第6π メークルの街案内
翌日――。
「おい、ハイジ、起きろ。おい、もう昼だぞ」
頬を叩かれる痛みで灰次は目が覚めた。
「起きたか。この寝坊助が」
メークルが呆れたように言った。灰次が首を横に向けると、メークルのおっぱいの谷間が見えた。最高の目覚めだ。ここは天国なんじゃないだろうか。
「起きたなら早く着替えろ。ギルドに冒険者登録に行くがてら、街を案内してやろう」
メークルが衣服を灰次の目の前に置いた。
「お前の服はこの世界では奇妙だからな。適当なのを持ってきた」
「ああ、そうか。ありがとう」
灰次は礼を言って、起き上がると服を着替えた。シンプルな布の服の上下といった感じだった。
メークルに連れられて街へ出て行く。西洋風の街並みの中を観光気分で歩いていく。
市場の区画に入っていくと、道の左右に様々なお店が所狭しと並んでいる。人も沢山歩いており、大通りに比べると雑多とした印象だった。
「昼時だから、弁当屋や食堂が賑わっているな」
確かに、店頭で肉やら魚屋らの串焼きを売っているお店に人が群がっている。
「何か食おう。私もお腹が空いたしな。ハイジの分も暫くはおごってやるから安心しろ」
灰次は再び礼を言った。メークルは微笑むと、お店の方へ駆け足で行った。少し待っていると、メークルは豚か何かの骨付き肉を焼いたものを二本手に持って戻って来た。
灰次は一本を受け取ったが、中々の大きさで面食らう。可食部だけで顔の大きさ位はある。メークルは灰次にかまわずに肉にかぶりついた。女戦士だけあって豪快だな、と灰次は苦笑した。
「このアルノマーブの街は自由商業都市でね、商業ギルドはあるが規制が緩くて、何を売ってもいいし値段も自由なんだ。まあ、あまりに法外な値段だったり、危険なものを売ったりしていたら調査が入り指導されたりもするけどな」
ふーんと、灰次は肉を齧りながら聞いていた。
「今まではそれで問題は無かったんだが、最近、激安の店が増えてね」
「ゴール・デン酒場みたいな?」
「そうだ。それ以外にも道具屋やら食料品店やら武器防具屋などもだ。品質は他より劣るが、相場の半額くらいで売り出されている。かといって違法とも言えない範囲だ。原価がどの位か知らないが、元を取れているのか心配になるよ」
ほのかに憂いを帯びた表情でメークルは肉を齧り取る。
「それに、これは噂だが、それらの店は何かの宗教団体の一部だって話もあるんだよ」
「へえ」と灰次は曖昧に頷く。
「宗教は自由なんだが、ケミルアトス教という余り聞かない宗教で、激安店が登場した頃からこの街で布教を始めたのもあって、少し怪しいのは否めないんだよね」
商店街を抜けると、何やら声が聞こえた。
「あれだよ」
見ると、数人の同じ服を来た男女が木の棒に木の板を張り付けた看板のようなものを手に、街行く人に訴えかけているのが見えた。冊子を配っている者もいる。
「確かに、ちょっと怪しい感じだな」
灰次は呆れたように笑った。世界が変わっても、怪しい教団とそれを信奉する者というのはいるんだなと、妙な感動を覚えもした。
「あなた方の世界は輝いていますか? 我々ケミルアトス教は皆さんの世界を輝かせたいのです。我々と共に、黄金のように輝く世界を見てみませんか?」
信者らしき男が大声で演説している。胸元には翼の生えた獣のような生き物の刺繍が施されている。並ぶ信者全員の衣服にも同様の刺繍があった。
「この世界を黄金色に染めましょう!」
信者たちが声を揃えて叫んだ。
そこを知らない顔でメークルは通り過ぎる。灰次はちらちらと見ながらメークルの横を歩いた。
信者の女性が近づいて来て「よろしかったら、これをどうぞ」と冊子を渡してくる。
灰次は一瞬躊躇したが、女の胸元に視線を這わすと、おっぱいがなかなか大きいのが見て取れた。瞬間、灰次は「一応貰っておこうかな」と冊子を受け取っていた。
「ありがとうございます」と女性は言って微笑んだ。
暫く歩いて信者の集団から離れた所で、メークルが顔を顰めながら言った。
「うわぁ、貰っちゃったの? 得体の知らない集団に関わらない方がいいぞ」
「えっ。つい……」
灰次はばつが悪そうに笑った。