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四方総界縁起  作者: くろよ よのすけ
14/100

14.彼等①


「ヨナギ様!!」

「———ッ?!」

「来たね。待ち人、ではないけれど」

「リア、何を———」

 シエの声によって現実に引き戻される意識、瞬間訪れる日常と隔絶された違和感。窓の外、太陽の熱光が地上を白く焼いていたはずだというのに、夜にでもなったのかというほどに暗い。

 そして、この場における最大の違和感というのであればそれは———

「雲は無い……、か」

 太陽を遮る黒雲は存在しない。

太陽と空の間に高濃度の墨汁が氾がっていくかのように、色の無い湖面が生み出されている。

 つまりは異能、『四方界』。それも恐らくは『創界』を基礎とした術式。

 以前の襲撃の比ではない。圧倒的力を持つ存在がここにやってきたということは間違いなかった。


「皆方、窓から離れる。こっちだ」

「キャ——ッ、え……なに? どうしたの!」

「説明は後だ、…良いから来い、逃げるぞ。シエ、索敵を」

「は、上空に展開された『四方界』が結界の範囲から外れているため、状況は正確に把握することはできません。しかし現状、結界内への侵入は間違いなくありません」

「分かった、ビルごと崩されたら厄介だ。今はここを脱出する。シエ、護衛を頼む。行くぞリア、お前を前線に出すわけにはいかない。それに、改めて聞きたいことができた」

「お任せください、この槍に誓って皆様には決して傷つけさせはしません」

「うん、シエに従うよ」

「く……っ」


 リアはこの襲撃を読んでいた? 少なくとも予測はしていたらしい。そしてそのことは胸の内だ。ったく、秘密主義もここまでくれば厄介以外の何物でもない。

(よりにもよって皆方に知られてどうするつもりだ…)

 歯ぎしりをこらえつつ、皆方の腕を掴んではぐれないようにする。

「きゃっ、ちょ……夜凪くん———っ!」

「———」

 シエ曰く、空に氾がる黒は結界よりも上空であり、結界内にはまだ何の影響もない。様子見か、何かの準備をしているのか。

(考えてる暇はない、どうせ空を取られたんだったら関係も無い。まずは地上へ出て皆方を少しでも安全な場所へ———。俺に対処できる相手ならシエを護衛に付けておけば問題ない)


 敵の力量がどの程度か分からないが、弱体化を受けてなお広範囲の『四方界』を発動できるということは何らかのタネがあるはず。

 もしくはアレはただの目くらましであり、何らかの攻撃の準備段階。

影に潜って暗殺程度なら、その能力にさえ特化していれば弱体化していようとも発動可能。街全てが影の元に落ちているのだから条件は整っている。

 単純でありながら高効率、ただし能力に特化すれば反撃への対処は難しくなる。攻撃に集中すれば防御が甘くなるのは当然の理だ。

そしてそれはシエがいる限り問題はない。

(だが、単純に世界の縛りを逸脱したというのなら———?)

 『崩界』の人間、特にナイギ家の血筋は、他の世界へ侵入することのできる特性を帯びているが、その際に能力が弱体化するという欠点を持つ。

 それこそ、互いに能力のみで戦おうものなら、熟練の戦士が昨日今日『四方界』を扱えるようになった新人に力負けするほど。

 だというのに、街一つを覆うほどの黒。

 この場においてあれほどの力を扱うことを可能とするにはどのような手を使えば———


 考えている間も足を止めている時間はない。しかしこれからどうすればいいのか。

エレベーターを使えば閉じ込められる可能性もある。ここは時間が掛かっても階段で降りるべきか? それともシエだけが先に降りるか。

 だが、現状において皆方を護る為の適切な戦力がシエである以上、はぐれるわけにもいかない。

「くそ……、本当に厄介だ」

 思考はとめどなく、これから起こすうえで最善の行動を選び出すために稼働してはいるが、敵の出方が読めない以上何をとっても悪手なのではないかと思ってしまいそうになる。

 だが立ち止まっているわけにもいかない。どちらにせよ密室のエレベーターを使う選択はない。ならまずは階段へ———。

「夜凪くん待って、待ってってば!」

「……っ」

 歩き出そうとした矢先、皆方に引き留められる。彼女は掴まれた腕に手を添えていて俺に対して困惑しながらも真っすぐな瞳を向けてきている。

「いきなり外が暗くなってて、危ないから着いてこいって、危ないのは何となくわかるけどその理由を言ってくれないと分からないよっ! ちゃんと、何が起きてるか教えてよ!」 

「そんなことに時間を取ってる場合じゃない。それくらい分かるだろ皆方、今は大人しく着いてこい」

「分かんないよっ、でもきっと夜凪くんたちは理由が分かってるんでしょ!? それも、私のことで何か——」


「———ッ、皆方ッ!」

「え…、キャアッ!?」

 彼女の叫びは、言い終える前に初撃は放たれた。

 壁一面に張られていた硝子が割れて砕ける音とともに衝撃がフロア全体を駆け巡った。押し倒すように皆方を机の影へと隠し、衝撃とガラスの破片から身を守る。

「ヨナギ様、ご無事ですか!?」

「問題ない、こっちは気にするな。シエはリアを頼む」

「……はっ」

「ではヨナは彩音を、ここはワタシとシエが受け持とう。とはいえ、シエがいれば問題も無いが」

 ガラスの雨を真正面から浴びたというのに、リアには傷一つついておらず、先ほどの位置から一歩たりとも動いてすらいない。

 あまりにも堂々と、余裕綽々であるということを見せつけるかのように、グラスに注がれた水を優雅に飲む所作さえ普段と変わりなく、淀みない。

 そして、リアを斬撃の雨から守った存在は普段とは違う雰囲気を纏っていた。

「……シエ」

「申し訳ありませんアヤネ、可能であればこのような姿をお見せしたくはなかったのですが……。起きてしまった以上仕方ありません、どうかヨナギ様とともにお逃げください。その間には決着を付けます」

 自身の主人を護り切った従者の手にはどこから取り出したのか一振りの槍が握られていた。装飾の無いシンプルなものであり、そのため一目で武器として認識できる。

 長さは彼女の身の丈ほどであるにもかかわらず、手首のしなりだけで軽々と振り回す。

 そして彼女は、それだけの動きで暴風雨のように襲い来る破片を全て防ぎきったのだ。


「……あ、あの———」

 その姿を見て、皆方は何を思ったのだろうか。続けて言葉を出すことのできない皆方の手を取るとこの場を離れるべく階段へと向かう。

「行くぞ、アイツの邪魔になる」

「で、でも———」

「……行くんだ」

「………」

 おとなしく付いてきながらも、何度も何度も振り返る皆方の目に映るのは残った二人の背中だけ。

「……、———」

「大丈夫だ、シエは強い。……リアもな」

「………ぁ」

 何を言おうとしたのか。言葉にならなかった声は空気中に霧散してどこかへ行ってしまった。

 ついに、この時が来た。まさかここまで大規模な能力を使ってくるとは思わなかったがここを凌げば問題はないはず。そしてあの二人にはその力がある。

「………」

「夜凪、くん?」

「……何でもない。取り合えず地上に行くぞ。そこまで行けばなんとか———」

「させんッ!」

「———ッ」


 第二波、くぐもった女の声が聞こえると同時に放たれたそれは、影で形作られた大量の杭となって風通りの良くなった窓から次々と飛翔してくる。

 この攻撃、前回の比ではない威力が一本一本から伝わってくる。

「く———っ、またお前か……」

「この前は敗北を期したが今回はそうさせはしない。完膚なきまでに叩きのめす」

 窓の外に立つは獣面。

 触れる全てを呑み込まんとする影を纏い、日輪の光をも断絶する異能。そして、もっとも目を引くものがあるのならそれは奴の立っている場所がベランダではなく、”空“だという事。


「ほう…、空間の固定、『封界』の応用か。器用だね。

『領域条件』は考えるまでも無く影だ、しいて言うのなら自分自身の影? 本来は足元の影を固定する形だが、空を黒く染めたのは他者からの一時的な能力強化と予想するが、どうかな?」

「……誰だか知らんが、貴様に興味などない。私の獲物はそこの男と女だけだ。受けた屈辱を晴らし、使命を果たす。男は殺す、女は貰う」

「そうか、だがその前に、ワタシ自慢の従者を乗り越えねばならんな。ま、ナイギの先兵程度が勝てるようなやわな鍛え方はしていないが」

「ふんっ、下らん。交わす言葉も時間も無い。死ねィ———ッ!」

「———」

 問答は不要、必要であるべきは目標の達成のみ。

 何もない空間から影杭が生み出され、射出される。それは寸分の狂いも無くリアの頭部へと飛翔し、穿ち、中身をぶちまけさせんとする破壊の一撃。

 直撃を免れれば問題なかった前回とは違う。空一面を覆う『四方領域』の獲得による能力の強化。それによって拳銃が戦車砲となったかのような規格の違う威力を生み出していた。

 そして、それらは一本だけでなく大量に。

 視界に満ちる黒が一斉に襲い来る———!


 だが———、純粋な威力など彼女の前では意味をなさない。

「シエ」

「は…ッ、四方展開——、封創混成領域『神籬ひもろぎ』」

 短い呼気と同時に一振りされた槍は、向かい来る杭を一撃で霧散させる。そして、打ち砕かれた影杭は、自身と主、護るべき二人を狙った物だけを確実にだ。

 その他の関係の無い影杭はビルへ破壊を巻き起こしたものの俺たちへの被害は何一つない。シエはそれらを見極めたうえで、ただ一振りによって事を為したのだ。

「おやおや、落ち着きのないお嬢さんだ。アポを取っておいてくれれば食事でもと思ったが、そうもいかないのかな? 今から席に着くというなら、この子に茶を用意させるが」

「ふざけるな、一度防いだだけで随分と舐めた口を利く」

「…とはいってもね、負けたんだろう、キミ? しかも罠を仕掛けておかなければ満足に『四方界』を扱うこともできない、あの弱い少年に。

だというのに、その程度の強化でシエに敵うわけないだろう? ほら、意地を張らず話しをしよう。今ならなんと茶菓子もつけるよ?」


 死を目前にしているというにも拘らず、あくまでも普段の態度を欠片も崩さず、優美である姿を見せつけるかの如くグラスを差し出すリア。

「………」

 そして、その前に立つ従者であり守護者は一部の隙を見せることも無く獣面を睨みつけている。そして、槍の穂先も一切ぶれることなく、己の使命を果たさんと生死の境界に身を置いている。

 その表情は冷たく、普段醸し出している柔らかな空気は完全に消え失せていた。

「…ッ、ラゥルトナーの人間は全員、他者を馬鹿にしなければ生きていけないのか? 腹立たしい……ッ。どかぬというのなら、ここで始末するだけの事! …死ぬがいいッ!!」


 第三波。

獣面を内側から砕かんばかりの怒声を放ちながら、窓から見える景色全てを覆いつくす黒点が夜闇のカーテンとなって眼前に広げられた。

 撃ち込まれればこのフロアごと消滅させかねない数の暴力、地上の一切合切を己の影に据えた女の放つ、最大威力の爆撃。

「——なにが……、起きて……っ」

「……、立てるか、皆方」

「そ、そんなの……、ムリだよ…出来るわけ——」

「やるんだ、出なきゃ死ぬ。……行くぞ」

「あっ、二人は?!」

「アイツらは、……大丈夫だ。俺たちがいた方が邪魔になる」

 これ以上この場にいるわけにはいかない。

 非戦闘員である皆方はかすっただけで死んでしまうのだ。それでは何の意味も無く、今すぐに脱出しなければならない。

「そんなっ、待ってよ…っ、待ってってば———二人は———!」

 力づくでなければ皆方はこの場を離れようとしない。

 無理やりに立たせ、引っ張っていく。こんな形で狙われているということを知られたくはなかったが、起きた以上はどうしようもない。

 今はただ、彼女を護る為に動かなければならない。


「彩音、心配してくれるのは嬉しいが問題ないよ。なんせ私は我が一族における、歴代一の才能を持つと評判でね。……まぁシエがいる以上発揮する必要も無いのが欠点かな。だから安心して、ヨナと二人で逃げるといい。晩御飯でも作っておいてくれればいいよ」

「そんな———っ」

「アヤネ、ありがとうございます。ですがご心配なく、この槍に誓ってアヤネには勝利のみを捧げます」

「———行くぞ」

 二人の背に手を伸ばす皆方を連れ、階段を駆け下りる。

「——————」

 茫然とする皆方だが、あれ以上抵抗することはなく、声を失ったのではないかと思うほど静かに、俺の後をついてきた。



 □ □ □


 空に立つ獣面、標的は言わずもがな二人の女であり、一刻も早く達成すべき目標でもあろうがしかし、いまだそこに立っていた。

 狙うは槍持つ守護者とその背後。


「さてさて、追わないのかな? いやワタシとしてはここにかまってくれていた方が楽なのだけれど」

「そうだろうな。だが、力を得た以上この場で貴様らを始末しておけば、後は『巫女』とあの小僧のみだ。確かに前回は世界の縛りを受けて満足に戦うこともできなかったが今は違う。邪魔さえなければ指一本で始末できる」

「はっはっは、これは大した自信。いや傲慢かな? 言っていることは間違っていないが心の増長が見えるよ?」

「ふんっ、護ってもらえなければこの場に立つこともできない、戦士ですらない女が何を言う。先ほど貴様は才能がどうとか言っていたが、そうは見えんな。何一つ、欠片でさえ力を感じないぞ」

 目の前に立つ、離れた位置からでも分かる金砂の長髪に蒼穹の瞳。一目で美しいと断ずることのできる女からは一切の異能を感じ取れない。


(これではまるで———)

「まるで、そこいらの一般人と大差ないと言いたげだね」

「……っ」

「なに、能ある鷹は爪を隠す。程度に思っておいてくれれば構わない。しかしどうしたものかな……。少々予定が狂った」

 わざとらしく顎に手を当てる姿すら様になる一輪の華。大層な余裕だが、この瞳には戦場を知らぬ哀れな者としか映りはしない。

「ふんっ、縛りによる弱体を乗り越えたことがそれほど意外と見える。この力も授かったモノではあるが、我らの力は既に貴様らの喉元へ伸びているぞラゥルトナー。そして今日こそ——」

「ん? ああ違う違うそうじゃないんだ。勘違いさせてしまってごめんね。その程度のことならもう”知っていた“からね」

「なに……?」


 知っていた、だと? 

 ユーリ様にいただいた、世界の縛りすら突破するこの術式を扱うのは私が初めてだと聞いていた。他ならぬ本人から聞いたのだ。だというのに、敵対関係にあるラゥルトナーの、それも無力にしか見えないこの女が知っていただと?

「貴様どういう———」

「自分でいうのもなんだが、綺麗な瞳だろう? “よく視える”から助かるんだ」

「なるほどな…、能ある鷹は、と言いたいわけか? ならば———、話すことは不要。ここで死なせてやる!」

 奴の『四方界』による能力がどれほどのものか。

 肉塊に変えれば片が付く、人である以上殺しようなどいくらでもあるのだ。そして、無駄な話をしている間に、準備はとうに終えている。

「良く分かったよ。貴様らの相手ばかりしたところで無駄でしかない。全てを穿ち抜こう」

 貴様らからは窓の外、私の背後が黒く染まっているように見えるだろう。そして、これまでの会話から狙いは自分達のみだと。

 違うな、この空の下は全て私の影だ。つまり———

「建物ごと、徹底的に破壊する」

 いちいち個人を狙う必要も無し、すべてまとめて崩壊させてやろう———!

「まとめて死ねィッ!」 

 手を抜くつもりは毛頭無し、最初で最後の与えられた機会を達成すべく、持ちうる全てを撃ち込んでくれる。


 『四方界』が一、『創界』による影の杭。

条件は自身の影の内のみでの発動。

しかし、ユーリ様によって与えられ、その発現を広げた黒き大理石。激痛と共にこの身へ穿ち込まれた『四方界』の結晶。

膂力、異能、それらの驚くほどの向上。

本来の力の上限を優に超える力にどれほど体がもつのかは分からない。ゆえにこの場で、この機会で決めなければならない。

「逃げ場はないッ、決して逃がすことなどないッ!!」

 だからこそ、此処で殺しきる。


 ラゥルトナー、貴様らの傲慢によって地の底へ墜ちた者達、その恨みを、怨嗟を、激怒こそ、穢れ無きその身へと刻み込んでくれる!!



 □ □ □



 ふむふむ、まあそうだろうとは思っていたが、やることはそう変わらないな。ヨナだけなら苦労したろうが、シエと私がいる以上予想通りにはならないよ。

「シエ、どこまでいける?」


 信頼する従者に問いかける。

 影杭が放たれる寸前であることは見て取れた。

ありえないことだが、もしも何一つ抵抗しなければ死は免れないだろう。アレはこのビル一棟を崩しきるには十分な力を持っている。

 だけどね、こちらにもこちらで適任がいるのさ。


「貴女様が望むのならばどこまででも」

 返答は期待通り、そしてその実力も備えている。

「くす、そう言ってくれるのは嬉しいけどね。できれば現実的な報告で頼むよ」

「それでしたら上下ともに五階ずつ、と言ったところでしょうか。お二人もまだその中におられるかと。それより下を破壊する様子は見られません」

「ならよし。頼むよ、ヨナも攻撃が始まれば休憩するくらいのことはする。あぁそれと、出来れば時間を稼いでほしい。ま、別に倒してくれもいいけど」

「承りました。……我が主へ牙をむくナイギの先兵、全身全霊を以って対応します」

 槍が奔り穂先の刃が冷たく煌めく。それは自身とリアを囲む真円を床に描ききった瞬間、効果を発揮した。


 『四方界』が一、『封界』による感知、迎撃のための結界。

 真円を中心とした透明な壁が広がっていく。それは物質を透過し、言葉の通りに彼女を中心としたビルの上下五階ずつ、その全てを守護領域として己の手中に収め切った。

「では、どうぞご自由に。我が主より時間を稼げ、との事ですので反撃は行いません。お好きにその力を発揮していただければよろしいかと」

「ふ、ふふ…っ、シエ、それじゃあ相手を挑発してしまっているよ。そういう時はかかってこい! とだけ言えばいいのさ」

「ですが、……あの者はヨナギ様を傷つけました。……到底、許せることではありません」

「へぇ、ワタシは気にしてくれないのかい?」

「? もちろんです。全力を以って傷一つ付けさせはしません」

「ふふっ、可愛いね。シエは」

「……っ、そ、そのようなお戯れの言葉はあとでなさってください……」

「よしよし、そういうことなら終わった後でいっぱい可愛がってあげよう」

「も、もう……。敵の前でその様なことは調子が……。——来ます、私の後ろへ」

「じゃあ、よろしく」

「はッ!」



 □ □ □



 針のむしろ、その中心。殺意と怨嗟、激情が一点に向けられた死の極点。だというのにそこでは緊張感のない会話が為されている。

 ———まるで、この程度は物の数にも入らないというほどに。


「ずいぶんと……ッ」

 空が軋む。風が唸り、音を立てては消え去っていく。

 大量にプログラムを起動した結果処理が追い付かないコンピューターのように、多量に過ぎる影杭の創造が空間へひずみを生み出しているというのか。

否、それは違う。

 こことは別の世界の法則である『四方界』、力の行使による不可は当然あるだろう。空気を震わせ、此処が地上であるならば大地へヒビを入れる異能の力。

 だが、それを為すのは襲撃者の怒りだ。その怒りをこそ以ってこそ、他者を殲滅せしめんとする意思が、世界を震わせていた。

「ずいぶんと、舐めた真似をしてくれるなッ! …ラゥルトナァァアアアーーー!!」

 空へ待機させていた全ての影が放たれる。

 穿ち、貫き、血肉をばらまく。その舐め切った顔を肉塊へ変え、原型をとどめることなくまき散らしてくれる———ッ!

「防ぎきれるものならば防ぎきって見せろッ!!」

 その言葉通り、ビルの外界を覆う黒のカーテンが揺らめいたかと思うと、一斉に加速した。


「……すぅ——」

 それはまるで深淵をのぞき込むかのごとき光景。

 揺らぐ外界、放たれた影杭が本当に近づいてきているのかどうかすら、黒一色の視界では遠近感が壊れてしまって認識できない。

 だが、少女の槍が間合いを見誤ることは無い。

「ふ——ッ」

 ただ一呼吸、小さく吐いた呼気が軋む大気を震わせる。波紋のように波打って、刹那先には空を凪ぐ、結果は何一つとして残らぬ無謬の湖面。


「な……に…ぃ!?」

 獣面を被っていて尚伝わる驚愕。

 空一面を覆い、高層ビル一棟を覆う手数を用意した上での一斉掃射。無差別ではない、明確な標的を持ち、ただ一点のみを抉り撃ち続ける破滅黒点の創造。

 だというのに、その中心部。穿たれ破裂し、肉片さえも穿たれて、髪の毛一本、血霧一滴あってはならぬはずのその場所は何一つ変わることなく存在していた。

「ありえ——」

「いいえ、現実です」

「——ッ」

「この防陣、『神籬』をアナタの力で突破することは不可能です。たとえ世界による弱体を免れ、空を覆うほどの『四方領域』を掌握していたとしても、その力は私には及ばない。

ただそれだけの事。私の槍が届く限り、二人の主と、友は、必ず守り切ってみせる。ナイギの獣、影の戦士よ、あまりこちらを舐めないでいただきたい———!」

 黒点の中心にぽっかりと穴が開いたかのように、槍を回すたび、一振りするたび空白が生まれている。さばかれるのならば押し切ろうと『創界』の出力を上げようとも結果は変わらない。

 対象を殺すべく侵食する黒は、透明な白によってかき消され押し戻される。

 白と黒の境界上では『四方界』発動の際のエネルギーである『界燐かいりん』が煌めいては衝撃にかき消されていく。


「……チィ!」

 ———押し切れない。

 あの女の『四方領域』はほぼ間違いなく足元へ描いた真円、その中央。

 能力の使用中は真円の内側から抜け出すことはできないが、ある程度の物質と距離を無視した術式効果範囲内を防御可能。

(おそらくはこれで間違いない、条件が単純故に自身の扱う系統の純粋な強化か……。だが、それでいてこの効力、世界の縛りを受けていないとはいえいったいどれほどの———)


 世界の守護者たるラゥルトナーの人間は世界の縛りから唯一許された存在だ。ゆえにこそ守護者として圧倒的地位を誇り、今代までナイギと争ってきた。

 だがしかし、目前にしてようやく実感する。これほどのものかと。

 以前敗北を喫したときは自身の弱体化が原因として言い訳も出来たろう。しかし今は違う。

ユーリ様より賜った力の結晶ともいえる補助を受けている。これまでは決して行うことのできなかった縛りを脱却し、空を覆いきるほどの『四方領域』の拡大。

 自身の定めた領域を広げ、発動条件を達成することこそ『四方界』の基本事項。

 領域拡大、発動条件が難解であるほど異能は強化され、戦闘は一方的なものとなる、はずだというのに。

「なぜ、押されている……っ」

「——————」

 どうかしている。

 槍で描いた真円というあまりに局所的な領域、さらにその中心に立つだけという条件。おそらく、あの一部から出ることはできないという条件であろうが、あまりにも簡易的すぎる。

 だと、言うのに———。

「私は———」

「———っ」

「私は、アナタを許しはしません。主を傷つけ、友を狙う。あまつさえ世界間の領域を侵食しては力を振るい続けるその蛮行。決して許されるものではありません」

「はっ、説教のつもりか? 知ったことかラゥルトナー、貴様らに我等『崩界』に生きる者達の想いなど分かるものかッ!」

「………っ」

 出力を上げろ、火焔を業火足りえるために『界燐』をくべ続けろ。

怒りを、赫怒を、咳熱の心を燃やせ、この身焼き尽す激情を以って奴を殺しきれ!!


「…ぐっ、ぉおぉおぉぉォオオオオオーーー!!」

 さぁ、見るがいいラゥルトナー。

 世界の縛りを受けぬ貴様らの土俵で戦い続けたがために敗北を一身に受け、貴様らが見下し続けてきた我等『崩界』の戦士。

 その怒り、その激情、その怨嗟の熱を今ッ! この場で証明してくれるッ!!

「し、ぬが…いいッ、———…ラゥルトナァアァアアア!!」


 黒き湖と化した空が一石を投じたかのように揺らぐと、連鎖的に崩壊が始まった。

 形を持たぬはずの空が止まること無く波打ち、荒れ果てる。それら全てがこちらへと殺意を持ち、目に見えぬ堰が打ち破られ、殺到する瞬間を今か今かと待ち続けているかのようであった。


「ほほぅ、アレはマズそうだね。本当に焼き切れちゃう」

「…っ、いけません、それ以上は——」

 シエが届かぬ制止を訴える。

 このままあの攻撃が放たれれば、まず間違いなく壊れるだろう。

 街が? いいや、彼女が。

 彼女、恐らく力を与えられはしたが、『四方界』を扱ううえでの器自体がそれほど強固ではない。せいぜいが“シエの数分の一”、もしくはそれ以下。

 ナイギの人間でも世界を渡るための適性を持つ者自体は少ないと聞くから、恐らくその点で戦士として選ばれたのだろう。

「しかし縛りを抜けることのできる『四方界』。アレが出来るのは話しに聞く次期当主殿かな? 『崩界』からの補助か、あるいは———」

 確か、名をユーリ。

 随分と女にかまけているらしいけど、戦いにおいても思っていたよりもやる男らしい。もしくは彼女の秘められた適性が想像以上だったか。


「………っ」

「シエ、あれはもう止められないよ。彼女は選んだんだ」

「…はい」

「優しいね」

「……いいえ、意思薄弱とお笑いください。私の決意はまだ———」

「それはこれからさ。だからこそ、今は乗り越えねばならない。あの二人の為にも」

「……はい、…はいっ!」

 眼前を見据えた先には影を纏う獣面。怒りに満ち、面であるはずの獣が怒り狂っているかのように見えるほどの怨嗟。


 そして、ワタシ達はそれを乗り越えねばならない。

 蹴り飛ばし、踏みにじり、それがどうしたと言い切らねば世界は救えない。

 シエのように優しい少女に押し付けることとなっていることに心は痛むが、避けては通れぬ道だ。だからこそ、私も傍に居よう。

 十全に戦うことの許されぬ力がゆえに、せめて隣に立ち続けることくらいは許されてほしい。

(いや、十分すぎるほどの我儘か、これは。……そして、舞台は整ったらしい。気を張れよヨナ、ここからだ)


 見上げた空はいまだ闇の湖面にしか見えない。

 けれど、その更に深奥、個人で到達することのできぬ深淵より降り立つモノを待ち続けた。

 キミの、その赫怒の決意に敬服しようナイギの戦士。

 ああ、けれど……、その決意が、此処で達成されることは無いんだ———。

「始まりだ。ようやく、終わりへ向かう戦いが始まる」

 待っていたのはキミではない。

 ずっと、ずっと待っていた待ち人が来る、この時をどれほど待っていたのか。

 そう、ようやく此処へ、“彼等”がやってくる。


ユーリの力によって本来以上の力を発揮している彼女ですが、いつも想定外の格上としか戦わせてもらえないヌイちゃんには頑張ってほしいです。


次は問題児の登場になります。

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