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四方総界縁起  作者: くろよ よのすけ
39/100

39.内儀と軍勢①

「廻ったようだ」

 波一つない水面に波紋が起こるように音が広がっていく。

 声を発した、といよりも音の発生源である“彼等”が存在する場所を形容するならば、宇宙とでもいえばいいのか。

 何をも呑み込む暗黒がどこまでも広がり、大小様々に星々のような輝きが明滅を繰り返している。しかしその内、弱い光でしかなかったものは彼等が言葉を発した瞬間、波紋に呑み込まれ消え去ったらしいが。

 しかし、此処が宇宙と断ずるにはいささかおかしな点も存在する。


 なぜならば、この空間には天地が存在しているのだから。

 距離にしてみればあまりに遠い。しかし見上げた先と見下ろした先には間違いなく大地と認識できる空間がまた広がっているのだ。

 その世界こそ『纏界』と『崩界』に他ならない。

 ゆえに狭間であるこの空間こそ『境界』、二つの世界の狭間に存在する中立地帯であり混沌空間。これまで消え去った世界、人々の思念が塵となり漂い続け、いつか消え去るだけの何一つ命の生まれない生命の果て。

 塵は塵でしかないという現実は変わりなく、この奇怪な空間において体現されている。

終わったはずの命が消滅に至るだけの空間。

 ——だからこそ、“彼等”は生まれたのだ。

 その名はレギオン、失われた世界に生きた人々の憎悪、怨嗟が那由他の果てに収束し生まれた魔人であった。


「ラゥルトナーは今回も護り抜いたようだ。とはいえ、形としては痛み分け。このパターンは何度目だったか——」

 己の裡に意識の数パーセントを割り振り思考する。内包する人格と意識を以って記憶を並列処理、するまでもなく答えは弾き出された。

「ああ、一度目でしたか。ふむ、確かにリアが来たのは前回が初めてなのだから当然のことだった。あの槍も、多少厄介ですね」

『間抜けめ 仕方ない 奇怪 愉悦 恐ろしい 問題はない 被害を考慮 正面から打倒可能 油断すべきじゃない 殺すべきだ 様子見で十分 一撃で葬り去れる 笑止——』

 己の裡で飛び交う数多の声が思考を奔り抜け、一つの答えに収束していく。その様はある種、究極の多数決とでもいえばいいのか。数えることすら馬鹿らしいほどの人格の出した意見を一つ一つ処理しては最終的な結果を弾いているのだ。

 何とも効率が悪く感じられる方法だが、内包された人格それぞれが一つの思考回路であり、議題を処理する能力を持ちえている以上、思考に対する処理速度の方が速いという逆転現象が起こっていた。


「皆の意見は出尽くしました。ではアナタは、どう思いますか?」

『———』

 その中でただ一人、沈黙を貫く意識が存在した。

「我等はアナタに敬意を払っている。ゆえにこそアナタの意見を聞いておきたいと思っているのですが」

『———』

「アナタも、死してなお巫女への憎悪を持ち続けたからこそ我等への協力を受け入れたのでしょう。そして、我等が今一つの存在としていられるのもアナタの力があるからこそだ。なればこそ、アナタの方針に従う者も数多い。だがただの一度も自身の意見を口にしたことは無い」 

 かつて、彼らにとって最大の危機が起こった際に『境界』で出会った人格こそ、沈黙を貫いている存在であった。

 次の瞬間には塵のように消えてしまいそうな状態でありながら、世界の欠片にしがみ付く様にして消滅に抗っていた高潔なる魂。

「もしもあの時、アナタが存在しなければ我等は離別を余儀なくされていた。ゆえに敬意を払いたい。アナタの望みを優先し、達成したいのです」

 その魂の輝きに全ての命が、人格が、例外なく魅せられたのだ。善悪問わず、巫女に対する憎悪によって繋がった魔人である彼等が。

 消え去る寸前でしかない屑星の光に、その輝きに魅せられた。だからこそ特別な存在として皆から一目置かれている。

 だが、その魂はただの一度も己の意思を示したことは無い。沈黙を貫き、静寂の中で一人眠り続けているかのように。

「そうですか、残念だ。だがかまいません。意思を示す時が来たならば我等はいつ何時であろうとも受け入れよう」


『———その言葉忘れるな』


「——っ」

 初めて耳にした男の声。

 瞬間、彼等の総てが停止フリーズを起こした。その時間は人間が知覚できるレベルでさえもない刹那でしかなかったが、しかしそれほどまでの異常事態。

 ある魂は我等を救った英雄の反応に歓喜し、ある魂はこれまで起こることの無かった状況を異常と認識し、世界の終わりかのように絶望する。悲喜交々、混沌と化した魔人の裡において、彼がもう一度、言葉を発することは無かった。

『——!! ———…、!? …ッ!! ——、ァ…ァ……ぉ!!』

「——意識、統合…。ええ、忘れはしない。貴方の怒り、憎悪も我等の祈りの一つであり、仲間なのだから。

 すでに世界は廻り、我等も再侵攻が可能。巫女を殺すことは最上の前提だが——。

ヨナギ、リア、そしてナイギに眠る虚構の主。彼らとの因縁も済ませなければなるまい」


 数百万に至る荒れ狂う魂と意思を束ね、目指す到達点はただ一つ。

 『巫女』を殺す。

 世界に寵愛を受け、その他の魂を唾棄するかの如く捨て去るあの塵を始末するのだ。その時初めて、我等の魂は安息を以って消失に至るのだ。


  □ □ □


 狭間の世界より地上、常に暗闇と月光が望む『崩界』において二人の男が立ち並んでいた。

「ふん…、違和感だな」

「黙っていろ」

「わぁーってるよ。旦那は固くていけねえ」

「………」

「…はあ」

 一人は老齢の剣士、その顔からは厳しい表情しか読み取ることはできず、短い言動からも遊びのない人間であることは分かることであった。

 そしてその隣に立つ青年は対照的に、面倒臭いという感情を隠すことなく、表に堂々と出している。この場に立つことに対してではなく、また別の思考がそうさせているのだが。


「なあ旦那、聞きたいことがあるんだが」

「……」

「なんで最近になってから急に『巫女』へ侵攻かけ始めたんだよ。これまでは他人任せで興味なさげだったろう? どうでもいいの一点張りでさ」

「貴様には関係のないことだ」

「そうそう、そんな感じでさ。その旦那が急にやる気を出し始めたってことは何かがあったはずなんだ。だが、オレにはそれが何かわからねえ。確かにジンは行方不明になってるが…、旦那がアイツの為にそこまで取り乱したり、なんて無いだろ。それに、オレ自身確かめたいこともある」

「…ふん、そこまでにしておけ“ユーリ”。ジンがどうなっていようが関係はない。死んだのならそれまで。それはお前も同じことだ、例え次期当主などという肩書を持とうが変わらん」

「ハッ、厳しいね。なら質問変えようか? オレ、どうやって死んだ」

「死んだ人間がこの場に立つか。相も変わらず詰まらんことしか口走るしか能がないらしいな。貴様の夢物語に付き合う時間はない」


「チ…っ」

 取りつく島無し、対話不能。

 ガキの時からこの老人の表情が揺らいだところを見たことがない。鍛え切った刃のように、曲がることさえあり得ず、柔軟さがない癖に折れることさえあり得ない硬度と化しているのだから手に負えない。

(だが、何か知ってるはずだ。でなけりゃ旦那がご当主殿の命令無しに動くことなんてあり得ないからな)

 ここ数日、拭いきれない違和感が心にへばりついている。いつもなら変なものでも食ったかと無視を決め込むところだが、今回はそういった類じゃないと直感が告げている。

 何か、何か忘れてはならないことが消し去られたかのように穴が空いているのに、その部分を代わりのナニカで無理やり埋められている。

(だが、なんだ…。決定的な敗北を期した感覚だけは残っているのに、その記憶も、傷一つ残っちゃいない。何かが起こったはずなんだ——)

 だが、その思考も待ち人が現れたことによって遮られることとなる。


『ああ…、久しいな。とでも言うべきかレイガン、そしてユーリ』

 柔らかくも芯のとらえどころのない声は霧のように揺らぎ、幻なのではないかとさえ思うほどにあやふやだった。

 声は誰も座する者の無かった玉座から発せられており、そこには薄ら朧でありながらも確かに男が座っていた。

「ご健壮でなによりです、ホロウ様」

「…どうも御当主、お元気そうで何よりだ」

『そういってくれると心が満たされるようだ。何より、お前達二人からの言葉であるということがより深く満たしてくれる』

「その様なことはありますまい。所詮私たちなどナイギの勝利の為の駒に過ぎぬのです」

『ふむ…、そういうなレイガン。そのような言葉では悲しくなってしまう、皆の幸福を願っているのだ。ならば自身をないがしろにするようなことを言わないでくれ。ぁぁァ…、この身が虚ろでなければ、馳せ参じるというのに。ままならんものだ』

 悲哀を口にする男の影は玉座に背を預け天を仰ぐ。

 『崩界』の命を慈しみ、憐れんでいるかのような姿。だが、オレの目に映るその姿はあまりにも——。


「で、ご当主。今日は何だっていうんだよ。オレは旦那に呼ばれただけだから詳しいことは分からないんだが」

「ユーリ、その戯けた口を閉じるか、それとも首を落とすか?」

『まったく、よせよレイガン。その言葉も所作も、ユーリなりの親愛なのだから受け入れる以外にあるまい? だが、いつものことながらに感謝しているぞ。お前のその気真面目さがあるからこそ、現界の楽しみもあると言うものだ』

「……では、そのように」

 静々と礼をする旦那を横目にやれやれとおどけてみる。だがそんなことでオレの心が晴れるわけでもなく、ますます疑念として積もり重なっていく。

「ご当主、聞きたいことがある。旦那に聞いたところで答えが返ってこないからな」

『構わない。なんだ?』

「自分でもおかしなことを聞くって自覚はあるが…。オレは、最近死んだのか?」

『死なないだろう、ユーリは。それに今もこうして生きている』

「そうじゃない、何かがあったはずだ。オレはヨナギと戦って——」

 待て、今の名は一体なんだ?


「黙らせますか?」

『いいや構わんさ、わざわざ止める理由も無いだろう。ラゥルトナーも切り札をきってきたのだからな。こちらも答えてやらねば勝負を楽しむこともできまい?』

「は」

「待て、やっぱり知っていやがるな。オレに、一体何が起こってる。それにジンは何処へ消えた。第一、アイツが『総界』に攻め入ったなんて記録はない。なのにオレの記憶はそう言ってるんだ。これは、どういうことか知ってるんだろう!」

 やはり、この二人は知っている。この異常事態についての答えを、その根源を。


『世界は廻る、何度も廻ってきたということだ、ユーリ。巫女が死ねば世界は創りなおされ、お前はそこから生還した。なに、これまでも何度かあったことだ。あれほどまで死に近づいたのは初めてだったが』

「なんだと? それに御当主、まるで実際に見てきたかのように話すんだな。で、オレが負けただと?」

『ああ、その名なら口にしただろう。ラゥルトナーに使えるヨナギという少年によって敗北した。覚えていないのは仕方あるまい。だが、此度は違うぞユーリ。お前は閉じた円環から逸脱する資格を得たのだから』

「……それがどういうことかってのを聞きたいんだけどな、オレは」

『焦らなくて構わない、じきに分かるさ。ユーリ、おまえは好きに動けばいい。己が心の向くままに、進むべきと感じた先へ邁進し続ければそれでいい。旅の終わりには知りたいことと知るべきことがその手の内にあるのだから』

「………そうかい。じゃあオレはこんな辛気臭いとこからはオサラバさせてもらうぜ。聞いても具体的な答えは教えてくれそうにないしな」

「ユーリ」

「んだよ旦那、御当主のご意向ってやつだぜ。引き留められたところでカンケーないね」

「好きにしろ、どうでもいいことだ」

「…?」 

 小言と共に斬撃でも飛んでくるかと思ったが、しかし旦那はあっさりと引き下がった。

「どうでもいいってのは? ま、旦那はいつもそうだけどよ。そっちの理由くらいは教えてくれたりしないのか」

「この先、おまえが巫女の始末の為に『総界』に向かおうと考えているなら止めておけ」

「なんだよ、旦那が行ってくれるってなら別に働かなくてラッキー、程度なんだが。オレに内緒で勝手に動かれるってのは気分が悪ぃな」


 旦那と御当主の間では何かしらの計画があるらしいが、蚊帳の外のオレとしてはいい気分じゃない。

 長い戦いの中でナイギの戦力は着実に削られてきている。十二年ほど前に行われた『纏界』、ラゥルトナーへの奇襲も失敗に終わっているのだ。

 一世一代とも呼べる機会を失い、マトモに戦えるのはここに居るオレと旦那くらいのもの。御当主はかつて掛けられた封印により、影法師としてこの場で会話するのが関の山。

 戦える人間など事実上二人しかいないのだからやってられない。…終わりは近い。

 なのにわざわざ手をこまねくような命令を出されちゃ、いい加減気も荒くなるというもの。その上、理由も説明しないのだからふざけてやがる。

 

 半ば無意識に殺気が漏れ出してしまっていた。旦那は正面から己が殺意で切り結び、不可視の攻防が虚空において繰り広げられている。

 そしてもう一人、玉座に身を預けた御当主は殺意の奔流をそよ風とさえ感じ取っていないように悠然たる態度をとっていた。

『ああユーリ、向かうなとは言っていない。おまえが向かいたいと、向かうべきだと感じたのならそうすべきだ。その権利があり、実行に移すことのできる意志と肉体がある。だが、頼みがあるのだよ』

「頼みだと?」

 朧げに、風に揺れる柳の様な不確かな口調は聞いているだけのこちらが不安に駆られそうになる。そして、その様子を視る男は嗤っていた。

『その通りだともユーリ、ああ心配することは無いぞ。ただ願いを聞いてくれるだけでいい。それだけを守ってくれたならユーリの行動には何一つ手出しも口出しもしない。約束しよう』

 どこまで本気でどこからが嘘なのか。底知れぬ虚ろそのもの、ナイギ当主であるホロウは嗤う。

 その先はオレだけじゃない、傍に控える旦那も、『崩界』に生きる者も総てだ。この世界そのものを嗤っている。哀れだと、滑稽だと、心の底から嗤いながら、その上で慈愛の様な感情も混じり込んだ混沌たる感情が、溢れ出てくる。

 呑み込まれればそれだけで…。否、触れただけで何もかもを侵食しつくす虚ろそのものに他ならない。

 かつて、あまりに遠い昔に『崩界』へと堕とされた罪人。

 生命としての寿命などとうの昔に追い越して、人としての心などいつから無いのか分かったモノじゃない。その男が孔の開いた心で嗤っているのだ。

「———ちっ、それじゃあなんだよ御当主、そのお願いってのは」

 だから、この言葉は逃亡に他なるまい。

 何とも情けない話だが、アレは人というよりも生命であることを辞めている。それも年季が入ってるなんてモノじゃない。

 ホロウとはナイギの歴史そのものなのだから。


『ああそうだユーリ、頼みたいことは巫女と、ヨナギ・アマナについてのことだ』

「ヨナギ…」

 なんだ、その名は。そんな名前の奴は知らない。だというのにオレの心が声を上げている。だが、縛り付ける鎖を断ち切るには至らない。思い出そうにも、溢れてくるのは空虚な記憶のみ。

『カハハハ…、そんな顔をするな、知っているだろう? 憶えていなくともすぐに思い出す。だが、願いに記憶は関係ない。巫女とラゥルトナーの従者であるヨナギの二人を、殺さずに此処へ連れてきてくれ。あぁただそれだけだ。それだけでいい』

「巫女を殺すのがオレ達の最重要目的じゃ?」

「状況が変わった」

 何かしらの情報を得ようと疑問を呈したところで旦那の言葉によって切り捨てられる。クソ、マジで説明しないつもりだな。

「…なら、そのヨナギって野郎は? なんで連れてくる必要があるんだ。」

『なに、アレは救うべき相手ということだ。ヨナギはラゥルトナーの下にいること自体が誤りだということはユーリ自身も理解していたぞ。あぁならば、わざわざ頼んでおく必要も無かったかもしれないな。ハハハハ——』


「ふんっ、じゃあ話も聞いたからオレはいくぜ。その頼みを聞くかどうかは実際に向かってから考えてやるよ」

 情報を与えるつもりがないのならこれ以上此処にいた所で無意味だ。とっとと屋敷に戻って女の子達に癒されてる方が考えもまとまるというもの。

 だが、思考はさっき初めて聞いたはずの名前が何度も反芻している。

 ——ヨナギ、オレを倒した男。


「………」

 その名を思い返すたび、何かが胸から飛び出そうとしては強く縛られた鎖によって封じられている。だがオレは間違いなくソイツを知っているのだ。

(なぜ、ヨナギが男だと知ってる?)

 ヨナギという名前だけならば女とも受け取れるはずなのに。オレは男だと無意識に認識し、確定していた。

世界が創りなおされたというのならば、創りなおされる前回において——。

『…ヨナギ、——お前はどこまで……進むんだ?』


「———ッ!? 今のは——」

 間違いなく自分自身の物。だがあのような場所に行ったことは無く、『胎蔵領域』を使用した上での敗北を喫するなど……。

「なるほどな…、色々と面倒なことが起こってたわけだ。それもずっと昔からときてる。……いい加減オレも、本腰を入れる時が来たかもな」

 ヨナギという男も気にはなるが、ここはあえて後にする。

(オレがそのために行動するのも読んでるんだろ? なら、まずはジンだな)

 あのナイギバカが行方をくらますなんてあり得ない。態度はともかく行動はまっとうにナイギの為に動く奴だ。

 それが何の情報も残さず姿を消す? ありえないね、必ず絡繰りがある。それも世界を創りなおすっていう、巫女の力に関係したものでだ。


「…ったく、どいつもこいつも。もうちょっと協力しようって姿勢取れないのかね」

 旦那と御当主に対するイラつきはあるが、目的が生まれた以上、あとは向かうだけだ。他の連中のことなど気にしていられるか。

「オレは、オレでやらせてもらうぜ——」

 まずはあの堅物を何とか探し出してやらないとな。あんな面倒臭い奴でもからかいがいはある。

「あの馬鹿、オレに野郎を探させといて死んでたらぶっ殺してやるからな」


 さてと、そのためにも準備だ準備。

 屋敷に戻ってから、そうだな。『楔』をいくつか作っておいて、…その間にヌイちゃんにはもう少し戦えるようになってもらっとこうかな。

「…死なないといいけどな……」

 ヌイちゃんに課されるであろう特訓を想像しようとして、ヤメた。その昔、ガキころに一回受けたことあるけど死なないオレが死にそうになったのだ。ありゃもう二度と受けたくないね。

 けどまあ、受けるのはオレじゃないので。

「ヘイ! ヌイちゃんに特訓の時間だぜ!! あつまれ鬼姉妹っ!!」

 屋敷の扉を開くと同時、とある三人娘へ呼びかける。あの子たちに任せるとヌイちゃんが死ぬかもしれんが時間もない。頑張ってもらおう。

 ……そういやあの子、いつから屋敷に居るんだったか? 

「ふん、どうにもこうにもだ」

 知らないというよりも忘れている。とでも言うべきなのだろう。だがじきに思い出すと断言された以上、それは考えている場合でもないだろう。

 今は己のやるべきことを始めることからなのだから。



『さて、此度も時間に狂いなくこれまでだ。レイガン、戦果を期待しているぞ。此度こそ、上手く運べると信じている』

「無論です。ホロウ様の期待に添えますよう全霊を尽くします」

『ハハハ、思ってもないことを口にするのは疲れるだろうに。レイガン、一度くらい本心をその口から聞いてみたいものだ』

「お戯れを。この忠心、紛うことなく本心であるがゆえ」

『そうかそうか、クハハハ…、堅物のレイガンが言うのならならそうなのだろうさ。なら信じよう、これまでと同じように。なぁ?』

「……」

 玉座より、虚ろたる混沌が消え去ろうとしている。

 かつて掛けられた封印は、幻影の現界までは防ぎきることはできなかった。

 いや、『総界』が創りなおされる度、世界の営みが繰り返されてきた。それは積み重なり、あまりに永い時の流れとなったことによって封印の効果は弱く、現界できる時間をわずかながらに伸ばしていた。

「此度、完全なる現界をお約束いたしましょう。その時こそ」

『あぁ…、そうなれば素敵なことだ。この玉座からの光景以外、最後に見たのはいつだったろうなぁ。ああ随分と久しいぞ。フフフ…、楽しみにしているぞレイガン。現界の事じゃない。おまえ自身の決着も、最期に手を伸ばすモノにも』

「……は、その期待にはお応えできないかと思いますが——」

『ク…、カハハハハハハ———。なら見させてもらおう、あぁぁ…楽しみだ。心が湧くなど一体どれほどぶりか。この胸の高鳴りを失いたくないものだ』

「では、私は準備を。巫女とヨナギ、双方を連れ帰りましょう。……念のため聞いておきますが、ラゥルトナーはいかがしましょうか」

『レイガンはどう思う?』

「生かす必要はないかと。ですが——」


 立ち去る間際、ホロウの姿は目視出来ないほどに透き通り、この場から消え去るのは目に見えている。ゆえに、此度における対話はもう起こらない。

 この場から消えた所で世界の動向は把握することのできるホロウからすれば、この問いかけは試しているといったところであろう。

 正誤は問わない、判断基準は己が満足することのできる答えが返ってくるかどうか。そして、そのことをわざわざ気にする必要もないのだと、老齢の剣士は知っている。

「利用価値はあるかと。ホロウ様の前に魑魅魍魎を呼び出すわけにもいきますまい」

『ほう? ラゥルトナーにぶつけるか。てっきりレイガンが相手をしてくれるのかと思っていたが』

「コチラの被害と時間の消費を考えれば損です。ラゥルトナーの消耗については我々が気に掛けるいわれもない」

『そうか。まあいいさ、レイガンに任せると言った。ではな此度の終わりにまた会えることを待っているぞ——』

 その言葉を最後に、この空間を埋め尽くしていたホロウの気配が消えていく。まるで初めから何もなかったかのように、総てを押しつぶさんとしていた界燐が虚空に消え去った。

「……」

 剣士は何も語ることなくその場を後にする。だがその表情は、彼を知る者が見れば一段と険しいものであることが分かっただろう。

 だがそのようなことは決して起こらない。この男の本心を覗き見ることができたものなど、『崩界』において誰一人いなかったのだから。

「………」

 祭殿より外に出た時、夜だけを映し続ける空には月はない。黒雲に隠れ、わずかな光でさえ隠れていた。

 見上げることは無く、感慨を抱くことも無い。

 進むべき道筋は彼の中に出来上がっている。ならばあとは進むのみ、邪魔建てする者は例外なく切り捨てる。

これまでそうしてきたことをこれから先も続けるだけ。ならば、何を迷うことなどあろうことか。


「リア、…ラゥルトナーか。いい加減しつこい、この手で斬らねばならんようだな」

 いまだこの手に残り続ける斬首の感覚を思い返しながら、次こそは殺しきると獲物を定める。だが、自分で手を掛けねばならないわけではない。その様なこだわりは無意味だ。

(レギオン、いつまで静観を決めていられるか)

 世界の狭間に漂う灰の魔人。

 理知的な人格を表に出しているらしいが、アレはそのようなものではない。取り込んだ魂の数が多すぎるせいで怒りが限界を通り越した結果、表面上穏やかに見えているに過ぎない。

 ならば、その仮面をはぎ取ってやればいいだけの事。こちらとしては目的が達成できれば他がどうなろうとも関係ない。


「征くか」

 月光はなく、歩む道は暗闇に融けて消えた。男の姿も同様に消え去り、何処へ進もうとしているのかなど、誰に分かろうものか。

 ただ一つ確実なことがあるならば、彼の進んだ先の道に幸福な結末など用意されていないということのみだった。


生き残っていたラゥルトナー組同様、ユーリも生き残っていました。完全に死ぬ間際に世界がリセットされたため、とでもしてください。

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