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四方総界縁起  作者: くろよ よのすけ
30/100

30.夏祭りと灰の雪②

 吹き荒れる旋風が通り過ぎると同時、不可視の刃が蹂躙する。

 木々を切り刻み、地面を削っていく様は嵐そのもの。取り残されれば原型も残らずブロック肉になるのは目に見えている。


「巫女も今ごろはこちらの手中だ。この位置からしか侵入を行わないとでも思っていたのか? 随分と甘く見られたものだ」

「………」

 刃を振るう度に吹きすさぶ嵐刃、周囲を駆け廻りながら回避し続けるが、体力は有限である以上それもいつかは限界が来る。

「どうにも似てるな、俺の『四方界』と」

「侮辱のつもりか?」

 休むことなく放たれ続ける嵐刃は正面から打ち破ることは難しいだろう。初撃を退けたところで、空間そのものが無数の刃だ。襲い掛かってくる以上はいずれ巻き込まれる。


「別に、そういうつもりじゃない、がな…ッ」

 この場所にナイギが侵入してくるという予測はしていた。おかげで『領域条件』を達成するための武器はそう簡単に無効化できない程度に仕込んである。

「四方展開——、創界領域『明夜』」

 光刃の創造。ゆえにこの手から武器が失われることは無い。

 今も『界燐』から創り上げた短剣を数本、攻撃の合間を縫って投げつける。

 刀を振り切った瞬間、無防備となった胴体に向かって放たれた短剣は何にも邪魔されることなくナイギへ向かい——。


「何のつもりだ」

 焦ることなく処理される。

 完全に振り切っていたはずの切っ先と、短剣の切っ先が引き寄せられたかのように数度の精密動作を起こし、防ぎきった。砕けた短剣は破片を空中に散らしながら『界燐』へと還っていく。

 それを生身の人間が行っているのだから若いながらに卓越した技量と言わざるを得ないだろう。肉体の強化を行っているとはいえ思い通りに動かせるかどうかは別なのだから。

 次いで、刃の一振りによって再び死の嵐が放たれる。

「———」

 だが牽制か。狙いは甘く回避も容易い。


「何のことだ」

『四方界』による中距離から遠距離の範囲攻撃、そして本人の技量による近距離での斬り合い。流石に付け入る隙は多くない。

 直に刃を交えるには奴の『領域条件』を知らねば勝機は無いだろう。

「何のことだと? ならばなぜこの期に及んで様子見などしている。その気になればいつでも僕を倒すことができると思っているのか? 今この瞬間も巫女は我等の手中にあるというのに」

「……」

「これだから飼い犬は醜いという。命令されたことのみを達成することが至上だとでも思っているようだが、番犬の役目すら果たせないというのならば価値もあるまい」

「アイツなら問題ない。もしも危険だったなら今頃お前の相手はしていない」

「…何だと」

 怪訝そうにこちらを睨みつける刀使い。

 それは自身の計画に陰りを見出したからか、自らの技量を下に見られたことへの怒りか。


「打てる手は打ってあるってことだ。それに遅かれ早かれこっちの仲間もやってくる」

「報告にあった槍使いの女か。アレならばもうここには来ることはない。腹立たしいが、ユーリの協力を得るには条件を呑むしかなかったからな。ユーリも貴様らも墜天使に目を掛けるなど理解できないな。育てた所で意味は無いだろう」

「……っ、なるほどな。あの野郎、了承が得られなければ誘拐でもしようってか、クソが。 なら…、時間を掛けてる理由も無くなった。お前には聞いてみたいことがいくつか思いついてたんだが…、殺す前に聞くことにする」

「ふん、手を抜いていたとでも? あまり自身の力を過信するものじゃない。飼い犬とはいえ、見ていて不愉快なうえに哀れだ」

「ぬかせ人形、指示が無ければ動けないのはお前の方だろう」

「…、そうか……。やはり死にたいらしいな」

 人形という言葉に対して反応したのか、目に見えて怒りが表出し始める。

 握り締めた刀も怒りに震え、いつ爆発してもおかしくはない。


「……」

 コイツが目の前に現れてから一つ、違和感がぬぐい切れない。

 なぜ、俺はこの刀使いに対してこれほど不快感を抱くのだろうか。その答えだ。

(いや、多分使ってる武器のせいだろうが…)

 アイツの刀、見るだけで嫌悪するカタチをこそ苛立たしく思うのではないか。そして『四方界』、俺のものとは似てはいないのに腹の底がざわついている。

 どうしても同族嫌悪を感じ取って仕方ない。

 そして、皆方を傷つける行為、シエに接触するユーリの存在は決して見逃すわけにはいかない。…だからこそ、俺も奴と同じことだ。

 ——沸き上がる怒りを、抑えられそうにはない。

「なら名乗れよ人形、お前の名を。まさか親から貰っていないとでもいうつもりか?」

「…いいだろう、ヨナギ・アマナ。ラゥルトナーである貴様が、僕の名を知ることができることを光栄に思え。——ジン・カダス・ナイギ、貴様を殺す男の名だ」


「ああ——」

 そうか、一目見た時からそうなんじゃないかと、心の奥底では思っていたのかもしれない。

 『門』から現れた姿を見た時、何故か感じ取った違和感。ただの直感だ。

 顔は似ても似つかない、そも奴の顔など覚えてすらいない。だが、その剣技だけは忘れもしない血濡れの記憶に綴じられている。

 世界で一番嫌いな相手であり、世界で一番殺したい相手。


「そうか、お前」

 ならばジン、お前は俺にとって越えねばならぬ最大の障害との縁を持つ男。

「……ジン、その名前、“あの男”を知っているんだろう。でなくちゃその剣技は説明できない。そしてようやく、お前を殺す理由が出来た。もう夏休みも終わる。遅かれ早かれバレる時期だ。ならお前の命を足掛かりにしてみるのも、悪い手じゃないんじゃないかと思った」

「何を口にしているかは知らんが、一点については同意してやろう飼い犬。僕もお前の命を足掛かりに、『纏界』墜滅の足掛かりとしよう」

 切っ先をこちらへと真っすぐ向けた宣戦布告。

 命を切り捨て踏みにじるという奴なりの死刑宣告に他ならない。

 

 だが、だが、だが、もういい分かった、負けはない。そしてお前に勝利を与えてやるつもりもない。

 ———なぁ、夜の匂いに混じって、懐かしい血の匂いがするんだ。

「いや、お前には無理だ、ジン。この前、ユーリがここに来てさえいなければ可能性はあった。俺はいくら罠を仕掛けたとしてもその刀の前じゃ意味はない。防ぐことすら満足にできなかったろうさ」

「それは今も変わりはしないだろう。結果を変えられると思っているのか?」

 ——捨てたものは還ってきた。もう握ることは無いと思っていたのに、命を懸けた女の覚悟によってこの手に在る。

「当然だ。少なくともお前相手ならいくらでもひっくり返せる」

「なるほどな…、ヨナギ・アマナ。もう一つ、貴様とは同意すべき点があったらしい」

 空が暗く、月明かりが色濃くなっていく。初めてアイツと出会った日のように凪いだ夜空は忌々しい。

「名前で呼ぶなクソッタレ、昔思い出して嫌いなんだよ」

「気にくわないぞ。心の底から、お前のことが気にくわない」

 これまでただの漠然とした嫌悪感でしかなかったものが、ハッキリと指向性を持って向けられた。気にくわないのはお互い様だが、

「そうかよ。なら再開するぞ、皆方とシエの所に行かなきゃならくなった。

 ユーリの野郎、こっちの秘密は守っていたみたいだから隠していようかと思ったが。時間がない以上無駄だな。さっさと始末付けた方が良い」


 結論は出た。もしもの時の為に隠しておこうと思っていたが意味はなし。

 それ自体がエネルギーの塊であるはずの光剣の輝きさえ霞む白銀の剣。

 始まりの時、この手に在りながらも失われていた力はすでに戻っている。

「お前程度にやられるようじゃ、俺の生自体が時間の無駄だと言わざるを得なくなる。

皆方もいないし、ここじゃ別に気を使う必要もないからな。わざわざ手を抜いてやるつもりもないぞ」

「——ッ、つまりこう言いたいわけか。僕は貴様に敵わないと」

「そんな仮定はどうでもいい。事実が知りたいなら掛かってこい、その上で教えてやれば無駄に高いプライドも折れるだろう? それに、“コレ”のことも知らないらしいな」

「武器一つで何が変わる。どれほどの鈍らであろうとも使いこなせなければ意味はない」

「ああそうだな、切れないなら殴り殺せばいい」

「…もはや、問答は——」

「——必要ない」


 ここに来た時よりもいくらかひらけた森の中。光源が月明かりのみとなり果てた戦場において、開戦の火ぶたを切ったのはジン。

「四方展開——、破創混成領域『滅刃』」

 ジンの『四方界』が正しく発動される。これまでの斬撃は小手調べに他ならず、これより先が死地であることは間違いない。

「———ッ!」

 刃の煌めきは同様、だが前兆も無く俺の立っていた空間のみが切り裂かれた。

これまでの様な射線上を巻き込むことのない刃神風、挑発していなければここまで愚直に狙っては来なかったか。

(大方の狙いは自由自在。これまでわざわざ真っすぐ飛ばしてきてたのは油断させるためか、いや術式として扱う以上燃費が悪いか)

 これまでは『領域条件』を達成しただけの斬撃に『界燐』を纏わせただけ、技術でしかない。——だが、これより先は違う。

 『領域条件』を遵守せねばならない縛りが発生している。

 『四方界』という名の術式、それは己が扱うことのできる『界燐』の増幅機能に他ならない。ゆえに、『領域条件』が持つ比重も比べ物にならないほど大きくなっている。

 自ら定めた条件を遵守することは絶対、守れなければ欠片も発動さえしなくなる。


(発動前と今で動きに変化は見られない。…そうなると、そう凝ったもんじゃない。が、その分破るのは面倒か——?)

 ジンの『領域条件』の予想は着いているが、念のため観察するべく周囲を駆ける。格上殺しを持っていないとも限らない以上、ここで敵を甘く見るわけにはいかない。

「勘のいい奴だ、だが——」

「——っ!?」

 正面に殺気を感じとった瞬間に急停止。同時に眼前の景色が揺らぎ、斬撃が死の壁となって立ち塞がっていた。


「チ…ッ」

 ジンの様子を見ると、上段からの一振りを放ち切った体勢。

 ならば不可視の壁も能力の応用。

(飛ばすだけかとも思ったがどうにも応用効くみたいだな。斬撃飛ばす破界と、…留めるための封界のせいか) 

「様子を見ている余裕があるのか?」

「それなりにな——ッ」

 言葉と共に再び刃の壁が生み出される。袈裟斬りと共に放たれたソレは逃げる俺の背へと喰らい付くかのように展開される。

「ふ——っ!」

 残存する刃壁によって前に進むことはできない。もし突っ込めばそれだけで原型も残さずグチャグチャだろうさ。流石にそこまで馬鹿でもない。


「そう逃げ回るな犬、塵滅の刃を以って圧殺してやろうッ!」

 だが、それは相手も分かっていること。

 ゆえに打たれた手は単純であり効果的、幾重にも張り巡らせればいいだけの事。

 回避した先に放たれる斬撃、生み出される刃壁。

たしかに、範囲を狭められていけばいつかは圧殺とも呼べる死体が生み出されるのは間違いない。

(維持することのできる数に限りはないか…。なら——)

「正面からか——?」

「……それしかないからな」

 既に、左右はもとより上空にも天井が作られている。これでは飛び上がったところで頭から削れていくだけだ。

 背後へ逃げれば次撃によって動くことのできる範囲が狭められるだけ。ならば当然、狙うべきは本体。


「お前を支点に壁が作られてるなら、お前をどかせばいいだけだ」

「蛮勇か、考えられないほどの阿呆らしい。…付き合う理由もない」

 言葉はすぐさま実行に移される。

 ジンの前に円を描くように刀が振るわれる。その軌道を再現するように刃壁が形成されれば俺は閉じ込められ、撤退しようとも追い詰められるだろう。

 だが、本当にそうか?

「ふっ…、んッッ!!」

「——な!?」

 右手に握った剣にありったけの『界燐』を注ぎ込み、疾走の中で地面へと突き刺す。そして、起こったのは爆発だ。

 掬い上げるように振るった剣、衝撃と共に草木や土砂が巻き上げられ濁流となってジンへと襲い掛かる。

「刀一本でこれを何とかできるのか?」

 例え刃壁を創り上げようとも、襲い掛かる質量そのものすべてを防ぐことはできまい。どれほどの技量を持とうとも、ジンの能力では無数の斬撃を創り上げることのみ。

 空間に線を引くことはできたとしても、空間そのものを埋め尽くす攻撃には対処しきれない。

「そら、腕の見せ所だぞ」

 俺も奴も、互いの姿は土砂に阻まれ見ることはできない。

 ——だが分かる。

 互いの『界燐』、互いの殺意。

 存在自体が心底苛立たせる者同士、姿が見えない程度で感じ取ることができないなどありえない。

 だからこそ、防御でなく反撃が来ることは容易に想像できた。


「——この程度、舐めるなよッ!」

 空を舞った濁流は障害全てを押し流すかのように向かい、そして切り捨てられた。奴の一閃とともに、濁流が真っ二つとなりジンへ襲い掛かることは無かった。

 放たれた斬撃は濁流を割っただけでは飽き足らず、俺ごと両断せしめんと神風となって奔り抜ける。

「壁でも作るのかと思えば一刀のもとに、ってか——。ずいぶん自身があるんだな」

 反撃が来ることは分かっていた。

 割れた濁流、その間隙の煌めきと共に最速の斬撃が振り下ろされ、斬閃が背後へと奔り去っていく。

 斬撃は受け止め、斬閃は逸らして回避する。

「——ッァ!」

「フゥ、ッン!」

 ジンに向かって斬りかかる。だが、俺が攻撃に転じることは向こうも分かっている。交差する鋼と白銀の刃。

「『滅刃』がただの斬撃操作だと思ったかっ! これは斬撃そのものを強化することもできる。次は貴様のその剣ごと、斬り捨ててやる…!」

「出来るもんならやってみろ、その暇さえくれてやらん。ここから先はもう、お前の出番はないと思え…ッ。四方展開——、破界領域『夜月』」

「———ッ!」


 白銀より光刃が解き放たれる。

 突如拡大した間合いに一瞬の驚愕を見せるがすぐさま鍔迫り合いから離脱、迫りくる攻撃を切り捨てて距離をとろうする。

「させるか——」

「いやもう遅——がッ!?」

 ジンが飛び退き、刃壁を創り出そうと刀を振るう瞬間、背後より複数の剣がジンを襲った。

「言ったろう、もう何もさせない」

「ぐ…っ、ハアぁアッ!」

 それでもジンは攻撃を止めようとはしない。一手打つことさえできれば斬殺の包囲網へ繋がるというのだ。止まる理由もない。

 ——だが、その一手さえ打たせるつもりもない。


「お前の『四方界』、確かに強力だ。単純がゆえに対処は難しく、応用も効くせいで厄介極まりない。だがまぁ、『領域条件』も単純すぎるな」

「…知ったふうな口をッ!!」

 振るわれる刃。剣風と共に疾走し、創り上げられる刃壁。

 だがもはや、恐れるに足らず。

 種の割れた『四方界』ならば機能させること自体が不毛。『領域条件』の遵守により強力な能力を得ることができる反面、達成できなければ機能する事さえしないのだ。

「そら、こうすれば済む話だ」

「ぁ——————」

 ゆえにこそ、相手の手を明かして潰す。

 それこそが『四方界』を用いる相手を倒すうえで最も確実な戦法に他ならない。

 戦いにおいて相手の土俵に立つ必要など皆無。

(アイツを傍に置いておかないで正解だったな)

 ただの一度も誤ることなく守り切らねばならない戦いにおいて、綺麗ごとなど言っていられるか。


「『視界に映る範囲内』、それがお前の『四方領域』だろう。そして条件のほうは対象を視界に収め続ける、ってとこか」

 なんのことはない、なぜならコイツは特殊な行動をとる必要はないのだから。

 この世界に降り立ち、俺を一目見た瞬間から条件は達成されていた。あとは刃を振るえば異能は発動する仕組み。

「お前ユーリと相性悪いだろ。アイツが氷で壁をつくれば姿を見失う。そうなればお前は刀一本で戦うほかなくなるからな。そうなれば空間事氷漬けにされて終いだ」

「貴、様…ッ!!」

「図星か? まあどうでもいいけどな」


 怒り方からして同じようなことでもあったのかもな。

 そしてそれは俺にも可能であり、すでに実行に移している。

 つまり、ジンの目の前に『四方界』によって光剣を創り出した。この場所は初めから俺の『四方界』を扱えるように武器を埋め込んである。ならば後はタイミングを見計らって創り出すだけ。

「目の前をふさぎさえすればもう飛ぶ斬撃を気にする必要もない。終わらせてもらうぞ」

「貴様いつから——!」

「お前が、俺の投げつけた短剣を斬り落として攻撃を放った時。やけに狙いが甘かった。刀を振る姿に問題はなかったから、構えが限定されるって条件は外れた。なら、砕けた破片のせいで何かが狂ったんだろう」


「オォオーーっ!」

 雄たけびと共に振るわれる刀も、背中に刺さった光剣のせいか動きが鈍くなっている。訓練でなお落としきれなかった錆びついた技術であっても防御可能。

 ちょうどいい実践訓練となっている。

「その時点で視界に関係してると当たりを付けた。なら次、周囲を壁に囲まれた時に突っ込んで土砂をかけて視界を奪った。そしたらどうだ、お前は土砂を切り捨てたが、それまで壁になっていた斬撃が消え去っていた。斬撃の空間維持と強化、二つの能力は併用できないか? 俺はそうは思わない」


 空を奔る斬閃は封じられた以上、ジンは己の剣技のみで戦わざるを得ない。だが、俺と正面から打ち合うことすら、もはや満足にはいかない。

 なぜならばジンが刀を振るうという行動に必要な予備動作、その位置に光剣を出現させている。攻撃の為に動けば自身が傷つき、動かなければ俺に斬り捨てられる。

「だから厄介な方を潰す。後は一手ずつでも確実に詰んで行けばいい。遊ぶつもりはないんでな——」

「ぐ、ぁあああ——!!」

 能力のタネが割れている以上、発動など一度たりともさせはしない。

 もはやこの戦いは戦いと呼べるものではない。敵に何一つ行動させることは許さない。ただ確実に始末する——。

そう、言葉にするならばこれは…、蹂躙と呼べるものだった。

「先にあの世にでも行ってろ——」

「こ、のォ…ッ! ふざ、けるなぁア!!」

「———」


 全身から血を流し、行動を封じられているにも拘らず諦めはしていない。自身が傷つくことさえかまわず振るわれた決死の一閃。

 横薙ぎの刃は『四方界』により強化されていることを加味してもなお強力。出現させていた光刃を悉く切断し、怨敵である俺へと一切の迷いなく振り払われる。

「仕掛けてきたのはお前らだ、もう構っていられない——。お前の運が悪かったっていうんなら、俺の知り合いに目が良いヤツがいたことだな」

 だがもはや、その攻撃は目に見えていた。

 防ぐことなく姿勢を低く落とし躱しきると、ジンと視線が交差する。

「………ッ」

「———ァ」

 けれど交差したのも一瞬で終わりを迎え、もう二度と交わることは無くなった。


「よし」

 別に感慨もない。あればこっちにとって厄介でしかないのだから潰しただけ。

 苦し紛れの一撃ではない。狙いすました白銀の一閃は、交差していた視線とジンの瞳そのものを断ち切ったのだから——。

「ぐ、がああぁぁ…っ、き、さまっ、ヨナギ・アマ、ナ…めェ…ッ、ラゥルトナーの飼い犬ふぜいが——っ、この、僕に———ぃ」

「これで、さっきの『四方界』は完全に封じたな。今から殺す…抵抗するな、苦しむのが好きな訳じゃないだろう」

「許さんっ、許さんぞ——、必ずこの手で、……っ」

 世界を映す瞳を失い、暗闇を眼下にのぞかせるジンは数舜先まであったはずの瞳を確かめるかのように手で覆っている。

 怒りをあらわにしてはいるが、もう戦うことさえできないのは目に見えて明らかだった。

「黙ってろ」

「が……ッ、———」

「じゃあな、ジン・カダス・ナイギ。もう会うことも無いだろうが」

 気絶させ、倒れこんだジンを放置しておくつもりもない。生かしておいても後々の火種になるだけだ。


(さっさと殺しておくに越したことはないな)

 万が一にでも失敗してしまわないよう、剣を握り直して狙いを定める。

 狙うは心臓、もう決して立ち上がることができないように。『崩界』の戦力を確実に削るために。そのためならば容赦なくこの手を振り下ろそう。

「ふ——ッ」

 短い呼気とともに、振り下ろされた刃は寸分違わず心臓へ向かい——。

「が、ふ———っ」


 狙いを外し、ジンの肩へと突き立てていた。

「………っ」

 それは振り下ろされる剣の側面に二度の衝撃が激突したからだ。そしてジンの首元には鉛筆の芯程の細い矢が刺さっていた。

「———」

 完全に行動を止めたジンの肩から剣を引き抜く。だが、ジンが殺されたわけじゃない。

 体の痛みに苦悶の表情を浮かべてはいるものの息はしている。

 不自然なほど急速な意識の消失は、どうやら薬によって眠りにつかされたらしい。

 そして、そんなことをできる存在は知っている中でただ一人。


「はぁ……、何のつもりだ」

「——殺すな」

 そして背後から聞こえてきたのは女の声、それも一度聞けば忘れられない高貴さとでも呼べる美しさを内包した声であり、口調は古めかしい。

 ひどく落ち着いていて、本人にその気がなくても自然な圧力を持っている。まるで存在して当然の重力のように。

「手は出さないって約束のはずだろ」

「殺すなと言った」

「生かしておく意味もない」

「殺す意味もないであろう。現に眼は潰している。『四方界』が扱えぬ以上、もはや前線において何も出来ぬ」

 不意を突いてジンに剣を突き立てようかと思ったが、この女、言葉の端々から俺への殺気を籠めていやがる。もし殺せば俺もやられかねない。


(いつもいつも、一体どこから狙っていやがるのやら…。気配がつかめないのは厄介だな)

 どこから話しかけてきているのかさえも分からない気配の無さは、蜃気楼だとかいうレベルじゃなく風景そのものか。

 この女の実力をして、もしかすれば今銃口が俺の背に当てられている可能性だってあり得る。現状、敵には回したくないな。

「……言い出したら聞きやしない」

「ならば殺すな。それに、従者は良いのか」

「良くない」

「なら行くがよい、そこの者はこちらで対応する」 

「分かった…、勝手にしてくれ。…皆方は?」

「吾があの程度の者共に後れを取るとでも? 指一本の抵抗さえさせはしなかった。リアの元へ送り届けているから心配することも無い」

 つまり、この女こそ皆方を救ってくれた存在。知っているのは俺とリアだけ、シエも皆方も存在を知らない、いわばこの街に潜む影だった。


「…そうか、助かった。それで? ユーリの所は手伝ってくれないのか」

「夜凪、よもや吾との契約を忘れたというつもりか?」

「…“巫女である皆方彩音に危機が迫った時のみの協力”だろ、忘れてはない。その割にはちょくちょく現れ——。…そんな話してる場合じゃないか。お前がジンをどうするか知らないが、まかり間違っても敵に塩を送る真似はするなよ。敵対はしたくない」

 剣を振り、血を払う。

 皆方の無事が確認できた以上、戦いの本番はこれからだ。

 なぜユーリがシエに固執するのかは分からないが、うちの従者をみすみす連れ去らせるわけにはいかない。

 地に伏したジンに背を向けるとユーリとシエの『界燐』の気配を感じる方向へ向かい始める。意識すると、今まで感じ取ることができなかったのが不思議なくらい、戦闘の余波が波紋となって広がっている。


「あの結界に心当たりは?」

「ある。が、ない。大方ユーリが既存の術式を改造したのであろう。『楔』もそうだが、アレはそういった才に長けている」

「弱点は?」

「はてな、争ったことなどないのだから知る由もあるまい」

「ならいい、ジンのことは勝手にしろ」

「そうさせてもらう。——ああそうであった。ユーリのことであるが、“アレは殺しても死なぬ”。気を緩めないことよ」

「……」

 時間があればジンの処遇について抗議したいところだが、生憎ユーリのことがある。今のままじゃシエが危険だ。

 言っても聞かないのであれば時間の無駄、優先順位を間違えるな。

「そうかよ、じゃあな」

「ではな夜凪、死ぬことは許さぬ、“この先”があることを願っているぞ?」

「……ああ」

 俺とアイツの契約であり盟約、それは幾度となく破り捨てられ、その度に結び直してきたものだ。そしてもう、破れてしまえば次はない。


「失うつもりは無い。シエは救う」

 そのためにも、お前が必要なんだシエ。

 この先、続くだろう戦いの為にも。

 この先、傍に着いてきてくれるお前がいてほしい。

「ユーリの野郎…っ、人の女攫おうなんて許されるわけがないだろうが——ッ」

 その邪魔をするお前は放っておけない。シエに手を出したことを必ず後悔させてやる。

 気配はもう隠せてはいない、居場所は分かる。

「待ってろ——、シエ」

 この先に立ちふさがるは氷の鳥籠、囚われているのは少年にとって大切な少女。失うつもりは無く、奪われるつもりもない。

 支え、救ってくれたのだから、俺も行動で返さなくちゃならないだろう。

 一人の少年が、月が睥睨する街を一直線に、光宿した白銀の剣と共に奔り抜けていく。

 それはさながら、地に堕ちる流れ星のように——。


「ふむ、リアめ。…事態を動かすのはよいが想像以上の効果であろう。これから先のことを考えているのやら…」

 走り去った少年の背を見つめる影が一人。地に伏した青年の前に立った彼女は何をするでもなくただ静かに見送っていた。

「ここでお主が失敗すればそれだけでこれまでの総てが無に帰す。分かっておるだろうが、何を犠牲にしようとも脚を止めることは許さぬぞ。ゆけよ、ヨナギ。お主だけが、この世界を存続させる鍵を握っておるのだから」

 あの少年にかかっているという状況、あまり安心しきれないのも事実だが致し方あるまい。だが、”友“がそう望んだ以上、気に食わぬとはいえ吾も手を貸すのみ。


「さて、此方はどうしたものか。ヨナギめ、手ひどくやったな」

「———」

 足元で気を失った青年の傍でしゃがみ込み目の傷を見てみるが、これはダメじゃな。吾では治療できぬし、それはリアも同じこと。

「とはいえ、死なぬ程度に治療はしてやるから安心するがよい。では…、よっと」

 自身より大柄な人一人を運ぶのは中々大変ではあるが、肉体を強化すれば問題あるまいて。まずは治療の為に運ばねばな。

 光を残して走り去った夜凪とは違って、闇に融けこむように消えていく。

「表舞台に立つつもりもなかったが、これから先はそうも言ってはおられぬか。…まずはこの子を何とかせねばな。ユーリのことは任せておけばいい」

 今後の戦いを考慮するならば、彼等だけでユーリを倒すくらいはしてもらわねば。こちらも協力するかは別よ。

 出来るならば、まだどちらからも隠れておきたいのだから。

 


夜凪対ジン、とりあえず決着です。


これまで戦闘の度に苦戦続きの夜凪でしたが、武器を入手したため本来の戦闘力を取り戻しつつあります。

また、ジンの四方界も条件に対して破格の性能を持っていますが、本人の直情的な性格もあり動きが読まれやすい弱点もあります。


最後に出てきた女性は、いつぞや夜凪が家を追い出された際に話していた人物と同一人物です。

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