40.内儀と軍勢②
目が覚めて姦しく賑やかな中で朝食をとるのにも慣れてきた。以前であれば食事は一人でとるものだったのだが、席をはずそうとするとどこからか現れた女どもが腕を引っ張るのだから流石に折れた。
「そういえば姿を見ないが、ユーリは何処へ行った」
食事も終わりはたと気づくと、そういえばこの屋敷の主でもあるユーリの姿がなかった。普段ならその辺りで女たちと談笑しているのだが、どうにも見当たらない。
ラゥルトナーとの戦いにおいて、今後どうするつもりなのか聞いておきたかったのだがいないのであれば話を聞くこともままならない。
「まったく…、次期当主であろうに気分で動き過ぎではないのか」
このまま待っているのも性に合わない。何か聞いている者はいないだろうかと、手近にいた二人に声をかけてみた。
「んー、とね。そうそうレイガン様のところ行くって言ってた。珍しいよね~」
「そうね。ユーリからレイガン様の所に行くのは無いだろうから呼び出されたんでしょうけど…、何かやっちゃったかしら」
「いいのいいの、どうせ殺しても死なないんだしレイガン様にズパッとやられててもヘラヘラしながら帰ってくるでしょ。いつものこと」
「……前から思っていたが、お前達ユーリに対して扱いが軽くないか」
「えぇ~だっていっつもそうだよ? 第一、ユーリが真面目な顔してる時はワタシたちじゃどうしようもないことだから考えても仕方ないっていうか~」
「そうよね、私たちはヌイちゃんみたいに戦うことはできないから。もうお任せするしかないのよね」
「そうだよねー、てかヌイちゃんお化粧教えたげるって約束すっぽかしてるでしょ。ダメだよ女の子なんだからー、おしゃれはできるようにしとかないと」
「おしゃれなど…わ、私にはそんなもの必要ないっ。大体その約束自体そちらが勝手に取り付けたものだろう。ただの一度も了承した覚えはないっ」
「もうヌイちゃんたら、そんなこと言ってもみんな知ってるのよ?」
「な、何を知ってるという。口から出まかせを言って揺さぶろうなどとは思わないことだな」
瞳の奥がきらりと輝いた気がしたが、なぁに無駄に自信があるだけのこと。この程度では揺さぶりも何も——。
「この前お化粧教室開いた時、扉の向こうを何度も横切ってチラ見してたじゃない。バレバレだったわよ?」
「——————」
「すっごいソワソワしてたよね~、耳までほんのり赤くしちゃってさー。自然なつもりだったのかもしれないけどバレバレで、みんなに見られまくってたの気づいてなかった? あれ以来ちっちゃい子たちもヌイちゃんに懐き始めたんだけど」
「それまでは怖がってる子もいたんだけどね、ほらいつもツンツンしてるから。でもあれ以来話しかけられたりするでしょ? ヌイちゃんもちゃんと相手してくれてるから子供たちから人気あるのよ?」
「ふ——」
「「ふ?」」
「ふんっ、何を馬鹿なことを言うかと思えばその様な事有り得んな。大体、私が子供に懐かれているなど。ナイギの戦士として恥でしか——」
「ぬいー、かみむすんでー」
「む、そんなことも一人で出来ないのか? しようのない、そろそろ自分で出来るようにならないと笑われてしまうぞ。失敗していいから一度自分でやってみろ、その後なら見てやる」
「ヌイちゃーん、かくれんぼしよーよ」
「私は鍛錬で忙しい。どうしてもというなら勝手に探せばいい。もし私が見つかるようなことがあればその時は改めて相手をしてやる」
「ぬいぬい、えほん…よんでほしい」
「昨日寝る前によんでやったろう。うん、続きものか? 長くなりそうだからまた夜にしろ。他にも聞きたい子がいれば集めておけ。何度も同じ話をしたいわけじゃない」
何人かの子供たちを適当にあしらい、改めて二人に向き直る。
「どうだ、マトモに相手はしてやっていないのだ。これがどうして懐かれているように見えるという。うん? どうした気色の悪い顔をしおってからに」
「え~…、いやぁ流石にこっちもびっくりで言葉が出てこないっていうか~……」
「嘘でしょ…、ヌイちゃん……、今のはどこからどう見てもいいお姉ちゃんだよ…っ。子供にひっきりなしに絡まれるタイプよ!」
「なっ、そんなことがあるか! 一人たりとも相手を——」
「ちゃんとあとでしてあげてるでしょう、しかも子供たちとの約束は破らないし」
「てっきりポーズでやってると思ってたら無自覚か~、さすがっすヌイちゃんせんぱい。マジそんけーっす」
「……貴様ら、私を馬鹿にしてないか…?」
「滅茶苦茶褒めてるじゃない。現状、子供人気はマダムとヌイちゃんで二等分されてると言っても過言じゃないわ。二大巨頭よ、二大巨頭」
「マダムに追いすがるのはマジやべーっす。ウチらヌイちゃん姉貴に一生ついてくっす」
(……嬉しくない)
本当にそんなことになってるとは露にも思っていなかったうえ、戦士としての威厳から距離を置かれてると感じていた彼女にとっては寝耳に水であった。
……が、だからといって好かれたくなかったわけでもなかった以上、なんとも複雑な胸中であったとかなんとか。
——閑話休題
からかってくる二人から逃げるように別れ、案の定ぐしゃぐしゃになっていた子の髪を結んでやったあと。
「しかし、ユーリめ。レイガン様に呼び出されたとなると戻るのは遅いか?」
苛立ちからか、カツカツと足音を鳴らしながら廊下を進む。ちらりと目をやると当番である家事をする者、雑談に花を咲かせるもの。
そして——。
「あら、ヌイさんね。どうかしたのかしら、随分機嫌が悪そうだわ」
「ああ…、マダム」
そこにはこの屋敷の最年長、皆からマダムと呼ばれ慕われる老婆が立っていた。柔らかな笑みを浮かべる彼女の前では苛立つ感情自体が鳴りをひそめる。
失態に対し、声を上げて怒るような人物でないのは明瞭だが、何というか感情的な姿を見せることが恥ずかしくなってしまうのだ。
この人の前では誰もが幼い子供ということなのだろうか。そう思わされる心の広さが相対しているだけで無意識に感じ取っている。
「いえ、ユーリに用があったのですが。屋敷を離れているようでして」
「そうね、レイガン様の元へ向かったそうだから。でもそんなにも急ぎの用事なの? 遅くとも今日中には戻ると思うのだけれど」
「あれはあれなりに行動指針のようなものがあるのは分かっていますが、常に気分で発言する男です。今後の計画をどうするつもりなのかを聞いておきたい。何もないと思っていたら姿を消してしまうなど御免被る」
「ふふっ、そうね。確かにあの子は昔から一人で抱え込むタイプだから。強いからなのでしょうけど、もう少し周りを頼っていいかもしれないわね。最近はあなたも来たことだし」
「私は、そうは言ってもユーリの隣で戦うには実力がないことも理解していますから。だからこそ、自分が力を発揮できるよう状況くらいは把握しておきたいのです」
「なら、そう言ってごらんなさい。話はちゃんと聞いている子だから。放っておくとまた何か困ったことを始めてしまうわ」
「そういえばマダムはいつから屋敷に? 随分とユーリのことをご存じのようですが」
「あの子がまだこのくらいだったころだから、もう二十年にはなるのかしら。その頃から見ていたから、そういった意味でも古株になってしまっているわね」
マダムは腰くらいの高さを手で示す。それこそユーリが十歳に満たない頃からこの屋敷にいるということか。ならばユーリもマダムには頭が上がるまい。
「そうだったのですか。ならば、ずいぶんと手を焼いたのでは? ユーリであれば子供のころから好き勝手に動き回っていたでしょう」
「うふふ、そうね、確かにそう。特に訓練の時間が嫌いでね。時間が来るたびににかくれんぼが始まるのよ。その度に探し出すのが、私の最初の仕事。もう必要なくなったけれど」
口に手を当てて上品に笑う。
さしものユーリもこの女性に対して阿呆なことは言えまい。この人からはナイギの人間特有の殺伐さというものが感じ取れない。母性とでもいうのか。
「今も昔も変わらず振り回して、困らされているのではないですか」
「ふふふ、いいえそんなことはないわ。普段はヌイさんの思っているような態度ではあるけれど、あの子はとてもいい子よ。子供の頃にした約束をいまだに果たそうとしてくれているもの」
「約束ですか」
「ええ、探し物をひとつ。大事なものをどこかに無くしてしまってね。そのことを話したら『じゃあ見つけてあげる』ってね。忘れてるかと思っていたのだけど、たまに進捗を教えてくれるの」
「なるほど」
それは意外ではあった。
気分屋のように見えるユーリが10年以上もの間探し物を続けているというのは普段見せる姿からは想像できなかった。
「そういえば、それまでは別の屋敷で働いていたのですか?」
「そうね、それはそれで間違いはないのだけれど——」
「?」
珍しく、歯切れの悪い返答に違和感を覚えたがそれをかき消すほどの大声が玄関から屋敷中に響き渡った。
「ヘイ! ヌイちゃんに特訓の時間だぜ!! あつまれ鬼姉妹っ!!」
「む、また訳の分からんことを……」
あの男、帰ってきたと思ったらいきなり大声を上げていた。命の恩人とはいえ、やはりあの辺りの情緒と性格は慣れそうにない。
「あら呼ばれたみたいね。それじゃあ行ってあげるといいわ。あの子も待つのが得意な方じゃないから」
「そうします。話しに付き合っていただき感謝します」
「いいえこちらこそ、ヌイさんと話せてよかったわ」
「はい」
一礼し、その場を後にすると玄関に向かう。わざわざ大声出して呼び出したのだからまだその辺りに居るはずだ。
「あの、ユーリ…様? 何をいきなり馬鹿みたいに大声で呼び出しを? 普通に呼んでいただければ向かいますが」
向かった先にはユーリが一人で立っていた。
珍しく出迎えが誰一人いないことに疑問がないわけではなかったが、彼女たちも彼女達で忙しいのだろう。
ユーリはこちらを見つけると同時にニヤリと笑い、口を開く。
「お、来たかヌイちゃん。チッチッチ、だが甘いぜ。気付けてすらない所が甘すぎるぜ」
「…何のことでしょうか。貴方の発言に一々取り合うなどそれこそ——」
気が滅入る。
そう口にしようとした瞬間、背後から声が発せられる。
『お呼びでしょうか、ユーリ様』
「——なっ…」
寸前まで誰一人いなかったはずの場所だ。驚きと背後を取られたことへの警戒から、勢いよく振り返るが驚きはもう一つ。
「おう、呼びつけて悪かったな。頼みがあるんだけど」
「無論ですユーリ様。我等は主の命に従うのみです」
「具体的な指示を」
「詳細な計画が無ければこちらで全て処理します」
「ああ助かる。ただ少し待ってくれ、ヌイちゃんに説明しなきゃならんからさ」
振り返った先、そこには角の生えた鬼の面を被る“三人”の女が立っていた。
先ほどの声は一人分だったにもかかわらずだ。そして、さっきの声に該当する人物はいない。つまり声を聞くまで何一つ気付くことなく、三人から同時に背後を取られた挙句に人数すらも把握できなかったのだ。
(この者達、一体どれほどの…。それにこのような者達がこの屋敷にいたというのか)
ここに来てからそれなりに経ったが、ただの一度も彼女たちの姿を見たことは無い。
少なくともユーリの声が届くと同時、すぐさま現われることのできる距離に待機しているはずだというのに。
姿を消していた? ユーリに呼び出される迄ずっとか? ならばそれまでは一体どこで何をしていたというのか。
いくつも疑問は生まれるが、今重要なのはなぜ彼女たちが呼び出されたのかということだ。ユーリは『鬼姉妹』と呼んでいたが、それは鬼の面を付けている以上すぐに理解はできる。だがもう一つ、その前に言った言葉が重要だろう。
「特訓、ですか——?」
「そうそう。ほら、ヌイちゃんってばラゥルトナーとの戦いに参加する気満々だろ?」
「それは、もちろんです。我等ナイギの悲願のためにも奴らを打倒し、巫女の殺害を果たさねばならないのですから」
「ああその通り、戦士らしく真っすぐな回答助かるぜ。そういうところも可愛いと思う。ただほら、ヌイちゃんったらどうにも弱いからさ」
「なっ…。い、いえ、その言葉は…事実である以上私から否定はできません」
「そこまで真に受け止められると続き話すの気が引けるな…。いやまあその理由で言い出してるからオレも否定もできないんだが」
苦笑するユーリからはこちらを慮るような感情は伝わってくるものの、やることはやらねばならぬと顔を引き締めて話を続ける。
「だから鍛えようかと思ってな。ほら、どうせヌイちゃんときたら『ラゥルトナーとの戦いには私も参加します!』っていいだすと思うし。なら戦えるようにはなってもらわないとな」
「理解しました。…それで、彼女達は——」
指示を仰いだのち微動だにさえしない三人の鬼面。
その表情を覗き見ることはできないが、氷のように冷たい視線からして感情的な者達でないことは間違いないだろう。
「うん、一応オレの懐刀。ナイギの分家筋の子達だな。家長が十年ちょい前に死んじまったもんだからウチで引き取った。他のみんなと同じように屋敷で好きに過ごしてくれってな。そしたら忠誠誓うなんて言われちまってさー」
いつものように軽く口にするユーリだが、彼女らから発せられる実力は並大抵のものではない。一人一人がユーリほどのものでないにせよ、ジンと張り合う力は有しているのではないだろうか。
「で、ヌイちゃんにはオレが野暮用を済ませてる間にその子たちと特訓してもらう。それを乗り越えて三人全員から合格もらえたら連れてってやるさ」
「そういうことですか。ですが、それならば彼女たちを連れて行くほうが確実なのでは?」
「あー、ヌイちゃんみたいに『門』作らずに世界超えられないんだよなぁ。その素質ってのはヌイちゃんが思ってる以上に珍しいんだぜ? ま、オレも出来ちゃうんだけど」
『門』と呼ばれる、世界の間を超えるための『四方界』の一種。
多くの術師が時間を掛けて創り上げるソレは人が『境界』を超えて目的地に至るための通路だ。そして、私は『門』を通らずとも世界間を超えることができる。
個人の実力ではどうにもならない領域であるため、それ自体が珍しい素質であることは分かっているつもりであったが、レイガン様やユーリたちはあまり重要視していないようだったため、あまり気に留めてはいなかった。
「期限はどれほどでしょうか」
「んー、一ヵ月ってとこかな? 旦那たちも動き出しそうではいるんだが、どうにも読めねえ。ま、早く強くなってもらう分には構わねえからさ。死なないよう頑張ってほしい。そういうわけだからさ。後は任せたぜ」
「了解しました。必ずやユーリ様の隣に並び立てる戦士としましょう」
「獣のままで慢心するなど愚の骨頂」
「死の淵に立ち続けることで見ることのできる領域、必ずや」
「あー…、うん。そうだな、お手柔らかに、つってもおまえら加減知らねえもんなぁ。ま、なんとか頼むわ。んじゃ、オレは今から行くからあとはよろしく。ヌイちゃんも死にたくなきゃ殺すつもりで行っとけよー」
「「「行ってらっしゃいませ、ユーリ様」」」
「おーう」
「え、あの…っ、詳しい説明は——」
「そいつらから聞いてくれー」
「……」
死ぬだの殺すつもりだの。物騒なことを言い残してユーリは去った。確かに彼女たちの実力は測りかねているが、特訓というからにはやはり戦闘訓練を重視して行うということか。
「…では、貴女達が、戦いの指導を———っ!?」
衝撃、それが蹴り飛ばされたのだと気づいた時には既に地面に転がっていた。
満足に受け身などとれていようはずもなく、全身に痛みが奔っている。蹴りが直撃した左腕は痛みとともに痺れており、もはや満足に動かすことも難しい。
「ぐ——っ…、まさかこうもいきなり始められるとはな…っ!」
ユーリの言っていた言葉の意味を理解する。
なるほど確かにそうだろう。加減を知らぬ、殺す気で行かねばこちらの命はいくつあっても足りぬだろう。
「四方展開…っ、創界領域——!」
月光に照らされた己の影より、腕の長さ程の杭を創り出す。『界燐』の揺らぎは感じられなかった。つまりただの蹴りでこれなのだ、実力には天地の差があるとみて間違いはない。
そして、その事実は絶えず突き付けられる。
「遅い、なにを構えもせずに説明を求めているのか。敵が全て答えてくれると考えているのか」
「…チぃッ!」
またしても気配なく、『界燐』の揺らぎも無く背後に立たれていた。そして残り二人も逃げ場を封じるように取り囲んでいる。
「殺すなとは言われていない。そもそのような方法で強くなる方法など知りもしない」
「だからこそヌイ、獣面の女よ。此方は其方を殺す。死んだとて鬼神たる精神力を以って黄泉返れ」
「それこそがあのお方に仕えるということ。それこそがあの方と並び立つことの責務」
ようやく知覚できる殺意のみがゆらりと立ち上る。
このような奴らが屋敷にいたということに驚きを禁じ得ないが、今その様な事を言っているわけにもいくまい。
「ハッ、随分と好き勝手言ってくれる! いいさ、構わん。この身の矮小さは理解しているつもりだからな! …だが、この心までそう簡単に砕けると思うなよッ!!」
術技が届かぬならば吠えて見せろ。
心さえ折れなければ人はどこまででも喰らい付けるのだということを、その能面に教えてやる。
「行くぞ——っ!」
人型の影より大量の影杭が空へ射出される。
乱雑に空へ射出された影杭は重力に従い、周囲にいる鬼面達に襲い掛かる。
「———」
無論、その様な攻撃では意味をなさないことなど分かり切っている。だが、始めから自分にできる全てを出し切らねば、簡単に死ぬということも分かり切っていた。
「さぁ——ッ!! やれるものならやってみろ!!」
宣戦布告、例え勝てぬ相手とはいえ舐められたままでは虫の居所が悪い。
ゆえにこそ、鬼の力を喰らいつくそう。そして次は奴らを地面に転がしてやる!
そして、此処に虐殺染みた特訓が始まりを告げた。
「お、始まったな? ったく、あれで相手に合わせてるつもりなんだからヌイちゃんも大変だよなぁ」
背後で始まった戦いの波動を追い風に歩みを進める。
自分も彼女たちに指導を受けた身ではあるが、状況としてはほぼ同じ。朝から晩までボコボコ…、というか殺人未遂祭りだ。それもオレが不死身だから未遂ですんでるだけという人権無視。おかげで物理的な痛みには強くなったが、それは人としてどうだろう。
「う~ん、ヌイちゃんの成長に期待してオレもがんばらないとな~」
向かう先は無論『総界』、巫女のいる場所。だが、目的はそっちじゃない。
「記憶と、ジンの行方。それに——」
ヨナギ・アマナ。その名前が引っかかって離れてはくれない。
ピース一つ嵌れば解決だとはおもうんだが、そのピースを持っているのは恐らくラゥルトナーだ。こっちの連中は教えてはくれないみたいだしな。
なら行くしかないだろう。ナイギとラゥルトナーはどうしようもないほどに敵同士ではあるが、それだけでは殺す理由にはならない。
「それを理由にするのはジンくらいの堅物野郎だな…っと」
考え事と独り言、双方結論が出た時には目的地についていた。
そこは『門』を創造するための彼らが天結と呼ぶ空間だった。曰く最も『崩界』において世界の層が薄い場所。
地の底に広がる『崩界』が光あふれる天上の世界へと手を伸ばすことが叶う、天地を結ぶ領域だった。
世界間を移動するために『門』という名の孔を空けている以上、それに最も適した位置と言える。いくら『門』を経由せずに世界を移動できるとは言え、流石に『天結』で行わなければ出来ないのだ。
「さぁて、『楔』は無いから戦闘はご法度。息を殺して静かに潜伏といきますか」
何か変わった行為を行うわけではない。
『四方界』や特殊な術式を行使するわけでもない。ただ一歩、前へ踏み出しただけ。
しかしそれだけで男の姿は掻き消える。水面に石を投げ込んだかのような波紋の身を残して——。
□ □ □
『境界』を一人の魂が流星の如く駆けていく。
地上より中心へ、『崩界』より『総界』へと。
その魂は一つのみ、だがその魂を観測した者等も存在する。
「ユーリ・ナイギ。これほど早い行動は今までになかったことだ。記憶を保持しているということだろうか」
数え切れない輪廻の果て、ただの一度も無かった事象が前回より立て続けに引き起こされている。
これもリアの出現による影響だということは間違いない。彼女は彼女なりの計画の準備を済ませてきたということか。
「ですが、関係はない。巫女を殺すのは我等だ。ナイギではなく」
しかし今は若き魂を見送ろう。
彼の行動は虚ろたる混沌、ホロウによる仕掛けか否か。まずは見極めねばならない。
「リアにホロウ。罪深き者らが組織の長であるということが哀れでならない。だが、それもまた間違いか。我等もまた、根本は復讐者でしかないのだ——」
巫女を殺す。それだけの意思によって集結し、同一化した彼等にとって他者への哀れみや同情など無意味なものでしかない。
「我等も始末を付けねばならない。誰も彼もが限界を迎えようとしている。ラゥルトナーも、ナイギも、我等も、巫女も。いいや世界そのものが耐えきれない」
他者から押し付けられた終わりを許せないからこその復讐だ。ゆえに、我等が為すべきことはただ一つ。
『誰よりも早く、何よりも確実に巫女をこの手で塵の一片も残さず殺しきること』
数多の思考、数多の感情の奔流。同一化しておきながらもバラバラな意志の中で唯一、同じ思いを持ちえているというならばそれだ。
「『巫女』は、殺す」
その時を待ち続けた中で、またしても他者から終わりを押し付けられるつもりは無い。
「——始末は、我等の手で付ける」
荒れ狂う意思の奔流は身動ぎさえしない躯体から放たれ、瞬く星を消し去った。
ここから先は敵を出し抜くか、圧倒的な力により殺しつくすか出来ねば土俵に上がれまい。そして我等は後者を持ちえている。
どのような外敵であろうとも、総て打ち砕いて見せよう。誰にも代えることのできない死という名の尊厳を、この手で与えよう。
そうだ。
もう誰にも、我等の尊厳を奪わせはしない。
・ヌイちゃん、屋敷で馴染む
特に詳しく設定を決めているわけではありませんが、多分ヌイちゃんは大家族の長女だと思います。
・鬼姉妹
無駄に強い三人姉妹ですが、彼女らは墜天子なのでフィジカルお化けです。




