17.家族会議①
「———」
『崩界』に戻った時、侵入する時とは別の場所に繋がった。
それは以前、自身の主たちがそろった暗闇に佇む空白の玉座が見える広い空間。
ここに繋がったということはつまり、彼らが待っているという事であり自身が処断される舞台へ強制的に連れてこられたという事。
「……お呼びでしょうか。報告の必要は——」
「構わん、成否は把握している」
暗闇から響くはレイガンの声。
彼の存在は初めから覚悟していたこともあって、以前のような見苦しい姿を晒しはしない。だがそれでもなお刃の切っ先たる圧力は心臓を刺し貫き、呼吸は不安定になっていく。
「では……、此処に呼び出されたということは処分のため、でしょうか」
それしかあるまい。
一度目の機会を無駄にし、見苦しく足搔き二度目の機会を手に入れた。だがその結果はどうだ。
天災でしかない魔人の乱入があったとはいえ、『巫女』を連れ去ることは叶わず、ナイギの使命ではなく、ヨナギ・アマナ個人との勝ち負け、再戦を優先したのだ。
ユーリ様から力を授かり、本来以上の実力を発揮していて尚、誰一人始末することも叶わなかった。
「分かって、おります……。この身は何一つとして使命を果たすこともできませんでしたので」
だからこそ、最後くらい見苦しいところを晒したくはない。
切り捨てられるというなら受け入れよう。いたぶられたのなら耐えきった上で死を受け入れる。
「どうか、お気の済むよう——」
「………」
膝をつき、頭を垂れる。
視界は狭く、見ることのできたのは地面に付いた手と足先のみ。
二度の機会を捨て去った。その報いは、受けなければならない。
(貴様は、ちゃんとした形で打ち破りたかったが……。致し方ない)
「あー、なんだもうやってたのかよ旦那。ヌイちゃん殺されるとオレが困るんだけど」
「………」
「ユーリ様…」
突如現れたユーリに対してもレイガンは沈黙を続ける。しかし、レイガンから向けられていた視線がユーリへ向けれると同時、殺意と誤認するばかりの圧力は若干弱まった。
「お前を呼んだ覚えはない」
「奇遇だな、オレも呼ばれた覚えはないんだ。で、やっぱりズバッと行っちゃうわけ?」
「その娘が勝手に口走っているだけだ。案山子を斬ることに毛ほどの興味も湧きはしない」
「あっそ、よかったなぁヌイちゃん。どうにも早とちりらしい、旦那なら口を開いた瞬間に首が飛んでるかと思ってたんだが———」
「無駄に口を開くな。その娘には聞きたいことがある」
「へぇ…、どんな?」
「口を開くなと言った、お前に聞くことなど何もない」
「あっそ、ならいいさ。黙って聞いてよう。どうぞー」
完全に蚊帳の外だと認識した途端、自分には関係ないとどこ吹く風。言葉通りに無言となってレイガン様の口が開くのを待っている。
「……私に、何を聞かれようと———」
「あの場にいた人物を全員答えろ」
「は…、一人目に以前敗北した男、ヨナギ・アマナ。二人目にその従者であるシエと呼ばれた槍使い。三人目は名前、能力共に不明ですが、槍使いに守護されていた女が一人。そして———」
「レギオンか」
「…ご存じ、だったのですか———!」
「よもや出てくるとは思っていなかったがな。『巫女』が憎くてたまらんらしい」
「奴は一体———」
「お前には関係の無い話だ。違うか」
「———っ、はい……。その、通りです……」
灰鎧の魔人、レギオンの存在を把握していたことに驚くが、ナイギにおける重鎮であるレイガンであれば納得もする。
しかし、その情報がこちらに降りてくることは無い。彼にとっては自身と主であるホロウ以外は全員が駒に過ぎないのだから。
彼はそれだけを聞くと背を向けて立ち去ろうとする。
「あ、あの…っ、レイガン様———」
「なんだ」
「お話は———」
「聞くべきことは聞いた。これ以上話を聞いたところで何も得るものはない」
「———っ……」
再度機会を与えてほしい、そう懇願したあの時と同じだ。
——私に…、いや誰に対しても興味などない人なのだ。ナイギとしての目的を達成するために役立つのであれば使い、そうでなければ歯牙にかけることもしない。
その男が唯一考慮した魔人、アレは一体何者なのか。疑問は募るが、今尋ねたところで答えてくれるものはいない。
「………」
おしゃべりなユーリ様でさえ言われた通りに黙っている。いいや、あの方の場合はこの状況を楽しんでいるだけ。話がどちらに転がろうがそれはそれでいいと考えているのだろう。
「話は以上だ、あとは勝手にすればいい。邪魔建てしなければ言うことも無い」
今度こそ立ち去ろうとするレイガンを、しかし新たな声が引き留める。
「父上、こちらでしたか」
「何の用だ」
「レギオンが現れたと聞きました。『巫女』が抹殺される前に出撃の許可をいただきたい。僕であれば支障無く目的を達成できる。そこに跪くばかりの戦闘狂とは違う」
「……ジン様、お言葉ですがラゥルトナーも一筋縄ではいかぬ相手。いくらジン様と言えども油断されては——」
「黙れ、お前に話をしているわけじゃあない。『門』を開く適性があったとはいえ、孤児出身であることに変わりはない。立場をわきまえろ」
「……っ、…申し訳、ありません……」
現れたのはレイガンの息子、『ジン・カダス・ナイギ』だった。
成人を迎えて数年、傲岸不遜な物言いはレイガン譲りか。
言葉は事実のみを口にする。彼は己の認めた相手に敬意を表するが、認める必要のないと判断した相手には相応の態度をとる人物だった。
特に、理由は分からないが彼の孤児に対しての嫌悪感は群を抜いていた。自身の血に、生まれに対しての誇りを持っているのだろう。
そしてその実力は本物であり、ユーリがいなければ次期当主の座を明け渡されていたとさえ言われる男。その彼が、自ら動こうとしている。
「父上、お許しを」
「……お前に許しがいるのか? …ふん、好きにすればいい。ホロウ様が動かぬ以上、私には関係の無いことだ」
「感謝します父上。信頼には成果を以って応えると誓います」
「ふん…」
ちらりと横目をやり、空の玉座へ向けた視線が何を示したのかは分からない。けれど、その表情からは親愛はなく、敬意さえ感じ取ることはできなかった。
そうして、今度こそ立ち去っていく。
その姿は闇に融け、目に映していることはできなかった。
「お、旦那が行ったってことはオレも黙ってる必要もなくなったわけだ。いやぁ黙って聞いてるってのも存外疲れるときた。それじゃあヌイちゃん、話も終わったしお茶でもどう? もちろん奢るぜ?」
「……ユーリ様、私の失態とはいえ何一つ戦果は得られておりません。そのようなことをしている暇は———」
「好きにしていればいい。お前が手を尽くしたところで何も為せん。あとは僕がやる、精々そこの無能と時間を無駄にしていればいい」
「あっはっは、言うねぇジン。ま、オレは可愛い女の子と遊んでいられたらそれでよし、あとは任せるさ。ホント、なんでお前が次期当主じゃないんだろうなぁ」
「ユーリ、口を開くたびに他者を苛つかせるその言葉は何とかならないのか。心から癪に障る、今すぐ斬り捨てたい気持ちを押し殺さなければならないほどにな」
「そりゃ悪い、けど本当にそう思ってるぜ? ま、ご当主様が決めたこったから変わろうにも変われないんだけどな、はっはっは」
「チッ…、お前が身内であったことが僕の最大の不幸だな。ナイギの未来、影を落とそうものならこの手で始末をつける。覚悟しておけ」
「へいへい、そりゃ真面目だね。けどまあ仕方ないだろう? 俺だって嫌だが、継承候補第一位がどっか行っちまったんだからさぁ。あとは繰り上げってもんよ」
「ふんっ、言い訳を考える時間は全て無駄だ。何一つ守るものの無いお前に期待はしていない。……指をくわえて見ているといいユーリ、すぐに追い越してやる———」
ぶつけられる殺気をそよ風のように受け流し、軽薄な笑みは揺らぐことすらない。ジンもそのことは分かっているのか、身を翻すと立ち去って行った。
「おーおー、言いたいこと言って行っちまった。ねじくれてんなぁ、相変わらず」
「………」
「さて、予想通り下らねぇ家族会議も終わったことだしお茶といこう。ヌイちゃんは甘いの好き? ウチの侍女が焼いてくれた焼き菓子がある。飲みたい茶があるなら、言ってくれれば淹れるのが上手い子たちが———」
「ユーリ様…、私にもう一度———」
「能力の底上げならしばらくはナシだ。立ち上がるのもやっとなその身体じゃあ、もっかい埋め込んだ途端に死んじまう。ジンが出るっているなら巻き込まれて殺されるぜぇ? アイツ自分よりも身分が下の連中に容赦ないからな。それに今日は天気悪いからさぁ、ロマンがないぜ、ロマンが」
「……それでは、私は何も貢献することができない。戦士として…、何一つ……っ」
悔しい、何も為せず、最後には逃げ帰ることしかできない己の弱さが憎いほどに。その上、使命すらこの手から零れ落ちたのだ。進むべき道を薄くも照らしていた明かりが消えようとしている。
そして、何よりも———
「私は、ヨナギ・アマナに勝利したいのです。正面からあの力を打ち破ったうえで『巫女』を手中に収めたい」
決着をつけることのできなかった小僧、ヨナギ。奴を打倒し、この手に勝利を収めたい。使命を持つ身である以上は無駄でしかない個人の感情、だが使命が零れ落ちたからこそ我を通すことが可能ともなった。
ゆえに、私にとっての最優先事項はあの小僧、ヨナギをこの手で打ち負かし、完膚なきまでに勝利する事。
「そのためならば、死を目前にすることなど恐れはしない!」
心の奥底からの喝破、願いとも言える超えるべき敵。打ち破る壁に挑むことができるのならば、その先を秤に乗せて立ち上がって見せる!
「はいダメ、失格、残念です」
「な———っ」
なのに、私の決意を籠めた言葉はあまりにもあっさりと払いのけられる。そして払いのけた男はあっけらかんと笑っている。
「そりゃダメだぜヌイちゃん、だって死を目前、とかのレベルじゃなくてさ、今のボロッボロな体にオレの『界燐』流し込んだら間違いなく死んじゃうし。いやぁ、そりゃあ困るね」
「く……っ」
「だからさぁ、とりあえず休もうぜー? オレも久しぶりに歩き回ったせいかやけに疲れちまったよ。それに、絶対無理とは言ってないだろ? その怪我治したら考えてやってもいいぜ。アイツにゃ悪いがレギオンが出てきた以上は、旦那か御当主様くらいしか相手できないだろうしなー」
「ユーリ様は、あの化け物が何なのか知っておられるのですか」
「ああ、実物は見損なったけどな。……聞きたい?」
そう言ったときのユーリ様の顔は悪戯を思いついた少年のような、無邪気だが悪気の塊を内包したモノだった。
そして私は、その悪戯の先に通じる道が混沌たる深淵に向かうものであったとしても、進むと決めたのだ。
「ぜひ、そのお話をお聞きしたいです。出来る限り、詳しく」
「よぉっし、話は決まったな。茶葉自体はそれほどだが淹れてくれる子の腕がいい、きっと楽しんでもらえるぜ」
これで茶を飲むことにはなったが、悪い気はしない。まぁ出来れば、静かに一人で傷を癒したいという気持ちも無いわけではないが。
「………」
機嫌よく先を進むユーリ様の後をついて行くと、そこは大きな屋敷だった。しかし目を引くのはそれではない。次期当主である彼が豪華な邸宅に住んでいること自体なにもおかしくはないのだから。
だからこそ、目を引いた情景は私にとって素直に受け取ることのできないものであった。
「帰ったぜ俺の子猫ちゃん達ィ!」
「ユーリ、おかえりなさい。食事? 御風呂?」
「あ、ユーリぃ。帰ってきたんだったら遊んでよー、退屈でさー」
「えっ! あのバカ帰ってきたの!? お土産なかったら許さないからね!」
「ハッハッハ! そんなにもじゃれつかれちゃあオレも身体が足りないぜ! せめて3人ずつ来な、風呂とベッドを同時には無理だけどな! ハッハハハ!!」
「………」
なんだ、なんなんだこれは。
ユーリ様が屋敷に女を囲っているという話は知っていた。というか今なお増やしているとも。だが、その様相は想像していたモノとは異なっている。
なんというか、もっと静謐だと思っていた。普段から軽々しい態度であるが、自身の集めた女の前では流石に威厳の欠片でも見せると思っていた。
……思っていた、のだが。
彼が帰宅した途端、玄関付近にいた十を超える女たちがわらわらと集まってくる。性格も容姿のタイプも十人十色の彼女たちがユーリ様を見つけた途端に目の色を変えて近づいてきたのだ。
その中心にいるユーリ様は手を広げて両手に花を体現しながら笑う彼の姿は、何というか……こう……。
「…汚らわしい」
「お、ひでえ」
「いっわれてるぅー」
「図星だもんねー?」
「ってか新しい子? よろしくねー」
「違う! 茶の誘いを受けただけだ!」
「よーし、皆よく聞く様に、この子はヌイちゃん。新たな家族に、…なったりする?」
「なりません」
「よしっ、そういう事らしい! なかよくするよーに!」
「「「はーい」」」
「……やはり私はここで帰らせて——」
「はいはい、面食らったのは分かったからとりあえず御風呂ね。ケガしてるし誰か手伝ってやってくれ」
「あ、じゃあアタシも行くつもりだったからチョウドいいね」
「なっ、待て。私はユーリ様と話が——、ちょ、脱がすな!?」
「いいじゃないいいじゃない、どうせ女しかいないんだから」
「はーい、一名様ごあんなーい」
「ま…っ、ちょっ、話をきけぇええ!」
疲れて力の入らない体を数の力で押し切られる。あれよあれよという間に脱がされ、風呂に投げ込まれ、隅々まで洗われた。……何という恥、屈辱…。
けどしかし、あんなに大きな浴場と言うものは初めてだったから、少しは楽しめた。
……少しだけだがなっ!
「お、ずいぶん綺麗にしてもらえたじゃないか。いいねぇ、一輪の華ってか?」
「全員にそのような言葉を? …しかし、私の服は何処です。この服は違和感しか感じません」
全身を無茶苦茶に洗われ、入る前よりも疲れた気がする中、渡された服装はまさかのネグリジェ。肌の露出が多すぎて嫌な感じだ。百年着続けても慣れる気がしない。
しかも着せてきた奴らときたら『これでユーリ様もイチコロよ』などと戯けたことを言っていた。…一瞬だけだが殺意が湧いたぞ。
「洗濯中、なぁに再利用不可能なら新しいのを用立てるさ。洗濯を頼んだノウちゃんの顔が引きつってたし、焦げと血と穴だらけの服だったから修復も無理かなぁ」
「それは、どうも……………、か……感謝………します」
「そこまで嫌がらなくてもいいだろうに、ヌイちゃんも女の子なんだからさ。休みくらいおしゃれでもすべきだと思うんだが」
「そんな話は結構です。聞きたいことを聞けないのであれば帰らせていただきます」
「…その恰好で?」
「ぐ……っ、……この、恰好で!」
「くくくく…、はいはい悪かったよ。だから意地張るなって、茶が運ばれてきたら話すからさ」
「……はぁ……」
ユーリ様と話していると疲れる。
私は一人の戦士として扱ってもらいたいが、彼にとっての女は全員が愛でる対象らしい。節操がなさすぎる。
「まさか、私に力を貸していただけたのも女だから、などというつもりではないでしょうね」
知らず、言葉が鋭くなる。
私自身、特別に強くないということは自覚している。あの場で力を欲したこと自体が浅はかであり図々しい、恥知らずな行いであることも。
だが、それでも女だからという理由で施しを受けるなど望んではいない。それは戦士として生きる私にとって屈辱でしかない。だからこそ、此処で問わねばならない。
この男が、私にとって信用すべき存在かどうかを。
「んー? 別にないけど」
「———」
「だってヌイちゃんって『門』開くの得意だろ? あんなに上手く作れるのなんてナイギの分家筋ですらそうそういない。そりゃあ孤児だったのを引き取るわけだ。
ヌイちゃんは女だからとか元孤児だからとかいうけどさ、『門』を開く能力も一緒さ。生まれながらに与えられたモノ」
「…ですが、自身に不利益をもたらすモノによって憐れまれることは私にとって———っ」
「ははっ、それだって捉え方次第ってね。ご利益でたなら得をした、そう思えばいい。あとは、運が悪かったってな。もしくはこじつけで俺のせいにでもしてくれていいぜ? そういうのは慣れてる。あ、それと俺のことは呼び捨てでいい、苛つく相手に様付けなんて嫌だろ」
「……別に、苛つく相手というわけではありません…。ですが貴方は私にとっての雇い主だ、そのようなことはできません」
「ま、ヌイちゃんならそう言うか、お固いね。実に良いと思う」
「それは褒めているのですか?」
「トーゼン」
「……そうですか。馬鹿にされていると思っておきます」
「そりゃヒデェ、でもそういうのもヌイちゃんらしくていいね」
「……そうですか」
もはや納得するしかあるまい、付き合えばこちらが消耗するだけ、体力の無駄にしかならん。
そうして無理やり納得した時、鼻腔をくすぐる花の香りが漂ってきた。
「はい、お待ちどうさま。お口に合うといいのだけれど」
「あ、はい…。いただきます……」
「ユーリ、あまりからかっちゃだめよ?」
「分かってるよ、ほどほどにってな」
「それならいいの、それじゃあね。また何かあれば呼んでちょうだい」
「ああ、ありがとうマダム。ああそうだ、探し物だけどもうちょい時間くれ」
「あらあら、別にいいって言っているのに。でもありがとう。もしも見つかったら教えて頂戴」
「ああ」
そう言うとお茶を運んできた女性はゆっくりとした動きで去っていく。
「ん? どうしたのそんなに驚いた顔して」
「いえ、…ここには若い女しかいないものと思っていたので」
「ヌイちゃんにとってオレは色情魔だからな。ただそういうのばかりってわけじゃない、ってことさ。ほら、冷める前に飲みなよ。マダムの淹れる紅茶は美味い、葉っぱ自体は安物なのが不思議でしかたないくらいだ」
「……」
確かに、鼻腔をくすぐる香りは今まで感じ取ったことがないほどに柔らかで、芳醇だ。これが花の香りというものなのだろう。
「冷めないうちにどうぞ。でも、そんな風に驚いてくれるのは嬉しいわね」
「…っ、いただきます。マダム」
驚きながらに感動していた顔を見られたのが恥ずかしくて、熱い紅茶を口に運ぶ。
「ぁ——つぅ…」
「はははは、落ち着きなよヌイちゃん。冷めたならまた淹れてもらえばいいんだからさ」
「……問題ありません。それよりもレギオンについての話を聞くためについて来たのです。なにも言うべきことがないというのであれば———」
「はいはい、そうだったなぁ。それじゃあヌイちゃんも疲れてるだろうからササっとやろうかね。それじゃあマダム、紅茶ありがとう。何かあればまた呼ぶかもだが」
「ええ、いつでも呼んでちょうだい。老い先短い、婆の暇つぶしだもの。いつでも駆けつけてあげるわ」
そういい、彼女は立ち去っていく。
すると、その先を通りがかった少女は、彼女を見つけると駆け寄っていった。
「あーいたいた、おばあちゃん、編み物教えてー」
「ちょっと、ワタシが先に探してたのよ!」
「お願いした方が優先ですー、それに前からお願いしてたの」
「むー!」
「はいはい、二人とも。一緒にやればいいでしょう? 私の部屋でやりましょうか」
「「はーい」」
「あのような子供まで、……懐かれているのですね」
「ああ、彼女ほどの人格者を俺は他に知らん。色々と物知りだしな、助かるよ実際」
「そうですか…」
「ん? マダムに用があるなら呼ぶけど?」
「…いえ、問題ありません。本題に移っていただきたい」
「ああ、じゃあ。そうだな、まず話すとするならレギオンと呼ばれるアレの名前の由来ってところか———」
背もたれに身を預け、思い返すように話し始めるユーリ様。その顔は現状を楽しんでいるようであり、呆れているようでもあった。
□ □ □
そうしてまた、いつもと同じ夢を見る。
『なん、で……』
痛みはとうに過ぎ去って、感じるのは取り返しのつかない虚脱感。
『——————』
私を腕に抱く“誰か”の顔を見ることはできない。だって瞼が落ちてしまっていて、目の前は真っ暗だ。体が冷めきっているからかな、頬を伝う暖かな感覚だけはよくわかった。
『どうし、て———』
私が口にするのはそれだけ。
なんで、どうして、こんなことになったんだろう。これまでみたいに幸せで、これからも幸せだったなら嬉しいって、私にとって当たり前の日常が続いてくれていれば良かったのに。
なのにどうして、“私は死にそうになっている”んだろう。
『すまない———、護れなかった——』
知ってる、男の子の声だ。
いつも優しい彼は謝るばっかりで、私を抱く腕からも力が抜けていっている。
(痛いな——)
夢なのに痛いだなんてイヤになる。これが美味しい料理を食べているんだったら、この虚脱感も目覚めと共に笑い話になるのに。
『な———ん…で』
私は何度も問い続けている。その理由は分からない。だってこれは夢で、どうしてこうなったかまでは教えてくれていない。
今まで行ったことの無い場所や、会ったことの無い人のことは知っていても、なんでこうなったのかは分からない。
『———すまない』
『——————』
最後に聞くのはいつもその言葉。
贖罪と後悔、懺悔の詰まったその言葉に、私は言葉が出なくなる。ううん、そうじゃない。
もう、喋ることすらできなくなっているんだ。
夢の中でさえ眠りにつく。
それがせめて、幸福に包まれたものならどれほど良かっただろう。苦しみと悲しみの中で眠りにつくことがどれほど、どれほど心を縛り付けるのか。
私は知らない、だってこれは夢で、体験したことの無いことだから。
だから、これはきっと———きっと、ただの悪夢なんだと思う。
ほら、暗闇に光が差し込んでいく。
暗闇でしかない空が輝きだして、私の閉じた瞳が——。
ジンは堅物中の堅物である父、レイガンに似て人の話をあまり聞こうとしません。
またナイギの精鋭である自身に誇りを持っているため、目下の存在であるヌイに対しては必要以上に厳しい態度を取ります。
当初、ユーリはもう少しミステリアスに描写できれば、と思っていましたが、書いているうちにノリのいいキャラになっていきました。
他のキャラは堅物ばかりだったため、空気を中和させようとしているうちにこのような性格になりました。




