青髭の怪物
昔々、あるところに青髭の怪物がおりました。怪物は生まれながらの邪悪でしたが、不幸なことに己の魂の醜悪さと犯した罪の重さについてはよくよく承知しておりました。しかしその知は罪を求めるあさましい欲を抑止するにはいたりません。怪物は欲望のままに人を襲い、穢し、その上骨も残さず喰らい尽くす有様です。幾人もの勇者が怪物を滅ぼさんと挑みかかりました。しかし怪物に与えられた邪神の加護は、いかなる聖剣の一撃も跳ね返し、聖水を蒸発させ、聖遺物による破邪の矢じりをも放たれる前に朽ちさせてしまうのです。神はこの大罪の怪物を滅ぼすこと叶わぬのであれば世界の果ての監獄塔に封じよと命じられました。御使いが怪物の元を訪れそのことを告げると、驚いたことに怪物は抗うことなくそれに従いました。怪物の邪悪な魂を誰よりも忌み恐れていたのは、他ならぬ怪物自身であったのです。
怪物は聖なる鎖によって塔の小部屋に繋がれました。人の理と邪悪を囁く魂との軋みに心を擦り減らされた怪物はもはや人のかたちを保つことすらできず、肉の崩れた悍ましい姿で何百年もの間ただただそこに座っておりました。時折、己の命運を呪い悲鳴にも似た恐ろしい叫びを上げながら。
この叫びに心を痛めたのは塔の中庭に生い茂る香水薄荷の妖精です。妖精は怪物に言いました。贖うことすら許されぬ罪の化身よ。そなたの肉と魂が跡形もなく滅び去る時まで、邪神はそなたを離すまい。ならば、せめてそれまで、たとえ真似事であっても人のかたちで、人として生きることを、一体誰が咎められようか。
妖精は怪物に自らの神性を分け与えました。怪物は驚き、このような性根の底から腐りきった怪物のために神の僕たる妖精が禁を犯しその身を捧ぐことなどあってはならぬと説きましたが、妖精の心はすでに決まっておりました。こうして怪物はかろうじて人のかたちを取り戻し、香水薄荷は半分になった己の体を草で編み上げ落ちた枯れ枝を杖としこれを支えました。以来怪物は邪悪のさなかにありながらもかたちだけは人たらんと努め、香水薄荷はこの哀れな怪物に寄り添って邪悪なる魂が地獄に召されるその日まで、かりそめの人の暮らしを共にしたということです。
青髭の怪物が滅びて久しい今、世界の果てには枯れ果てた草むらと崩れ去った塔の石積みだけが残されているとか、いないとか。