第7話
これで完結です。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
傷の痛みがぶり返したらしい大鳥くんがさすがに心配だったので、わたしは近くのコンビニで応急セットを買ってくることにした。本当に早く帰って休んだ方がいいと思うのだけれど、まだ話が終わっていないと言って聞かないのだ。
学校を出たとき急いでいたから鞄を忘れてしまったのが痛い。取りに戻っていなかったらもうちょっと早く戻ってこられたのだけれど。
大鳥くんは待つのが嫌いだから機嫌が悪くなっていたらどうしようかと不安だったが、元の場所に戻って来てみればそれが杞憂だったとわかる。
「大鳥くん!」
「おう。思ったより遅かったな」
「ごめんね。学校に鞄置き忘れたからいったん取りに戻ってたの」
わたしの言葉に彼は軽く頷いた。
よく見たら唇の端が切れているから、実は喋るのもたいへんだったのかもしれない。そんな状態でも会いに来てくれたことが、怪我をしている彼には悪いけれど正直言って嬉しかった。もちろん、怪我の具合は心配だけど。
「あんたも座れよ」
そう言って彼が示したのは植込みの淵で、いくら彼の隣でもそこに腰かけるのはちょっと躊躇われる。
でも、全然気にしていないうえにわたしの逡巡にも気づいていなさそうな彼を見て仕方なく隣に座った。
制服が汚れてしまうという心配はあったものの、座ってしまえばもう関係ない。悩んだって汚れるものは汚れるのだ。クリーニングに出す日がちょっと早くなっただけ、と自分に言い聞かせる。
「はい、手当てするからこっち向いて」
「………………」
大鳥くんは大人しくわたしの言葉に従った。
コンビニに行く前に散々押し問答をしたので、今さら“別に手当なんかいらない”とか“唾つけときゃ治る”とかそんなことは言わない。ただ、諦めたように溜め息を吐くだけだ。
「いてえ」
「ごめん、沁みた?」
「ちょっとな」
そんな会話をしながら手当てを進める。
ほどなくして手当ては終わったけれど、それは本当に簡単なものだ。詳しい知識があるわけでもないからたいしたことはできなかった。
「なあ……そういやさっき、なんでいきなり別れるとか言い出したんだ?」
ゴミをビニール袋に入れたりまだ使えそうなものは鞄に仕舞ったりと後片付けをしていると、ふいに彼がそんなことを尋ねてきた。
「あ、それは……えっと」
実を言えば、別れる云々は前から考えていたことだけれど、あのタイミングで言ったのは結構衝動的なことだったのでなんとなく説明しにくい。わたし自身、まだ整理がついていないせいもあるだろう。
「担任の先生にね、言われたんだ」
どこから話そうかと考えて、結局あまり彼には聞かせたくなかったことを言ってしまう。
「ヤンキーとは別れろって?」
「そうじゃなくて。大鳥くんと一緒にいるところを誰かに見られたみたいで、オニ高生と付き合いがあるのかって訊かれたの」
「んで、恋人だって言ったのか?」
彼の問いには答えずわたしは目を伏せた。それが十分答えになってしまっているだろう。
「先生が、オニ高生と付き合いがあるのはよくないんじゃないかって。成績下がったのも……あ、ちょっとこの前のテストの点が悪かったんだけど、それもそのせいじゃないかって言われて」
話していくうちに自分のなかにあったものがきちんとした形になっていく。けれどまだ、それは明確なものではなかった。
そんな、決してわかりやすくはないわたしの話を大鳥くんは静かに聞いてくれている。怒ってもいいのに、不機嫌になったっていいのに、こんなときばかり彼はいつになく平静な様子だ。
「大鳥くんとのことを“自分を下げるような付き合い”だって言われて、わたしは――わたしはすっごく腹が立ったの」
ようやくこれまでずっと自分のなかでモヤモヤしていたものの正体を掴んだ気がした。
「言い返せなかったわたし自身も嫌で、そんなんじゃ大鳥くんと付き合う資格ないのかなって」
「別にフツーに教師の言いそうなことだし、そこまで気にすることないだろ」
「でも、わたしのせいで大鳥くんが悪く言われたんだよ!?」
大鳥くんはいきなり大きな声を出したわたしに目を丸くして、それからちょっと間をあけてから笑った。
ヤンキーらしくない爽やかな笑みは初めて見るもので、それが腫れ上がった顔に浮かんだものでも十分に引きつけられる。
「あんた面白いこと言うな」
「おもしろい?」
オウム返しに尋ねた。
おかしなことを言ったつもりはないのだけれど。彼の笑いのツボがわからない。
「あんたが俺のことどう見てんのか知らねえけど、俺は天下のヤンキー高校・オニ高の生徒だぞ? 悪く言われんのが当たり前で、それはあんたのせいじゃない。あんたのところの学校の先生じゃなくても、俺ら見て嫌そーにするやつは結構いるしな」
「……そんなの」
そんなの、見た目だけで判断するひとの方が悪いのに。
「見た目だけつーか、俺は見たままヤンキーだし。フツーに悪なんだよ、悪」
小さな呟きでしかなかった言葉を彼は正確に拾い上げた。
でも、その返答には納得できない。
「大鳥くん、初めて会ったときわたしのこと助けてくれたし。優しいし、いい人だし」
「いい人ねぇ」
また笑われる。そんなにおかしなことを言っただろうか。
「初めて会ったときわりとひでーこと言った気がするんだけど忘れてんの? 俺を優しいっていうやつ初めて見たわ。そういや、ダチにも言われたことねえな」
「……そんなことないと思うけど」
「そんなことあるんだよ。俺は優しくねえし、怒りっぽいし喧嘩っ早いし。喧嘩の売り買いは当たり前、酒もタバコもやったことある立派なヤンキーだぜ?」
「え、タバコ吸ってたの?」
「まあ、昔な。金かかるし、別にうまいもんでもねえからもうやってねえけど。光一くんもやってねえって言ってたけど、タカシとか相良さん辺りはたしか吸ってたんじゃねえかな」
「それは……たしかに立派なヤンキーだね」
なんと言っていいかわからずに変な返事をしてしまったわたしを見ながら、大鳥くんはニヤニヤと笑う。面白がっている顔だ。
未成年の飲酒も喫煙も法で禁じられている。罰則を受けるのはたしかそれを助けた大人の方だったと思うけれど、法律違反には違いない。
弁護士を志す勤勉な学生としてここは聞かなかったことにすべきか。
「んで、まだ別れたいのかよ」
答えなんて決まっているのに訊いてくる彼は、やっぱり本人の言う通り悪なのかもしれない。
ニヤニヤ笑っているけれど、わたしが彼のヤンキーっぷりに幻滅したとか思わないのだろうか。……思わないんだろうな。
そんなことで幻滅するならとっくに恋人じゃなくなっている。それを見透かされているのかもしれない。
「別れたくないよ。わたしは大鳥くんが好きだから」
面と向かって好意を示すとぷいと横を向いてしまう、このひとが好きだ。
格好いいところも可愛いところも彼の長所は誰より知っていて、短所もあるけどそれはわたしにとって彼の長所を損なうものではない。
「大鳥くんは?」
恋は不平等だと思っていた。
実際、わたしの想いと彼の気持ちは同じじゃない。でも、不平等だと嘆くほどでもないのかも。
「調子に乗んな」
鋭い視線も低い声も照れ隠しだと思えばそんなに怖くない。
わたしだって押すときは押すのだ。なんていったって、押しの一手で彼をモノにしたのだから。
大鳥くんが自分を立派なヤンキーだと自負するように、わたしも優等生としてそれなりに賢く生きてきた自覚がある。
「調子に乗ってごめんなさい」
「…………別に」
「でも、たまにでいいから好きって言ったら好きって返してほしいな」
こう言えば、相手がどう返してくるか予想はついていた。
「考えとく」
今はこの答えで満足しておこう。あまり欲張っても得にならない。
相手のことがわかっていれば会話の流れを操作するのは簡単で、それを相手に気取らせないようにするのもそんなに難しいことではないということをわたしは知っている。
自覚のある優等生なんてものは、実は腹が黒かったりするものだ。
◇◇◇
携帯が鳴った。
特定の人物のときだけ鳴るように設定している音はそれを聞くだけで機嫌を上向けてくれる。
「あれ、彼氏くんから?」
「うん。やっと携帯買い直したんだって」
「喧嘩で携帯壊すとかなかなかやるよね。さすがヤンキー」
百代ちゃんの軽口に杏子ちゃんは物言いたげだ。“何がさすがなのか”とか突っ込みたいのだろうけど、わたしがいるからあまりヤンキー批判のようなことを口にしにくいのだろう。
いつも強気な杏子ちゃんのそういう気遣いや彼女の律儀なところは友人として好ましい。彼女がヤンキー嫌いなのは理由も含めて知っているからそんなに気にしなくていいのだが、わたしも恋人への非難は聞きたくないので“気にしないで”とは敢えて言わない。
「まあ、何はともあれ、幸恵が浮上してよかったわ。連絡しても返事が来ないって沈んでた頃とは大違いね」
「だよねー。あの頃の……っていっても一日だけだったけど、あのときの幸恵なんて見てられなかったもん」
「その節はたいへんご迷惑をおかけしまして……」
「迷惑っていうか心配かな。波乱万丈な恋もいいけど、恋バナに付き合ってあげる優しい友達のことを思うなら彼氏くんとは仲良くね」
「百代の場合、恋バナに付き合ってあげてるんじゃなくて聞き出してるんでしょ」
「だって面白いもん。幸恵の恋愛自体もだけど、彼氏くん経由のヤンキー話とか新鮮だし」
「わたし、ここ最近妙にヤンキーの生態に詳しくなった気がするわ」
「生態って……」
二人とそんな他愛もない話をしていると、また携帯が鳴った。
新着のメッセージを確認して思わず微笑む。
「あーあ、にやけちゃって。で、どうするの?」
「ごめんね、二人とも。わたし、今日は一緒に帰れない」
「彼氏くんと学校帰りにデートか。お主もやるのぅ」
「それ何キャラよ」
「いえいえ、これも百代様のおかげなれば」
「幸恵も無理に乗らなくていいから」
杏子ちゃんの呆れ顔でのツッコミの後、百代ちゃんがぷっと吹き出したのを皮切りにしばらく三人で笑った。
恋人を優先しがちになるのを許してくれる寛大な友人たちに感謝して、帰り支度を済ませる。
「じゃあ、お先に」
「もう帰るの? ちょっとくらい相手を待たせるのも恋愛のテクだと思うよ、お姉さんは」
「それ何キャラよ」
百代ちゃんのなんだかよくわからないボケに杏子ちゃんがさっきと同じツッコミをかぶせた。
あんまり笑わせないでほしい。やっぱりこの二人といるのも好きだから、もっと一緒にいたいと思ってしまうし、恋人にばかりかまける自分が申し訳なくなってくる。
「百代ちゃん仕込みの恋愛上級者テクを披露したいところだけど……信也くん、待つの苦手だから。ごめん、もう行くね。じゃあ、また来週!」
それだけ言って二人と別れ、教室を後にする。
早歩きで廊下を進むが、心は彼のもとへと駆け出していた。
あの日、彼の背に庇われたときからわたしの心のなかには信也くんがいて。
それがいつまでかなんてわからないけれど、ずっとそうだったらいいとわたしは百代ちゃんみたいにロマンチストじゃないけど思っている。
――平等じゃなくったってこの恋が愛おしいのは、きっと彼が好きだから。
この二人はまだまだ揉めそうなのでもしかしたら後日譚とか書くかもしれません。脇カプも一応頭にあるので。
ただ、久しぶりに一作いっきに書いてちょっと疲れたのでしばらくは更新しない予定です。
他の更新停滞中の連載とかも続き書かないと……でもゲームもしたい。
完結まで書き切れてホッとしている反面、ヒーローがあんまりクズじゃなくて自分にがっかりです。いつかもっとクズでヤバくて拗らせてる系のヒーローを書いてみたい。←小さな野望




