芹沢と慶四郎 その四
継司はゆっくり進んでいる馬上で目が覚めた。
顔に馬のたてがみが当たってむずかゆい、馬上に座って、頭を馬の首の方にうつ伏せで寝そべった格好になっていた。
どうして馬上で座っているのか理解できない・・・
継司が馬に乗り、少年が馬を引いている格好になっている。
「お、目覚められましたか?」
馬を引いていた少年が継司に気がつき言った。
継司はさっきのこの少年との対決を思いだした、まだ腹の辺りが痛む。
「しかし、この辺りはのどかで、いいところですね、あの辺りは何を作っているのでしょう?」
さきほどの事がなかったかの様に向こうに見える畑を指さし、少年は言った。
馬はゆっくり足を進めていた。
馬の上で、この少年が本当に家老の息子であれば、大変な事だ・・・継司はどうしたものかと、思ったが意を決して口を開いた。
「あの~ 貴方様は本当に家老安島様のご子息ですか?」
さっきと明らかに違う態度で恐る恐る継司は尋ねた。
「まだ、疑っているですか・・・貴方の座っているそこの鞍に家紋が入っているでしょう」
少年は少し微えみながら話した。
その様子を見て内心、継司はほっとした。(怒ってはなさそうだ・・・)
継司は座っている鞍の縁の辺りを探した・・・その縁の中心に安島家の家紋である松の葉の御紋があった。
継司は驚き、馬から飛び降り・・・というより、腹の痛みで上手く降りれず、転げ落ちた格好になった。
そのまま、正座し、両手を地面に付け、頭を擦り付けるほど、平服した。
腹の痛みは激しいがそんな事を言ってる場合ではない、下手すれば、打ち首である。
武士にとって打ち首ほど、不名誉な事はない。
「これはとんだ御無礼を・・・どうかご容赦ください・・・」
頭を地面に付けながら、継司は言った。
「いやいや、私がこんな汚い格好をしているから、そなたに勘違いさせてしまいました、我が父は元々下級武士出身 大殿様に見いだされて今の家老の職に付きました。まぁ、倹約質素が我が家の家訓で日ごろはこんな格好です、ささ、頭をお上げください」
「いやいや、拙者、腹かっ切ってお詫びいたします!!」
継司はもろ肌になり、腰から脇太刀を取り出した。
「それはならん!」
素早く少年の木刀がまたもや、継司の手を叩きつけた。
脇太刀が孤を描き地面に落ちた。
「ああ、すみません、つい手が出てしまいました、御許しください」
「ぐぅぅ・・・」
継司は両手を腹の辺りで抑え痛みに耐えていた。
「では、こうしましょう・・・明日からあの笈川は治水工事に入ります、本格的には十日後からで人手がいるんです、十日後までにできるだけ沢山の人を集めてください・・・それから貴方を私の補佐にいたします、治水工事を私と共にやっていただきます、これでどうですか?」
「わかりました、仰る通りに・・・」
継司は早くこの場から逃げたくなった、自分は因縁を付けた少年にまったく歯が立たないのである、しかも家老の息子である。
「では、人を集めるのに人足代として一人一日の給金は500文ということで集めてください」
この村で現金を得ようと思うと、村で採れた野菜などを城下に売り歩くしかないのだが、一日売り歩いても、10文ほどしかならない、その50倍の賃金である。継司は驚いた。
(これなら、村の衆も喜んでこの治水工事を手伝ってくれるだろう)
「はっはー」
継司は平服している。
「まぁまぁ、そんな事はもうやらずとも、御手を上げてください」
少年は困りはてた、継司が動かず平服しているのである。
少年はしばらく、どうしたものかと考えた・・・
「あの~ 貴方は今から工事の終わるまで、私の家来扱いでよろしいですか?」
「はっはー」
継司は変わらず平服している。
「では・・・」
少年は大きく息を吸いこんでから
「これは主命である!そのほう、今すぐ立ちあがれぃ!!」
主命それは、武士にとって絶対命令なのである、この命令に背く事は藩に背く事になり、大罪である。
少年はこの様な命令は出したくなかったが、仕方がない・・・こうでもしないとこの男は動かないと思ったのだ。
「はっい!!」
継司はすぐに反応し立ちあがった。
なんという美声であろう、少年の命令する口調は、心の底から鼓舞が起こり、己を凛とさせるのである、つい体が反応する・・・間違えなく人の上に付く人間だ、と継司は思った。
「さぁ、まだ、腹の辺りが痛むでしょう、気になさらず、馬に乗ってください」
少年は優しく継司に声を掛けた。
「いえ、そんな事はできません・・・私はこのまま歩いて帰りますゆえ・・・」
「私は十日後に貴方の元気な姿を見たいのです、一緒に元気よく働きましょう、このまま返すと申し訳ない、どうぞ、馬に乗ってください」
「いやいや、それはなりません・・・」
何回が、こんな押し問答があり、継司はついに根負けして、馬に乗った。
また、継司が馬に乗り、少年が馬を引いている格好になってた、一見すると、少年が継司の家来に見える。
「下村継司さん・・・貴方の家の方向はこの道を真直ぐでいいのですね?」
手綱を持った少年が馬上の継司を見上げて言った。
「そうです、この道を真直ぐいった、あの林の向こう側です・・・はて?私は安島様に名を名乗った事がないのに、何故・・・私の名前を御存じなのでしょうか?」
継司の言う通りであった、このふたりが出会ってから、まだ、継司はちゃんと自己紹介はしていないのだ。
「あはは・・・」
少年はニコニコ笑いながら、馬を引き歩きだした。