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四方総界縁起  作者: くろよ よのすけ
19/100

19.家族会議③

「うん、これでばっちりだ、可愛いよ彩音。まだ少し目は赤いけど、これは仕方ないね」

「はい…、ありがとうございます」

「いいよ。じゃ、話の続きといこうか」

 しっかり髪まで乾かして身も心もサッパリした。これでもう大丈夫とさっきの続きをようやく進められそう。


「で、何処まで話してた? 長風呂待ってる間に忘れたぞ」

「アヤネが『巫女』であり、ナイギに囚われた場合この世界が消滅するといったところです」

「ああ、そうだった。…じゃあ話すのは任せた方が良いのか?」

 リアさんに向けて聞いた夜凪くんも落ち着いていて、なんだか肩の荷が下りたって感じだった。私のことを心配してくれてたってことだし、少しうれしかったり。

「いや、さっきまで話してたんだ。ヨナが進めるべきだろう。それに、その方がより仲良くもなれるだろうしね」

「からかうなよ。でもそうさせてもらう。とはいえ、俺よりお前の方が詳しいだろうが」

「それは気にしない気にしない。誤りがあれば訂正はするし、知らない情報は後で説明しよう」

 ふふんと鼻を鳴らすリアさんは、話の主導を譲るように身を引いた。夜凪くんはその姿を見て小さくため息をついていたけど、話を進める為に私の方へ向き直る。


「『巫女』、っていうのはシエも言ってたけど世界の『楔』だ。この世界を存続させるための機構で、数は世界ごとにただ一人。いつから存在するだとかは分からない。世界に何かあれば無意識のうちに修復する力を持っていて、それをナイギは狙ってる」

「うんうん」

「ナイギが『巫女』を狙う理由は単純だ。アイツらは崩界って世界に住んでるんだが、中々酷い環境でな。自分たちが生きていく上でよりよい世界を手に入れようとしてる。そこで、重要なのが『巫女』だ。アイツらは世界の間を移動できるんだが、何処からも嫌われててな。他の世界に移動しようものなら存在自体が否定…、消滅させられかねない」

「う、うん…」

「ただ、『巫女』を手に入れて自分たちにとって都合のいい世界を創りさえすれば、ナイギにとっての問題は解決だ。問題なのはアイツらが独立した世界を手に入れると他の世界にまで悪影響が出てくること。そうなれば俺たちがやってきた『纏界』は光を失って大勢が死ぬことになる」

「え、えーっとぉ……」

「だからこそリア…、ラゥルトナーって一族は歴代全員が『巫女』を守り続けてきた。とはいえ、ナイギが今回みたいに攻勢を仕掛けてくるなんてそうそうなかったんだが———」

「ちょ、ちょっと待って! 頭がパンクしそう!」

「ん? ああ、そうか。ダメだな、こっちにとっては当たり前のことだからつい淡々と進めちまった」

 いかんいかんと頭を掻く夜凪くんを横目に、さっきとは別の意味でフラフラの頭を働かせる。


「ええっと、私は『巫女』っていう特別なポジション。ナイギって家の人達が自分達の生活をよくするために私を狙ってて、そうなるとその人たち以外が大変なことになる。だから夜凪くんたちは私を守ってくれていた。で…いいの?」

「その通りですアヤネ。呑み込みが早いですね」

「そ、そんなことないよ。すでに結構手一杯…」

「ふふっ、では少々お待ちを。砂糖入りの紅茶をご用意いたします」

「ああ、私はミルクも頼むよ」

「はい、お待ちを」

「あー、続きいいか」

「あ、うん。お願いします」

 さっきと比べると何とも緩い空気で進んでいるけど、私達にはこれくらいがちょうどいいと思う。

「とはいえ、正直俺から話せることなんてそう多くないんだよな。何から話せばいいかってのもあるけど……」

「じゃあ世界が色々あるっていうのは?」

「ああ、そうだよな。知るわけないか…。ナイギ家のある『崩界』、ラゥルトナー家のある『纏界』、あとは此処………『総界』だ」

「…ふむ、そうか。そうだね」


「ええと、それっていうのは何で別れてるの?」

「さぁな、そういう作りなんだからそうとしか言えん。リア、お前なら何か知ってるんじゃないか?」

「それを説明するというのは、なぜかつては一つだった大陸が別れたのか。その説明をするようなものだよ」

「……どういうことだ?」

「なるべくしてなった、ということさ。別に深い理由はないよ。それが一つの星単位か、宇宙を内包した世界単位の違いということでね」

「何言ってるかわけわからん」

「あはは…」

 とはいえ、あんまり関係はないらしいのでそういうものだと思うしかないかな。

「ただまあ、緩衝地帯。というふうに思ってくれればいいよ。彩音も聞いたことがあるだろう? 天上と地獄。天上界と冥界ってね。まぁ厳密には違うけど、そこは流そう。

 『纏界』や『崩界』というのはそういう場所さ。あの世とこの世の狭間に存在していて、それぞれの世界が隣り合わないようになっている」

「う、う~ん……。それだと順番は、天国があって、纏界があって…この世があって、崩界があって地獄…ですか?」

「そんな感じでいいよ。いやぁ物わかりが良いと話が早くて助かるね。その昔ヨナに教えた時なんて——」

「良いだろ昔の話は、長くなる」

「うん、そうかい? じゃあまた今度で——」

「しなくていい」

「「えー」」

「二人して声を上げるな、続きだ続き」

 夜凪くんの言葉で打ち切られちゃったけど、また今度リアさんに聞いちゃお。


「…それでだ、ナイギ家ってのは冥界に近い場所で生まれたせいか存在が死霊に近い。そんな奴らが世界単位で支配域を広めたらどうなるかだ」

「それは…あの世が広くなるってことなの?」

「それで済むならマシだろうさ。アイツらの目的がひねくれてなけりゃな」

「私を誘拐して、どうするのか…?」

 そうだ、私が知るべきはきっとそこだ。

 私自身がすごい存在なのだとかは、まだ良く実感が湧かない。でも、私を狙う人たちが何をしようとしてるのか。それはちゃんと知らないといけないことだと思う。

 そうじゃなきゃ、守ってくれてる夜凪くんたちのことをないがしろにしてる気がするから。


「そう、彼等ナイギは中々悲劇的な一族でね。大昔の罪人の末裔なんだよ。つまり崩界に島流しされた存在でね。末代まで罪を与えられてしまったんだ」

「それって…、何もしてない人たちでも、ですか?」

「そうさ。一度崩界に堕ちた血筋は、二度と他の世界に受け入れられることは無いんだ。可哀そうだけど、仕方ない。だから彼らは決意した」

「……何を?」

「復讐だよ。何もしていない自分たちが酷い目に合うというのであれば、他の世界すべてを自分達と同じ領域に堕としてしまおうってね」

「要は総界、纏界、天上界の三つを崩界と同じ、穢れた世界にしてやろうってわけだ。そして、皆方。お前を手中にすればそれが叶う。『巫女』っていうのは、それほどの力を持った存在、らしい。コイツが言うにはな」

 リアさんを指差す夜凪くん、それほど詳しくはないって言ってたけど、ここからはリアさんの方にバトンタッチするみたい。

 でも、話を聞いた上で、私にそんな力があるだなんて思えない。それに、襲ってきた人たちの境遇。…なんて酷い話なんだろう。


「そんな…」

「そして、かつて崩界に送り込まれた罪人を取り締まり、新たな罪人を送り込むために生まれた一族、それこそ我らがラゥルトナーさ。基本は不干渉なんだけどね。ナイギの血筋は崩界以外じゃ毒にしかならないのが困りもので、その上『四方界』を扱うとくるんだ。放ってはおけない」

 生まれた場所のせいで苦しんでいるのに、それを何とかする方法はなくて、最後に選んだのは、自分たちが上がることができないなら他の人を落としてしまおうだなんて…。

 襲ってきたのは本当で、私にとっては悪意のある人たちなのは間違いないんだけど、彼らのことを考えると悲しくなってしまう。

「アヤネはお優しいですね。ですが、そう悲しそうな顔をしないで。こればかりはどうしようもないのです。長く続いた血筋だからこそ、呪いも深く、世界の縛りも強くなってしまうのです」

 紅茶を淹れてくれたシエが戻ってくるのと同時に慰めてくれる。その声は私を思いやる気持ちに溢れていて、なんだか申し訳なくなっちゃう。

「ううん、大丈夫だよ。ありがとうシエ、お茶、いただくね」

「はい、ゆっくりで大丈夫ですから」

 お茶と一緒にこれまでの内容をゆっくり呑み込んでいく。

 みんなはそれを何も言わずに待ってくれていたから、時間はかかっちゃったけど私なりに理解はできたと思う。


「えっと、そういえばその、もしかして『しほーかい?』っていうのはあの不思議な超能力、みたいな?」

「ああ、これはヨナとシエの方が詳しいね」

「まあ、そうかもな。ようは条件付きの超能力だ。得手不得手はあるけど、発動する方法を自分で決めておいて、その方法が難しければ難しいほどに強くなる」

「私であればこの槍で自分を中心に刻んだ円の内部であれば身体能力を強化し、異能が扱えるようになります」

「わっ、その槍いつの間に持ってたの?!」

「…まあ、なんだ。シエは武器の出し入れくらいなら条件達成するまでもなく使えるんだよ。そういうの得意なタイプでな」

「へ、へぇ…なんだかよくわかんないけど凄いね……。じゃ、じゃあ夜凪くんのはどういうのなの?」

「俺のか? 俺のは、自分で武器だと認識したもので囲んだ領域内から武器を出すんだよ。陣取りゲームみたいなもんだ。囲んだ範囲が広ければ広いほど強くなるし、狭ければ狭いほど出来ることも少なくなってく。これは界燐の分配の問題でもあるんだが——」

「????」

「ヨナギ様、それ以上はアヤネの理解が追い付かないかと…」

「…そうだな、『四方界』については触りくらいで良かったな。重要なのは、この能力をナイギも使えるってことだ。それもかなり強い。本来なら、がつくけど」

「……、そうだよね。たった一人だったのに、空が真っ黒になって…ビルも壊れちゃってたし…」


 昨日のことで、覚えてるところだけでもすごく大変なことだったのは私でも分かる。あんな人たちがたくさん襲ってくるなら、被害が大きくなるのも分かる。

「あれくらいならシエがいれば問題ないんだけれどね。実際、途中までは勝っていたわけだし。よしよし、よくやった」

「あ、ありがとうございますリア様。…でっ、ですので頬を撫でられるのは嬉しいのですが、こそばゆいので一度お時間いただければ———」

「ふふっ、そうかい? ならまた今度ね。ああそれで、問題というのは世界の縛りを突破し始めてきていることさ」

「縛り、ですか?」

「ああ、さっき言った通り『崩界』の人間は他の世界からすると毒にしかならない。だから、世界が抗体を使って弱らせるのさ。実際には結界だけど」

「じゃ、じゃああの人も本当はもっと強いってことですか?!」

 そんな、たった一人でビルを壊せるような人が、あれで弱くなってるだなんて…。

「うーん、それは少し置いておこう。昨日のは一種のドーピングみたいなものだしね。とはいえ、それが問題なのだけれど」

 リアさんにしては珍しく、考え込むような仕草を見せた。その姿も美人は映えるなぁ、なんて場違いなことを考えちゃうけど思ってしまったものは仕方ないのです。


「本当ならな、ナイギは他の世界に移動すると弱体化する。それは『四方界』だけじゃなくて存在自体がだ。あんまりにも弱まると存在が否定される。…要はただここに来ただけで死ぬことにもなる」

「……死ぬ、って。何もしてないのに……?」

「そう、それほどまでに嫌われてるのさ、ナイギという血族はね。そして、その理由だけど、かつて追放された罪人、ナイギ初代がよほどの人物だったのさ。なんせ、本来ただの器でしかない世界という枠組みが、特定の血脈に対してのみ警戒を続けているということなのだから」

「…じゃあ、昨日襲ってきた人も死んじゃったの?」

「いや、アイツなら帰った。俺もアイツも力使い果たして動けなかったからな…」

「そ、そっか…」

 襲ってくる人がいない方が安心なんだけど、やっぱり死んでしまったと聞くと、なんだか怖い。複雑な気持ちだけどすぐに答えは出せないみたい。

だから一旦受け止めて、次の時には答えが出せるようにしないといけないのかも。

「けど、次に来るまで少し時間が空くはずだ。だろう、リア」

「うん? そう思った理由を聞いてもいいかな?」

「とぼけるな、“アイツ”のことだ。おかげで街中に仕込んでた仕掛け全部使い果たしたんだぞ」

「ああ、分かってるよ。ちゃんと話すって約束だったしね」

「…アイツ?」


 夜凪くんの様子だと、あの女の人じゃないみたい。だったら、アイツって誰だろう?

「ヨナギ様のお話ですとこの世界へ現れたと同時刻、アヤネは気を失ったと聞いています。ですので姿を見てはいないかと」

「気を失って——。あ、確かに言われてみれば変な感じがして…、気持ち悪くなって……それで、……っ」

 思い出すのは、何か黒く淀んだ塊が心をこじ開けて入ってきたような感覚。ただ思い出しただけで熱がぶり返しそうになって、吐き気を催してしまう。

「落ち着け皆方、手をとれ、こっちを見ろ」

「——、ふぅ…ふぅ……、う…ん、だい、じょうぶ…。ちょっと嫌な感じ思い出しちゃっただけだから——」

「水を、ゆっくりとお飲みください」

「ん……」


 ちょっと思い出しただけでこんなことになるだなんて思わなかった。

 これまで何ともなくて、思い出した途端にこうなったってことは、きっと心の防衛反応というものなんだと思う。

 人というのは嫌な思い出を適度に忘れるようにできてるらしい。

 もちろん全員が全員じゃないけど、小さなころに受けた虐待の記憶が大人になると全く思い出せなくなっちゃったり。

 きっとこれも同じことで、無理やり忘れなければ生きていくのも辛くなるっていう、今現在を突き付けられてしまった。

「心が壊れてしまわないように人は忘却して前へ進んでいるんだ。だけどね彩音、キミは逃げることはできない。だからもう一度だけ、聞くよ?」

「………」

 介抱してくれてる二人の間に入って、正面に立ったリアさんは悲し気に微笑んでいて、私にもう一度さっきと同じことを問い掛けた。

「このまま、私達を傍に置いて戦い巻き込まれるということは、その苦しみをより強く受け入れ続けることになる。彩音は、それでも私達と共に行くかい?」

「……それ、は」

 リアさんは嘘をつかない人だ。色々な冗談を言ったり、隠し事をしていたり、場をかき乱すようなことをするけど、嘘をついたりしない人なのはわかってる。

 だから、この問いかけも本当なんだ。

これから先に起こる出来事は、私みたいな一般人が背負うには重い物なんだって、辛いことなんだって教えてくれてる。

 みんなと進むってことは目を逸らせない。どんなにつらくても苦しくても受け入れなきゃいけない。

 そのことを言葉では分かってるつもり、だと思う。でも理解できてるのかって言われると、正直不安でしかないのも本当。

「私は——」

 いろいろなことが起こりすぎていて、分からない事ばかり。

 思い出しただけで動けなくなっちゃうような私が、みんなの役に立つことなんて夢のまた夢だし、迷惑ばかりかけちゃうと思う。でも……。


「一緒に、行きたいです。気持ちは、変わりません…っ」

 一度口にしたことをすぐ撤回するようじゃ女が廃る。

 選択する機会を何度も与えてくれているリアさんには感謝しかないけど、ここだけは退くわけにはいかないから———。

「私は、みんなといきます。役立たずでも、守られるだけなんだとしても、倒れたりしませんから!」

 この足で、ちゃんと歩いて行けるって証明して見せる。

「…うん、そうか。ならよし、信じるよ彩音。なに、ヨナとシエがいるんだ。傷一つ付けたりしないさ。なぁ?」

「もちろんですっ、友であるアヤネは必ず守り切って見せます!」

「やれるだけやる。…努力はするよ、ああ」

 やる気満々なシエと、気恥ずかしいのか斜に構えた夜凪くんは対照的だけど、二人の想いはちゃんと伝わってくる。

 だから私も胸を張らないと。

 守られているからってお姫様気分でいるのはちょっと違うと思うし。


「じゃあ閑話休題、本題だ。そして、これがヨナの知りたがっていたことでもある」

 そして、再び話始めたリアさんの声は、いつもよりもほんの少しだけ真剣みが増していて、避けて通れないことなんだとわかった。

「ナイギではない、世界全てを漂流し、頂点に立つ群衆の個、塵の結晶、煉獄の万華鏡。世界ごとの呼び方はいろいろあるけどまあなんでもいいね、——“彼等”こと、『レギオン』についてだ」

そして、放たれた名を私は知らない。けど、その存在があまりに強大で避けて通れない、『敵』と呼べる存在なんだってことだけは、ハッキリと分かった。



 □ □ □



「名前は本人から聞いてる。聞きたいのはアレが何なのかってことだ」

「うーむ、あんまり焦らしすぎたか。ヨナがせっかちになってしまった」

「アホウ、伝えるべきことを伝えなさすぎなんだよオマエは」

「どうどう夜凪くん、抑えて抑えて」

「お水もう一杯用意いたします」

「いや、そういうのじゃないから…」

 夜凪くんも少しずつ元気になってきた。

 私のせいで落ち込ませるのは申し訳ないし、リアさんの口調から大変な状況なのはなんとなく実感が湧いてきたけど、それでもしかめっ面なのはちょっと違う気もするのです。


「ふふ、まあそれについては申し訳ないと言っておくよ。レギオンが現れることは私がここに来た理由でもあるから、実際に現れるまで口に出せなかったのさ」

「アイツが来るのを知ってた? …屋敷に居たお前がどうやって。それに、お前アイツと知り合いらしかったな」

「ちょっとした裏技、まあそれは良いじゃないか。秘密の一つくらいあった方が女は美しいのさ」

「なるほど、勉強になりますリア様」

「うんうん、シエはもう少し秘密を守れるようになろうね」

「はいっ」

「……」


 夜凪くんの元気につられてかな、シエの方も元気になってきたみたいで、いつも通りのちょっとズレた感じが戻ってきた。

 真面目なのはすごく分かるんだけど、そのギャップはギャップでシエの魅力だなぁ。

 で、でも……。

「ぷふ…っ」

「……皆方」

「に、にゃにかな夜凪くん?! ちゃんと分かってるよ!?」

「???」

「シエは気にしなくていいから、いい加減リアに喋らせよう。ここで機会を逃したら死ぬまで聞けないかもしれん」

「承知しました。では、私は発言を控えさせていただきます」

「ああ、そうしててくれ」

 一歩引いたシエは姿勢を正して、その姿を見た夜凪くんはリアさんに向き直ると、催促するように目を合わせる。

むむ、分かり合ってる感じになんだかジェラシー。


「そうだなぁ。レギオンについてだけど、アレは元人間達だよ」

「は、とてもそうは見えなかったけどな。それに、“達”だと?」

「元、と言っても大元は、という意味さ。姿かたちは混ざり合って元型を保っていない。あの鎧も大元になったどこかの誰かが持っていた力だろうさ」

「人間達の混ざりもので、誰かが持っていた力、ってことは、まさか混ざってる人間全員の能力が使えるとでも言うのか?」

「その通り、それが奴の扱う四方界、とは違うものだけどね。そしてその力の総量は実際に戦った二人ならば良く分かってるはずでしょう」

「………」

「……」

 二人は黙り込むと、神妙そうな顔を見せる。

 私が眠っていた間には凄い戦いが起こっていたらしい。

「それで、その元人間達は何のために皆方を狙ってたんだ。なんの脈絡もなく現れたぞ」

「うーん、そうだねぇ。言っていいのかなぁ?」


 言いながら私の方へ目線を向けるリアさん。その目はなんだか私を試しているようで、答えを待っているように見えた。

「教えてくださいリアさん、ちゃんと受け止めて見せます」

それなら、私に関係していることならちゃんと聞かないといけない。

「それに、これ以上焦らしてたら夜凪くんが爆発しちゃいますからっ」

「あはは、そうそう彩音も良く分かってきたねっ」

「……俺のことはいいから、早くしろよ」

「はいはい、それじゃあ言おうか。レギオンはね、かつて『巫女』のせいで不幸になった人間の集まりなんだよ。そういった人間の残留思念が寄り集まって形を持ってしまったモノ、怨霊に近い」

「じゃあ、私を狙うのも…」

「うん、復讐。それもだいぶ年季がはいってるときているから説得は無理かな」

 あっさりと口にしたソレは、ドラマや小説でしか聞いたことのない内容で、『巫女』だなんて言葉を聞いたことも無かった私からすると、やっぱり実感は湧かない。


「その…それじゃあ、昔の『巫女』の人は何をしたんですか? 年季が入ってるってことは、ずっと昔の人なんですよね」

「彼らが生まれた世界を失ったんだ。そして、消えた世界でも強い力を持った存在が『巫女』へ対する恨みを募らせ、消えてなくならないために合一化した。そのせいで人格はバラバラ、主人格として話していた“彼“がいなければ、統率も無くただ暴れまわるだけの迷惑な存在さ」

「……じゃあ、その人たちの世界の『巫女』さんは…」

「死んだんだろうね。もしくは彼らを苦しめるような所業をしていたか。ま、それは私達には分からないし調べようもないのだけれど」

「…そう、ですか」

「彩音が気にするほどの事でもないさ。その『巫女』たちも彩音と同様に自分の立場を知らずに生きていた者も多いだろう。事故か、事件か、それは分からない。けど、彼女たちの命の終わりと世界の終わりが直結している。それは無関係のモノにとっては酷く腹立たしいものだったんだろうね。その理由も様々だろうけど」

「私が死ぬと、世界が終わる……。で、でもそれなら『巫女』ってどうして生まれるんですか? というよりも、えーっと…」

 『巫女』の人達が死んだときに世界が無くなってしまうというのなら、これまでたくさんの世界が無くなってきたってことになっちゃう。だとしたら『巫女』の人が生まれる理由というのはあるんだろうか。

「寿命だ」

「え?」

 答えは夜凪くんから、でも寿命って?

「命あるものならどんなものにでも寿命はある。それは世界も同じで、『巫女』っていうのは世界の死に際に生まれる特異点。…だったか?」


「その通り、いやあヨナがちゃんと覚えていてくれているなんて感激だ。講義していても私の腕の中から逃れようとするばかりで聞いていないのかと思っていた」

「…夜凪くん?」

「無視しろ、無視」

「わ、わたしはよく手を握っていてもらいましたっ」

「よーなーぎーくーんー?」

「記憶を消せ」

「無理に決まってるでしょっ! あとシエはすぐ張り合わない方が良いと思うなー……」

「? はい、アヤネがそういうのでしたら」

「言って、聞くと思うか?」

「…多分」

 

「はいはい、そういうのは後でね。昔話ならいくらでもしてあげるから」

パンパンと手を叩く音が鳴るとリアさんが講義を続行する。

「とはいっても概ねヨナの言った通りでね、『巫女』というのは世界の寿命が尽きる時期に現れる存在さ。なぜ人の姿をとるのか、なぜ死が連動するのか、なんていうことは良く分からないけれど。ま、彩音はそういう存在なのさ。キミの望む望まないにかかわらず」

「…はい。でもそれだとナイギの人達が私を襲ってもあんまり意味ないんじゃないですか? 私が死んじゃったら世界侵略ー、何て言ってられないですよね」

「ええ、ですので彼らはアヤネを生け捕りにしようとしています。命を狙っているのはレギオン。リア様のお話のとおりでしたら、『巫女』を討つためならば世界がどうなろうとも構わないのでしょう」

「なんとも面倒くさい奴らだな。そんなにも諦めがつかないっていうのは」

「人間そういうものさ。そしてナイギも、過去の鎖を解き放とうと必死になっている。いままで抑え込んできたが、『巫女』である彩音のことを知られている。もう、止まることもしないだろうね」


 何も知らずに当たり前に過ごしてきた日常は壊れて、気が付けば私の命が狙われていて、その上この命には私以外全員の人達。

 ううん、それだけじゃすまないくらいの命や、日常。笑顔がかかってた。

 死にたくないし、狙われる理由もちゃんと分かってるわけじゃない。私自身が戦うことも出来なくて、ただ怖くて震えるだけかもしれない———。

「それでも、皆が守ってくれる。…でしょ?」

 今まで、私に知られないように守ってくれていた彼と、彼を慕う強くて可愛い女の子。隠し事は多いけど不思議と信じられる彼女。

 心から強くて、信じられる人たちが三人もいる。

「なら、私は大丈夫。何の力になれなくてみんなには迷惑をかけるばっかりだと思うけど、私は大丈夫だから。だから……」

 上手く言葉が出てこない。

 守られるだけの私がこれ以上何かをお願いするようなことを言っても、それは我儘にしかならないと思う。

 そう考えると、なんて言えばいいのか分から無くて———。

「別に、…これまでやってきたことを今更気にされても面倒なだけだ」

「…え———」

「何のために街中駆けずり回って、チマチマチマチマ結界張り続けてきたと思ってる。別に頼まれたからじゃない。やるべきだと思ったからやってきたんだ。そこに疑いはないし、これから先も手を抜くつもりは無い」

 転校してきてから、じゃなくて“この世界”に来てから。ずっと守り続けてきてくれた彼の言葉は力強くて、私を真っすぐ見つめる瞳に魅入られた。

 ……あ、これなんかいい。


「…、ですがヨナギ様、ナイギが襲来してきたのは私がこちらへとやってきた当日が初となります。それまでのヨナギ様の行動として考えられるのは、基本的には一般的な学生生活と呼べるのもかと」

「いやぁ、青春。羨ましい限りだ。一日数個の結界を張れば手に入るのなら私もやってみたいなぁ」

「……やかましいぞそこの二人組。シエと違って、こっちはあれ一個作るのに結構苦労するんだよっ。それに、数をそろえたいから早く帰ろうとしたら皆方の唐突な思い付きに捕まって———「捕まって?」 ……今のは違う、言葉の綾だ、…だから気にするな」

「へぇー? ふぅーん? へっへぇー?」

「…下からのぞき込むな、わざとらしくウロチョロするな…」

「ま、いいでしょう許しましょう。これからも頑張ってもらうんだから、ここで文句言ってても仕方ないしね」

「ああ…そうしてくれ……」

「えへへ」


 お疲れ気味の夜凪くんには悪いけど、いつも通りの風景が帰ってきたみたいでなんだか嬉しくなっちゃった。

 いえいえ、これではいけないいけない。守られるだけの私が茶化すようなことばっかり言ってたらみんなのやる気も——。

「なら、すぐ初めた方がいいな」

「へぇー」

「なんだ、その顔は」

「別になんでも? ヨナがやるって言うならお任せするさ。うーん、そうだね、早いに越したことは無いと思うよ。レギオンはどうしようもないにしても、ナイギの攻撃を凌げることができれば御の字だ」


 う? 何のお話かなー?

「それもそうか、どうせあと三週間弱は学校に行く必要も無いからな。やらせるだけやらせてみて、あとは結果次第ってとこか…。レギオンの再侵入までどれくらいか分かるか?」

「そうだね、…一ヵ月くらいか。一度は此処に来て異物だというのは彩音自身も理解している。次の再侵入が近づけば彩音が何か感じるはずだよ」

「分かった。皆方。変な感じがしたらすぐに言って、シエの傍から離れないようにしてくれ。警戒を引き上げる」

「え? あ、うん」

「では彩音に学んでいただくのは『封界』を主とした方がよろしいでしょうか。付け焼刃の攻撃を学んだとしても戦闘経験が無ければ元の木阿弥かと」

「んー…。間違ってはいないけど、それは彩音の適正次第としよう。時間がない中で苦手なものをやらせても上達は見込めないし、それなら得意な分野を伸ばして活用できるように教えた方が良いんじゃないかな?」

「ああ、俺もそれでいいと思う。別に『破界』しか使えないからって防御に使えないわけでもない。要はどう活用するかだ」

「了解いたしました。それでは講師役は私が行えば?」

「俺もやる。一人だけで教えるだけだと別角度の意見が出てこないからな」

「ですが、それではヨナギ様の鍛錬の時間が無くなってしまいます。戦いが激化する以上、ヨナギ様は御自身のことに注力していただきたいというのが私の想いです」

「そりゃあ確かに…、昔に比べて鈍っちゃいるけどさ…。それくらいの時間は——」

「うんうん、シエの言う通りだ。ヨナは自主練ということで」

「おい」

「あ、あのー」

「「「ん?」」」

 そろえてこっちを見る三人はなんだか面白いけど、それは今気にしてられない。

「えと、その…、私は何をさせられようとしているのでしょう…、か?」


「仕方ない、ならちょくちょく顔出しはするぞ」

「はいっ、ありがとうございます」

「じゃあ私は二人の間をウロチョロさせてもらおうかな」

「よし、じゃあ……。まぁ、言うのは俺か…」

 私からの疑問でようやく話が通じていなかったことに気づいたのか、三人は顔を見合わせて二言三言話すと、これからの方針が決まったのか夜凪くんが一歩こっちに寄ってきた。

「皆方」

「は、はい」

 なんだか変に緊張しちゃって背筋がまっすぐになっちゃったけど、とうの夜凪くんは夜凪くんで少し真剣なまなざし。

 そのまま口にしたことは、おとぎ話のお姫様的立ち位置だと思っていた私にとっては予想外というか、まあ考えてみれば当然よね。というか。

「次がレギオンかナイギか。それは分からないが、皆方には『四方界』を覚えてもらう」

「それって、さっき言ってた超能力、みたいな?」

「ああ、つまりだな。簡単に言うと——」

 なんというか、うん。分かってました、ハイ。

ようは、『巫女』だなんていう変な境遇に生まれはしたものの、ごくごく普通に生まれて女子学生をしている私に対して、みんなはこう言っている。

 『命を狙う悪党がやってくる。守りはするが完全じゃないので、自分の身は自分で守るように』

 

「あー…、ははは……」

何一つ間違ってはいないし、当然の帰結なんだけど、正直な気持ちを言うのなら…。

(ふあんだなぁ……)

 そんな、初めてのことに挑戦せざるを得なくなった状況に対する。若干気の抜けた不安だけだった。



 □ □ □



 冷めた紅茶を一気に飲み干し、カップを雑に置きながら、彼はレギオンについての説明を話し終えた。

「まあ、雑に話すとそんなところでね。我々ナイギとしてもレギオンは面倒な相手というわけよヌイちゃん。分かってもらえたかな?」

「ええ、思ったよりもマトモな説明でしたので」

「そりゃあよかった。長所を伸ばすべくスピーチの練習でもしようかね」


 いくつか聞きたかったことを聞き終わった時、古びた時計の音が鳴り響いた。

「おっと、結構遅くまで話しちまったな。ヌイちゃん休ませる、って話なのにこれじゃダメダメだ。どうせ替えの服もないんだから泊ってきなよ。無駄に広いから空き部屋もあるしな」

「…それは、どうもありがとうございます」

「それに、人肌恋しかったならオレが一緒に——!」

「感謝はしておりますがそれとこれとは話が別です。では、これで失礼いたします」

 この人と一緒にいると戦場にいるよりも疲れてしまう。別にベッドで眠る必要も無し、とりあえず空いている部屋を見つけて静かに過ごしたい。

「おっとと、待ってよヌイちゃん。ちゃんと案内させっからさー。…おーい、誰か空き部屋連れてったげてくれー」

「はぁ、まったく………」

「そんな疲れた顔しないでよ。どうせしばらくは様子見さ。次はジンの野郎が向かうことになるのかもしれないけど、その時はその時で任せるしかねえ。今はちゃんと休むことも戦士として重要なことだと思うぜ」

「…それは…、分かっていますが……」

「訓練したいっていうならまた付き合うからさ。はい、今日はおしまい、お休みだ」

「……はい、ありがとうございます……」

「じゃあ一名様ごあんなーい!」

「ぬわっ?! いつの間に……」


 すぐそばまで近づいてきていた女中の一人に気づくことができずに素っ頓狂な声を上げてしまった。

(気配を消しているわけでもない相手に感づくことすらできないとは……)

 これはまさに疲労のピークという状態でしかない。ユーリ様の言う通り大人しくしているしかないだろう。

「それではすまない、案内を頼む」

「はいはーい、お任せっ」

 無駄に力の入ったポーズを決めた彼女は、率先して前に進んで行くとこっちこっちと手招きを行う。夜中だというのに随分な元気だと、半ば呆れつつも後に着いて行こうとした矢先。

「ああそうだヌイちゃん。レギオンとヌイちゃんたちの戦いについて、オレからも一つ聞きたいことあったんだった。到着したの途中からでさー」

「…なんでしょうか。寝床を提供していただく身とはいえ、ユーリ様を入れるつもりはありませんよ」

「違うって、そんな軟派な男じゃありませんー。そういうのはちゃんとオッケーくれた娘の所に行くんですー」

「………」

「…ごほん。で、聞きたいことなんだが——」

 その質問は、私からすれば大した事実でもなく、あの戦いで起きた出来事をいくつか聞かれただけ。あの場にいる人間ならば誰もが答えることができ、いなくとも『四方界』を扱える者であれば予測できる範疇でしかなかった。


「——以上です。…あの、ユーリ様。これらがどうかしたのですか?」

「んー、なるほどねえ。まあヌイちゃんが気にするほどのことでもねえさ。単純に細かいところがどうなってたのかを本人の口からちゃんと聞いとこうってそれだけさな。よし、オレも眠いし今日は寝よう。じゃあねヌイちゃん、また明日ー」

「そう、ですか。…ユーリ様もどうかおやすみください」

 一人納得し、何気ないことのように笑いながら彼は行ってしまった。

「本当にそれだけだったのか…?」

「ほぉら新人ちゃんっ! 夜更かしはお肌の天敵、早くベッドへゴー!」

「お、おいちょっと待て、引っ張るなっ。どうしてここの女はこうなんだっ」

 ふとした疑問は勢いに呑まれ、私は空き部屋という名の豪華な客室に通されたのだった。広い部屋、広いベッド、豪奢な家具達。

 誰もが憧れ、住み続けたいと思うであろう夢の部屋。


 だがしかし、一つ問題があるとするなるならば———。

「……眠れん」

 彼女にとってこの部屋は、ちょっとあんまりにも豪華すぎたことだろうか……。



 □ □ □



 ヌイちゃんと別れ、他の娘たちと談笑を楽しんだ後、漸く眠りに着こうかと部屋へ向かう途中。

「ふんふん、なるほどなるほど。やっぱ気になったんだよなぁ」

 ヌイちゃんから聞いた話と、今日とこれまでの記憶を照らし合わせながら、頭の中でピースをはめ込んでいく。

 とはいえ、今の状態ではピース自体が足りていないのだから完成はない。

 ならばどうするべきか。

 簡単だ、無いのなら探すか作ればいい。

「なら、善は急げだな。歓迎してくれると嬉しいんだが。そりゃ無理かな? ま、抵抗するなら手足砕けばすむ話だな」

 ナイギの血族、その最新は笑う。

 それは誰かの為ではない。ただ自身の望む知識を求め、未知を解き明かす自己満足の為でしかない。


 翌日、彼の言葉のとおり姿は消え。望むものを手に入れるための行動を開始した。


ラゥルトナー組の絆が深まる一方、その裏でユーリが動き出します。


自身を頼ってくれる相手には最後まで面倒を見るタイプなのですが、必要とあれば一人で行動している自由人のため、彼が普段どこにいるのかを把握しきっている者はいません。


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