11.それぞれとの一日①
【皆方の場合】
あれから二週間、皆方がやって来てからの生活は落ち着きを見せたと言っていい。朝はシエの次に起きては率先して朝飯やらなんやらを手伝っている。
日が昇り切るよりも前に一日分の宿題をこなし、午後になると皆で出かけたりテレビを見たり。学校へ行かなくていい分、実に休みを満喫してると言っていい。
皆方は三日に一度自宅へ戻ると、軽い掃除やこっちに持ってくる服の入れ替えをしている。あとは確か…泥棒が入ってないかの確認、だったか?
そのせいで俺も付き合わされているが、張り巡らせた結界があるため、正直皆方よりも俺の方がアイツの家の状態は良く分かる.
(そんなこと態々伝えるつもりもないが…。んなこと言えば後が厄介だしな…)
泥棒のことは心配いらない、なぜならお前の家の状態は常に見張っているからだ。などと口にした瞬間、俺の信用は地に落ちる。むしろそれで済んだら御の字だ。
「はぁ……、厄介だ」
「? 何がー?」
「なんでもねー」
「そっかー。…んしょ、んー、入らなっ、い……!」
俺の後ろでは何やらキャリーケースに服を詰め込もうと悪戦苦闘する皆方の姿。二、三日おきに来ているのだから無理して詰め込む必要も無いだろうに、一体どれだけ服突っ込んでるんだ。
「そこまで持ってく必要ないだろ。着ない服だってあるんだ、それなら着る服何着かあれば十分だろ」
「む、夜凪くんったら女心を分かってないなぁ。あの服が着たいって思った時に着れないって、結構ショックなのっ」
「そりゃあ俺は男だからな。にしても、これまで服詰め込むなんてそんなことなかっただろ。纏めていれてんのか?」
「ちょちょちょっと、覗いちゃダメ…っ。ハイ、あっち見る! もう…、泊まらせてもらってるのは感謝してるけど、……下着を、その…みられるのは……ちょっと、…ね?」
「あー……、はいはい」
「返事は一回ハッキリと」
「…はいっ」
「んんー、まあよろしい」
「そりゃどうも」
なんで俺がわざわざ二人しかいない家で皆方に背を向けているのか。要はカバンに詰め込むのは服だけじゃなくて下着も含んでるから男の俺はこっちを見るな、ってことだ。
(それ、やっぱり俺が来る必要あるのか?)
「もしも泥棒と鉢合わせちゃったら危ないでしょー」
「心を読むな」
「顔に出てますー」
「……位置的に見えてないはずだ」
「心の眼です」
「そうかい」
そう言われると何も言えない。というか何言っても顔に出てる以上無駄なのではないだろうか。結局俺は皆方に背を向け、物理法則を超えた収納術が結実するのを待つしかないわけで。
「で、勝率はどれくらいだ?」
「うーんと、服が3割くらいちっちゃくなってくれれば勝てそう、かなぁ…あはは」
じゃあ、まだしばらくは待ち時間だ。
「…………」
この場所で獣面と戦った時からそれほど経っていないというのに、何もない日常、実に平穏な時間の流れの中では、初めからこうだったのではないかと勘違いしてしまいそうになる。
俺は生まれた時からここに居て、リアやシエとあの場所に住んでいて、クラスが同じになった皆方と仲良くなって夏休みを共に過ごしている。ただそれだけの日常が延々と続いてきたのではないかと思ってしまう。
そんなことは有り得ないし、過去が書き換えられることも無い。そして、灰に染まった世界を生きた記憶が許してはくれない。
お前が生きる場所はそこではないのだと、失った物を取り戻せと。気を抜くとそんな声が聞こえてくるようで嫌になる。
初めから何もなかった俺に、失った物を取り戻すことが許されるかどうかも分かりはしないのに———。
「そういえばそのネックレス綺麗だね。リアさんからもらったの?」
「———え、あ、ああ。これか」
皆方の声によって現実に引き戻された。
背後を少し見やるとまだカバンと格闘しているらしいが、そろそろ勝機がありそうなくらいには詰め込まれているのが見て取れた。
首元に手をやると、リアからもらったネックレスを引き上げる。
「この前急に渡されたんだ。アイツは借りてたものを返すって言ってたけど、正直心当たりがない。只の気まぐれなんかじゃないのかと思うけど……良く分からないな」
「へぇ、じゃあリアさんなりの日頃のお礼とか、久しぶりに再会した記念とかかな。ほら、夜凪くんって文句言いながらだけどリアさんにも結構甘いし」
「あん? んなこたないと思うけどな。それこそ問題起こすたびに怒ってるし、…ああいや最近は怒るのも諦めてきたけどさ」
何とも情けないが、下手に反応すれば状況がより酷いことになるのは必定。ならば受け流すしかないだろう。俺だって注意すれば正す、なんてことになりさえすれば非常にありがたいが、アレはその程度のことでは止まらん。
「えー? そうかなぁ? 横から見てると結構思うときあるよ? もちろんシエ相手ほどじゃないけど、リアさんとは何て言うんだろ……。そうっ、なんていうか通じ合ってるって感じ! なんだか羨ましくなっちゃうな」
「通じ合ってる、か。……まぁ、どうだろう、な」
「んー、なになにー? もしかして夜凪くんの方が照れちゃった?」
「それこそまさかだろ。アイツのことは…面倒な絡み方してくる女くらいにしか思ってないさ。そりゃあ、アイツの言うこと為すこと全部がおかしいってわけじゃないけどな。
問題は、それが決定的なところでしか発揮されないところか。散々場をかき回した後、そこに居る全員が疲弊した中で最終的には独り勝ちしてるんだ。ホント厄介だよ」
「あははは、確かに。家でも何かある度にそんな感じ。
えぇっと、この前は確か……、『なぁヨナ。この場において誰が悪と指し示すことこそ愚かしいことじゃないか?』ってはぐらかしてたしね」
「単純に話題から逃げるだけなら楽なんだけどな。…アイツは基本的に小さい火種をデカくするだけだから、暴走してるのは周りだけなんだよ。だから誰が悪いかって言うと俺たちだ」
「うんうん、本当その通り。まあワタシとしてはそれも楽しいからいいんだけどね」
「一身に被害を受ける俺の身にもなってくれ。お前もお前でいったん火が付いたら止まらないしな」
「あー、えへへ……。改善に善処します」
「……ああ、そうしてくれ。で、まだ詰め終わらないのか? 今日で入れられないならまた明日にでも来ればいいだろ?」
「うぐっ、あ、あとちょっと、あとちょっとだけ待って。もう少し頑張れば入りそうなところまで来たから…っ」
そこまで頑張らなきゃ入れられない時点で、そのカバンの設計時点での内容量を優に超えてることは良く分かった。第一、何をそこまで詰め込む必要があるってんだ。
服なんて3着くらいを着まわせば問題ないだろうに。
「女の子、はねっ。日頃からおしゃれしていたいし大事な時はちゃんとした服を着たいのっ!」
「……顔は見えてない筈だろ」
「心をっ、読んだの…っ」
「あー、そりゃあ何というか、凄いもんだ」
なら何か? 俺は皆方の前では隠し事不可能ってわけだ。そりゃあ非常に困る。
「よおっ、っし。はいったぁあ。ふぅ……、お待たせ夜凪くん。頑張りました、私」
「ん? そうか、そりゃお疲れ様だな。持ってくのはそれだけでいいのか?」
立ち上がり、荷物を確認。
皆方の手には、さっきまで格闘していたカバン。心なしかファスナー部分が内側からの圧力によってはちきれんとする状態が目に入った。壊れることは無いと思うが、開けた途端に中身がはじけ飛ぶんじゃないだろうな。
「はい、詰められるだけ詰めましたので。ハイ」
「なんだ、シエの真似か? 似てないぞ」
「えー、そうかなぁ。どのあたり?」
「服を詰める時の丁寧さとか」
「ちょっとぉ、それ真似したところと関係ないじゃない」
「まあその点においてはまだまだ敵わないってことだよ。シエは家事に関してだけは失敗はないからな」
「完璧だよねぇ、憧れちゃうなぁ。リアさんみたいに余裕を持った女性っていうのにも憧れちゃうけど。やっぱり色々出来た方が良いしね。
そうだ、夜凪くんってリアさんとシエだったらどっちが好み?」
「な、なんだよいきなり。別に、アイツらはそういうんじゃない…」
「えー? 本当ぉー?」
「なんだそのイントネーションは…。ああ、本当だよ。そりゃあガキの頃から一緒にいたけどな、その分ダメなところも多く見てるし。何というか、いまさらそういう風には見れないよ」
「そっかそっか、なるほどねぇ」
なんでそんなことを聞いてきたのかは気にしないでおくが、なんにせよ突っ込んだ方が危険なのは考える必要も無い。
ただでさえよくわからない状況になってきているのに、これ以上変化が起き続けられても困るんだよ。
「オッケー! じゃあ帰ろっか!」
涼しかった室内から外へ一歩。ただそれだけなのに、露出した皮膚をじりじりと灼く日光はしょうがないこととはいえ嫌気が差す。
その中でもやけに元気な皆方を羨ましいというべきか、呆れるべきか。俺としては判断しかねるね。
「お前の家ココだろうに」
「む~。そういう話じゃないの、すぐからかうんだから」
「そういうつもりでもないんだけどな。ただ途中で飲み物だけ買わせてくれ。喉乾いた」
「あー、そうだね。家出る時にお茶とかも空っぽにしてきちゃったから。水くらいなら言ってくれればすぐだったのに。それこそ蛇口をひねるだけ」
「仕方ないだろ。喉乾いたのが暑さを自覚した瞬間だったんだよ」
実際、家の中にいた時はエアコンが付いていたから何も感じなかったんだが、外に出た途端喉の渇きを自覚する。喉元の水分が全部汗になって出て行ったんじゃないかって思うくらい。
「うんうん、その気持ちは良く分かりますとも。じゃあ着いてきてくれたお礼におごるよ。飲み物くらいなら全然」
「ん、そうか。じゃあ頼もうかな。ほら…」
「ほら?」
「だから、カバン寄越せ。あんだけ詰め込んでたら重いだろ」
「いいよいいよ、キャリーケースだからコロコロついてるし。って、あっ……」
ここにきて遠慮しだした皆方の手からカバンを奪うとそのまま歩きだす。両手が空っぽになった皆方は手を開いたり閉じたりしていたが、それもすぐやめて後ろをついてきた。
「大丈夫って言ってるのに」
「飲み物奢ってくれるんだろ。それならこれでチャラだ」
「それは着いてきてくれたことへのお礼でしょう? その路線で行くなら他に理由が欲しいなぁ」
「あー……、じゃあアレだ。この前夏休み前の試験の時に勉強用のノート貸してくれただろ。おかげで赤点が回避できた。その時ので———」
「それならその二日後にご飯奢ってくれたじゃない」
「ん…、そうだったか? じゃあその前の———」
「ごみ捨ての時はむしろ夜凪くんが手伝ってくれたでしょ。今みたいな感じでそっけなかったけどね」
「……じゃあ———」
「他だと忘れ物届けてあげた時とか? それとも加奈ちゃんにプリント届けに行ったら泣かれちゃって一人立ち往生してた時に助けた時かな? アレだってもうお礼は貰ってるよ?」
「……よくもまあ、何から何まで覚えてるな。俺がお前だったら全部忘れてる」
「ふっふーん、そんなこと言いながら夜凪くんだって覚えてるんでしょー? ぶっきらぼう感じで忘れてる雰囲気出しても分かるよ~?」
「……あほう、そりゃ覚えてるのもあるけどな。何時に何があtったなんて、忘れてるのも大量だよ。それに、今の時点でチャラだって言うなら別の日になんか頼むよ。精々今みたいに飲み物頼むくらいだろうけどな」
「夜凪くんは仕方ないなぁ。あんまりにも仕方ないのでその条件を呑みましょう」
「はっ、何が仕方ないんだか」
「じゃあよろしくお願いします。ありがとうねっ! じゃあ行こっか」
「———ああ」
夏の日差しがあまりに眩しくて、視界に映る景色は白んでいる。
その中央で笑う彼女はさしずめひまわりのような明るさ、というヤツか。なんとも比喩能力の無い自分が笑えてくるが、言葉遊びには慣れてないんだ仕方ないだろ。
『じゃあこれからどこ行こうかっ?』
「———っ」
光に目がくらむ。
———その時、一瞬だけいつかの景色が映り込んだ気がした。
「………」
「夜凪くーん、どうしたのー?」
「あ、ああいや、何でもない。っていうか先に行くの速いんだよ。スピードを合わせろ」
「せっかくだからもう少し水分を失わせておいた方がきっとおいしいよー!」
「馬鹿、倒れたらどうする」
「その時は看病してあげる。夜凪くんは忘れてるかもしれないけど、私これでも医者の娘だからね。応急手当くらいなら教えてもらってるから」
「あーそうだった。殺し屋家業かと思ってたね。包丁使うようなスタイルの」
「あー! それはもう謝ったでしょお?!」
「はは…っ、言われたくなきゃこれから気を付けるんだな」
「むぅ、夜凪くんのイジワル……」
「はいはい、悪かったよ。それじゃ本当に倒れた時は頼むさ。それでチャラにしといてくれ」
「何かおかしいような…? でも、まぁ…いい、かな? その時は私に頭を垂れて感謝することになるでしょうしね」
「そうなったらな。いくらでも垂れてやる」
「あ、言ったね? 忘れないからね?」
「いいぜ、俺は忘れてるだろうからその後は水平線だな」
「あーずるーい、絶対憶えてるでしょー!」
「さぁ、何の話してたんだったかな?」
「もぉー、またからかってー。……アハハハッ」
「ふっ、ははは———」
白い日差しがクソ暑い。
不快感を与えてくる日光と温められた風のダブルパンチは絶妙なコンビネーションと言わざるを得ない。
けど、隣を歩く少女の姿はそういうのも気にならないくらいに笑う。
このギラギラと輝く日光さえ意に介していないようで、その姿を見る俺もひと時、完全に忘れ去ってしまうくらいに。
……キレイだと、思ってしまった自分がいた。
けど、まぁ……。
暑いという事実を数舜忘れることを可能としたとしても、日光は絶えず俺たちを襲っているわけで。
「はぁ~~~、生き返る~~~」
「ああぁぁ、あっつい。そういや皆方、飲み物って本数指定してなかったよな」
「一本、今決めた」
「そうか…、なら仕方ないな。とりあえず飲みきるの待ってくれ、水分を体に巡らせないとヤバイ」
「私も…そうしたいでーす……、はぁ…」
コンビニに着いた後の俺たちは冷房の効いた店内に囚われてしまい、水分補給の後はアイスによる糖分補給と、結局店を出たのはそれから一時間後のことだった。
本作の投稿については、一週間で約1万字を基準に投稿していますが、今回はキリのいいところで区切った際に短めとなってしまいました。
申し訳ないです。
その分、来週の投稿分は少し長めとなると思います。
以前、ヨナギと皆方の二人は書きにくいキャラとしましたが、二人きりでの日常描写はだいぶマシになります。変な隠し事する必要がないからですかね。




