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第5π かつての英雄の話

「えっ。ハイジさんって魔法使いなんですか?」

 驚いたようにランジェが訊いた。

「うーん。魔法使いっていうか、何というか……」

 灰次は誤魔化し笑いをする。「おっぱい使い」や「おっぱい魔法」というのは躊躇われた。

「まあ、ちょっと特殊だが魔法使いだ」

 言い辛そうにしているのを察してか、メークルが苦笑いをしつつ答えた。

「特殊な魔法使い?」

 ランジェは首を傾げた。そこへ、先程の中年男性が再び割って入る。

「おっぱいがどうとか言ってたな。お前さん、メークルちゃんのおっぱい揉んだのか?」

 下品な笑みを浮かべながら灰次の肩に腕を掛けてきた。

「いや、まあ、その……」

「えっ。ハイジさん、メークルのおっぱいを揉んだんですか?」

 ランジェも驚いたように目を見開いていた。

 おっぱいという単語が耳に入ったのか、野次馬のおじさん達も数名寄って来た。灰次が困った顔をメークルに向けると、メークルは溜息を吐いた。

「ハイジは……実は、異世界転生者なんだ」

「異世界転生……?」

 野次馬の中の誰かが鸚鵡返しで訊いた。

「そう。こことは別の世界からやって来たようなんだ」

 メークルがそう言うと、一瞬の沈黙の後、笑いが巻き起こった。

「がはは、じゃあ、あんちゃんはミナモンドの再来か?」

 おっさんが可笑しそうに笑った。

「ミナモンド?」

 灰次は聞き返す。

「ミナモンドってのはな、千年近く前に異世界からやって来て魔王を倒したとされる救世主の名前さ」

「へぇ。メークルも伝説がどうとか言っていたな……」

「そうそう、ただの伝説だよ。遠い昔のね。だから、おいらは信じてない」

 おっさんはそう言うと、酒の入ったコップをぐいっとあおった。

「ミナモンドについては伝説だが、約五百年前の英雄ノーブのことは歴史書にも載ってるし、間違いないよ」

 メークルが鼻息を荒くしながら言う。どうやら、その英雄のファンらしい。

「英雄ノーブは異世界転生者独自の派手な魔法術と華麗な戦術によって、エンディニア大陸を救ったんだ。

 英雄ノーブは雷の剣を雨のごとく降らし、嵐のような炎を巻き起こし、氷の大砲を放ったという。エンディニア大陸でギガントデーモン百体、ドラゴン千体など強力なモンスターが大量発生したのだが、英雄ノーブはそれらを全て倒したのだ――。たった一ヶ月足らずでな。その話を聞いて以来、英雄ノーブ・ナーガは私が最も尊敬する戦士となったのだ」

 目をキラキラさせてメークルは熱く語ったが、灰次は飲んでいた酒を吹き出しそうになった。

「ノーブ・ナーガ……だって?」

 まさか織田信長では、と灰次は思った。

「ん? ノーブ・ナーガを知っているのか?」

 メークルが首を傾げた。

「いや、俺のいた世界に織田信長という歴史上の人物がいてね。名前がそっくりなんで驚いたんだ」

 目を丸くしながら灰次は言った。

「ほう、それは興味深いな。それで、そのオダノブナガってのはどういう人物だったんだ?」

「うーん……」

 灰次は返答に困った。授業やテレビ番組の特集、ドラマなどで得た知識を思い出してみる。だが、異世界の人間にどう話せばいいのかわからず、ざっくりと話すことにした。

「日本という国の戦国時代……、戦争が多かった時代に活躍した武将だよ。武将というのは戦士みたいなものだな。性格は豪快かつ奇抜だったようで、数々の伝説を残している」

「なるほど……」

 納得したようにメークルは何度も頷いた。

「英雄ノーブは有名だが、異世界転生してきたってのは本当だか分からんよ。本人がそう言っていたというだけだしな。異世界転生なんて、伝説やおとぎ話の世界だろうよ」

 おっさんが小馬鹿にしたように笑った。

「それに、この普通のどこにでもいそうな顔の男が英雄ノーブみたいに世界を救うってのかい?」

 顔を酒で赤らめた別のおっさんが茶化すように言った。

 灰次は苦虫を噛み潰したような顔をした。しかし、確かにおっさんの言う事も一理あると、悔しいが納得するところもあった。

 メークルは灰次の方をちらりと見て苦笑する。

「まあ、ハイジは見た感じさえない男だが……。しかし、現にハイジは特殊なスキルを使ってレッドベアを二体倒したぞ」

 メークルが神妙な顔で言った。

「えっ。あのレッドベアをか?」

「レッドベアなんて、冒険者数名でやっと一匹駆除できるかって猛獣だぜ」

 おっさん達が驚きと感心の声を上げた。

「すごいですね、ハイジさん」

 ランジェが眼を輝かせた。灰次は照れたようにはにかんだ。そこへ、やはりおっさんが突っかかって来た。

「分かった、分かった。で、おっぱいの説明はまだなのか?」

 メークルはやれやれと言った風に首を振ってから口を開く。

「その特殊なスキルというのが、女のおっぱいを揉むことで発動するらしいのだ。灰次がいうには〈おっぱい魔法〉というらしい」

「なんじゃそりゃ」

 おじさん達が一斉に仰け反った。

「いや、本当になんじゃそりゃなんだけど、本当なんだ」

「ほお、じゃあ、これからメークルちゃんはこの男におっぱいを揉ませ続けるわけだ」

 にやにやしながらおっさんが言った。

「変な言い方はやめろ」

 メークルは拳を鳴らしながら、おっさんを睨んだ。

「怖い怖い。メークルちゃん、怖いよぉ」

 おっさん達は震える仕草をしながら怖いと言いつつも、顔は下卑た笑いのままだった。


 *


 夜が更けて店が閉店した。

 あれからおっさん達やメークル、ランジェ達から元いた世界について質問攻めにされ、灰次はぐったりしていた。

 おっさん達は半信半疑ではあったが、話は盛り上がってそれなりに楽しかった。

 片づけを手伝ったあと、使っていいと案内された部屋は六畳ほどの広さだった。住み込みの店員を住まわせるための部屋なのだろう。がらんとしつつも、ベッドとタンスなど最低限の家具は揃っていた。

 灰次はベッドに横になると、物思いにふけった。一日の間に色々あり過ぎて、頭がパンクしそうになる。

 まだ冒険者になるか決めかねていたが、メークルとランジェによって冒険者になるしかない雰囲気が出来上がっている。

 とはいえ、何も知らない世界で他に何が出来るのかも分からない。部屋と仕事を紹介してもらえるだけで有難いと灰次は思う事にした。

 いや、むしろ、これは現実なのだろうか? 眠ったら元の世界に戻って、病院で目覚めたりするんではないだろうか?

 暫く考え事をしていたが、疲れとお酒のせいか眠気が襲ってきて、そのまま灰次は眠りについた。

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