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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

初恋の終わり

作者: たーた

なんとなく忘れられないだけ。だから別に好きってわけじゃないと思う。

すごくすごく好きだったから、好きだった期間が長かったから、だからまだちょっと気になってるだけで。


終わることなく期限切れになった恋は、燃えて塵になることも、腐ってボロボロになることもなく、ただ色を失ってこの胸の底に落ちてしまっている。





田舎の結婚は早い。意外な人が結婚して、もう子供2人とかいたりする。


「お、ヒロアキ、久しぶりだな~~!」


ざわざわした会場の中、自分を呼ぶ声に振り向く。中学生の頃の友人、アツシがいた。


「アツシ、久しぶり」


そう返すと、記憶の中の学ランを着たメガネの科学少年は、すっかり大人に成長した顔でにこやかに笑った。


「お前、何年ぶりだよこっちくんの」


「んー、中学卒業ぶり以来だから・・・10年ぶり?」


アツシにがしっと肩を組まれ、頭で頭をぐりぐりされる。覚えのある仕草に、一気に10年前の情景が浮かんできた。

あの頃の自分は、とにかく恋をしていた。好きで好きでどうしようもない人がいた。

もう昔のことすぎて、その恋は掠れてしまったけれど、今日この会場に来たのは、結局その人をもう一度見たいからだ。


同窓会のハガキが来てからというもの、あの人が夢に出てくることが増えた。

あの人との思い出ばかり反復してしまう自分がいる。

---アサヤ シュン。

好きだった。

転勤族だった自分が、6年もの間住んでいたこの宮城の地で、その6年間、いや、東京に越してからもしばらくずっと想っていた人。



アツシと話しながらも、視線は絶えず会場をくまなく移動する。25歳になったかつての同級生たちは、数人に固まって話し合ったり、また大勢で固まってはしゃいだりしている。


小学校4年のときに宮城に越してきて、中学卒業と共に東京へ戻った。

元々内気で地味だった。転校生ということもあって、当初はうつむいてばかりいた。

クラスメイトの興味が転校生へ向いたのは一瞬で、道化の一つもできないとわかると、いないものとして扱われた。

それでも、アヤサだけは違った。下ばかり向いていた自分に、普通に接してくれた。

席替えで、同じ班になったとき、


『俺、アサヤ シュン。ヒロアキっていうんだな、俺の弟の名前と一緒だ』


『そうなの?』


『うん、俺の弟はもっとうるさいけどね。うちのヒロアキもヒロアキみたいに大人しかったらよかったけど。ていうかヒロアキってまぎわらわしいな。うーん・・・ヒロだと母さんが弟を呼ぶときみたいだから・・・アキって呼んでいい?』


『アキ?』


『うん、嫌だ?』


『ううん、ぜんぜん!!』


友達なんか居なかった地味な俺にも、誰からも好かれるアサヤは話しかけてくれた。かまってくれた。


意地悪な男子なんかは、よく、『アサヤ、お前そんなダサイやつに話しかけてんのかよ』とか、『ダサダサ菌がうつるぜー』とか言ってたけど、アサヤは全然気にならないみたいだった。そういうところも、すごくすごく格好良かった。

運動が苦手だった俺は、ドッヂボールではよく的になったけど、同じチームだったアサヤは、『アキは俺の後ろに隠れてろ』って、守ってくれた。

どんくさい俺が、給食のご飯を落としてしまったときは、『隣のクラスに余りがないか聞いてくる』って言って、隣のクラスから給食をもらってきてくれた。

優しくて格好よくて、それがとても自然体で。そんなアサヤは、もちろん女子から大人気だった。クラスで1、2を争う人気で、女子なら一度は好きになるようなタイプだった。

授業中、先生の質問に答えられなくて泣きそうだった俺に、こっそり答えを教えてくれた。

桃が嫌いだったアサヤが、先生の目を忍んでこっそり俺の給食のお皿に自分の桃を滑り込ませた。

お昼休みに一人で本を読んでると、俺の机まで来て相手をしてくれた。アキ、何読んでんの?って。俺が吃ると、笑って俺の頬を軽く摘んだ。

宿題をやっていなくて、朝必死にノートに向かう俺に、『今回だけ特別』と言って見せてくれた。『自分で解かないと力つかないんだからな』って。アサヤは頭が良いだけあってそういうところは真面目だった。


毎年クラス替えがあったけど、奇跡的に小学校4、5、6年生はずっと同じクラスだった。

距離が出来たのは中学に上がってから。


初めてクラスが分かれて、違う学区からも生徒が入ってきて。1年1組の俺と、1年7組のアサヤ。階も違くなって、会うことすら少なくなった。すれ違っても、アサヤは活発そうな友人達と喋っていて、俺にはまったく気がつかない。

それでも俺の片思いは終わらなかった。喋れなくても、姿を見るだけで嬉しかった。

アサヤに彼女が出来たのが、1年の冬。バスケ部の先輩だった。小学校からミニバスをやっていたアサヤは、当然バスケ部に入っていて、以前から知り合いだったひとつ年上の先輩と付き合った。アサヤはもしかしたら、ずっとその先輩のことが好きだったのかもしれなかった。

小学校6年の頃、アサヤは、『早く中学生になりたい』と言っていた。その先輩が居るから、早く中学に行きたかったのか。

当然のように俺は失恋をして、それでもアサヤを好きな気持ちはなくならなかった。



中学2年になっても、アサヤと俺のクラスは離れたままだった。アサヤはもう立派に男の体になり、俺は毎夜アサヤに抱かれる妄想をした。俺の髪を撫でて、優しく頬を摘んで。そっとキスをする。体に触れて。。悲しい思いは募るばかりだった。


夏だった。休み時間、暑くて暑くて、水道に水を飲みに行こうと思って、廊下の角を曲がった。どんくさい俺は、人がいることに気がつかなくて、思い切りぶつかって尻餅を着いた。


『あ、悪い。』


覚えのある声よりも、掠れて低くなったアサヤの声だった。びっくりして上を向くと、アサヤの大きな手が俺に伸びてきた。


『大丈夫か?悪いな、見てなかった』


ぐいっと手を引かれ、立たされた。俺は何も言えなくて、ただぼんやりとしていた。アサヤはそんな俺を気にすることもなく去っていった。


急な接触が嬉しかった。手に触れた。熱にドキドキする。でも、名前を呼んでくれることもなかった。アキ、久しぶり、って言ってくれなかった。なにも言ってくれなかった。

俺のことなど、忘れてしまったんだろうか。

悲しかった。それでも、家に帰って、アサヤの手を思い出して自慰をした。



中学3年になって、アサヤと俺は同じクラスになった。小学校の頃のように、少しは話せるようになるかと思った。でも、すぐに分かった。アサヤの眼中に、俺は入ってない。

特に無視をされているわけでもない。本当に、「ただのクラスメイト」だった。アサヤはキラキラした人たちと一緒にいて、楽しそうで、笑っていて。

勇気を振り絞って、「おはよう」と言うと、「おはよう」と返してくれる。でも、それでおしまい。

前みたいに、俺を気にかけてくれることはない。『アキ、何してんの?』って顔を覗くことも、『ほら、アキすぐ風邪ひくだろ』って、こっそりホッカイロくれることも。

中学校には、アサヤの興味を引くものがたくさんある。たとえば、大人の女の人みたいになっていく同級生の子たちとか、初体験がどうとか、○○先輩のバイクに乗ったとか、そういう、俺には縁のない話。だからこんな、地味でつまらない男の俺のことなんか忘れてしまっても仕方ない。


中3の夏、アサヤと彼女が別れた。噂はすぐに広まる。一つ年上だった彼女は、高校に行って変わったらしい。あれだけ別れればいいと思っていたのに、いざ別れたと知っても、あまり心が動かなかった。もう、彼女がいようがいまいが、アサヤが自分と遠いところにいることは決定的だからだ。

その頃には、転勤のことがもう決まっていて、中学卒業と共に東京へ行くのだから、せめてあと少しだけは、こっそり好きなままでいようと思っていた。


そして秋になり、アサヤにはまた彼女ができた。一つ年下の、吹奏楽部の女の子。かわいかった。一緒に帰ってるところもよく見かけた。セックスもしたとか、しないとか、そんな噂も流れてた。そして冬になった。受験も本番。俺は無事、県外受験を成功させ、アサヤは県内有数の進学校へと入学が決まった。

卒業式の日、アサヤは泣いていた。俺は泣かなかった。泣くほどの思い出が、中学校にはなかった。アサヤにはあったのだろう。部活をして、恋をして、彼女もいて、友人もたくさんいて、充実した中学生活だったのだろう。俺は何もなかった。ただひたすら、薄暗い気持ちをアサヤに抱いて、それだけだった。それしかなかった。

こんなにも違う。俺とアサヤ。遠かった。


俺が引っ越すことは、友人のアツシしか知らなかった。科学オタクで、明るいけど変わり者。科学の話をし始めると止まらないから、あまり友人がいないみたいだけど、俺はそんな話も楽しかった。

アツシと別れを惜しんで、それから校門を出た。アサヤはたくさんの男女に囲まれて、まだまだ学校を出ることはないだろう。校門の前で両親が待っていた。もう一度学校を振り返って、それから車に乗った。


東京の高校に行っても、アサヤを忘れられなかった。しょっちゅう夢に出てきたし、卒業アルバムを何度も開いた。

19歳の頃、初めて男と寝た。そういう人が集まるというバーを調べて訪れた。40歳のおじさん。優しかった。こんなもんかって思った。アサヤの顔がどうしても過ぎった。

20歳になって、成人式の集まりがあるとハガキが届いた。アサヤに会いたいと思ったけれど、男に抱かれた自分に、どこか後ろめたさがあって行かなかった。



そして、今日。25歳の俺は、もうアサヤを好きではないと思う。ただずっと長いこと好きで、好きで。その痕跡が残っているだけで、もう10年も経つんだから。ただなんとなく忘れられないだけ。


「でさ、こないだの東大の研究室の発表でさあ」


アツシが永遠と『人類の大いなる進歩』について語っている間も、俺の視線は会場を見渡す。垢抜けた人、太った人、老けた人、様々だ。


会場の前の扉から、数人の男女が入ってきた。それを見て心臓が大きく鳴る。アサヤがいた。どうやらこの同窓会の幹事達らしい。アサヤはマイクを持って会場のステージに上がった。


「お集まりのみなさん、お久しぶりの人もいれば、普段嫌っていうほど会ってるという人もいるかと思います」


アサヤだった。スーツを着て、記憶のなかよりずっと大人になったアサヤだった。胸がドキドキと早くなる。


「これから数時間は10代に戻って、楽しくあの頃のことや、最近の近況など、語り合おうじゃありませんか。豪華賞品のビンゴも待ってるので、お楽しみにしてください。同窓会幹事・アサヤシュンでした。」





十数個あるテーブルの一つに、アツシと共に座る。


「あ、そういえば俺、結婚したんだ」


アツシが唐突に切り出して、俺はびっくりして目を見開いた。


「駆け落ち同然でしたから式もなにも挙げてないんだけど、ほら」


アツシの左手の薬指には確かにシルバーの指輪が光っていた。


「お、おめでとう。びっくりしたよ」


「うん、そんなにびっくりした顔されるとは思わなかったけど。まあ東京じゃこの歳で結婚する人も少ないか。こっちは結構多いよ、ほらあいつも、あいつも、あいつも」


さすが地元人、アツシは同級生たちを指差して、今の近況も添えた。

あいつは農家に嫁入りしてもう子供が3人で、男を産むまでまだ産み続けるとか、あの子はAVに出てたとか、あいつは出来婚で大モメしたとか


「ほら、今挨拶した幹事のアサヤも、来月結婚すんだぜ。大学のときから付き合ってるすっげー美人の子とさ。いいよなあ。モデルだってさ」


時間が止まった。アサヤが結婚。少しも考えなかったわけじゃない。でも、でも。アサヤはまだだろうって。まさか結婚なんてって。


目の前の瓶ビールを、そのまま飲み干した。飲めもしないお酒に、一気に気分が悪くなる。


「・・・トイレ」


「大丈夫か?ついてく?」


「ううん、へいき」


ふらふらと騒がしい会場を出て、エレベーターの前まで行く。扉一枚隔てたこの静けさと、柔らかい絨毯に、何故か泣きたくなって、しゃがみこんだ。



今更だ。まだ俺はアサヤが好きなのか?幼かった俺はもう居ないのに。彼氏だって居たときもあった。愛された経験も、もうある。何も知らない15歳じゃないのに。


都合のいい夢なら何度も見た。理想的な妄想なら何度だってした。夢の中でアサヤはいつも俺を好きでいてくれたし、俺を抱いてくれた。

俺は初恋をこじらせてしまって、「好き」と思う行為の辞め方を知らなくて。ただひたすら色褪せるときを待った。優しい恋人が出来た時もあった。その人を好きだと思ったときもあった。それでも、その人と一緒に眠っても、夢に出てくるのはアサヤだった。

終わらなかった恋は、腐ることも塵になることもなく、その形だけまるまる俺の胸に残ってしまった。

夢の舞台はいつも小学校。一番アサヤと俺が近かったところ。小学校の教室で、大人のアサヤと大人の俺がキスする。当たり前みたいに、恋人みたいに。


「帰ろう」


のろのろと立ち上がり、エレベータのボタンを押す。


「あれ、どうかした?」


その声に驚いて振り返ると、頭を満たして仕方ない、アサヤがいた。


「あ、・・えっと」


「ん・・?あ、アキ?アキだよな、転校生の」


チン、という音ともにエレベーターが迎えに来た、どうにも困った状況にオロオロしていると、アサヤが不思議そうに近づいてきた。


「なに、どっかいくの?まだ始まったばっかだけど」


「え、と、あの、、、あ、き、急用が」


しどろもどろになりながらなんとか口を開く。心臓はもはやばくばくだ。

アサヤはおかしそに笑った。


「なんか懐かしいなあ。アキって昔もそんな感じだったよな。帰っちゃうんだ」


「う、ん。ちょっと仕事で、トラブルがあったみたい」


「そっか。じゃあ下まで送ってくよ」


そう言うとアサヤは閉まりかけのエレベーターに素早く手を差し込み、するりと乗り込んだ。


「ほら、乗らないの?」


「あ、うん」


慌てて乗り込むと、酒がぐるりと回った気がした。

ガーッと扉が閉まる。狭い箱に二人きり。ドキドキする。


「あ、あの、け、結婚するって聞いて、その、おめでとう」


顔は見れなかった。言いたくもなかったけど、何故か口から出た。


「ああ、誰かから聞いたんだ?ありがとう。」


ちらりと表情を伺うと、少し照れたような、それでも嬉しそうな顔をして笑っていた。

急に切なくなって、涙が出た。頬を伝う雫を感じたけど、拭う余裕もなかった。ただひたすら涙が出た。


「え、ちょ、アキ、なに、え?どうした」


いきなり泣き出した俺に、アヤサはあたふたしてるけど、どうしても涙が止まらなかった。

声を出さないように唇を噛み締めるだけで精一杯だった。

チン、とエレベーターが1階に着いたけど、降りることもできなくて、そのまま扉が閉まり、狭い箱には涙を流す俺と、慌てるアサヤが残った。


「どうした、誰かに虐められたか?」


見当違いのことを言うアサヤ。ハンカチを渡してくれて、背中をさすってくれる。優しい。やっぱり優しい。


「お、れ・・・小学校のとき、て、転校してきて、だっ、誰も話してくれなかっ、たけど、あ、あ、アサヤが構ってくれて、う、うれしかったっ」


「え?」


ひっく、と嗚咽が止まらない。でも、伝えたい。もう本当に、これっきりになるだろうから。これが最後。長かった恋の終わりは今だ。


「きゅ、給食のときとかっ、コロッケ出たときとか、醤油みんなでまわしてかけるでしょっ、途中で醤油なくなっちゃって、みんな俺が使いすぎたからだって責めたけど・・あ、アサヤは、「アキだけのせいじゃないだろ」って言ってくれて、そういうの、いっぱい、嬉しかった」


様々な思い出が頭を過ぎる。大好きだった。本当に。だから、ずっと忘れられなかった。

忘れたように思い込んでたけど、心の底では気づいてた。ずっと、ずっと好きだった。


「アサヤ、友達いっぱいいたけど、しゃ、シャーペンの芯とか、なくなったとき、毎回俺に貸してって言ってきてくれるのとか、嬉しかった。習字の時間とか、「青雲」って文字さ、俺が「青」うまくて、アサヤが「雲」うまくて、二人で半分こして書いたのとか、友達みたいで嬉しかった」


「・・・ああ、あったなそんなこと」


だんだん落ち着いてきた俺は、アサヤのハンカチで涙を拭う。ああ、大丈夫だ、もう笑える。


「中学校で、ぜんぜん接点なくなって、寂しかった。でも、俺がもっと積極的に行けばよかったんだよね。アサヤと一緒に居たいって、言えばよかったね。」


「そんなに思ってくれてるなんて、知らなかった。もっかい中学やり直せたらいいのにな」


アサヤはそう言って、ぽんぽんと俺の頭に手を置いた。優しく笑ってくれていて、それがまた嬉しかった。


「おまえ、ほら、俺の弟と名前一緒じゃん。どんくさいし、なんか放っておけなくてさ。」


「うん。おれ、名前がヒロアキでよかったよ。アサヤに一時でも構ってもらえたから」


「一時なんて言うなよ。また今度さ、こっち来たときとか遊ぼうぜ。俺も東京行ったら連絡するし。番号教えてよ」


嬉しかったけど、俺は頭を横に振った。


「俺、初恋だったんだ、アサヤのこと」


アサヤの笑顔が、その瞬間固まった。そういう意味での好意とは、考えてもみなかったのだろう。


「気持ち悪くて、ごめん。」


「・・・い、や、気持ち悪いってことはないけど、びっくり、して。そっか・・・ありがとう。気持ちには答えられないけど、嬉しいよ」


「うん、ありがとう。」


また涙がボロボロと溢れた。ハンカチで涙を吸い取る。大丈夫、言えた。アサヤはやっぱり優しいから、軽蔑したりなんかしなかった。俺の好きになった人はやっぱり最高だ。


「もう、行く。」


エレベーターの「開」」ボタンに手を伸ばした。その手を掴まれて引き寄せられる。え、と思った瞬間に、唇に柔らかい感触がした。その熱はすぐに離れて、びっくりしてアサヤを見上げると、気まずそうに頭をかいていた。


「うー、悪い。今のはだめだ、ごめん、つい」


ああーと呻いてアサヤは顔を歪めた。


「え、」


「俺もさ、白状すると、アキが可愛くて仕方ない時期があったよ。だから中学に上がったらあえて距離おいた。そしたら女の子とも普通に付き合えて、それにほっとしたりした。・・・何かが違ったら、違う今があったかもな、俺たち」


アサヤは少し切なそうに笑って、小さくため息をついた。


「まあ、何を言っても仕方ないけどさ。でも、嬉しいよ。ありがとう。ずるいな、俺。もうどうしようもないって分かってるのに。」


とっくに枯れたはずの恋が、最後の最後で小さく花をつけたような気分だ。嬉しさと切なさと、でもやはり悲しい。

これで終わりだ。これ以上は、何もない。


「アサヤに、会いに来てよかった」


「うん、俺も。アキに会えてよかった」


今度はアサヤがエレベーターを開いてくれた。一歩出る。アサヤはそこから出てこなかった。


「じゃあな。」


「うん、ばいばい」


ハンカチを握りしめていることに気づいたけど、黙っていた。これだけは欲しかった。

長い恋の終わり。でも、またここからだ。恋は終わった。でも、その想いはすぐには消えない。


振り返らずに会場を出た。



思い出すのは小学校の頃ばかり。

二人三脚で、足を引っ張ってしまう俺に根気よく付き合ってくれた。

クラス全員の前で先生に怒られたとき、アサヤは笑って、面白いマンガの話をしてくれた。

家庭科の時間、どうしてもミシンに糸がかけられなくて、アサヤもそれが苦手で、二人で一生懸命教科書見ながら糸かけした。

放課後、弾けもしないピアノを二人でデタラメに鳴らして遊んだ。


「楽しかったなあ」


アサヤがいなかったら、きっと俺の子供の頃の思い出なんてからっぽだ。良い恋だった。

次に生まれ変わるなら、アサヤの子供になりたい。ずっと一緒にいられるから。


終われなかった恋が、今日終わった。ずっと胸の底にあった大きなこの想いは、これから少しずつ溶けていって、優しい気持ちだけになるときが来るのだろう。

それを少し寂しいとは思うけれど、まだしばらくはアサヤが夢に出てきてくれそうだ。


アサヤ以上に好きになる人なんて、現れるのだろうか。



END

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