力
都内某所ビル群に佇む、背の低い雑居ビルには怪しげな看板が飾られている。「灰島運送」「逢初相談所」「臥薪塾」信用ならない、有り体に言えばセンスの無い名称の看板だ。寂れており、今はそのどれもがここに居ないことを感じ取れるような廃ビルだ。しかして一階には営業中の看板と共に「黒猫珈琲」という喫茶店が営まれている。その薄気味悪さから訪れる人は少ないが、確かに営業している。そんな喫茶店に今青年が訪れていた。
「初めの挨拶が肝心だ」
酷く緊張した様子で青年は自分に言い聞かせる。髪は黒く少しクセが混じり、無造作に伸びている。前髪だけはピッチリと七三に分け、スーツを着込んでいた。カラカラと引き戸を引く。
「おはようございます!本日よりお世話になる赤羽根宗也と申します!」
店内に入るや否や目を強く瞑り、大きな声で張り上げる。店内は人気が無く、カウンターの奥で筋骨粒々なオールバックの大男が可愛らしい黒猫柄のエプロンを着て目を丸くしている。
「君が今日訪れると言っていた赤羽根君か、元気があることは良いことだが落ち着きなさい」
低く落ち着いた声で緊張した赤羽を嗜める。
「はい!申し訳ございません!」
宗也はまたも大きな声で張り上げた。そんな赤羽根に対して大男は小さくため息をつきながら言葉を継いだ。
「黒猫珈琲の店長黒川寅次だ、謝る必要は無い、話は聞いているからこっちの扉から三階に上がってすぐ左手の部屋に、立ち入り禁止の札は無視してくれて構わない」
「はい!ありがとうございます!」
カツカツと革靴の音を立て、大きく身ぶりをしながら上に行く赤羽根を黒川はなんともいえぬ苦笑いで見送った。