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四方総界縁起  作者: くろよ よのすけ
35/100

35.覚悟の良否②

「シ——ィ!」

「ふっ」

 空から降り注ぐ氷槍を防ぎながら肉薄する。振るう聖槍はしかし届くことは無いが、ユーリに警戒させるには十分。彼岸花も光の加護によって肉体にまでは生えてこない。

(ありがとう、シエ)

 シエの誠心に、献身に護られている。

 あの日救った命が巡り、俺を救わんと闇を払う輝きを放っている。


 しかし感謝に割く余裕はなかった。

「全力での初撃くらい、雑に行こうか」

「ぬかせ」

 ユーリの気配が揺らいだかと思うとこれまで降り注いできた氷槍など目ではない、巨大にすぎる大剣が幾本も空中に形成されて落下を始める。

(準備をしてたわけじゃないのに形成までの時間が速すぎる。コイツ、どこまで手を抜いてやがった…!)

 落下する大剣は、一本につき刀身がビル一棟ほどの大きさ、まともに受ければ切断ではなく圧死。あまりに単純明快に過ぎる殺意の具現。

 全力を出してなお底知れぬ実力は今、俺のみに向けられている。ならば、コチラも手を抜いている余裕など在りはしない。

「四方展開、破封混成領域——」

 シエと同じように、いやシエと比べれば下手くそな円を地面に刻む。

 主を守る為、彼女が編み出し極め続けた真円の守護、その再現であり強化。彼女の扱っていた槍の大元である聖槍ならば、純粋な威力そのものが桁違い。

「——聖域アジール

 『四方界』の発現、大剣が自重により圧殺せんとする間際、迎撃。相対した刃は大剣の方が粉々に粉砕される結果となった。

「俺はアイツほどうまくできやしない。間合いも切っ先までしかないような、汎用性の欠片もない、決して同じ技だなんて言えるものか。だがな、お前の攻撃くらい撃ち落とすことはわけないぞ…ッ!」

 周囲に降り注ぐ大剣の雨、地面に突き刺さり破砕される壊音の中、飛び散る破片も新たに放たれる攻撃も全て防ぎきる。


「ああ確かに、彼女とお前の『領域条件』を重ね合わせている以上、効果もひとしおだろうさ。だがそのせいで、お前はその円の中から動くことはできない」

「だったら?」

「だからこうする、手を選ぶ必要もない。——『雪渓』」

「チッ!」

 ピシリと何かが割れる音が聞こえる前にはユーリへ向かって疾走する。その音が背後で巨大なものとなっていくが、振り返ることなどしていられない。

 大地が割れたのだ、あのまま立っていれば地割れに巻き込まれ地中で圧殺される。そうでなくても地面そのものが罅割れる。描いた円陣などすぐに効果を失うことになる。

「そらこいヨナギ、決着をつけるんだろうが。これ以上チマチマした戦いをするつもりなのか? 剣が使えないから槍を取ったんだろうが、あの子の命を犠牲にしておきながら、何を腑抜けた戦いをしてやがる!」

 地面に突き刺さっていた大剣を操作し、風を引きちぎる横薙ぎが放たれる。同時に生み出された極低温の真空は、無数の刃となって辺り一面を切り刻む。

「ジ——ィ…ィッ!」

 不可視の刃を勘で躱し、避けきれないものは槍で撃ち落としながら、刀身の下を潜行して前進する。

「近づかせは、せんっ!!」

「ぐ——っ」

 だが、今度は地面そのものが大きくせり上がる。これではどれほど身を低くしようとも刃の当たる位置となってしまう。その上——。

(上に飛べばただの的、シエの『四方領域』なしじゃ流石に全ては防ぎきれない…っ)

 上空へ回避すれば、天地両面からの攻撃にさらされる。空中に円陣を刻むことはできない以上、大剣による一撃は防ぎきれない。そうなれば、その次には死が待ち受けている。

「だが、やることは変わらない——!」


 ならば、最速最高の一撃を放つのみ。

 身を低く、獣のように突貫する構えを取る。狙いは一人、間違えることはありえない以上、あとはどれだけ速く、精緻な一撃を叩き込めるか。

 ———刹那機会を見極めろ。

 せり上がる大地、横薙ぎだけに飽き足らず複数方向から叩き潰さんと下される大剣。『聖域』を扱えれば問題はないが、その地面自体が自壊しては再構成を絶え間なく繰り返している。

 これでは円陣を刻んだところですぐ消し去られるだろう。

(だが、本命は一撃、その瞬間を逃さなければ勝機はある)

 間合いの内側、そこまで近づくことさえできれば、この聖槍はユーリの不死さえ突破して見せる。それはユーリの警戒具合からしても間違いないとみていい。

 誰かの死をもってでしか顕現せず、しかし誰かの死を確定することのできる神域の槍。シエにくれてやったつもりだったものが、今やシエの命と共にこの手に在る。


「……ふざけやがって——」

 しらず、抑えきれなかった想いは口に出てしまう。

こんなもの、アイツの命と比べてどれほどの価値があるものか。返す必要なんてなかったのに、ユーリを倒す方法なら他にもあったかもしれないのに。

「——ッ、ォおおおおお!!」

 横、縦、斜めからの三方向——。

「来るなら、——来いッ!」

「ハァアアアアアッ!!」

 否、数など目で追えるものではない。

 迎え撃つために創造され、放たれ続ける刃の数々はもはや個々の武器としては意味をなしていない。すなわち洪水、濁流の類。流動する大地は武器の創造の余波に過ぎなかった。

 視界を覆うほどの刃が全方位から迫っていている。

 受け切る体力は残されていない。止まれば死、無謀に突っ込めば死。

「く——っ…」

 その上で、極大の質量を持った刃が速度を以って襲い来る。地面が動いている以上、自らぶつかりに行っていると同じ事。想像以上に接触は早い。

 此処が地獄の具現なのだというならば、死など刹那先にいくらでも転がっている。


(シエ———、俺に——)

 出来るだろうか。

 ユーリを倒すことができるだろうか。

 お前の命を受け取ってやることが氷鏡の刃、その渦中に飛び込もうなど。流石に怒られるだろうか。

(怒ってくれるなら、気が楽になるのにな——)

 一歩、また一歩と駆ける度、懺悔と後悔が足を引く、背を掴んで引きずり戻そうとする。

 すまない、すまない。俺がもっと強ければ、初めから向き合っていれば、何か変わっていたかもしれないのに。

 だが、もう手戻りは許されない。握られた槍から伝わる光の鼓動はシエのもの。なら、彼女はまだ約束を守ってくれている。傍で戦ってくれている。

 なのに、俺が立ち止まるなど、許されることじゃないのに。

「——ァ、ァァァァアアア!!」

 ———衝突。

 氷山にぶち当たったかのような衝撃に体がバラバラに吹き飛ばされそうになる。

 耐えろ、押し返せ、倒すべき相手すら視界にとらえていないというのに倒れるなど許されるはずがないだろうに。

「ぐ——、ギ…が、ガアアア……!」

 地面が流動し、四方界が使用できない以上、俺にできるのは単純明快な正面衝突。地力での押し合い。

 ——もっと、強く。

 いくら押し込んでも絶え間なく生み出される武器の数は万を優に超えている。

 ——まだ、前へ。

 全力で放った刺突、その衝撃波によって弾き飛ばされる武器。しかし完全ではない、砕けた破片、防ぎきれなかった武器そのものが霰のように切り刻もうと襲い来る。

 ——奴の眼前、へと…ッ。

「———く…ぁ、が——」

 凍り付く、凍り付いていく。

 伸ばした左手が、再起不能の右腕が。今度こそ完全な停止へと誘われ屈しようとしている。

「グ、ガ……ぁ、ま、だ——、まだ…ァ!!」

 けれど、ひざを折ることはしない。屈したりはしない。そんな姿を見せられるわけがない。

 あの日、雨降る夜に約束をした。

『主として、胸を張れるようにする。だから——、見ていてほしい』

 その約束を、果たしきれないまま。シエの魂はこの手の内へと変生してしまった。だが、それが何だという。

(…約束は、変わらない。守るよ…、絶対に守る。だからシエ——、見ていてくれ。俺がアイツに勝つところを——)


『ええ、もちろんです』


「————ッ!」

 幻想か、思いこみか、死を間際にした走馬灯か。

 あまりに都合のいい彼女の言葉。だが確かに俺には、俺だけにはハッキリと聞こえたから。

「——ッ、オオオオ…!!」

 輝きを増す聖槍。

 感覚さえ失った腕の内に、感じないはずの温もりを掴みながら。

 果てしなく続いた、幾万もの刃の嵐を突破する——!!


 氷山より崩れ落ちた氷刃の濁流を超えた先、氷山そのものを刃と化した大剣が襲い来る。

「これで——、終わってくれ…ッ。ヨナギィ!!」

「——ッ…ァ!」

 初撃を防げば二撃目からは防ぎきれない。ゆえにこそ、初撃は躱す。

 必要最小限の動きによって身を翻し、迫る刀身の側面を転がるように回避する。そして、次に迫る上空からの刃は間髪入れずに襲い掛かった——。


「———」

 大剣を振るった男は疑念を浮かべる。初撃の回避こそ最も愚行であることはヨナギも分かっているはずなのに、奴は回避を選択した。

 ヨナギ自身の『四方界』だけでは大剣の完全破壊は不可能。シエの扱っていたモノを組み合わせることが出来れば達成可能。

 ならばその『四方界』を封じるため、『領域条件』自体を潰した。

 地面に円陣を刻む行為が絶対条件である以上、空中では使用不可。しかし氷となり、オレの支配下となった地面は絶えず動き続けている。これでは『四方界』を扱うことは——。

 だが、その疑念は正面から打ち破られる。

 ——力任せとはいえ、回避不可能なタイミングで放った三本の大剣。その全てが同時に砕かれた光景によって。


「四方展開——」

 身を翻した刹那、轟音とともに真下を通り過ぎる“刀身に向かって”、円陣を刻む。

「——ッ、剣の表面までは…っ、常に動かし続けちゃいないだろうッ!!」

 円陣を刻んだ瞬間、上空から迫りくる刃はすでに聖槍の間合いの内側。ここに二つの条件は達成した。

『肉体は円陣の内』において、『自らの用いる武器の間合いの内』

 シエと俺、二人の『領域条件』を達成することにより、『四方界』の効果は数字を掛け合わせたようにその効果も跳ね上がる。

 片方の達成ができていなければ不発に終わるリスクもあるが、それを成し遂げる実力があるからこそ——。

「これで…っ、終わりか……、ユーリッ!?」

 今こうしてユーリの眼前に立つことを可能とした。



「……その執念、敵ながらに恐ろしい。ああ、本当にな…」

「はぁ——、ハァ……ごふ…っ、なめ、るな——」

 大剣を破壊することは出来た。だが、嵐と形容できる豪風に巻き込まれた破片までは防ぎきることはできない。

 まるでミキサーの中だ。ならば放り込まれた俺は食材か。

「だが残念だったな、それ以上動けばシエと同じようになる。そしてヨナギ、この場でお前に続いて戦ってくれる奴はいない」

「ぐ——っ、はあ、はぁ———!」

 全身、余すことなく切り裂かれた傷口が凍り付き、砕けては傷を広げていく。そして、聖槍の加護をもってしても、彼岸花の萌芽を防ぐことはできなかったらしい。

「その花はオレを中心に広がり続ける。つまり、オレに近づけば近づくほどに効力は増し、生者はただそれだけで凍てつくんだ。ここまで来たことを褒めるべきか?」

 輝く切っ先はユーリに突き付けられ、しかし後僅かの距離を詰めることができない。

 ——彼岸花が萌芽した場所こそ、槍を握った左腕だったのだから。


「槍を振れば、彼女のように勢いで体から吹き飛ぶ。仮にオレを間合いの内側に捕えようとも、槍を振り切るよりも、生身の人間に刃物を突き立てるよりも前に、お前の体は限界を迎えるぞ」

「——くっ」 

 左腕はもう肘から先の感覚を失っている。

 素手で握り込むだけで胴体と別れてしまうほどに脆くなっている。右腕で支えようにも同じこと。傷を全身に負った上、ユーリの傍に立つ現状ではあちらの方が速い。

(ここまで、来て——! シエが命を懸けたっていうのにこの体たらくか! アイツの遺志を、何としてでも成し遂げないといけないのに。シエの願いを、叶えないといけないっていうのに!!)

 必ずコイツを…、いやユーリ以外も例外なく——。


 ナイギを潰す。

 その想いは変わりなく此処に在り続けた。

 しかしそれ以外のものが俺の心には芽生え始めていたということか。

(けど、気づくには遅かった——)

 不死殺しの力より、お前の命の方が俺にとっては大事だったのに。

 かつて思いもしなかったはずの意識、変わったのはいつからだったか。後ろをついてくるだけの煩わしい少女を愛おしく思い始めていたのは——。


「だが、お前はその想いを背負わなきゃならない」

「———っ」

「ヨナギ、お前の本心は知らない。いや、嘘はついてないんだろうな。シエを大事に思いながら、ナイギと崩界を消し去ろうっていう思いは矛盾しない。敵を潰すっていうのは人間として当然の防衛本能だ」

「何が言いたい」

「お前を殺す、っていうことだよ。オレを倒そうっていうのはいい。お前たちを救うって言ってたのは本気だったし、甘い考えだよ。だが、成し遂げるつもりだった。だがヨナギ、お前は何としてでもシエを死なせるべきじゃなかった」

「……助言のつもりか? 今更だ、覚悟は決めた。アイツはもう死んで———」

「ああそうだ、彼女は死んだ。他ならぬお前の手でな。主であるはずのお前の手でだ。だから、オレはお前を許せない。守るべき相手を守り切れない、守り切らないというのは男らしくないからだ」

 自身の想いを噛み締めるかのように口にする。

「知ってるだろ? 崩界なんて世界に産まれると、太陽を見ることさえ滅多に叶わないんだぜ。オレやヌイちゃんみたいに世界を渡ることができる力をもってりゃあその限りでもないが、それでもほとんどの人間が日の暖かさを知らない。青空さえ」

「……それが、どうした」

「オレの願いはな、オレの女たち全員を日の光の元で幸せにしてやりたい。いや、女達だけじゃない。崩界に生まれた人間全員、不条理に生まれた皆にほんの少しでも幸せを与えたい。日の下で何をするわけでもなく昼寝をしたりなんてことをさせてやりたい」

「それがどうしたと、言っている…っ!」


 ユーリの言葉を拒むように、より槍を突きつける。

 だが、首元にまで迫る穂先を見据えながらも、その言葉が止まることはない。

「…そして、その世界でヨナギ、シエちゃん、二人も一緒であれば嬉しいと思ってたんだ。巫女とラゥルトナーは倒さないといけない以上、敵対は避けられないのは分かってる。だが、それでも、……お前達二人は幸せになるべきだ」

「その幸福を人に押し付けるなっ、俺のすべきはナイギの破滅だ。ユーリ、お前がどんなに甘い理想を口にしようが、実現する力があろうが、俺は関係ない。ナイギは必ずぶっ潰す。何があろうとも——!」

 そうだ、俺の行為が全て誤りであったとしてもこれだけは譲れない。

「だからこそ、まずはお前だ。たった一人であろうとも、波紋を起こす。ナイギ崩壊への足掛かりとしてやる…ッ」

「そうだな、ヨナギならそう言うと思った。いや、気付くのが遅かった。お前のその怨嗟を計り切ることのできなかったオレのミスだ。ハハハ…、救えると思ってたんだが、想像以上だった。これもきっと、お前を怒らせる理由だったんだな」

「———」

 これまでの怒りを湛えた表情から、気が抜ける。

 やれやれ仕方ない、どうしようもないことだったと、寂し気な笑みを浮かべる。


「けど、一つ言わせてくれ。こんな態度ばっかりとってるから信じてはもらえないだろうが、オレは本気だった。オレが二人を救いたいと言ったのは穢れ一つない真っ白な本心からだっていう事を」

「……ああ、そうだったかもな——」

「うん、そういうことだ。……、シエちゃんのことは———」

「謝るなよ」

「……」

「お前は、…間違っていない。ただ俺たちの覚悟がそれを上回っただけだ。だから謝るな、アイツの想いを、覚悟を侮辱しないでくれ」

「…ああそうだな、失礼した。なら、そうだな——」


 ユーリの手に、ゆっくりと氷剣が形成されていく。巨大なものじゃない、人一人が扱う普通の剣。

「ああ——」

 そして、コチラも地面へと円を刻む。

 もう、お互いに逃げも隠れもできない距離だ。そして、互いの力量をもってすれば、初撃を当てた方が勝利する。

 背中を見せれば斬り捨てられ、初撃さえ見舞えば互いに一撃必殺。

「決着、つけようか。ヨナギ」

「勝つのは俺だ、ユーリ。お前じゃあ、ナイギじゃない」

「…そうか——、いざ——」

「すぅ———」

「………、——ッ!」

「—————ッ!!」

 

 構えるのも、攻撃を放ったのも同時だった。

 静止した時間の中、朱い花弁が舞ってはどこかへ去っていく。広がり続ける彼岸の花畑、しかし目の前の少年が刻んだ円陣には入り込めはしない。

 美しき光景でありながらも、それを展開する二人の前では決して超えられない領域があるのだと。

「———ああ…」

 そんな簡単なことを、この時になってオレはようやく——。


ユーリ戦、決着です。

次回で一章もラストとなりますのでよろしくお願いします。

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