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四方総界縁起  作者: くろよ よのすけ
20/100

20.特訓と空模様①

「ほかに、聞いておきたいことは?」

「とりあえずはもういい。皆方自身もやる気だしこれ以上座学も退屈だろ。気分転換に風にでもあたって来いよ」

「え? え、ええうん」

 とりあえず夜凪くんの方から話すことはもうないみたいで、一緒に行ってこいとでもいうようにシエに目配せをする。

「では、そうですね。屋上に行きましょう。あそこであれば普段は施錠されていますし、邪魔も入らないかと。大丈夫ですアヤネ、ちゃんと日傘と飲み物も持っていくので体調を崩させたりはしませんっ」

「あ、そうだね、ありがとうね」

「うんうん、それじゃあ二人とも行ってらっしゃい。私は体中痛くて外出る気分じゃないからゆっくりしてるよ」

「え、何かあったんですか?! どこか怪我でも…」

「気にするな、ただの筋肉痛だよ。普段から動かないからこうなる」

「あ、ヨナ、そういうことをすぐ言っちゃうと嫌われちゃうぞ?」

「誰に? お前にか? こう言っちゃなんだが有り得ないだろ、それは」

「んー、まあね?」

「……はぁ」

「ご安心くださいアヤネ、誰でも初めてというものはあります。私の可能な範囲ですが、しっかりと教えさせていただきますっ」

「あはは…、うんそれじゃいこうか」

「はい、それでは行ってまいります。日が落ちるまでには戻りますので」

「分かった。気を付けろよ。今日も暑いからな」

「うん、ありがと夜凪くん」

「…ああ——」

「?」

 最後の返事だけはなんだか気まずそうだったけど、またなんか言っちゃってたかな?

 うーん、気を付けようとは思ってるけど、いつも通りにしようとも思うとなかなか難しかったり。


「おや、丁度日が陰っているので気持ちいいですね」

 誰もいない屋上、ドアには鍵がかかっていたけど、シエは器用にもすぐ開けちゃった。外に出た途端、熱風に襲われるかと思ったけど、運よく雲がかかってくれて程よい風が身体をすり抜けていく。

「ぅーむ」

 座学は終了、『巫女』とかナイギとか、いろんな世界のことがあるとか。分かったような分からないような、まだかみ砕き切れてない状態だけど、今からまた新しいことを教えてもらう。

 実践、というか実戦、というか。たしか、何て言ってたかな?

「では最初に彩音自身にとっての縛り、四方界を扱ううえでの取り決めを定めましょう」

「しほーかい…」


 そう、『四方界』

 そんなふうにみんなが呼んでいる不思議な力は、ただ念じれば使えるってわけじゃないみたい。

 シエはさっき取り出したみたいにどこからか槍を出すと、シエを中心に地面に真円を刻みつける。

「わー、すっごいきれいな丸…」

「これが私にとって、四方界を扱ううえで必要な『領域条件』です。見てのとおり、『私を中心とした真円内に私自身が存在する』ことで、四方界を使用できるようになります。また、能力によって獲得した範囲を『四方領域』と言い、広範囲を取得することで強化される性質の能力も多いです」

「へぇ…、じゃあシエの場合は一歩でも円の外に出たら使えなくなるの?」

「その通りです。その代わり、この円から外へ出ない間は肉体の強化や異能の発現を可能とします。余談になりますが、ヨナギ様の場合は先ほども仰っていたように『ヨナギ様が扱う武器で囲った範囲』となります。『四方領域』の広範囲取得による強化も当てはまりますね」


「うぅーん、それじゃあその…『領域条件?』を決めれば私も使えるようになるの?」

「はい、ですが初めに感覚を掴むまでは大変かと思います。私も手を貸しますので焦らず頑張りましょう。その間に他のことについても説明を——」

「う、うん。よし…ガンバリマスっ。あ、あと…その槍ってどこからだしてるの?」

「これですか? 『四方界』の基礎、その応用のようなものです。常時持ち歩くのは邪魔になってしまうので、普段はこちらに」

「わ、わっわわ…っ、ちょっとシエ、いきなり脱ごうとするなんて何を…っ!?」

「? ですので、能力の説明をしようかと」


 何をするのかと思ったら、おもむろに服を脱ごうとするのだから焦ってしまった。こちらの静止も説明をしてくれている以上は止めるわけにもいかず、おろおろとしながら待つだけとなってしまった。

「こちらですアヤネ、私の場合はこの印を起点に槍を出し入れしています」

「シエ、…まさか入れ墨してるだなんて……。それに、その傷跡…」

 脱いだといっても服をまくるくらい。シエが見せてくれた部分は胸元で、そこには綺麗な丸と、その中に槍の様なマークが描かれた入れ墨だった。

「入れ墨、というよりは紋章ですね。それと、傷跡については…幼い頃に付いたものですが、もう問題はありませんのでお気になさらず」

 胸の下あたりには入れ墨、じゃなくて紋章と、その下には小さな傷跡が薄い痣として残っていた。


「これは少々、例外的なものですのでアヤネに扱うことはできないかと思いますが、『四方界』として活用できたため利用しています。先ほど『四方領域』と『領域条件』について説明しましたが、この印が槍を創り出す『四方領域』なのです」

「シエのできることは円を描いた中で強くなることじゃないの?」

「一口に『四方界』といっても一人一つしか扱えない、というわけではありません。能力に見合った『領域条件』さえ達成することが可能であり、その実力を持ち得れば複数の能力行使が可能となります」

 つまり、シエは自分を強くする力と、槍を出す力の二つを使っているわけだ。

 それでこの大きな槍まで自由に運べるのだからとっても便利なものだなぁ、なんて呑気なことを考えちゃう。これなら重たい服だって手ぶらで運べちゃうもの。


「あれ? そういえばシエ、さっき槍を“つくる”、って言った?」

「ハイ、この槍は金属から作られたものではなく『界燐カイリン』、『四方界』を扱うためのエネルギーから作り出したものです。どこでも取り出すことができる利点は大きいですが、『界燐』が無ければ何も出来なくなるという欠点も抱えてはいます」

「そんなことまで出来ちゃうの? …すごいんだねぇ……」

 専門用語たっぷりでもう付いて行けそうになくなってきた中、シエ先生の言葉はもはや止まらない。

「『四方界』の系統は大きく分けて3つ、『破界』、『封界』、そして『創界』です。これらには得手不得手があり、私を例に挙げるならば『封界』を得意としております。次点で『創界』でしょうか」

「う、うん…」

「槍をつくりだす能力は『創界』によるもの。迎撃のための強化は『破界』が主になります。もちろんそれだけでは強度、強化が足りない部分が出てきますので、補うために『封界』を同時に使用するなど——」


「待って———! もう、…もうダメっ、頭が着いてこなくなってきた! ううんっ、もっと前から着いてけてないです!!」

 両手を突き出し、全身で“ちょっと待って”をアピールする。これ以上聞いていても右耳から左耳へすり抜けるばかりか、延々とループして他の情報が入ることを拒みかねない。

「詳しい説明はちょっとずつでお願いしたいなぁ…、なんて。アハハ……」

「そ、そうですね。すみません、アヤネ初心者だということは分かっていたのですが、一度説明を始めると最後まで言わなくてはならないと思ってしまい…」

「いいよいいよ、時間もないんだしシエは悪くありません。…ただ、もうちょっと手心を加えていただけると嬉しいな…、なんて」

「で、では、練習を始めてみましょうか。何はともあれ説明だけでは分からないことも多いでしょうし、一度扱う感覚さえ掴みさえすれば理解度は大きく向上します」

「は、はいっ、よろしくお願いします!」


 シエ曰く、四方領域は自己暗示みたいなもので、何のために能力を使うのかが大事らしい。

「私の場合はリア様をお守りすることを念頭に鍛錬を行いました。

 円の中にいる限り、私の槍はこの穂先を超えて離れた場所まで攻撃が届きます。それは返せば防御にも通じ、リア様のお傍から離れることは許されることではなかったのでこのような条件としました」

 シエの場合はご主人様でもあるリアさんを守る為。確かに、昨日の戦いを見て、さっきの話を聞いてからだと、戦いになった時にシエが二人の傍を離れようとはしないと思う。

「何のために、か…」

「アヤネの場合は深く考えず、まず自らの身を守ることを念頭に考えればよろしいかと。人と言うものは窮地において本領を発揮するものだと、私も教えていただきましたから」


「それは、リアさんが?」

「いえ、ヨナギ様です。初めてお声がけいただいた言葉なので印象に残っています」

「…それが初めての言葉? その頃って子供だよね」

「はい、今以上に至らぬことばかりでリア様には大変苦労をおかけしてしまいました。思い返すたびに何とも言えない気持ちになってしまいますが……。い、いえ、そうではなく、今はアヤネの事でした」

 思い出に浸りつつ難しい顔をしていたシエは向き直ると、両手で槍を抱きしめるように握ると私の方へ身を乗り出してくる。

「うーん、でもなんだかイメージがつかなくって…」

「『領域条件』はそれほど難しく設定する必要もありません。それこそ両手で丸を作る、くらいのものでも良いのです。ただこの場合は常に両手がふさがってしまうためあまりお勧めはしません」

「なるほど、…むむむむむ」

 頭をひねって考えてみるけど、私そういうバトルするような漫画とかあんまり見ないから、どうやって戦えばいいとかが良く分からないのです。

(身を守る…身を守る……)

 漫画がダメならアクション映画だ。

ああいう作品だと、戦う時は単純に受け止めたり、バリアみたいなのを作ったり?

 

「よし!!」

「あっ、決まりましたか!」

「うんっ、とりあえず色々試してみよう!」

「はいっ! …はい?」

「よぉしやるぞー、おー!」

「お、おー、です」

 何も決まってないけど、考えてばっかりじゃ仕方ないからとりあえず身体を動かしてみよう。やってるうちに何か掴めるかもしれないしね。

 シエはシエで頭にハテナマークを浮かべながらも一緒に手を上げてくれてる。うんうん、やっぱり塞いでちゃダメだね。まずは行動!

(みんな頑張ってくれてるのに、さっきみたいに恥ずかしい姿見せられないしねっ)

  そうと決まればまずは『四方界』を使えるようになってみよう。どんな小さなことでも切っ掛けをつかめれば何とかなるかもしれない。

「ではシエ先生、改めてよろしくねっ」

「は、はい…。力及びませんが、師と仰がれたからには全力で頑張ります!」

「あはは」

 上げていた手をそのまま敬礼ポーズに。その姿もなんだか可愛いけど、ふざけてちゃダメだ。よおし、頑張るぞ! 



 □ □ □



「良かったのかい、あの子の名前を呼んでしまって」

「……正直、失言だった」

「そっか…ごめんね、これも失言だった。忘れてくれると嬉しい」

「…気が向いたらな」

 二人が部屋を出て行って少しすると、空に雲がかかった。それは程よく日光を遮り、部屋に差し込んでいた光を陰らせる。

「今頃、二人は元気に始めたころかな?」

「だといいけどな…」

「元気ないね、気になること? それとも二人には聞かれたくない事?」

「いや……、いや、両方だな」

「そっか、どんなことかな。おいでヨナ、ワタシで良ければ聞いてあげよう」


 ソファに座るリアはこっちに手招きすると、俺が座る位置を開けるために少し横にずれた。ここで座らなければ話始めないのは目に見えている。

「別に、隣に行く必要はないんだけどな。…っと」

 とはいえ、ここでアイツの誘いを断っていても仕方ない。反抗する気分でもないしな。

 おとなしく隣へ座ると、真っすぐこっちを見つめるリアの瞳が目にはいる。その上、からかうためかなんなのか距離は息がかかるくらいに近いときている。

「…相も変わらず、その目だけは穢れてないな」

 逃げるように身を反らそうと思ったが、リアなら追いかけてくると判断してヤメた。別に今に始まったことでもないんだ。気にするほどでもない。

「言い方と言うものがあるんじゃないかい? どんなものでも比較した上で下げるのではなく、より素晴らしいと褒めるべきだよ」

「そりゃあ悪かった。どうにもはしゃぐ気分じゃない」

「うん、ヨナはそうだろうね。それで、気になることと聞きたいことは?」


「…アイツが、皆方からの質問が少なかったことだ。特に街について……。まぁ…これは仕方ないんだろうが……」

「だからこそ気になった。ううん、確信に変わった、みたいなところかな。でもそれはヨナにはどうしようもできない。彩音自身が乗り越えるべき運命の鎖、そしてそれは幾重にもあの子を縛り付けている」

「ああ、分かっては、いるんだけどな…」

 理屈は此処に来る前、纏界でリア自身から聞いている。俺も実際に“体験しているはず”だ。だから、納得、というよりも諦めが付いている。

 皆方は運命から逃れることはできず、そのことに気づくこともできないこと。そして、乗り越えるにはアイツ自身が立ち向かわなければならないということ。

「ヨナにできるのは信じること。そして、ちゃんと護ってあげることさ。そうすれば、おのずと道は開かれる。かも、しれない」

「…無責任だな」

「まぁね。ワタシも理屈は知っているけど、結局は人の意志が道を切り開くものさ。私のように、ヨナのように」

「ま、そうだな。それが良いことかどうかは知らないが、それは俺たちの仕事か」

 この戦いがどこへ向かっていくのかは知らないが、それでも俺たちに出来ることは皆方を護ることだけだ。なら、それをやり切ってから見える地平もあるだろう。

「考えはまとまった?」

 いいながら、こてんと頭を肩に乗せてくる、


「ああ、助かった。で、聞きたいことの方…だけど……」

「どうした、言えないのなら無理する必要はないんだよ」

 大きな声を上げる必要も無い。囁くように小さな声は水が染みわたるように俺の耳に届き、気遣ってくれている。

 リアのことだ、俺が何を聞こうとしているかなんて大方予想がついてるだろう。だからこそ、足を止めるべきだと言外に伝えてくれている。

「ああ…でも、それじゃダメなんだよ…」

 けど、アイツが自分自身のことを伝えられて尚、進むと言ったのだからこっちが足踏みをしているわけにはいかない。

 だから、聞こう。リアなら、きっとちゃんと把握していることだから。

「なあリア、今は——、何回目だ?」

「………、知らない。って言ったら?」

「嘘つきだと思う」

「そもそも、なんで私がそのことを知ってると思ったんだい?」

「お前がこっちに来てから、目がよく視えるようになった」

「ま、そうだね。これまでは離れていたからワタシの方も夢みたいなもので、完全に視えていたわけじゃなかったし。それはバレるものだ…。まるで——」

「誤魔化すなよ。二人の姿からして生半な数字じゃないのは分かってる。だからこそ、俺はそれを背負って前に進まないといけない」


「…無理して倒れられても困るんだけどな。ヨナは結構弱虫だから、プレッシャーを掛けたくないんだ」

「逆だ、倒れないために無理をするんだ。ナイギが来て、レギオンも来た。…終わりは近いだろ、長くてもあと数回、このままいけば全部が終わる」

 大げさなことを言ってるが、別に確信があるわけじゃない。でも、討たれたら終わりでもあるリア本人が前線に出張ってきている以上、あながち間違いじゃないと思ってる。

 リアはいつも周りを振り回すけど、肝心な所での判断は間違えない。それは、出会ってから今まで、何も変わっていない。

 例え、離れ離れになっていた時期が長かったのだとしても。変わらないものはある。

「………」

「リア——」

「——八桁にはいってない、くらいかな」

「———、そう、か……。それくらい、か…」

 聞かされた数字。

 それは俺とリアにしか分からない重さだ。

 きっと、リアは俺の目を通じてこの世界を見ていた。俺の知らない事、気付かなかった事さえ分かっているんだろう。

 …だからこそ、知っておきたかった。


「助かった、これで気合を入れられる」

「おっとと、何処に行くの?」

 寄りかかってきていたリアをゆっくり押し返し、玄関の方へ向かう。

「アイツらの様子を見てくるついでに自主練だ。体が鈍ってたのが痛感したからな。出来ない事ばっかりでも、やらないよりマシだろ。お前はどうせ動けないだろうからじっとしてろ、すぐ戻る」

「そっか、えらいねヨナは。あの夜、スカウトして大正解だった」

「成功かどうかはこれからだろ。見てろ、期待を超えてやる」

「それは楽しみだ。ワタシが戦うような事態にならないことを祈っておこうかな」

「ああ、最強様が前に出ようものなら全部お終いだからな。その前に片付けるさ。じゃあ行ってくる」

「はーい、行ってらっしゃい。気を付けてね」

「なにをだよ。ああそれと、…もう一つ聞いてもいいか?」

「うん、なんだい?」

 何を考えているか分からないような笑みでなくて、柔らかな微笑みを見せるリアはまるで慈愛の女神とでもいえばいいのか。

 普段の言動を知らなければコロっと騙される奴が出てもおかしくない。

「ったく……、その、なんだ…。アイツは…皆方は。…“あやね”のことを、知ってるのか?」

「どうだろうね。知らないだろう、と言うことは簡単だろうけど、それが真実かは分からない。もしかしたら知らないんじゃなくて覚えていないだけかもしれない。知識としては持っているけど認識していないから表に出てきていないだけかもしれない」

「改めてよく考えたら大変なことが起こってた。みたいなことか?」

「そ、結局、彩音自身のことは彼女にしか正しく認識はできないよ。それもいつになるかは分からないけど。こんなことを聞いちゃって、やる気がなくなったりしないかな?」

「それこそない。こんな時のために送り込んだのはお前だろ。責任者としての自覚を持てよ」

「はいはい分かった分かった。ヨナには余計なお世話だったね、ゴメンゴメン」

「ふん…、まあ教えてくれて助かった。俺も少し考えてみる。じゃ、すぐ戻るはずだから」

「分かったよ。ああその前に一つだけワタシからも質問していいかな」

「なんだよ、どうせ断っても答えるまで聞いてくるんだろ」

「まあね。で、聞いても?」

「…ああ」


 本格的にソファにうつぶせに寝転がり、足をパタパタさせながらこっちを見つめてくるリアは幾分か幼く見える。それは出会った頃と何も変わらない、純粋さと性格の悪さが混在した彼女の持つ魅力でもあった。

「どうして彩音に『四方界』を?」

「自衛の手段くらいあった方が良い、そういう話だっただろ」

「ふぅーん、他には?」

「…どういったものか、原理くらい分かっていられれば対処もできる。特に『領域条件』自体は能力を使えなくても崩すことだってできる可能性もあるんだ」

「そっか、ならそっちが本命だ。もう、ワタシに隠し事するだなんてヨナも素直じゃないなぁ。せっかく話しを合わせてあげたのに隠し事だなんて」

「お互い様だ」


 悪戯っぽく笑うリアは初めから分かっていて、分かったうえでこの話を始めている。

 だからこそ、さっきの皆方への説明でもいくらか話を合わせて説明をしてくれていたのだから。

この、皆方への隠し事をシエは気づいただろうか。いや、多分気付いてない。そうだったならきっとアイツは隠し通せない。純粋だからな、アイツは。

「どうせ、全部わかってるんだろ。それなら俺からわざわざ聞く必要があるのか?」

「うんもちろん。結局、確信を持っていたとしてもそれは想像上でしかない。けど、ヨナの口から聞けたなら、それはまさしく本物だよ」

「俺が嘘をついてるかもな」

「それならすぐわかる。ヨナは嘘下手くそだからね」

 ウインク一つを飛ばしてくるが、軽く手で払ってため息を一つ。

「そりゃあお前もだ。はぁ…、本当に面倒くさいな。お互いに」

「ああ、その通り。だからちゃんと口にしてほしいな。ヨナの言葉で聞きたいんだ」

 口調は何一つ変わらない癖して、言葉には誠心めいた確固さが秘められている。ああどうにも、俺はこの言葉に弱くて困る。

 だからそう、これは仕方なくだ。あとの面倒を先に片付けておくための行動でしかなくて、別にリアに甘いとかそういう事ではない。


「……前から、気になってたことはある。『巫女』に、『四方界』を使うことができるのかどうか」

「それなら使えてるじゃないか。今日だって、壊れたホテルは事故のせい。怪我人はゼロ。誰も彼もがいつも通りの日常を送っている。それこそ『巫女』の持つ力なんだから」

 自身の死を以って世界にとどめを刺す終末機構でありながら、その逆に平穏を維持するための機能を持つ『巫女』の力。

 皆方が生きてさえいればこの世界は問題なく回るようになっている。

 外の世界からの侵攻者を住民は認識することができず、戦いに巻き込まれるということも無い。異変に気付くことのできるのは『四方界』を扱える人間だけだ。

「確かに、そういう意味ならアイツは既に使ってるってことになる。けど、俺の言ってることがそうじゃないのは分かってるだろ」

「うん、もちろん」

「……、もしも、その世界を維持する力が『四方界』に根差したもので、皆方がその媒介なんだとしたら? 無意識のうちに全力で能力を使っているか、もしくは——」

「彩音の持つ能力適性が『世界維持のみに特化した唯一無二』、だから他のものを扱うことはできない。洗濯機ではパンを焼けないみたいに」

「その例えは、どうかと思うが……、まぁ大体そんな感じだ。第一、適性があるのかどうかすら分からないけどな」


 とはいえ、本当にそんなことを思ってるわけじゃない。

 『巫女』である皆方自身、世界と密接に干渉しあっているのは間違いない。

 でないと、レギオンが現れた時の急激な体調悪化が説明できないからだ。世界と密接に繋がっている『巫女』であるからこそ、世界に起こる異常の影響をもろに受ける。

 レギオンの怪物具合からすれば昨日だって、あのまま死んでいてもおかしくはなかった。

「結局、やってみないと何も分からないからな。ダメだったときはまたその時に考えるさ。なんにしてもやれることはやっておかないといけなくなってる。俺も俺で、このままじゃ何ともならないしな」

「そっか、ならワタシからは何も言わない。ヨナの納得いくまで頑張ってね。それでワタシの仕事が減るなら嬉しいことこの上ない」

「ああそうだな、お前を前線に出すことになれば色々とオシマイだよホント。じゃあもう行くよ」

「んー」

「ったく…」


 適当な返事を背に部屋を出ると、屋上へ通じる階段を上っていく。

 己の無力さは分かっている。

 レギオンという規格外が相手だったなんてことは言い訳でしかない。ナイギの女、ヌイって言ったか。アイツが『四方領域』を拡大しただけで俺には手も足も出なくなるんだ。

 最後に現れたあの男。アイツが手を貸したみたいだが、そんなことが何度も出来るのならもはや世界の縛りなんてものは意味をなさなくなってくる。

 レギオンのせいで罠として使っていた結界は使い切った。もう一度最初から設置していくこともできるけど、あの規模のものは次の戦いには間に合わない。


(それに、結局は手を抜いてたところを無理やり押し出しただけだ)

 結局、最初から最後まで傷をまともにつけられてはないんだ。俺は俺で、戦い方を変えていく必要がある。

「無いなら無いなりにやってみるしかないか。はぁ…、まだどうにも守る戦いってのには慣れないな」

 前途多難だが、一度起こった事象が止まることは無い。無理やりにでも進む中でつかみ取るしかないんだ。



 □ □ □



「ぅぅぅん……っ、っふう…。イテテテ、運動不足っていうのは怖いものだね。ホント」

 半ばワタシ専用となっているソファに横になると、ヨナと話していたことを思い返す。というよりも考えていることはヨナのこと。

「うーん、それにしても。今更ながらに明るくなったなぁ。うんうん、いい方向に成長してくれてとても嬉しい」

 時間はかかったし、色々大変な状況なのはどうしようもないけどね。それでもいい方向への成長というのは心が満たされる。

「……あの、ヨナがねぇ。…んんむ」

 瞼を閉じると、今でも鮮明に浮かんでくる光景。

凪いだ夜の月明かりの中。血に塗れ、自身の名すら持ちえないとだけ口にした少年の姿。初めて出会った時の頃を思い出すと、ちゃんと返事を返してくれる今の姿は想像できない。

「ふふふ…っ、可愛いなぁ」

 それはヨナだけじゃない。シエも可愛いし、彩音だってとってもかわいい。

そんな彼らを振り回したり、はしゃぐ姿を見てるのは楽しくてたまらない。これだけで危険を冒してココに来たかいがあったと言っても過言じゃないくらいに。


「とはいえ、問題は山積み。ワタシが出張らなくていいよう頑張ってほしいねぇ」

 横になっているとすぐに睡魔が襲ってきた。

 うーん、おかしい。数時間前まで寝ていたはずなのに。

「…まぁ、いいか……。お肌のためにも…すいみんは……ふにゃ…」

 独り言でも言えば少しはましになるかなんて思いながら、そんなことは欠片も考えてないような言葉を吐き出して眠りにつく。

 眠りにつくとなると、瞳に映る光景は瞼の裏で真っ暗真っ黒なんにも見えない。

 夢見る乙女であり続けたいとは思ってるけど、生憎と瞳に映る景色は昔から変わらない。さて、今日も夢の続きを鑑賞するとしよう。



 □ □ □



(アイツらと正面切って戦うとなると、やっぱり剣は——、ん?)

 階段をのぼりながら思案している内に目的地に到着した。

 屋上のドアに掛けられていた南京錠は解かれている。いや、それはいい。シエなら簡単に開けられる。気になったのはそこではなくて……。

「ぅぉぉぉおーとぉぅりゃああ!!」

「そうですアヤネ! もっと力を籠めてイメージを固めるんですっ!!」

「せぇいやああああぁぁぅおおー」

「………」

 なんだろうな、これは。

「こうっ!? こうかなシエ! こんな感じのポーズだといい感じ!?」

「はいっ! ですがもっと足の踏み込みをしっかりと入れてみましょう! そうすれば重心も安定するので敵が来ても向かい討つことができます!!」

「分かった!!!」

「——————」

 ……………言葉が出てこないとはこのことか。


 なんて言ってられるか。

「いや、おかしいだろ」

「ああヨナギ様、どうでしょうかアヤネも頑張っております。このやる気があれば『四方界』もすぐに扱えるようになるかとっ!」

「どう! どうかな! 私使えてるかな!?」

「……お前ら…」

 なぜか自信満々な皆方の姿を見ると、呆れを抑えきれなくて頭に手を当てる。


 クソぅ、なんでお前たちはいつもいつも、こうも反応に困る寸劇を繰り広げてるんだ。

それにシエ、お前なら使えてるかどうとかくらい分かるだろう。なんで一緒になって盛り上がってるんだ…。というか絶対ポーズがどうとか言い出したのお前だろ。

 皆方は皆方でテンションが上がって正常な判断能力がどっか行っちまってる。落ち着け皆方、シエがテンション高い時は大体ズレてることくらいすぐ分かるはずだ。っていうかそれが『四方界』の特訓だっていうのを前提に進めてるのがもはや分らん。そのポーズのどこに『四方領域』があるんだ。あれか? その十字に交差した腕の辺りか? そっからなんか光線でも飛ばすつもりか?

「ぁー……———」


「「???」」

 どっから、どっから突っ込めばいい。

 特訓方法か? お前らのテンションか? 特にその『なんで俺は困ってるんだろう』なんてところが一切分かってなさそうな表情か?

「…よし」

 何もかもが良く分からなくなってきたがとりあえずの方針は決まった。

 開きかけていたドアを閉じ、腕を上げて背を伸ばす。

「うん、また後で来よう。リアはどうせ寝てるし静かな部屋で——」

 俺は何も見なかった。まずは部屋に戻って——

「わーわー! ちょっと、ちょっとまってよ夜凪くん! そんな哀れみを籠めた表情で帰らないで!」

「よよよヨナギ様! いったいどこに問題があったのでしょう!? い、いえ不肖私では満足な指導は行えないとの不安はありましたが具体的な指摘をいただければ!!」

「離せお前らっ! 俺をアホ共の儀式に巻き込むな!」

「あー! それは酷い! なによぅ、私だって頑張ってるのにー!」

「はいっ、アヤネの気合は素晴らしいものですっ。この調子で行けばすぐにでも——」

「せめて一目で『領域条件』が分かるような気合の入れ方だったら良かったけどな!」

 階段を降りようとする俺の腕を二人掛かりでつかみ、外へ連れだそうとする皆方とシエ。

本心からアレを全力でやっていたという事実が判明し、俺としては今すぐこの場から立ち去りたい。

やってる姿は誰にも見られないとはいえ、一度でも一緒に始めれば人間としての尊厳が失われる気がしてならない。いいや失うね間違いなくっ!

「ぐむむむ…」

「ふんっ、ぬぬ…」

「あっつ、イッテテテ…、分かった、分かったから手ぇ離せっ! うぁッ!?」

 離せと言ったとたん、馬鹿正直に離されたもんだから階段を転がり落ちそうになったがギリギリ助かった。

 ……さて、何から始めればいいもんか。


ここでようやくこの作品における能力の『四方界』の説明が入ります。遅いですね。


シエは基本的に体を動かして覚えるタイプのため、人に物を教えるのは苦手です。

また、これまで普通の生活をしていた皆方にとっても感覚をつかむことは非常に難しいでしょう。


裏ではヨナギとリアがきな臭い話を進める中ですが、この辺りは追々進められればと思います。

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