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四方総界縁起  作者: くろよ よのすけ
22/100

22.氷の鳥籠①


「ふっふーんとっ」

「———」

 よもやこれほど、早い侵攻を掛けてくるのは流石に予想外だった。

 レギオンの登場によって、奴らも一度は期間を置くと踏んでいたが、どうやら違ったらしい。

(まさか、こんなに早く、準備も何も出来てないってのに…っ)

 原理は知らないが、特殊な闇を用いて世界の縛りを踏破した。不敵に笑うその姿からは何一つ脅威を感じ取ることができない。

 だが、それはおかしい。

 ユーリは世界に存在するだけで命を脅かすほどに干渉を受けているはず。それほどの実力者であるのは明白、だというのに奴からは”何も感じられない“。

 強い弱い以前に、実力そのものすら感じ取ることができないでいるのだ。あるのは状況証拠からはじき出された目算でしかなく、真実はまだ雲隠れしたまま。

 行動の真意を読み取ることはできず、罠の可能性は高い。


「何のつもりか知らないが…、やることに変わりはないッ……。それに、ちょうど虫の居所が悪い…!」

 しかし、そんなことで止まるつもりは毛頭ない。

 余裕綽々に笑っているユーリを打倒できる機会が訪れたというなら仔細などどうでもいい。罠であろうが戦う以外の選択肢は元より存在しないのだから——!

「あー……、少年。どんよりムードのところ悪いんだが遊ぼうと誘ったわけで、今から殺し合いとかする元気はあるかい? ああ、それなら結構、サイコーだ。まあ有っても無くても関係ないんだが、なっ!」

「———ッ!?」

 挨拶のような気軽さで開戦が告げられた。

腕の一振り、『領域条件』を思考する間もなく、俺と奴の間の道には分厚い氷の壁が生み出されていた。

「さぁてやろうかヨナギ・アマナ少年。ヌイちゃん曰く“私の獲物”らしいが、こっちはこっちで気になることがあるんでな。急な再会になっちまってオレの方も申し訳なさで一杯なんだが…。まあ一旦、頭空っぽにして楽しもうや!!」

「チ———ぃ…!!」

 空気が凍り付く気配と音を感じ取る前には大きく後ろへ飛び退く。

 元居た場所は一瞬にして凍り付き、あのまま動かずにいれば既に身動きは取れず氷像と化していた。


「いきなり、何のつもりだあの野郎——!」

 目的も能力の発動条件も見えない。

 聞きたいことがあると言っていた以上狙いは俺らしいが、奴らにくれてやる情報なんてものは無い。

「はははは! そう難しい顔するなよ少年、単に殺すか殺されるかだろう? もっと単純に考えていいと思うぜ!」

「チぃッ!!」

 ユーリを中心に迫ってくる氷の壁、触れたもの全てを取り込んでは一切の時間を奪い去る究極停止の『四方界』。

 月光を乱反射させ、幻想的でもある光景を生み出すが、そこにあるのは死だ。どこまで行こうとも他者を救う力でありはしない。

「おいおい少年っ、抵抗してくると思って先手を打ったんだからそれなりにやり合ってくれないと拍子抜けだぜ。ヌイちゃんに啖呵きったんだからオレともやり合ってくれると思ってたんだけどな」

「おまえの都合なんぞ知ったことか!」

 辺りを見渡し、武器になりそうなものを捜す。だが——

「おっとそうそう、ヌイちゃんから聞いてるぜ。武器になるなら何でもいいっぽいんだろう? なら、この辺りとかも使用禁止だ」

 ユーリはこっちの『領域条件』を知っている。

 大地を這い、空気を凍らせながら迫り続ける異能は、俺が武器と認識できそうなものを優先して自身の領域に奪い去り凍らせていく。

 抵抗をして見せろと言いながらその実、行動は合理性の塊。選択肢を与えながらも、手段を奪い去る。俺を試してるつもりか。


「——ならっ!」

 真っすぐに逃げ続けていたが四足獣のように地面に手をつくと、急激な方向転換を行う。狙いは落ちていた鉄パイプ。一度でも『四方界』を起動出来ればあとは何とでもなる。

 俺に対して迫る氷の世界はあくまで追いかけてきているだけ。ならばそれ以上の速度と角度による回避を行えば———!!

「おっといけねぇ、思ったよりも速いな。聞いてた『四方界』が範囲型だからって油断してたぜ、っと」

「なっ!?」

 振り切ったはずの攻撃が閃光のように瞬き、氷柱のような槍となって獲物を穿つために射出された。

「——こ、のッ!!」

 転がるように回避したが、手に入れようとしていた鉄パイプは氷柱の着弾によって地面ごと完全に凍り付いていた。

「……想像以上に厄介だ」

 完全な回避はできていなかったらしい。ズボンの裾が凍り付いており、その氷も更に周囲をじわじわと凍らせ始めている。

 例え武器が落ちていたとしても、入手に手古摺るか、既に凍り付いたものに触れでもすればたちまち氷の一部と化すのは間違いない。

「…ふっ」

 街灯に向けて足を振り、氷を取り払う。

 その様子を見ていたユーリは追撃を取りやめると、パチパチとまばらな拍手を送ってきやがる。

「いやー、今のは中々意表をついたつもりだったんだが。なかなかどうして、流石にラゥルトナーの護衛ってのは伊達じゃないってことか。ああ、とりあえずは分かった。だが——」

「——ッ!?」


 完全に気を緩めているくせに攻撃の手を止めはしない。

 これまでの進行速度を優に超え、地面を奔る幾本もの結氷は重力を無視して空へ立ち上ると太さを増し続け、鳥かごのように俺とユーリを同一空間に閉じ込める。

「さてさてこれで籠の鳥だ。んー、やっぱり能力無しの相手だとこんなもんだな。しかたないけど。オレも予告状送るくらいはしてやりたかったんだが、そんなことに時間を掛けてるとヌイちゃんかジンの野郎が先走るかもだろ? これでも結構気を使ってるんだぜー?」

「……何のつもりだ」

「なにが」

「お前はナイギだ。殺しに来たんだろう、『巫女』をさらいに来たんだろう。周りの闇で世界の縛りを打ち消してるらしいが、それも長くは続かないはずだ。それなのに、そこまで時間を変えてるのはなぜだ」


 周囲を囲むように漂う闇、ヌイが空を『四方領域』と化したあの謎の力。それを使っているのは間違いないが、決して万能ってわけじゃない。使用者に対する反動か、時間制限はあって然るべき。

 なのにこいつは、そんなことを何一つ気にしてはいない。それが不可解でしかたない。

「そうだなぁ。やっぱり初対面ってのは大事だよなぁ。ま、いつかは殺し合わなきゃならない以上、どっかで手合わせはしときたかったんだが……。おまえ、ホントにナイギとやり合うつもりか?」

「どういうつもりだ…ッ」

 コイツ、何を知っている。どこまで感づいている。

「おっとと、やっぱそうか。悪い悪い、そう怒るなって。ほおら、もう攻撃しないからさ。話ししようぜ? そのためにわざわざ皆に黙ってこんなとこまで足伸ばしたんだ。この結界用意してないといるだけで死にそうとかホント嫌だね。オレがそれなりに天才だったのが功を奏したわけだが」

「結界、それが闇の正体か。…お前が作ったのか」

「お、話する気になったか? 闇っつうかなんつうか…。よっし、座れ座れ。ちょっとひんやりするし座り心地は悪いがデザインは悪くないはずだ」


 話しながらも、俺との間にあった氷壁が消えていき、椅子とロングテーブルの形状に変貌していく。遮るものは何もなく、俺もユーリも大声を上げなくても声の届く近さ。

 その端と端に用意した椅子に座るユーリの様子に注意するが、結局は周囲すべてが奴の領域なのだ。奴がその気になればいつでも殺される状況をして注意しすぎても得られるものは精神的疲労のみ。

「……俺の趣味じゃあない」

「そうかい、そりゃ残念。それともう一つ、茶はないんだ。わりぃね」

「いらない。おまえと仲良しこよしするつもりもない」

「だろうな。でだ、ここまで足を運んだのにも当然理由があってな? ヨナギ・アマナ、少年に聞きたいことがあって来た」

「……ッ」


 そう言って身を乗り出してきたユーリの表情、笑いながらも眼光は鋭く、獲物を前にした狩人と形容せざるを得ない威圧感。

 氷の鳥籠。

 捕えた者と囚われた者。

 何一つ事態の好転が見えない空間において、男は己の無知を埋めるために言葉を発し始める——。



 □ □ □



「さて、…どうしたものかな?」

 湯気を薄っすらと浮かべるティーカップを指で遊びながら、リアさんはここに居ない夜凪くんの席に目をやっていて、彼のことを考えてるみたいだった。

「はい…、夜凪君がシエを泣かせるくらいに怒るなんて…」

 そして、それは私も同じ。

「アヤネ…。心配してくれてありがとうございます。しかし、その件については私に責があるのです。その結果は…芳しくないものとなりましたが、先ほど抱きしめてくれたおかげで心も落ち着きました。…ありがとう」

「…シエ……」

 微笑みを浮かべるシエだけど、その笑顔は悲し気で儚げだった。


「なんで怒らせちゃったのかは、聞いちゃダメだよね…」

「……申し訳ありません。例え、アヤネであってもそれはできません。で、ですが、ヨナギ様はアヤネのことを想った結果、私に強い言葉をぶつけてしまっただけなのですっ。…どうか、ヨナギ様のことを嫌わないでください……」

「ちょ、シエ…っ、そんな頭下げたりしなくっても嫌ったりしないよ。だから安心して、ね? 誰だって聞かれたくない事や踏み込まれたくないことがあるっていうのは分かるから」

「はい……、ありがとうございます…」

 力が入ってしまったからか、立ち上がってしまったシエは我に返ると、おずおずと座り直す。その様子自体は普段の空回ってる頑張り屋さんな所と同じなのに、受ける印象は正反対。

(こんなにもシエが動揺しているなんて、夜凪くんはそんなにも強く怒ったのかな?)

 いつもリアさんや私に対してはハッキリと文句を言う彼だけど、シエに対してだけは端から見ていて分かるくらいに棘が少ないし、一言で言うと甘い。


「ぅぅ…」

 だから、こんなふうにシエがなっちゃうくらいに怒ったりするような光景が思いつかないし、もしもそんなことが起きたんだったら、それはきっとシエの為に怒る時だと思う。

「仕方ない、もう少し様子を見ていたかったけどそういうわけにもいかなくなったし…。このままじゃシエが病んでしまうかもしれない。けどそれはワタシも望むところじゃないしね」

「リアさま…?」

 シエの傍に立つリアさんが頭を優しく撫で始める。

「私は当然事情を知っているから、ヨナに何を聞こうとしていたのかは大体予想がつくよ。アヤネはシエにとって大事な友達だから、そう思ったんじゃないかな」

「………それは…」

「はっきり答えなくてもいいよ。彩音には申し訳ないけれど」

 困ったように眉を下げたリアさんがこっちを見る。またしても話の中心には私がいるらしくって、その情報がこちらに入ってこないのは少しどうかと思わないわけでもないけれど——。

「いいですよ、ちゃんと私のことを考えてのことなのはわかってますから」

「ありがとう彩音、キミは強いね」

「あはは…、どうも」

 みんなのことを信じているから、信じると誓ったから。だから大丈夫、むしろ私自身が伝えても問題ないって思ってもらえるように頑張らないと。

 こちらが信じているからって、あちらから信じてもらえるかはまた努力次第なのです。


「きっと、シエはビックリしちゃったんだね。思い返しても今回ほどにヨナがハッキリとシエを拒否したことが無かったから、どうしていいか分からなくなっちゃんだ」

「…どう、なのでしょう……。たしかに、精神的に不安定であることは自覚しています…。でも、その理由までは断定できずにいて……」

「誰だってそういうものさ。まして———」

「………?」

「リアさん?」

 そこまで言ったリアさんの言葉が不自然に止まる。伝えるかどうかを悩んだからじゃなくて別の原因、無視できない状況に気づいてしまったかのような。


「…狙いはそっちか、ならまだ教えるわけにはいかないな」

「リア様? 一体何が…、っ、まさかヨナギ様に何か!?」

 普段見せない表情から何か非常事態を感じ取ったのか、シエがリアさんに問いかける。

「うん、問題だ。ヨナがナイギに襲われてる。相手はユーリ、次期当主だ。厄介なことに強い、今のヨナじゃダメだね」

「こんなにも、早く……」

「な…っ!? ならばすぐ助けに行かなくては———! っ……」

 今すぐ飛び出しそうな勢いで立ち上がり、すぐさま外へ向かおうとしたけど、固まったように動きが止まる。


「どうしたの、シエ。夜凪くんが危ないんだったら早く行ってあげないと!」

「……行けません…っ、私には、リア様とアヤネを守るという使命があります…。次期当主ともあろう者がたった一人で襲撃に来たとは考えづらい。これが陽動であったのなら、危険なのはヨナギ様だけではなく、お二人です。

……それを放ってヨナギ様の元に向かうなど、それこそヨナギ様に対する裏切り、不忠でしかありません…っ!」

「私達のことなんて——、……っぅ」

 『私たちの事なんていいから』

 最後まで言うことはしなかったけど、これは口にしちゃいけない。

 少なくとも、現状守られてるだけの私が身体を張って戦ってくれてる二人に言うわけにはいかない。それこそ不信で、裏切りじゃないか。


「いいよ、行ってきて。お願い」

「なっ、リア様…っ! ですがそれではお二人をお守りすることができません。ヨナギ様で敵わぬ相手、私が加勢したとしても勝利できるかは分かりません。ならば戦力を手放すわけには——」

「大丈夫だよ」

「え…?」

 シエが、虚を突かれたようにポカンと口を開く。だって、それを言ったのはリアさんじゃなくて私だったから。

「シエと夜凪くんがいて負けるわけないじゃない。レギオンっていう人も追い返したんでしょ? それに、私だって頑張らないといけないのに、シエにばっかり任せてられない。

 ここは私とリアさんがいれば大丈夫だから」

 やるべきことに挟まれて、不安そうなシエに向かって少しでも元気になってほしくて、ニッコリと笑いかける。

 ああ……でも、ダメだな、これ…。

「……ごめんなさい。私が、ふがいないばかりに…」

 もう、シエったら、私だって戦えないなりに頑張って元気づけようとしてるのにすぐ泣きそうな顔しちゃって。

 でも——、うん。

「なんてね…嘘ついちゃ…ダメだよね」

「……」

 先に泣いたのは、私の方だ。

 抑えきれなくて頬を伝う感触に気づけないほど馬鹿じゃない。何もできない自分が情けないし、皆が無事でいられるか分からなくて怖いし不安で仕方なくって。

 でも、それでも。だからこそ私にでもできることがあるはずだから。

「……お願いシエ、行ってあげて…っ。彼を助けてあげて——」

「———、わたし…は……、私は——」


 拳を固く握って、うつむいたシエの表情は灰の髪に遮られてよく見えない。

 けど、感情の昂ぶりによって心が突き動かされていることは良く伝わってきた。そして、再び顔を上げた時、さっきまでの動揺していた彼女はもういない。

「ありがとう、アヤネ。そして、申し訳ありませんリア様」

 瞳に宿る力はこれまでの比ではない。

 握り締めていた拳には薄ら血が滲みながらも、痛々しさよりも雄々しさが勝っている。

「行ってくれるみたいだね、心も定まったみたいだ。ヨナも大変だろうから急いで行ってあげて」

「ハッ、必ずヨナギ様と共に帰ります!」

「その元気こそシエだよっ。行ってらっしゃい、…気を、つけてね?」

「もちろんです。ご安心くださいアヤネ、アナタのヨナギ様を想ってくださった純粋な想いを捨て去ることはしません」

「それと一つ伝言を。…“それは間違いなく私が預かっていたモノだ”と。それできっと分かるはずだから」

「はい、必ずお伝えします。それでは、行ってまいります」

「あ、あの——」

 時間がないと飛び出そうとするシエの背中を呼び止める。

 こんな時に何をしているんだと自分でも分かっているけど、それでも言っておかなきゃならないことがある。

「夜凪くんのこと、お願いします」

「…ハイっ、何があろうとも」

 そして、シエは今度こそ飛び出していった。それもベランダから飛び降りてだ。


「大丈夫、でしょうか…」

 姿が消えて数秒間の沈黙が流れた後、口をついたのは心配の言葉。

「不安かい?」

「それは、まぁ…もちろんです。けど……」

「けど?」

「同じくらいには、信じてますから…」

「ははは、それなら二人も喜ぶよ。それに、ここが襲われたとしても彩音がいるから安心だ。特訓の力を発揮してほしい」

「も、もうっ、リアさんだって働いてください。リアさんも戦えるでしょっ!」

「ま、伊達にラゥルトナー当主をしてはいないけどね。最強には最強の悩み事があるのさ。さて、ワタシたちもこうしてはいられない」

「そ、そうですよね。何か出来ることが——」

「二人が帰ってきた時の為にお風呂くらいは沸かしておいてあげよう」

「え、ちょっとリアさんっ、そんなことしてても——」

「いいからいいから、帰る場所で待ってくれている人がいるというのは十分以上の力になるものだよ。どうでもいいことのように思うかもしれないけど、これだって戦いに違いない」

「……それは、まぁ」

「ではではよろしく。ワタシはそうだな…、何ができるだろう……」

「…そんなことを全力で悩まないでください……。もう、リアさんはいつも通りお茶飲んでてくださいっ」

「はーい」

 すごく素直にソファに座り直すリアさんは余裕の塊にしか見えなくて、ある意味大物に見え……、ううん実際大物のはずなんだけど…。


「もうっ、こういう人のことを肝が据わってるっていうのかな…?」

「それにしてもナイギめ…、良い眼を持っているらしい。こちらもこちらで——」

「何か言いましたー?」

「いいやなんにもー」

 何をどこまで考えてるかは分からないけど、そのおかげで少し気分が楽になったのも本当で。気休め程度に胸の前で手を合わせて祈ってみる。

「きっと二人は大丈夫。うん」

 言い聞かせるような言葉だけど、ハッキリと力が沸き上がってくるような感覚。それは錯覚というのかもしれないけど、この想いがどうか届きますようにと。

 私は一人、静かに祈り続けた——。



 □ □ □



「ヨナギ様——!」

 不安に思う心の見せる錯覚だろうか、不気味なまでに白く輝く月光に照らされた夜闇を疾走する。

 握った槍は月光を反射し瞬く様に輝くが、美しさというにはあまりにも冷たい。

 戦う力を持たぬはずの少女の純心によって心の霧は晴れていたが、それでも戦力差という名の事実から目を背けることはできない。

 悔しいのは、悲しいのは私だけではないのだ。そのことに思い至らなかった自身の未熟さを恥じる。そして、そのことを盾に一歩踏み出さなかった。

 ならばそれこそ不忠だろう。


「貴方に救われた恩義は決して失ったりしませんっ。——っ、あれは!」

 気配を辿った先、夜の公園の中央には本来あり得ないはずの建築物が生み出されていた。

(『四方界』の系統は創界が主、能力は氷の操作。『領域条件』は不明。分からない事ばかりですが、止まるわけにはいきません!!)

 一目見て把握できる内容を単純に整理し思考する。だが、そんなものにどれほどの意味があろうか。

 そのような情報なんてもの、主の危機の前では一瞬にして思考の果てに追いやられてしまうというのに———。

「ヨナギ様!!」

「——シエ…!」

「へえ」

 氷で作られた建築物、さながら網目を埋めた鳥籠に囚われているのは何よりも大切な存在である主。


「ハァアアア——!!」

 鳥籠を打ち破るがため、速度を緩めることなく突撃する。当然『四方界』も使用せずにこのまま槍で穿ったとしても傷一つ付けられるかも怪しい。

 ゆえに為すべきは領域の取得、異能の解放。

 主への想い、忠心をこそ力に変えた動きは流水さながらに、放つ言葉は淀みなく綴られる。

「四方展開——、『破界』領域」

 鳥籠の外壁へと刻み付けるは真円。

 普段彼女が使用する『四方界』は『封界』、対象を護り封じるために特化した力。ならばこれはその応用。

 主を護る為、自身を中心に刻んだ真円内において力を発揮する使い方ではない。

 敵を倒す為、他者へと刻みつけた真円内における一撃の威力を増幅させる破壊の力だ。

「シィ———ァ!!」

 様子見などしていれるものか。

 初撃から全力、肉体強化によってしなりが加えられ、強力なバネのようにさえも見える穂先。目視することさえ困難な速度で鳥籠に刻みつけられた真円、その中心に寸分違わず到達する。


「ふっ——!」

「……、———」

 氷を突き破り、舞い散る破片とともに飛び降りる。

 そして、着地点の傍に在るのは当然——。

「シエ…」

「ご無事でしたか、ヨナギ様。大変遅くなってしまい、申し訳ありません。ですがお叱りは後程」

 この鳥籠を生み出したであろう若い男、ユーリ・ナイギ。敵意を感じることは無いものの、これほどの能力行使をしておきながら何も感じることのできないという状況そのものが異質だ。底が見えないとはこういうことを言うのか。

「………」

 だが私は、そのことを認識した上で主の前へと立っている。引くつもりなど毛頭ない。

 主の壁となり、支えとなることができるのならば、戦う理由は揃っている。

「ナイギの若き当主、ユーリ。世界を貶めようとする貴方達の目的は到底看過できるものではありません。ですが、今は違う。我が主への狼藉、断じて見過ごすわけにはいきませんっ!」

「……」

 一部とはいえ鳥籠を打ち破られた事に驚いているのか。

 小さく目を見開き、言葉を失ったように黙ったユーリは手を口元に当て、絞り出すように声を発した。


「……マジか…、かわいすぎる……」

「……は———?」

 気合を入れて見栄を切ったというのに、まさかの第一声が……ほめ、られた?


「オイ少年っ、これはちょっとズルいんじゃないか!? あ、ああそうだ! 名前、名前を教えてくれ。ちなみにオレはユーリだ。え、知ってる? まあいいじゃないかそんなことは、そ、そうだっ、オレとデートでも——!!」

「——ふんっ!!」


 隣に座っていたヨナギ様が破片となり、鋭い刃と化した氷を投げつける。

完全な不意打ちだったが、片手でキャッチすると何事も無かったように話し続ける。

「好きな食べ物とかあれば用意するぜ、それとも行きたい場所とかあるなら言ってくれれば——!」

「お断りします。私の主はヨナギ様ですので」

「いいよ全然! オレは君と男女の関係としてお付き合いしたいだけであって主を鞍替えしてほしいだなんて一切思ってないさ!! あ、なるほど、オレが少年に酷いことをしたんじゃないかって怒ってるんだな? それなら問題ないっ、こっちとしてはちょっと聞きたいことがあったからお邪魔させてもらったし、閉じ込めはしたけど、これ以上やり合うつもりも無かったからな!!」

「………あの、ヨナギ様…」

「ちょっと下がってろ、」

「…はい、すみません……。それとリア様からの伝言が。……、………」

「ん? ………、ああクソ…、ハッキリ言っておいてくれればこんな状況になりもしなかったろうが」

 リア様からの伝言を伝えると、確かにすぐ心当たりにたどり着いたらしい。

 しかしその姿は納得というよりも呆れの方が強く、原因がいつものようにリア様であることは私でも分かった。

「おぉ、なんだ少年。やっぱりそういう関係までイッてるのか? 何とも羨ま——、いや悔しいところがあるがそこはそれ、男としての魅力が少年を上回ればチャンスはあるっていう———」

「四方展開——、『破界』領域…ッ!」

「お———?」


 瞬間、吹き荒れたのは斬撃という名の破壊の奔流。

 耳障りな声を止める為、一人でくっちゃべり続けるすっからかんな頭ごと吹き飛ばすための一撃を放つ。

「へぇ…やるねぇ少年」

 閃光の奔流は違うことなくユーリの頭蓋へと疾走し、無防備を晒している以上は触れれば吹き飛ぶことは確実だった。

 しかし無傷、周囲を構成する異能による氷が幾重もの盾となり、攻撃は逸らされた。行き場を失った力の塊は天へと駆け上がり、鳥籠を粉砕して月に向かって飛び去って行った。

「そんなもん持ってるんだったら初めから使えばよかったのに。試してるつもりが試されてたわけか?」

「別に、そんなんじゃあない。俺も今知ったところだよ。あの馬鹿は隠し事が多くて嫌になる」


 これまで何も持ちえなかったはずの手に握られているのは両刃の剣だった。

 それは確かにかつてアイツに預けていたもので、『四方界』の一つと共に永久に失ったと思っていたものだ。

「なるほどなぁ、『界燐』使える量少ない分武器そのものに『領域条件』付けて補ってんのか、いや最適化っていう方が近いのか? どおりで弱すぎると思った。わざわざ小規模な結界作らねえと満足に使えねえってとこがおかしかったんだ。…にしてもその剣、中々の上物……いや、その武器どっかで——」

「はァ———ッ」

 再度閃光が瞬くとともに斬撃が空を駆け、敵対者を切り刻もうと脇目もふらずに空を駆ける。

 先ほどの再現のように周囲から氷が盾となりダメージは与えられなかったが、言葉は言い終わる前に中断された。


「…喧しいんだよお前は。口に出すたび言葉が軽くなり続けてる、すっからかんだ」

「そうかぁ? 言わなきゃ伝わらないんだから言うだけ得だろ。それとも何か? 寡黙さこそ男らしさ、女は黙ってオレの三歩後ろをついて来いってか?」

「そんなことお前と話すつもりは無い。聞きたいことがあったらしいが、くだらないお話もお開きだ」

「はぁ…、ったく少年は余裕がねぇなぁ。別にアンタらにとって不利益にゃしねえって。今日来たのは単純に興味あったからだしな。

ま、可憐な華との出会いの前じゃそんなこともどうでも——。だから、せめて最後まで言わせろよな。てか名前教えて?」

「ナイギの言葉など聞く耳などありません。そしてナイギの戦力を削る絶好の好機、…逃しはしません」

 傍に控えていたシエが一歩前へと出ると、見せつけるようにゆっくりと氷の大地に真円を刻みつける。

 相手に対して『四方領域』の獲得を見せつけるなど、まさに宣戦布告でしかない。


「そうかい、本当に……本当に…、残念だ…ッ、クソぉ……!」

「……あの…ヨナギ様…、あの男は本当にナイギの…、その…敵なのでしょうか……」

「…言うな、俺もなんか気持ちが揺らぎそうになってくる…」

 この男、シエの全力拒絶を受けてなおこの調子だ。予想としてはふざけるのを止めて殺しにかかってくるのかとも思ったし、そうでなくてもいい加減諦めるかと思ったら、膝から崩れ落ちてうな垂れている。

 本気で悔しそうなのが哀愁を誘うが、そんなこと言ってもいられない。…んだが。

「そもそも……お前、なんで今になってコイツのことで騒いでる。屋上で初めて話しかけてきた時も、『巫女』より従者の方が好みだとか言ってなかったか?」

 なんか毒気が抜かれてしまって、隙を見せないようにしてはいるものの普通に話しかけてしまう。

 だってそうだろ、コイツ確かシエの方が好みだって言っていたはずなのに、まるで今日初めて見たかのような反応だ。

「…ん? ああ…、あの時は幽霊一歩手前で視界も悪くて顔までは見えなかったからな。だが、あの時から今まで見せつけられた忠義は何より素晴らしかった。純粋な子が好みなんだ、オレは」

 答える中で落ち着いたのか、立ち上がりながら急速に余裕を取り戻していく姿はこの男のメンタルの強さを見せられた気がする。

 例えこっぴどく振られたとしても翌日には何事も無かったように笑ってるタイプだ。


「そうかよ。テメエの女の好みなんぞ知ったこっちゃない」

「お、ヒデェ。…しっかしオレはオレでどうしたもんかな。攻撃仕掛けたのは少年の実力把握したかっただけだし、“コレ”も邪魔が入らないようにしたくて作っただけだし、少年も従者ちゃんもこっちの話は聞いてくれそうにないし。パワーアップした少年の実力計り直そうにもオレが時間切れ間近ときた。あーあ、何やってんだろうなぁオレ」

 もはややる気を失ったユーリの姿は拗ねた子供だ。散らばる破片を拾い上げては指で遊んでいる。つまらなさそうに。

「時間切れ…逃げるつもりですか?」

「おっ、興味持ってくれた!? いいぜせっかくだし聞きたいこと完璧教えちゃう。…あー、でも少年が質問に答えてくれるなら。って条件だけど」

「ヨナギ様が貴方に話すことなど何一つありません。この場を立ち去る前に決着を——」

「いいぞ、何聞きたい」

「よ、ヨナギ様! いけません、会話とはいえ敵の土俵に上がるなどっ!」

「大丈夫だ。アイツに時間がないのは本当らしいし、殺すつもりならとうの昔にやられてる。それに、心変わりで襲い掛かってきたとしてお前がいるんだ。怪我する理由がない」

「……は、ハイっ!! お任せください!!」

「…………イイナー」

「で、何が聞きたい」


 敬礼姿のシエを見て、間抜け面を晒すユーリに催促する。実際問題、奴の姿は透きとおっていて、要は消え始めている。これまで誤魔化していたが世界からの排除が始まっている。

 奴もそろそろ帰る算段を付ける頃だ。

 どうせやり合うつもりが無いなら互いに有益な情報を得ることの方が重要。だから今はこれでいい。

「そうさな、従者ちゃんのことも、色々と気になることはあるんだが……」

「私はありません」

「そんなぁ、もうちょっと興味持ってくれても…。ああいや、これじゃマジで時間無いな。はぁ仕方ねえ、当初の目的を達成するとしますか」

 氷の床に靴音を一つ響かせると、これまでの攻撃によってボロボロだった内装や壁が元に戻っていく。


「ヨナギ様、此方へ」

「ああ」

 何時不意打ちを受けても対処できるシエの円陣の中に入り、防御を一任する。隙を見せたなら俺が一撃くらわせてやればいい。

「ま、ここに来た理由っていうのがさ、オレが少年に聞きたかったことがあるからなんだが。なあ少年…お前の主、本当にラゥルトナーか?」


ユーリ戦その1です。

事態が色々と進展しているので、書くことが少し多いです。


1.シエ→夜凪

皆方たちの手助けもあり、先に精神的に立ち上がったのはシエになります。

夜凪は男で主人公なのに情けない。とも思いますが、こういった緊急事態では女性の方が精神的に強いのではないかと思っていますので、基本夜凪よりも周囲の方がメンタルは強いです。


2.シエ、破界領域

シエの四方界は刻んだ真円内で異能を発現させるため、使い方次第で一点突破の破壊力を生み出せます。


3.剣について

夜凪が主武装である剣を入手しました。

これはある事情から『総界』には持ち込まなかったものですが、リアの能力によって解決したものです。レギオンの時に渡しておけばいいのにと自分でも思います。


4.ユーリ→シエ

特に裏はないです。マジの一目ぼれです。

シエはユーリが嫌いです。


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