芹沢と慶四郎 その弐
「今日の芹沢さん、いつもと 違うなぁ・・・なんと言うか、人が丸くなったて言うか・・・」
平山が新見に耳打ちした。
「そうだなぁ、慶四郎様と会うといつもこういう感じだなぁ・・・」
新見は他の者に聞こえないように小声で返答を返した。
「芹沢さんが慶四郎様の為にいつでも死ねると日ごろから言ってるからなぁ」
芹沢と慶四郎がなにやら楽しげに話しているのを横目で見ながら平山は言った。
「なにやら、芹沢さんが、女房に尻に引かれた亭主の様に見えるな」
「あははぁはー まったくだな」
新見と平山はこんな会話で楽しく酒を呑んでいた。
今日の昼間 越後屋からの強請りを慶四郎に阻止された後から芹沢は変であった。
一同は越後屋を後にし、壬生にある屯所になっている八木邸に歩きだしていた。
三条通りにある越後屋から壬生までは四条通りまで下がり、後は四条通りを西へ真直ぐ進んで、歩いて半時もかからないぐらいの距離である。
「・・・ 慶四郎が京にいたとはなぁ・・・立派になりやがった・・・ふっふっ・・・」
金品を1つも取れずに出てきたのに、芹沢はニコニコ笑いながら歩いていた。
新見らはまた 芹沢が強請り失敗に腹立てて、辺りかまわず暴れだすのかとヒヤヒヤしていたが、どうもそれは心配なさそうだった。
「おい、野口 慶四郎の後を付けて、宿泊場所を確認してこい・・・」
「わかりました」
野口は芹沢の指示にしたがってその場からまた越後屋の方向に走りだした。
「しかし、慶四郎様はどうしてあんなに他人行儀に接してきたのでしょう?芹沢さんとは旧知の仲なのに・・・」
新見は四条通りに来たあたりで芹沢に尋ねた。
「わからんのか?・・・」
「・・・・」
芹沢の声に新見と平山は黙っいた。
「アイツは この顔に免じてお立ち退きを・・・ と武家言葉で言ったのだ。そういう言葉使いはどういう時にどこで使うのか?わかるか?」
「ん~・・・ 城内とかで格式の高い家柄の方とかと話をする時ですか?」
新見は答えた。
「近いが、少しちがうな・・・公の場で武家同士が話をすれば、まぁ、あんな口調になる。アイツは武家同士という意味でああいう言葉使いをしたのだ」
「なるほど・・・それだけですか?」
こんどは平山が言った。
「まだ、わからんのか・・・武家同士ということは、身分の高いほうが上であろう、つまり、アイツは 3年前に亡くなられた我が大殿 徳川斉昭公の右腕とも言われる家老の安島帯刀様の息子として言ったのだ・・・
「・・・?」
新見と平山はまだ理解できなかった。
「お互い いくら脱藩してるとはいえ、家老の身分の者に頭を下げられて、わしらの様な身分の者が逆らえると思うのか?」
芹沢の家は上級郷士ではあったが、家老の家と比べれば、当然 家老の方が遥かに上である。
「家柄の事を持ち出し、あの場を穏便に済ませようとしたのだ、アイツは・・・」
「相変わらず、慶四郎様 らしいですなぁ・・・でも、あの時もし、刀を抜いていたらどうなったでしょうかね?」
新見は芹沢に尋ねた。
「まちがいなく、斬り合いになってただろうなぁ・・・」
芹沢はニヤニヤしている。
「え?まさか・・・」
「お前も本当にわからんヤツだなぁ、あの時に慶四郎の剣気がわからんかったのか?アイツは本気だったぞ」
新見も平山も慶四郎の剣の腕前は十分わかっていたので、悪寒が走る思いがした。