27.夏祭りまでもう少し①
「よし、もうよさそうだな」
寝続けて固まった身体をほぐしながら感触を確かめる。
熱は引いたし頭もだるくない。節々が痛むなんてことも無いから完治といっていい。
問題があるというならば——。
「ヨナギ様? 本当に、本当に大丈夫ですか? どこか少しでも痛むのであれば無理をなさらずお休みされた方がよろしいのではないですか?」
「シエ……、痛みはないしもう大丈夫だから」
「で、ですがご自身ではお気づきにならないほどの小さな違和感と言うものもありますし、やはりあと一日くらいはお休みいただいた方がよろしいと思うのですが…っ」
「あのな、昨日の時点でほぼ間違いなく完治してたのに一日寝てたのは何でだったか覚えてるか?」
「もちろんです。ほぼでは完治とは言えません、誰が見ても完治と一目で看過できるほどに至るまではお休みすべきだと進言したからです」
「…今の俺は完治してないように見えるか?」
「見えますっ、が、やはり心配で心配で…っ」
「心配してくれるのは嬉しいけどな、一々後ろをついて来られるとそれはそれで落ち着かない」
「ヨナギ様をお一人にするわけにはいきませんっ、そのことはヨナギ様からもお許しいただいたはずです」
「…いや、確かにそうなんだけどさ。家の中でさえずっとってのは流石にな…便所の度にドアの前で待機されても気が急くんだって…」
「で、ですが———」
「いやだから———。———」
「—————っ、——————?!」
「——、………—————」
「続くねぇ」
「つづいてますねー」
あれから二日、熱も引いて完全復帰の夜凪くん。けどシエはまだまだ心配みたいで、家の中でも夜凪くんの背中にくっついては心配そうに声をかけ続けてる。
それこそ日がな一日休むことなく、である。
シエの姿を忠犬のようだなー、なんて思ったことはあるけど、見ているとまさにそれだ。心配そうな表情で夜凪くんの顔を覗き込む姿は小型犬のようで可愛らしい。
可愛らしい、けど…、けども…っ。
「むむむぅ…」
「そうやってソファの影からのぞき込んでいないで一緒にしてみたらどうだい? まさに両手に花だ。ヨナも悪い気はしないさ」
「そ、そんなじゃありませんって!」
いつも通りソファに身を預けてテレビを見ているリアさんが軽口を叩くと、その光景を少し想像する。
「……でもそれはそれで…えへへ……。…う、やっぱりやめときます」
「えー、どうして?」
「リアさんに乗せられてるみたいでなんだか複雑なのでー」
「あっはっは、まったく彩音は頑固だなぁ。そんな風に殻に閉じこもっていると心配になっちゃうよ」
「そんなこと隠し切れない笑顔で言われても信じられませんー」
「えぇ? そうかなぁ?」
「もう、白々しいんだからっ」
「でもどうするんだい? あのままじゃヨナ取られちゃうよ?」
「ぐ……っ」
ちらりと二人に目をやると、そこには夜凪くんとその背中について回るシエ。
シエは心配そうに表情を窺いに行き、注意される度に背後へ戻ってはまた様子を窺うという行動を続けていた。
夜凪くんも夜凪くんで、これは一体いつまで続くのか。なーんて言ってるけど、表情からは『やれやれまったくシエは仕方ないなぁ、可愛い奴め愛い奴めこのこの』なんて考えてそうなくらい優しく見守ってる。
……完全に二人の世界だ。
「まずい…、ですかね?」
「まずい、かもねぇ」
「あはははは」
「うふふふふ」
「あー……はは……」
「うっふっふ」
「笑ってる場合じゃないとか思いませんか?」
「ワタシ的にはヨナが幸せそうなら…。いやいや、皆が幸せならいいよ?」
「確か、そこに私も入ってましたよね?」
「でも誘いは法を盾に断られてしまったからなぁ…、悔しいけどワタシから手を出すのはご法度かもしれないねぇ?」
「ぐ…っ」
「それに嫌がる私を外に連れ出すという暴挙に出たわけだし、これはもう私から援護射撃を得るのは難しいかもしれないね」
「ぐぐ…っ、というかそっちが本音ですか、それ…」
「どーだろーねー」
「ぐぐぐぅ…」
気の抜けた猫のようにゴロンと寝転がり、伸びた肢体と少しはだけた衣装の隙間からスタイルの良さを見せつけられる。
いつも通り、じゃなくていつも以上に気の抜けた姿からは行動しようといった気概が欠片すら感じ取れないくらい。
…というのもリアさん、普段の運動不足が原因なのか昨日の散歩くらいの距離で全身筋肉痛だったりするわけで。
階段を上った時なんて、上に着くころにはぜぇぜぇ息を切らしていた。あれはちょっと見てて可哀そうになるくらいだったから反省はしてます。
「あのぉ、その件については申し訳ないなぁー、なぁんて思っているわけでして、…はい」
「うんうん彩音はちゃんと謝れていい子だねぇ。ヨナにも見習わせたいくらいだ。ということで、今日はもうなーんにも動きたくなーい」
「うぅ…」
子供みたいな言い訳を自信満々に口にする姿は間違いなくだらしないのに、狙って綺麗に見えるポーズをとっているようにしか見えないなのは正直羨ましいとしか言えない。
(で、でもこのままじゃ色々ダメだよね…っ)
チャレンジすらせず指をくわえて事の成り行きを見守る、なんてことはダメだっていうことはここ最近の事で良く分かったもん。
「恋も戦いも命懸けということだ。うんうんいいね、乙女だね」
「…心を読まないでください」
「読んだのは表情だから許してほしいな」
「もうっ」
「ふふふっ、まああんまりいじめるのもかわいそうだね。ちょっとやりすぎたよ、ゴメンゴメン」
「え、じゃ、じゃあっ!」
「いいよ、シエには少し悪いけど彩音に手を貸してあげよう。今からでも追いつける…か、どうかは分からないけど、まずはスタートラインに立たないとね。どこかヨナを誘いたいデートスポットとかないのかい?」
「リ、リアさんっ!」
「イテテ…、ちょ、彩音、強く握らないで…イタタタ」
「あっ、ああゴメンナサイっ」
嬉しさから手を取るとこれまで余裕の笑みを湛えていた顔が引きつってる。綺麗になれたら嬉しいけど、ここまで貧弱だとちょっと考えさせられたり…。
「ふぅ…、さて、それじゃあ彩音と一時的な同盟といこう。名前はそうだなぁ…」
「な、名前、ですか?」
「うん、大事大事。モチベーションに繋がるからね、こういうのは。
えぇと、それじゃあ『恋巫女同盟』で」
「……今すっごい適当に考えたでしょ」
「そ、そんなことあるものかっ。一度聞けば伝わる素晴らしいネーミングじゃないか!」
「……」
「え、イヤ? 他だと『恋する乙女は最強無敵同盟』とか考えたんだけど…」
「いえ、最初ので行きましょう…。そっちはもはや長すぎですから…」
「よしよし、ではこれから手を取って頑張っていこうね彩音。任せなさい、シエが不利になりすぎない程度に手伝うからさ。あれ、それだと今までとあんまり変わらないかも?」
(もうこれは、自分で頑張るしかないような気がしてきた…!)
そうだよ、結局最後は自分の意志が大切なのよ。人の力を当てにしてる時点で勝負の土俵には上がれないんだ。
「あれ、彩音―? なんだか悟ったような表情だけど何か妙案でも思いついた? ふふっ、流石私の弟子だね」
「誰が弟子ですかっ!」
「ああヨナギ様っ、コンロです、お気を付けください! 熱くなっていますから!」
「…知ってる」
「ヨナギ様ヨナギ様っ、油が跳ねるかもしれませんっ、気を付けていきましょうっ!!」
「…大丈夫だって」
「熱すぎませんか? 私がお冷まししましょうか?」
「それはもう過保護の域を超えてるんじゃねえかな?」
「………くぅ…っ」
あっちもこっちもハチャメチャで、私は私で一歩踏み出さないと置いてかれちゃいそうだから、なんとか頑張ってみようと思います。
「あ、そうだ彩音」
「はい?」
「手始めになんだけど」
「はい」
「肩、揉んでほしいなっ」
「……はい」
そう、そのためなら急にできた師匠のために肩を揉むくらいなんてことないのです。
「あーそこそこ、上手だねぇ彩音…。…ん、あ、ちょ…力つよ——、イテテテ、彩音ー? もうちょっと加減と言うものが大切なんじゃないか———アハハイタタ」
「うんうん、私頑張りますよリアさんっ、これはお礼の前払いですから。ちゃんとほぐさないとダメですからね。痛いのは最初だけですから、多分」
「アハハ…テテッテテ、流石は私の弟子、こんなにも早く力関係で師匠越えを狙ってくるだなんてやるじゃないか……っ」
「はいっ、私頑張ります!」
「いぃっ———!?」
まずは一歩先へのチャレンジ精神!
かくして私はリアさんとの共同戦線を張ることとなったのであったとさ。
「あ、彩音……。いや、もう、ホント…もうちょっとお手柔らかに——」
「いえ、リアさんはちょっと軟弱すぎるので私からもお手伝いできればと」
いつも負けてばかりじゃいられないからたまにはこういうのもいいかもしれない。…それに美人を好きにできるというのは結構楽しかったり。
「アテテテ…もう、彩音の手管は情熱的だなぁ」
「誤解を生むような言い方止めてくださいよ」
「そういやさっき騒いでたけどまたリアが何かやらかしたか?」
「ちょっとヨナ、ワタシが一体いつ問題を起こしたというんだい?」
「いつもだろ、いつも」
お昼ご飯の時間、シエの用意してくれた豚の生姜焼きをみんなでつつく。
大量に盛られていて山のようになっているのだけど、このほとんどをシエが平らげてしまうのだから分からない。あの細い体のどこに収まっているんだろう。
「ヨナギ様、喋りながら出すと舌をかむかと…」
「……お前は後でちゃんと話し合おうな?」
「はい?」
「うん、あとでな。あとで、……はぁ」
小さくため息をつく夜凪くんはどうしてこうなったと言いたげ。
ちゃんと向き合う宣言したんだからとってもいいことだったけど、まさかここまでべったりになるとは私も思わなかった。
今日の料理だって、シエがずっと傍から離れないからって、普段料理なんかしない夜凪くんが率先してキッチンに立ったくらいだもの。
「大変だねぇ夜凪くん」
「大変だねえで済ませるなよ。いや、これまでのことを考えると、これくらいはしてやらないとダメなんだけど…、いかんせんこの調子じゃあな」
「アハハ…、シエは一度決めたら真っすぐ一直線だからねー。それだけ慕われてるんだからちゃんと相手するのは当然のことだよ」
「分かってる。その件については皆方にも感謝してるよ。助かった」
「どういたしまして。ほらやっぱり困ってる人のことは放っておけないのです」
「ハイ、あの時アヤネが背を押してくれたこと、感謝してもしきれません。必ずやご恩に報いて見せますっ」
「そ、そんな言い方されちゃうとなんだか緊張しちゃうなぁ…」
「その緊張を適度に持っていられればいいのさ。緩みきってるよりずっといい」
「ずっと緩みきってるお前が言うな」
「そんなことないさ、ワタシは頭脳労働担当だから今のままでいいのだよ、っと」
流れていた番組が好みじゃなかったのか、適当にリモコンをいじっているとあるニュースで止まった。
「ねえ彩音、これってこの前行った場所の近くじゃないかな?」
「えー…っと、あ、そうですね。二人で『四方界』の練習しに行った神社ですね」
そう、テレビに映っていたのはリアさんを引っ張っていって『四方界』の練習を行っていた神社だった。もっともリアさんは日影でじっとしてただけだったけど。
「この辺りにあのような場所があったのですか?」
「普段行動するのとは逆方向だからな。その上、坂の上にポツンと建てられてるせいで近くまで行かないと影も形もないときてる」
「そうなのっ、高い階段の上にあってね。普段はあまり人もいない隠れスポットで、年に一回、…ああそっか」
「? 何かあるのですか?」
「うん、ちょうどその紹介みたいだ」
テレビに視線を移すと、そこには女性リポーターが例の神社で壮年の男性にインタビューをしているところだった。
「夏祭り、ですか」
「そ、この辺りでもあの神社はお祭りとかの地域イベントの開催場所でね。夏祭りもその一つだよ。そっかー、最近色々あって忘れてたなぁ…」
今日から準備が始まったのだろう。テレビの向こうでは頭にタオルを巻きつけた屈強な男の人たちが屋台らしき資材を運んでいる。
レポーターはテンション高めに実行委員の偉い人にインタビューをしているみたい。
『市民の皆さんは今年も打ち上げ花火を楽しみにされていると思うのですが、その準備もやはり?』
『ええもちろんです。とはいえ街中であることから大規模、とは言えませんがね。でも、楽しみにしてくださる方は大勢いらっしゃいますから』
『なんと! やっぱり年に一度の街の風物詩があると心も晴れやかですからねっ』
『そうなってくださると頑張って準備をしている苦労も報われます。…今年はこちらの事情で開催が遅れてしまい申し訳ないですが、丁度学生さんも夏休み最後の思い出にちょうどいいと思います。どうか遊びに来てくださいね』
『っはい! 今日はありがとうございました、私もプライベートで楽しませていただきますっ! それではテレビの前の皆さんもぜひ足を運んでみてくださいね、現場からお届けしましたー!』
「あのような行事が行われていたのですね。知りませんでした」
「シエは来たばっかりだからしょうがないよ。ずっと家のことやってくれてる上に遊びにいくこともあんまりしないし」
「あ、いえ、もしそのように聞こえたのでしたらお気になさらないでくださいアヤネ。家事は私がやりたくてやっていることですから」
「もちろん分かってるよ。でもそっか、最近色々あって忘れちゃってたな」
「……」
「あー…、でもそんなことやってる場合じゃないよねぇ。その色々が大変すぎるから困っちゃうねー、あはは…」
夏祭りに心惹かれてしまう部分は本当だけど、そんなところに行って戦いになんかなったら大勢の人を巻き込んでしまう。
(うーん…、流石にこれはダメだよねぇ…。そりゃ夜凪くんと二人で…、なーんて)
さっきリアさんに言われたデートスポット、なんて言葉が一瞬浮かぶけどそんなことで多くの危険を生み出すわけにはいかないしね。
「まぁ……、そうだな。皆方もそう言ってるし、止めといた方が無難だろうな」
「えぇー、ヨナ行かないのー? 楽しそうだと思うけどねー」
「やかましい、家事の一つも手伝わずに一日中寝転んでテレビ見てる癖して。こういう時だけ外に出たいってのは都合がいいぞ」
「そうかなぁ。私は毎日毎日頑張ってるんだけどなぁ」
「何をです?」
「内緒」
「流石ですリア様っ」
「シエ、今のどこに褒める点があったんだ…」
「え? …えーっと……」
「ちょっとシエ、そこで言い淀んじゃダメじゃないか。ほらほら、中身は空っぽでもいいからしっかり褒めてくれたまえ」
「は、はいっ! リアさまは横になってるお姿も素敵です!」
「うんうん、やっぱり素直なのは良いことだ」
「………ははは」
「お前らなぁ」
夜凪くんと二人して呆れてると、ふと目が合って笑いあう。
お祭りに行けないのはちょっと残念だけど、こんなふうに笑いあえる時があるなら特別なイベントなんてなくってもいいんじゃないかって思っちゃう。
ううん、この小さな幸せで十分なのも本当ですとも。
「…我ながら安い女のような気が……」
「なんか言ったか?」
「な、何も言っておりませんっ!」
「そう、か? ……——り、———な」
うん? 夜凪くんも何かをつぶやいていたような気がしたけど、口元を抑えていたから気のせいだったのかも。
「そうだ、夜凪くんも元気になったし『四方界』の練習ってどうしよう。今日もシエが見てくれるのかな?」
「…ん? あ、ああそうだな。皆方も発動のコツは掴み始めてきてるみたいだし、シエに任せて俺は自主練でもしようかと思って…、たんだけど——」
「だけど?」
「ん」
「ん?」
喉を鳴らして指差した先、そこではさっきまで夜凪くんの隣に座っていたはずのシエの姿は無くなっていて——。
「フフ、両手に花というヤツだね。まあワタシ自身が華そのものなのだけれど」
「ヨナギ様っ、お外に出られるというのなら熱の対策と敵の対策はお任せください! ご要望があればお答えしますっ! …そ、それと…私が花などと…大げさですリア様」
「いつの間に隣に…」
何時にもましてやる気満々なシエはリアさんの膝の上に座らされた上で後ろから抱き着かれている。腰回りに手をやっているせいで抱き着くとその、シエの胸が強調されちゃってるわけで…。
(……どうしてシエのとる栄養は胸に集まってるんだろう…)
視線を落として自分の胸元を見ようとして、その行為自体が敗北宣言な気がしたから止める。
うん…確認さえしなければ自分でも夢は持てるものね……、うん…。
「…はぁ、というわけで俺も一緒に行く。シエの過保護は後で話し合うとして、今の状態じゃ少し離れただけで右往左往してそうだ」
「あはは…、優秀なご主人様になるも大変だね」
「皆方にそう呼ばれるのは違和感だな……、でもその通りみたいだ。まぁ見てろ、もう逃げたりしないからさ」
「うん、期待してるよー、ごしゅじんさまー」
「がんばっておくれよ、ご主人様」
「なんだよ…、聞いてたのか」
「そりゃあこの距離じゃあね、聞き耳立ててなくても聞こえるよ」
「えっと…私もこれからそう呼んだ方がよろしいでしょうか? ヨナギご主人様ー、…ですか?」
「からかうのは止めろ、あと名前付きだと語呂が悪いしな。…そら、さっさと飯食って準備しろよ。時間は待ってくれないぞ」
「「「はーい」」」
返事は皆で元気よく、それじゃあ夜凪先生が見てくれるみたいだし、頑張ってカッコいい所見せないとねっ。
——よし、頑張ろう!!
「……と、思ってたんだよ?」
「そうは言ってもな、俺も人に教えるのが得意な訳じゃない」
場所は屋上、今日も今日とて日が照っている中での練習となった。暑い中この場所なのは夜凪くんの自主練が剣を感覚を取り戻す、だから。
さすがに街中で凶器を振っていたら警察呼ばれちゃうし、そうなると大変だものね。それに暑いといってもちゃんと休憩はとってるし、シエもいるから大丈夫でしょう。
「諦めてはいけません、努力を続ければどのような道も踏破できますっ」
水筒から注いだスポーツドリンクを渡しながら励ましてくれる。
「うんありがとうシエ、応援嬉しいよ。でも、今日は上手くいかないなぁ」
反応してくれつつも、休むことなく剣を素振りしながら答えてくれる夜凪くんを横目に、もう一度手を合わせてみる。
「ぐぬぬぬ…」
その上で強く念じてみるけど『四方界』が使えた時の感覚が全くないし、空模様は変わりない。見てくれてる二人も何も言ってくれないから失敗してるみたい。
「んー、前と同じようにしてるつもりなんだけどなぁ。考えられる原因は何でしょうか先生」
ビシっと手を上げて先生二人に質問。勉強でもなんでも、分からないことは早いうちから正直に聞くのが一番いい。聞かぬは一生の恥である。
「大前提で言うなら『領域条件』が出来てないか、『四方領域』が能力発動に足りてない。なんだが、皆方のは両方とも達成は緩いからな。俺も軽く見てたけど間違ってるようには見えなかったし、一度できた以上出来ない理由もない」
「えと、つまり?」
「正直言うと分からん」
「えー…。あ、じゃああの『界燐』っていうのが足りてないとか? たしかエネルギー、というか魔法で言うところの魔力みたいなものなんでしょ?」
『界燐』は世界と世界の間に存在して、特殊なエネルギーを発してる魔力、みたいなものらしい。
夜凪くんもシエも、これがないと『四方界』を使うことはできないし、ナイギの人達がこの世界で上手く動けなくなるのも『界燐』が何らかの干渉をしてるんじゃないか、ってリアさんが言っていた。
「つまり、私の使うのって天気を変えるなんて結構凄い能力みたいだし、気付いてないだけで『界燐』がすごい必要だったりしないかな」
「そうだなぁ……」
結構的を射てるかと思ったけど夜凪くんは渋い顔で剣を振っている。
感覚を取り戻すため、といってるけどさっきから休みなく振り続けてる。昔使ってたっていっても、あんなにお高そうな剣をいつから振り回してたんだろう。
「なあシエ、皆方が『四方界』使った時にそんな大量の『界燐』感じ取れたか?」
「そう、ですね。初めてこの場所で使用された時は感じ取ることはできましたが、正直それほどの量を感じ取ることはできませんでした。もしも偶然の発露であったとしても、発動に慣れていない分は多くの『界燐』を使用してしまうのではないかと思います」
「だよなぁ、どうにもかみ合わない」
「どういうこと?」
「どんなものでも、慣れるまではロスが出るだろ? 俺のこの素振りだって、慣れるまでは身体に無駄な動きは多いし、だから何度も練習して効率よく動かせるようにしていくんだが——」
「アヤネの場合も、初めて発動した時が最も効率の悪い発動だったのではないかということなのです。であれば、前回と同程度の能力発動を前提として考えた場合にはそれほどの『界燐』が必要になるとは思えません」
「なるほど、何となくわかったよ」
初めて使う時が一番燃料使うはずで、その量が最大だ。あとは慣らしていくだけで使い慣れれば慣れるほどに使う燃料も減っていくはず。だから今回の原因とは考えにくい。
「…つまりなんでしょうかせんせえ…」
「分からん、そもそも『四方界』なんて個人差がありすぎてどう指導するのが正しいかも良く分からないしな。…ふぅっ」
「えぇー、そんなぁー」
素振りはひと段落して息をつくけど私の知りたい情報は不明である。これじゃどうにもならないような気が…。
「とはいえ時間もないから続けるしかないんだよなぁ。天候の操作で身を守れるかは微妙だけど使えないよりはずっといい」
「嵐とか起こせば邪魔できたりしないかな?」
「俺たちも巻き込むけどな」
「ですよねー」
うーん、じゃあどうすればいいものか。
コツは掴んだと思ったんだけど、こう…箸にも棒にもかからないと、あの時はどうやって使っていたのかすらもあやふやになってきちゃうわけで。
「夜凪くんは子供の頃から使えて、シエは夜凪くんに教わったんだっけ?」
「…ああ」
「その通りです、とはいえ私も夜凪様から直々に教わったというよりも見様見真似のようなものですが」
「やっぱりシエは凄いなぁ。正直、見ててもよくわっかんないもん。凄いことが起こってるなー、みたいな感じで」
「私達にとっては存在することが当然であったものですから。『四方界』そのものを知りえなかった彩音にとっては仕方のないことですよ。それに——」
「それに?」
言葉が詰まったかと思うと、少し困ったようにチラリと夜凪くんの方を見る。きっと、『このことは言っていいのでしょうか?』みたいな感じかな?
視線を向けられた夜凪くんはというと、コチラも少し困ったように眉をひそめながらも口を開く。
「…じゃあ俺から話す。シエに任せると、なんだ…、おかしなこと言うかもしれないからな」
「い、いえそのようなっ…。いえ…静かにしています…」
「あ、アハハ…」
反論しようとしてすぐ身を縮こませたシエからは、何もしていないのに反省オーラが立ち上っている。きっとこれまでのことを思い出してるんだろうな…。
「でだ、シエの時は確か…。どうだったかな……?」
「ちょっとっ」
「まてまて、今すぐ思い出すから」
記憶を掘り起こすように思考する夜凪くんの姿からは覚えてるようには全く見えない。小さなころの話とは言っても流石に憶えてなさすぎじゃないかなぁ。
「あ、ああそうだ。確かシエの時は嵐の日に俺が崖から落ちそうになって——」
「え、なんでそんなことに…」
「シエを捜しに行ったんだったか?」
「はい…その通りです、…すみません」
あぁなるほど、縮こまってたのはこれも原因の一つだ。シエ的には夜凪くんに迷惑かけた思い出だけで申し訳なさでいっぱいな訳で。
「あー、でだ。ちょうどその時に面倒な連中に襲われてたのもあって攻撃受けてて……」
「えっ、ちょっと? それって大丈夫なの?! というか『纏界』ってナイギのことがなくっても危ない場所だったりするの!?」
「別にそんなことない、その襲撃だってその時が最初で最後だ」
「そ、それでその時は大丈夫だったの……!?」
「目の前で生きてるだろ、大丈夫だったよ。……シエが『四方界』を使ったからな」
「その、時に初めて?」
「……はい、ヨナギ様が危なかったので必死でした。でしたのですみませんアヤネ、初めての使用感覚をお伝えすることは難しく……」
「いいよいいよっ、この話からそのこと聞きたいとは思わないしね。そ、それよりその後どうなったの…!?」
まさかそんなことが過去にあったなんて、そりゃまぁ、戦い続けてくれてたわけだし、そんな彼等なんだから昔にそういうことが起こってても不思議じゃない、んだけど……。
「シエが相手の意識を奪ってくれた間になんとかした。それでこの話は終わりだよ。別にそれ以上に特別な何かが起こったわけじゃない。まぁ、しいて言うならシエに槍の使い方教えたくらいか? ちょっとの間だけだったけど」
「へぇ…、それで今に至るってわけなんだ」
「ああ、…まあそういうわけでな。正直人に教えられる奴がいない、ってのは伝わったかと思う。だから皆方も自分で頑張るしかないわけだ」
「そんなぁー…、まあ何となく予想はできたけどぉ…」
まあ、そうなるよね。ハイ、ガンバリマス。ん? でもそれじゃあ——。
「じゃあリアさんは昔からあんな感じなの?」
「そうだな、何も変わらなさ過ぎて困るくらいだよ。むしろシエを残していったせいか昔よりもひどくなった迄ある」
ため息と共に今も部屋で昼寝しているだろうリアさんのことを思い浮かべているみたいなのは想像しなくても良く分かった。
「でも確かに、私もシエみたいな子が色々してくれるんだったらすぐだらけちゃうなぁ。だらけてても注意してくるってタイプじゃないからついつい、ってね」
「そ、そのようなことは…。そのようなこと、は……?」
「やめとけ、否定したところでこれまでの行動があるからな。少なくともリアに文句言うのはシエには無理だ」
「うぅ…」
「でもまあ、俺に対しては文句言うって宣言したからな。これからアイツにも言えるようになってくれ」
「努力します…」
「ああ」
……二人の世界が羨ましい。
(むむ…むぅ……)
気づかれないよう声には出さず、苦悩する。
(やっぱり前よりも夜凪くんとシエの距離感が縮まってる…。嫌じゃない、嫌じゃないけど……、私が邪魔しちゃうことになるのは、それもそれで嫌だなぁ…)
正直、一番嫌なのはそれだ。
これまで仲良く友達でいられたのに、私が夜凪くんと仲良くなりたいがためにこれまでの関係性が崩れる、というのはやっぱり怖い。
これじゃ夜凪くんに文句言った資格なんてないようなもの。それを受け取って、乗り越えようと頑張ってる彼の姿は尊敬できるものなんだと思う。
(私も、頑張らないと。じゃなきゃ後悔する、よね)
夏休みに入るまでは命短い恋せよ乙女、なんて言葉がここまでどっしりのしかかってくるだなんて思いもよらなかった。
(で、でもでも…、男の子をデートに誘う、って、どうすれば…?!)
最大の関門、それは夜凪くんをデートに誘うこと。二人きりになることを考えるとシエが誘う前に、だ。
シエから誘うことは無いとも思うけど、無いと言い切ってしまうのは危険。そう危険よ、いけないわ彩音。
仲良さげに話す、邪魔するのもおこがましい今の二人を見て。
あの様子じゃひょんなことからそう言う話になっても不思議じゃない。ないのよ。そうなったらきっと皆で行こう、ってことになるのも想像つくけど、その…私は夜凪くんと二人で行きたいなーと思ったりしてるわけで……。
(じゃあ…誘うにしてもまずは夜凪くんと二人きりにならないとダメだよね…っ、うんうん。………どうすれば…っ?)
今まで成り行きで二人きりになることはあっても、その時は何も気にしてなかったからどうすれば二人きりになれるのかなんて気にしたことも無かった。
改めて考えてみると、私どうやってたんだろう……?
「どうした皆方、さっきから一人で唸ってるけど…。『四方界』が上手く使えない事ならそう気にするなよ。俺たちとしては自在に扱えるようになるよりかは理屈を知ってほしい、っていう方が大きいんだからな」
「そうですね、特に『領域条件』の存在を知っていることは大きいと思います。強力な能力であるからこそ条件の達成は難解である場合もありますから。
状況を打破するためには知っておくことが重要かと」
「ふぇっ!? あ、ああその通りだね、私だって急に戦えーだなんて言われたらうまく動けないだろうから、自分で先陣切って戦おうだなんて無茶は言わないよ」
「ああ、その方が良い。ならどうしたんだ、まさか俺の風邪が移ったなんていうなよ?」
「そんなんじゃないよ、大丈夫。ただちょっとー、そのー、個人的な考え事をしてましたハイ」
「…そうか? そういう事なら別にいいけどさ。でも体調悪いとかあればすぐに言えよ、レギオンが来た時も急に倒れたわけだしな」
「そうだったね…、あの時のことはよくおぼえてないけど、なんだかすごく怖かったことだけは覚えてる……」
皆でレストランに行った日、私が初めて守られていることを知った日。
夜凪くんと一緒に逃げる中で急に気分が悪くなって、立っていられなくなって。熱のせいか詳しいことまでは思い出せないけど、ただただ何も出来ずに倒れていくのは凄く怖かった。
「次にアイツが来た時、同じことにならないとは限らない。その時に皆方の傍に居てやれるかは分からないし、そうなったら俺はレギオンと戦わなきゃならない。結局は皆方を一人残しちまう。…すまない」
「ちょっと夜凪くんったら、謝らないでよ。戦いに言ってくれてるってことは私を守ってくれてるってことなんだから、ね?」
「そうか、そう言ってくれると助かる」
「うんうん、優しい私に感謝なさい夜凪くんっ。これで思う存分戦えるものね」
「…なんかお前、リアに似てきたな」
「え…そ、そうかなぁ…?」
「確かに、アヤネは最近リア様とよくお話しされていますね。何か感じ入る所があったのでしょうか」
「んー…無意識です…。…ふぅ…」
ついどきりとしちゃって胸に両手を当てて深呼吸。イヤというわけでは決してないけど、最近の夜凪くん関連の話を聞かれていたのではないかと思ってビックリしちゃったのです、だからそう怪訝そうな顔をしないで。
(こうなるのも私がハッキリしないからね。…そうよ、言わなきゃ始まらないんだからダメで元々の覚悟でぶつからないとっ)
シエが居るからとか、二人きりじゃないと誘うこともできないとか言い訳してる場合じゃなかった。ちゃんと私の想いを伝えてみて、話はそれからじゃない。
「………」
「アヤネ? 目を閉じて、どうかしましたか? やはりあの日のことを思い出して気分を悪くしたのでは…」
「ううん大丈夫、心配させてゴメンねシエ。それで、その…少しお願いが——」
「はい、なんでしょうかアヤネ。私にできることであればなんなりとお申し付け下さい」
笑顔で聞いてくれるシエの無垢さに心が締め付けられているような気がするけど、そう、これは仕方ないことなの。
「ありがとう、それでお願いっていうのはね——、うん?」
言い出そうとした時、鼻先に何かが当たったような感覚。そういえば、いつの間にか空が暗くなってるような…?
「なんだ、雨か? 皆方がやった、とは思えないから単純に空模様が変わっ——」
夜凪くんが言い終わるのを待つことも無く、まるで堰を切ったかのように大粒の雨が一斉に降りだす。こ、これは当たると痛いくらいだわ…っ。
「わわわっ、ひなんひなん…っ」
「ひゃぅっ」
シエを引っ張ると、屋上と階下を繋ぐ階段まで向かって駆けだす。
「皆方、今こそ成功させる時じゃないのかっ」
「成功させられたとしてもこの雨の強さじゃ晴れるまでにずぶぬれだよ」
「こ、これがテレビで言っていたゲリラ豪雨と言うものなのですね…っ、確かにこの雨の強さでは現象として特別に名前を与えられて当然ですね」
「あははホントだね。それにしては物騒な名前だけど」
「ゲリラ、っていうとなんになるんだ?」
「んっ? ええっとねぇ…、ちょっと待って調べるね…」
言われてみると分からない言葉というのはあるもので、知らずに使っていても何とかなっちゃうからこういう時に調べとかないとね。
「あったあった、えっとね、少人数の部隊で敵陣に現れて行動をかき乱すことだって。急に大雨になるからゲリラ豪雨」
「なるほど、やられる側はたまったもんじゃないな。事態の収束に時間が掛かるうえ、一度やられるとずっと気にしてなきゃいけないから精神的疲労も大きいだろうしな。泥沼だ」
「うん…、やっぱり大きな戦いになってくるとそうなっちゃうんだね…。嫌だね、人同士で殺し合うだなんて…」
「皆方…」
「あっ、ゴメンね変な空気にしちゃって。大丈夫大丈夫、私達の方が少人数なんだからゲリラ攻撃受けようがないもんね。二人がしっかり守ってくれるわけだし」
「ああ、そうなるように頑張るさ」
「えへへっ、よろしくね夜凪く——」
「あああ——ッ!!」
「うぇぁ!?」
「な、どうしたシエ!?」
急な叫び声がシエから発せられ、あまりの不意打ちに体ごと跳ね上がる。
「す、すみませんヨナギ様っ、洗濯物を干していたのを忘れていましたっ。こ、このままではせっかくの洗濯物が全てダメになってしまいますっ! ヨナギ様のお傍を離れるのは大変心苦しく、申し訳ありませんが、一度戻らさせていただきます。ではっ!」
「お、おいシエ——っ、って、いっちまった…。仕方ない、待つか?」
「…はい、そうしましょ……ふぅ…」
バクバク音が鳴り続ける心臓を抑えつつ、深呼吸。最近深呼吸する回数が増えてきてる気がするけど、私ってそんなに脈が乱れやすかったかなぁ…。
「悪いな、とはいえ着るものが無くなると困るのも俺たちだしなぁ」
「別に怒ったりなんかしないよ。シエが頑張り屋さんなのはちゃんと分かってるから。私も頑張らないとなー」
「頑張ってもらうに越したことはないけど、無理はするなよ。倒れられたら本末転倒だ」
「分かってますーっ、『四方界』は、まぁ…? 練習を止めたりはしないから安心して。もちろん無茶はしないし、基本的には誰かがいるときにするようにするから」
「ああそうしろ。…まあ、教えられることは少ないからあんまり役には立たないけど…」
「そんなこと、ない…よ? うん、ないよ」
「なんで二回言った」
「えぇー…、何のことかなぁー?」
「ったく、二人になるとすぐからかい始めるんだから困ったもんだよ、お前もリアも」
「そんなことないよ、リアさんは二人きりにならなくってもいつもからか…って……」
「あん? どうした?」
言われてみてようやく思い出す。
(そうだったぁ…。私、どうやったら二人きりになれるのかとか考えてたんだったぁ…)
あんまりにも自然にこの状況になっちゃったものだから完全に気が抜けていた。いけないいけない、二人になった途端に話すのが楽しくなっちゃってた。
こんな調子じゃいつまでたっても夏祭りに誘うなんて出来ないよっ!
(そ、そう…、ここよ。きっと神様か運命的なものが与えてくれたチャンスなのよ。ココを逃せばきっと次はないはずなのよっ)
いや、別にそんなことは無いと思いもするけど、チャンスが次もあるとは限らないのも事実。なら、これが最初で最後と思ってアタックするしかない——!!
「あ、あのね夜凪くんっ!!」
「おおう…、なんだよ皆方…」
「あっ、ゴメンね急に大きな声出しちゃって…。でね、その…えっとね?」
「あ、ああ」
今度はこっちが驚かせちゃったみたい…。頭の中でシミュレーションをする暇もなく突撃しちゃったからもうぶっつけ本番で何とかするしかない。
……頑張れ彩音っ、ここが女の見せどころっ!!
「夜凪くんっ!!」
「は、はいっ」
私も夜凪くんも背を正して大声を上げる姿は、もしも誰かに見られたら喧嘩してるようにも見えるかもしれない。
いえ、もしかしたらそれは正しいのかもしれない。だって、これは一つの戦いだもの。そう、やるかやられるかの瀬戸際の勝負…っ。
当たって砕けるか、当たって押し通るかの二択。…やるしかない!!
「ぇぇ…と、ね? その…ぉ…ねがい、が…」
でも、……なんとか強い気持ちで言葉を考えて、気を奮わせてこれがようやくなのは私ながら情けない…。
「あぅ…、ぇっとね、ええっと…」
もじもじといじってしまう指先にまで心音が響くくらいにドキドキしてる。
声も詰まっちゃって恥ずかしくって、そのせいでもっとひどくなっちゃって。ああ、なんて悪循環、きっと顔も耳まで真っ赤になっちゃってる。
「なんだ、お願い? というか皆方、顔も赤いけど大丈夫か? 言いにくいことなら別に無理しなくても——」
なのに夜凪くんったら何も分かってないような顔して私を心配してる。少し前まで風邪ひいてたから心配してくれてるのかもしれないけど、もしもそうじゃなかったら気付いてくれたりしたのかな。
「……ううん、そうじゃないの」
うん、そうじゃない。そんな弱気じゃ何も伝えられないでしょっっ!!
「ふんっ!」
「なっ!? 急にどうした!?」
「気合を入れたのっ!」
顔のほてりが気になって仕方なかったから自分で思い切りほっぺを叩く。
可愛げのない『バチンッ!』なんて、中々いい音を響かせちゃったし結構痛い。けど、これで顔が赤いのは叩いたから。決して緊張なんかじゃありません!
「あーもう! ウジウジしてて情けないっ!」
「え、…え?」
目の前で困惑する夜凪くんをよそに気合注入完了。これでいける、はずっ!!
「夜凪くんっ、デートに行きましょう!」
「ぅえ——」
「夏祭りに!!」
「あっ——」
「二人で——っ!!!」
「———ぇーと…」
「返事は!!」
「あっ、ハイ、はいその通りです、ハイ! ……ん?」
「————やたっ!」
無理やり言わせちゃったような形になっちゃたけど、オッケーはくれたってことでいいのかな…。いいのかなっ!?
「ほ、ホント!? ハイ、って…その、デートに…行ってくれる、ってことでいいんだよね…っ?」
「いや、今のはちょっと勢いに押され——。あー…いや、しかしなぁ。一分くれ……」
「…はい……」
そう言うとこちらに背を向けて考え出す夜凪くん。背中越しにでも顎に手を当てているのが良く分かる。
(そうだよねぇ…、流石に無理やり押しすぎたよねぇ…)
ちゃんと伝えられはしたし、返事もハイ、って言ってくれたとはいってもあまりにも勢いに任せすぎたというか、反射的に言っちゃっただけだもんね…。
今になってほっぺの痛みだけじゃなくって、夜凪くんに気持ちを押し付けちゃった罪悪感がとても強くなってきたというか。
(痛い…、ほっぺと心がとっても痛い……っ!)
雨に当たってないはずなのに額から雫が垂れ落ちるのは、うん間違いなく冷や汗です。
(ひゃぁぁ、心臓がドキドキしてるぅ…、うぅ夜凪くんの方が上手く見れない…)
うるさいくらいの胸の高鳴りと冷や汗からすると、これはこれで病気と同じようにしか感じ取れなくなってくる。
「皆方、待たせ——、…どうした?」
「ふぇ?! な、なんでもない、ないですっ。そ、それで、そのぉ…」
「分かった」
「うん…」
「……、…?」
「………」
「で?」
「え?」
二人で見つめ合ったまま数秒経って、お互いがお互いに頭の上に疑問符を浮かべる。
「いやだから、分かったって」
「…と、いいますと?」
夜凪くん夜凪くん、私は答えを聞く準備は万全だよ? だからもう言ってくれてもいいのだよ?
「だから二人で夏祭りだろう? いいぞ、行っても」
「———、あ」
「なにが“あ”、だ。皆方お前、最初の返答を勘違いしてたな?」
(な、にゃるほどーー!?)
そう、夜凪くんは初めから“分かった、行っても構わない”って言ったわけですねー!?
「い、いやいやでもでもっ、ちょっとわかりづらいよ伝わってないよっ」
「そうか? そういうことなら悪かったけどさ…」
「ううん謝らなくていい、なぜなら私がちょっとオーバーヒートしてたからっ。ちなみに今も過熱中ですっ!」
「慌ただしいな本当に……」
オッケーを貰えたのにおろおろと階段を上り下りする私の姿はさぞおかしなことになってると思う。でもでもだって、嬉しいんだもの信じられないんだもの。
胸の高鳴りと身体の震えが喜びと驚きの間を行ったり来たりしていて身体も心も落ち着かないでいる。
このままじっとしてたりなんかしたらそれこそ熱暴走しちゃいそう。だから私は階段を上り下りして放熱してるのです。
「えーっと、ちょっと待っててね、もう少しで落ち着くと思うから夜凪くんはあんまりこっち見ないでねっ」
「はいはい、俺も怒られたくないからな、落ち着いたら言ってくれ」
響く足音と雨の音。
だけど私には全身を駆け巡る心臓の音しか聞こえないし、きっと夜凪くんには雨の音しか聞こえてないだろう。
私にしか聞こえない小さな爆音は、無駄な運動をして発散するしかない。そんなことをしばらく続けて———。
「ヨナギ様、アヤネ、ただ今戻りました。遅くなり申し訳ありません、リア様とお話をしていて———。…あ、アヤネっ?! どうされたのですかっ!? ヨナギ様、アヤネが階段で倒れ込んでおります——っ」
「あー…、何て説明すればいいのか俺にも分らんが…。もう少し寝かせといてやれ、大丈夫だから、多分」
「うん——、大丈夫だよシエ…、だからもうちょっとだけ一人にして……今の顔見られたら恥ずかしくて立ち上がれない……」
「は、はぁ……、アヤネがそうおっしゃるのでしたら…」
「あ、あはは…、あと五分あと五分だけだから——」
なんとか身体が冷えるまで歩き続けて、落ち着くころには空に大きな虹がかかっていた。
夜凪とシエとの関係が深まるなか、皆方としては困っているところです。
シエは人懐っこい大型犬のようなイメージなので余り無下にもできず、放置するのも危険というある種最強のポジションかもしれません。




