28.夏祭りまでもう少し②
「じゃあ今日はこれで終わりにするか。皆方も体力の限界みたいだしな」
「えへへ…ごめんなさい…」
「では今日の夕食は私にお任せください。アヤネはどうぞお先にお風呂で疲れを癒してくださいね」
「うん、ありがとうシエ。お言葉に甘えさせていただきますっ」
空に朱色が混じり始めた頃、練習は終わりを迎えた。
夜凪くんは『もう感覚も取り戻してきた』って言うと、素振りしていた剣をシエみたいにどこかへ消し去った。いつも使う武器じゃないと出し入れ出来ないって言ってたけど、それでも便利だ。
「じゃあ俺は少し出てくる。日が落ちるまでには帰るから」
「えっ!? ヨナギ様、それでしたら私もお供いたしま——あぅ」
「いいから、シエは二人の事頼んだぞ。すぐ戻るから、な」
「…はい……」
「それじゃ」
「あ、うん、行ってらっしゃい」
部屋の前で別れると、夜凪くんは下の階へ向かっていった。ジュースでも買いに行ったのかな?
「や、やはり私も後ろからついていくべきでしょうか……、いえしかしそのようなことをすれば機嫌を損ねてしまうやもしれませんし……」
小さな声で自問自答するシエは、ドアの前で停止してしまっている。
「ほ、ほらほらっ、夜凪くんも飲み物買いに行ったくらいだよきっと。今日は雨降ったとはいえ暑かったしね。だから帰ってた来た時のために美味しいごはん用意してあげないと」
「そ、そうですね、アヤネの言う通りでした。いけませんね、ヨナギ様のことを考えるあまり選択を誤る所でした。ではっ、夕食はお任せください。張り切って作りますのでっ」
「あはは、それと——」
「ではアヤネはどうぞお風呂でゆっくりなさってください。準備は進めておきますので手伝いは構いませんよ」
「えーっと…。うん、それじゃあお願いしようかな~?」
「はい、お任せください」
「んんん…」
そして、私はシエに言われた通り湯舟に体を預けているのだけど。
(シエに言えなかった…。夜凪くんとデートするって…!)
第一の関門、夜凪くんにオッケーを貰うことはできた。で、でもその後のことが頭から抜けていた。そうです、シエのことがあったのです。
「んんんんん……ごぽごぽ…」
湯船にもたれたまま沈み込んでいく。
鼻の頭まで浸かって息を吐くと目の前でブクブクと水面が揺れている。
(二人で、だもんね。シエにはすごく悪いけど折角のデートを三人でっていうのはダメな気がするし…、ここはハッキリ言わないとだよね)
『だからさっき二人きりの時に言っちゃえばよかったじゃない』
なーんて頭の中のインテリな私が口にする。
「ぐ…っ」
『別に言わなくってもいいんじゃない? 恋愛なんて奪い取ったモノ勝ちよ!』
などとギャルチックな私が反論。
(こ、これが天使と悪魔っていうやつなのね…!?)
『え、えと、夜凪くんさえ手にいれられれば別にシエの事なんて気にしなくっても——』
というか私の頭の中に天使がいないんですけど!?
「それは倫理的にダメでしょっ!?」
言葉の勢いと共に立ち上がる。ちょっと私、なんでアナタの頭の中の住人にまともな子がいないのよ!?
「おやぁ? 彩音はずいぶん元気そうだね、良いことでもあったのかな?」
「げ、リアさん…」
「げ、とはひどいな。忘れてたタオルと下着を持ってきてあげたのに」
「それはありがとうございます。あと他の用事があったり?」
「まあね、その様子だとヨナには了承を貰えたみたいだ。フフ、だけどシエには言えなかった、なんてところかな?」
「…その通りです、はい」
おずおず湯船に身を浸す。うーんなんだかさっきよりもお湯が熱くなってる気がする。
「ま、ヨナが何を考えて了承したかは分からないけど、あの子が良いって言ったならそれなりに考えてのことだと思うよ。だからアヤネも自信を持って伝えないとね」
「はい…」
「安心したまえ、どうしようもなくなったらちゃんと手は貸すし、悪いようにはしない。私は皆の幸せが大事だからね」
「ありがとう、ございます」
「じゃ、タオルと下着は置いておくから。ゆっくりするといい」
扉越しのくぐもった声が遠ざかっていく。
「ふぅ…」
見透かされてるような手の平の上のような。
「考えてても、仕方ないよね」
夜凪くんの時と同じように二人になったタイミングで、とか言ってられない。この後、御飯の時にちゃんと言おう。
シエを傷つけちゃうかもだけど、今はちゃんと説明すれば分かってもらえると思うしかない。
「うんっ、行動あるのみっ、頑張れ彩音っ」
「アヤネ? どうかしましたか?」
「うぇ!? 何でもないよっ?!」
「そうでしたか、何かあればすぐお呼びくださいね」
「はーい…っ!!」
いつの間にか洗面所に来ていたシエの声にまたしても飛び上がってしまう。
幸いなことに? シエはすぐ戻っていったので一呼吸ついてもう一度座り直す。
「………今のタイミングで言えない勇気の無さがもどかしい…っ、くぅぅ…っ」
小さな苦悶の声を上げながら水面をペチペチと叩くが、なんだか違和感。
「あ、しまった」
違和感だとかそういう事ではない。何度も勢いよく立ち上がったせいでお湯の量がいつの間にか半分になっていた…。つまりは半身浴状態。
「足し湯しとかないと、…ふぅ」
壁に取り付けられたスイッチに指を伸ばして減った分のお湯を追加する。
「………」
少しずつ増えていく水面を見つめていると、頭もぼーっとしてくる。
熱くて揺らいで落ち着きのない浴槽の水面は、まるで私の心だ。何かあるとすぐ揺らいで溢れて零れてつぎ足してもらって、迷惑ばかりかけてる気がする。
せめてみんなを癒せたら、私も役に立てるのだと、もう少し胸を張れるだろうか。
「…よし、ウジウジしてても仕方ないって決めたばっかりだ。ガンバロっ」
すぐ落ち込んじゃうのは悪いところだ。落ち着きを持った女性にならなければ。まずそのためにも、お湯を零してしまわぬようにゆっくりと立ち上がるところから。
「あーいいお湯だった、これでシエのこともバッ———」
扉を開いて最初に目に入ったモノに言葉が詰まる。
「これ…私のじゃないよね……」
そこに置いてあったのはタオル。うん、分かるよ、こっちはいつも使ってるから良く分かる。でも、なんで下着がやけに派手派手なのでしょう?
目に飛び込んできたのは妖艶とでも形容すべき黒のブラジャーとパンツ、しかも手に取って見てみると色々透けてるんだけど…。
(考えるまでもなくリアさんの仕業だこれ)
『ウフフ』と脳内で優雅に笑うリアさんは悪びれもせず立ち去っていった。そしてそれはさっき起こった現実で間違いなし。
とはいえ、とはいえですよリアさん。私だってこれを付けるのは恥ずかしいですからね。誘惑すればいいじゃない、なんて思ってるのかもしれませんけど私にそれは無理ですからねっ!
「はぁ、もう…。誰か呼んで私の持ってきてもらお…。すいませーん、私の下着———」
廊下と洗面所を仕切るスライド式の仕切り扉を少しずらしてシエかリアさんを呼ぼうとした、その時——。
「帰ったぞ」
「あっ、ヨナギ様おかえりなさいませ。もうすぐ食事の用意も整いますのでお待ちください。アヤネももう少しで入浴から戻るかと」
「そうか、分かった。じゃあ大人しく待ってるよ」
「ヨナぁ、フフ、おかえり。どこ行ってたんだい? おみやげとかあると嬉しいな」
「ねぇよ、そんなもん。玄関まで出迎えてきたと思ったらそれか」
「まぁまぁ、いいじゃないか。ほら、“特訓中の話”を聞かせてほしいな?」
「…ったく、嬉しそうにしやがって———」
扉の向こうからワイワイと賑やかな会話が聞こえてくる中、一人裸の私。
(……呼ぶ? え、呼ぶ?)
女の子同士ならすぐ頼めたけど、下手に下着のことをいうのは恥ずかしいし、もしも今呼ぼうものならリアさんが夜凪くんを寄越すのは間違いない。
そうして、夜凪くんの前で恥ずかしがる私を見ようという考えは読めてしまう。
「………、別に、ばれない、よね?」
そ、そうよ、どうせパジャマに着替えるんだから気づかれたりなんかしないし、気になるようだったら履き替えればいいのよ、…いいのよ!!
「———っ!」
半ばヤケクソ気味に足を通し、鏡に映った自分の姿を最低限見ないようにしてすぐさまパジャマを着る。ヨシっ、問題なしっ!
「う、うぅぅ…」
けど、なんだかスースーするのは気のせいじゃないのが気になるなぁ…?
「なんかさっきからこっち見てるけどどうかしたのか?」
「えっ、ううんっ!? なんでもないよっ、なんでもないって」
「そうか? ならいいんだけどさ」
「どうぞヨナギ様、お茶です」
「ああ、ありがとう」
悪いことしてるわけじゃないし、気付かれるわけもないんだけど、普段身に着けることはないようなものを身に着けてるせいで周りを気にしちゃってしょうがない。
(———リアさんは何を考えてるのっ)
(ふっふっふ、恋愛というのは押せるときに押さないとね)
「ぐ、ぐぐぐ…」
「フッフッフッフ…」
「「?」」
私たちの様子を見て不思議そうにしてた二人だけど、それも深く突っ込まれることなくいつも通りの食卓が繰り広げられていく。
(さて、一体どうやってシエに伝えるべきだろう…)
一緒に並んで食器を洗うシエを横目に考える。二人でやれば洗い終わるのもすぐだから、今いうのであればチャンスはあと数分くらい。
(でも、なぁ…)
視線を横から前に向けると、そこには覆いかぶさるように夜凪くんに抱き着いているリアさんと、面倒くさそうにしている夜凪くん。
夜凪くんは了承してくれたし、リアさんも手を貸してくれるとは言ったけど、味方が居る状態じゃないと言い出せないのもどうかと思う。
(でも、言える時に言わないともっと言えなくなっちゃうよね…、よしっ)
「あ、あの——」
「そうでしたアヤネ、今日は『四方界』の発動に至ることができませんでしたから、明日はやり方を変えてみましょうか」
「え? ぁえーと、やり方を変えるっていうと?」
「はい、今日までのアヤネは胸の前で手を組むという『領域条件』を確立させるために練習を行ってきましたが、明日は別の方法もいくつか試してみるべきではないかと思うのです。もしかしたらもっと良い方法があるのかもしれませんし、初めのカタチが一番だとしても試してみるだけ試してみるべきかと」
「う、うん、そうだね。シエ達みたいに武器を使ったり、とかかな」
「そうですね、アヤネはあまりそういった物に縁がないと思いますから可能性は低いですが、試してみる価値はあるかもしれません」
「じゃ、じゃあそうだね、明日はそれでやってみようかなっ」
「はい、では私もいくつか考えてみますね。ではお茶にしましょう。私が淹れますのでどうぞそちらでゆっくりしてください」
「え? あー……」
「? どうかしたのですかアヤネ。何か悩んでいるのでしたら話してください。私では解決できるか分かりませんが、お力にはなれるかもしれません」
「う、ううんっダイジョブ。心配してくれてありがとね、じゃあ私はそっちで座ってるから手伝いが必要なら読んでね」
「はい、ありがとうございます」
(いま、今言えたんじゃないかなぁ…!?)
話しはじめのタイミングがかぶってしまったせいで言い出せなかった。というか押し切れなかった。頑張れば絶対に言えたはずのタイミングで、言い出せなかった状況に甘えちゃった自分が情けなくって机に突っ伏している。
(これもう、状況に任せてたら一生言えない気がする…)
「どうぞアヤネ、暖かいお茶です。それにしても、本当に大丈夫ですか? 今日の雨のせいで体調に異変をきたしたのでは…」
「ううん…、身体は全然元気です、うん」
「お年頃の悩みというヤツだよ。シエもその内悩む時が来るさ」
「そうなのですか? それでしたら同世代でもある私にご相談はできませんか? 友であるアヤネが辛いのであれば私はお力になりたいのです」
「ありがとうねシエ、でもこれは…その、私の問題———」
「アヤネ?」
そこまで言って、言葉が詰まった。
心配してくれているシエの姿は裏のないもので、必死に取り繕おうとしている私は一体何なのだろうと思わされる。
そうだよ、結局最後は言わなきゃならないのに、伝えるタイミングだとかを気にしてる時点でダメダメだよ。なんてことを何度も考えているはずなのに、足を止めては言い繕ってる。
「ううん…——」
だから、今ここで。
「シエ…私、シエに言わなきゃならないことがあるの——」
夜凪くん第一のシエからは嫌われちゃうかもしれないけど、伝えないと状況がどう変わっていくかは分からない。後回しにしないでただ一歩、その一歩を踏み出さないと…!
「あのねっ、わたし…、私夜凪くんと二人で夏祭りに行こうと思ってるの——っ!」
「———」
何とか言い切った瞬間、シエの動きが固まった。…ように見えた。
「そのことはヨナギ様も?」
「ああ、今日誘われて、行くつもりだ」
「そ、そう——、ですか…」
「ごめんねシエっ。お昼は行ってる場合じゃないから、なんて言ってたのに騙すようなことしちゃって…」
「……」
「シエ……」
固まったままのシエは何を考えているのか分からなくて、急なショックのせいで緊急停止したということだけ。
やっぱり、お互いにもうちょっと場を整えないとダメだったのかなぁ…。
「あの…シエ…?」
「——ぇ、———」
「え?」
「いえっ、アヤネとヨナギ様が出かけられるというのであれば素敵なことだと思いますハイ。例えナイギが攻めてこようとも、ヨナギ様がいられれば一切の問題なく。私はリア様と二人でこちらに待機しておりますので、何かあればお呼びくだされば万事解決ですっ」
「え、ええっと…」
「ではアヤネ、ヨナギ様のことをよろしくお願いいたしますねっ。で、ではお茶の時間にしましょう。こちらですっ」
落ち付こうとしつつも焦った様子のシエは手元をプルプル振るわせ、カップをカチャカチャ鳴らしながらみんなの分を用意していく。
「シ、シエ、その様子だったら———」
見ていると心配になって、止めようとした時、後ろから肩に手を掛けられた。
「皆方、いいんだ。やらしてやってくれ」
「…夜凪くん」
カクカクとした動きでお菓子の準備まで進めるシエに聞こえないくらいの声で話す夜凪くんの表情は見えない。でもなんだか少し寂し気で、その理由は私にはまだ分からなかった。
「じゃあシエ、悪いが護衛は夏祭り当日は外してくれ。もちろん何かあればすぐに呼ぶ」
「ハイ、オマカセクダサイ」
「………」
「なら頼む。悪いな」
「イエ、ヨイノデス」
「………」
わしゃわしゃと頭を撫でられているのにカタコトで返すシエの姿を見ていると胸が痛くて申し訳ない。
「あ、あのぉ…」
「ストップ彩音、ココはヨナに任せておこう」
「…はい」
話しかけようとした時、後ろからリアさんにそっと引き寄せられる。私も何と言えばいいのか分からないから引き下がってしまうわけで…。
「ぅ、んーーっ。昼は暑くて仕方ないけど、夜は良いね。風が程よく涼しい、まるで心の中の靄まで吹き流してくれるような、訳でもないかな?」
月が煌めき、星が瞬く夜空、ベランダの手すりに身を預けたリアさんが身体を伸ばしながら話しかける。
「そうですね…。シエがああなっちゃうかも、とは思ってたんですけど、本当にショックを受ける姿を見ると罪悪感があります…」
「こうなるのは仕方ないことさ。例えどんな良いタイミングで伝えたとしてもああなったのは間違いないと思うよ。シエもシエでそろそろ踏み出すかと思っていたけれど、フフフ、まだもう少しかかるみたいだね?」
「です、かね…」
「彩音的には抜け駆けしちゃって申し訳ない、ってところかな。もしくは横取りしちゃったから?」
「どっちも、かもしれないです。ああでも、夜凪くんとのデートに行けるのはもちろん嬉しいんですよ? でも、うん…出来ればシエを傷つけたくはなかったなぁ…って我儘も、捨てられなくって…」
空を眺めるリアさんとは対照的に私は座り込んでいる。カーテンが掛かってるせいで見ることのできない部屋の中を眺めるけど、ため息と共に足元を見つめている。
(こうなることは、なんとなくわかってたんだけどなぁ)
「そう落ち込むものじゃないさ。シエもすぐ立ち直るだろうし、むしろ今大切なのは彩音のことだからね」
「ありがとうございます…。でも、はぁ…」
「フフフっ、彩音ったらヨナを誘えてうれしいという割には落ち込みすぎだよ。ほら、立って」
「……」
「私はむしろ、今回のことはシエにとってもいい機会だと思ってる。見てごらん彩音、今日はとても月が綺麗だ」
言われた通り立ち上がって、リアさんの見ていた夜空に目をやる。
「ヨナと初めて会ったのもこんな夜だったよ。ああでも風はなかったかな。とても静かで、月明かりが綺麗だった」
「子供のころにリアさんの家で預かったんでしたっけ?」
「そんな感じ。手はかからなかったけど愛想もない、呼んだところで返事の一つも返さない子だったけど、シエの面倒はなんだかんだ見てくれてね。そのころからずっとヨナの後ろをついていたから、離れるっていう選択肢が基本的にないんだ。あの子は」
「幼馴染、なんですね」
「従者という点を除けばそう言えなくもないかもね。ただその後は知ってのとおりここに来たから離れ離れだ。ふふっ、ヨナがいなくなってからすぐのシエは大変だった。何も手につかないというか、出来ること全部を張り切りすぎて一週間に一度は倒れていたくらいだった」
「え、そんなにですか!? それは、心配だったんじゃ…っ、———」
月から視線を外して横を見ると、ビックリする私とは正反対にリアさんは微笑んでいて、月の光を受けて仄かに輝いた姿はまるで女神様みたいだった。
「うんうん、大変だった大変だった。本より重たいものを持ったことの無いワタシがシエの看病をしなきゃならなかったんだ。おかげでくたくた、翌日にその姿を見たシエがまた張り切って——。なんていう毎日だったよ」
昔のことを思い返しながら、涙を浮かべるくらいに笑う。
「でもね、それから少しするとすっかり元通り。幼いながらにあの子の中で折り合いがついたんだと思う。…シエのことなら彩音が心配することじゃないんだよ、あの子は私の従者だ。誰よりも優しくて、傷ついてもすぐ立ち直る強さを持っている」
「———」
その声からはこれまで感じ取ったことの無いような力強さが感じられた。
シエは誰よりも誇らしい従者なのだと知らしめるかのように、自信たっぷりに美しく。
「だから彩音、シエのことを気にするせいで、キミの恋心を中途半端にしないでほしい」
「で、でもそれだと…」
「確かに私はシエに生活を頼りっぱなしで、あの子のことは大好きで大切だ。決して失いたくないし、悲しい顔も見たくない。でもね、あの子は強い子だ。きっとすぐ立ち直って、彩音を追い越そうとする。ヨナの隣は自分の場所だからね。だから気にすることなんてないんだ、むしろここで手を緩めたら負けちゃうよ?」
「え、えぇ…っ?」
「おや? 嘘だと思ってるのかな? ふっふふ、それこそまさかまさかさ。…だから彩音、お願いだ。ヨナのことを好きでいてくれるのなら、混じりけのない心で傍に居てあげて、その上でシエと競い合ってほしいな。——なんてね」
イタズラっぽく笑いながら、また夜空を見つめなおすリアさんの横顔は普段よりずっと子供っぽく見えた。照れてる、のかもしれない。
「……」
これからシエとどう向き合っていけばいいのか正直まだ分からないけど、でもここで私がウジウジする姿を見せるのはシエに対して失礼な事なんだということは分かった。
夜凪くんの隣っていうシエの居場所を奪うことに変わりはないのだから、せめて胸を張るくらいはしよう。
リアさんの言葉をそのまま受け取るつもりじゃないけど、うん。確かにシエはすっごく強い女の子だから、立ち直った途端に居場所を取り返されてもおかしくない。
「——分かりましたリアさん。私も、シエを信じて頑張ってみます。もちろん、夜凪くん第一で」
「——、そっか。そう言ってくれると、嬉しいな。さて、涼しいのはいいけどこのままだと冷え切っちゃうから戻ろうか。ワタシまだお風呂入ってないしね」
「え、ええちょっと待ってくださいよっ。お話し終わりですかっ? もう少し昔話とか聞いてみたいんですけど——」
「それはまた今度ー。シエー、タオルと下着用意してほしいなぁー」
「行っちゃった…。自由な人だなぁ、私も色々気にしすぎなのかな…?」
競争相手を信じる、っていうところは目から鱗というか、心配だからこそ相手を信じられる間柄、っていうのは憧れる。
(私も、シエとそんな関係になれるのかな——)
遠くからやってきた友達のこと、夜空を照らす月を見ながら考える。
私はリアさんほど人生経験も多くないし、夜凪くんやシエみたいに命懸けの闘いなんてしたことないから、皆とは人生の尺度みたいなものが違うんだと思う。
それは向こうも同じだろうし、そう考えるとまだお互いに気を使ってるってこと。
「これから、だよね」
だったら、これから頑張っていくしかないんだと思う。その上で今私にできることがあるとすれば———。
(夏祭りを楽しみに準備しながらもシエが復活するのを信じること、だよねっ)
結局どんなに考えこんでも出来ることなんてそれくらいしか思いつかないんだから、考える意味はあったのかさえ怪しかったりする。
でも、相手のことを考えないで前に進むような人になりたくないから、これでいいんだと思う。意味の無い回り道だったとしても、それがいつか何かの役に立つのなら。
——きっとそれ以上のことは無いよね。
「ふぅ…私ももどろうかな。さすがにちょっと冷えてきちゃ——」
「ひゃぁっ、危ないですアヤネ!?」
「え?」
部屋に戻った時、最初に目に入ったのはシエの頭。というか前傾姿勢で空中に浮かんだシエ。少し上には洗濯物籠があって、中身もこぼれそうになっている。
スライドショーみたいに一瞬一瞬しか把握できないけど、うん。良く分かるよ。
シエったら洗濯物干そうとしてたら躓いたんだね、ぼーっとしてたのかな。そしてそのまま私に向かってコケて来てるね。うーん、これは避けられない。
かといって受け止めようにも落下地点は少し前っぽいから、受け止めようとする方が危なそう。だから、できることはただ一つ——。
(動かないでいよう、洗濯物は被るけど)
そして、この選択が間違いだったことを数秒後に知ることとなる。
「アうッ!」
「———」
シエが着地というか墜落、次いで空を舞う洗濯物籠が落ちてくる。中身は当然私に向かって洗濯物が塊となって襲い掛かってきた。
うんちょっとびっくりしたけど問題なし、しいて言うならちょっと冷たかったのと、私含めみんなの下着が床にばらまかれて恥ずかしい、くらいかな。
「おいどうした? なんかデカい音が聞こえた——」
あと散らばった洗濯物を夜凪くんに見られたことも追加で。
「す、スミマセンアヤネっ! 躓いてしま、い———」
「……」
シエに悪気はないのは知ってるし、夜凪くんも心配して戻ってきただけ。なんだけど、うん。この場で一番何が大変かって言うと、シエがコケた時に私のパジャマを掴んじゃった事だね。
「あ、わわわ……っ」
「あー…、なんだ皆方、すまん…。もう遅いけどあっち向いてっから…」
私自身、忘れちゃっていたことで、憶えてなきゃいけなかったこと。
つまり…、今身に着けてる下着はリアさんのもので、透けちゃったりしちゃってる攻めたデザインをしていたりとかしちゃっているわけで。
「———違うの…」
「いや…いいんだ、お前の趣味に口出すつもりもないし——」
「ちーがーうーのー!? お願い話を聞いて夜凪く——ぶべっ!」
「ああアヤネ、急に動いては足元がっ!」
掴まれっぱなしだったパジャマに足をもつれさせ、思い切り床に倒れ込む。
夜凪くんは気を使ってるのか近づいてこなくて、シエはパジャマを掴んでいた腕の上にコケちゃったから立ち上がれない。なんて恥ずかしい膠着状態。
(私、いまお尻丸出しだ……っ!!)
なんでこんなに透けてるの?! というかリアさんいつもこんなのはいてるの!?
「じゃあ…俺一旦離れるから」
「待って! 話を聞いて!」
いや私、話をする前に落ち着くことの方が大事じゃないかな? なんで夜凪くんを呼び止めてるのかな?
「ふういい湯だった。そうだ彩音ぇ、ワタシの下着知らないかなー? あれ、履いてる」
「え、これリアさんが用意したんじゃ?!」
「うん? そんなことはしてないけど…、アヤネのと入れ替わっちゃったかな?」
「そんなぁ~」
「裸で出てくるなバカ」
「なにおぅ、タオルはあるぞ? ふふふ、ほらよく見るといい」
「肩にかけてるだけで巻いてすら無いだろうが。シエ……は皆方の下敷きか。…ったく、俺はとりあえず離れてるから、落ち着いたら呼んでくれ」
そう言って自分の部屋に戻っていった夜凪くん。あぁもう、恥ずかしくって顔から火が出ちゃいそう。
「あうう…、ゴメンねシエ、すぐどくからね。だから手を離して…」
「ハイ…、すみませんアヤネ。私がちゃんとしていればこのようなことには…」
「ううんいいの、それについては私のせいでもあるから」
「…ハイ……、ですがアヤネもお気になさらないでください。私は私で気持ちを整理しますから…。ですから夏祭り、ヨナギ様と楽しんできてください。敵の侵入があろうとも止めて見せます」
「シエ…」
「そのあとは…、その……。ヨナギ様のお傍に戻りたいと、思ってはいますが…」
「うん、うんっ。そうだね、そっちの方がシエらしいよっ。じゃあ私も取り返されないよう頑張ってみないとっ」
「い、いけませんっ。いくらアヤネでもずっとはいけませんよっ!」
「あはは、二人とも思った以上に早く仲直り? したみたいで良かったよ」
裸のまま髪を拭きながら笑うリアさんは恥じらいがないけど、自信に満ちてるせいかキマっていた。
勘違いだったなら仕方ない、私も早く履き替えよう…。
「——それで、いつまで洗濯物の海の中で泳いでるんだい?」
「……起きようか」
「…起きましょう」
夏祭りまで、あと二週間。
大変なことばかりだけど、いい思い出になるといいな。
□ □ □
———そして、世界を跨ぎ同刻、『崩界』において一人の青年が指揮を執っていた。
「準備は」
「はっ、問題なく進んでおります。順調にいけば一月掛からないかと」
「可能な限り短縮しろ、出来ないとは言わせん」
「はっ、では失礼いたします」
「抜かるな、本侵攻によってラゥルトナーを潰しきる」
「無論ですジン様。我等の手によって決着としましょう」
「ならば手をこまねくな。偵察部隊の侵入後、報告があればまわせ」
「は——っ」
気配が消え、影に融けていく。
もはや時間を掛ける必要など皆無。敵を滅し、制圧する。
ただそれだけの結末を成就するための過程を為しているに過ぎない。
「『門』をつくるだけで時間をとられることがこれほど苛立たせるとは。…この点に関してはユーリが上手と認めざるを得ないな」
世界を超える為にはユーリと行動を共にする獣女のように高い適性を持つか、『門』をつくるしかない。だが、それには時間が掛かる。そしてそれこそが現況だった。
「人一人送り込むためだけにこれほどの時間を要するとは、まったくどうして…」
——腹立たしいのか。
そして、もう一つ問題がある。
「世界の修正による弱体化…。こればかりは致し方ない…が、素直に渡すか?」
『崩界』の人間が戦いに赴いたところで世界の修正により、奴らの土俵で戦わねばならなくなる。ゆえに、必要なものはただ一つ。
「ユーリめ…ッ。ヤツは『楔』と呼んでいたか」
一定時間、世界の修正を無効化し、本来の実力を発揮することを可能とするユーリの生み出した『楔』。
あれさえあれば自身の力を以って戦うことができる。だが——。
「チッ、怒りに身を任せたことの返礼が、まさかこれほど早く首をもたげてくるとはな」
ユーリの帰還時、結果としては敗北を喫したものの殺意を向けている。いくら奴ほどの能天気であろうとも自身と侍らせている女への攻撃を無かったことにはしない。
必要ではあるが、入手するために奴に頭を下げ、その上で提示される条件が一体どうなるものか。自業自得と言えばそうなのかもしれない。
……だが、ナイギとして生を受け、怨敵であるラゥルトナーを前にして成果の一つも上げる気概のない人間をどうして許せるものか。
「……この期に及んでは致し方ないか」
試すだけは試さなければならないだろう。
「断られたなら強奪すればいいことだ。奴との合意など無碍にしたところで問題ない。……なーんて考えてんだろ。ったく、そういうの良くないぜ?」
「——ッ、ユーリ。何故ここにいる」
「よっ」
振り返った先にたっているのは件のユーリだった。そして、茶飲み話でもするかのような気軽さで隣に並んでくる。
「……いったい何の用だ。少なくとも貴様から僕に用はない筈だろう」
「んー? まあな、確かに用はない、お前が女ならあったかもしれんが男だしな」
「なら何の用だ。前回の続きでもやりに来たのか? …次は後れを取りしないぞ」
その気ならばいつでも来いと、腰の刀に手を添える。以前と同じ結果にはしない。
だが、ユーリは横目でこちらを見ると苦笑いを浮かべ、両手を上げる。
「何のつもりだ、ふざけているのか?」
「別にそんなわけじゃないさ。戦う意思はございませんってな、ただそれだけ。俺たち幼馴染だろー? 気が向いたから話に来たじゃダメなのか?」
「ふんッ、僕の人生における数少ない汚点だな。今すぐ消し去ってやりたくなる」
「まったく何時からそんなにカリカリした奴になっちまったのかね。いんや、ガキの頃からそうか」
「いい加減にしろ。貴様の要件がないのなら口を閉じていろ」
急に現れて何のつもりだこの男。
「貴様も貴様で何も変わらない。使命も無く、ただ流されるままに生きているだけの女狂いめ。視界に入るだけで殺してやりたくなる」
「はっ、そういうことなら今日以降は気を付けてやるよ。ただ今日の所は許してほしいね。一つ頼みをしに来たんだ」
「頼みだと? 貴様が、僕に?」
一体何事だ。過去現在に掛けてユーリが僕に対して頼むことなどただの一度もありはしなかったというのに。
「おいおい、そう怪訝そうな顔するなよジン。オレだって頼みの一つや二つくらいするさ。お前さ、そろそろ攻め込もうとしてるだろ?」
「…そうだ、この不毛な戦いを終わらせる。日の当たらぬ世界に押し込まれた怒りを、奴らは身をもって体験することになる」
「ま、お前の戦う理由はいいさ。んなもんは人それぞれだからな。それでオレからの頼みなんだが——」
「断る」
「おいおい…話くらい……」
「——と言いたいところだが、…こちらから向かう手間は省けた。僕からの条件を呑むのであれば内容次第で聞いてもいいだろう」
「っとと…、なんだよそんなことか? 相も変わらず頭の下げられない野郎だね。じゃあそうだな、オレから言おうか」
こちらに向き直り不敵な笑みを浮かべながら提示された条件は、僕にとっては予想の付かないものだった。
慌ただしい日常の裏でジンが本格的に参戦します。
章も終盤に差し掛かっているので、ここからは戦闘が増えると思います。




