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四方総界縁起  作者: くろよ よのすけ
15/100

15.彼等②

 瞬間、全ての影が掻き消えた。

 ———否、決して否だ。

「これ、は……! これはなんだ……!?」

 そんなものでは断じてない。掻き消えた? ちがう、これは、圧倒的力の前に“消滅”されたのだと、理解した時にはソレは自身の直上、より高みの宙に居た。


「———ッ?! リア様、私の傍へ——!!」

 受け流すことの許されない違和感が世界を覆う。

 嫌悪、殺意、幸福、悲哀、希望、絶望、諦観——その他不明の混濁。

 数え切れぬほどの意思、肉体が無理やりに結合させられ、融解してしまったかのような、矛盾と不順の塊は無視することさえ許されない。

 目を離すことのできない黒き空。

色を失い、獣面の彼女が作り上げた『四方領域』以外何もない筈のその場所から目を逸らすことができない。

 だが、その理由は突如として“顕れた”。


 緩慢としながらも気味が悪いほどに機械的な精密駆動。地上を見下ろすだけの動作があまりにも淀みなく精緻にすぎた。

 そして、ソレは人型であるからこその不明瞭な言葉を放った。

「ここか 見ろ ほう 巫女は では 好調 理解 素晴らしい 醜いな 殺せ———

集束———、意識統合、完了。———到達したようだ。では、目的を達成しよう」

ただ在るだけであまりにも暴力的な混沌の具象、人であるかどうかすら判断不能な、空の外より降り立つ魔人。

 敵対せざるを得ない混沌たる力の塊が、空の向こう側より煌めく星の輝きを身に受けながら、黒き空を打ち破っていた。



 □ □ □



 ——灰鎧の魔人が降り立つよりも時間は遡る。


 一人の少年が、一人の少女を連れて階段を下り立っていた時だ。


「クソ、思ったより術式範囲が広い。降りるに降りられないか……」

「………はぁ、はぁ…」

「とはいえ、あそこにいるのはダメだ……。先手を打たれたらこれか、クソ…ッ」

 窓の外には点で編まれた黒いカーテンが揺らぎ、シエとリアの方へ切っ先を向けている。シエの術式範囲に含まれていることはなんとなく伝わってくる。

(なんとなく……か)

 その程度しか感じ取れぬ自分に嫌気が差すが仕方ない、割り切るしかない。それに、今で会えば奴もこちらへの意識は薄い、少しでも準備をしておくなら今しかない。


「皆方、少し休んでろ。よし、この辺りならギリギリ条件に使える……」

「なに……してるの……?」

「…武器を捜してる。俺の能力でも無いよりマシだ」

「……シエと、リアさんは……?」

「アイツらなら問題ない。お前は気にするな、今は自分の身のことだけ考えてろ」

「そんなの……無理だよ……」

 座りこみ、立てた膝に顔を押し付けている。

 声は震え、時折漏れる嗚咽は皆方が泣いていることを表していて、そうなってしまった事実を俺は受け止めねばならない。

 せめて、皆方の日常を侵食させないように、戦うことが出来たのなら——。


(いや、アイツに知られない内に事を進めるなんて、無理な話だ……)

 だが、そうはならない。なっていないし、なってこなかった。だから、今こうして窮地に立たされている。

「何が…起きてるの? 夜凪くんなら知ってるんでしょ? どうして、どうして教えてくれないの———っ?」

「皆方には関係の無い話だ。ただ俺たちに巻き込まれただけの————」

「ウソつかないでよ…っ、さっき、襲ってきた人……、夜凪くんと私が標的だって言ってたじゃないっ。なんで、私が狙われてるの? それに襲ってきた人もシエも、不思議な、魔法みたいなことして、リアさんも夜凪くんも驚いてない。

……きっと理由も知ってるんでしょ? それが分かんないと、どうしていいのかも分からないよ……」

「…………」

「夜凪くんっ!」

 悲痛とも呼べる叫びが廊下に響き渡る。

外は変わらず闇が支配し、窓から入り込む明かりは無い。この世界から彼女を引き離すために戦ってきたのだ。その、端から見れば良く分からない人間であろう俺を、慕い、友だと言ってくれた少女が涙を流し、問いかけてきている。

「………ぁぁ」

 誰にも聞こえないくらいに小さな声が漏れた。これ以上は彼女へ対する裏切りに他ない。そんなことは分かっている。

そうだ、だからこそ。


「答えられない」

「———ぇ」

「お前には関係ない。いや、気にする必要はない。何も気にせず暮らしてろ、あとは俺たちが片を付けておく」

「そ、そんなの納得できないよ。出来るわけないっ! お願い、夜凪くん、ちゃんと答えてっ、そうじゃないと私———」

「お前の気持ちなんて、知ったことじゃない」

 嫌われてでも、真実からは遠ざけなければならない。それが、俺の、役目で———。

「——そん、なの……」

「………」

 見つめる先は、後ずさりする彼女の姿ではなく、窓の外。

 放たれる影杭は標的に到達する前にかき消され、撃ち落とされている。見る分には恐らく上下五階程度と言ったところか。


「ここに居る分には安全だ。…離れるなよ、お前一人じゃ抵抗する隙も無く殺される。いざとなれば俺が盾になるからその後はシエとリアを頼れ。俺のことは気にしないでいい」

「…、それって、夜凪くんがし、死んでも……っ、って、こと……?」

「そうだ」

 恐る恐る、目の前で起きている現実と脳内のすり合わせが正しいことを認識し初めている。これまで平和な世界で普通の日常を過ごしてきた彼女にとって、生死を分けた戦いなど理解できることじゃない。

 だが、それも戦いの渦中に巻き込まれ、他者の死を認識することで現実を認識せざるを得なくなっている。

「怖く、ないの……?」

「ああ」

「どうして……?」

「答えるつもりは無いぞ」

「でも……っ、シエやリアさんが危ない目に合ってるんだよっ!? 心配じゃないの!?」

「……っ、…アイツならあれくらいの敵を退けるくらいはそれほど苦じゃない。心配する必要自体がない」

「でも、…でもっ」

「俺たちが行ったところで、それこそ邪魔にしかならないんだよ…っ。何もできないで、ただ突っ立って、シエに護られてるだけの足手まといだっ! そんな奴がいた所で何になる——ッ!?」

「———、夜凪くん……」


 壁に手を打ち付け、反撃を始めようとするシエの予兆を感じ取る。守りに特化したシエの力を背に、俺が攻めることが出来たのならもう戦いは終わっている。

 けど、無理なんだよ。

 俺にその力はない、どうやったって守ってもらうしかできないし、戦場に立ったとしてもシエが考慮すべき点が増えるだけだ。今だって攻撃が全てシエとリアに向いているだけ防御もしやすくなっている。

 けれど、俺たちがあの場に居れば攻撃は分散し、一手の誤りが惨劇を引き起こす可能性だってある。

「どうやったって戦うことのできないやつはいる。そういう奴は戦場に出るべきじゃない。いるだけで味方に損失だけを送り付ける屑だ。それなら尻尾を撒いて逃げ帰った方が幾分役立つだろうよ…っ」

「もう、それ以上は———」

「お前も、俺も、此処でじっとしてるのが一番役に立つんだ。そうしてればどうとでもなる。あとはアイツらに任せて———」

「もういいっ! いいから……、分かったから……。だからもう、拳を下して? 血が、出てるよ……」

「………」


 壁に打ち付けていた拳。そっと添えられた皆方の手に止められたそれは、自分でも気が付かない内に血が滲んでいた。

「きっと、何を聞いても応えてくれないんだよね……」

「……ああ」

「きっと、辛いんだよね。シエに任せるしかないから」

「………ああ」

「きっと、夜凪くんに戦える力があれば、一番最初に向かってくれるんだよね……」

「…………ああ」

 なんでだろうな、コイツの前じゃ、決心すらも満足にできていない。どうやったって本音を隠し切れないから、皆方の優しさに救われて、救われようとしてしまう。

 ……その理由は、分かっている。分かっているけれど、認めるわけにはいか無くて。


 先ほどとは逆に、うつむく俺に対して皆方が話しかけてきた。

 その声色は全てを包み込むように優しくて、気を抜いていれば心が甘えてしまいそうなくらい暖かかく、寂しげだった。

「…じゃあ、仕方ないから……、今だけは、我慢してあげる……。だから、あとでちゃんと、教えてほしいの……」

「それは——」

「お願い……」

「………」

 ここで断ったとしても、きっと皆方は遅かれ早かれ真実を知る時が来る。

 それならば、ここで伝えた方が良いのかもしれない。

(だけど、それは——)


「夜凪くんっ!」

「……それ、は——」

 皆方の懇願に、どうすべきかを答えられずにいる。何においても優柔不断、決意が足りない。そんなことは分かっている。分かっていたから、これまで気づかれることがないように戦ってきていた。

 けれど、これほどの規模の侵略をナイギが可能としたというのならば、もはや隠し立て自体が——。


「……っ———、ぁ、ああっ——っ!」

「——ッ、皆方、どうした!?」

 急に頭を押さえて座り込む皆方は満足な返事もできず、痛む頭を押さえている。

「……ハ、ぁ…イッ、っつぅぅ……。なに、か……なにか、が———」

「落ち着け、今水を持ってくる」

「ま、って……」

 弱弱しい手で袖を掴まれる。皆方は額から大粒の汗を浮かべ、息も荒い。何かが起こっているのは間違いない。だが、一体何が———。

「なにか、が……、来て———、る…の……」

「何か、何かって何のことを言ってるんだ」

「そ、ら……から。何かが、クル————」


 皆方の言う空、それは二人の戦いではないのか?

「空……?」

 感じる反応はシエと獣面の戦いの振動だけ、そしてシエが決着をつける為力を発動せ用としていたことのみ。そのまま決着がつくだろうということは感じ取れていた。そして、そのまま戦いが終わるだろうと。

「な……にッ?!」

 だが、だが、これは違う。

「——これ、は…なんだッ!?」


 全身が硬直する。

 何層にもわたってビルのフロアを隔ててなおハッキリと居場所が分かるほどの禍々しく、気色悪いほどに清らかなその気配。

 皆方の感じ取った規格外。何もないところから顕れ、シエの張った結界の更に上空であるというのに否が応にも心をかき乱す混沌。

 それが、この瞬間に世界へ降り立ったのだと。強制的に理解させられた。



 □ □ □




 ただ空に在るだけで、心が握りつぶされそうになる感覚。目を離そうにも離すことはできず、出来ることは防御態勢を継続する事。

「———ふ、ゥ……」

 しかしその手は微かに震えることを止めはしない。肉体は万全、能力も問題なく機能し、術式範囲内に立った瞬間に刃を振るうことのためらいもない。

 だが、刃を振るった結果、打倒することができるかどうかは別の問題な。

 ……その存在を視界に入れるだけで震えが止まらなくなるような、規格外の相手であればなおさらに。


「ここか 見ろ ほう 巫女は では 好調 理解 素晴らしい 醜いな 殺せ———

集束———、意識統合、完了。———到達したようだ。では、目的を達成しよう」

 こちらの存在など歯牙にもかけず、空中を流れるように降り立とうとする“ソレ”。

 上空から降りてくる以上、当然襲撃者の傍を通る形になる。

「———、————」 

 だが、何も行動を起こすことはできない。怒りを以って放とうとしていた、影を超え闇を纏った杭は静止したままであり、“ソレ”が降り立つ様を眼で追い続けるしかない。

 下手に動けば死ぬのだと、声を上げた瞬間に、個としての存在を認識された瞬間にはもう跡形も無くなっているのだと。疑いようも無く心の底から認識できてしまう。

 あまりにも隔絶した実力。いや、実力と表現することすら誤りだと理解するほどに、“ソレ”は存在としての次元が違っていた。

 だから、私の術式内に入ってからも反撃することはできず、傍を通り抜けようと歩く背へと刃を突き立てることもできない。


 その姿、一言で表すのならば灼けついた灰の鎧。煉獄の業火に身を浴びせ続けたのか、人の知識と技術では決して再現することのできない発色。

 装飾なのか、鎧には多数の瞳が描かれており、その一つ一つからでさえ圧倒的威圧感をもってこちらを押さえつけていた。

 身の丈は2メートルを優に超えており、恐らく3メートルにも到達しているだろう。だというのに足音も、鎧が擦れる音も、呼吸の音も、生物であれば抑えること自体不可能である音でさえ、何一つとして耳に届くことは無い。

 これでは人の形をした精密な機械のようにしか思えない。

 言葉を発し、人のように歩いているというのに、目の前で認識たからこそ生物であることを疑ってしまう。


(この……ままでは——)

 新たな怪物の明確な目的は分からないが、アヤネを狙っていることは理解できる。そして、自身の主が一人、ヨナギが危険であることもまた間違いない。

(いけま、せん……、とめ、ないと…いけない、のに———っ)

 指の一本でさえ抵抗できず、振り返ることすら出来ない自分を殺してしまいたくなる。振り返った先で死ぬというのならば、この場で心臓を潰してしまうことで死の恐怖を克服すればよいのではないのか。

「———っ」

 気の狂った考えばかりが先行する。

 ダメだ、このままではどちらに向かっても破滅しかない。


 けれど、けれどどうすればよいのか……っ。このまま立ちすくんでさえいれば私の命は助かる。だとしても、それではダメなのです。

『……わたし、つよくなります。ぜったいに、つよくなります……っ』

『……そうか、もう会うことも無いだろうが……。精々精進するんだな…』

 独りよがりの約束も、達成するために努力し続けた。

 あの方の力になりたくて、いつか傍に居たかったから力を付けたというのに。何も役に立てず破滅へ向かう道を見過ごすなどと、何と愚かなのか。

 私の忠義は、その程度のものだったのか。


 だから、槍を握り直さなければならない。

 勝てないとしても、何も為せずに殺されるのだとしても。

『——もっと自分を大事にしてくれ。頼むよ』

 たとえ…、自分を信じると言ってくれた彼の言葉を裏切ることになったのだとしても、ここで命を懸けない理由などない———。

 『破界』、『封界』、『創界』、四方の内に秘めた三法。その最奥にこそ見出す輝きの法。

『四方界』の第四法を以って、立ち向かわねばならない。


「すぅ……ふ——っ!!」

 必要な犠牲があるのならば、それは今だ———。


「はい、タイム」

「———え?」

 振り返りざまに攻撃を放とうとした瞬間、肩に手を置かれ、初動をくじかれた結果、ほんの少しだけ気が緩まった。

それも、その声を上げた人こそ。


「やあ、久しぶりだね。私の事覚えてくれているかな?」

「———ぁ、…っ」

 私の守るべき、もう一人の大切な主だったのだから。

「———」

 音も無く振り返る鎧の魔人、全身隈なく未知の金属で覆われた姿からは表情すら読めず、何を考えているのかすらも読み取ることはできない。

 しかし、今代のラゥルトナー当主、リア・ナカツ・ラゥルトナー。彼女を確認したその時、魔人は真なる意味で世界に降り立った。

「ほう、確かに……懐かしい顔だ。よもやここにいたとはな」


 近くで聞いてようやく判別がついたが、多重に混じり合った中でも、魔人の放つ声は主に理知的な男性の声だった。若く、聡明で、嫌悪感の欠片すら感じない綺麗な声。

 だというのに、魔人が他者を認識した瞬間、感じていた圧力が跳ね上がり膝をつく。

「———ぐ…っ!」

 固めた決意は容易く崩れ去って膝をつく、意識を集中していなければ前を向いていることさえ難しい。

「が、……っつああ、なんだ、これは……っ」

 背後から聞こえる声からして、離れた位置にいた襲撃者でさえもこの空気に呑み込まれているのは間違いない。しかしまだ耐えてはいるらしく、地上へ向かって無残に落下するといった事態は避けているようだった。


「ずいぶんと、成長したらしい。相も変わらず見とれてしまう。…それに美しい瞳だ、半分なのが惜しい」

「おや、見破られてしまった。それに、美しいのはこの瞳だけ? “キミ達”ならばもっと褒めてくれると思っていたのだけれど」

「それは大変失礼を、我等もそうしたいのは山々なのだが。『その女を殺せっ! 生かしておけば我等にとって———』っ……。ぁ、あ……。あ、ああ、申し訳ない。我等の中の者の中にも貴女を嫌っている存在もいるものでして。勝手ながらの配慮を」

「ふぅむ、そういう事なら仕方ないね。うん、今回は諦めよう。しかし、ワタシの美しさを前に怨嗟の言葉を吐くようなものは切り離していいのではないかな?」

「冗談が上手だ。我等は我等であるからこその個であり、ゆえに意識の多様性と言うものを自ら切り捨てるようなことはしない。それを止めてしまえば我等とて貴女と同様の“悪”となる」

「物は言いよう、と抗議したいところだね。正義と悪がどちらかを決めるのは後の世の者達さ。少なくとも、キミ達ではない」

「ええ、確かにそうだ。そして残念だ、ここで美しい貴女を殺さねばならないだなんて。——悪を滅ぼす為の我等が力、此処で振るうことにためらいはない。その美しさを地に堕とし、滅するがいい」


「———っ!」

 あの二人の関係性を気にしている余裕はない。それが例えかつての友であっても、不倶戴天の敵同士であったとしても関係ない。

(このままではリア様が———っ!)

 この場に居た異能を操る者達の中で唯一、圧力に屈することなく普段と変わらぬ態度で会話を続ける主に対して尊敬の念を禁じ得ない。

 しかし、ダメですリア様。ここで貴女が戦ってはいけない。それだけは許されてはならない。

 魔人の腕が持ち上げられて手刀の形をとる。

 ただそれだけの物理的な動きのみで、大気が荒れ、触れた指先は空間を砕く。白と黒の光を放ちながら、世界へ極小の歪みを生み出し続ける。

 触れたもの全てを消滅させる不浄を体現するための灰掌。その手はゆっくりと彼女の頭蓋を切り飛ばすための準備を整えていく。


(うご、け……動いて……、おねがい、です…から——)

 主を救わねばならないのに立ち上がることすらできない体たらく。自分の力しか頼ることのできないこの状況で何に祈っているのかすら分からない。

 ダメ、ダメなのです。そうでもしないと、……それでも動いてくれないのです。

 誰か、誰でもいい……。私の命と引き換えでも構わない。

命を救ってくれた恩人を、笑顔でいることを許してくれたあの人を、“彼”と同様に大切な“彼女”を———

(誰か——、助けて———)

 純粋な想いは何処へ向かったのか、それは誰にもわかりはしない。だが、強き想いは何処かの誰かには届く。命を救いたいという、美しき願いは簡単に失われはしない。

———しかしそれが、祈りを紡いだ人間の願い通りとなるのかは、別の問題だ。


「———シィッ!」

 風の音しか聞こえない世界で、耳に届いた唯一の声。

それは最も望んでいた人の声で———


「なるほど、懐刀。と言えばよろしいのかな」

 投げつけられた数本のナイフを見ることも無く空いた手で弾き飛ばす魔人。振り上げていた右手の異能を解くと振り返る。そして、その先に居たのは———。

「ソイツになにしてやがる……ッ、この気色悪ィ鎧野郎が……ッ!!」

「ヨナギ、様……」

 風の音を切り裂きながら耳へ伝わる”彼”の声。

 それは最も望んでいて、……最も来てほしくなかった人の声だった。 



 □ □ □



「皆方、大丈夫か……っ、今すぐここを離れるぞ。掴まれ——ッ」

 視認はできないが、空からナニカが降りてきた。そのナニカの気配からは混沌としか形容できない、人の持つ全ての感情を煮詰めたモノをおっかぶせられたような気色悪さが伝わってくる。

 そしてそれは皆方にも同様。争いごとに耐性の無い彼女をこのままここへ置いておくわけにはいかない。一刻も早くこの場を去らないと危険すぎる。何が起きるのか予想ができない。だっていうのに——。

 

「ま、って……、ダメ、だよ…夜凪、くん……っ」

「何がダメだって言うんだ、いいから行くぞっ、これ以上は言い争ってるわけにもいけない———、…皆方っ!」

 無理やり立たせようとしても決して動こうともせず、汗で髪を張り付けた見るからに辛そうな表情からは想像もできないほどの力で抵抗してくる。

「ダ、メ……。わたしは、いいの。———、おねがいだから、二人を……シエと、リアさんを…助けに、いって———」

「———っ、さっきも、言った……。俺が行っても、どうしようも、ないんだよ…っ。だからせめてお前だけは護り切らないと———」

 そこまで言った時、皆方を掴んだ手から伝わる感覚。それは彼女が自分の力で立ち上がったことが分かって、そのことを確認しようとしたとき、頬へ鈍く小さな痛みが奔った。

「———、バカ…。何を、怖がってるのよ……」

「……皆方」

 状態は一切良くなっていない、荒く息を吐きながら青ざめた顔色の皆方は立ち上がるのも辛い筈なのに、その状態で俺へとビンタをかましていた。

 決して痛いわけじゃあない。やせ我慢でさえない程度で耐えきれるほどに弱弱しい力だ。だというのに触れた掌からは形容できない熱が伝わってきた。

「———っ、は……はあ…。ダメ…じゃない、夜凪くんは、男の子…なんだから、みんなを……まもら、ないと。……私にばっかり、構ってちゃだめ…。それに、行きたいんでしょ? ——二人を、助けに」

「———、お前……」

 今にも倒れ込みたいだろう。この場を支配する混沌の恐怖から逃げ出したいと思っているに決まっているのに。


 ———笑っている。

 優柔不断な態度の俺を送り出そうと精一杯の虚勢を張っている。まっすぐ立つこともできていないのに、俺が掴んでいる手を離せばその瞬間立っていられないくらいに弱っているのに。

「ほら……、行ってよ、お願い……。この前の…ジュースの時の借りに、しておいてあげる、からさ———、あ…っ」

「———」

 立っていられなくなった皆方を受け止め、ゆっくりと床へと腰を落ち着かせる。それでも俺への眼差しが揺らぐことは無く、この瞬間も送り出そうとしている。


 ああ確かに、これ以上は情けなさすぎる。

「感謝する」

「あはは……っ。どう、いたしまし、て……っ」

「これを持ってろ、お守りにはなる」

 持っていたナイフのうち一本を渡し、上り階段へ足を進める。

「もぅ……、物騒ね。でも、ありがと…」

「皆方」

「……ぅん?」

「借りは返す」

「…うん」

 熱に浮かされながらも安心しきったような彼女の声を背に駆け出す。

(お前には、助けられてばかりだ———)

 どれほど借りを積み重ねればいいのだろう。返しきれるかどうかも分からない、暗い森の中へ投げ入れ続けているソレをまた一つ。

 だが、今回は必ず果たしきって見せる。

決して、今度こそお前の世界を壊させたりはしないッ!


そうして、元いた場所へ通ずるドアを蹴破った時、見えたのは混沌の元凶、灰鎧の魔人。そして———

「———シィッ!!」

 リアへ振り下ろされんとする灰掌を認識した瞬間、体は動いていた。

 持ちうるナイフを投げつけるが全て弾かれる。だが、奴の動きを止めることは出来た。そして、奴が振り向きこちらを認識した瞬間、これまで以上に感情というものが物理的な圧力を持って襲い掛かる。


「く——ぅ……ッ」

「ほう、彼女の従者……、いえ、契約者と言ったところでしょうか。貴方の“瞳”も面白いことになっているようだ。なるほど、契約を結ぶことで半分を貴方にお渡ししているのですね」

 鎧に刻まれた多数の瞳が俺へと向けられまじまじと観察されている。本当に気色の悪い。

「知ったふうな事言ってんじゃねえ、テメェが何で、何処から来たとかはどうでもいい。とっとと消えろ、さもねえと———」

「さもないと?」

「ここで倒す———」

「ラゥルトナー、貴女の契約者は随分と面白いことを言う。彼我の差、というものを認識できないらしい」


 俺と奴の力の差、そんなことは分かっている。今の俺ではどれほど防御に徹しようとも指先一本で肉体が四散する。奴からすれば虫以下の存在に他ならない。

 だが———、やらねばならない。一体奴が何者なのかは分からない。リアに対しての言葉からしてアイツなら何か知っているんだろうが、それは後でいい。

 決意は定めた。

 あとは行動に移すのみ。

 背中を押してくれた皆方の為にも、此処で倒れるわけにはいかない。

「———行くぞ…、四方展開——、破創混成領域ッ『破刃』!」

 『破界』と『創界』の合わせ技である『四方界』の応用形。

 言葉と共に、投げつけ弾かれたナイフが輝きを放つ。そしてその中にいた魔人へ対して光で編まれた様々な刀剣が串刺しにしようと現れた。

 それは残光を残すことなく魔人へと突き進み、全方位から逃げ道を与えず決着を最速でつけようとする。


「弱い」

(それくらい分かってる———!)

 今の一撃は今のおれにできる中でもかなりの力を籠めたつもりだったが、腕の一振りで打ち砕かれた。

 軽くいなされた攻撃はしかし、それくらい分かっていたことだ。アレはそういう次元には居ない。

 事実、別次元の生命体と言っても過言ではない以上、同じ土俵に立とうと言うものが間違いと言うもの。アレは一種の天災と考えた方が正しい。

「だが……っ」

「いいアシストだヨナ、おかげで助かった。ソイツは時間を稼いで、それだけでいい」

 リアは奴の間合いから外れることができた。追いつこうと思えばすぐだろうが手の届く範囲にいるよりマシだ。あとはシエに任せておくこともできる。

 あとは——。


「オイッ、なに突っ立ってる。手伝え仮面女! お前にとっても邪魔ものだろ!」

 今なお空に立ち尽くす獣面の女へ向かって声を張り上げる。この際敵だとかどうとか言ってられない。

「例え、彼女が手を貸そうとも。いいえ、ここに居る者全てが力を合わせようとも、決して我等には届かない」

「グ———、つぅぅ……ッ」

 指を弾いたかと思うと、地面に転がったナイフがはじけ飛ぶ。淡々と繰り返されるたびに俺が能力を使用する負担が急激に高まっていく。

「分かりやすい『領域条件』だ。その単純さがゆえに扱いやすく強力でもあるが、我等の前では弱点を晒す行為に他ならない」


「言って、くれる——、……ッ」

 だが、奴の言う通り俺の『四方界』の『領域条件』は簡単だ。

 『自分の触れた武器の間合い、その領域内』

 つまりは相手を囲うように武器を設置する事。そして、その範囲内においては光で編まれた武器を出現させることができる。

 能力で作り上げた武器はあくまで『領域条件』を達成した上でのものだ。一度発動すれば永遠に武器を創り上げられるわけじゃあない。

 ゆえに、今回であれば初めに投げつけた数本のナイフが条件達成のための鍵であり楔。破壊されれば『領域条件』の達成は不可能となるし、それを無理して維持しようとしているから肉体にかかる負担も激増する。

「———づ、ヅゥゥウゥ!!」

 精一杯の強がりで能力は維持しているがそれもすぐに限界が来ることは目に見えていた。

 能力自体の出力が弱い。そして、もう一つ大きな理由として。

 

 俺は、『四方界』を扱ううえでのエネルギー、『界燐』の最大量が圧倒的に少ない。

 いわば小型バイクのガソリンタンクで大型の自動車を動かそうとする暴挙だ。エンジンかけて少し走ればそれで終了。そうなれば、もう何も出来ずに殺されるのを待つほかない。

「ハ——ッ、……ぐ…ォ——」 

 あまりにも単純な理由過ぎて笑ってしまう。

『崩界』から来たわけでもないのに、いくらなんでも弱くなりすぎてるだろ。しかも『界燐』の容量については元々なのだから笑うしかない。

 そう愚痴りたくなるほどに弱い。護ると言っておきながら何て情けない。これではどうあがいても有言不実行にしか行きつかない。

 だが、リアの言葉は『時間を稼げ』だ。

(つまり……、あのバケモンでも世界の縛りからは抜け出しきってない———)

 

 世界を移動したとき、異物が規律を乱さないため強制的に課せられる縛り。それは外なる世界より来訪する破滅的異能を持つ者でさえ例外ではない。

 そう、そればかりは奴であっても例外ではないはずなのだ。

 あの女は何らかの抜け道を使ったらしいが、そのこと自体が理解できる以上恐ろしさは無い。

 だが、リアの言葉を信じるのなら。

(アイツは、あの力を持ったまま世界を渡る代わりに時間制限がある…ッ)

 そうとしか考えられない、もしくはある程度の力を用いることで限界が訪れるか。


「これで最後」

「——ガッ?!」

 最後のナイフが粉砕され、完全に『四方界』が破られる。しかも、あえてその場から動かずに攻撃を受け続けて無傷であることを見せつけながら、だ。

「性格悪いな、…オマエ……ッ」

「ラゥルトナーほどでないと言わせていただきたい。しかし、他に手がないのであればこれで終了。巫女の命を奪い、ラゥルトナーも殺しきろう」

「ハ…ッ、させる、かよ———ッ」

 立ち上がると、音も無く近づいてきた魔人を下から睨みつける。

「もう、何もできないことは貴方も理解しているはずだ。我等は無用な争いをしたいわけではない。先ほども言ったように我等の標的は“巫女”とあのラゥルトナー。例え契約者であろうとも貴方と、そこの従者を殺す必要はない。道を開けるというのなら、見逃したいとさえ思っているほどに」

 あくまで紳士的な態度を崩すことなく会話による解決を図ろうとさえしてくる魔人。

 だが、そんなことを認めるわけがないだろう。


「バカか…っ、テメエは——。アイツらを殺そうっていう時点で何にも代えられない害敵だろう。何があっても、アイツらを傷つけさせやしない…!」

「そうですか、残念です。では、まずは貴方からといきましょう」

 なんの感慨も無く振り下ろされる腕は俺の頭蓋を砕き、肉体を真っ二つにするだろう。『四方界』を打ち破られ、『界燐』もすでに底が見えている今の状態では避けることも不可能。

 振り下ろされる腕を見つめることしかできない状態では恐怖さえ感じる暇さえない。

「——、く……」


「ふむ」

「ヨナギ様——っ!」

「ぐ……っ」

 横から突き飛ばされるように、シエの体当たりによって手刀から逃れる。

「シエっ、お前はアイツの所に———」

「ヨナギ様のお命が危険となれば看過出来ませんっ。例え、あの鎧が相手だとしても、ヨナギ様の願いから外れた行動だとしても———」

「…そうか、なら手伝ってくれシエ。アイツをここに留める」

「———、ハイ!」

「そうですか、無関係の貴方達を手に掛けるのは心苦しいのですが———。立ちふさがるというのなら仕方ありません」

 何時でも殺せるという自負なのか、挑む者への礼儀なのか。奴は標的であるリアと皆方を無視して、俺たちへと向き直る。

「お前は下に行け。…皆方を、頼む」

「ああ、そうさせてもらおう。シエ、ヨナ、……死なないでね」

「ああ」

「それが我が主のお望みならば」

「そうか、うん…、それは嬉しいな」

 そう言うとリアは階段を下りていく。アイツが心配そうな顔をするなんて、珍しい姿が見れたんだ。これが終わったら普段からかわれてる分、仕返ししてやる。

 そんなたわいのない目標を軸に、絶望へ立ち向かう。

 例え敵の強さが手の届かぬ地平であろうとも、一人じゃない以上は心が折れることは無い。


「これでここに居るのは、俺たちだけだ」

「ええ、ですが行かせても良かったのですか? 我等に構っている内にナイギの人間が巫女をさらうと、考えていないわけではないでしょう」

「ああ、問題ない」

「それはなぜ?」

 仰々しく手を広げ、わざとらしく疑問を全身で表現している。

 素人から見たとしても隙だらけだが、奴からすれば自身を傷つけることはできないという絶対的事実からくるものだ。

 だからこそ、加減は必要ないぞ。


「なぜか、だと? 今の私はラゥルトナーよりも、貴様が気にくわないからだッ!!」

「——ほう」

 魔人の背後から、大量の影杭が津波のように奴を巻き込もうと接近していた。影杭は止まることなく魔人と接触するが、それら全てはかざされた片手によって防がれている。

 見えぬ障壁によって防がれ、周囲にばらまかれ続ける影杭は瞬く間に床を埋め尽くさんとしていた。

「まったく……っ、気味の悪い奴だ。死ね」

「貴女は巫女を追わなくて良いのかな。我等に構うよりは確実だと思うが」

「ふんっ、ナイギの戦士として、火事場泥棒のような情けない真似しろと? ふざけるなよ、貴様の力の正体が何であれ、今後の障害足りえる以上は対処しないわけにはいかん」

「相も変わらず、ナイギは無謀らしい。……仕方ない、二人も三人も変わりはしない。

 彼女にヨナと呼ばれていた少年よ。既に感づいているだろうが、我等はこの世界での行動時間に限界がある。そしてそれは残り十分、その時間を凌げば我等は退かざるを得なくなる」

「わざわざ言ってくれるとはな。だが、凌ぐだけのつもりは無い。折角だ、ここで死んでけ」

「無謀は、ラゥルトナーも変わらないか。……では、殺戮を始めよう」

 

 正面において増幅し続ける殺意の塊を受け止め耐える中、急遽結成された同盟はそれぞれの覚悟で魔人へと対峙する。

「おい仮面女」

「なんだ小僧」

「何やったのか知らないが、俺に負けた時よりも強くなってるんだ。ここで限界出しといて損はないだろ、それでそのまま尻尾巻いて帰れ」

「抜かせ小僧、アレの次は貴様だ」

「そのおつもりなのでしたら私が相手となりますが」

「ふんっ、その時は貴様ごとだラゥルトナーの犬め」

「来るぞ、残り十分持ちこたえるだとか関係ない。全力で殺しにかかるぞ」

「はッ!」

「指図するな、奴を倒すのは私だ」

 連携など望めないが仕方ない。今は魔人を何とかするために手を組んでいるだけ、本来の関係を考えればこの距離感が正しいのだから。


「そうだ、我等は名乗っていない。失礼なことをした。我等が名は『レギオン』、そう呼んでいただきたい。そして君たちも、死の覚悟はできたようだ。……では、——始めよう」

 そして、戦闘態勢となった魔人から放たれる圧力がビルを覆い、天を覆う宙そのものと言える力との戦いが始まった。


レギオンは、イメージとして本来登場する作品が違うキャラが四方界世界に紛れ込んだ形となります。本来、ステータス上限が100までの世界に、上限が1000の世界からやって来たようなものでしょうか。


一応、キャラごとのパワーバランスを考えて書いているつもりですが、レギオンは空気を読まず飛びぬけているので扱いづらく、また他の理由からも問題児となっています。

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