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四方総界縁起  作者: くろよ よのすけ
26/100

26.病熱恋風②

「———チッ」

 閉ざされた氷から脱出してから一夜、自身が破壊した廊下で一人瞑想し続けているが、怒りは収まること無く、再び目を開いた時には日が昇り切っていた。


「ユーリめ、何を考えている…ッ」

 当然、矛先はあの男だ。次期当主の称号を持ちながらナイギの使命よりも自己の欲求を優先し、汚れた血を持つ女どもを囲っている屑。

 力を持ち、ラゥルトナーとの戦闘においても本来の力を発揮する術を持っていて尚、その気を起こしすらしない。

(昨日、奴は一体何をしに向かった。全力を出すことが可能な状況でアレが返り討ちにあっただと? …ありえない。認めたくはないが、例え世界の縛りによって消失寸前の状況であろうともあそこまでの傷を負うことは考えにくい)


 現地に向かっていない自分では詳しい状況までは分からない。

 あの下賤の女が連れ帰ってきたということは、『巫女』ないしラゥルトナーとの接触があったのは確実だ。

 あの女、世界を渡る適性が合ったからこそナイギに仕えられているのだ。ならばそれ以外に価値はなく、ユーリが手元に置いているのもそれ以外に考えられない。 

「あ、あの…ジン様……一体、これは何が……」

 背後から掛けられた声は使用人のもの。廊下の変貌と実行者である自分に恐怖しているのか声は震えてしどろもどろ。見ているだけで不愉快だ。

「…貴様らには関係の無いことだ。質問をする暇があるのならとっとと元に戻しておけ」

「ハ…ハイ…、思慮が足らず、申し訳ありませんでした…」

「ふん…っ」

 使用人と言葉を交わすなど無駄に過ぎる。

 奴らも『四方界』が扱えるとは言え、あくまで小規模でしかない。所詮は給仕と清掃程度しかできないのだ。

 そのような連中、気を使ってやる必要もない。より苛立ちを募らせながらその場を立ち去る中で考えるのはやはりユーリの言動。


 お茶らけ、女に肩を借りていた以上は完全に手を抜いていたからこその傷だろう。相手が想定を上回る戦闘力を有していたと考えるべきか。

 なら、なぜそのような状況になった? いや、奴らからすれば我等ナイギは怨敵、接触即戦闘とみて違いない。だが、ユーリがその様な効率的なことをするか?

「ありえない」

 そう、あの男が効率を以って行動指針を決めるなどありえない。ヤツは自身が興味を持った対象を優先して行動する。


「ならば、ラゥルトナーにヤツの興味を引いた存在がいたか?」

 ではそれは誰だ?

 逃げ帰ってきた戦闘狂女の報告にあったラゥルトナーはヨナギ・アマナという名の男、その従者であるシエ、シエに護られた女の三人。

 『巫女』とは接触できていないという体たらくだが、その怒りは隅にやれ。思考の妨げにしかならない。

「それとも『巫女』か」

 いまだどのような容姿であるかさえ把握できていないのだ。あの女好きが向かうとするなら一応は理由も通る。

(やはり確認できなかった『巫女』との接触か。でなければラゥルトナー個人に興味を持つなど考えにくい)


 強いとされるラゥルトナーとはいえ、所詮は『纏界』から世界を移動した際に縛りを受けず、弱体を免れるというだけ。同じ土俵であれば戦闘力におびえる理由もない。

 これらを仮定すると、傷は『巫女』に気を取られた時、敵が想定以上だったとするべきか。

「ふん、アレの行動を深く考えるだけ無駄でしかないが…」

 こちらの邪魔となる芽は早く摘んでおかねば支障にしかならない。

我等が虐げられる日々は終わりを迎え、ラゥルトナーの血筋は途絶える。

 そのために永い時を争い続けてきたのだ。そして結実する時は目前に迫っている。

「もうすぐ僕の準備も終わる。そうなれば終わりだ」

 ユーリのように遊びはない。使命を達成することこそが至上目的なのだから確実に仕留め、『巫女』を手中に収める。

 そうしてようやく、ナイギは世界を手中に収める一手を打ったと言えるのだ。


「騒がしいと思っていたが、なんのつもりだ」

 不意に、通路の先から声が上がった。冷たく、淡々と口にした言葉は鋭い刃を模したかのように怜悧な圧力を内包していた。

「父上、申し訳ありません。ユーリの独断行動をとがめておりました」

 差し込む朝日に照らされた姿は父であるレイガン。僕達の戦闘の『界燐』を感じ取ったか。

「放っておけばいい。アレの行動には時間を掛けるほどの意味はない」

「ですが、奴の行動は目に余る。行動報告さえすることなく、己が欲求に突き動かされる行動はいつか僕達の邪魔となる可能性があります」

「邪魔、か」

「そうです、情報であれ戦力であれ、奴のうかつな行動から僕達への被害がないとは言い切れない。どのような些細な孔であれ現状から潰し、ラゥルトナーが付け入ることのできる隙を消し去るべきでしょう」

 唯一懸念があるとすればそれだ。

 ユーリは自身の行動がどのような結果を引き起こすかなど考えてもいないだろう。例え、端から見れば何の意味もない行動であったとしても、ラゥルトナーによって意味を与えられる可能性がないわけではない。

「欠片でさえ、ラゥルトナーの利点となるような行動をとらせるわけにはいきません。ユーリを次期当主として扱うのは必要とも思えない」

「…言いたいことはそれだけか?」

「……っ、ですが父上」

「意味などない。ユーリの行動も、お前の思案も。何一つ」

 しかし、父は疑念全てを切り捨てる。意味などないと、ただ一言で。

「ユーリがどう動こうとも既に結果は決まっている。それは私もお前も同じことだ。終わりはとうに決まっている。過程が異なるだけだ」

「それは、どういう——」

「知る必要はない。…ジン、お前がどう動こうとも構わん、侵攻も傍観も好きなようにすればいい。止めはせん」


「……」

 言葉に熱はなく、何処までも冷たい鋼の様だ。

 幼い頃から見続けてきて、一度も乱れることの無い所作も表情も、鍛え抜かれた刃を体現した傑物。それが父であるレイガンだった。

「分かりました…。ならば、必ずやラゥルトナーを打ち破り、『巫女』を手中に収めて見せます」

「精々、気を張ることだな——」


 いつものように感慨なく立ち去っていく父の姿。

 その背を見つめ、自身のやるべきことを再認識する。

「ええ、何としてでも。父上の期待を超えられるよう」

———だからこそ僕は、彼の息子として一つの証を立てねばならない。

 されたこともされることも無い期待を持たせ、その上で超えられるように。貴方の息子の力を証明するのだと。

「………」

 明光差す中、一人の剣士が進むべき道を定めた。あとは障害を切り捨て続けるだけであろう。それはラゥルトナーだけではない。

「もはや同じ醜態は晒さん…! 邪魔をするならば貴様も殺すぞ、…ユーリ——ッ!」

 怒りを原動力とした若き刃が歩み始める。

 進むべき道の障害全てを切り捨てるがために。



 □ □ □



 私達だけしかいない室内、二人きりのベッドの上、どこへも行かせないというかのように腰に回された手で抱き寄せられる。

 力強く、私にだけ向けられた瞳は熱を持ち、目を離すことができない自分がいる。

 触れられた箇所には柔らかな電流が流れ、思うように動けなくされているかのよう。


「あ、あの…いけませんヨナギ様…、アヤネとリア様がいらっしゃらないからといって、その…このような……」

「何がダメなんだ?」

 それでも逸らそうとした顔は彼の手によって無理やり戻される。唇と唇が触れ合ってしまいそうな距離では下手に動くことができないでいる。

 混じり合う吐息は甘く感じて、思考を鈍らせるには十分だった。


「ですから、その…私の身体を求めて下さるのは光栄、なのですが…っ、行為の最中を見られでもすればアヤネとの関係性に傷が——ひゃっ」

 それでも何とか、鋼の意志を持って一度落ち着こうとした瞬間、私はベッドで仰向けに寝転がっていて、見上げた先には彼が居た。

「俺は、シエが欲しいんだ。だから、このまま——」

 指を絡めるように握られた手からは彼の想いが伝わってくるようで、私も無意識に握り返してしまっていた。

「わ、わたしは——」

 押し倒され、抵抗する意思はもはや心の中でしおらしさを見せている。

 ヨナギ様が頬を撫でてくれるたび心が満たされ、私自身の熱が上がってしまって…。

「あぁすみませんアヤネ…、やはり私はヨナギ様に求められては拒むことなど——」

「シエ——」

「ヨナギ様…。どうぞお好きに、望むようになさってください」

「シエ……」

「ハイ、なんなりと…。この身はヨナギ様だけのものですから…」

「シエ…?」

「……ハイ? ですから——」

「おーい、シエー」

「あれ? ヨナギ様?」

 なんだか、声が遠くなっていって、目に映る光景もアヤフヤとなっていく。私の名を呼ぶヨナギ様の声もなんだか違和感が——。


「ん……むにゃ…、……ぅん……?」

「起きたか?」

「ふぇ…、あ、あれ? 私が下でヨナギ様がベッドで…、あれ?」

 目の前に居るのは上半身を起こし、私の肩に手を置いたヨナギ様の姿。こちらを覗き込むようにした表情は先ほど見せた熱はなく、いつもの優しいヨナギ様のお顔。

「寝ぼけてるな。…いやスマン、シエも疲れてたろうからもう少し寝かせておいてやりたかったんだが、なんだかうなされてたみたいだったから」

「………? ………………ハっ!?」

 まさか、さっきまでのは、いいえまさかではなく間違いなく……!


「お、おいシエ、どうした?」

「ゆ、ゆめ……? ぁ…あぁ…っ」

 夢と認識した瞬間、あまりの恥ずかしさに頭を抱えてしまう。

 ままままさか私とヨナギ様があんな行為に及ぼうとして従者の私が受け入れるなんて夢を見るだなんてこれは従者失格でしかありませんいいえ従者としては主であるヨナギ様の想いとたくましい身体を受け入れて願望と欲望を発散させるということはある意味従者としての役割を果たしていると考えられるのかもしれませんが夢として見てしまったということは私自身がその様な願望を持っていると考えられるのではないでしょうかと考えてしまうと恥ずかしさから体中があつくなってしまいましたああなんてことでしょうかこれでは顔まで赤く染まってしまっていてヨナギ様に顔向けできる状態とはまったくいえませんそもそもご心配いただいているのだからまずは返答を———?!


「あの、シエ? 顔隠してるけど本当に大丈夫か?」

 肩に手を置き、心配してくれているヨナギ様の優しさにいつもなら気持ちが緩んでしまいそうになりますが、今だけはそんな状況でなく、心の中身は波乱万丈波高し、もはや嵐吹き荒れる大海原の様相。

 そんな中でもヨナギ様にご心配をおかけするなど、自分で許すことはできません。だからこそヨナギ様にもちゃんと伝わるよう、明瞭な返事をしなければ——!

「大丈夫じゃありません!!」

「……そう、か」

「ハイ!!」

 これでひとまずはよし、です。私の状況は伝わったはずなのできっと問題ありません。これでひとまずは息を落ち着けて——。


「悪いな、やっぱり無理をさせてるなら今からでも離れてくれてていいんだぞ?」

「え、え?」

「まあ、その場の勢いっていうのはあるしな。一度決心したからと言っても思い返すと、っていうこともある。…だから気にしなくていいんだぞ?」

「あ、あのヨナギ様? あれ?」

「薬も効いたみたいで一眠りしたら頭痛は収まってるし、大分楽になった。まあ少なくとも明日くらいまでは安静にしてるから——」

「しょ、少々お待ちくださいヨナギ様っ!? いったいどうしてそのようなことをおっしゃられるのですか。眠ってしまったことは私の落ち度ですし、ヨナギ様が気にされるようなことなど何もありはしませんっ」

「ん…? いやでもな、正直者のシエが大丈夫じゃないっていうなら原因は俺だろうし。そりゃちゃんと向き合うつもりなのは変わってないけど、シエが少しでも嫌がってるならいったん距離を置くべきなんじゃないかと——」

「そのようなこと誰が口にしたのですか! 私がヨナギ様のお傍を離れることなど金輪際ありませんっ!!」

「えー、…っと? それならさっきの『大丈夫じゃない』、ってのは、えーっと…」

 困ったように眉を寄せるヨナギ様の表情を見てようやく理由が分かった。

「その、ですね。申し訳ありませんヨナギ様…、大丈夫じゃないというのは、さきほど見た夢の内容と関係しておりまして…、でででですがヨナギ様が悪いというわけではなく私が慌ててしまったのが原因と言いますか、今も慌ててはいるのですが少々落ち着くためのお時間をいただければ幸いと思っているのですが——」

「はぁ…そうだったのか」

「も、申し訳ありません、落ち着きを持った行動を心掛けてはいるのですがいつもいつも失敗ばかりで…」

「そうじゃない」

「え?」

「安心したんだ。シエに嫌われてない、ってな。もし嫌われてたんだったら頭痛が再発するところだった、…はは」

「そ、そのようなご冗談を…」

「辛い時に辛いと言ってほしい、そういったのはお前だぞ?」


 微笑を浮かべて口にする言葉は確かに私がヨナギ様に伝えた言葉、私の誓い。

「あれはその、勢いで口にしてしまったと申しますか。今考えても大変お恥ずかしいことばかりでなんだか申し訳がたちません…」

「なんだそりゃ、でも良かったと思ったのは本当だからな。悪いところがあれば言ってほしい、嫌われる前に改善するようにするから」

「はい、私もちゃんと進言できるよう努力します。…で、ではまず横になってください。私が眠っていたのが原因とはいえ、ヨナギ様はいまだ病床の身なのですから」

「そうだな、そうする。ああでも——」

「はい?」

 横になる前に聞いておきたいと、ヨナギ様の口が開かれた。

「変なうなされ方だったけどどんな夢見てたんだ?」

「ごほっっっ!!?」

「シエ?!」

 呼吸の仕方を大いに間違えてしまった結果、気管に唾液が侵入。呼吸に支障をきたしてしまう。

(いけません、夢の話をしたのはいけないことでした———!!)

 収まらぬ咳を続けながら、今だけは己の正直さを悔やんでしまう。


 だ、だってアレはいけません。あのような夢を見たということはヨナギ様と、わ、私が“そのような関係”を望んでしまっているかのようで、勘違いをさせてしまい、今後の戦いにも支障を与えてしまうかもしれません。

 い、いけませんいけませんっ。リア様やアヤネというヨナギ様をお慕いする魅力的な女性がいらっしゃる以上、私などヨナギ様に選んでいただけるのは非常に難しく——、……いえ、これでは本当にそのような関係性を私自身が望んでいるようにしかとられません…っ。

(ど、どうすれば……っ、どうすればよいのでしょう!)

 頭の中身がしっちゃかめっちゃかになり続ける。落ち着こうとしていた矢先の不意打ち、これでは何一つ気持ちを整理する暇もありません。


「おいシエ、大丈夫か。顔も赤いし、お前も熱が——」

「あ—————」

 ピトリと額に触れた感触と、声に誘われ無意識に向けた視線の先。

 そこには私を心配そうに見つめるヨナギ様のお顔と、私の額に当てられた掌があって…。

「やっぱり熱いな。実は体調が悪かったりとかしたのか? そういうことなら無理しないで二人で休まないと。頑張ってくれるのは嬉しいけどシエが無理するのは心配だ」

「———ひゃ、ひゃい…」

「呂律もなんだかおかしいぞ。もしかしたら俺が移しちまったのかもしれないかもしれないけど、今日の家事は皆方に任せて休んだ方が良い」

 額に当てられていた掌で頭をポンポンとされるともうダメです。熱は際限なく上がり続け、頭上に湯気が立ち上っているのではないでしょうか。


「ほらやっぱり、熱が上がって来てるんじゃないか? 俺たちも似た者主従みたいだからな、二人して雨に打たれたんだから風邪ひいてもおかしくない」

 夢の話から離れているのは怪我の功名かもしれませんが、これはこれで困ってしまいます。事実体調に問題はなく、ヨナギ様のお姿に体が火照っているだけなのですが……。

(なんと説明すればよいのでしょうか…っ)

 正直にお伝えすべきでしょうか? ですが先ほどのように意思が間違って伝わる可能性もある以上下手なことは言えませんし…。

「声は聞こえないけど皆方たちは…、出てるのかな。家には居るって言ってたけど、シエに任せて行ったか? ったく…。本当に大丈夫か、シエ」

「もんだいありません、そのですね、この熱自体も——体調不良によるものではなく…」

「ん、じゃあ原因自体は分かってるのか? ……夢とか? はは、まさかな」

「ままままさかそのようなことがあるわけありませんっ、例えヨナギ様に寵愛いただく内容であったとしても現実のヨナギ様と混同しているなどそのようなことは——! …あ」

「あー…、…寵愛、ね。…なるほど、それであの寝起きか」

「……」

「……」

「……まあ、詳しくは聞かないけどさ」

「…………」

「…………」

「違います違います、違うのですヨナギ様!! その、そう! 久方ぶりにヨナギ様のお傍で眠りについたことで気が休まったと言いますか、休みすぎたと言いますかーっ!?」


 ああ、本当に自分の正直さがここまで裏目に出続けるとはなんて、なんて恥ずかしい。

 自分で発した熱でゆで上がった頭ではまともな言い訳が出来るはずもなく、それ以前にヨナギ様に対して言い訳などする意思を持つ理由も無かった以上、この場で急に言い訳をするような性格になれるわけもなく……。


「うぅぅぅぅ……。申しわけ、申し訳ありません…、シエは悪い従者です……」

 もはや正座、指をつき頭は床へ。つまりは土下座、最大限の謝罪をもってお許しいただくしかありません…。

「いやまぁ、そんな謝るようなことじゃないからさ。頭を上げてくれると嬉しいんだけど…。それにさ、変な夢を見ただけなんだからどうしようもないだろ? 好きな夢を意識してにみられる奴なんていないんだから」

「ですが…、その夢を無意識で見てしまったということが、私としてはお恥ずかしく…。ヨナギ様に抱き寄せられた時の胸の高鳴りが———」

「言わなくていいからっ、げほっ」

「ああお咳が、すみませんヨナギ様、まだ熱もあるというのに喋らせてしまい…」

「いいから、こっちも本当に大分楽になってるんだ。体の方も落ち着いてきたし、明日には治ってるよ。でもシエは風邪ひいてないみたいでよかった。出来れば元気でいてほしい」

「ヨナギ様…」

「ま、寝ぼけすぎないように気を付けないとだけどな。シエは隠し事できないんだから」

「うぅ…」

 おずおず上げた頭を指先でコツンとされる。情けなさで一杯ですが、それはそれで嬉しさもある現状に気持ちの整理はまだつきそうにありません。

「はは、大丈夫だ。二人には黙っとくから」

 そう言ったヨナギ様の笑顔はとても優しく、それはリア様にも、アヤネに対しても、これまでの生活の中でさえ見たことの無いほどで。

 ——そう、言葉にするのなら目を奪われるほどでした。

 

 

 それから十数分、私達は言葉を交わすことなく、静寂と共に時の流れに身を任せる。何も起こらない静けさの中であったものの、

「…日が、落ちるな」

「え、ええそうですね。思ったよりも眠ってしまっていたようです」

 目線定まらない私とは逆にヨナギ様は落ち着いていて、その瞳は外の光を追っているようでした。

 時計を見ると十八時半、窓の外では夕日も隠れ始めていて夜の色が空を覆い始めているようです。夏という時期を加味しても後三十分もすれば夜一色となるでしょう。

「なあシエ、頼みがあるんだが」

「は、はいっ、なんでしょうかヨナギ様っ!」

「ははは…、そんな構えなくても大丈夫だから。そろそろ二人も帰ってくるだろうし晩飯を作ってほしいなって」

「それはもちろん構いませんが、ヨナギ様にはおかゆなどの消化に良いものをお出しするつもりですがよろしかったでしょうか」

「ああ、別にメニューは何でもいいんだ。ただ単にシエの作る料理が食べたいだけだから」

「わ、私のですかっ!?」

「うん、シエの作った料理が食べたい。…って、あんまり何度も言うと恥ずかしいな」

「いえ、お任せください。ヨナギ様の喜ばれる最高のおかゆをつくって見せますのでっ」

「いつも通りでいいって。そもそも最高のおかゆってなんだ、塩の分量くらいの違いじゃないのかアレ。…こほ、けほっ、ああその前に水を一杯ほしい」

「はい、それでは少々お待ちください。おや——」


 ひとまず水を用意するために立ち上がるとドアの向こうに人の気配を感じ取る。そして玄関ドアが開かれる音とともに、元気そうな声と疲れ切った声が聞こえてきました。

「ただいまー」

「いま、戻ったよ…ぜぇ、ぜぇ…」

「お二人がお戻りになられたようですね。出迎えてまいります」

「ああ、水も別に急いでないからゆっくりでいいぞ」

「ありがとうございます。では、少々お待ちください」

 今度こそ部屋を出て廊下を少し進むと、満足気なアヤネとクタクタになったリア様がこちらに気づく。

「ただいまシエ、家にいるって言いながら一人にしてゴメンね。夜凪くんは大丈夫そう?」

「おかえりなさいアヤネ。ちゃんと熱は測っておりませんが、熱は大分引いたように思います。明日には全快するかと」

「それなら良かったぁ、辛そうだったから心配だったの。……リアさんも変なこと言うし」

「? リア様がどうかしましたか?」

「え? ううんっ、何でもないよ!? えへへ…ちょっとね」

「シエとヨナがこれまで以上に仲良くなりそうで嬉しいっていう話をね、してたのさ。…はぁ…はぁ……ふぅ…、げほっ——」


 リア様は床に倒れ込み、息を切らしている。暑いのと寒いのが苦手なので外にでて疲れてしまったのでしょうね。

「そ、それは…、そのぉ…」

「え、シ、シエ…、どうして顔を赤らめて、いるのかな?」

「い、いえ!? そのようなことはありません、はい! そ、そうでしたヨナギ様にお水を持って行かねばなりませんでした。リア様の分もお持ちしますので失礼しますね!」

「シエ…っ!?」

 うぅ、いけません。先ほどの夢をまた思い出してしまいました。これではヨナギ様の話をされる度に熱を持ってしまいます…。

「い、いけません。深呼吸です。お水を零してしまうわけにもいきません。すー…、はー…」

 数度の深呼吸でなんとか落ち着きを取り戻すとコップに水を注ぎ、元来た廊下へ歩き始める。


「こちらですリア様、どうぞ」

「ぁー…シエ、ありがとう…これで死なずに済みそうだよ……」

「ではアヤネ、申し訳ありませんがリア様をお任せしてもよろしいでしょうか。ヨナギ様と少し話をしてから戻りますので」

「う、うん…っ。あの、シエ? 話というと、どんな話だったり、するのかなー?」

「?」

 心なしか目を泳がせるアヤネでしたが、恐らく気のせいでしょう。彼女はやましさを抱えるような人格ではありません。

「そうですね、今晩のことと、これから先のことです。もう二度と、ヨナギ様のお傍を離れないようにするつもりですので」

「———。へ…へぇ~、そ、そっかー。シエは頑張り屋さんだなー」

「ハイ、それではアヤネ、一旦失礼します」

「うん、引き留めてゴメンねぇ———。ん、むむむ…ぅ」

 

 ゆっくりでいいとは言っていただいたものの、アヤネと話していたら思っていたより時間が経っていました。友人との語らいとは時間が過ぎるのを忘れてしまいますね。

「ヨナギ様、失礼します。…ヨナギ様?」

 ドアをノックしましたが返事はなく、少し疑問に思いながらゆっくりとドアを開けた先では横になったヨナギ様がいた。

「ああ、時間を掛けすぎてしまいましたね。申し訳ありません、ヨナギ様」

「ん……」

 そこには再び眠りについたヨナギ様がいました。きっと待っている間に横になって、眠ってしまったのでしょう。

 最初に眠りについた時とは違い、落ち着いた呼吸と顔色を見せるヨナギ様の姿に安心しつつ、目が覚めた時の為、一応コップを置いておく。


「……、ゆっくりお休みください。晩御飯が完成したらまた起こしに来ますね」

 起こしてしまわぬよう、小さな声で伝える。意味があるわけではありませんが、伝わるものもあるかもしれませんから。

「…シエ……」

「え、あ、ハイ。どうしましたか?」

「………ぅ、ん…」

「…ふふ、寝言ですね。……ヨナギ様も、私のことを——。い、いえ、いけません。今は私自身の仕事をこなさなければ。で、では、しつれいします」

 ぺこりと頭を下げつつ、音を立ててしまわぬようゆっくりとドアを閉じ、向かうはキッチン。


「ふんっ」

 気合を入れて腕まくり。ここに私の為すべき全てが詰まっていると言っても過言ではありません。

「シエ、準備手伝うよ。今日のご飯はどうする?」

 キッチンに立つと、アヤネが手伝いを申し出てくれました。いつもならこのまま二人で料理を共同作業とするのですが。

「それでしたらアヤネ、申し訳ないのですがお願いがあります」

「う、うん…、どうしたの?」

「私達三人が食べる分の料理をお任せしたいのです。ヨナギ様には完璧なおかゆをお出しするとお約束いたしましたので、そちらに注力させていただけないでしょうか」

「え、あ、あー! うん、おかゆね。うんうん、なるほどなるほど…っ。そ、そういうことなら断れないなぁー。じゃあこっちは任せてシエ、頑張ったシエが美味しいって思ってくれる料理を作って見せるから」

「ありがとうございますアヤネ! では、すぐに取り掛かりましょう」

 ではお待ちくださいヨナギ様! 不肖シエ、必ずや美味しいと言ってもらえるものを完成させて見せます!



夜凪とシエが信頼を深める中、ナイギではユーリの行動がきっかけに戦いへの準備が進み始めます。


この辺りについてはユーリがちゃんと話せば済む話なんじゃないかと思いますが、ジンであればユーリの話は聞かないと思うので多分どっちにしろこうなります。

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