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鏡像

作者:

 次の電車が来るまで、あと五分ほどだった。私はいつも通り、本を読みながらそれを待っていた。

 時刻は十九時を少し過ぎた頃。十一月も終わりになるとこの時間には上着が欲しくなるが、私は今年の初めに買ったシャツの上に何も羽織っていなかった。やや肌寒いが、冬物だしこれでいいか、と家を出たのだった。

 ホームに列車が入ってくる。降りる人々を待つ間に後ろを振り返ると、けっこうな長さの列ができていた。私は後続の人がスムーズに乗車できるよう、ホームに面したのと反対側のドアの前まで一気に乗り込んだ。

 一度閉じた本を開きながら、何とはなしに目の前の窓ガラスを一瞥する。その向こうに何があるのか、薄暗くて判然としない。夜のガラスは窓というより、鏡に近かった。

 私の後ろに並んでいた人々が乗り込んでくる。窓に反射する彼らの姿をぼうっと眺めていたが、突然、私の心はざわついた。

 彼女は、そういう存在だった。


 高校生の頃、私は彼女に告白をした。二年間付き合った。ふたりの関係に終止符を打ったのは、私の方だった。

 彼女から手紙が届いたのは、その二年後だった。大学生になっていた私は、しばらく迷った末、彼女にもう一度恋をした。今度は一年も続かなかった。

 ふたりの関係に終止符を打ったのは、彼女の方だった。


 あのね、別れようと思って――。

 告げられて昨日でちょうど三か月。平坦なトーンで放たれたあの言葉を、私は何度も思い出した。ふたりで行った場所を、聴いた音楽を、味わった食べ物を、何度も思い出した。ネットカフェに籠ってふたりで観て泣いた映画を思い出し、年の初めにふたりで服を買いに行ったことを思い出した。髪の匂いを思い出した。キスの感触を思い出した。

 囁かれた愛を思い出した。

 彼女は、私の隣からいなくなった。


 窓に映った彼女は、心なしか速足で隣の車両に移動した。もう私の視界に彼女はいない。結局私が見たのは、夜闇に朧げに結ばれた姿だけだった。

 わざわざ隣の車両に移ったということは、向こうも私の存在に気づいたのだろう。彼女は私を見て、何を思っただろうか。恋人だった頃と同じように読書をする私を見て、何を感じただろうか。本を読んでる姿が好き、と言ってくれたこともある。その「好き」を、彼女は思い出しただろうか。思い出していればいい。そして、私を手放したことを後悔していればいい。

 けれど、彼女が後悔したのか、はたまた不快に思ったのか。そんなことは、確かめようがない。私は、彼女の虚像を見たに過ぎない。

 ここに彼女は、いない。


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