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不平等な恋  作者: 雨柚
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第6話

 ぼうっと机の上に開いた教科書を眺める。さっきの授業のものだが、内容は頭に入っていない。浮かぶのは昨日のことばかりだった。


 杏子ちゃんと百代ちゃんが少し離れたところで雑談している。時折、チラチラとこちらをうかがう視線を感じたけれど目を合わせることはしなかった。

 また二人に心配をかけている自覚はある。今朝どんよりした顔で登校してきたわたしを気遣って、今日は触れないようにしてくれているらしい。誰かと話したい気分ではなかったから助かった。


 チャイムが鳴る。ハッと我に返って慌てて次の授業の用意をして黒板に向かった。

 今日最後の授業を聞きながらもわたしの頭のなかを占めているのはやっぱり大鳥くんのことで、昨日のあれ(・・)から勇気を出して何度か送ったメッセージが今になっても読まれていない理由について考える。どれだけ思考しても、わたしに都合のいい理由は思いつかなかった。




 今日はずっとそんな調子で、気がついたら放課後になっていた。

 学級委員長に箒を渡されて、ようやく今日の掃除当番だったことを思い出す。委員長と他の当番の子に謝って急いで掃除を始めた。

 何かに集中している方が楽だ。それも身体を動かすことの方が、意識をそちらに向けやすい。


 誰かが捨て忘れたらしいジュースの缶が机から落ちてカランと甲高い音を立てた。急いで拾い上げて中身が入ってなかったことにホッとすると同時に、追い出したはずの昨日のことがまた頭に浮かんで離れなくなる。


「もう終わりにしようか」


 手にちりとりを持ったクラスメイトに言われて、まったく違うことを考えていた自分を恥じた。わたしの心の声が聞こえたのかと思ってしまったのだ。そんなことあるはずがないのに。


「そうしようか。早く帰りたいもんね」

「そうそう。塾ある日に掃除当番とかついてないわー」

「今日塾なんだ? じゃあ、ゴミ捨てはわたしがやっとくよ」

「え、本当? 任せちゃってもいいの?」

「うん。当番のこと忘れてて迷惑かけたし、それくらいはね。掃除お疲れ様。塾、頑張ってね」

「雛里さん、ありがとー」


 お礼を言いながら手を振って去っていくクラスメイトに手を振り返して、ちりとりに集めたゴミをゴミ箱に入れた。

 箒とちりとりを掃除用具入れに仕舞ってからゴミ箱を持ち上げる。思ったより軽い。いつもよりゴミが少ないようには見えないが、軽いものが多かったのだろうか。表面が少し汚れたゴミ箱のなかを覗いてみると紙ゴミが目立つ気がする。


 ゴミ捨て場にゴミを捨てて帰る途中、なんだか玄関の辺りが騒がしかった。


「えー、誰待ちだろ?」

「3年の先輩とかじゃない? ほら、結構遊んでそうな先輩いるし」

「ああ、あの先輩とか?」


 玄関の方から歩いて来た集団とすれ違う。1年生だろうか。楽しそうに噂話に興じているようだ。

 わたしはあまり学内の噂に詳しくないので彼女たちが話している先輩が誰なのかはわからなかった。

 遠目に見ても玄関の辺りが賑やかなのは彼女たちの話している人物のせいなのか、それともそれは全然関係のない話なのか、それすらわからないけれどわたしに関わりのあることではなさそうだし興味もない。


 空になったゴミ箱を持つ手に力を入れて、いつの間にか止まっていた足を教室へと向けた。


「お、見える見える」

「ホント? どんなひと?」

「うーん、そこまでは……」


 教室に戻ると、ここでも残っているクラスメイト数人が何やら騒いでいる。

 窓に貼り付いている様子からすると窓の外に何か見えるらしい。そういえば、この教室の窓からは校門が見えたはず。

 有名人でも来たのだろうか。珠洲女出身の有名人というのはそれなりにいて、彼女らが文化祭や体育祭に顔を覗かせることもあった。でも今日みたいな何もない日に訪れるというのは考えにくいし、有名人の卒業生が来たにしては騒ぎが小さい。


「んー、あれ、やっぱりヤンキーだよ。髪とか赤いし」


 その言葉に、鶏のとさかみたいな髪型をしたヤンキーが瞼に浮かんだ。


「ええー! じゃあ、誰かの彼氏とかじゃないわけ?」

「いや、それはわかんないけど……まあ、ないよね。てか、うちの学校に何の用なんだろう」

「なんでもいいけど、わたしが帰るときにはいなくなっててほしいなー。なんか怖いもん」

「さっきまでイケメンだったら声かけてこよーとか言ってたくせに」

「イケメンでもヤンキーはお断り! ……イケメンなの?」

「ここからじゃわかんないって。誰も声かけてないし違うっぽいけど」


 失礼な。すごい美形とかじゃないけど大鳥くんは十分格好いいのに。

 誰も彼のことだとは言っていないのに、思わずわたしは心のなかで彼女たちに反論した。


 そっと窓に近づく。校門にいるのは誰なのだろう。半分は彼だと思っていて、もう半分でそんなはずないとも思っている。そんな都合のいい夢のような話があるわけない。それこそ、百代ちゃんの好きな少女漫画の世界だ。

 大鳥くんがここにいるわけがない。理性ではそう思い込もうとしているのに、湧き上がる期待を抑え込めなかった。


 いつもより脈が速い。ドキドキという自分の心臓の音が大きく聞こえる。


「あ、コトブキが突撃した」

「勇気あるなー。さすが生徒指導部」

「男だからって押し付けられただけじゃない?」

「たぶんそれだ」


 周りの声なんて耳に入っていなかった。


「大鳥くんっ!?」


 見覚えのある赤が窓越しに目に入った瞬間、悲鳴にも似た声が口から漏れる。

 ざわついていた教室内がしんと静まり返った。思わず漏れてしまった声は予想以上に大きかったようで、まだ教室にいたクラスメイト全員がぎょっとした顔でこちらを見たけれど、そんなことを気にしている余裕は今のわたしにはなかった。


 窓の向こう側で、校門に立つ大鳥くんの方へと誰かが歩み寄っていくのが見える。珠洲女では数少ない男性教師の一人だ。

 先生が彼に何を言うつもりなのかはだいたい想像がつくし、彼の反応もそれなりに予想できる。どちらもわたしの予想通りでなかったとしても大鳥くんにとっていいことにはならないだろう。


 そう考えてちょっとした間の後、わたしは慌てて廊下に飛び出た。一秒でも早くあそこに行かないと。そんな気持ちで廊下を走り、階段を駆け下りる。


 大鳥くんが何のために珠洲女に来たのかはわからない。

 でも、彼が待っているのはきっとわたしだ。なんで返事をくれなかったのか、なんでここに来たのか、来るならなんで連絡してくれなかったのか。そんなことはどうでもよくて。


 ただ、助けたかった。

 大鳥くんを“素行の悪いヤンキー校の生徒”としか見ないだろうひとたちから守りたかった。


 仲山先生の優しげな顔が脳裏にちらつく。

 あの日、言えなかったことを今度こそ胸を張って言いたい。

 そうすれば、この胸のモヤモヤが一つ晴れる気がした。自信を持って彼が別れを切り出すまでは恋人でいられるのではないかと、そんな自分勝手な望みを抱いて彼のもとへ向かう。


 校内を走って、走って、走って。

 誰にも見咎められなかったのは幸いだろう。

 久しぶりの全力疾走に息を切らしつつ、やっと辿り着いた玄関の人波をかき分けてさらに進む。


「大鳥くん!」


 そのとき、きっとわたしの頭のなかには彼のことしかなかった。



   ◇◇◇



 なんとか先生をごまかし、珠洲女の校門前から大鳥くんを連れ出した。

 いろいろ話したいことはあったけれど、さすがにあそこでは目立ちすぎる。移動するときに振り返ったら校舎の窓から何人もの顔が並んでいてくらりと目眩がしたほどだ。明日の学校が怖い。


 珠洲女近辺でわたしたち――というより大鳥くんが目立たずゆっくり話せる店が思い浮かばない。駅の方まで行けば別だが、学校帰りの学生で賑わうあの辺りでは静かに話もできないだろう。

 道端で話すのもどうかと思ったけれど学校の裏手は意外と人気がないということを知っていたから、込み入った話をするならと大鳥くんをここまで引っ張ってきた。


 彼はここに来るまでほとんど喋らなくて、何を考えているのかいまいちわからない。

 言いたいことはたくさんあった。でも、それ以上に気になることがあって、今日彼の顔を見たときからずっと訊きたかったことを尋ねてみる。


「あの、大鳥くん……その顔のことなんだけど、どうしたの?」


 大鳥くんの顔は、なんというか、すごいことになっていた。

 昨日最後に会ったときと明らかに人相が変わってしまっている。頬は腫れ上がっていたし、いくつか痛々しい痣も見られた。誰かに殴られたとわかるその怪我は、顔が一番目立つけれどよく見たら他の場所にも傷がある。歩き方がなんだかぎこちなかったのも怪我のせいだろう。


「光一くんに殴られた」

「ええ!?」

「つっても、一方的に殴られたわけじゃねえけど。俺も殴り返したし。まあ、俺の方がダメージでかいけどな。光一くん、マジつえーから」

「光一くんと喧嘩したの? どうして?」


 大鳥くんの眉間にしわが寄った。怒ったのかと思ったけれど、よくよく見ると傷が痛んだだけだとわかる。

 今日はひとまず帰って身体を休めた方がいいのではないだろうか。こんなボロボロの姿で学校まで来た理由は気になるけど怪我が目立つところにあるだけに心配だ。


「別になんでもいいだろ。あんたに関係ない」

「そう、だよね……ごめんなさい」

「っ、なんであんたはいっつも……っ!!」


 彼に謝って俯くと、聞き慣れてしまった苛立たしげな声が耳に届いた。


 ああ、また怒らせてしまった。どうしてわたしはいつもこうなのだろう。最後くらいきれいに終わらせたいのに。

 そういえば、大鳥くんの笑った顔なんてもうずいぶん見てない気がする。


「顔上げろよ」


 びくりと肩が震えたのが自分でもわかった。


「怒ってねえから顔上げろ」


 言葉通り声から怒りや苛立ちは感じられない。呆れているようにも疲れているようにも聞こえたけれど怒っている様子はなかった。

 意を決して顔を上げる。


「ぶっさいくな顔」

「………………」

「なんで怒んないんだよ。腹立たねえの?」

「……本当のことだから」


 なんとかそれだけ口から絞り出して、わたしはまた俯いた。なんだかすごく泣きたい気分だ。


「あんたのそういうとこマジでイラつく」

「うん」


 “だから別れよう”と、そう言われるのだと思っていた。


「俺が何言っても言い返してこないし、八つ当たりしてもごめんって俯くだけで……何考えてるのかマジでわかんねえ」

「………………」

「俺のこと馬鹿にしてんの? それとも相手にしてないだけ?」

「そんなことっ」


 思ってもみない言葉に慌てて顔を上げる。

 そんなことない。そんなことがあるわけないと全力で首を横に振った。


「ごめんなさい。大鳥くんがそんなふうに考えてるなんて思ってなかった」

「……別に本気でそう思ってたわけじゃないし。もういいけど」

「でも……っ」


 なおも謝ろうとするわたしを遮って大鳥くんは言葉を続ける。


「光一くんと喧嘩するのは珍しいことでもないから気にしなくていい。あんな大喧嘩は久しぶりだったけど。ホント、あのひとダチにも容赦ねえわ」


 彼はさっきわたしが尋ねた喧嘩の話を始めた。関係ないと切り捨てたのは彼なのにどうして蒸し返すのだろう。


「喧嘩の理由は……実際、あんたに関係なくもないけどあんたのせいじゃない。関係ないって言ったのはカッコ悪いから言いたくなかっただけ。ダチに自分の彼女のことに口出されんのも、それで喧嘩になって負けたのも情けねえしダサいだろ」

「わたしのことで?」

「だからそう言ってんだろ。耳付いてんのかよ」

「あ、ごめん……」


 わたしが謝ると大鳥くんは小さく舌打ちする。

 苛立ちに顔を歪めたかと思うと、少ししてからわずかに呻く。顔を動かしたことで傷が痛んだのかもしれない。


「あんた、いつも八つ当たりされてわざわざ謝ってんの? 俺以外のやつにも?」

「八つ当たり、なの?」

「それしかないだろ」


 彼が怒っているように見えるのは八つ当たりらしい。

 知らないうちにわたしが気に障ることを言ってしまったのだと思っていた。


「八つ当たりされてんだから言い返せよ」


 わたしに八つ当たりしているらしい本人に言われるのは変な気分だ。


「俺の周りにいるやつらは俺が悪態吐いたら言い返してくるし、腹立って殴ったら殴り返してくるし、本気で蹴ったら本気で蹴り返してくる。そんなやつばっかだ。だから――あんたみたいな反応されるとどうしていいかわかんねえんだよ」

「……大鳥くんはわたしを殴ったり蹴ったりしないし、されたとしてもわたしがやり返すのは無理かな」

「んなことしねえよ。彼女殴るとか彼氏失格つーか男として最低だろ」


 そこで彼はいったん言葉を切る。そして、少し気まずげにしながら言葉を続けた。


「まあ、キレてるときはわりと関係なく人にも物にも当たっちまうんだけど」


 ゴミ箱を蹴り飛ばしていた昨日の大鳥くんを思い出す。あれは本当にキレているときだったらしい。

 あのとき、彼が“今、話しかけんな”と言ったのはわたしに当たらないようにするためだったのかもしれない。送ることを拒否したのも、すぐにあの場を去ったのも。


 わたしは彼のことを何も知らないし、何もわかっていなかった。

 それと同じように彼もわたしのことを知らないし、何を考えているかもわからないはずで。


「だから昨日、ゴミ箱蹴っちゃったんだ」

「ちょうどいいところに的があったからな。あんた殴ったりしたくねえし、でもイライラするし、そしたら蹴るしかねえだろ」


 彼は感情のコントロールが苦手なタイプなのだろう。とくに苛立ちや怒りを抑えることが。

 そういうところはわたしのよく知るひとに似ているけれど、大鳥くんはあの人と違ってわたしに手をあげない。そこが一番大きな違いで、それに、そういう部分を他人に隠そうとする様子がないところもあの人とは違う。


 好きになったきっかけは正義のヒーローみたいにわたしを助けてくれたから。

 あれから時間が経っても熱が冷めずずっと好きなままで、それはきっと彼がわたしの実父(おとうさん)に似ているけれど決定的に違うからだ。


 彼の正義のヒーローにも悪役にもなり切れないところを好きになったのだと今になって気づいた。


「大鳥くん」

「ああ?」

「わたしたち、もう別れよう」

「……は?」

「ずっと好きでもないのに付き合ってくれてありがとう。もっと早く言えばよかったのに何か月も付き合わせちゃってごめんね」


 ひと息に言い切って、お礼とお詫びの気持ちを込めて深く頭を下げた。


「……んで……なんでそうなるんだよ! マジ意味わかんねえ」


 頭上から降ってきた声は怒りに満ちている。顔を上げて彼と向かい合うのが怖かった。


「顔上げろ」

「………………」

「顔上げろっつってんだろ!」


 さっきと同じ言葉なのに全然違う。それは彼が本気で怒っているからだろう。

 怒鳴られてもわたしは顔を上げなかった。顔を上げたらバレてしまうから。


 いつまで経っても頭を上げないわたしに痺れを切らしたように、大鳥くんは苛立たしげに舌打ちした。


「なんでいきなり別れるとかそういう話になるんだよ。……マジ、意味わかんねえ」


 苦りきった声が聞こえる。どこか弱っているようにも聞こえるのはきっと気のせいだろう。


「お前が付き合ってくれってしつこく言ってきたんだろ! なのに、なんで今さら……っ」

「ごめんなさい」


 “付き合ってやっている彼女”から別れを切り出されたのが嫌だったのかもしれない。そう考えて謝った。出てしまった言葉はどうしようもないから謝ったって意味がないのだけれど。


「――幸恵」


 滅多に呼ばれない名前を呼ばれて、咄嗟に顔を上げてしまった。

 図ったのだとしたら大鳥くんはかなりの策士だろう。そして、ひどい男だ。最後の最後にそんな優しい声で名前を呼ぶなんて。


「泣くほど嫌なのかよ」


 泣いているのがバレてしまった。すっきりきれいに別れて、家に帰って一人で大泣きする予定だったのに上手くいかない。

 そもそも大鳥くんとのことで上手くいったことなんて付き合えたことくらいなのだけれど。その後は結構散々だ。


「嫌じゃない」

「じゃあ、なんで泣いてんだよ」

「別れたくないから」

「はあ?」

「だって、大鳥くんのこと好きなのに別れるの辛い……」

「ちょっと待て。マジで、ホントにマジで意味わかんねえ」

「――別れたくない」


 涙と一緒に本音がこぼれてしまった。

 言いたくなかったのに、言ったことは取り消せない。


「それなら別れなきゃいいだろ。あんたちょっと情緒不安定すぎるぞ。とりあえず落ち着け」

「………………」


 ずびっと鼻を啜る。女子として何か失った気がした。


「あー、俺、ハンカチもティッシュも持ってねえんだよな。くっそ」


 そう言いながらも何かないかと大鳥くんはポケットを漁る。出てきたのはガラクタばかりだったようで、彼の口から落胆が漏れた。

 涙で曇った視界でも彼の手にスーパーボールがあるのが見えて、なんでそんな物を持っているんだろうと疑問に思う。学校帰りだと思っていたのだけれど違ったのだろうか。いや、でもまず学校に行っていたかどうか関係なく高校生男子がスーパーボールを持ち歩くものだろうか。


 昨日会った友達たちと彼がスーパーボールで遊んでいるところを想像して、思わず笑ってしまう。


「なに泣きながら笑ってんだよ」

「だって、スーパーボールが……ふふっ」


 気づけば涙は止まっていた。


「これは俺のじゃねえし。生意気な一年坊主が投げつけてきたからボッシュ―しただけだ」


 オニ高のいかにもヤンキーな生徒がスーパーボールを投げ合っているのを想像するとなんとなく可愛らしい。当たったらちょっと痛いかもしれないけど、ゴム製の小さなボールではよほどのことがない限り大きな怪我もしないだろう。


「で、なんで急に別れるとか言い出したんだよ?」


 しばらくして落ち着いたところで、大鳥くんが話を戻した。


「急にじゃないよ。ずっと考えてて……」

「はあ? ふざけんな」

「ごめ……」

「謝んな。ちょっとは言い返せよ。あんたは俺の彼女でサンドバッグじゃねえんだから」

「うん……でも、言い返すのは無理かな。付き合ってもらってるのにそんなことできないよ」


 大鳥くんが嫌そうに顔を歪める。もう痛みには慣れたようだ。


「さっきから思ってたんだけど“ツキアッテモラッテル”て何だよ。俺が嫌々あんたに付き合ってるとか思ってんのか」

「……嫌々とまでは言わないけど」

「馬っ鹿じゃねえの」


 彼は大きな声でそう言って溜め息を吐いた。

 表情も声も呆れ返った様子で“馬鹿”と口にしつつも、その表情も声も視線もこちらを馬鹿にしたものではない。


「いくら告白されたからって好きでもねえ女と付き合うか」


 それを耳にした瞬間、まず聞き間違いを疑った。


「たしかにあんたの顔は俺の好みじゃないし、ぶっちゃけ初めて告白されたときも“なんだこいつ”としか思わなかったけど」


 想像していた言葉の先には想像もしない答えが待っている。


「好きだ好きだってしつこいくらい言ってくるあんたを……まあ、なんかちょっと可愛いと思っちまったから付き合うって言ったんだよ。好きだとも可愛いとも思わねえブスと付き合うほど俺は女に飢えてねえ」


 可愛いと思ってくれていたのだろうか。

 好きだと想っていてくれたのだろうか。

 そうだとしたら――すごく、すごく嬉しい。


「……そんなの言ってくれないとわからないもの」


 可愛くない言い方だ。嬉しいのに舞い上がらないように必死で押さえているせいで拗ねたみたいな口調になった。


「今言っただろ」


 足りない。全然足りない。

 きっとわたしの方が彼を好きで、彼の言うわたしを好きな気持ちなんてわたしの足元にも及ばない。


「俺は、あんたが――」


 ああ、なんてずるいひと。

 たった一言呟くだけですべての不平等をなかったことにしてしまうのだから。





 ヒーローが思ったよりクズにならなくて残念。

 相方には「クズじゃなくてただの不器用なやつ」と言われてしまった……。もっと精進します。

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