表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四方総界縁起  作者: くろよ よのすけ
34/100

34.覚悟の良否①


 氷獄の主と、聖槍を創造した少年。

 一人の少女の命によって、遠く離れていた実力の差を埋めたいま、二人の男は正面から向き合っていた。


「聖槍、…他者の死を認識した逸話を元にして、逆説的に他者の死を確定することで創造したのか。ああ確かに、不完全な『倶利伽羅』じゃなく、その聖槍であればオレのクソッタレな不死さえも破綻させられるのかもな」

 俺の手に握られた聖なる槍を目を細め、眩しそうに見つめながらユーリは悲し気に声を上げた。

「それにオレは、少し勘違いしてたらしい…」

さっきまで見せていた怒りを失ったわけじゃない。ただ、起きてしまった事実に対して、一人の人間として、感情を揺らしていた。

「別に、ヨナギのことを聖人君子だと思ってたわけじゃねえ。敵は敵として扱うし、必要なら殺しもいとわない精神を持ってる。だが、彼女を切り捨ててまでの事とは思わなかった」

「今、お前自身が言ったことだ。必要だったから、必要な行動をとったんだ。そしてそのことをシエ自身が望んだ」

「命を懸け、命を捨て去ることを望んだ…? は…っ、馬鹿を言うなよ。そのために彼女はオレに挑んだっていうのか。その程度の勝利を得るために、傷つきながらも槍を振るい、方陣を組み、自らの命を捨てただと?」

 すでに役目を果たし、夜闇に消え去る光の柱はシエの為した最後の輝き。

 飛び交う氷塊に領域を刻み込み、自身を中心とした巨大な結界を創り上げたのだ。それは以前、レギオンを退却させた街に仕込んでいた巨大結界と同じ。


「だが、今回のは違う。これは敵を撃退するためのものじゃない。自らの命を捧げ、その槍一本を創り上げる為だけを前提としたクソッタレだ。……何故だヨナギっ、なぜお前が彼女をみすみす死なせるような選択を選んだ! お前なら、お前ならその選択だけは選ばないと信じていたのに…っ」

「敵に理想を持つな。俺とお前の進む道は最初から違うなんてこと分かっていただろうが。

 何を犠牲にしようともナイギは潰す。俺の生きる理由なんてものは、…初めからそれだけだよ」

 左腕一本で槍の穂先を向けた刃の先では、魂と熱を失ったシエを見つめるユーリの姿があった。


「そうか…、そんなにも嫌ってるのか。仔細は知らないが、だがお前なら仕方ないのかもな」

「お前には関係ない」

「あぁ、そうだな…確かにオレはお前たちに勝手な理想を抱いたよ。主と従者のカタチとしてのな。オレには無理なことだったから。

 …ああそうだ、だから救いたいと思ったし、その想い自体を失ったわけじゃない。だがヨナギ、お前はここで倒しておくべきだとハッキリした」

 目線の先には聖槍、不死性を持つユーリであるからこそ、この槍の危険性を感じているはず。そして、その予想は当たっている。

「右腕を潰して、倶利伽羅を使えなくした時点で終わりだと思っていたオレが甘かった。まさかそんな槍まで持ってるとは思わなかったからな」


 空気が凍り付き悲鳴を上げる。

ガラスが砕けるような音が周囲から響いては朱い花弁が舞う。

「まさか方式の違う不死殺しを二振りも用意してるだなんて思うかよ。しかも最上級の代物ときてやがる。…その力は何より危険だ。もう…、殺すしかなくなった。——この街ごと破壊してでもだ」

「——っ」

 両手を広げたユーリに呼応するように大地が震えだす。

 鳥籠は軋みを上げ、いまにも崩壊しようかとしている。

「お前がそんなものを持ってるだなんて知っていたら…、いや仮定に意味はないな」

 初めての邂逅。レギオンを退却させた後の屋上で殺しておけば。

 それがユーリの後悔か。だが、もしそうしていればなどというもしもの可能性はすぐさま消し去った。

 俺を睨みつける瞳はこれまで見せたことの無い決意に満ちたものであり、確実な殺意を具現している。

「ならこの状況は、これまで遊んでいたオレに対しての罰と言ったところか。これでもやるべきことはやっていたつもりだったが、何もかもが足りなかったということだな」

 揺れは段々と大きくなり、空気中の不純物が凍りつき消え去った空。遮るものは鳥籠の天蓋のみ。


「……本当に、本当に残念だヨナギ。お前も救うことができたなら、初めから友として出会うことができていたなら。…殺すと決めたのに、そう思っちまう」

「そうか、そうかもな。だがそんなのは無理だ。俺がアイツと出会ったあの瞬間から、敵として殺し合うことは決まっていた」

 リアと出会った血染めの夜。凪いだ空から月明かりだけが二人を照らしていたあの日、あの瞬間から、俺の進むべき道はは定められていたのかもしれない。

 そして、その後の出会いもまた——。

「ナイギは潰す。例え、何を犠牲にしてしまうことになろうとも——」

「ああ、そうか、なら——。これ以上、抑え込む必要は無くなった」

「——!」

 世界の揺れがピタリと収まる。そして次の光景が目に入った時、理解した。


 大きな勘違いをしていた。

 断崖を落下するように絶対零度を優に超えた氷獄内部、聖槍の加護が無ければ生きていられないこの空間を作り出した鳥籠の必要性。

 これこそがユーリの『四方領域』なのだと思っていた。さしずめこの空間内部でしか強力な能力を発動できない縛りの代わり、空間そのものへの干渉力が強化されるのだと。

(違う。これは——、これこそが縛りだった——)

 鳥籠をはさんで内側と外側、『四方界』が異能を発揮するかどうかの隔たり。

 それ自体が、崩れていた——。

「オレの『領域条件』は別にコレの内側っていうわけじゃない。むしろコレは、一度発動すると加減できない『胎蔵領域』を抑えるために編み出した術式だ。使う度、当たり一面の生物を殺しきるわけにもいかないからな」

 つまるところ、ダメージ自体を制限することが出来ないのであれば能力の範囲自体を制限したのだ。

 鳥籠の内側のみを疑似的な『四方領域』として扱うことで、その中でしか『胎蔵領域』が機能しないようにしていた。

 そして、その縛りを自ら破壊した今、この絶対零度、大紅蓮地獄はユーリの力が続く限り世界全てを凍り付かせんと侵略を開始する——!


(こっからだな。オレもお前も)

 手のひらの上で精緻な飴細工を握りつぶす感覚。

 鳥籠の崩壊に比例して『胎蔵領域』が外界への侵食を開始する。

「ヨナギ、オレの『領域条件』だが、お前にはどうしようもないってことだけ教えといてやる。内容自体、教えるつもりはないけどな」

 実際、オレの『四方界』そのものを止めることは出来ない。なんたって誰しも月の輝きを消すことは不可能なのだから。

 そうだ、『月光、ないし自然光の元』での発動こそがオレの『四方領域』であり『領域条件』だ。

「安心しろ、別に『四方界』が満足に使えなくて負けた。なんて言い訳をするつもりはない。これまでもこれからも、オレは全力でお前を倒す。覚悟しろヨナギ、勝つのはオレだ」

 編み上げる氷獄術式、標的は違わず眼前の少年へと向けられたそれはこれまで以上の力を籠められていた。

 

「くそ——、厄介にもほどがある」

 氷の世界が広がるということは、ユーリの『四方領域』が広がり、能力の規模、威力が上昇し続けるという事。

 『四方界』という術式の基本システムが陣取り合戦である以上、広範囲を支配下に置かれる状況は避けねばならなかった。

「もう遅い。それにヨナギ、心配するのであればお前の事じゃなく、巫女とラゥルトナーの方だな。街全体を覆うのに、そうはかからないぞ。『楔』の時間切れを狙っているなら諦めろ、今回のはいざという時の為に取っておいた特製品だ、夜明けまでは持つ」

「なら、やることは分かり切ってるな」

「ああ、互いにな」

「俺はお前を——」

「オレがお前を——」

「「——殺しきる」」


「はァ!!」

「ッああ!」

 攻撃は同時、刹那の間に創り上げた氷の大剣と相対する聖槍が振るわれる。

その衝撃は崩れ落ちる天蓋の残骸を粉砕し、余波によって氷の大地にひびが入った。

「お前自身が、剣を振るのか!」

「天才だからな。大抵のことはできる、知ってのとおりこんなこともな」

「——ッ」

 鍔迫り合いの状態から大きく飛び退く。

 次の瞬間には大地が割れ、大きく口を開いていた。聖槍が手に在る今ならば呑み込まれても死にはしないが、身動きは制限される。


「そら、次だ」

 当然これだけで終わるはずがない。

 これまでと同様、氷で生み出された大量の武器が襲い掛かる。その上、これまでの規模を優に超え、強度は隔絶している。

これまでが圧倒的に手を抜いていたことを見せつけながら、ここから先の攻撃全ては殺す為の布石であり一撃。気を抜けばその瞬間に命は停止する。

 その上迫る攻撃を防ぐだけでは足りない。花開けばそれだけで肉体が砕ける強度まで凍り付かせる彼岸花は、なんの前触れなく肉体から芽生えているのだから。

「チィッ!」

 認識した瞬間、根本の肉ごと抉り取るしか対処できない。血液は飛び散る間もなく凍り、罅割れ、傷口を悪化させていく。

 掠り傷一つ負えばそう時間もかからず全身が凍りつき、子供の力一押しで砕け散ってしまう。

 この現象が『四方界』によるものであれば、聖槍によって防ぐことができたかもしれない。だが、これはあくまで副次的な自然現象。あまりにも気温が下がっているからこそ起こる地獄の光景。

 皮膚が凍り、砕け、出血し、傷口がまた凍る。その繰り返しの痛みだけで常人であれば気が狂う。その名の通り『大紅蓮地獄』、止まらぬ人体の氷結と出血は朱く染まり切った彼岸花そのものとなる。


「剣があればなんとかなったかもしれないな。あれならば焔を滾らせることも出来たろうに。オレは運がいいというべきか? どう思うヨナギ」

「知った…ことかッ」

 誇張無しに全方位から迫りくる攻撃を捌ききる。ユーリの能力による攻撃であれば聖槍の効果も発揮される。強度は以前と比べ物にならないくらい上昇しているはずだが、聖槍から放たれる光に触れた途端に意味をなさなくなる。

 振るえば砕け、突けば穿たれる。

 ただ一振りの槍としての機能と技量のみで防ぎきっている。

「やはり、その槍は危険だ。排除…しないとなァ!」

 そして、隙を見せようものならユーリが手ずから武器を振るう。それは剣であり槍であり斧でもある。地獄の結氷で形成された千差万別の武具を、十全に使いこなしきる卓越した技量を見せつけられる。

「出来るものならやってみろ、その前にお前を始末する」

 だが材料が氷である以上、武器としての性能はこちらが上。速度を増し続ける打ち合いの度に武器は砕け、氷の破片は空を舞う。

「ッラァ!!」

 武器ごとに貫かんと一撃に全霊を籠めるが、地面から飛び出した数多の壁によって妨害される。

互いに仕留め切れない中で、互いの声だけが身に届く。

「その言葉はそのまま返す。さぁ、夜明けは遠いぞ。オレを殺すというのなら、巫女が死ぬ前に成し遂げて見せろ。ここから先、一手誤れば死を迎えるぞ。その槍がどれほどのものであろうともオレは負けない、必ず勝利する。オレの勝利を待ち望んでいるあの子達の想いを背負っているんだ。勝利以外は許されていないッ!」

「ハッ、救いたいと言ったかと思えば殺すと言う。ずいぶんと優柔不断な男だなユーリ・ナイギ。その上、想いを背負っていると来たか。そんなもの、誰もが持っているものだろう。初めから敗北を許容する戦いなんてものはあり得ない。お前の言う想いがどれほどかは知ったことじゃない。…背負っているのは俺も同じだ。 勝利するだと? 笑わせるなよ穢れた血族が。お前たちに与えられていいのは無価値な死だけだろうが…ッ!!」

「その驕った口を閉じろよラゥルトナー! 数百年に渡り崩界に幽閉され続けたオレ達の怒りと悲しみを何一つ知ろうともせず、世界の…っ、命の管理者などと勘違いした貴様らの無力さを、今日こそ思い知らせてやるッ! 四方、展開!!」

「何度でも言ってやる、穢れた血族。出来るものならッ、やってみやがれ!! 四方…展開——ッ!」 


 正面から全力で衝突する『界燐』は桁違いであり、ぶつかり合う意思と意志は留まることを知らない。

 それぞれが護るべきものの為、戦いは本来の構図を取り戻していた。

この戦いそのものが、天界と崩界の運命を左右する一戦となることの意味を互いに知らぬままに——。



  □ □ □


 一陣の風と共に、一人の少女が去った。


「……そっか、頑張ったんだね」

「……? 今、何か……キャッ!?」

 何か、不思議な感覚が胸を突いたと思ったら、鳥籠の中から眩しいくらいの光が立ち上った。その光は街全体を照らすくらい明るくて、手で影をつくらないとちゃんと見ていられない。

「あの光…夜凪くん?」

「…うん、聖槍を取り出したということは、ヨナも頑張ってくれてるみたいだ。そろそろ、決着もつきそうかな」

「聖槍? あの光はそれが原因で?」

「そう、彩音も集中すれば分かるはずだよ。ただ、このまま呆気なく終わるとも思えないな。用心した方が良い」

「は、はい」

 ベランダから夜凪くんたちが閉じ込められている鳥籠を見てはいたけど、やっぱり外からだと詳しいことは分からない。

 ただ、時折波紋となって飛んでくる『界燐』の苛烈さだけでも大変な戦いをしているということは伝わってきている。


 そして、一つ気になったことを聞いておく。

「さっき、聖槍を出したって言いましたけどなんなんですか? 夜凪くんの使ってる剣とは違うんですよね」

「あの剣はヨナが昔から持ってたものだよ。その関係もあってヨナはあの剣を使うことでしか本当の能力を使うことができない、なんて問題もあるけど。ま、それはいっか。

 聖槍、槍の方だね。アレは、…シエが子供の時に預けておいたんだ」

「シエにですか。でも、使ってるのは夜凪くんなんですよね」

 シエが槍を持ち運ぶというと、この前教えてくれた体に刻んだ方陣から取り出してる、って話の事かな。いつも使ってたものともう一本を持っていたということなのかな。

「ヨナの持ってた剣と同じくらいスゴイものでね。簡単に言うと不死身でも倒すことのできる力を秘めてる。しかも能力で作った武器なら大抵消し去れる。邪悪なるもの全てを所有者に寄せ付けない」

「それは確かに凄いですねっ、でもそれなら今までなんで使わなかったんですか? …あ」

「………」

 ちらりと私を見たリアさんの目元は固い。でも、分かってしまった。


「この前風邪をひいた時みたいに使うと疲れ切っちゃうとかですか。使おうとするたびにあの眩しい光が出てきちゃうなら普段街中で使えないですもんね」

「——うん。そうなんだ、良く分かったね。流石に彩音も分かってきたってことかな?」

「あはは…、まだまだですよ。それに二人もまだ戦ってますから、私なんか全然役に立ててません。何とか力になりたいですけど…、い、いえっ弱気になっちゃダメですね。二人の帰りを出迎える時に変な顔してたら怒られちゃいますっ」

「そうだね、ちゃんと出迎えてあげないと、とは思うけれど…」

「どうかしたんですか?」

「いや、ちょっと向こうも本気を出してきたみたいだよ。ほら、伏せて」

「え? え? あ、ちょっ——わぶっ!?」


 リアさんに抑え込まれるままベランダの手すりを壁にして何かから隠れる。

 瞬間、一陣の突風とともにこれまで以上の寒波が叩きつけられた。あんまりにも冷たくって、隠れきれなかった髪の毛の先と窓ガラスが粉々に砕けるくらい。

「い…、今のって…っ!」

「うーん、流石次期当主。本気を出すとこんなことになるんだねぇ。良いことを学んだよ。あ、顔を出すなら気を付けてね。」

「そ、そんなこと言ってる場合じゃないです。あの中心に夜凪くんたちがいるんですよ…って、あれ…」

「うん? ああ、もう抑える必要もないってことか。さて、こうなるとヨナに任せるしかないね」

「壁が、失くなってる…」

 もう一度見た先、二人が戦いながらも閉じ込められていた鳥籠の様な建物が崩れてなくなっている。もしかしたらユーリって人を倒したから『四方界』が解けたのかな。なんて甘い考えが浮かんじゃったけど、でも——

「気配、は…まだある」


 あの鳥籠と、寒波から感じ取れる『界燐』に共通して感じる気配。きっとユーリ・ナイギが使ったからこそ感じ取れる部分が分かる。

その感覚がまだ消えていない。なら、まだ戦いは終わっていない。

「そう、だからこのままじゃ街全体が凍り付く。私達が逃げるよりも早く、隠れればまとめて氷漬け、抵抗するには遅すぎる。だからもう、ヨナに任せるしかなくなっちゃった。困ったねぇ、だから——」

 なんてことを全く困ってなさそうな雰囲気で話すリアさんは焦ってるのか焦っていないのかも判断できない。ううん、きっとやせ我慢なのだと思うけれど。

「——だからより一層応援しなきゃ、ですね」

「………そう、だね。うんうんその通り。じゃあ彩音、あとはよろしく。私は寒くて動けないから」

「…もう、リアさんがそんなんじゃダメじゃないですか」

「いいのいいの、ヨナもシエも分かってくれてるから」

「それ、呆れてるんだと思います」

「あっはっは」

「もう…っ」

 でもやるべきことは変わらない。私の祈りなんてものが何の役に立つかは分からないし、きっと意味はないのだろうけど、やらない理由もないから——。

(だから、夜凪くん、シエ、二人とも無事で帰って来てね…)

 私は一人、白く染まった地上ではなく、月虹の星空に祈るのだ。



 一人、静かに祈る少女をバレないよう見つめる。

 彼女は否定するだろうけれど、その姿は厳かで尊いものだった。ただ手を合わせているだけなのに、その行為自体が彼女から生み出されたのではないかと思ってしまうほど。

(ごめんね、嘘を吐いてしまった)

 だから、心が少し悼む。

 あの槍は加護をもって墜天子であったシエの身を護り、かつて失われかけた命を繋ぎとめていた。だからこそあの子は今まで健康に生きてこれたし、何も起きなければこれからもそうだった。

 結局、ユーリの杞憂は的外れではあったのだ。このことを知っていたのは自分とシエだけだったし、ヨナギに本当のことは教えなかった。


(ヨナには教えなくってよかったな。…教えたりなんかしたら優しいあの子は怒っちゃうから)

 シエが今よりも少女であった頃、ヨナをかばって死にそうになったことがある。心臓は傷つき、墜天子であるがゆえの呪いも受けていた。どうあがいても死は免れず、私も正直諦めた。

 なのに、ヨナときたらせっかく私の上げた聖槍をシエの心臓の代わりにするのだから驚いた。…あの頃のヨナは私以外とは口を利かなかったし、喋ったところで悪態だけ。

 シエは不思議と懐いていたけど、後ろをついて行ってもヨナが振り返ることは無かった。今でもなんであそこまで懐いていたんだろうと思わないでもない。

 それを知ってるのは、きっとシエとヨナの二人だけ。少し妬ける。

 けどもう、その嫉妬が何かに変わることは無くなった。


 ヨナは聖槍が心臓として変状して、もう武器としては意味のない奇跡として消え去ったと思っていたみたいだけど、そうじゃなかった。聖槍はシエを守る奇跡でありながらも、聖槍のままだったから。

 あの子から心臓代わりの聖槍を取り出すということ、それが自分自身の命を失うことなのは分かっていた。けどもう、聖槍は本来のカタチとして顕現した。もう一度シエの心臓にしたところで、器自体がきっとどうしようもない。——もう、助かりはしないだろう。

 だから嘘を吐いた。

(きっと、いつか私は大きなしっぺ返しを食らうだろう。色んな人に怒られて、殺されそうになるだろう。でもまだ、やるべきことは終わっていない。この生き方を止めるつもりは無いよ)

 自分で考えてみても、なんて我儘な女だろう。その上たちが悪いという奴だ。

 けれど、けれどね、私は全てを終わらせるためにここに来た。その結果が勝利となるかは分からないけど、ヨナなら、きっと成し遂げてくれる。そう信じている。

 だから、私も——。


「ん、リアさんは寒くて動けないんじゃなかったんですか?」

「美人はね、寒くても動けるのさ」

「なんですかそれ」

「ふっ、彩音はまだ分からない、ということだよ」

「…なんですかそれ」

「ほらほら、しっかりお祈りしておこう。祈る相手はともかくとしてね」

「分かってますよ。だからほらっ、リアさんもちゃんと手を合わせて、ハイ」

「うん…、分かってる」

 だから私も、祈るくらいはしてみたくなったのさ。

(ヨナ、無事で帰ってきてね。まだ私との約束も果たしていないんだから——)


 月虹の星空の下、二人の女が何かに祈る。

 ただの祈りだ、不可思議な異能が発揮しているわけでもない。その想いを一身に受けている少年へと伝わるわけではないだろうが、それでも伝わる想いはあるはずなのだと、彼女たちは信じていた。



戦闘の最中、リア達も夜凪の帰りを待っています。

重要人物であるはずなのにリアはほとんど掘り下げがありませんが、彼女については追々出番も増えるかと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ