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四方総界縁起  作者: くろよ よのすけ
13/100

13.それぞれとの一日③

【リアの場合】


「聞きたいことがある」

これまで棚上げしていたこと。これまで目を逸らしていたこと。

「気が付いたらこうだったから何も言わなかったけどな」

 今のままじゃ身動きがとれやしないし、何をどうすればいいか分からないんだよ。

「だから、とっとと教えろ——」

 この状況を何とかできるのはお前だけだろ。


「なんで目ぇ覚めたらお前に膝枕をされてんだ」

「うん? 嫌いかな? 小さい頃はせがんできていたのに」

「せがんでない。それだけは間違いない」

「そういわないで、久しぶりの二人きりなんだし。昔を思い出して親交を深めるというのも乙でしょ?」

「…はぁ……」

 細くしなやかな指が髪をかき分け、わしゃわしゃと頭を撫でられる。

 不本意ながら心地いい感覚に囚われつつもため息をつきながら、寝ぼけた頭を可動させ、なんとか目覚める前のことを思い返す。

 アレは確か……そうだ、二人が出かけた後のことだった——。


 

 朝食を終えてすぐに、二人は出かける準備を終えていた。

「シエの華麗な変身を楽しみにしててねー」

「それでは私も出かけてまいります。昼食は冷蔵庫に用意してありますので」

「ああ、気ぃ付けてな。まあ何もないとは思うけどさ。何かあれば電話して来ればいい」

 なんて言っても家には固定電話しかないわけだが。まあ何も無いよりマシだ。それに、シエが付いてれば大抵の問題は片付く。

「うん、ありがとね。それじゃあ行ってきまーすっ。ほらほらシエっ、おしゃれが待ってるよぉ! ゴー!!」

「では、行ってまいります。あ、アヤネ、引っ張られては——アワワ……」

「……ホントに大丈夫か?」


 今日はこの前と違って皆方とシエが二人で買い物へ向かった。いつも同じ服ばかりのシエに可愛い服を見繕うの。なんて言ってたが、シエの性格からしてものすごい遠慮するから進展は無いだろう。

 アイツが服を選ぶ時の第一条件は“汚れてもいい服”だからな。本人の理想としてはまさに給仕用の服なんだろうさ。


「ふわぁああ……」

 リビングに戻ってテレビをつけると、そこでは何でもないことを大げさに報道するアナウンサーと、それに大げさな反応を見せる芸能人が映り込む。

「………」

 何の気なしにチャンネルを変えるが目ぼしいものは無い。子供向け番組でも見てる方が頭が良くなりそうにさえ思えてくる。

「………」

リアの奴はまだ起きてこない。


 念願のベッドが手に入ってから早数日。アイツの財産に物を言わした適当な買い物により、マットレスなんかは不必要に高級なやつだ。

 それからというものの日に日に増していく睡眠時間。シエが起こしに行けばむにゃむにゃと人外の言葉で対応し、皆方が行けばベッドに引きずり込もうとする。

 様子を見かねて俺も行こうとしたが、はだけかけた服を着直させる皆方に止められたので様子見中。

 シエはシエで、『主の健康の為、なんとか起こして見せますっ』なんて、闘志を燃やしていたがどれくらい持つものか。大抵の奴ならともかく、相手がリアでは何とも分が悪い。

 下手に起こせば口車に乗せられた挙句、なぜか二人一緒になって二度寝していても驚かん。

「アイツの言った事こと全部を真に受けすぎなんだよな」


 どかりとソファに腰を下ろしてテレビを見続ける。ここでのニュースなんて大して意味を持たないけど、皆方との話題にはなる。

(アイツがもう少し外に出てくれれば……、ってのも無理な話か)

 不毛な考えを巡らしながらベランダから聞こえる小鳥のさえずりを聞き流す。テレビの音声よりもそっちの方が気になってしまうと、思考も朧気になって変な方向へ向かっていく。

(確か昔……、リアに吹き込まれて薬草探しに山に入ってたな……。あれ、何年前になるんだ………?)

 自分で考えていることすら次の瞬間には忘れてしまいながらも考えることは止められない。そもそも先刻までの思考が消えているのだから、その様な疑問すら抱くこともない。

(リアが……シエと…俺に………生卵と………、小麦粉———)

 思い返せたとしても何を考えてたのかすら理解できない。夢を見る寸前の幻影を目前に展開しながら、ゆっくりと瞼は落ちていった。



「———それで、この状態か」

「よく眠り、いい気分で起きたらヨナが寝ているんだもの。それもワタシのソファで」

「別に、お前のってわけじゃないだろ。占有はしてるが、所有権そのものを渡した覚えはない。第一、これって俺が来た時点で設置されてたぞ」

「つまり、準備、購入したのはワタシであることの証左だよ。それならここにある家具類の所有者はワタシということでオッケー。ほぅら権利は十分、そしてそこで眠っていたヨナもワタシが所有権を持っていると言っても過言ではないね。ふふんっ」

「過言だろ。間違いなく」

 言い合ってはいるが、言葉に棘は無い。普段からあるわけじゃないが今日はいつにもまして柔らかい印象を受ける。

 困らせる為じゃなくて話を転がすためにからかっている。そんな感じだ。


「それで、なんでこの態勢なんだよ。そんなに母性に溢れるタイプだったか?」

「おや、ヨナは好きだと思ったんだけど。それにワタシがやりたかったのじゃダメ?」

 きっと眠った時、楽な態勢になろうとして無意識に横になったんだろう。

 その後にリアが起きてきて、いつも通りにソファに座ろうとしたけど俺が横になってるせいで座れない。それならば俺をどけるか、一旦起こしてスペースを空けさせる。

 だってのに、コイツときたら起こしもせずに膝枕だ。

(そこまでされてて起きなかった俺も俺だな)

 頭を持ち上げられれば嫌でも起きるような気がするんだが……、そうなってない以上緊張感が足りない。これは反省しなければ、これから先、皆方の身に何かあってからでは遅いの——

「コラ、せっかくワタシのふとももを堪能しているというのに他のことを考えないの」

「っと、耳をつまむな。あと堪能してるとか言うな、お前の手が邪魔してなきゃ、今ごろ体起こしてるんだよ」

 今なお、頭を撫でながら逃がすまいと抑え続ける手の片方が耳をつまむ。

強く引っ張られたわけじゃないが、そのままスリスリと指の腹で撫でられるのはくすぐったい。

「そう言いながらも顔を擦りつけているのは分かっているよ。ほらほら、素直になるといい。ヨナが相手ならワタシは全てを受け入れてあげるもの」

「……そう思うなら手ぇ放せよ…。せめて耳触るのヤメロ、くすぐったい」

「えー…。むぅ…仕方ない、触り心地が良くて好きなんだけど…。ま、それは後でだね、それでどうだいヨナ。もう少し眠ってててもいいよ? 最近は監視範囲を広めてたみたいだし。それで倒れられたら本末転倒だもの」

「……知ってたのか」

「ヨナの事ならすべてお見通し、というやつだよ。それこそ、ここに来てからのことも含めてね」

「……プライバシーの侵害だぞ、それ。それに適当言ってんな、ここに来てからまだ一ヵ月も経ってないだろうに」

「初めからそういう話だったのに、忘れちゃったのかな? それに、そういうヨナも、ここに来てからどれくらいになる?」

「……さぁな、いちいち覚えちゃいないさ。ここで生活する以上、気にしてても仕方ない。暑いか寒いか、あとは年齢、必要なのはそれくらいなもんだ」

「まだ、夢は見てる?」

「ああ……、初めはいつもそっからだ」

「そっか」


 ふと、耳を撫でていた指先が止まったかと思うと、今度は頭だけじゃなくて顔全体をくすぐってくる。

「おい、もういいだろ…っ、いい加減に——」

「ヨナ、ありがとう。本当によくやってくれてる。ラゥルトナーとして、ワタシ自身として、礼をいわないと」

「……な、なんだよいきなり。気持ちの悪ぃ…」

「ふふっ、照れるな照れるな。可愛い奴め」

「照れてねえ…」

「耳が赤いぞ? ふーっ」

「にあ?!」

「おや、猫がいる。ふふふ、可愛いね」

「こ、この……」

「感謝は紛れもなく本心よ、ヨナがいなければ今頃どうなっていたことか分からない。苦悩したことも数え切れない。ワタシに全部は理解しきれなけど、分かってはいるつもりだよ。

だからこそ、今日くらいしっかりと休んでほしいな。夜中に見回るのが癖になってるのかもしれないけれど、ヨナに倒れられたらワタシが困るんだ」

「………」


 夜の見回りはシエとリアが来る前からの日課だった。

 シエに結界を張ってもらうまで、感知用の結界は俺がチマチマ作っていたモノだけ。範囲も小さく、質としても褒められたものじゃない。粗製乱造、その言葉がぴったりだ。

 だから、それだけでは足りない。俺の力で補いきれない、どうしても孔は生まれるし、そこから侵入されでもしたらその時点で負けだ。

 今の俺では格上に勝利することは不可能。その時点で無様に敗北し、皆方は連れ去られる。だから———

「もう、シエがいるんだ。そこまで気を張る必要も無い。いざとなればワタシが出ればいい。ナイギなど、一撃で粉砕してやるさ。なんてな」

「……バカ言うな、お前が前線に出るだなんて面倒事が増えるだけだ。それに……、見回りも癖になってるんだ。今更やめろと言われて止められない」


 毎晩毎夜、皆が寝静まった後に街へ出ては怪しい場所を回る。それは俺の張った結界間の孔だったり、シエでもカバーしきれていない外縁部だ。

 毎日毎日飽きもせず、ただひたすらに歩き続ける。

「力のない俺じゃやれることは限られるんだ……。

時間はない、初手を決められたらそこで終わるんだよ。この前の奴は罠を仕掛けてたところにノコノコやって来てくれたから何とかなったが、他の場所じゃあどうしようもない…。俺は、何も出来ずに負ける」


 努力なんて、いくらしても足りないんだよ。

 どれほどの時間を掛け、入念な計画を立てていようともそれ以上の力で潰される。そんなことは分かっているから止めるわけにはいかない。

 それはシエが来てからもそうだし、リアが望んでも変わらないままだ。

「俺にできるのは……、終わりを引き延ばすだけだ。そんなことは分かってるし、嫌だっていうわけじゃない。納得してるからな。ただ、納得してるから手を抜くわけにはいかない。確かに疲れては来てたんだろうし、珍しくお前が心配してくれたには感謝してるさ。でも……、やめるつもりは無い」

「なるほど…。まったく、頑固な子だ。……誰に似たんだろうね」

「……さぁな。…って、頭を撫でるなよ」

 気を抜いた瞬間、動きが再開される手。

 俺の意地の話をしてたのもあって、精神的にもなんだかやけにくすぐったい。

(こんなことを話すつもりも無かったんだけどな……)

 とはいえ、そろそろリアの方も飽きてくる頃合いだろ。その後は適当にシエの用意しておいてくれた昼飯を食って———。

「そうだ、折角だし、このまま耳掃除するから大人しくしていろ」

 のんびりと、なんて思っていた俺の計画はすぐに潰えた。なに? 耳掃除? 


「なんでそうなるんだよ。…って、もう準備済みだし……」

 道具を取りに行く間に起きてしまおう、だなんて考えに意味は無かった。何故なら既にリアの手には耳かきが握られていて、やる気満々だというのが不必要に伝わってくる。

「さぁて、怪我したくなければ動くなよ? ワタシには治せないからな。シエなら可能だろうから、それまで耳から血を流しながら我慢していればいいわけだが」

「お前、いっつも自分で最強だって言ってるだろうが。怪我くらい治せよ」

「残念、ワタシの能力では治療はできないのだよ。知ってるくせに」

「さあ、どうだったかな……」


 ラゥルトナー家、それは『纏界』において頂点に立つ存在だ。そして、代々最強を名乗るにふさわしい人材を当主として世界の均衡を保つために戦う者でもある。

「その現当主の? 最強の? リア様ともあろうものが耳かき、ってか」

「お、結構溜まってる。これはやりがいがありそうだ」

「……人の話聞けよ」

「うん? 聞いてる聞いてる。さぁて、棒入れるから動かないように。時間はあるからな、ゆっくりやろうね。……よっと」

「う、力入れるなよ…。お前のドジで頭の中身巻き散らかしたくもない」


 耳の入り口付近をカリカリと掻かれる感覚に心地よさを覚えるが、それ以上に不安が大きい。それというのも、この女が器用に耳かきができるだなんて信じられるか。

 生活におけるほとんどをシエに任せっきり、ひどい時は飯を食べさせてもらってる時もある。その上、うっかりしてるところもあるから問題が起きれば尻ぬぐいもしてるんだ。

 安心した瞬間にドジ踏んで耳が聞こえなくなるだなんて勘弁だぞ。


「でもヨナ、部屋の掃除もそうだけど、こっちももう少し気を使うべきじゃない? シエか彩音にでも頼むつもりだったならいいけどね? ワタシ個人の見解としては膝枕なら彩音、耳かきならシエに軍配が上がると思うよ。今度頼んでみたらどう?」

「なんでそうなる。それに、ただ忘れてたか、面倒だっただけだよ。……あとさ」

「あと?」

「いい加減、ヨナっていうヤツやめろよ」

 リアだけが呼ぶ俺の名前、というよりもあだ名。たしか俺を従者として迎え入れたその日の内にはその呼び方だった。

「どうして、可愛いじゃない、ヨナ。変えるにしても……、ナギだとどうにもイメージが合わない。うん、やっぱりヨナだよ。しっくりくる」

「俺としては、名前の時点でゴメン被るんだよ。ヨナギって名前自体がいまだにな」

「ふふふ、それについてはあの日の空模様に文句を言ってね。今更名前を変えるつもりもないし、変えたくもない。……あの日、ヨナが来てくれたからこそワタシはここに存在することができる。ふふっ、これでも感謝しているんだよ?」

「……どうだか。大体な、名前を付けたのはお前なんだから普通に呼べばいいだろ。なんでまたヨナだなんて呼ばれなきゃならないんだ……」

「お、また耳が赤くなった。そう照れられるとワタシの方も照れてしまうな。ただ名前については諦めてもらわないと。ワタシがヨナと呼ぶと決めたのならヨナと呼ぶ。これは変わらないし、変えない。……そうだな、世界が終わる時でもあれば呼んであげよう。その時を楽しみしているといい」

「……ったく」

 頑固なのはどっちなんだか。

 そう思ったがそれ以上を口にはしなかった。

(頑固なところはリアに似た、だなんて自分でも認めたくないからな)



 そして、正すべきはそこではない。

 ずっと先延ばしにしていたこと。今の生活が存外に馴染んでしまっていて、自分でも気づかぬうちに……。

 いや、気付いてはいたんだ。それなのに無視をしていたのは俺の方で、リアから話そうとしないって理由を盾に甘えていたのも俺の方。

そして、それを気付かせてくれたのはシエだ。常に従者であろうとする彼女が意見をするなんて、昔じゃ考えられなかったし、今でもきっとそう。

 そのシエが意を決して伝えた想いを無視はできない、応えないといけない。

 

 リアがシエを寄越し、本人がここへやってきたという事。その理由。それを知らないことにはこれからの対策を立てられない。

 そんなことは分かっていたはずなのに、4人での生活が楽しかったから。今のままでいいと思ってしまったから、聞こうとしなかった。

 俺自身の役目、俺の果たすべき使命。変えてはいけない、逃げることは許されない。

 俺は、そのためにココへやってきたんだから。


「よし、こっち側はこれでヨシ……」

「リア、聞きたいことがある。答えてくれ」

「聞きたいこと? その前に…ほら、息吹きかけるね」

「今はそんなことよりも、ん…っ」

「なんだ、気持ちよさそうな顔して。もっとしてやろう。…ふーぅ」

「…聞けよ。今まで先延ばしに——」

「言いたいことは分かってるよ。うん、ワタシも楽しんでしまってたのは事実だしね。屋敷ではシエと二人きりだった。ただ、まずは反対向いて。ここまで来たんだ、右側も綺麗にしておこう。ね?」

「………」

 そんな、日頃は絶対に出さないような優しい声色で言われちゃ反抗する気も失せる。

 聞きたいことについてもそりゃあ、本人なら分かってて当然。結局のところ、互いに言い出せず聞き出せず。これも皆方の存在が大きいってことか。アイツの近くにいると、どうにも気が抜ける。それは俺だけじゃなくて、リアも同じだったんだ。


「く………っ」

 ただ……、反対を、向けと。そう言うのか、リア。

「…? どうしたのヨナ、早くこっち向いて。まだこっちをやってほしいの?」

「そうじゃなくてだな…。一度手をどけてくれなきゃ無理だろ……」

「どうして、寝返りを打つだけじゃない。何も難しいことじゃないし、むしろワタシをより感じられるようになるから嫌がる理由も無いと思うんだけどなー?」

 コイツ、絶対分かってて言ってる。それだけは間違いなく分かる。

 寝返りを打って反対を向くっていう事はつまり、今テレビの方へ向いている顔がリアの方を向くって訳で。

 膝枕だから、見える場所も当然腹とか、脚になる。

「どうしたどうした? ほぅらヨナ、早くこっちを向かないと。話すことがあるんでしょう? このままじゃ落ち着いて話もできないよ? 小さい頃はワタシに甘えていたのに、大きくなって恥ずかしがることも無し。そぅら、存分に甘え———」

「分かった、向けばいいんだろう向けば」

「ふふふっ、随分いじらしいね」

「うっさい」

 好き勝手口にするリアを黙らせ、さっさと寝返りを打つ。大したことじゃないんだこれくらい。

ガキの頃は何とも思ってなかったろう。…いや、あの頃は興味も無かっただけか。今は今で大したことじゃないはずなんだけどな。


「………」

「よしよしいい子だ。さてと動いちゃダメだよ、こっちのほうも——」

「………」

 頬に伝わる体温と、目に映るリアの下腹部やら足やら、服の隙間から見えるへそやら。否が応にも見ることになってしまうが、普段あり得ない状況のせいか気になってしまう。

 かといって今横を向こうとすれば俺の耳は使い物にならなくなり、目を閉じようものなら視界以外が仕事を始める。

 具体的に言うと、…リアの匂いとかを感じとってしまう。

 いつもなら気にしない要素だが、いつもと違う状況に置かれてるせいか変に気になってしまう。


「………まだ終わらないのかよ」

「まだまだ。それで? 聞きたいことがあるなら今聞くといい。今ならワタシもどこへも行けないんだもの」

「ああ、そうだな。そうだった」

 無駄にゆっくりやってると思えばそういう事か。リアはリアで考えてくれている、と。ただまあもう少し普段からその優しさを見せてほしいがな。

 でもきっと、俺から聞こうとする時を待ってたんだろう。あくまで事を為すのは俺なのだから、俺から動かなければ語る価値無しと、そういうことなんだろうな。


「ずっと、聞こうとしなかった。お前に聞こうとしたところではぐらかされるだろうってな。…そうやってはぐらかしてたのは俺の方なのに」

「……そっか、気が付かなかったな」

 リアは手を止めはしない。テレビの音だけがどこか遠くから聞こえてきているようで、他に感じ取れるのはリアの事だけ。

 今この場において、本当に二人きりとなった空間で、為すべき使命の一歩を踏み出す。

「なんで、ここに来たんだ? お前はもう、『纏界』には帰れないんだぞ?」

「……うん、そうだね」

 『纏界』へ戻ることはできない。その理由があったからこそ、俺が一人でここに来た。

 リアはこれでも『纏界』という場所において重要なポジションにいる。例え権威が失墜し、家名が地に落ちて意味を失っていたとしてもそれは変わらない。

 彼女にはそれほどの価値がある。

 だからこそ、リアはここに来てはいけなかった。もう二度と戻れぬ道をあまりにもあっさりと下ってきてしまった。


「俺が聞きたいのはそこだ。なんで、お前がそこまでする必要があるのか。これまでは何ともなかったんだ、それならこれからも何とかする。少なくとも俺はその覚悟でやってきた」

「だろうね、ヨナは愚痴を言いながらもちゃんとやってくれるから」

「だってのに、それを無視するようなお前の行動が良く分からない。何の理由があるっていうんだ。それってのは皆方の———」

「そうだ、当然関係している。彩音にも、ヨナにも」

 認める時はあっさりだ。なら、その理由は——。


「ナイギの動きが活発化している。それは分かっているね?」

「襲撃は一回だけだ、それ自体はこれまでと変わらない。アイツらはココに出入りしてこれるけど、強い奴ほど馬鹿みたいに弱くなるからな。わざわざ負けに来るようなこともしない。それに、活発化って言われてもな……。理由は?」

「そっか、ヨナからすれば分からない事だった。……何といえばいいのかな。過去の襲撃時期と比べると今回は異常に早い。いつもならもっと遅い上、最初の侵入者は四方界も扱えないほどに弱体化していた。だというのに、今回は———」

「使えたって言っても、自分の結界を張った領域内でようやくだ。それも大したもんじゃなかった。あれくらいでもおかしいのか?」

「おかしいさ。それができなかったからこれまでは侵攻が遅かった。それこそ誰かを派遣する必要さえも無かった。けれど、今回ばかりはそうはいかない。それに、ヨナが一番分かってるでしょ。最後にどうなるのかを」

「………、…それで、お前が来たからって何になるんだよ。ナイギが来るたびに暴れるっていうつもりか?」


 確かにここに居る人間で唯一、リアであれば能力を十全に発揮できるだろう。ラゥルトナーの力を継ぐ彼女に対してだけは弱体化の縛りは存在しない。

 だからこそ、ラゥルトナー家は特別なのだ。最強であろうと最弱であろうと、それよりも相手が弱くなってしまう以上、素の実力は関係ない。

 だが——。

「そうじゃないよ、狙いは。いい加減ナイギを倒したいと思ってね。ちょっとだけ賭けてみた」

「賭けてみたって……何を?」

「そこについてはまだナイショ。ただ、もうすぐだよ。それだけは言える」

「お前な…、こっちがちゃんと聞いてるんだからちゃんと答えろよ」

「これでも大分答えた方だよ? ワタシがここに来た理由、それは長く続く戦いに変化を起こす為。これじゃダメ?」

「具体的な部分を聞きたいんだよ。具体的な方法」

「だからそこはまだナイショ。でも、安心していい。そろそろのはずだから」

「……なんか納得いかねえんだよな」

「ははは、そう言わないで、ヨナ。ほら、こっちもちょうど終わった。前よりもよく聞こえるようになってるんじゃないかな?」


 答えはあったが秘密もあった。納得できない部分もあるが、本人がナイショと言った以上答える気はないんだろうさ。気合入れてたのもあって、気は抜けるが仕方ない。

 ようやく解放されて体を起こすと、今度はリアが肩に頭をのせてきた。

「む…っ、なんだよ…急に」

「んー…、まあこうしたくなったというか。ワタシのような完璧超人でも偶には他人へ甘えたくなることの証明みたいなものさ。気にしないで。んふふー」

「そう言われてもな……」

「……」

「………」

「…このまま、何も考えずぼーっとしていられたならどれほど良かったろうね」

「ああ、そうかもな」

 

 何も起こらない日々の中で最も時の流れが緩やかに感じる夏の日のひと時。もたれかかってきたリアは想像以上に軽く、ちゃんと飯を食ってるのか心配になりかけるほど。

 金砂の髪からは女性特有の甘い匂いが漂ってくる上、リアは美容ってのにも気を使ってるのか、その香りは嫌な感じが一切しない。

「つっても、甘えるったって。二人の前で抱き着いてくるくらいいつもの事だろ。おかげで苦労してるのは俺だけど」

 リアは気まぐれに俺へのボディータッチを二人の前でやってくる。まるで見せつけるように、だ。その上変なことを口にしていくのだからたちが悪い。そのせいで俺は皆方からお小言の日々ときた。

「いいじゃないかそれくらい、青春というやつだよ。今のうちに楽しんでおくといい、いつかはできなくなるんだから」

「……そうかい。それでだリア」

「うん?」

「腹減ってないか? 多分まだ何も食ってないだろ」


 さっき寝返りをうった時に気づいたが、リアはまだ着替えもしていなかった。いわゆるパジャマ姿という奴で、寝起きで膝枕を敢行したってのは本当らしかった。

 つまり、遅く起きてきたことを抜きにしても、リアは起きてから飯を食っていない。俺も昼飯を食おうかと思い始めていた時だったしちょうどいい。

「じゃあ貰おうかな。せっかく二人きりなんだ、食べさせてくれても罰は当たらないよ?」

「…そういうのはシエを言いくるめてやってくれ。俺に頼んでも無理だぞ」

「それは残念、じゃあワタシは着替えてくるから準備だけしておいて」

「ああ」

 身を離すと同時に去っていくリアの温もりに、少しだけもったいなさを感じながら立ち上がる。準備と言ってもシエが用意していてくれたのを温めるだけだ。リアが着替え終わるまでには机に並べられるだろ。


「よし、食うか」

「そうしよう」

 別にそれ以上特別な会話があったわけでも、何か問題が起こったわけでもない。ただ緩やかに流れる川のせせらぎのような時間。

 そう感じることのできる特別な瞬間を味わっていただけの、何てことの無い日常だった。


「ああそうだ、質問に答えたのだからワタシからのお願いも聞いてもらわないと」

「はぁっ、お前いつそんなこと言った?」

「今」

「却下」

「却下無効」

「んなもんあるか!」

「じゃあそれも今作ろう。ハイ、解決」

「……呆れて言葉も出てこねえ」

「お褒めの言葉至極恐悦。ふふっ、なぁに、大したことじゃないって。ほら、もう一回そこに座って」

 指差したのは例のソファ、また何か思いついたのか? 耳かきの後は……頭皮マッサージ、とかか?


「ほぉら、早く早く」

「おい、押すなっ。分かったから———」

 半ば無理やりに座らされると端の方へ押しやられる。別に寝かされるわけでもないし、何やりたいんだコイツ。

 だなんて思ってたら、今度は逆にリアが俺の膝に頭をのせてきた。

「お、おいっ。まさか俺にもやれっていうつもりかよ」

「そのとおりー、ワタシの美貌を傷つけないでね? 優しく、丁寧に、よろしく。頭を撫でるのは不可抗力として認めるし、加点対象だよ」

「はぁ……、もういいよ。わかった。どっちからだ?」

「それじゃあさっきと一緒にしよう。ではよろしく」

「はいはい……」


 まさか俺が耳かきする側になるとは思わなかったが、やらないと一生このまま動かなくても不思議じゃない。それに——。

(確かにけっこう楽しいもんだな、これ)

 目だった汚れはないが、それでも小さなものはある。それを丁寧に削り、拾い上げる作業はなかなか楽しいところがあった。

「………」

 リアも静かにしているし、結構上手にやれてるんじゃないだろうか。それならまあ、偶には主へ奉仕するのも悪くない。

「ほら、こっち終わったぞ。逆向け、逆」

「ん……ねぇ、ヨナ?」

「なんだよ」

「きっと、分かっているだろうから深くは言わないけれど。…起こってしまったことは変えられない。そのことだけはちゃんと覚えておくんだよ?」

「……ああ、そうだな。まったく、余計なことを…」

「んふふ…っ、そう言わないで。くぁ…、ん……。ほら、ワタシだってちゃんと働いてるってこと、を——、ん…」

 コロンとコチラを向いたリアは眠りにつく寸前らしい。あれだけ寝ておいてまだ寝るつもりかコイツ。


(ま、今日くらいはいいか)

 どうせ出かける用事もない。内容に興味の無いテレビを背景にして、ぼーっと過ごすのも悪くないさ。

「ん…っ、すぅ……すぅ……」

「ほんとに寝やがった。……俺も、見回りに備えて寝ようかな。……ふぁあ———」

 左耳の掃除もあらかた終えると、リアの頭に手を置いて眠りにつく。

 少し癪だったが手の平から伝わるリアの温もりは確かに、俺の心は安げるものだった。それこそリアの従者となった頃、文句を言いながらも共に眠っていたころの夢を見るくらいに———。


 その後のことでただ一つ、誤算があったというのなら。


「……別に、やましいことはしてない」

「ふんっ、どうかしらねー。リアさんも寝てたから証言できる人いないしー?」

 出かけていた二人が帰ってくるまで眠りこけてたことだ。

おかげで俺はいつもの尋問に掛けられている。なあ皆方よ、ここにきて結構経つが、そこまで俺は信用がないのか?

「んーっ、よく寝た。おやシエ、随分連れまわされたらしい」

「い、いえ。この程度…っ、まだ行動可能です……」

「ふふふ、ほらこっちにおいで、髪が跳ねてるよ。今日は先に風呂に入るといい、ワタシが許したげる」

「はい……、リア様…ありがとうございます……ぅ」

 もう一人の当事者は一切関係ないとばかりにシエと戯れている。皆方もリアに注意するのは無意味だと悟っているから怒られるのは俺だけだ。

 こういうのを理不尽っていうんじゃねえかな。


(なんで俺だけがこんな目に……)

「夜凪くん? ちゃんとお話聞いてる?」

「聞いてる」

「じゃあなんて言ってた?」

「……今後は勘違いされるような行動を慎め?」

「不正解! だって私まだ何も言ってないもん」

「あっ、ズリぃぞそれは」

「やっぱり聞いてないじゃない!」

「んなこと言われたってな、問題行動は起こしてねえんだから反省しようが無いだろうが!」

「ああいえばこういうー!」

「どういっても納得しやがらねえ!」

「うむむむむ……」

「ぐぬぬ……」


「よし、そこの楽しそうな二人も良く聞くといい」

「「誰が楽しそうだ(ですか)!?」」

 一番の問題児であり最年長が余裕綽々に声を上げる。そしてその手には何か紙切れが握られていて———

「なんだそれ?」

「うん、チケット」

「ええっと……、何処のチケット、なんでしょうか?」

「レストランのランチコースだよ、私としてもそれなりに良いところのフルコース。

昨日手に入ったから皆でどうかな? 街を一望できる場所らしいんだ。行って損はないと思うんだけど」

「………えと、どうする夜凪くん」

「そりゃあ、まあ、なあ……?」

「…うん。それは、ねえ……?」

「では決まり、皆で出かけるということで」

 急に決められた食事の予定。

 何が何やら、心の隙間を縫って撃ち込まれた不意打ちに俺たちはただただ虚を突かれ、しょうもない口喧嘩すらする気も失せてしまった。


「なぁ、皆方。…あー、飯作るんだったら手伝うけど……」

「あー、うん。じゃあ材料切ってもらおう、かな?」

「了解、だ。シエが来る前にあらかた終わらせられるといいんだが。ずいぶん疲れてたし」

「アハハ……、ちょっと楽しくなっちゃって……」

「………」

「………」

「作るか」

「そうだね」

 

 何もない日々の中で起きた心の触れ合い、それぞれの想いを伝えあっただけの小さな一日。いつか振り返った時に、ふと思い出して笑って話せるような。

 

 けれど、ほんの少しの幸福を前にしてしまって、彼らは忘れていた。

影と言うものは常に付きまとい、存在を忘れた時に限って襲い掛かるものだということを——。



「首元が苦しい…」

「まあまあそう言わないで、とっても似合ってるよ」

「………」

「それはそうだよ、なんせワタシが選んだんだんだもの。ま、ヨナからすれば不満らしいけど」

「デザインというよりも動きにくいのが嫌なんだよ。つーかホントにこんな恰好する必要あるのか?」

 今日は例の高級な昼飯を食いにこの街で一番高いビルにやって来ていた。

 ドレスコードだからなんて理由で普段よりかしこまった服を着せられ、ネクタイまで巻かれた俺の首は息苦しさを如実に表している。

「はぁ……」

 せめてこれさえ外せられれば幾分か楽なんだろうが。


「それで、最上階でしたっけ? すごいなぁ、こんなところでご飯食べられるなんて嬉しいですよっ」

「そう言ってもらえるとこちらも準備した甲斐があったよ。それにしても彩音は医者の娘と聞いていたのだけど、こういったところでの食事の経験はあまりないの?」

「あー……、実はそれほど……。小さい頃にあったかな? くらいでして、あんまり覚えてないんですよ。両親も仕事仕事でよく家を空けてますし」

「なるほど、それならいい機会だ。色々とね」

「………いろいろ?」

「ふふんっ、気にしなくていいよ。それにしてもシエ、いつまで彩音の背中に隠れているつもり? もっと姿をよく見たいのに」

「……いえ、いえ……、そ、そのぉ。アヤネには非常に申し訳なく思っているのですが……。こ、このような衣服に袖を通したのは初めてでして…、落ち着かないと言いますか気恥しいと言いますか……」

「えぇ、大丈夫だよシエ。とっても可愛くてものすーごっく似合ってるんだから、もっと自信もって大丈夫だよ? ほらほら、夜凪くんからもちゃんと褒めてあげてよ。あと私も褒めていいのよ? フフンっ」

「何がフフンっ、だ。そういうお前はシエを見習って、もう少し恥じらいってのを持った方が良いんじゃないのか」

「私のことはいいのっ、シエを褒めるのっ」

「そうだよ、女性を褒める時くらい素早く、そしてハッキリと言葉にするべきだよ。もたもたしていると他の男に奪われちゃうよ? とはいえ、シエがヨナ以外になびくとは思えないけどね」

「おっ、およしくださいリア様っ。わわわ私個人の気持ちなど大した問題ではなく……、い、いえヨナギ様以外の男性につくということはあり得ませんが、一従者である私へ特別な好意を向けていただくなど起きてしまえばあまりのありがたさから行動に支障が生まれてしまう可能性があるのですがその場合を考えるとここでお褒めいただくのは危険と判断するためアヤネの背を借りて恐縮ですが今はこのまま———」

「似合ってる」

「はぅぁっ?!」

「ちょ、シエっ……。肩を持たれたままじゃバランスが…っ」

「あはははははっ」


 息をもつかせぬ自己防衛は一言で崩れ去り、力の抜けた身体を床につきかけの膝が支えている。

 おかげで捕まれていた皆方はそのまま背後へ倒れ込むのをこらえることとなる始末。背を逸らしている以上、当然胸を張ってしまい、小さくはないふくらみがドレスを押し上げている。

「あ、ちょっ、夜凪くんはあっち向いてて! リアさん、ちょっと手を貸してくだ、さい……っ。きゃっぅ!?」

 皆方も普段気慣れていないドレスに足を取られたのか、最終的にはシエに引っ張り負けた。もう建物の中である以上アスファルト熱で火傷なんてことにはならないが、人前でそんなことにさせるわけにもいかない。


 端から倒れるのは目に見えていたし、念のための場所取りはしていた。あとは前へ数歩進むだけで、予想通りの位置に皆方が倒れてきた。

「———きゅ……ぅ、う?」

「倒れるのは良いがな、せめて頭は守れよ。ケガしてからじゃ遅いんだ」

「…………」

「……、どうした。どっか捻ったか?」

「———はっ。な、にゃんでもないれす……」

 受け止めた皆方は手で顔を覆ってしまっていてよく見えない。どこか痛めてないといいんだが。

 っていうか顔隠す前に受け身をだな……。

「あぁ、アヤネっ!? スミマセン私のせいでっ!?」

「ぅぅん……いいの……、シエは悪くないよ……」

「それなら起きる気概を見せてくれ…、ずっと支えてなきゃならんのか俺は」

「ぅぅ……、ゴメン。…でももうちょっとだけこのままで……」

「なんだそりゃ……」

 仕方なく半お姫様だっこみたいな状態で数分間体勢を維持するという、あたかも筋トレのような状態になってしまった。

 なんで高い飯食いに来た先でこんなことになったのかが理解できん。その上———

「よしヨナ、こっち見てっ。いや、見なくていいやっ、キスしてキス! あとでしっかりと現像するから楽しみにしてて。シエもしてもらったら!?」

「い、いえっ、私は……その……」

「写真を撮るのを止めろバカ、シエも本気にするんじゃないっ。ほら皆方、さっさと起きないと笑い物だぞ」


 いまだに顔を覆っている手の隙間から見える皆方の頬は染まっており、恥ずかしいがここで立ち上がるとより恥ずかしいためにタイミングを見失っていると見た。

「何を言うんだヨナ、これも一つの青春の記録。いつか思い返した時にまた恥ずかしがればいいだけさ、だから今恥ずかしがっても問題はないよ、彩音もかわいいしね」

「意味が分からんぞっ、いいからさっさと——」

「…………さい」

「あん? 皆方、なんか言ったか?」

「………その写真あとでください」

「………、おまえな……」

「あの、やはり私もおねがいして……」

「飯行くぞ、飯!」

「ああ、ちょっとまって。持ち上げないでっ!? せめて降ろして!? 恥ず、恥ずかしいっ!」

「もう知らんっ」

 さっきまで大人しかったのが嘘みたいにじたばた暴れ始める皆方はもはや無視。さっさとエレベーターに突っ込んでしまおう。


「おお、大胆だねヨナ。これならワタシもお願いすればよかったかもしれない」

「わ、私は……」

「ははは、それは次の機会かな。なぁに、ワタシよりもシエのお願いならすぐに聞くさ。むしろワタシは皆まとめて抱くほう———」

「お前らもさっさと来いっ、イテッ、肩殴るな」

「ふふっ、おやおや、王子様がお呼びだ。じゃあ行こうか、カチコチのお嬢様? ほら、手を取って」

「…は、ハイっ———、ありがとうございます…」


 後ろでは何やら気取った会話が進んでいるがこっちはそれどころじゃねえ。油断してると拳が飛んでくる。

 体にあたる分には我慢するが、たまに顔へ飛んでくるのは避けなきゃならない。

「おま——、もうちょっと大人しくなったらどうだよ……!」

「知らないもん知らないもんっ、こんな恥ずかしいことする夜凪くんなんてこの拳で鉄拳制裁だもんっ!」

「お前の拳なんぞ鉄というより鳥の骨くらいの脆さだろうが! 効くかそんなもん!」

「言ったわねー!? その言葉後悔させてやるー!」

「おう、やれるもんならやってみろ! その行為自体後悔させてやる」


 エレベーターに到着して皆方を下すと、もはやこの小さな箱の内部はサバイバル空間。血で血を洗う危険領域。

「———」

「———っ」

予定のレストランへ到着するまでの数十秒で決着はつく。

 対するは護衛対象だった気がするが知ったことか、今はこのおてんばを懲らしめてやろうじゃないか。

「い、いくわよっ!? かかってきなさい!」

「言ってること滅茶苦茶だがまあいい、ここで力の差ってやつを———」


「はい、そこまで」

「そ、そのぉ、これ以上続けるのはよろしくないかと……」

「む」

「ぬ」

 横を見るとそこに居たのは当然だがリアとシエの二人。変な集中を指定体勢で上昇を始めたエレベーターの中に乗り込んでいた二人の存在を見失っていた。

「ほら彩音、そんな怒った顔じゃせっかくのドレスがもったいないよ。キミは笑顔の方が素敵だ。まあ、今の彩音でも十分似合っているけど…、やっぱりもったいない方が強いかな。

 ヨナもヨナで、男ならムキにならず足に根を張りしっかりと構えてあげないと。腹を槍で貫かれても動じない姿勢を見せるべきだ」

「…………」

「…………」

「シエをご覧、この状況でも落ち着いて——」

「いいいけませんいけません、このようなところで争うなどあまりに悲しすぎます…っ。このようなお二人の姿を見せられてしまっては私もどうすればよいものか——」

「——はないけど参考にはなる」

「えーっと………」

「あー…………」


 一人あたふたと目尻に涙を浮かべるシエの様子を見せられると燃盛っていたはずの闘志が速攻で鎮火していく。すでにやる気は消え失せているのだからさっきまでのは一体何だったのだろうという虚無感のみが胸の内を支配してきてるんだが、これは一体……。

 そして俺たちは今まで一体何を……。

「「あの……」」

「「………そっちがお先に———」」

「「…………」」

 被ってしまって変な間が開く。

 聞こえてくるのはエレベーターの駆動音だけで、俺も皆方も乱れた服やら髪を軽く整えている。

目線を向けるとあっちも同じで、互いが互いを窺うようにしているのはおかしな状況だ。

「「あの———」」

「「~~~」」

「「じゃあ先にこっちから———」」

「「…………」」

「「いっしょに………」」

「プフ———っ」

「アワワ……」


 横で笑ってんじゃねえ。そう言いたくなる気持ちはシエを見て抑えつつ、何とかまとまって方向性で話を進めるしかない。

「———」

 皆方の方を向き、アイコンタクト。タイミングはどうせ計っても意味ないのだから好きに言ってしまえば勝手に揃うだろうよ。

「「ごめんなさい……」」

 予想通りにそろった声は互いに小さく、二人そろっているというのにエレベーターの駆動音にも負けちまいそうなほど。でも、下げた頭を見上げた時に見合った表情が何ともまあ辛気臭いものだったからかな。

「なんだよ…」

「なんでも…」

「ふ…」

「あはは…」

 力ない笑い声を二人で上げると、なんというか、もうどうでもよくなっちまった。


 まもなく目的階に到着、若干気の抜ける電子音と共に扉は開かれ、そこから現れるのはここにきて身だしなみを整えているアホな若者が二人。あとは二人の社交界の華、美しき女主人とその従者。

「あ、丁度到着。せっかくの席だけど、心の準備は良いかな?」

「は、はいっ。リア様に恥を掛けはしませんっ」

「大仰に言うなよ、またシエがおかしくなる」

「あはは、今はシエも私たちと同じお客様なんだからそこまで気にしなくてもいいんじゃないかな? でも、やっぱり楽しみですね。何が出るんだろうなぁ」

「……?」

 それぞれが思い思いの言葉を述べる中、何故だろう。俺は何か、大切な何かを捕え切れてないような気がしていた。



 席に通され、雑談をこなしながら十分程度、一目見ればわかる程彩を凝らした料理が運ばれてきた。そして手を加えられた彩と同じく、その味も当然———。

「ん~~~、おいしい……、おいしいなぁ。なんだろう、すっごく私好みの味付け…」

「なるほど、こういった味付けがお好きなのですね…。覚えて帰らなければ……」

「流石シエ、このような場所でも自己研鑽を怠らない。うんうん、まさにワタシの従者として一流と言えるねぇ。ま、それに比べればこちらのヨナに料理は期待できないが」

「一々落とさなくていい。いいんだよ別に、料理出来なきゃ死ぬわけじゃない」

「え~、でも男の子でも家事全般できた方がモテるよ? 今は男女平等社会だし、アピールポイントが増えれば女の子の興味も———」

「じゃあこのまま一人身か。なぁに心配することは無い。その時になればワタシが面倒見てあげる。抱き枕とペット、どっちがいい?」

「なんで俺は人以下の扱いで話が進んでるんだよお前はさ」

「そうなりたくなければ料理が出来るようになるか、出来る相手を見つけてね。もしもワタシが恋しいというのならその相手と共に帰ってくればいい。皆まとめて面倒みよう」

「ご安心くださいヨナギ様、ヨナギ様は何もせずとも身の回りのお世話は私が済ませておきますので」

「その言葉をどうとらえるべきか、正直俺は悩んでるよ」

「シエったらだいたーん。……むぅ」

「え、え? アヤネその目は一体……? 私は従者としての使命を果たさんと思っての発言だったのですが……」

「ううん、いいの。ただ……、シエの照れるところと照れない所の境目が分からない時があるなーって。……やっぱり無意識な発言の方が良いのかな……?」

「アヤネ、私の発言で何かお気を悪くしたのでしたらお申し付けください。もし、小さな勘違いが後々アヤネを大きく傷つけることになれば私は悲しいのです…」

「そ、そうじゃなくってね? え、えーっと、何て言うんだろう。……養殖は天然物には勝てないというか、なんというか?」

「つまりこれから食材はスーパーではなく市場に足を延ばすべき、という事でしょうか? やはり鮮度という意味ではその日の内に新鮮なものを消費する。これは間違いないことですから——」

「あわわわ、そうじゃなくって…。というかほっといたらホントに行っちゃいそうだからタイムタイム!」


 相変わらずのシエと、小さい声でぶつくさ言ってる皆方は置いておこう。

「それで、有耶無耶だったがいきなり飯だなんてどういう風の吹きまわしだよ」

「うん? なぁに、親睦を深めようと思っただけだよ。これから先のことも考えると互いを知って仲良くなることに何の問題が? ヨナはそうなりたくないの?」

「………、別に、そう言うわけじゃない。ただ——」

 覗き見るように二人を見ると、勘違い暴走特急の二人組が楽しそうに疑問符を頭から飛ばし合っている。

「ただ?」

 細められる蒼穹の双眸、対峙したものの全てを呑み込まんとする圧迫感。

「……俺は、その意味を——」

 その時、俺は何て言おうと思ったのだろう。言葉は喉元で詰まり、満足な音を形成することは無かった。


「ヨナギ様!!」

「———ッ?!」

 なぜならその言葉を発する瞬間に、世界は暗闇に覆われたのだから。


リア回兼、バトル突入回です。

リアは『前作ヒロイン』的なキャラをイメージして書いた部分があるので、物語開始時点の距離感は非常に近いものがあります。また、ある意味でヨナギに一番近い存在です。


恋愛が絡む作品において、ヒロインが複数登場するのが当たり前となり、ヒロインレースなどと呼ばれていますが、リアの場合はヨナギが自分以外の誰かとくっついてもその二人ごと可愛がればいいと思っているので、ある種無敵のヒロインかもしれません。


次からはようやくバトル展開です。

少しずつでも本筋を進められればと思っていましたが、気分で書いているせいか日常シーンが長くなってしまいました。


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