい顔が台無しだ」

「笑いかける必要など皆無だ。今日は運が良かったが普段であれば貴女に暴力を振るってでも立ち去りたいくらいだ」


 今やってはならないことは、問題を起こしてラゥルトナーに見るかることだ。そうなれば抵抗さえできず殺されてしまうだろう。もしくは掴まって尋問を受けるか。

 だからこそイユラへの怒りを保ちながらも、この女へは拳を振るえない。微かにでも『界燐』が漏れ出そうものなら間違いなくヨナギは感知する。そうなれば詰みだ。

 …結局、僕は相談とやらに乗ってやらねばらない。下手に腕を振りほどいて怪我をさせればその後のことは保証できない。巡り巡ってヨナギに伝わる可能性がないわけではないのだ。

(慎重に行動しなければならない。…だが、クソ。なんだってこの女の相手をしてやらねばならないんだ)

 これまでの十分程度の会話で確信したことはユーリと同等の面倒臭さであるということ。アレも目の前に現れただけで斬り捨てたくなるような男だが、この女は別の方向に厄介だ。

 敵意は無く、戦闘能力もない。

 『四方界』による肉体強化も必要なく殺すことは簡単…だが、女の放つ空気からはそうすること自体が精神的な敗北でしかないように感じる…。

 一言でいうのならば、非常に面倒くさい女だった。

 だから、僕にできることは恐らく一つ。嫌だが、非常に認めたくはないが、ナイギの戦士として、父上の息子としてこの試練から逃げるわけにはいかない——ッ!

 ……何か間違えているような気はするが、致し方ないことだ。


「悩みの相談、だったな。聞いて何になるという疑問は残るが、…仕方ない。だがもしも、そちらから強引に聞いておいて途中で投げ出そうものならこちらにも手はある」

「大丈夫、安心してほしい。だからその握りこぶしはほどいてほしいな。ほら、それだけでも体が緊張して疲れちゃうよ」

「……ちっ、どうにも調子が狂わされる。…もう一つ確認しておくが、聞き終わったら立ち去るんだろうな」

「ワタシとしてはもっと世間話とかしてみたいけれど、そこまでやると本当に殴られちゃいそうだから止めておこう。それじゃあ、はい、いつでも話始めてくれていいよ?」

 佇まいを正し座り直したのか、ほんの少し声の位置が離れる。そのままどこかへ行ってくれればいいものを。


「…知りたいことがあるが、その内容と、調べるための方法が分からない。それに、目がこれだ。行動にも支障が出ている」

「知りたいこと、それはキミにとって大事なことなんだろうね」

「当然だ。でなければ悩むことに意味はない。早々に処理するか捨て置けばいいだけの話だ」

「その方法が分からないと。ということは誰かに聞けば解決、というわけじゃなさそうだ」

「知っていると思しき奴はいる。だが答えるもりは無いらしい。腹立たしいが力づくというわけにもいかない」

 イユラと戦うことになった時、目が無事であったとしても正面から打倒できたかどうかは分からない。まだ底が見えない以上下手に動けば処理されるのは僕の方だ。

「動こうにも動けないことがあまりに腹立たしい。そして次の機会がいつ来るのか予測もつかないときている。父上の期待に応える為、努力を続けてきたがその意味も断ち切られようとしている」

「へえ、父か。そこまで期待に応えたいというのはさぞ立派な御父上なのだろうね。ワタシにはそういった人はいなかったから新鮮に聞こえる」

「それは災難だったな。人生の道標たる背を持ちえないと言った点については同情を禁じ得ない」

「あはは、そこまでのことじゃないさ。目的というなら小さな頃から持ってはいたし、今もちょっとずつ進めてる。おっと、今はキミの話だった。それじゃ、身動きの取れない今現在、キミは何をしたいのかな?」

 問いかけるというよりは確かめるように優しい声音を放つ女。

 いつの間にか答えることへの抵抗が薄れてきていることに気づくが、今更反抗したところで時間を食うだけか。

彼女の調子に乗せられたことには反省の余地はあるが次に活かしていくしかない。


「…そんなものは決まっている。それでも立ち上がるしかない。何もせず、他者から手を差し伸べられるような、都合のいい機会が与えられるまで膝をつくなど男のすることではない」

 これは戦いなのだ。都合のいいなど起きず、ただ苦しい痛みだけが増え続けていく。

 その中で自分にだけ奇跡が恵まれるなど、あまりにもバカげた考えだ。それはもはや現実逃避でしかないだろう。

「僕の故郷にもそういった者は多く居た。立ち上がるための努力などせず、強者の慈悲によって掬い上げてもらおうなどと考える愚か者共が」

『崩界』で落ちぶれた弱者共。

 僕は決して、あのような落ちぶれた屑共と同じようにはならない。そう誓ったのだ。

「だからこそ、今ここで貴女と話している時間さえ本来持ちえてはいない。…だが、今だけは感謝、すべきなのかもしれない。己が弱者に落ちるところを呼び止められたことに変わりないのだから」

 自覚した以上、此処で立ち止まる理由も無くなった。

 また引き留められるかもしれないが、今度は振りほどくくらい訳もない。


「では話は終わりだ。僕から話すべきことはもうない以上、ここで行かせてもらう。貴女は他者との距離感を間違えている上、己の容姿を鼻にかけているような節が散見されるが。今回は礼を言わなければならないだろう。感謝する」

「もぅ、それホントに褒めてるの? そういうキミこそ相手との距離感間違えていそうだけれど。ああ水平距離じゃなくって上下距離だけど」

「それは貴女も同じことだ。もう一度自分を見返すことだな」

「…おお、そうだったかな? アハハ、なんだか良く分からないけど。すっきりしたならいいことだ。男の子は自信を持っている方が格段にかっこよくなるからね」

 彼女の表情を見ることはできないが、此方の指摘に対して不快感を持った様子は見えない。

おかしな女だ、こと『崩界』においては僕に向けられる感情は憎悪か恐怖がほとんどだった。ナイギの一族に名を連ねる以上、そう思われるよう振舞っていた。

だが、この女にはそれらの振る舞いが全て無駄になるようにしか思えないと確信させられる。馬鹿らしい。まったく、本当に馬鹿らしい…。


「うんうん、いい笑顔だね。ワタシもいい仕事したなぁ」

「笑顔…だと? 何を馬鹿なことを、引き留めようとしているなら別の方法を試すんだな」

「えぇ~。ワタシ嘘ついてないんだけどなぁ。ま、いっか。じゃあね、名前も知らない男の子。次に会うことがあるかは分からないけど、その時はまた人生相談してあげよう」

「…その上から目線を改善したら考えてやる。今日は僕の機嫌が良かっただけだ。次はない」

「ふふ…っ、そっか。行き先が決まったんならいいことだ。じゃ、ワタシも買い物に戻ろうかな」


 これまで何も起こっていなかったかのようにあっけらかんと言い放ち、さっさと立ち去っていく。

 一人取り残された僕からすれば事故にあったようなものだ。次に会った時には容赦なく関わりを持たないようにしようと心に誓う。

「…くそ、傷のせいで焼きが回ったか。絡まれたからと馬鹿正直に話してしまうとは」

 こんな姿をイユラに見られでもしていたら恥ずかしさで自死を選ぶ他ない。

 だが、不本意ながらに目的は改めて掲げることは出来た。

 勝利は自らの手で勝ち取るしかない。他者に期待などはしていられない。

 まだしばらくはイユラとの行動をせざるを得ないが、僕は僕でアイツを利用してやろうじゃないか。アイツの目的とやらが何なのかはまだ分からないが、いずれ知る時が来るだろう。その時、僕の前に立ちふさがるというのなら斬り捨てるのみ。

「ナイギの一族として、この力を示そう…」


 一度は砕けた決意を塗り固めるように暗く、重く呟く。

 ——沈み込んだ魂が再起を図るがため、前へ進み始めたのだ。


  □ □ □


「~~♪」

 そして、その再起に手を貸した女は一人、満足そうにどこかで聞いた覚えのある歌を口ずさみながら並木道を歩いていた。

 落ち葉の絨毯は風に吹かれて宙を舞う。それらを目で追いながら先ほどであった若者のことを思い浮かべる。

「さぁて、今日のことを知られたらヨナには怒られちゃうかもだ。でも、最強の手札を揃えれば必ず勝利できるとは限らないからね。ほどほどの不確定要素はいれておかないと。…ふふっ」

 彼女の目指す到達点、幼い頃に交わした彼との約束を果たす為。

 彼女もまた前へ歩み続けてきた一人だということを、ナイギの青年は知る由もなかった。

「さて、三人はどんなお菓子が好きかな? 気にいってくれるといいのだけれど」


 そしていま、彼女が優先すべき目的は皆で食べる今日のおやつ。

 皆とワタシの為だと言い聞かせてようやく寒い外にまで出てきたのだ。ついでに人生相談に乗ったりもしたが、これはこれそれはそれ。

「美味しいお菓子の為に頑張れワタシ、…へくちっ」

 何より大事なことは美味しいお菓子。そのためなら一人で外に出るくらい訳ない。

 ——けど、やっぱり寒いなぁ…。


・ジンとイユラ

一章で夜凪に敗北したジンはイユラによって命を救われています。

しかし、ユーリとは違い再生能力が無いために両目は夜凪の手で傷つけられたままとなってしまいました。

 イユラからは手のかかる子供の様な認識です。


・ジンとリア

リアの前では生真面目な人間ほど馬鹿を見るので、ジンからすれば最も相性の悪い人間です。ちなみにリアからであれば可愛い(からかいがいのある)子の一人なので雑談する相手としてお気に入りです。

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