京の街 その壱
時は幕末である。
京の街は浪人で溢れ、治安も乱れ騒乱としている。
勤皇の志士といいながら、強請、タカリをしている輩が多いのである。
「なぁ、番頭さんよ、どうしても、この精忠浪士組 芹沢鴨に銭を貸すのは嫌なのかい?」
芹沢は左手に持った鉄扇で番頭の頭を叩きながら言った。
「嫌とは、申してまへん、ちょと待っておくれやすと、お願いしております。」
さすがに京でも、名の通っている両替商の越後屋の番頭である、毅然と立ち振る舞っている。
「なら、仕方ないな、実力行使といきましょうか?」
芹沢の声で、手下の4人が、一斉に暴れだした。
女中を蹴る者、箪笥をひっくり返す者、暖簾を捨てる者・・・
「堪忍や、堪忍しておくれやす・・・」
さすがの番頭も、これには、怖気ずいた。
夜ではない、白昼の出来事である。
越後屋屋敷は立派で母屋と蔵が2つあり、三条通りに面した一辺が15丈(約46メートル)以上もあり、野次馬も300人以上が集まり、中の様子を伺っていた。
「なんや、越後屋さんで、なんか、あったんか?」
野次馬の後ろの方では、中の様子はわからない。
「また、強請らしいわ。災難やな、越後屋さんも・・・」
「壬生ボロの芹沢・・・なんとかって悪党らしいで・・・」
野次馬たちは、口々にそんな会話をしながら、屋敷の入り口を取り囲んでいる。
「芹沢・・・まさか・・・」
野次馬の人波を掻き分け越後屋の屋敷の中に入って行く若い武家風体の男がいた。
「あい、すみません、お通しください。」 「お通しください。」
若い武家はそう言いながら、するりするり、と野次馬の間を抜け、屋敷の中へ入って行った。
屋敷の中は家具、帳面、花瓶、あらゆる物が散在している。
「おい!番頭!まだ、銭を貸さないって言うのか?」
芹沢が、番頭の胸ぐらを掴んで怒号している。
「待たれい!芹沢殿、私の顔に免じて、この場は去られては、いただけぬか?」
玄関口から若い武家風体の男が深々と頭を下げ礼をしながら言った。
「何やつだ?」
と振り返り、芹沢は若者の顔を見たと同時に驚いた。
鼻筋は高く、目は切れ長、それにこの品格・・・
「安島、安島慶四郎殿か?」芹沢は尋ねた。
「いかにも、慶四郎にございますれば、何卒、この顔に免じてお立ち退きを・・・」
とまた深々と頭を下げた。
「貴殿、3年前、水戸藩を脱藩したのではないのか?」
芹沢は武家言葉で聞き返した。
「いかにも・・・」
「慶四郎殿がこの京に居られるとは、あの噂は誠であったか・・・」
「・・・・・」
慶四郎は黙ってまだ、頭を下げていた。
芹沢の手下どもは刀の柄に一斉に手を置き、いつでも口火を切れる様に腰を落とし構えた。
「各々方!刀を抜いてはなりませんぞ!」
慶四郎は芹沢を凝視しながら叫んだ。
芹沢も手を刀に置いた。
「武士たる者、抜けば双方どちらかが、死にいたるまで合い交える事になるが、それでもいいと、おうもいか?」
静かに慶四郎は言った。
張り詰めた空気が流れた。
慶四郎と芹沢は睨み合っている・・・
芹沢は慶四郎の恐ろしいまでの剣気を感じた。
「おぬし、この3年間で、何を見た?・・・」
「・・・・」
剣豪と剣豪の対峙はその場の空気を静寂にする。
一瞬、時が止まったかの様に見える、誰も動かない、いや、動けないのである。
「フフフ・・・ 」
芹沢が突然、狂喜に笑った。
「わかりました、貴殿の顔を立ててこの場は去る事にしょう。」
芹沢は手下どもに目配せをした。
「安島殿、我々は脱藩の身、今回だけは元水戸藩のよしみとして、引き下がりますが、次回は容赦はしませんぞ!」
と言い残して、静かに芹沢一派は去っていった。
屋敷の外では悪党一派が去って行くのを見届けた野次馬たちが、歓喜に湧いている様だった。
「いや、おおきに、お武家はん、おおきに!」
番頭は慶四郎に両手を合わせ拝んでいる。
「いやいや、礼にはおよびませんよ。」
「お武家はんは、神様、仏様や〜。」
番頭はまだ、拝んでいる。
「ところで、京ではこのような強請は多いのですか?今朝、ここに着いたので京の情勢には疎いのです。」
慶四郎が番頭に尋ねた。
「結構多いですわ、こういう御時勢やさかい、いつもやったらノラリクラリと返答してる間に相手も根負けして引き下がるんですが、芹沢って奴はいきなり、暴力できよった。ホンマの悪党ですわ・・・」
「あい、すみません、あれでも元同藩の者たちですから、お許しくだされ。」
「何をおっしゃいますんや、お武家はんがいはったから、助かりましたんやで・・・」
「面目ござらん・・・」
慶四郎は申し訳なさそうに言った。
「あ、そうや、なんぞ お礼せんとなぁ・・ちょっと待っておくれやす・・・」
そう言うと番頭は店の奥に引っ込んだ。
番頭が金子の包を持って戻った時には、安島慶四郎の姿はなかった。